急性中耳炎に対する鼓膜切開 (101029) 患者から聞いた鼓膜切開に関するエピソード 詳しいことは分からないが あらすじはこんな感じ 風邪の後に耳痛を訴えたため ある耳鼻科のクリニックに子供を連れていったら 中耳炎の診断で鼓膜切開を受けた それでもなかなか良くならないので別の中規模病院 ( 耳鼻科? 小児科?) に受診したら 鼓膜切開したことを注意され そのようなクリニックにはもう行かないようにと指導されたとのこと 確かに 私自身も鼓膜切開に対しては肯定的では無いが 後だしジャンケンでここまで前医を非難するのはどうかと思う 小児の急性中耳炎に対する鼓膜切開の効果について復習してみることにした まず ちょっと古いが 手元にある 2004 年の Clinical Evidence issue 12( 参考文献 1) を見てみると 以下のような記載がある この中の Acute otitis media の What are the effects of treatments? の項目の Likely to be ineffective or harmful( 効果が無い 又は有害 ) に Myringotomy が分類されている 紹介されている RCT が 3 つあり 1 つ目の RCT は鼓膜切開単独群 抗生剤単独群 併用群で効果に差が無いものの 鼓膜切開単独群で感染が遷延していた 2 つ目の RCT では鼓膜切開と無治療を比較して 24 時間後または 7 日後の疼痛に差が無かった 3 つ目の RCT では症状の重い急性中耳炎患者に対して鼓膜切開やプラセボ治療を行うと抗生剤と比較して初期治療 (12 時間以内の症状の改善 ) の失敗が多いという結果であった これらの報告からは鼓膜切開単独という治療方法は問題と考えられる ただし 抗生剤と併用した場合であったり 治療の目的がその場での疼痛の緩和となった場合には完全に否定されるものでは無いかもしれない 1. van Buchem FL, Dunk JH, van't Hof MA. Therapy of acute otitis media: myringotomy, antibiotics, or neither? A double blind study in children. Lancet 1981;2:883 887. 2. Engelhard D, Cohen D, Strauss N, et al. Randomised study of myringotomy, amoxycillin/clavulanate, or both for acute otitis media in infants. Lancet 1989;2:141 143. 3. Kaleida PH, Casselbrant ML, Rockette HE, et al. Amoxicillin or myringotomy or both for acute otitis media: results of a randomised clinical trial. Pediatrics 1991;87:466 474. 日本耳鼻科学会 日本小児耳鼻咽喉学会 日本耳鼻咽喉科感染症研究会合同のガイドライン ( 参考文献 2) では以下のような記載があり RCT の引用文献は参考文献 1 とかぶっているものも ありそうだ
CQ20-5: 鼓膜切開はどのような症例に適応となるか 推奨 急性中耳炎の重症度に応じて選択肢とする ( 推奨度 Ⅰ) 背景 急性中耳炎は, 中耳の炎症と貯留液が病態であり, 鼓膜切開による排膿, 排液は病巣の治癒促進に有効である しかし, 鼓膜切開が急性中耳炎を有意に治癒促進するという報告は少ないのが現状である 解説 鼓膜切開が有効であった報告は, 抗菌薬 48 時間投与後にも感染徴候ありの症例に鼓膜切開を行い, 切開 48 時間後に全例改善したという後ろ向き観察研究である (Babin et al. 2003 ) 保富ら (2002) は, 著者らの経験から重症度に応じて鼓膜切開が必要となると論じている Nomura ら (2005) は, 症例対照研究で鼓膜切開は滲出性中耳炎の移行を有意に減少させるが, 急性中耳炎の早期再発と反復性中耳炎の予防には効果なしと報告している 一方, ランダム化比較試験で, 重症例に鼓膜切開, 抗菌薬投与, 鼓膜切開と抗菌薬投与の 3 群を比較した検討では, 抗菌薬投与に鼓膜切開を加えても, 有意な臨床効果は得られていない (van Buchem et al. 1985) Kaleida ら (1991) は, 重症例のランダム化比較試験で,amoxicillin, amoxicillin と鼓膜切開,placebo と鼓膜切開 (2 歳以上 ) の群で成績を比較し,2 歳以上の重症例群では, 鼓膜切開と placebo で治療した群は, 他の群より有意に成績不良であると報告している この検討からは, 鼓膜切開のみは有効な治療とならないという結論は導かれるが, 鼓膜切開が無効という成績ではない また このガイドラインの中では中等症 重症の治療アルゴリズムの中で鼓膜切開が勧められるケースが出てくる 日本の一般的なガイドラインの中では 効果に関してははっきりしないが 重症なケースほど 鼓膜所見が高度なほど鼓膜切開のケースは増えそうだ 鼓膜切開が単独で行われるようなアルゴリズムにはなっていない
中等症 ( スコア 10~15 点 ) 重症 ( スコア 16 点以上 ) ( 参考文献 2 より引用 ) Dynamed の AOM の項目には Myringotomy の特徴として relieves pain immediately とか closes spontaneously in 24-36 hours などと記載されている 即座に疼痛の軽減が出来るという点が優れているといえば優れている ただ 1 日 ~1 日半で自然に閉鎖するとのことなので この点はやはり問題なのかもしれない 参考文献 3 はレーザーによる鼓膜切開の試験だが 乳幼児では 平均 11 日穿孔が持続しており 全ての症例が抗生剤無しで治癒したという論文である 通常の切開と違い 瘻孔がしばらく機能しているということだと思う レーザーによる鼓膜切開は簡便で早く 局所麻酔で可能という どうせやるなら こういう方法の方が良いかもしれない ( コホート研究なので 他の方法と比較しているわけではないことに注意 今後の試験にも注目したい ) Among all age groups, 136 ears were followed up. Perforation lasted a mean 22 days in adults, 17 days in children, and 11 days in infants. Patient age was found to be a significant determining factor for duration of perforation (P =.002). Laser myringotomy in the anterior and inferior areas lasted longer than posterior LM (P<.001). In patients with SOM, during the time the LM was patent, all ears were ventilated. In children, 38% of SOM cases resolved after a single LM treatment. All
infants with AOM recovered promptly without antibiotic treatment. ( 参考文献 3 より引用 ) 医師であれば 患者を良くしたい 目の前で起きていることに対して その時 その場で最善と思 われる選択をしているはずだ そんな中で 後出しで非難される医師が出てくることはちょっと悲し い 自分も非難される可能性が相当高いポジションと思う 良い医療を提供しようと思うと 医学に対する自己研鑽はもちろんだが 患者に対するしっかりとした説明だけでなく 地域での治療のコンセンサス 医師同士のコミュニケーションのようなものが必要なのだと感じた 無数にある 関係 関心 そんな目に見えないものが地域医療を行う上で避けて通れない視点だと思う 参考文献 1. Paddy O'Neill,Tony Roberts. Acute otitis media. London, BMJ Publishing Group, 2004. 2. 日本耳科学会他編. 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2009 年版. Minds ホームページ http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0040/1/0040_g0000233_0001.html
3. Cohen D, Shechter Y, Slatkine M, Gatt N, Perez R. Laser myringotomy in different age groups. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2001 Mar;127(3):260-4.