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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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結果本研究ではパーキンソン病による炎症反応において以下の点を明らかにした. 1. in vivo マウスパーキンソン病モデル ( 神経毒 MPTP 腹腔内投与モデル ) にて, 黒質での mpges-1 発現誘導とその時間経過, 発現部位, 発現細胞, を個体レベルで解析し,DA 神経脱落が顕著に起こり始める MPTP 投与 3 日後に活性化ミクログリアにて mpges-1 が発現誘導することが明らかになった ( 図 1). 図 1. MPTP 投与後の黒質緻密部ミクログリアでの mpges-1 の発現. 野生型マウス MPTP 投与 3 日後の黒質緻密部でのミクログリアマーカー (CD11b : 左列 ) と mpges-1( 中央 ) の共染 色像を示す. 矢頭は CD11b 陽性細胞での mpges-1 の発現を示す. 2. mpges-1 欠損マウスパーキンソン病モデルを用い, 病態時の PGE 2 産生が mpges-1 KO マウスでは消失したこと ( 図 2), また DA 神経細胞脱落, 線条体 DA 量, 運動障害が mpges-1ko マウスでは WT マウスに比べ軽減していたことから ( 図 3),MPTP による DA 神経脱落と病態悪化に mpges-1 が寄与することが明らかとなった. 2

図 2 MPTP 投与後の黒質の PGE2 量 mpges-1 欠損型マウスと野生型マウスの比較 野生型マウス或いは mpges-1 欠損型マウスに MPTP を投与し 3日及び7日後の PGE2 量を測定した Control は saline 投与 3 日後の PGE2 量を示す 図 3 MPTP 投与後の野生型 および mpges-1 欠損型マウスの黒質ドパミン神経の染色像と細胞数 上段写真は野生型 WT 及び mpges-1 欠損型 KO マウスの MPTP 処置 7 日後の黒質ドパミン神経細胞の組 織免疫染色像の代表例を示す 下段グラフは MPTP 処置後の黒質ドパミン細胞数の変化を示す 黒質内の TH 陽性 細胞を計数した 3. in vitro 中脳 ドーパミン神経 グリア 細胞培養にて DA 神経毒 MPP+ 刺激による mpges-1 発現誘導は ミクログリ アにて見られることが示された また 神経単離培養に比べ WT ミクログリアとの共培養で MPP+毒性が増悪するが この 作用は mpges-1ko ミクログリアでは認められなかった 図4 従って ミクログリアでの mpges-1 誘導が MPP+による DA 神経細胞死を増悪することが示唆された 3

図 4 MPP+毒性のミクログリアによる増悪における mpges-1 の役割 WT 又は mpges-1ko マウス由来ミクログリア(Wm 又は Km)と中脳神経細胞(Wn)共培養において MPP+ 1 µm 48 時間刺激後の TH 陽性ドパミン神経細胞の生存数を示す グラフ中のカッコ内の数字は各細胞の初期密度(x 104cells/ cm2)を表す **p<0.01 (Tukey's test), n=5. 考 察 本研究より MPTP 及び MPP+により ミクログリアにて mpges-1 が顕著に発現誘導することが明らかとなった また 誘導 発現した mpges-1 は黒質脱落部位での PGE2 産生に必須であるだけでなく 黒質 DA 神経細胞脱落と行動障害の増悪に 寄与することが 欠損マウスの結果より示された さらに 中脳神経細胞 ミクログリア共培養系において ミクログリアの mpges-1 が MPP+による DA 神経細胞死の増悪に寄与することが示された 図5 図 5 MPTP による PGE2 生成経路と DA 神経脱落の模式図 MPTP はアストロサイト内で活性代謝物である MPP+へ代謝され それが DA 神経細胞に直接働き毒性作用を持つだ けでなく ミクログリアを活性化して mpges-1 の発現を誘導することで PGE2 産生を増加させ DA 神経細胞死を促 進することが示唆された 4

薬物治療を考える上で mpges-1 をターゲットとする薬物の利点は次の二点である. 1. 通常発現せず病態時に発現誘導するため,PGE 2 の生理作用には影響を及ぼしにくい. ( 病態特異的治療薬 ) 2. PGE 2 産生の末端酵素であるため,COX から産生される他のプロスタノイドの生理作用には影響を及ぼしにくい. (COX-2 阻害薬の副作用である心血管イベントは生じないと予想される ) 本研究より,DA 神経脱落機序の一端が明らかになっただけでなく,mPGES-1 がパーキンソン病治療の新たなターゲットとな るものと期待される. 本研究の共同研究者は, 北里大学薬学部薬理学教室の鴨井幹夫, 佐々木泰治, 大阪大学微生物病研究所自然免疫学分野 ( 現同大学免疫学フロンティア研究センター拠点 ) の植松智, 審良静男である ( 敬称略 ). 文献 1) Ikeda-Matsuo, Y., Ikegaya, Y., Matsuki, N., Uematsu, S., Akira, S. & Sasaki, Y. : Microglia-specific expression of microsomal prostaglandin E 2 synthase-1 contributes to lipopolysaccharide-induced prostaglandin E 2 production. J. Neurochem., 94 : 1546-1558, 2005. 2) Ikeda-Matsuo, Y., Ota, A., Fukada, T., Uematsu, S., Akira, S. & Sasaki, Y. : Microsomal prostaglndin E synthase-1 is a critical factor of stroke-reperfusion injury. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A, 103 : 11790-11795, 2006. 5