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Transcription:

待兼山論叢 第 37 号 p p. 3 5-52,2003 年 12 月 信念文における話し手による指示と信念者による指示 入江幸男 信念文とは トムは と信じる というような文である 信じる 以外に 思う 考える などの動詞が使われた文もこれに含めてよいだろう 知っている 気づく などの動詞が使われた文は 知識文と呼び 信念文と区別するのがよいかもしれないが ここでは知識文も広義の信念文として論じることにする 1) 信念文については 代入則が適用できないこと 内部量化ができないことなどが 指摘されてきた 2 ) この論文では 第一章でクワインによる内部量化への批判を検討し その問題点を指摘する 第二章では 信念文における指示の区別 ( 話し手による指示と信念を帰属された信念者による指示の区別 ) によって 内部量化ができない理由を分析し 信念文の構造をより明確に表現する表記法を提案し 最後にこの改良された表記法によって クワインの問題点が解決されることを示す 第 1 章クワインによる内部量化批判の検討ここでは準備作業として 信念文における内部量化とは何か それがどのようなディレンマをもつのか クワインによる問題の解決方法 その問題点を説明しよう 1

1 内部量化とは何かクワインは 知識文や信念文などの代入則が適用できない文脈を 指示的に不透明 3) と呼び そのような 指示的に不透明な文脈の内部へ量化すること (quantify into ) ( これが 内部量化 と呼ばれるものである ) は 認められないという 4) 例えば 次の(1) は問題のない文であるが (2) は内部量化である (1) トムは ( x )( x はカティリーネを告発した ) ということを知らない (2)( x )( x がカティリーネを告発したことをトムは知らない ) 信念文が ラッセルの言う大作用域のものであるとき それはつねに ( 指示的に不透明な文脈への ) 内部量化である ただし ラッセルの言う小作用域であっても 例えば (2) の否定である (3) は クワインのいう内部量化である (3) ( x)( x がカティリーネを告発したことをトムは知らない ) 2 内部量化のディレンマクワインは なぜ信念文への内部量化を認めないのだろうか いま仮に 次の3つが成立しているとしよう (4) キケロがカティリーネを告発したことをトムは知っている (5) キケロ = タリということをトムは知らない (6) タリがカティリーネを告発したことをトムは知らないこの (6) に存在的一般化を適用すると 上述の内部量化の文 (2) になる (2)( x )( x がカティリーネを告発したことをトムは知らない ) それがカティリーネを告発したことをトムが知らないようなものが存在する しかし クワインはこの (2) を認めない その理由を彼は次のように言う 2

この対象 すなわち カティリーネを告発したのだが トムはその事実を知らないでいるような対象とは 何だろうか タリ すなわち キケロだろうか しかし そう考えることは (11)[ キケロがカティリーネを告発したことをトムは知らない ] が偽であるという事実と相反する 5 ) クワインのこの文章を次のように解説できるだろう ここでの問題は 我々が次の問いにうまく答えられないということである 問い カティリーネを告発したのだが トムがそれを知らないでいるような対象とは何だろうか 確かにこの問いに答えることは難しい なぜなら それは タリです と答えたならば この答に代入則を適用して それはキケロです ということもできるからである しかし この答は上述の (4) と矛盾する そこでクワインは 次のように考えたのであろう < この問いは 問いとして成り立たない それは この問いの前提つまり (2) が成り立たないからである > ( 我々はクワインのこの結論を正しいと考える ただしクワインのこの論証については 問いの分析を含めて 別の機会に詳しく検討しなおす必要があると考える ) 3 新しい表記法の導入クワインは このディレンマから脱出するために 論文 量化と命題的態度 6) で新しい表記法を提案する その論文でクワインは 命題的態度の文について 関係的意味 (rel ational se nse) と概念的意味 ( notional sense ) の区別を述べている (7) ( x)( Ralph believes that x is a spy) 3

ラルフがそのひとをスパイだと信じているひとがいる (8) Ralph believes that ( x)(x is spy) ラルフはスパイがいると信じている この (7) が 関係的意味 (8) が 概念的意味 と呼ばれる これは de re 信念文と de dict o 信念文の区別に対応づけられているようである しかし クワインは (7) のような内部量化を認めなかった そこで クワインはこの関係的意味での信念文を表現するために 新しい表記法を導入する クワインは 信念 を 信念者 と 内包 (intension) の間の関係として理解する 内包 とは一般的には 自由変項のない that 節 であるといわれる 0 度の内包 は 命題 1 度の内包 は 属性 ( 例えば ス パイ性 を z(z はスパイである ) と表記する ) より高度の内包 は 関 係 ( 例えば yz( y denounce d z) は 二項関係 ) である 信念者と命題との間の 信念の二項関係 は 例えば次のように表示される これによって 概念的意味 の信念が表現される (9) Ralph bel ieves that Ortcut t is a spy. B Ralph [Ortcutt is a spy] 信念者と対象と属性の間の 信念の三項関係 は例えば次のようになる (10) Ralph believes z (z is a spy) of Ort cutt. B Ralph z (z is a spy ) of Ortcutt 同様に 四項関係 の信念は例えば次のようになる (11) Tom believes yz(y denounced z) of Cicero and Catiline. B Tom yz(y de nounce d z) of Cicero and Catiline 信念の三項以上の関係においては 対象が指示されており 関係的意味 の信念が表現されている 4 新しい表記法によるディレンマの解決 4

クワインは 内部量化の言明をこの表記法で表現しなすことによって ディレンマを解決できると考える その説明のために クワインは次の 3 つが成立しているケースを想定する (12) ラルフは 海岸で見た男はスパイではない と信じている (13) ラルフは 海岸で見た男と茶色の帽子の男が同一人物であることを知らない (14) ラルフは 茶色の帽子の男がスパイである と信じているこの (14) に存在的一般化を適用すれば 次の ( 1 5 ) の内部量化の文ができる (15)( x)( ラルフは x がスパイである と信じている ) ( x) B Ralph [x is a spy ] クワインは この (15) の内部量化の文をナンセンスだと言うのであるが これを新しい表記法で次のように表現したものは有意味であるという (16) ( x)( B Ralph z(z is a spy) of x ) ここで ラルフが その人がスパイであると信じているひとは 誰か と問われたならば クワインは次のように答えるだろう (17) B Ralph z(z is a spy) of the man in the brown hat ラルフは 茶色の帽子の男がスパイであると信じる クワインは これに代入則を適用することを認めるので 次の答も認める (18) B Ralph z(z is a spy) of the man seen at the beach ラルフは 海岸で見た男がスパイであると信じる しかし クワインは上の (12) を想定していた この ( 1 2 ) は次のようになる (19) B Ralph z(z is not a spy) of the man seen at the beach ラルフは 海岸で見た男がスパイでないと信じる これは 一見矛盾するように見えるのだが クワインは これから直ちに 次が帰結するのではない と言う (20) B Ralph z(z is a spy. z is not a spy) of the m an seen at the beach 5

ラルフは 海岸で見た男がスパイでありかつスパイでないと信じる 確かに (18) と (19) だけからは (20) が帰結しないことは Kaplan の考案した表記法によって明瞭に示された 7 ) 5 クワインによる解決の問題点さてクワインは 本当に内部量化の問題を解決したのだろうか つまり 内部量化は認めないが もとの日常語の文を新しい表記法で表現できるようになったのだろうか 残念ながらそうではない そのことを 論文 指示と様相 で内部量化のディレンマを指摘したときの例文で確認しよう 上述の内部量化の例文 (2) は クワインの表記法で次のように表現される (21) ( x)( K Tom yz(y denounce d z) of x a nd Catiline ) それがカティリーネを告発したことをトムが知らないようなものが存在する ところで このように表記されたとき カティリーネを告発したのだが トムがそれを知らないでいるような対象とは何だろうか という問いにどのように答えることになるのだろうか クワインは 次のように答えるはずである (22) K To m yz(y denounce d z) of Tully and Catiline タリがカティリーネを告発したことをトムは知らない この Tully に Cicero を代入した次の文をクワインは認めるはずである (23) K Tom yz(y denounce d z) of Cice ro and C atiline キケロがカティリーネを告発したことをトムは知らない しかしキケロついては (4) が成立していた この (4) は次のように表現される (24) K Tom yz(y denounce d z) of Cicero and Catiline キケロがカティリーネを告発したことをトムは知っている 6

この (23) と (24) は明白に矛盾する ただし この矛盾はカプランの表記法で表現するならば解消する まず それを確認しておこう カプランは チャーチに従って 表示関係を示す述語 Δ を導入する 8) つまり Δ ( α x ) は 表現 α が対象 x を表示 ( denote) することを表わしている これを用いると (23) と (24) は 次の (25) と (26) になるだろう (25) ( α)( Δ ( α Cicero) & K Tom α denounced Catiline ) (26) ( α)( Δ ( α Cicero) & K Tom α denounced Catiline ) この (25) と (26) から必然的に帰結するのは (27) であり これは矛盾しない (27) ( α)( β)( Δ(α C icero) & Δ ( β Cicero) & K Tom α denounced Catiline & K Tom β denounced Catiline ) しかし カプランの表記法で矛盾が解消することは クワインの表記法での明白な矛盾を解決するものではない クワインが 内部量化を否定したのと同じく 我々はクワインの表記法での存在量化子の使用も否定すべきなのだろうか 我々はこの問題を解決するための策を以下で提案したい 第二章信念者による指示と話し手による指示 1 指示 S と指示 B の区別の説明信念文を理解するには 従属節内の指示表現が 信念文の主語の人物 ( 信念者 ) によって行われる指示の仕方を表現している場合 ( これを指示 B と表示しよう ) と 信念文を言明する話し手によって行われる指示の仕方を表現している場合 ( これを指示 S と表示しよう ) との区別が必要であろう 例えば あるパーティでaさんがbさんと話していて aさんは bさんが向こうのテーブルにいる人物を男性だと信じている ということに気付いたとしよう 確かに男性にも見えるのだが a さんはその人物の前からの知り合いで 女性であることを知っているとしよう a さんが c さ 7

んに b さんは あの女性が男性だ と思っているよ と言うとき あの女性 は 話し手 ( aさん ) がある人物を指示するために用いている表現 ( 指示 S ) である 信念者 ( bさん ) は その人物を指示するのに決して あの女性 という表現を用いないはずである これに対して 例えば上述の ラルフは 茶色の帽子の男がスパイだと信じている という言明での 茶色の帽子の男 は 信念者であるラルフが対象を指示する仕方を示す表現であり この指示は指示 B である ある表現が 指示 Sであり かつ指示 Bでもあるということも多いだろう 例えば上のパーティで b さんが a さんに 僕は 向こうの人は男性だと思う と言い それを聞いた a さんが c さんに b さんは 向こうの人が男性だと思っている と言ったとしよう このa さんの言明の 向こうの人 という表現は 話し手 ( a さん ) がcさんに対象を指示する仕方でもあり また同時に 信念者 ( b さん ) が対象を指示する仕方でもあると言えるだろう 2 指示 S と指示 B の区別は どのように表現されるのか ( クワインの表記法 ) ではこの指示の区別は クワインの表記法においてどのように理解すべきだろうか 上の例の a さんの言明 b さんは あの女性が男性だ と思っているよ について考えてみよう この文での信念者 ( b ) は 対象を表示するのに決して あの女性 という表現を用いないはずである クワインの表記法では 次のように表現すべきだろう (28)Bbm(m は男性である )o f あの女性クワインの表記法では 信念が 信念者と対象と内包 ( 属性や関係 ) からなる三項以上の関係であるとき その対象は 話し手によって指示されていると思われる クワインが この三項以上の関係においては 同一対象 8

を指示する別の名前を代入することができると考えていることからも これは指示 S であるといえる ここで話し手は信念を信念者 対象 内包 ( 属性 ) の三項関係として記述しているのであり 話し手が信念者を指示しているのだとすれば 対象も内包も話し手が指示しているのだと考えるのがよいだろう ところで この文で あの女性 を指示しているのは 信念者ではないのだから この文は信念者の de re 信念を表現した文ではないと考えるべきだろう 他方 クワインの表記法で 信念が信念者と命題の二項関係で表現されるときは この命題全体が話し手によって指示されている と考えるのがよいだろう なぜなら ここで信念を二項関係として述べているのは話し手であり 話し手が一方の項である信念者を指示しているのだとすれば 他方の項である命題も 話し手が指示していると考えるべきだからである もし二項関係の信念文において信念者が従属文を指示しているのではないのならば これは信念者の de dicto 信念を表現する文ではないと言えるだろう では二項関係の信念文の従属文中の指示表現で対象を指示しているのは 誰だろうか これについては 話し手であるのか信念者であるのか不定であり 何も言及されていない と考えるのがよいのではないだろうか あるいは この命題の中の指示表現は指示 B であると考える論者もいるかもしれないが 次のような否定文を考えると 指示 B でない場合があることが解るだろう (29) Bb[ 向こうのテーブルの人は女性だ ] b さんは 向こうのテーブルの人が女性だとは思ってもいない この場合には a さんは b さんが思ってもいない命題に関して述べているのであって その命題の中の指示表現もまた b さんによるものではない と考えられるのである また 信念者が信じている命題から長い推論によ 9

って論理的に導出されるが 信念者は考えたこともないような命題について 話し手が その信念を信念者に帰属させるというケースも考えられる 次のような反論があるかもしれないので 応えておきたい < B a p of s は 規約によって de re 信念文なのであり a が p と s を指示している また Ba[ s is p ] は 規約によって de dicto 信念文なのであり 信念者 aが命題 [ s is p] を指示している > この反論がもし正しいのならば 我々は B a p of s の s に同じ対象を指示する別の名前を代入することが出来ないはずである しかし この文脈への代入は許されている ゆえに 規約によってそのように決まっていると理解することはできない 3 de re 信念と de dicto 信念の区別は どのように表現されるのかクワインは信念文の de re 信念と de dicto 信念の区別について 次のように考えている可能性がある < 二項関係の信念文は 概念的意味の信念を表現し 三項以上の関係の信念文は 関係的意味の信念を表現している そして この区別は de dict o 信念と de re 信念の区別に対応している > ( これがクワイン解釈として正しいかどうかは 自信がもてないが ) 事柄の認識として これは間違っているのではないだろうか 上に述べたことが正しければ これは ( 尐なくともその後半部分が ) 間 違っていることになる まず注意しておきたいのは de re 信念文と de dicto 信念文の区別は 信念者にとっての区別であるということである それゆえに この区別は 指示 S と指示 B の区別とは無関係である では 信念者にとっての de re 信念と de dicto 信念の区別をどのように表現すればよいのだろうか まず 次の (30) のような形式で de di cto 信念文を表現することを提案したい (30) B b [B b [ 向こうのテーブルの人は男性だ ]] これは二項関係の信念文であるので 左端の b と命題 [ B b [ 向こうのテー 10

ブルの人は男性だ ]]( 命題 1 と呼ぼう ) を指示するのは (30) の話し手である 上の議論に従えば この命題 1 の中の指示表現で指示しようとしているのが (30) の話し手 ( a さん ) であるか 信念者 ( 左端の b) であるかは 不定である しかしこの (30) の二項関係の信念文は特殊である つまり この命題 1 そのものが 信念文であり しかもその信念者が主文の信念者と同一人物となっている このような場合には 命題 1 の内部の命題 [ 向こうのテーブルの人は男性だ ]( 命題 2 と呼ぼう ) を指示する者は 不定ではなくて 信念者 ( b ) になるだろう なぜなら 命題 1 を指示するのは (30) の話し手であるが この命題 1 の < 話し手 >はbである 仮に (30) の話し手が bが心の中で命題 1を話していると考えているのではなく この話し手が勝手に b に命題 1 への信念を帰属させているのだとしても b がこの命題 1 を ( 信じて ) 話すことを ( 意味論の上で ) この話し手は想定している ところで 命題 1 のなかの命題を指示するのは 命題 1 の < 話し手 > (b) であるか あるいは命題 2 を信じている信念者 ( 左から二つ目の b ) である この両者は 同一人物である それ故 どちらにしても命題 2 を指示するのは b である したがって (30) は信念者 (b) 自身が命題 2についての信念を持っていることを表現している de dicto 信念文であると言えるのではないだろうか これと同様に 次の (31) が de re 信念を表現していると言えるだろう (31) B b [ B b m(m は男性である )of 向こうの人 ] 二項関係の信念文である (31) において 左端のbと命題 [ B b m(m は男性 である )o f 向こうの人 ]( 命題 1 とよぼう ) を指示するのは (31) の話し手で ある 前述の議論に従えば 命題 1 の内部の b m 向こうの人 で対象を指示指示する者が (31) の話し手であるのか あるいは (31) の信念者 ( 左端のb) であるのかは 不定である しかし (31) と同じく これも命題 1 が信念文であり その信念者が主文の信念者と同一人物である という特 11

殊性を持つ ここで 命題 1を指示するのは (31) の話し手であるが この命題 1の意味論上の < 話し手 > は b である ということは 命題 1 の中の指示表現 b m 向こうの人 で対象を指示しようとしているのは 命題 1の意味論上の < 話し手 > b である したがって (31) は 信念者 ( b ) が対象 ( 向こうの人 ) に関する信念を表現しており de re 信念文である ちなみに 信念者が 私 であるときには 次の (3 2) と (33) が de dict o 信念文と de re 信念文になる (32) B 私 [ s が p である ] (33) B 私 p of s なぜなら (32) で命題 [ s が p である ] を指示するのは (32) の話し手 ( 私 ) であるが それは同時に (32) の信念者でもあり 信念者 ( 私 ) が命題に関する信念をもっていることが表現されているからである (33) では p と s を指示するのは (3 3) の話し手 ( 私 ) であるが これも同時に (33) の信念者でもあり 信念者 ( 私 ) が対象に関する信念をもっていることが表現されているからである 4 指示 S と指示 B の区別は どのように表現されるか ( ラッセルの表記法 ) 次にラッセル流の通常の表示方法における指示 S と指示 B の区別について 検討したい 次の (34) を考えてみよう (34) K トム ( キケロがカティリーネを告発した ) 信念者も命題も話し手によって指示されているのだといえるだろう (34) でいえば 信念者 ( トム ) と命題 キケロがカティリーネを告発した を指示するのは 文 (34) の話し手である 命題 1の中の キケロ や カティリーネ で対象を指示しているのが 話し手であるのか 信念者 ( トム ) であるのかは 不定である さて このように理解するとき 内部量化が認められないことは 明ら 12

かになるだろう 次の例文で説明しよう (35)( x )( K トム ( x はカティリーネを告発した )) トムが それがカティリーネを告発したことを知っているものがいる ここで x はカティリーネを告発した という命題を指示しているのは 話し手である そしてのこの命題の内部の x で何かを指示している者が誰であるのかは 不定である それに対して 文頭の存在量化子が束縛できるのは 話し手が指示する x であり それゆえに左から二番目の x を束縛することはできない ゆえに 内部量化は 不可能なのである ( ちなみに 仮にこの命題の トム を 私 に変更して (35) の話し手 ( 私 ) と信念者が同一人物になり 偶然に 二つの x を指示するものが同一人物になったとしても 論理的には二つの x への指示は位相が異なるので この場合にも内部量化はできないと考えるべきだろう ) ところで 信念者による命題への指示 ( de dicto 信念文 ) を表現するには 次のようにすればよいだろう (36) K トム ( K トム ( キケロがカティリーネを告発した )) トムは キケロがカティリーネを告発したことを知っている この説明は 前節での de dicto 信念文の説明と同じになる しかし信念者の de re 信念を例えば次のように表現することはできない (37) K トム (( x ) K トム ( x がカティリーネを告発した )) (37) は内部に内部量化の表現をもつので 無意味である 5 クワインの表示法の改良案による内部量化問題の解決以上の考察を踏まえて 上述の内部量化の例文をもう一度検討しよう 批判された内部量化の例文は 次の (6) に存在的一般化を適用して成立した (2) であった 13

(6) タリがカティリーネを告発したことをトムは知らない (2)( x )( x がカティリーネを告発したことをトムは知らない ) この (2) はクワインの表記法で次のように表現された (21) ( x)( K Tom yz(y denounce d z) of x a nd Catiline ) この (21) を前提して問われた カティリーネを告発したのだが トムがそれを知らないでいるような対象とは何だろうか という問い対する答えは クワインも指摘するであろうように たしかに次の (22) になるはずである (22) K To m yz(y denounce d z) of Tully and Catiline タリがカティリーネを告発したことをトムは知らない そして この Tully に Cicero を代入することもできるだろう なぜなら ここでのタリを指示しているのは話し手であり 話し手が タリ = キケロを知っているのならば この代入は認められるからである そこで (2 3) が成立した (23) K Tom yz(y denounce d z) of Cice ro and C atiline キケロがカティリーネを告発したことをトムは知らない しかしキケロついては (4) が成立していた (4) キケロがカティリーネを告発したことをトムは知っている この (4) をクワインは次の (24) のように表記したので (23) と矛盾したのである (24) K Tom yz(y denounce d z) of Cicero and Catiline しかし (4) はトムの de re 信念を表現しているはずであるから それは ( 24) ではなく 次の (38) のように表現されるべきなのである (38)K Tom[ K Tom yz(y denounced z) of Cicero and Catiline ] このとき (23) と (38) は直ちに矛盾するわけではない de re 信念文と de dict o 信念文の表記についての我々の修正案によって クワインの表記法から生じた矛盾は このように回避することができる 14

しかし 内部量化をめぐる問題を よりクリアにより包括的に解決するに は 信念に関する疑問文の表記法を考察しなければならないだろう 注 ( 1 ) 信念文と知識文の最も大きな違いは トムは p を信じる の場合には p が真であるか偽であるかについては何も前提されていないが トムは p を知っている の場合には p が真であること ( 厳密に言えば 話し手は p が真であると信じていること ) が前提されている 両者の違いについては J aakko H i n ti k k a, K n o w l e d g e a n d B e l i e f, ( C o r n e l U. P. ) 1962 ヤーッコ ヒンティッカ 認識と信念 永井成男 内田種臣訳 紀伊国屋書店 1975 年を参照 クワインは ( ラッセルのいう ) 命題的態度 の文という呼び方で この主題の言明を考察している この言い方のほうがあるいは適切かもしれないが この種の言明の定義を厳密にしようとすれば 困難が予想されるので ここでは典型的な信念文や知識文を念頭において議論し 信念文 を広い意味で理解して これを使用することにした ( 2 ) 代入則の適用や内部量化をめぐる 信念文のパズル については 野本和幸著 意味と世界 ( 法政大学出版局 1 9 97 年 ) 野本和幸著 現代の論理的意味論 ( 岩波書店 1988 年 ) で多くの前提となる知識を学ぶことができた 記して感謝したい (3)W.v.O.Quine, R e f e r e n ce a n d M o d a l i t y in F r o m a L o g i c a l P o i n t o f Vi e w, ( H a r v a r d U. P. ) 1980 ( 1 s t. e d. 1 9 5 3 ), p. 1 4 2. クワイン 指示と様相 ( 論理学的観点から 飯田隆訳 勁草書房 1 9 92 所収 )p. 2 22 (4)Ibid.p148. 前掲訳書 p.233 (5)Ibid.p147. 前掲訳書 p.233 [ ] 内は入江の挿入 他の論文からの引用箇所と関係で 原文の P h i l ip を Tom に変更し 訳文を変更した ) ( 6 ) W. v. O. Q u i n e ; Q u a n t i f i e rs a n d P ropositional A t t i tu d e s in T h e J ou r n a l o f P h i l o s op h y, Vol. L I I I, N o. 5, ( 1956) p p. 1 7 7-187. (7)Cf, Q u i ne;ibid.p.182 a n d Ka p l a n ; Q u a n t i f yi n g In i n S y n t h e s e, Vo l, 1 9,( 1 9 69 ), 15

p p.178-214. カプランのこの議論については 注 ( 2 ) で挙げた野本和幸氏の著作に詳 しく紹介されているので 紙数の都合もあり説明を省略する ( 8 ) I b i d. p.189. 16