上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 136. パーキンソン病における PGES の役割 松尾由理 Key words: パーキンソン病, プロスタグランジン, 神経細胞死, ミクログリア, 炎症 北里大学薬学部薬理学教室 緒言パーキンソン病 (PD) はふるえと歩行障害を伴う疾病で, 黒質ドーパミン (DA) 神経の進行性の脱落により生じる. アルツハイマー病についで有病率の多い神経変性疾患であり, 高齢化に伴い有病率は増加している. しかし, 現在の治療は, 枯渇した DA 等を補充する対症療法であり, 精神症状, 神経症状などの副作用の問題点が多い. より有効な治療薬の開発のためには, 中脳黒質での DA 神経の脱落機序を解明することで, 原因 増悪因子を同定し, それをターゲットとする必要がある. そこで我々は,PD 病患者黒質での炎症反応に着目した. 中でもプロスタグランジン E 2 (PGE 2 ) は,PD 病患者の黒質にて産生されることが知られているが, その機序や役割は不明である.PGE 2 は, アラキドン酸から2 段階の酵素反応, 即ち, COX と PGE 2 合成酵素 (PGES) により合成される. 我々は最近, 脳梗塞をはじめとする脳炎症モデルにおいて,PGE 2 産生の末端酵素である膜結合型 PGES-1(mPGES-1) が病態増悪因子であることを, 世界に先駆けて明らかにした 1,2). 本研究では, マウス MPTP 投与による in vivo PD モデル及び, 初代培養神経細胞, 神経 -ミクログリア共培養系での 1- methyl-4-phenylpyridinium : MPP + (1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine : MPTP の活性代謝物 ) 刺激による in vitro PD モデルを用い,mPGES-1 欠損型マウスと野生型マウスの比較検討を行うことで,DA 神経脱落とそれによる行動障害における mpges-1 の役割の解析を行った. その結果,MPTP PD モデルにおいて, ミクログリアにて誘導発現した mpges-1 が,DA 神経脱落と PD 様症状を増悪することが示された. 方法 1. in vivo マウスパーキンソン病モデル ( 神経毒 MPTP 腹腔内投与モデル ) C57BL/6 系雄性 mpges-1 欠損型 (KO) マウス, 及び野生型 (WT) マウスに,saline 或いは MPTP (20 mg/kg) を 2 時間毎 4 回, 腹腔内に投与した. その各日数後に脳を取り出し, 黒質内の mpges-1 発現量を Western blot 或いは免疫染色法にて解析し, 発現細胞の同定は, 各種マーカー蛋白質との共染色により行った.PGE 2 量の測定は, 市販の EIA キットを, DA 量の測定は HPLC 法を用いた. また,DA 神経細胞の脱落は抗 TH(tyrosine hydroxylase) 抗体による免疫染色にて陽性細胞数を計数した. 行動障害は,Rota-rod 法, 足の踏み外し回数の測定にて行った. 2. in vitro 中脳 ( ドーパミン神経 グリア ) 細胞培養胎生 15 日齢の Wistar ラットもしくは WT,mPGES-1 KO マウス中脳より細胞を分散させ,RBNM 培地 (N-2 添加物含有 ) にて,poly-L-lysine コーティングした Dish,Glass または Plate 上に播種し,3 日間培養後実験に用いた. この時の神経細胞 (MAP-2 陽性細胞 ) の割合は全細胞に対して 95.51±0.52%, かつ DA 神経 (TH 陽性細胞 ) の割合は全神経細胞に対して 4.98±0.32% であった. ミクログリアは, 新生仔 1-2 日齢の Wistar ラットもしくは WT,mPGES-1 KO マウス脳より細胞を分散させ, フラスコに播種した. 培養 2 週間後より振盪し, 浮遊細胞を回収し,Dish,Glass,Plate または神経細胞上に播種した. このときのミクログリア (CD11b 陽性細胞 ) の割合は全細胞に対して 98.03±0.52% であった. 神経細胞の生存は MTT 法或いは,MAP-2,TH の免疫染色により陽性細胞数を計数した. その他の評価は 1. と同様に行った. 1
結果本研究ではパーキンソン病による炎症反応において以下の点を明らかにした. 1. in vivo マウスパーキンソン病モデル ( 神経毒 MPTP 腹腔内投与モデル ) にて, 黒質での mpges-1 発現誘導とその時間経過, 発現部位, 発現細胞, を個体レベルで解析し,DA 神経脱落が顕著に起こり始める MPTP 投与 3 日後に活性化ミクログリアにて mpges-1 が発現誘導することが明らかになった ( 図 1). 図 1. MPTP 投与後の黒質緻密部ミクログリアでの mpges-1 の発現. 野生型マウス MPTP 投与 3 日後の黒質緻密部でのミクログリアマーカー (CD11b : 左列 ) と mpges-1( 中央 ) の共染 色像を示す. 矢頭は CD11b 陽性細胞での mpges-1 の発現を示す. 2. mpges-1 欠損マウスパーキンソン病モデルを用い, 病態時の PGE 2 産生が mpges-1 KO マウスでは消失したこと ( 図 2), また DA 神経細胞脱落, 線条体 DA 量, 運動障害が mpges-1ko マウスでは WT マウスに比べ軽減していたことから ( 図 3),MPTP による DA 神経脱落と病態悪化に mpges-1 が寄与することが明らかとなった. 2
図 2 MPTP 投与後の黒質の PGE2 量 mpges-1 欠損型マウスと野生型マウスの比較 野生型マウス或いは mpges-1 欠損型マウスに MPTP を投与し 3日及び7日後の PGE2 量を測定した Control は saline 投与 3 日後の PGE2 量を示す 図 3 MPTP 投与後の野生型 および mpges-1 欠損型マウスの黒質ドパミン神経の染色像と細胞数 上段写真は野生型 WT 及び mpges-1 欠損型 KO マウスの MPTP 処置 7 日後の黒質ドパミン神経細胞の組 織免疫染色像の代表例を示す 下段グラフは MPTP 処置後の黒質ドパミン細胞数の変化を示す 黒質内の TH 陽性 細胞を計数した 3. in vitro 中脳 ドーパミン神経 グリア 細胞培養にて DA 神経毒 MPP+ 刺激による mpges-1 発現誘導は ミクログリ アにて見られることが示された また 神経単離培養に比べ WT ミクログリアとの共培養で MPP+毒性が増悪するが この 作用は mpges-1ko ミクログリアでは認められなかった 図4 従って ミクログリアでの mpges-1 誘導が MPP+による DA 神経細胞死を増悪することが示唆された 3
図 4 MPP+毒性のミクログリアによる増悪における mpges-1 の役割 WT 又は mpges-1ko マウス由来ミクログリア(Wm 又は Km)と中脳神経細胞(Wn)共培養において MPP+ 1 µm 48 時間刺激後の TH 陽性ドパミン神経細胞の生存数を示す グラフ中のカッコ内の数字は各細胞の初期密度(x 104cells/ cm2)を表す **p<0.01 (Tukey's test), n=5. 考 察 本研究より MPTP 及び MPP+により ミクログリアにて mpges-1 が顕著に発現誘導することが明らかとなった また 誘導 発現した mpges-1 は黒質脱落部位での PGE2 産生に必須であるだけでなく 黒質 DA 神経細胞脱落と行動障害の増悪に 寄与することが 欠損マウスの結果より示された さらに 中脳神経細胞 ミクログリア共培養系において ミクログリアの mpges-1 が MPP+による DA 神経細胞死の増悪に寄与することが示された 図5 図 5 MPTP による PGE2 生成経路と DA 神経脱落の模式図 MPTP はアストロサイト内で活性代謝物である MPP+へ代謝され それが DA 神経細胞に直接働き毒性作用を持つだ けでなく ミクログリアを活性化して mpges-1 の発現を誘導することで PGE2 産生を増加させ DA 神経細胞死を促 進することが示唆された 4
薬物治療を考える上で mpges-1 をターゲットとする薬物の利点は次の二点である. 1. 通常発現せず病態時に発現誘導するため,PGE 2 の生理作用には影響を及ぼしにくい. ( 病態特異的治療薬 ) 2. PGE 2 産生の末端酵素であるため,COX から産生される他のプロスタノイドの生理作用には影響を及ぼしにくい. (COX-2 阻害薬の副作用である心血管イベントは生じないと予想される ) 本研究より,DA 神経脱落機序の一端が明らかになっただけでなく,mPGES-1 がパーキンソン病治療の新たなターゲットとな るものと期待される. 本研究の共同研究者は, 北里大学薬学部薬理学教室の鴨井幹夫, 佐々木泰治, 大阪大学微生物病研究所自然免疫学分野 ( 現同大学免疫学フロンティア研究センター拠点 ) の植松智, 審良静男である ( 敬称略 ). 文献 1) Ikeda-Matsuo, Y., Ikegaya, Y., Matsuki, N., Uematsu, S., Akira, S. & Sasaki, Y. : Microglia-specific expression of microsomal prostaglandin E 2 synthase-1 contributes to lipopolysaccharide-induced prostaglandin E 2 production. J. Neurochem., 94 : 1546-1558, 2005. 2) Ikeda-Matsuo, Y., Ota, A., Fukada, T., Uematsu, S., Akira, S. & Sasaki, Y. : Microsomal prostaglndin E synthase-1 is a critical factor of stroke-reperfusion injury. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A, 103 : 11790-11795, 2006. 5