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第 38 号 社会システム研究 2019年 3 月 査読研究ノート 農業の 6 次産業化における競争戦略研究 農業生産法人 有限会社 FRUSIC を事例に 楠奥 繁則* 山本 重人** Jiban M. Gharty *** Buddhi Thapa **** 要旨 近年 わが国の農業就業人口が減少しており また その高齢化が問題視されて いる 先行研究によると この問題を解決する方法の 1 つに農業の 6 次産業化があ る しかしながら 農業の 6 次産業化で持続的利益を得ている事例は多いとは言え ない そこで本研究では Porter のバリューチェーンと競争の基本戦略の観点か ら農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得する方法を議論する 農業の 6 次産業化で 持続的利益を得ている徳島県上勝町の彩事業の事例から 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには 同じ地域にある他組織との協調戦略が有 効であるだろう と 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を得るには ニッチ 集中 戦略を軸にすべきであろう が導かれた 仮説 1 と 2 を確認するた めに 農業生産法人 有限会社 FRUSIC の代表にインタビュー調査を行った イン タビュー調査の結果 仮説 1 と 2 が支持されるような示唆が得られた キーワード 農業の 6 次産業化 バリューチェーン 競争の基本戦略 ニッチ戦略 協調戦略 ストーリーとしての競争戦略 * 執 筆 者 楠奥繁則 所属 職位 名古屋産業大学 准教授 連 絡 先 488-8711 愛知県尾張旭市新居町山の田3255-5 E - m a i l s-kusuoku@nagoya-su.ac.jp ** 執 筆 者 山本重人 所属 職位 川口短期大学 准教授 連 絡 先 333-0831 埼玉県川口市木曽呂1511 E - m a i l s.yamamoto.kawatan@gmail.com *** 執 筆 者 Jiban M. Gharty 所属 機関 名古屋産業大学 現代ビジネス学部 連 絡 先 488-8711 愛知県尾張旭市新居町山の田3255-5 E - m a i l 1115030@nagoya-su.ac.jp **** 執 筆 者 Buddhi Thapa 所属 機関 名古屋産業大学 現代ビジネス学部 連 絡 先 488-8711 愛知県尾張旭市新居町山の田3255-5 E - m a i l 1115060@nagoya-su.ac.jp 205

206 社会システム研究 ( 第 38 号 ) 1. 問題と目的 1.1. 問題今日, 農業就業人口の減少と, 農業就職者の高齢化が問題となっている. 農林水産省 (2016) によると,335 万 3,000 人 ( 平均年齢 63.2 歳 ) であった2005 年の農業就業人口が,2015 年では209 万 7,000 人 ( 平均年齢 66.4 歳 ) へと大きく減少した. これらの問題を克服する 1 つの有力な方法として, 農業の 6 次産業化 ( 以下, 農業の 6 次化 ) が注目されている ( 今村,2015; 松原,2016). 6 次化とは,1994 年に今村奈良臣が提唱した概念で,Clark(1940) のペティ クラーク法則 1 がその学術的背景にある ( 今村,2015). 端的に説明すると, 農業の 6 次化とは, 農家の所得増加と, 農山村での就業場の増加を目的に, 農業者 ( 第 1 次産業 ) が主体となって, 第 2 次産業 ( 加工 ) 第 3 次産業 ( 販売 流通 ) が 1 2 3 で連携を強化することを意味する( 今村,2015; 松原,2016). 換言すると, 農家が生産した農作物を, 付加価値をつけるために加工し, その農家が直売所などで消費者に販売することである. 農家の所得増加と, 農山村での就業場の増加が実現できるのであれば, 1 2 3 の全てが揃う必要はなく, 1 3 ( 農家が生産した農産物を, その農家が, あるいは, その農家のために誰かが直売所など消費者に販売すること ) であっても, 農家の 6 次化とみなされる ( 松原,2016). しかし, 農業の 6 次化で持続的利益が得られている事例は多くない ( 松原 楠奥,2017). したがって, 農業の 6 次化研究の課題の 1 つに, 松原 (2016) が 戦略 をあげているように, 農業の 6 次化で持続的利益につながる競争優位を獲得するための戦略研究を進展させる必要がある. 1.2. 競争戦略からみた農業の 6 次産業化研究本稿では, 農業の 6 次化における競争戦略の先行研究として, バリューチェーン (Porter, 1985) からみた渋谷 (2009) と室屋 (2014) の研究, 競争の基本戦略 (Porter,1980) からみた葉山 (2016) の研究, そして, ストーリーとしての競争戦略 ( 以下, 戦略ストーリー ; 楠木, 2010) からみた楠奥 加野 藤原 吉川 (2018) の研究を紹介する. それらの先行研究を取り上げた理由は次のとおりである. 農作物の生産が専門である農業者の多くが, 加工や流通 販売も行うことは困難であると考えられる ( 室屋,2014; 中野,2014). 困難な場合, 農業者はどのようにして加工, 流通 販売を行えばよいのか, バリューチェーンの観点からそのことを議論するために, 渋谷と室屋の研究を紹介する. 後述するように, 企業がとる長期的な基本戦略は 3 つあり, 原則, そのうち 1 つに軸を置くべきである (Porter,1980). しかし, 従来のわが国の農業経営では 2 つ以上に軸を置く傾向があり, その戦略が曖昧になる場合がほとんであることが指摘されている ( 渋谷,2009). 農

農業の6次産業化における競争戦略研究 楠奥 山本 Gharty Thapa 207 業の 6 次化に焦点を当てた場合 どの戦略を選択すべきか 競争の基本戦略の観点からそのこ とを議論するために 本研究では葉山の研究を紹介する 農業の 6 次化で持続的利益が得られない理由の 1 つとして 農業者らの大半が生産者視点か ら付加価値化を行っていることが指摘されている 松原 2016 言い換えると その大半は コンセプト 顧客に対する提供価値の本質を一言で凝縮的に表現した言葉 楠木 2010 p. 241 を明確にせず 経営活動を行っていると考えられる では どのようにしてコンセプト を創ればよいのか 戦略ストーリーの観点からそのことを議論するために 楠奥らの研究を紹 介する 農業の 6 次化の成功事例である彩事業2の事例を用いて 上述した先行研究を紹介したいた め まず楠奥らの研究 次に渋谷と室屋の研究 そして葉山の研究の順に紹介する 1.2.1 ストーリーとしての競争戦略からのアプローチ 楠木 2011 は あらゆる競争戦略は ストーリー という思考様式をもってつくられるべ きだと論じる 楠木 2010 は ストーリーという思考様式をもってつくられた競争戦略のこ とを 戦略ストーリー と表現している ここでいうストーリーとは筋のことである すなわ ち 戦略ストーリーとは 戦略を構成する全ての要素がコンセプト実現へとつながり コンセ プトの実現が競争優位 基本戦略 を経由して エンディング 持続的利益 へと向かって動 いていく動画のような流れのこと である そして 後述するクリティカル コアがその企業 の戦略ストーリーを面白くさせる ゆえに 楠木 2010 は優れた戦略 業界リーダーの競争 戦略 は 思わず人に話したくなるような面白いストーリーになっていると論じている 戦略 ストーリーによると 業界リーダーの競争戦略には 後述する競争の基本戦略の明確化 Porter 1980 に加え 3 つの特徴 コンセプトの明確化 一貫性 クリティカル コア があるという 彩事業の事例を通じて 楠奥ら 2018 は 農業の 6 次化を通じて競争優位を 獲得するにも 業界リーダーと同様に 競争の基本戦略を明確にし その 3 つの特徴をもつ必 要があると考える 図 1 戦略の構成要素 株式会社いろどり 営業活動 株式会社いろどり の設立 POSを活用しつまもの の出荷量目標決定 クリティカル コア 非農業法人 農協 49の市場 コンセプト 料理人のための 代行業 競争優位 ニッチ戦略 持続的利益 農家の協力 PCとFAXの活用 農家の意識変化 事業家への変貌 自由裁量に基づく 意思決定 仮説 194軒の農家 つまもの生産 出荷 320種類以上 出典 楠奥ら 2018 p. 68 加筆 図1 彩事業の戦略ストーリー

208 社会システム研究 ( 第 38 号 ) 1.2.1.1. コンセプトの明確化第 1 の特徴は, 基本戦略を実現するための目的 コンセプト が明確で, かつ, 顧客の心理を捉えたものとなっていることである. コンセプトとは, 前述したように, 本当のところ, 誰に何を売っているのか に対する回答のことである ( 楠木,2010). 彩事業が葉っぱビジネスを開始するまでは, 料亭の料理人は自分自身でつまものを採りに山へ行っていた. また, 北海道では, 山に柿の葉や大きな笹の葉がなく, それらを自分で採りに行けない料理人もいたことを知る. そこで, 彩事業ではその料理人の代わりに葉っぱを採る作業を手伝えば, 特に, 自分で採りに行けない料理人は喜び, 結果, 持続的利益が得られると考えた. そして, コンセプト つまものの観点から, 料亭の料理人のための代行業 がつくられた. 一見, 彩事業はつまものを生産して, それを販売し, 持続的利益を得ている組織に見えるが, コンセプトが示すように, 本当のところは, 料理人の代行業を行い, 持続的利益を得ている. 1.2.1.2. 一貫性第 2 の特徴は, コンセプトと, そのコンセプトを実現させるための戦略の構成要素との間には一貫性があるということである. 彩事業の戦略の構成要素は, 次のとおりである. まず, 当時農協職員であった横石氏が料亭に出向き, 売り込みを行い, つまものを購入してくれる料理人を見つけ, そして, どの程度の需要があるのかを市場に伝えるという方法で販路を開拓した. 現在は 非農業法人 である株式会社いろどり ( 以下, いろどり ) がその活動を担っており,49ヵ所の市場を開拓している. つまものの生産は農家が担っている. 最初は 4 軒だったが, 現在は194 軒の農家が生産を担っており,320 種類以上のつまものを提供できる体制を整えている. 生産されたつまものは農家が農協に出荷する. 農協が持つデータ ( 市場への出荷量, および, 販売実績など ) は, いろどりに提供される. いろどりは, つまものの供給が過多にならないように,POS システムを通じて, それぞれの市場に出荷した量, 売れ行きと単価, 市況の価格の情報などを調べ, つまものの需要予測を行う. そして, いろどりはパソコン (PC) を使って, 農家に出荷目標を伝達する.PC から伝達された情報に基づいて, 農家は計画 今日は 5 パック出したけれど明日は 4 パックにしよう を立て, つまものの生産 出荷量などを決定する. 農家の意識変化 ( 事業化としての変貌 ) のために, 農家の評価に関する情報 ( 他の農家の売上順位は公開していないが, 自分の売上が全体の中で何番目かという情報 ) も, 農家の PC に伝達した. このように農家の意識変化を促し, PC 活用の動機づけを行った. 市場からの特別注文は, 農協を経由して, 農家に依頼される. その際, 農協は FAX を用いて, 農家に特別注文を依頼する. 誰がどの注文をとるかは, 早い者勝ちで決定される ( 自由裁量に基づく意志決定 ).PC と FAX の導入については,1999 年にいろどりが設立された時に行

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 209 われた.PC 導入当初は, 農家にPCをなかなか使用してもらえなかったが, 農家の協力を得て, 徐々に浸透していった. 仮に, 彩事業の戦略の構成要素の中に 若者への自動車の販売 が加わったらどうであろうか. その要素はコンセプトを実現させるためには不要な要素である. つまり, 彩事業のコンセプトを実現させるためには不要な, つまり, 一貫性のない要素が組み込まれたことになる. このように, 一貫性のない要素は切り捨てなければならない. 1.2.1.3. クリティカル コア第 3 の特徴は, 前述した戦略の構成要素の中に, クリティカル コア が含まれていることである. クリティカル コアとは, 戦略を構成する諸要素の一部で, 一見して非合理だが, 他の様々な諸要素と深い関わりをもち, 競争戦略全体の合理性を引き出す要素である. 競合他社と違った合理的な諸要素を取り入れれば, すぐに競合他社にそれを模倣されてしまう. だが, 非合理的な要素であれば, 競合他社はそれについては模倣したがならないであろう. その結果, その企業は持続可能な競争戦略を遂行できる. 彩事業の場合, 非農業法人 がクリティカル コアとなる. なぜなら, 彩事業の中心人物であった横石氏は, いろどりを設立した際に, 意図的につまもの生産農家を雇用する農業法人にはしなかった. 起業家や, 起業家を目指す者からみると, 農業法人にした方が, 農家の管理がしやすくなり, また, その方が横石氏の所得が上がると考えるだろう. しかし, 非農業法人とした方が, むしろ, 農家の協力が得られるため管理がしやすくなり, また, いろどりは農家のための営業活動や, 生産量のコントロール業務などに専念できる. 非農業法人 としなければ, 彩事業の継続は困難だったかもしれない. 1.2.2. バリューチェーンからのアプローチ渋谷 (2009) は, 農業を行う企業組織 ( 農企業 ) を対象とした研究だが, 利潤 ( マージン ) を獲得している農企業は, どのようにして顧客への提供価値を創り出しているのか, そのことを分析するフレームワーク 農企業バリューチェーンモデル ( 図 2 ) を提供している. 図 2は,Porter(1985) のバリューチェーン ( 図 3 ) が基盤となっている.Porter(1985) は, 顧客が会社の提供するものに進んで払ってくれる金額, すなわち価値は 主活動 ( 購買物流, 製造, 出荷物流, 販売 マーケティング, サービス ) と, その主活動を支える 支援活動 ( 調達活動, 技術開発, 人事 労務管理, 全般管理 ) が連鎖して創り出されると考える. 企業組織がその価値を創り出す活動のフレームワークがバリューチェーンである. 主活動と支援活動における諸活動の説明については表 1 に示す. 農企業バリューチェーンモデルは, バリューチェーンと比較し, 次の 3 点が異なる. まず, 図 3 の主活動の購買物流が, 図 2 では 生産基盤 施設設備 と 生産資材調達 となっている点である. なぜなら, 建設業の農業参入を分析した結果, 自社で生産基盤や施設の整備を

210 社会システム研究 第 38 号 全般管理 ー マ ジ ン ー マ 加 工 ケ販 テ売 ン グ サ ー 生 産 出 荷 物 流 ィ 生 産 資 材 調 達 生 施 産 設 基 整 盤 備 ビ ス 出典 渋谷 2009 p. 139. 図2 農企業バリューチェーンモデル 全般管理 支 援 活 動 人事 労務管理 技術開発 ー マ 調達活動 ジ ン ー マ 出 荷 物 流 ケ販 テ売 ン グ サ ー 製 造 ィ 購 買 物 流 ビ ス 主活動 出典 Porter 1985 訳書 p. 49 図3 表1 バリューチェーン 主活動と支援活動の説明 本社経営 企画 財務 経理 法規対策などの活動 人事 労務管理 技術開発 調達活動 社員の募集や採用 教育 給与支払いなどの活動 製品の品質を上げたり 生産工程を向上させる活動 原材料や燃料 消耗品などを購入する活動 製造 サービス マージン 製品の価値を向上させる 維持するサー ビス活動 据付工事 修理 部品供給な ど 販売 マーケティング 顧客が製品を買える手段を提供し 顧客 が購入したくなるように仕向ける活動 広 告 流通チャネルの選択 価格政策など 出典 中野 2011 p. 61 加筆 出荷物流 製品を集荷し 保管し 顧客に届けるま での活動 最終商品の保管 輸送 受注 処理など 製品の原材料を外部から受領 貯蔵し 配分する活動 原材料の軽量 在庫統制 輸送計画など 原材料を最終製品の形に変換させる活動 機会の操作 包装 設備の整備など 購買物流 総価値と 価値を創る活動の総コストの差 全般管理

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 211 行っている事例が多くある. これらは農企業自らが取り組むことが可能な活動で, かつ, これ らの費用が経営全体の中で占める比率が大きいことから, 事業の成否に関ると考えられたから である. 次に, 図 3 の主活動の 製造 が, 図 2 では 生産 と 加工 に区分されている点である. なぜなら, 農産物を生み出す活動としての 生産 は, 生き物を対象とした農業特有の活動で, 製造 とは区別する方が分析しやすいと考えられたからである. また, 農業では 製造 よ りも 加工 という言葉が多用されることも理由である. たしかに, 農業の 6 次化で持続的利 益が得られている農企業の価値創造を分析するにおいても, 第 1 次の 生産 と, 第 2 次の 加 工 に区分した方が, より具体的な分析が可能となるだろう. そして, 図 3 の支援活動の 全般管理 人事 労務管理 技術開発 調達活動 が, 図 2 では一括して 全般管理 となっている点である. 一般的に農企業組織の規模は小さい. そ のため, 支援活動が未熟で, それが競争優位の獲得となっている部分が少ないと考えられるか らである. 農業者が主体となって農業の 6 次化を行う場合においても, その組織は小規模で活 動すると推測されるので, 農業の 6 次化においても図 2 を用いることは可能であろう. 農企業バリューチェーンモデルの各活動の説明 内容については表 2 に示す. 図 3 を用いた分析を行う場合, 主活動の分析を行うことが多い ( 山田,2015). 前述した彩 表 2 農企業バリューチェーンモデルにおける各活動の説明 内容 価値活動 価値活動の要素の例 価値活動の要素内容 1 生産基盤 施設整備 農地調達土地改良施設整備農業機械 農地の購入や借入圃場の整備や耕作放棄地の回復施設園芸のハウスや畜舎, 倉庫等の建設トラクター, コンバイン等の農機具の購入 修理 2 生産資材調達 3 生産 4 加工 5 出荷物流 6 販売 マーケティング 7 サービス 8 全般管理 肥料 農薬飼料 薬剤燃料 各種資材種苗飼料生産生産乾燥 調製農産物加工食品加工保管物流 販売 出典 ) 渋谷 (2009),p. 140. 情報提供アフターサービス観光 レジャー外食 中食人事管理会計管理営業 PR 肥料, 農薬の調達粗飼料, 濃厚飼料, 抗生物質等の薬剤等の調達重油 灯油 軽油, ビニール等の被覆材等の調達種子 苗の調達自社の家畜に与えるための牧草等の生産耕種作物や家畜の生産収穫した農作物の乾燥や出荷形態への調製農家グループ等が行う漬物等の簡単な加工食品会社が行う工業製品としての加工出荷までの倉庫等での保管トラック等での物流 配送 卸 小売店 消費者等への販売活動 商品の品質や生産履歴に関する情報提供販売後のサービス提供, 苦情処理等体験農園等観光 レジャーと絡めたサービス提供飲食店や惣菜店等での食品の提供 販売農場等で働く人の確保 育成等初期投資や運転資金の調達販売のための営業活動や PR 活動

212 社会システム研究 ( 第 38 号 ) 事業の主活動を, 図 2 を用いて分析すると次のようになる 3. まず, 生産基盤 施設整備 生産資材調達 生産 加工 は,194 軒の農家が担当している. 各農家が, 自分の農地に, 自費で購入してきた肥料を与え, 葉っぱを生産し, そして, 生産した葉っぱをパックに詰めてラップで包装し, つまものという加工品を製造している. このように, 彩事業では各農家が協働することによって,320 種類以上のつまものの製造が可能となっている. 出荷物流 については, 農協が担当している. 各農家が生産 加工したつまものを農協が集荷し, 保管し,49ヵ所の市場に届けている. 販売 マーケティング は, 顧客である料亭の料理人がつまものを購入する場を提供しているのは49ヵ所の市場だが, 料理人が購入したくなるように仕向ける活動 ( 広告など ) は主にいろどりが中心となって行っている. 前述したように, いろどりが料亭に出向き, 売り込みを行い, 販路を開拓している. サービス ( 製品の価値の維持 ) については, 各農家, 農協, いろどりが担っている. 前述したように, 農協が持つデータはいろどりに提供される. 次に, いろどりがそのデータに基づき, つまものの需要予測を行い, 各農家に伝達する. そして, いろどりの需要予測を基に, 各農家は生産 出荷量を決定する. このようにして, 彩事業ではつまものの値崩れを防いでいる. 室屋 (2014) は農業の 6 次化で持続的利益を得るには, 農業者主体でバリューチェーンを完結させようとせず, 地域と組み ( 地域といっしょにやる ), バリューチェーンを構築すべきだと考える. 山田 (2015) の協調戦略 ( 競合企業とできるだけ競争をせずに共存を図る戦略 ) の研究も踏まえると, 業界で必要とされるバリューチェーンの機能を, 彩事業のように農業者が全てを持っていない場合, 同じ地域にある農協や, いろどりといった他組織のバリューチェーンの中に入り込む協調戦略が有効であると考えられる. 以上をまとめると, 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには, 同じ地域にある他組織との協調戦略が有効であるだろう が導かれる. 1.2.3. 競争の基本戦略からのアプローチ農業の 6 次化で持続的利益を獲得する方法として, 葉山 (2016) は競争の基本戦略の観点から議論している. 競争の基本戦略とは,1コスト リーダーシップ戦略( 競合他社には模倣できない低コストで生産できる方法を見出し, 競争優位を獲得する戦略 ),2 差別化戦略 ( 製品やスタッフなどにおいて, 競合他社との違いをつくり, 自社の独自性を出し, 顧客がより多く支払いたくなる状態をつくることで競争優位を獲得する戦略 ),3 ニッチ戦略 ( 集中戦略 4 ; 事実上競争がないような状態をつくるために, 特定の地域や顧客にターゲットを絞り込み, そこに自社の経営資源を集中し, 競争優位を獲得する戦略 ) である ( 楠木,2010;Porter,1980). ニッチ戦略で競争優位を獲得するには, 山田 (2015) によると, 次の10の方法がある.

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 213 第 1 は, 技術ニッチである. リーダー企業が持っていない技術の分野を開拓し, リーダー企業の相対的に豊富な資源をもってしても, その市場を攻略できない戦略のことである. 第 2 は, チャネル ニッチである. リーダー企業が追随できないチャネルを押さえ, そのチャネルを通じて, 限られた市場の寡占を作る戦略のことである. 第 3 は, 特殊ニーズ ニッチである. 一般的ではない特殊なニーズに対応した技術 サービスにより, 限定された市場を獲得する戦略である. 第 4 は, 空間ニッチである. 限られたエリアだけを事業領域として資源を集中することで, その地域に関しては大手企業であってもシェアを取れない状況にしてしまう戦略である. 第 5 は, 時間ニッチである. 限られた時間だけに事業が集中するため, 固定費の高い大企業は, 需要の閑散期に固定費が回収できなくなることから, その事業になかなか参入できなくなる戦略である. 第 6 は, ボリューム ニッチである. リーダー企業が参入するには市場規模が小さく, そのために, リーダー企業が参入してこない結果, ニッチ企業が利益を享受できる市場である. 第 7 は, 残存ニッチである. 製品ライフサイクルの衰退期に入って市場が縮小し, もはや利益が出なくなったため, 大手企業が撤退していった結果, 残った企業が限られた規模の中で利益を追求する戦略のことである. 第 8 は, 限定量ニッチである. 意図的に生産量 供給量を絞ることでプレミア感を出し, 利益を確保する戦略である. 第 9 は, カスタマイズ ニッチである. 完全オーダーメイドに基づく製品 サービスを提供する戦略のことである. 第 10は, 切替コスト ニッチである. 製品 サービスの規模が小さいことに加え, 当該市場に参入するための壁があり, また, 既存顧客が後発企業の製品 サービスに切り替えてもらうコストが大きい場合, リーダー企業は同質化をしかけにくい. 前者には, 認可や指定業者として承認をもらうコストがかかる. 後者は, 既存製品 サービスを切り替えるための顧客の切替コストがかかる. こうした戦略が切替コスト ニッチである. Porter(1980) は 3 つある競争の基本戦略のうち, 原則, どれか 1 つを主目標 ( 軸 ) にすべきだと論じる ( 基本戦略の明確化 ). 農業の 6 次化で持続的利益を獲得するための競争の基本戦略について, 葉山 (2016) は, コスト リーダーシップ戦略は現実的ではないと論じる. なぜなら, わが国には海外や国内の農産物を大量に仕入れ, 大量に加工する大手の食品メーカーが数多く存在するため, コストで競争することは非現実的だからである. その他にも, コスト リーダーシップ戦略を採択できるのは一般的に経営資源が業界で最大のリーダー ( 量的経営資源にも質的経営資源にも優れる企業 ; 山田,2006) しか採択できないことも考慮すると ( 山田,2015), たしかに農業者らがコスト リーダーシップ戦略を選択するのは困難であると考えられる.

214 社会システム研究 ( 第 38 号 ) よって, 農業者が農業の 6 次化で持続的利益を獲得方法には, 差別化戦略か, ニッチ戦略を採択すべきだということになる. しかし, 差別化戦略はリーダーと戦うチャレンジャー ( 量的経営資源には優れるが, 質的経営資源でリーダーを追う, 通常は業界の第 2 ~ 4 位の企業 ; 山田,2006) しか選択できない戦略である ( 嶋口,2000). また, 農林水産省 (2013,2018) が公開している総合化事業計画の認定件数だけをみても, 6 次化で競争優位を獲得しようとしている業者数は,1,321 件 (2013 年 2 月 28 日 ),2,378 件 (2018 年 10 月 31 日 ) と, この 5 年間で1.8 倍となっている. 以上を踏まえると, 一般の農業者はニッチ戦略しか採択できないと考えられる. 前述した彩事業は,194 軒の農家が料亭の料理人が必要とするつまものの提供と, 一般的ではない特殊ニーズに応じていることや ( 特殊ニーズ ニッチ ), 約 3 億円市場という小規模市場で営利活動を行っており ( ボリューム ニッチ ), また, いろどりが中心となり意図的につまものの生産量 供給量をコントロールしていることから ( 限定量ニッチ ), 彩事業はニッチ戦略を軸にしていると考えられる. 以上より, 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を得るには, ニッチ ( 集中 ) 戦略を軸にすべきであろう が導かれる. 1.3. 本研究の目的本研究では, 戦略ストーリーの観点から議論された彩事業の研究を紹介し, 彩事業では, 顧客の抱えている問題 課題に着目し, コンセプトが創られたことが分かった. また, 彩事業を, 農企業バリューチェーンと, 競争の基本戦略の観点からも議論した結果, 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには, 同じ地域にある他組織との協調戦略が有効であるだろう と, 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を得るには, ニッチ ( 集中 ) 戦略を軸にすべきであろう が導かれた. しかしながら, 彩事業は農業の 6 次産業化の成功事例の 1 つだが, 非農業者である横石氏が中心となった事例である. そこで, 本研究では新規就農者が主体的となった事例, 農業生産法人有限会社 FRUSIC( 以下, フルージック ) が生産しているドラゴンフルーツ 奥飛騨ドラゴン を取り上げ, 仮説 1 と 2 について確かめることを目的とする. また, フルージックの事例を通じて, 農業の 6 次化におけるコンセプトの創り方について議論することも本研究の目的とする. 2. 事例研究 農業生産法人有限会社 FRUSIC の 奥飛騨ドラゴン の事例 2.1. 方法 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには, 同じ地域にある他組織と

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 215 の協調戦略が有効であるだろう と, 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を得るには, ニッチ ( 集中 ) 戦略を軸にすべきであろう について確かめるために, また, 農業の 6 次化におけるコンセプトの創り方を議論するために, 次の 2 ステップを踏んだ. まず, 戦略ストーリーに基づき, フルージックが生産するドラゴンフルーツ 奥飛騨ドラゴン について記述された渡辺 (2015) の文献サーベイを行い, 同社の 奥飛騨ドラゴン における1 競争の基本戦略,2コンセプト,3 戦略の構成要素を抽出した. そして, 文献サーベイで不足するデータや情報については,2018 年 8 月 29 日にフルージックの代表者 渡辺祥二氏へのインタビュー調査を実施して補った. フルージックの 奥飛騨ドラゴン に着目したのは, 後述するように, 奥飛騨ドラゴン の成功によって, 同社は農業経営だけで持続的利益が得られるようになったからである. 2.2. 農業生産法人有限会社 FRUSIC の会社概要フルージックは, 岐阜県美濃加茂市の建設会社ハイエストの経営者の子弟で取締役であった渡辺祥二氏が自己資金で,2005 年に農業に参入して設立した会社である ( ハイエストは2010 年に清算された ). 新規参入時の社名はこころで,2006 年にフルージックに社名変更した. 従業員は 4 名 ( パートを含めると 9 名 ) である ( インタビュー調査 ). フルージックのコンセプトは 魅せる 見せる農業 ( 渡辺,2015,p. 59) である. 同社は, 農業を芸術と捉え, 農業を通じて, 顧客に安心, ゆとり, 満足感を提供したいと考え, このコンセプトを創った ( インタビュー調査 ). コンセプトを実現させるために, 美濃加茂市内の美濃加茂農園 ( 所有地 ) でアセロラを生産し, 岐阜県奥飛騨温泉郷栃尾内の奥飛騨農園 ( 借地 ) でドラゴンフルーツ 奥飛騨ドラゴン を生産し, そして, 主に岐阜県内で山羊農業 ( 山羊を活用した除草ビジネス ) を行っている ( インタビュー調査 ). 売上げについては非公表だが, 現在の売上は, 渋谷 (2009) の研究を通じて公表された2008 年度の1,500 万円 ( 建設業での売上を含む ) を大幅に上回っている ( インタビュー調査 ). 2.3. 奥飛騨ドラゴン における戦略の構成要素 奥飛騨ドラゴン における戦略の構成要素は次の通りである. 2005 年に, 渡辺氏がアセロラの挿し木苗の技術を習得するために, フロリダの某農園に行った際, 彼はその農園でドラゴンフルーツを食した. 渡辺氏が以前食べたものと比べ, そのドラゴンフルーツは非常に甘く, 彼のドラゴンフルーツに対するイメージが一変した経験がきっかけで, フルージックでも生産することになった. 現在は, 同社でドラゴンフルーツの苗を増やしており, また, 品種改良も行っている ( インタビュー調査 ). しかし, アセロラを生産している美濃加茂農園で, ドラゴンフルーツの生産を試みたが, 失

216 社会システム研究 ( 第 38 号 ) 敗してしまう. 美濃加茂市は 3 月になると, 朝晩零下に冷え込むが, 日が昇るとハウス内の温度が40 度を超え, 紫外線も強くなることが原因であった. 渡辺氏は質の高いドラゴンフルーツを生産するには朝晩の寒暖差と, 冬期の温度確保が必要だと考え, 美濃加茂農園でのドラゴンフルーツ生産を止め,2007 年に奥飛騨温泉郷 ( 以下, 奥飛騨 ) に奥飛騨農園を設立し, そこで生産を始めた. 現在は, ドラゴンフルーツの品種改良の実験や冷害などの調査は美濃加茂農園で行っているが, ドラゴンフルーツは奥飛騨農園だけで生産している ( インタビュー調査 ). 奥飛騨を選択したのは,1 温泉熱を利用できること,2 二酸化炭素を削減でき, かつ, 渡辺氏が理想とする化石燃料に頼らない農業ができること, そして,3 温泉で全国的に認知された観光地であること, すなわち, 奥飛騨に訪れた観光客を顧客にできると考えたこと, が理由であった. 温泉熱を利用した温泉農業は, 奥飛騨の地元有力者 A 氏の理解と協力を得て可能となり, その結果, 同社は積雪地でのドラゴンフルーツ生産に成功した. また, 温泉農業によって, 二酸化炭素の発生を削減でき, 化石燃料に頼らない農業の可能性も見出した. この成果は社会的にも評価され, 同社は2013 年 12 月に環境大臣表彰を受賞した ( インタビュー調査 ). ドラゴンフルーツの生産 収穫は, 温度と光を整えれば周年可能だが, 年 3 回程度 ( 6 月 ~ 11 月 ) とし, 生産量も年間 4 トン弱程度と意図的に絞っている ( インタビュー調査 ). これはドラゴンフルーツの品質維持と, 某業界リーダーの新規参入を防ぐことが目的である ( インタビュー調査 ). また, 顧客はインターネットでドラゴンフルーツ ( 1 個約 2,000 円 ) を購入できるが, 原則, 奥飛騨農園に訪れた者に対して優先的に販売している ( インタビュー調査 ). フルージックは2008 年から奥飛騨農園で生産しているドラゴンフルーツを 奥飛騨ドラゴン と名付け, 商標登録した. 同社の温泉熱を用いて生産するドラゴンフルーツを, 高山市に常駐するマスメディアに注目してもらうことが目的であった. その後同社の情報は, 中日新聞 温泉熱で南国果実 ( 田中綾音,2007 年 9 月 23 日 ) といったマスメディアを通じて, 市民に発信されていった. 地元のマスメディアによる情報発信は NHK へと伝達され,NHK のテレビ番組 産地発! たべもの一直線 (2009 年 9 月 28 日放送 ) を通じて, 同社の温泉農業とドラゴンフルーツが全国放送された. この全国放送をきっかけに, 同社の農業経営は黒字へと転換し, 現在の持続的利益とつながっている ( インタビュー調査 ). 現在も, 毎年 1 社以上の地元のマスメディアや旅行雑誌によって, 奥飛騨ドラゴン に関する情報が市民に発信されている( インタビュー調査 ). また, マスメディアによる情報発信は, 顧客へのチャネルとしての役割も果たしている ( インタビュー調査 ). 奥飛騨ドラゴン の収穫期ではない時期に利潤を獲得するために, 加工にも着目し,2009 年から ドラゴンフルーツジャム ( 3 種類 ; 料理研究家によるレシピ開発 ) を,2012 年から ドラゴンフルーツジュース ( 2 種類 ) も開発し, 販売している. 加工 製造については, 地元

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 217 の食品加工所に委託している ( インタビュー調査 ). 顧客はこれらの加工品を, 奥飛騨ドラゴン 同様に, インターネットで購入できるが, 原則, 奥飛騨農園に訪れた者に対して優先的に販売している ( インタビュー調査 ). 2010 年からは奥飛騨農園でしか体験できないサービス, 夜の花見 奥飛騨ナイトツアー ( 月下美人のように夜に花を咲かせるドラゴンフルーツの花を鑑賞するサービス ; 毎年 6 ~10 月 ) や,2011 年には 食べ比べ ( フルージックのスタッフが 5 種類以上のドラゴンフルーツをカットし, 皿に盛りつけ, それを顧客が食べ比べるというサービス ; 毎年 7 月下旬頃 ~11 月末日 ) を開始した. 温泉農業の成功などが評価されたことがきっかけで, フルージックは高山市産業振興協会に入会した. 入会することによって, 同社は年に数回, 関東や中部, 関西といった主要都市の老舗デパートで, 同社のサービスの宣伝 広告が可能となった. 3. 考察 3.1. 奥飛騨ドラゴン におけるバリューチェーン分析 生産基盤 施設整備 は, 畑地の整地などはフルージックで行っているが, 奥飛騨農園は地元の有力者 A 氏からの借地で, また, 温泉農業の実施は, 地元の技術者の協力によって可能となった ( 渋谷,2009). 生産資材調達 は, フルージックが行っている. 例えば, 同社は 奥飛騨ドラゴン の種苗をフロリダの某農園から購入していたが, 現在は自社で品種改良を行い, 苗を増やしている. 生産 についても, フルージックが行っている. 加工 は, フルージックと, 地元の食品加工所が行っている. 食べ比べ のように, 加工が容易なもの ( 奥飛騨ドラゴン をカットして, 皿に盛りつける ) についてはフルージックが, ジャム ジュースのように加工が容易ではないものについては地元の食品加工所が行っている. 出荷物流 は, 宅配事業者を活用している ( 渋谷,2009). 顧客がフルージックの商品をインターネットで購入する場合は, 宅配事業者に委託する. 販売 マーケティング については, フルージックは高山市産業振興協会が行う催事の中, 行っている. サービス については, フルージックと高山市常駐のマスメディアと旅行雑誌が中心に行っている. 例えば, 奥飛騨ドラゴン の品質向上 維持の研究はフルージックで行い, 同社の取組内容 ( 温泉農業など ) の顧客への情報提供は, マスメディアが担っていると言える. 以上のことから, 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには, 同じ地域にある他組織との協調戦略が有効であるだろう が支持されるような示唆が得られた.

218 社会システム研究 第 38 号 3.2 奥飛騨ドラゴン における競争の基本戦略 フルージックは美濃加茂農園と奥飛騨農園 借地 と 2 つの農地を所有しているが 奥 飛騨ドラゴン の生産については奥飛騨農園と 限られたエリアだけで行っている 空間ニッ チ また 生産 収穫は 温度と光を整えれば周年可能だが 収穫時期を 6 月 11月 年 3 回程度 と限定し 時間ニッチ 生産量も年間 4 トン程度と意図的に絞り プレミアム感を 出し 1 個約2,000円 利益を確保している 限定量ニッチ 顧客は 奥飛騨ドラゴン をネッ ト販売で購入することも可能だが 原則 奥飛騨に訪れなければ購入できないようにしている したがって 奥飛騨ドラゴン 販売については 空間ニッチ 時間ニッチ 限定量ニッチを 軸にしていると言えるだろう 奥飛騨ナイトツアー については 顧客は 6 10月に奥飛騨農園を訪れなければ受けら れないサービスである 時間 空間ニッチ 食べ比べ については 顧客は 7 月下旬頃 11月末日に奥飛騨農園を訪れなければ受け られないサービスで かつ 奥飛騨ドラゴン の生産量が年間 4 トンであることも踏まえる と 時間ニッチ 空間ニッチ 限定量ニッチを軸にしていると考えられる 生産量が限定されている 奥飛騨ドラゴン を使用した ジャム ジュース販売 について も 原則 奥飛騨に訪れなければ購入できないようにしている したがって ジャム ジュー ス 販売についても 空間ニッチ 時間ニッチ 限定量ニッチを軸にしていると言えるだろう 以上より 奥飛騨ドラゴン においては フルージックはニッチ戦略を軸にして 持続的 利益を得ていると考えられる したがって 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益 を得るには ニッチ 集中 戦略を軸にすべきであろう を支持するような示唆が得られた 3.3 ストーリーとしての競争戦略からみた 奥飛騨ドラゴン の競争戦略 奥飛騨ドラゴン の戦略ストーリーを図 4 に示す 戦略の構成要素 ドラゴンフルーツ生産 販売 時間 空間 限定量ニッチ 高山市常駐の マスメディア 奥飛騨ドラゴン 商標登録 奥飛騨ナイトツアー 時間 空間ニッチ 温泉農業 食べ比べ 時間 空間 限定量ニッチ 借地 ジャム ジュース販売 空間 限定量ニッチ クリテ ィカル コア 奥飛騨での生産 地元の有力者A氏 コンセプト 奥飛騨農園 魅せる 見せる農業 ニッチ戦略 持続的利益 地元の食品加工所 図 4 奥飛騨ドラゴン の戦略ストーリー 3.3.1 奥飛騨ドラゴン のコンセプト 奥飛騨ドラゴン のコンセプトだが 顧客は 奥飛騨に訪れる観光客だと考えられる また 渡辺氏が農業を芸術と捉え 農業を通じて 顧客に安心 ゆとり 満足感を提供したいと考え ていることも踏まえると 奥飛騨ドラゴン におけるコンセプトは 奥飛騨の観光客に 安心 ゆとり 満足感の提供 と考えることができる

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 219 次に, フルージックは顧客の心理をどのようにして捉えようとしたのか. インタビュー調査を通じて, 彩事業のように, 顧客の抱えている問題 課題に着目してコンセプトを創ったというデータ, 情報は得られなかった. むしろ, 奥飛騨ドラゴン や 奥飛騨ナイトツアー などを通じて, 奥飛騨の観光客にこれまでに体験したことがないといった刺激を与えて, 顧客のニーズを引き出そうとしている ( インタビュー調査 ). すなわち, 同社は顧客の心理を, 経験価値 ( 楽しいといった刺激を受けて, それに反応して生まれる個人的なイベントのこと ; Schmitt,1999) の観点からとらえようとしたと考えられる.Schmitt(1999) によると, 経験価値には 5 つのものがあり, それらは次のように説明される ( 青木,2010;Schmitt, 1999; 田中,2018; 八重樫 岩谷,2014). 第 1は,Sense( 感覚的経験価値 ) で, 美しい外観, 心地よい音楽といったように, 顧客の五感 ( 視覚 聴覚 触覚 味覚 嗅覚 ) の刺激をとおして得られる経験価値のことである. 第 2は,Feel( 情緒的経験価値 ) で, 安心, リラックス, 気分の高揚など, 顧客の内面の感情を刺激することで生まれる経験価値のことである. 第 3は,Think( 創造的 認知的経験価値 ) で, 興味深い, 勉強になるなど, 顧客の創造性や, 知的欲求に訴求して得られる経験価値である. 第 4は,Act( 肉体的経験価値 ) で, 今までしたことがない生活や体験など, 顧客の肉体的経験を通したライフスタイル変化から得られる経験価値である. そして, 第 5 は,Relate( 社会的経験価値 ) で, 何らかのメンバーに属していることの特別感といった, 顧客が特定の集団や文化に所属しているという感覚を訴求する経験のことである. フルージックのジャム, ジュースといった加工品については証左が不足するので分析できないが, 渡辺氏へのインタビュー調査を通じて, 奥飛騨ドラゴン 奥飛騨ナイトツアー 食べ比べ については, 5 つの経験価値を用いると, 次のように分析できる. 奥飛騨ドラゴン では, それを通じて, 顧客は1ブドウのように甘い味覚, あるいは, レモンのように酸味がきつい味覚を (Sense),2ドラゴンフルーツは美味しくないと思い込んでいる顧客は 非常においしい という感動を (Feel),3それは美味しくないと思い込んでいる顧客のドラゴンフルーツに対するイメージが変わるという体験ができる (Act). また, 同社は, 奥飛騨ドラゴンを通じて, 顧客に温泉農業の可能性とその意味を伝達することも意識しており (Think), そして, 奥飛騨ドラゴンという商標登録名を通じて, 顧客は 奥飛騨に来ている という特別感も体験できると考えられる (Relate). 奥飛騨ナイトツアー では, フルージックは次の 3 つ,1 顧客に幻想体験を楽しませること (Feel),2 顧客に温泉農業の可能性とその意味を伝達すること (Think),3これまで奥飛騨ではできなかった夜の花見を顧客に体験してもらうこと (Act), を目的に, 顧客に夜に咲くドラゴンフルーツの美しい花を見てもらう体験を提供している (Sense). また, 奥飛騨ナイトツアー という名称を通じて, 顧客は 私は奥飛騨に来ている という特別感も体験でき

220 社会システム研究 ( 第 38 号 ) るだろう (Relate). 奥飛騨ドラゴンの 食べ比べ は次の 4 つ,1 顧客に異なる果肉の色 ( 白, 薄いピンク, 濃いピンク, 紫, 赤紫, 赤 ) を見てもらうこと, また, 異なる食感と複数の味覚を体験してもらうこと (Sense),2 顧客にドラゴンフルーツの表皮と果肉の美しさに感動してもらうこと (Feel),3 顧客に温泉農業の可能性とその意味を伝達すること (Think),4 一般的に美味しくないと思われているドラゴンフルーツに対する顧客のイメージを180 度変えること (Act), が目的で実施されている. 食べ比べ においても, 顧客は 奥飛騨ドラゴン を食すので, 私は奥飛騨に来ている という特別感も体験できると考えられる (Relate). 以上のことから, コンセプトを創る方法として, 彩事業のように, 顧客の抱える問題に対して価値を提供するという方法だけでなく, フルージックのように 5 つの経験価値に着目する方法も参考にできると考えられる. 3.3.2. 奥飛騨ドラゴン のクリティカル コア参考程度に, フルージックのクリティカル コアについても分析する. フルージックのクリティカル コアは 奥飛騨でのドラゴンフルーツ生産 ( 奥飛騨での生産 ) と考えられる. 渡辺氏によると, ドラゴンフルーツの生産地として, 一般的にその生産地として適さないと思われていた寒冷地の奥飛騨を選択したことに対し, 周囲から非合理であると言われたという ( インタビュー調査 ). だが, その非合理な選択が, 同社は地元有力者 A 氏と出会うことができ, そして, 温泉農業を開発することができた. 奥飛騨でドラゴンフルーツを生産したために, 奥飛騨ドラゴン という名称も誕生した. さらに, その生産方法の開発と, 奥飛騨ドラゴン は奥飛騨のマスメディアによって紹介され, 同社は地元の人々に認知された. 現在も地元のマスメディアが同社を取り上げてくれるのは, 奥飛騨でドラゴンフルーツを生産したからだと考えられる. その結果,NHK の 産地発! たべもの一直線 で同社の温泉農業とドラゴンフルーツが紹介され, より多くの人々に認知され, 同社は持続的利益が得られている. 4. 結語 本研究では, 農業の 6 次化で持続的利益を獲得する方法について議論するために, 彩事業を事例に取り上げ, バリューチェーン, 競争の基本戦略, そして, 戦略ストーリーの観点から分析した. 分析した結果, 仮説 1 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を獲得するには, 同じ地域にある他組織との協調戦略が有効であるだろう と, 仮説 2 農業者が農業の 6 次産業化で持続的利益を得るには, ニッチ ( 集中 ) 戦略を軸にすべきであろう が導かれた. 仮説 1 と仮説 2 を確かめるために, 新規就農者で農業の 6 次化で持続的利益を得ているフルージック

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 221 の 奥飛騨ドラゴン における競争戦略を分析した. 結果, 仮説 1 と 2 を支持するような示唆が得られた. その示唆が得られたことから, 農業の 6 次化で持続的利益を得るには, ニッチ戦略に軸を置き, 同じ地域の他組織と協調すること, すなわち, 競合しないことが, 重要になると考えられる. しかしながら, 本研究では 1 事例による検証であったため, 更なる分析が必要である. 今後の課題とする. また, 農家というキャリアを長期間歩んできた者が, 農業の 6 次化に取り組み, そして, 持続的利益を得ている事例についても分析し, 仮説 1 と 2 が支持されるかについて確かめる必要があるだろう. 今後の課題としたい. 農業の 6 次化におけるコンセプトの創り方だが, 彩事業から顧客の抱える問題に対して価値を提供するという方法と, フルージックから 5 つの経験価値に着目する方法を見出すことができた. この 2 つを手がかりに, 他の事例のコンセプトを分析することも課題としたい. 謝辞 本稿の作成のきっかけを与えてくださった, 一般社団法人ふるさと体験飛騨高山事務局の 鈴村仁孝様に御礼を申し上げます. 註 1 Clark(1940) は, 世界各国の国民所得水準を比較し, 国民所得の増大とその条件を明確にしようとした. このなかで,Clark は産業を第 1 次, 2 次, 3 次に分け, 次の1~3について明らかにし, それが経済的進歩であることを論証した ( 今村,2015). これがペティ クラーク法則である.1 所得は第 1 次から 2 次産業へ, さらに, 2 次から 3 次産業へと増大していく. 2 就業人口も, 第 1 次から 2 次産業へ, さらに, 2 次から 3 次産業へと増大していく.3 結果, 第 1 次と 2 次, 第 3 次産業との間に所得格差が拡大していく. 2 彩事業とは, 徳島県上勝町の第 3 セクターである株式会社いろどり ( 代表取締役 : 横石知二氏 ) と, 上勝町の194 軒の農家, そして, 同地域にある農協による葉っぱビジネスのことである. 料亭の料理などで使用される葉っぱ ( つまもの ) を生産, 加工 ( 葉っぱを料亭で使用される器のサイズに合わせて加工する ) し, 販売している. 現在は, 3 億円弱の規模というニッチ市場で, 彩事業がその 8 割以上 ( 2 億 6,000 万円 ) を占めている. 農家の平均年齢は70 歳を超え, 年間 1,000 万円以上売り上げる農家もある.1981 年 2 月の異常寒波の襲来で, 上勝町では, 主要産業のミカンが全滅し, 多くの農家の収入が絶たれた. その農家の所得のために,1986 年に上勝町農協職員 ( 現 JA 東とくしま上勝支所 ) であった横石氏が新市場 つまもの市場 を開拓した事業であるため, 彩事業は農業の 6 次化の成功事例として捉えることができる. 3 楠奥ら (2018) が紹介している彩事業の事例を参考に, 彩事業の主活動分析を行った. 4 山田 (2015) によると, 集中戦略とニッチ戦略はほぼ同義語である.

222 社会システム研究 ( 第 38 号 ) 引用文献青木幸弘 (2010) 製品政策, 池尾恭一 青木幸弘 南知惠子 井上哲浩 マーケティング 有斐閣,382 412. Clark, C. G.(1940)The conditions of economic progress.( 大川一司 小原敬士 高橋長太郎 山田雄三訳編 経済進歩の諸条件 ( 上 下 ) 頸草書房,1955 年.) 葉山幹恭 (2016) 深化する六次産業化戦略 生産 加工 販売, それぞれのアプローチと連携, 香坂玲 葉山幹恭 村上喜郁 梶原晃著 人としくみの農業 地域をひとから人へ手渡す六次産業化 追手門学院大学出版会,25 51. 楠木建 (2010) ストーリーとしての競争戦略 東洋経済新報社. 楠木建 (2011) ストーリーとしての競争戦略 への批判について思うこと DIAMOND ON LINE http://diamond.jp/articles/-/14387 (2018 年 10 月 31 日 ) 楠奥繁則 加野佑弥 藤原なつみ 吉川直樹 (2008) ストーリーとしての競争戦略からみた農業の 6 次産業化研究 徳島県上勝町の 彩事業 を事例として, 国際言語文化学会, 第 3 号 ( 1 ),63 74. 今村奈良臣 (2015) 私の地方創生論 農文協. 松原豊彦 (2016) 6 次産業化 は地域再生の切り札になるか, 山陰研究, 第 8 号別冊,17 23. 松原豊彦 楠奥繁則 (2017) 6 次産業化はなぜうまくいかないのか? RADIANT ( Ritsumeikan University Research Report/March 2017/Issue 5/ 食 ),22 23. 室屋有宏 (2014) 地域からの六次産業化 つながりが創る食と農の地域保障 創森社. 中野明 (2011) 今日から即使えるマイケル ポーターの競争戦略 54 朝日新聞出版. 中野謙 (2014) 農業の六次産業化 担い手育成プログラムの開発 梨のドライフルーツの製造 販売を通じた実証結果より, 教育研究紀要 ( 東大阪大学 ), 第 12 号, 1 7. Porter, M. E.(1980)Competitive strategy. The Free Press. ( 土岐坤 中辻萬治 服部照夫訳 新訂競争の戦略 ダイヤモンド社,1985 年.) Porter, M. E.(1985)Competitive advantage. The Free Press. ( 土岐坤 中辻萬治 服部照夫訳 競争優位の戦略 ダイヤモンド社,1995 年.) 農林水産省 (2013) 2015 年農林業センサス, 農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/renkei/130228.html (2018 年 11 月 4 日 ) 農林水産省 (2016) 2015 年農林業センサス, 農林水産省ホームページ www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2015/pdf/census_15k_20160427.pdf#search=%27%e8%be %B2%E6%9E%97%E6%B0%B4%E7%94%A3%E7%9C%81+%E8%BE%B2%E6%9E%97%E6% A5%AD%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%B9+335%E4%B8%873%E5% 8D%83%27 (2018 年 10 月 31 日 ) 農林水産省 (2018) 2015 年農林業センサス, 農林水産省ホームページ

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 223 http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/6jika/nintei/attach/pdf/index-89.pdf (2018 年 11 月 4 日 ) Schmitt, B. H.(1999)Experiential marketing. The Free Press.( 嶋村和恵 広瀬盛一訳 経験価値マーケティング ダイヤモンド社,2000 年.) 渋谷往男 (2009) 戦略的農業経営 日本経済新聞出版社. 嶋口充輝 (2000) マーケティング パラダイム 有斐閣. 田中達雄 (2018) CX( カスタマー エクスペリエンス ) 戦略 顧客の心とつながる経験価値経営 東洋経済新報社. 渡辺祥二 (2015) 奥飛騨ドラゴン温泉で育つドラゴンフルーツ まつお出版. 八重樫文 岩谷昌樹 (2014) デザイン バイ マネジメント 青山社. 山田英夫 (2015) 競争しない競争戦略消耗戦から脱する 3 つの選択 日本経済新聞出版社. 山田英夫 (2016) 競争の戦略, 大滝精一 金井一頼 山田英夫 岩田智著 第 3 版経営戦略論理性 創造性 社会性の追求 有斐閣アルマ,109 130.

224 社会システム研究 ( 第 38 号 ) Competitive Strategy in Value-Adding Agricultural Activities: A Case Study of FRUSIC Agricultural Production Corporation KUSUOKU Shigenori *, YAMAMOTO Shigeto **, Jiban M. Gharty ***, Buddhi Thapa **** Abstract The decreasing number of farmers and the aging of the farm population in Japan have posed serious problems in recent years. According to some reports, value-adding agricultural activities may offer a solution to these problems. However, there have not been many instances of successful implementation of such activities. This study discusses how to gain a sustainable margin through value-adding agricultural activities, from the perspective of Porter s value chain and basic competitive strategies. Based on a case study of the Irodori Project in Kamikatsu, Tokushima Prefecture, the following hypotheses are introduced: To gain a sustainable margin through value-adding agricultural activities, (H1) Farmers should collaborate with other organizations that are in the same region, and (H2) Farmers should select a niche (concentration) strategy. To verify the two hypotheses, we interviewed the representative director of the FRUSIC Agricultural Production Corporation. The results support the two hypotheses. * Correspondence to: KUSUOKU Shigenori Associate Professor, Faculty of Current Business, Nagoya Sangyo University 3255-5 Yamanota, Araichou, Owariasahi, Aichi 488-8711 Japan E-mail: s-kusuoku@su-nagoya.ac.jp ** Correspondence to: YAMAMOTO Shigeto Associate Professor, Department of Business Administration, Kawaguchi Junior College 1511 Kizoro, Kawaguchi, Saitama 333-0831 Japan E-mail: s.yamamoto.kawatan@gmail.com *** Correspondence to: Jiban M. Gharty Faculty of Current Business, Nagoya Sangyo University 3255-5 Yamanota, Araichou, Owariasahi, Aichi 488-8711 Japan E-mail: 1115030@su-nagoya.ac.jp **** Correspondence to: Buddhi Thapa Faculty of Current Business, Nagoya Sangyo University 3255-5 Yamanota, Araichou, Owariasahi, Aichi 488-8711 Japan E-mail: 1115060@su-nagoya.ac.jp

農業の 6 次産業化における競争戦略研究 ( 楠奥 山本 Gharty Thapa) 225 Keywords value-adding agricultural activities, value chain, basic competitive strategies, niche (concentration) strategy, collaborative strategy, competitive strategy as a narrative story