2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

考えられている 一部の痒疹反応は, 長時間持続する蕁麻疹様の反応から始まり, 持続性の丘疹や結節を形成するに至る マウスでは IgE 存在下に抗原を投与すると, 即時型アレルギー反応, 遅発型アレルギー反応に引き続いて, 好塩基球依存性の第 3 相反応 (IgE-CAI: IgE-dependent

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

アトピー性皮膚炎におけるバリア異常と易湿疹化アトピー性皮膚炎における最近の話題に 角層のバリア障害があります アトピー性皮膚炎の 15-25% くらい あるいはそれ以上の患者で フィラグリンというタンパク質をコードする遺伝子に異常があることが明らかになりました フィラグラインは 角層の天然保湿因子の

通常の単純化学物質による薬剤の約 2 倍の分子量をもちます. 当初, 移植時の拒絶反応抑制薬として認可され, 後にアトピー性皮膚炎, 重症筋無力症, 関節リウマチ, ループス腎炎へも適用が拡大しました. タクロリムスの効果機序は, 当初,T 細胞のサイトカイン産生を抑制するということで説明されました

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

学位論文の要約

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

娠中の母親に卵や牛乳などを食べないようにする群と制限しない群とで前向きに比較するランダム化比較試験が行われました その結果 食物制限をした群としなかった群では生まれてきた児の食物アレルゲン感作もアトピー性皮膚炎の発症率にも差はないという結果でした 授乳中の母親に食物制限をした場合も同様で 制限しなか

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

図アレルギーぜんそくの初期反応の分子メカニズム

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

ごく少量のアレルゲンによるアレルギー性気道炎症の発症機序を解明

報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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アトピー性皮膚炎の治療目標 アトピー性皮膚炎の治療では 以下のような状態になることを目指します 1 症状がない状態 あるいはあっても日常生活に支障がなく 薬物療法もあまり必要としない状態 2 軽い症状はあっても 急に悪化することはなく 悪化してもそれが続かない状態 2 3

ず一見蕁麻疹様の浮腫性紅斑が初発疹である点です この蕁麻疹様の紅斑は赤みが強く境界が鮮明であることが特徴です このような特異疹の病型で発症するのは 若い女性に多いと考えられています また スギ花粉がアトピー性皮膚炎の増悪因子として働いた時には 蕁麻疹様の紅斑のみではなく全身の多彩な紅斑 丘疹が出現し


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抗ヒスタミン薬の比較では 抗ヒスタミン薬は どれが優れているのでしょう? あるいはどの薬が良く効くのでしょうか? 我が国で市販されている主たる第二世代の抗ヒスタミン薬の臨床治験成績に基づき 慢性蕁麻疹に対する投与 2 週間後の効果を比較検討すると いずれの薬剤も高い効果を示し 中でもエピナスチンなら

第6号-2/8)最前線(大矢)

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

2018 年 10 月 4 日放送 第 47 回日本皮膚アレルギー 接触皮膚炎学会 / 第 41 回皮膚脈管 膠原病研究会シンポジウム2-6 蕁麻疹の病態と新規治療法 ~ 抗 IgE 抗体療法 ~ 島根大学皮膚科 講師 千貫祐子 はじめに蕁麻疹は膨疹 つまり紅斑を伴う一過性 限局性の浮腫が病的に出没

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

日本内科学会雑誌第98巻第12号

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とが多いのが他の蕁麻疹との相違点です 難治例ではこの刺激感のために日常生活に支障が生じ 重篤な随伴症状としてはまれに血管性浮腫 気管支喘息 めまい 腹痛 嘔気 アナフィラキシーを伴うことがあります 通常は暑い夏に悪化しますが 一部の症例では冬期の運動 入浴で皮疹が悪化することがあり 温度差や日常の運

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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アレルギー疾患対策基本法 ( 平成二十六年六月二十七日法律第九十八号 ) 最終改正 : 平成二六年六月一三日法律第六七号 第一章総則 ( 第一条 第十条 ) 第二章アレルギー疾患対策基本指針等 ( 第十一条 第十三条 ) 第三章基本的施策第一節アレルギー疾患の重症化の予防及び症状の軽減 ( 第十四条

2018 年 11 月 22 日放送 第 117 回日本皮膚科学会総会 6 教育講演 18-5 汗の分泌様式と成分 : 皮膚炎との相互関係 長崎大学大学院皮膚病態学教授室田浩之汗の機能汗は 匂い や 汗染み などのように嫌な面に注目が集まりがちですが 体が健康な状態を維持するための大切な役割を持って

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

理学療法学43_supplement 1

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

cell factor (SCF) が同定されています 組織学的に表皮突起の延長とメラノサイトの数の増加がみられ ケラチノサイトとメラノサイトの増殖異常を伴います 過剰のメラニンの沈着がみられます 近年 各種シミの病態を捉えて その異常を是正することによりシミ病変の進行をとめ かつシミ病変の色調を薄

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

研究成果報告書

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

膚炎における皮膚バリア機能異常の存在を強く支持する結果が得られています ダニアレルゲンの性質即ちドライスキンの状態では 皮脂膜や角層 角層間物質に不都合があるため アレルゲンや化学物質が容易に表皮深部ないし真皮に侵入し炎症を惹起し得るうえ 経表皮水分喪失量も増加することが容易に想像されます ではダニ

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

スライド 1

デュピクセントを使用される患者さんへ

既定の事実です 急性高血糖が感染防御機能に及ぼす影響を表 1 に総括しました 好中球の貧食能障害に関しては ほぼ一致した結果が得られています しかしながら その他の事項に関しては 未だ相反する研究結果が存在し 完全な統一見解が得られていない部分があります 好中球は生体内に侵入してきた細菌 真菌類を貧

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平成24年7月x日

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

序 蕁麻疹は, 皮膚科領域ではアトピー性皮膚炎, 接触皮膚炎などの湿疹 皮膚炎群, せつとびひ, 癤などの感染症と並ぶ, ありふれた疾患 ( コモンディジーズ )( 群 ) である. その病態は, 皮膚マスト細胞の急激な脱顆粒により説明され, 多くの場合は抗ヒスタミン薬の内服によりマスト細胞から遊離

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新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

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PowerPoint プレゼンテーション

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

新規 P2X4 受容体アンタゴニスト NCP-916 の鎮痛作用と薬物動態に関する検討 ( 分野名 : ライフイノベーション分野 ) ( 学籍番号 )3PS1333S ( 氏名 ) 小川亨 序論 神経障害性疼痛とは, 体性感覚神経系の損傷や疾患によって引き起こされる痛みと定義され, 自発痛やアロディ

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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平成14年度研究報告

研究成果報告書

スギ花粉の捕捉Ys ver7.00

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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乾癬などの炎症性皮膚疾患が悪化するメカニズムを解明

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イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ


汎発性膿庖性乾癬の解明

記 者 発 表(予 定)

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

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2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎においてはかゆみが診断基準の基本項目にもあげられる重要な要素となっています 執拗なかゆみの持続により 集中力の低下や不眠が生じ日常生活に悪影響を及ぼし QOL の低下を招きます また かゆみに伴う掻破によって皮膚の炎症が増悪しさらにかゆみが強くなるという悪循環 (itch scratch cycle) が生じ かゆみを伴う皮膚疾患の病態にも大きくかかわっています 本日は かゆみのメカニズムについて最近のトピックも交えて概説いたします 1. かゆみの末梢性機序 1) 末梢のかゆみ伝達皮膚でのかゆみ刺激は末梢の感覚神経によって脊髄後角を介して中枢に伝達されます この末梢神経の細胞体は後根神経節に存在し そこから皮膚と脊髄後角に神経線維を伸ばしています 内因性 外因性のかゆみ惹起物質は末梢の感覚神経に発現する各々の受容体に作用して神経を活性化させます 受容体を刺激したのちに 中枢神経系へと

伝達されかゆみを感じます かゆみを伝達する末梢 中枢神経は ヒスタミン依存性とヒスタミン非依存性の少なくとも 2 種類の神経経路が同定されています これらの 2 つのシステムは密接に連携していますが 中枢へ伝達する脊髄神経を含め 互いに独立して存在していると考えられています どちらの経路が主体であるのかは 疾患や病態によって異なり 治療反応性の相違となって表れます ヒスタミンは基本的に急性のかゆみに関連しており 主に肥満細胞によって産生放出されます ヒスタミンは蕁麻疹のかゆみなど 急性の痒みを引き起こしますが 多くの慢性的なかゆみを伴う疾患では ヒスタミンの関与は乏しいと考えられています 慢性的なかゆみは ヒスタミン非依存性の神経経路によって誘導されます ヒスタミン非依存性神経は 様々なかゆみ受容体を発現しており ヒスタミン以外の種々の内因性 外因性のかゆみ物質によって活性化されます 2) かゆみに関与する様々な起痒物質かゆみを惹起する起痒物質も ヒスタミン以外にも様々なものが報告されています IL-31 は主に Th2 細胞より産生されるサイトカインですが 主にかゆみを起こす物質として その役割が注目されています IL-31 の受容体は IL-31 receptor A (IL-31RA) と oncostatin M receptor (OSMR) の二量体で 末梢神経や表皮角化細胞などに発現しており IL- 31 は末梢神経に発現する受容体に直接作用しかゆみを起こします さらに IL-31 はかゆみの誘導だけでなくかゆみを伝達する

神経の発達や伸長などにも影響を及ぼしています 現在 アトピー性皮膚炎に対し 抗 IL-31 受容体抗体であるネモリズマブの第 Ⅲ 相臨床試験が施行中です 第 Ⅱ 相国際共同臨床試験において ネモリズマブはアトピー性皮膚炎のかゆみと炎症をどちらも有意に減少させており 今後の臨床使用が期待されます また近年我々は T 細胞において IL-31 産生に Epas1 という転写因子が重要であることを明らかにしました Epas1 はかゆみ治療のターゲットとなりうると考えています そのほか TSLP や IL-33 などの Th2 型の免疫反応を誘導 促進するサイトカインの受容体も末梢神経に発現しており アトピー性皮膚炎などのかゆみにかかわっていることが推測されています 3) IL-4 IL-13 によるかゆみ過敏近年 IL-4や IL-13 の受容体が末梢神経に発現していること IL-4 IL-13 が急性のかゆみは起こさないものの 慢性のかゆみに関与していることが報告されました IL-4 や IL-13 の存在下では ヒスタミン IL-31 TSLP のかゆみの閾値がさがり 通常かゆみが生じない濃度でもヒスタミン IL-31 TSLP によるかゆみが生じるようになります 抗 IL-4RA 抗体であるデュピルマブは アトピー性皮膚炎のかゆみを比較的早期に有意に減少させますが 皮膚の炎症とかゆみのどちらも制御していると考えられています 4) アトピー性皮膚炎では温もると痒い? アーテミンの関与 Murota らは アトピー性皮膚炎の病変部に強く発現する神経栄養因子の一つであるアーテミンが 温もると痒い 現象を引き起こすことを報告しました マウスの皮内にアーテミンを投与すると 常温では変化はないものの 38 度の温かい環境では激しく皮膚をさするような動作をします このことから皮膚におけるアーテミンの異常な蓄積が 温もると痒い 現象に関連していると考えられています また このアーテミンは 大気汚染物質による慢性皮膚炎の機序にも関与していることが

Hidaka らにより報告されました 大気汚染物質内には芳香族炭化水素受容体 (AhR) を活性化する成分が多く含まれますが マウスの表皮に活性化した AhR を高発現させると皮膚炎を自然発症します このマウスでは AhR 刺激により表皮のアーテミンが高発現しており それにより表皮内に神経が伸張してかゆみ過敏となります さらに かゆみ過敏により掻破が増え 皮膚のバリアが障害されて 皮膚炎が生じると報告されています 2. 中枢性のかゆみ 1) 脊髄から脳へのかゆみ伝達皮膚からのかゆみ情報は脊髄後角から脊髄視床路を通って脳へ伝達されます 脊髄において 痛み刺激を伝達せずにかゆみ刺激のみ伝達する神経の存在が報告され 脊髄におけるかゆみ伝達経路も徐々に明らかとなってきました かゆみを伝達する末梢感覚神経から脳性ナトリウム利尿ペプチド (Nppb) が放出されると その受容体である 心房性ナトリウム利尿ペプチド受容体 (NPRA) を発現する脊髄後角の神経に伝達されます さらに その神経から ガストリン放出ペプチド (GRP) が放出され その GRP の受容体を発現する脊髄後角神経に作用するという 脊髄におけるかゆみ伝達経路が提唱されています 2) かゆみの抑制性神経脊髄には脳へと刺激を伝えていく神経以外に 数多くの介在神経が存在しネットワークを形成しています 近年 脊髄後角で Bhlhb5 という分子を発現している介在神経がかゆみを抑制する作用があるということが示されました この Bhlhb5 陽性介在神経は 痛みや冷感を伝達する末梢神経刺激によって活性化し ダイノルフィンやグリシン GABA などの抑制性の伝達物質を放出します これらが 脊髄後角の GRP 受容体陽性神経に作用すると かゆみシグナルが抑制され かゆみが軽減するのです かゆみがあるときに たたくなどの痛み刺激や冷やすなどの冷感刺激を加えると一時的にかゆみは軽くなることは 日常生活でも経験しますが この反応にはこれらの抑制性の介在神経が関与しているのです

3) アトピー性皮膚炎でのアストロサイトの役割感覚神経そのものだけでなく グリア細胞の一つであるアストロサイトもアトピー性皮膚炎などの慢性のかゆみに関与していることがわかってきました 湿疹部位の感覚をつかさどる脊髄後角領域では アストロサイトの活性化がみられます そしてその活性化アストロサイトは STAT3 依存性にリポカリン2(LCN2) を産生することでかゆみを増強しています このように かゆみを抑制する機構 増強する機構など複雑にかゆみ感覚は制御されています おわりに近年 かゆみのメカニズムが注目されるようになり かゆみを特異的に伝達する脊髄レベルや末梢レベルの神経が存在することや 多くのかゆみ惹起物質の関与が明らかになってきました 今後のさらなるメカニズムの解明と個々のかゆみ惹起物質に対する新たな治療薬開発と実用化が期待されます