生体分子構造学 構造から生体分子の機能の解明へ 北里大学理学部 米田茂隆 2015 夏学期 http://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/buturi/seitai/yoneda/text.html
アミノ酸の化学構造アミノ酸はどれも左図のような基本的な構造をもっている 左図で側鎖と書いた球がアミノ酸の種類により異なる 1 側鎖以外の部分を主鎖という 主鎖の原子は N H Cα Hα C Oという名称をもつ Cα と共有結合している4 個の原子は四面体構造をしており L 型と D 型 2つの光学異性体がある 水素原子が奥側 ( 向こう側 ) になるように見たとき N COOH, Rが炭素の周囲に反時計回りに配置していれば L- 体である そうでないものは D- 体である 左図は天然に存在する L 型アミノ酸の構造を描画している 側鎖の水素以外の原子には Cα 原子から遠ざかるにつれ ギリシャ文字のアルファベットの順番でβ γ δ ε ζ という名称がつく Cと共有結合している3 個の原子は 2 重結合があるため平面構造の配置をする Nと共有結合をしている3 個の原子は四面体構造から1 原子欠けた配置をとる アミノ酸を水中に入れると酸塩基平衡により解離して 通常の ph では 右図のように末端の NH 2 に水素原子 H+ が付いて NH 3+ となり 末端の COOH からは水素原子 H+ がとれて COO- となる 末端の NH 3 は+1eの電荷をもち COO は 1e の電荷をもっている (eは素電荷) 2 個のアミノ酸は 下図のように末端のアミノ基 (NH 2) とカルボキシル基 (COOH) の間で共有結合 ( ペプチド結合 ) 2 を形成することができる ペプチド結合を次々と形成すれば 複数のアミノ酸が鎖のようにつながることができる できた化合物をペプチドと呼ぶ ペプチドの中の各アミノ酸 1つ1つをアミノ酸残基と呼ぶ ペプチドの大きいものをポリペプチド またはタンパク質と呼ぶ ペプチドのアミノ酸残基の名称をアミノ末端 (N 末 ) からカルボキシ末端 (C 末 ) まで順に並べたものをアミノ酸配列 ( または ペプチドの1 次構造 ) という 下図のペプチドのアミノ酸配列は Arg-Gly-Asp である あるいは 一文字コードを用いて RGD である アミノ酸配列を指定すれば ペプチドの化学構造は1つに決定できる また 立体構造についても多くの場合 1 つに決定できる アミノ酸配列を指定するとペプチド立体構造が決定される現象を Anfinsen のドグマ 3 という さらに 立体構造から鍵と鍵穴の関係により 蛋白質の機能を説明することが出来る 立体構造から生体分子の機能を説明する科学を構造生物学という 1 プロリン (Pro) だけは例外 前ページの図のように 側鎖が環状になって 主鎖の Nと共有結合している 2 脱水縮合 アミド結合あるいはペプチド結合という 3 Anfinsen は溶液条件さえ整えればリボヌクレアーゼが変性状態から天然状態の正しい構造にもどることを示し 一般的にタンパク質は自発的にアミノ酸配列に応じて熱力学的に最も安定な立体構造をとる ( フォールディングする ) と主張した ただし これは単純な場合しか成り立たず フォールディングに際しシャペロンの補助を必要とするタンパク質や 天然状態では構造が確定していない天然変性タンパク質なども存在することが最近は知られている 生体分子構造学 1
4 20 種のアミノ酸 グリシン,Gly,G トレオニン,Thr,T グルタミン酸,Glu,E ヒスチジン,His,H アラニン,Ala,A セリン,Ser,S アスパラギン,Asn,N トリプトファン,Trp,W バリン,Val,V システイン,Cys,C アスパラギン酸,Asp,D アルギニン,Arg,R ロイシン,Leu,L メチオニン,Met,M フェニルアラニン,Phe,F リジン,Lys,K イソロイシン,ILE,I グルタミン,Gln,Q チロシン,Tyr,Y プロリン,Pro,P 4 炭素 C のラベルは省略した ラベルが書かれてない頂点はすべて C である なお 上記の化学式を見たら名前を言える ようにしておこう 生体分子構造学 2
ねじれ角 4つの原子が図のようにつながっているとき 原子 1 2 3 を含む平面と原子 2 3 4を含む平面がなす角を 原子 1-2-3-4のねじれ角 (2 面角 ) と定義する ねじれ角の正負は 右ねじが進む方向を正とする 例えば Br-CH 2-CH 2-Cl という化合物の場合 右図 ( ニューマン投影図 ) では ねじれ角を Br の方から見て表しているが その角度はマイナス 60 である 0 シス cis シン syn エクリプス eclipsed 180 アンチ anti トランス trans 60 ゴーシュ gauche プラス -60 ゴーシュ gauche マイナス原子間の反発を考えると ゴーシュ型とトランス型がエネルギー的に安定であることが多い ペプチド主鎖のねじれ角の名称右図のように 主鎖のねじれ角にφ ψ ωという名前が付いている C-N-Cα-C φ N-Cα-C-N ψ Cα-C-N-Cα ω φ と ψ は基本的に-180 から +180 まで自由に回転しうる ペプチド結合のまわりの ω はほぼ 180 に固定される 5 φ と ψ は自由に回転できるとはいえ 原子同士が衝突してしまうような φ と ψ の組み合わせは許されない 下の図は φψ 図 またはラマチャンドラン プロットと呼ばれ α( アルファヘリックス α-helix) α L( 左巻きアルファヘリックス left-handedα-helix) β( ベータストランド β-strand) 3 10( スリーテンヘリックス 3 10-helix) π( パイヘリックス ) と示された領域だけが実際にとりうる値である 6 なお β ストランド領域のうち 特に φ=180 ψ=180 の場合を特に伸直構造 (extendedstructure) と呼ぶ 5 ペプチド結合 ( ペプチドのCとNの間の共有結合 ) は 本来 単結合だが CとOの間の2 重結合に関与する電子の一部がペプチド結合に流れ込むため 2 重結合に近い性質をもっている ねじれ角 ω は 180 か0 の値をとる傾向が強い (ω のポテンシャル障壁は高い と言う ) しかも ほとんどの場合 2つのCα 間の立体障害 ( 原子間の衝突 ) から ω は 180 となる 例外的にプロリンの Cと他の何かのアミノ酸のNの間のペプチド結合の ω は0 になる場合があり ( 確率で言うと 1 割くらい?) そのプロリンをシス プロリンと呼ぶ 6 アミノ酸の種類によって原子同士の衝突のぐあいが異なるので ラマチャンドラン図はアミノ酸ごとに微妙に異なる 生体分子構造学 3
7 表. 各種 2 次構造の典型的な主鎖ねじれ角値 2 次構造 φ ψ α ヘリックス -57-47 3 10 ヘリックス -49-26 π ヘリックス -57-70 左巻き α ヘリックス 57 47 平行 β シート -119 113 逆平行 β シート -139 135 伸直型 180 180 β ターン I -60( 第 i+1 残基 ) -30( 第 i+1 残基 ) β ターン I -90( 第 i+2 残基 ) 0( 第 i+2 残基 ) β ターン I' 60( 第 i+1 残基 ) 30( 第 i+1 残基 ) β ターン I' 90( 第 i+2 残基 ) 0( 第 i+2 残基 ) β ターン II -60( 第 i+1 残基 ) 120( 第 i+1 残基 ) β ターン II 80( 第 i+2 残基 ) 0( 第 i+2 残基 ) β ターン II' 60( 第 i+1 残基 ) -120( 第 i+1 残基 ) β ターン II' -80( 第 i+2 残基 ) 0( 第 i+2 残基 ) γ ターン 70~85-60~-70 インバース γ ターン -70~-85 60~70 7 2 次構造の意味については後述 生体分子構造学 4
最近の蛋白質立体構造 X 線構造解析 電子顕微鏡 NMR の進歩により 最近はますます大きな蛋白質複合体の立体構造が進められている 例えば 図のようなアセチルコリンレセプターなど 20 世紀では想像も出来なかったような巨大分子複合体の原子座標が次々と決定されつつある その座標は PDB(ProteinDatabank) に保存 公開されており 様々なグラフィックスソフト ユーティリティにより描画 解析することができる 課題 ( 次週以降 ) 1.RCSBProteinDataBank から, タンパク質構造ファイルを検索する 2. そのうち 1 ファイルをダウンロードして Pymol で表示する 1.RCSBPDB 日米欧の3カ所にそれぞれ1つずつ PDB のサイトがある 米国の RCSBPDB を試しに使用してみよう 1) rcsbpdb を検索して 表示する 2)rcsbpdb の左の列の中にある PDB-101 の Moleculeof the Month をクリックして その中の Acetylcholine Receptor をクリックする 8 そのウィンドウから ReadMore を選んで 説明を読む 3)rcsbpdb の search 欄に acetylcholinereceptor と入力して 最近は多数のアセチルコリンレセプターの構造が決定されていることを確認する 4)rcsbpdb の search 欄に 2bg9 と入力して 多数ある構造のうち MoleculeoftheMonth の説明に使用されていた構造 2bg9 を選んで表示する 問 1.2bg9 は何本のペプチド鎖から構成されるか?( ペプチド鎖に Aからアルファベット順で名前を付けると どのように名称が付けられるか? 同じアミノ酸配列のペプチド鎖は何本あるか?) 問 2. アミノ酸配列のどの部分がαヘリックスでどの部分がβストランドか? 8 Acetylcholinesterase と間違えないように 生体分子構造学 5
蛋白質構造の階層 1 次構造アミノ酸残基の配列のこと 2 次構造 α ヘリックス β シート ターン バルジなど ペプチド主鎖 9の構造を指す 3 次構造立体構造のこと 4 次構造複数の蛋白質の集合の仕方 水素結合 2 次構造は水素結合のトポロジー ( 結合の図式 ) を使って定義されるので まず水素結合について説明したい 水素結合とは O や N などが H を仲介にして形成する相互作用で 図のように H と共有結合している原子をドナー そうでない原子をアクセプターとよぶ ドナーとアクセプターの間の距離 3.2A 以内 H とドナーとアクセプターのなす角 30 以内という条件が しばしば水素結合形成の判断基準とされる 水素結合が形成されることにより ドナーと H の間の共有結合の距離はかならず伸びるし さらに切断されて H がアクセプターと共有結合しまうこともある βシート主鎖のねじれ各 φとψがどちらも 180 に近いと主鎖の原子たちはおおむね平面上に位置する この構造を extended structure(φ とψが 180 に等しいとき ) βストランド (φとψがやや 180 からずれたとき ) と言う 2 本の β ストランドが逆平行 または 平行にならんで 主鎖の N と O がストランド間で水素結合を形成した構造を β シートと呼ぶ 図. 逆平行 β シート ( 左 ) と平行 β シート ( 右 ) の水素結合 逆平行 β シートでは 残基 i の N と O が向かいの鎖の残基 j の O と N に水素結合する 平行 β シートでは 残 9 主鎖とはペプチドの側鎖でない部分を指す 生体分子構造学 6
基 i の N と O が向かい合った残基 j の隣の残基 j -1 の O と残基 j+1 の N に水素結合する (1 残基分 また いでいる ) 図. 逆平行 β シート ( 左 ) と平行 β シート ( 右 ) の水素結合の模式図 (+ は側鎖が紙面より手前 - は側鎖が紙面の奥に向かっている ) βシートの主鎖は完全な平面ではなく ヒダができるのが普通なので β pleated sheet と呼ばれることがある 右図は逆平行 βシートのヒダを見えやすくした画像である 平行 βシートも同様にヒダをもつ 図のように βシートにはヘアピン型 ( 左図の左 ) とクロスオーバー型 ( 左図の右 ) という用語がある また 下図のように クロスオーバーには右巻きと左巻きの 2 種類があり 数字と x と+-により表記できる 生体分子構造学 7
へリックスヘリックスは アミノ酸残基が水素結合によってつながってできるらせん様の構造である らせん様の構造としては αへリックス 左巻きαへリックス 310 へリックス πヘリックス 左巻きαヘリックスがある 表. へリックスのパラメータ 2 次構造 ピッチ リングの大きさ αヘリックス 5.4A 3.6 残基 (13 原子 ) 3 10 へリックス 6.0A 3.0 残基 (10 原子 ) πヘリックス 5.1A 4.3 残基 (16 原子 ) 左巻きαヘリックス 5.4A 3.6 残基 (13 原子 ) 図. へリックスの構造. 左から順に 3 10 ヘリックス α ヘリックス π ヘリックス 図. ヘリックス内の水素結合 ターンペプチド鎖が曲がった部分をターン (turn 折れ曲がり構造) と呼ぶ 右図はβ ターンである i 残基と i+1 残基の側鎖はどれも紙面手前に向く βターンは I 型 II 型 I 型 II 型に分類される 骨格の構造について言うと I 型はI 型の II 型はII 型の鏡像体である 下図のように I 型 βターンはi 残基と i+1 残基のカルボニルが紙面向こう側に出ている II 型 βターンはi 残基のカルボニルが紙面向こう側に i+1 残基のカルボニルが紙面から手前に出ている I' 型 βターンは i 残基と i+1 残基のカルボニルが紙面から手前に出ている II' 型 βターンはi 残基のカルボニルが紙面から手前に i+1 残基のカルボニルが紙面向こう側に出ている 生体分子構造学 8
図. 左から順に I 型 β ターン II 型 β ターン I' 型 β ターン II' 型 β ターン 出現確率は I 型が一番多く I > II > II' > I' の順で小さくなる I 型以外は 側鎖と主鎖の立体障害 ( 原子の衝突 ) のため 2つの残基のどちらかがグリシンなのが普通である βターン以外にも γターン インバースγターンなどがある 下図のように γターンはβターンより残基が1つ少ない インバースγターンはγターンの鏡像体である 特に i+1 残基のCαの向きが異なる 水素結合はβターンより弱い 図.γ ターン ( 左 ) とインバース γ ターン ( 右 ) 生体分子構造学 9
バルジ 図のように βシートの中で1つのβストランドに余分に残基が挿入されて飛び出てしまった部分をバルジ (βバルジ bulge 突出構造) と呼ぶ βシートのイボのようなものである クラシックバルジ G1バルジ ワイド (wide-type) バルジの3つが主要なものである βバルジが関係してループを作ることがある 10 10 クラシックバルジは 接近した2 本の反平行 βストランドの中で作られる 残基 1はαヘリックス構造 残基 2と残基 Xは通常のβシート構造である G1バルジは接近した2 本の反平行 βストランド 残基 1は左巻きαヘリックスの構造に近く 立体障害のためグリシンであることが多く G1バルジという ワイドバルジは少し離れた2 本の反平行 βストランドで作られ 水素結合がはずれている感覚が広い 主鎖の構造はさまざまである生体分子構造学 10