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高齢者の椅子からの立ち上がり動作における上体の動作と下肢関節動態との関係 The relationship between upper body posture and motion and dynamics of lower extremity during sit-to-stand in eld

要旨一般的に脚長差が3cm 以下であれば 著明な跛行は呈しにくいと考えられているが客観的な根拠を示すような報告は非常に少ない 本研究の目的は 脚長差が体幹加速度の変動性に与える影響を 加速度センサーを用いて定量化することである 対象者は 健常若年成人男性 12 名とした 腰部に加速度センサーを装着し

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理学療法科学 25(5): ,2010 原著 変形性膝関節症における椅子からの立ち上がり動作の運動学的分析 Kinematic Analysis of Sit-to-Stand Motion in Knee Osteoarthritis 阿南雅也 1) 徳田一貫 2) 木藤伸宏 3) 新

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選考会実施種目 強化指定標準記録 ( 女子 / 肢体不自由 視覚障がい ) 選考会実施種目 ( 選考会参加標準記録あり ) トラック 100m 200m 400m 800m 1500m T T T T33/34 24

安定性限界における指標と条件の影響 伊吹愛梨 < 要約 > 安定性限界は体重心 (COM) の可動範囲に基づいて定義づけられるが, 多くの研究では足圧中心 (COP) を測定している. 本研究は, 最大荷重移動時の COM 変位量を測定して COP 変位量と比較すること, 上肢 位置の違いが COP

膝関節運動制限による下肢の関節運動と筋活動への影響

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平成 17 年度岐阜県生活技術研究所研究報告 No.8 人間工学的手法による木製椅子の快適性評価と機能設計に関する研究 ( 第 8 報 ) 背もたれの最適な支持位置に関する検討 藤巻吾朗 *1 安藤敏弘 *1 成瀬哲哉 *1 坂東直行 *1 堀部哲 *2 Research on comfort ev

Effects of restricted ankle joint mobility on lower extremities joint motions during a stop-jump task The purposes of this study were to examine the e

Ⅱ. 研究目的 Ⅲ. 研究方法 1. 対象者 J.. 2. 用具.... Ledraplastic GYMNIC cm 3. 大型ボールを用いたトレーニング内容 DVD DVD

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胎児計測と胎児発育曲線について : 妊娠中の超音波検査には大きく分けて 5 種類の検査があります 1. 妊娠初期の超音波検査 : 妊娠初期に ( 異所性妊娠や流産ではない ) 正常な妊娠であることを診断し 分娩予定日を決定するための検査です 2. 胎児計測 : 妊娠中期から後期に胎児の発育が正常であ

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体幹トレーニングが体幹の安定性とジャンプパフォーマンスに与える影響の検討 体幹トレーニングとしては レジスタンスツイスト ( 以下 RT) を採用した RT とは 図 1 ( 上段 ) のように 仰臥位で四肢を上に挙げ四つ這いする体勢を保持している実施者に対して 体幹が捻られるように補助者が力を加え

リハビリテーションにおける立ち上がり訓練とブリッジ動作の筋活動量の検討 リハビリテーションにおける立ち上がり訓練とブリッジ動作の筋活動量の検討 中井真吾 1) 館俊樹 1) 中西健一郎 2) 山田悟史 1) Examination of the amount of muscle activity i

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6 腰椎用エクササイズパッケージ a. スポーツ選手の筋々膜性腰痛症 ワイパー運動 ワイパー運動 では 股関節の内外旋を繰り返すことにより 大腿骨頭の前後方向への可動範囲を拡大します 1. 基本姿勢から両下肢を伸展します 2. 踵を支店に 両股関節の内旋 外旋を繰り返します 3. 大腿骨頭の前後の移

the highest value at the midpoint of the transferring motion when subjects began to twist patient s body to the wheelchair from the bed. And the mean

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高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

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行為システムとしての 歩行を治療する 認知神経リハビリテーションの観点

国際医療福祉大学審査学位論文 ( 博士 ) 大学院医療福祉学研究科博士課程 片麻痺者の体幹伸展保持能力の検討 体幹前傾動作と歩行の運動学的分析 平成 26 年度 保健医療学専攻 福祉支援工学分野 福祉支援工学領域 学籍番号 :14U1639 氏名上條史子 研究指導教員 : 山本澄子教授

中京大学体育研究所紀要 Vol 研究報告 ソフトボールのバッティングにおけるストライド長と外力モーメントの関係 堀内元 1) 平川穂波 2) 2) 桜井伸二 Relationship between stride length and external moment in softb

要旨 [ 目的 ] 歩行中の足部の機能は 正常歩行において重要な役割を担っている プラスチック短下肢装具 (AFO) 装着により足関節の運動が制限されてしまう 本研究は AFO 装着により歩行立脚期における下肢関節運動への衝撃吸収作用や前方への推進作用に対しどのような影響を及ぼすかを検討した [ 対

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818 理学療法科学第 23 巻 6 号 I. はじめにバランスの評価は, 高齢者の転倒の指標として重要視され, 様々なバランス能力の評価の研究がなされている 2, 近年, 静的なバランス能力の評価と比較し, 動的なバランス能力の評価の重要性を示す研究が多くなってきている 4) しかしながら, これ

原著論文 133 高齢者における椅子からの立ち上り動作に関する研究 松永郁男 * 福安喜 ** 河村将通 *** 坂元敏郎 ** 鎌塚正志 ** 田口賢太郎 ** 谷山雄一 ** 四本貴也 ** 三浦尚之 ** 大村貴 ** 鶴田信元 **** (2010 年 10 月 26 日受理 ) Resea

方向の3 成分を全て合成したもので 対象の体重で除して標準化 (% 体重 ) した 表 1を見ると 体格指数 BMI では変形無しと初期では差はなく 中高等度で高かった しかし 体脂肪率では変形の度合が増加するにつれて高くなっていた この結果から身長と体重だけで評価できる体格指数 BMI では膝 O

論で考えられる環境で起こる変化の法則を整理することで, 多くの負の現象を引き起して いる本質が明らかになるとともに, そのメカニズムが解明され, 本当の子どもたちの力が 引き出され, 笑顔あふれる環境が整うことを願う 2. 股関節屈曲で 腰椎は後彎, 骨盤は倒れようとする 構造的な理由我々の筋肉には

GM アフ タ クター & アタ クター どの年代でも目的に合わせたトレーニングができる機器です 油圧式で負荷を安全に調節できます 中殿筋と内転筋を正確に鍛えることで 骨盤が安定し 立位や歩行時のバランス筋力を向上させます 強化される動き 骨盤 膝の安定性 トリフ ル エクステンサー ニー エクステ

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要旨 目的 腰 痛症に対する Dynamic Joint Control DYJOC ボードを用いた立位 動的バランストレーニングが立位バランスを高めるのか またその適切 な介入時間について検討した 対象 成 人男性 18 名を腰痛が半年以上持続する9名 腰痛群 と 健常成人 健常群 9名の2群に分

腰痛多発業種における 作業姿勢特性調査 独立行政法人労働者健康福祉機構所長酒井國男 大阪産業保健推進センター 相談員久保田昌詞 特別相談員浅田史成 大阪労災病院勤労者予防医療センター所 長大橋誠 関東労災病院リハビリテーション科 技師長田上光男 日本産業衛生学会産業医部会 部会長岡田章

様式F-19 記入例・作成上の注意

(a) (b) 2 2 (Bosch, IR Illuminator 850 nm, UFLED30-8BD) ( 7[m] 6[m]) 3 (PointGrey Research Inc.Grasshopper2 M/C) Hz (a) (b

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研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

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カーを貼付し, 矢状面画像を取得した. 取得した画像 から画像処理ツール ImageJ を用いて胸椎角度を算 9) 出した. 角度は先行研究に準じ,Th7 と C7 を結んだ 直線に対する,C7 と Th7 を結んだ直線の角度として 算出した ( 図 1d). (a) (c) (b) (d) 筋筋厚

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姿勢の違いが歩行と筋活動に与える影響 立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科博士課程前期課程 2 回生藤谷亮 要旨 キーワード : 異常姿勢 歩行分析 筋活動 背景 異常姿勢は関節や筋の構造に影響し それらは頭痛 腰痛 肩こり 下肢関節疾患や抑うつの発症と強く関連している スポーツの現場でも 腰椎前

2001 Received November 28, 2014 Current status and long-term changes of the physique and physical fitness of female university students Shiho Hiraku Y

歩行時の足部外反角度 外転角度最大値ならびに変化量は関連する,3) 歩行立脚期における舟状骨高最低位 (the lowest navicular height: 以下 LNH と略す ) 時の足部外反角度 外転角度は関連することとした. Ⅱ. 対象と方法 1. 被験者被験者は健常成人 20 名 (

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 長谷川智之 論文審査担当者 主査丸光惠副査星治 齋藤やよい 論文題目 Relationship between weight of rescuer and quality of chest compression during cardiopulmonary r

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3 2 2 (1) (2) (3) (4) 4 4 AdaBoost 2. [11] Onishi&Yoda [8] Iwashita&Stoica [5] 4 [3] 3. 3 (1) (2) (3)

COP (1 COP 2 3 (2 COP ± ±7.4cm 62.9±8.9kg 7m 3 Fig cm ±0cm -13cm Fig. 1 Gait condition

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80 武凪沙, 他 態で腰椎のわずかな右側屈により 骨盤を右挙上させ下肢を後方へと振り出す これに対し本症例は 立位姿勢から上位胸椎部屈曲位 胸腰椎移行部屈曲 左非麻痺側 ( 以下 左 ) 側屈位を呈し体幹直立位保持が困難となっていた また右股関節 膝関節が左側と比べてより屈曲していることで骨盤右下

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オプション チェストサポート 体幹や骨盤の支持をする事ができ幅の調節や前後のパッドの角度の調節ができます S:47 ー 64cm( 内径 ) M:67 ー 78cm( 内径 ) L:87 ー 114cm( 内径 ) シート 休憩時に座ることができ 歩行時にも荷重を調節することもできます 足が前後にス

新技術説明会 様式例

身体福祉論

P-2 3 自分で降りられないように ベットを柵 ( サイドレール ) で囲む 実施の有無 1 他に介護の方法がないため 2 同室者 他の利用者からの依頼 4 不穏や不安など本人の混乱を防止 5 暴力行為など他人への迷惑行為を防止の為 6 夜間以外の徘徊を防止 7 夜間の徘徊を防止 8 不随運動があ



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秋植え花壇の楽しみ方


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公益社団法人東京都理学療法士協会 平成 24 年度研究機器貸し出し助成報告書 1. 人工膝関節置換術後患者に対する臨床的歩容評価尺度の開発と信頼性 妥当性の検討 苑田会人工関節センター病院リハビリテーション科廣幡健二先生 2. 日本人の人工膝関節置換術後患者における患者立脚型アウトカムによる QOL

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( 神﨑光子 ) 論文題名 周産期における家族機能が母親の抑うつ 育児自己効力感 育児関連のストレス反応に及ぼす影響 論文内容の要旨 緒言 女性にとって周産期は 妊娠 分娩 産褥各期の身体的変化だけでなく 心理的 社会的にも変化が著しいため うつ病を中心とした気分障害

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国際エクササイズサイエンス学会誌 1:20 25,2018 症例研究 足趾踵荷重位での立位姿勢保持運動が足部形態に 与える影響 扁平足症例に対しての予備的研究 嶋田裕司 1)4), 昇寛 2)3), 佐野徳雄 2), 小俣彩香 1), 丸山仁司 4) 要旨 :[ 目的 ] 足趾踵荷重位での立位姿勢保

Fig.2 5 Fig.3 Fig.4 7 cm Fig kyphosislordosis postureswayback posture flatback posturefig.3 lordosis posture Fig.4 3 VOL.27 NO.2201

「諸雑公文書」整理の中間報告

研究組織 研究代表者西山哲成 日本体育大学身体動作学研究室 共同研究者野村一路 日本体育大学レクリエーション学研究室 菅伸江 日本体育大学レクリエーション学研究室 佐藤孝之 日本体育大学身体動作学研究室 大石健二 日本体育大学大学院後期博士課程院生

【股関節の機能解剖】

川崎医療福祉学会誌 Vol. 28 No 原著 視覚情報フィードバックを用いた片脚立位姿勢制御練習の効果 レーザーポインターを使用した新しい姿勢制御練習器の検証 *1 廣田真由 *2 種谷茉晶 *3 大坂裕 *3 小原謙一 要 約 本研究は, 視覚フィードバックとして

連続跳躍におけるシューズ着用がリバウンドジャンプパラメータに及ぼす影響 尾上和輝 村上雅俊 仲田秀臣 The effect of Shoes Wearing on Rebound Jump Parameters in Rebound Jumping ONOUE Kazuki MURAKAMI Mas

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のモチベーションを上げ またボールを使用することによって 指導者の理解も得られやすいのではないかと考えています 実施中は必ず 2 人 1 組になって パートナーがジャンプ着地のアライメントをチェックし 不良な場合は 膝が内側に入っているよ! と指摘し うまくいっている場合は よくできているよ! とフ

第 10 回 歩行のバイオメカニクス FF:足部水平 足底面がすべて地面に接地すること (Foot Flat) HO:踵離地 踵が地面から離れること (Heel Off) TO つま先離れ つま先が地面から離れること (Toe Off) 上記の定義に気をつけて歩いてみれば 歩行では両足で身体を支持してい

4 身体活動量カロリズム内に記憶されているデータを表計算ソフトに入力し, 身体活動量の分析を行った 身体活動量の測定結果から, 連続した 7 日間の平均, 学校に通っている平日平均, 学校が休みである土日平均について, 総エネルギー消費量, 活動エネルギー量, 歩数, エクササイズ量から分析を行った

研究報告書レイアウト例(当該年度が最終年度ではない研究班の場合)

走行時の接地パターンの違いによる内側縦アーチの動態の検討 五十嵐將斗 < 要約 > 後足部接地 (RFS) は前足部接地 (FFS) に比し下肢 overuse 障害の発生が多いことが報告されているが, これに関する運動学的なメカニズムは明らかではない. 本研究の目的は FFS と RFS における

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Gatlin(8) 図 1 ガトリン選手のランニングフォーム Gatlin(7) 解析の特殊な事情このビデオ画像からフレームごとの静止画像を取り出して保存してあるハードディスクから 今回解析するための小画像を切り出し ランニングフォーム解析ソフト runa.exe に取り込んで 座標を読み込み この

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第 1 章. 序章...1 第 1 節. 研究の背景...1 第 2 節. 膝 OA の理学療法の確立にともなう課題と本研究の位置づけ...4 第 3 節. 本研究の目的...9 第 4 節. 本論文の構成...9 第 2 章. 膝 OA と歩行時の外部膝関節内反モーメントの関係 第 1

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様式 C-19 科学研究費助成事業 ( 科学研究費補助金 ) 研究成果報告書 平成 24 年 5 月 11 日現在 機関番号 :2241 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :21 ~211 課題番号 :22792233 研究課題名 ( 和文 ) 妊婦の姿勢制御機構解明のための起立から歩行開始までの一連動作における運動学的解析研究課題名 ( 英文 ) Kinematic analysis to elucidate postural control mechanism from rise up to gait initiation during pregnancy 研究代表者須永康代 (SUNAGA YASUYO) 埼玉県立大学 保健医療福祉学部 助教研究者番号 :444935 研究成果の概要 ( 和文 ): 本研究では, 妊娠中の腹部の重量増大による姿勢変化と, 椅子から立ち上がり歩き始めるまでの動作方法の変化について明らかにすることを目的とした. 姿勢の変化は個人差が大きく, 動作では妊娠初期は起立時の体の前傾が尐なく, 起立後に一旦姿勢を安定させて歩行を開始していた. 妊娠期間全体を通して, 歩き始めにけり出しを強めることで前方への推進力を高めていたが, 妊娠中期以降は歩行開始後に姿勢が不安定となっていた. 研究成果の概要 ( 英文 ): The present study aimed to assess the change in the posture and pattern of rising from a chair and walking forward as pregnancy progressed. There were great individual differences in the postural change. Pregnant women rose up with the small trunk flexion, and they initiated gait after rising from a chair and reaching a stable standing position during early pregnancy. They enhanced the propulsion forward at gait initiation by large kick out throughout gestational period, but their posture became unstable after gait initiation in mid to late pregnancy. 交付決定額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 21 年度 1,6, 48, 2,8, 211 年度 1,2, 36, 1,56, 総計 2,8, 84, 3,64, 研究分野 : 理学療法学科研費の分科 細目 : 看護学 生涯発達看護学キーワード : 妊婦 姿勢制御能力 起立 - 歩行開始動作 動作解析 1. 研究開始当初の背景妊娠中は, 腹部の容積増大による腹囲 子宮底長の増加といった形態的変化に加えて, 腹部の重みによる重心位置の前下方変位が起こり, これを代償するため胸腰椎の彎曲増強や, 胸椎の後彎増強 腰椎の平坦化が生じ, 重心位置を後方移動させてバランスを保とうとする. しかし実際に, 立位では非妊娠期と比較して, 静的 動的姿勢の不安定性が増 し, 妊婦の受傷原因のうち転倒 転落は交通事故に次いで割合が高い. また姿勢の変化は腰背部痛と関連性が高く, 妊婦の約 5% が腰痛を経験し日常生活動作に困難さを感じているとの報告もみられる. 妊娠中も日常生活で頻回に行われる動作の 1 つとして椅子からの起立動作があるが, 立位 歩行に移行するための準備動作であり, バランスの安定性を得るために筋の協調的

な活動が必要である. 妊婦の椅子からの起立動作について解析を行った研究では, 妊娠週数の進行に伴う動作時間の延長, 重心前方移動時の上部体幹での代償や膝関節モーメントの増大を報告している. 起立後には多くの場合に目的動作を行うための移動を伴い, 高齢者では歩行開始時や方向転換時に転倒しやすいという報告がある. 妊婦では姿勢不安定性が増すため, 動作時の戦略が妊娠前とは異なり, 転倒の危険性が増すことが考えられる. しかしこれまでに, 妊婦を対象として起立から歩行開始までを一連の動作としてとらえ, 解析を行っている研究はみられない. 2. 研究の目的本研究の目的は, 妊娠 出産という女性にとって非常に大きなライフイベントにおいて, 妊婦が安全で快適な生活を送るための運動学的なアプローチ普及に向けて, 妊娠中の腹部の容積増大による姿勢変化と姿勢制御機構との関連性について明らかにすることである. 3. 研究の方法研究 1. 妊娠中の姿勢変化被験者は妊娠 16-18 週より継続して計測が可能な妊婦 12 名 ( 平均年齢 3.1±4. 歳, 身長 16.3±6.6cm, 妊娠前体重 51.2±7.3kg) との未経産女性 1 名 ( 平均年齢 31.2±3. 歳, 身長 158.9±5.2cm, 体重 53.4±7.kg) であった. 研究は埼玉県立大学倫理委員会の承認を得るとともに, 被験者に研究目的及び内容について説明し, 同意を得たうえで実施した. は妊娠 16-18 週,24-25 週,32-33 週の計 3 回計測を行った. (1) 胸腰椎彎曲の計測体にフィットした服を着用し, 座位および立位にて, 第 7 頸椎 (C7) から第 1 仙椎 (S1) にかけて体表より自在曲線定規 (Staedtler 社製 ) をあててカーブを反映させて用紙上にトレースし, 胸椎後彎指数および腰椎前彎指数を算出した ( 図 1). (2) デジタルビデオカメラでの立位姿勢計測体表に標点マーカーを貼付し, デジタルビデオカメラ (Sony 社製 DCR-DVD58) により矢状面から立位姿勢を撮影した ( 図 2). 撮影後, 画像解析ソフトウェア Image J 1.43(NIH 製 ) を用いて標点マーカーの空間座標を同定した. 得られたマーカーの座標をもとに, Microsoft Excel のワークシート上で股関節, 膝関節, 足関節の角度を内積により算出した また前後 鉛直方向の身体質量中心 (COM) の座標を,Dempster の各身体体節の質量比お よび質量中心比をもとに算出した 胸椎の長さ (Thoracic Length: TL) 腰椎の長さ (Lumbar Length: LL) C7-S1 間の直線から胸椎最大突出部までの距離 (Thoracic Width: TW) C7-S1 間の直線から腰椎最大突出部までの距離 (Lumbar Width: TW) 胸椎後彎指数 = 1 TW/TL 腰椎前彎指数 = 1 LW/LL 図 1 自在曲線定規による矢状面上の胸腰椎彎曲計測と彎曲指数の算出方法 z O x y 4m 1m 図 2 矢状面での立位姿勢撮影 研究 2. 起立から歩行開始までの動作分析被験者は研究 1 と同様の 12 名, の未経産女性 11 名 ( 平均年齢 24.9±5.5 歳, 身長 159.1±3.9cm, 体重 52.1 ±6.5kg) であった. 高さ調節可能な背もたれと肘置きのない椅子を用いて, 座面高を床面から膝関節裂隙までの距離に設定した. 被験者は身体にフィットした服を着用し, 体表に標点マーカーを貼付した. 椅子に座った状態から, 検者の口頭による開始の合図で立ち上がり, 前方へ歩く動作を 3 回試行した. は, 妊婦体験ジャケットを妊娠中期 (+3.7kg) および後期 (+7.2kg) の設定で腹部の重量を増大させて着用時 非着用時でそれぞれ動作を 3 回施行した. 動作の模様はデジタルビデオカメラにより矢状面から撮影を行った. 撮影した画像を連続静止画像に変換後, 画像解析ソフトウェア Image J 1.43 を用いて, 動作中の標点マーカーの空間座標を同定した. 得られたマーカーの座標をもとに, 研究 1 と同様の方法で体幹および下肢関節角度,COM の速度を算出した. 動作は,

胸椎 腰椎彎曲指数 離殿を seat-off,1 歩目遊脚肢の 足尖離地 (toe-off, 以下 TO) を 1st, 1 歩目立脚肢の の TO を stance-off,1 歩目遊脚肢の TO を 2nd とし, 動作開始から 1 歩行周期となる 1 歩目遊脚肢の の足尖離地 (2nd ) までが 1 動作時間 (1%) となるように正規化を行った ( 図 3). さらに動作中の COM の移動の円滑さを調べるため, 鉛直方向座標 (Az) について,1 階時間微分 daz/dt による位相面解析を行った. seat-off 直後に最大となった. 体幹最大屈曲角度は, では計測 から までよりも有意に小さな値となっていた (p<.5)( 表 1). 1st 時の体幹屈曲角度は, では計測 から までよりも有意に小さな値となっていた (p<.5). また,1 歩目遊脚側股関節屈曲角度は, の計測 1 回目および により有意に小さくなっていた ( p<.5)( 表 2). stance-off 前後には,1 歩目立脚側股関節伸展角度および足関節底屈角度が最大となった. 股関節伸展角度は, では計測 から までより有意に大きくなっていた (p<.5)( 表 3). 図 3 起立から歩行開始までの動作の計測 4. 研究成果 (1) 妊娠中の姿勢変化両群ともに座位では脊柱が全体的に後彎し, 腰椎彎曲指数が算出困難な被験者が多かったため, 座位での胸椎後彎指数, 立位での胸椎後彎指数および腰椎前彎指数を算出した. の座位および立位での胸椎後彎指数, 立位での腰椎前彎指数は, 妊娠週数の進行に伴う有意な変化は認められず, との有意差も認められなかった. の胸椎 腰椎彎曲指数は, 計測 から まで彎曲の増加または減尐が持続する被験者と, 一旦増加または減尐した後に逆の変化が生じた被験者が存在し, 個人によりばらつきがみられた ( 図 4). 立位姿勢の下肢関節角度と COM 座標についても, 妊娠週数の進行に伴う有意な変化は認めず, 両群間においても有意差は認められなかった. 12 1 8 6 4 2 座位胸椎後彎 立位胸椎後彎立位腰椎前彎 図 4 座位および立位での胸腰椎彎曲指数 (2) 妊娠中の起立から歩行開始までの動作様式の変化 1 体幹 下肢関節角度体幹屈曲角度は, 起立動作において 表 1 起立動作時の体幹最大屈曲角度 体幹最大屈曲 33.4 (6.9) 36.1 (5.3) 36.4 (4.7) 44.9 (6.1) 平均値 ( 標準偏差 ), : p <.5 表 2 表 3 stance-off 時の 1 歩目立脚側下肢関節角度 1st 時の体幹および 1 歩目遊脚側股関節屈曲角度 体幹 7.7 (4.9) 9.2 (5.5) 11.3 (5.4) 22.6 (8.) 平均値 ( 標準偏差 ), : p <.5 股関節伸展 15.2 (7.1) 15.8 (6.2) 13.4 (5.) 2.8 (9.4) 平均値 ( 標準偏差 ), : p <.5 1 歩目遊脚肢股関節 31.6 (7.2) 32.7 (1.6) 37.4 (6.8) 49.1 (13.4) 足関節底屈 11.1 (4.5) 13.1 (5.9) 13.8 (5.8) 12.3 (7.) 2COM の速度前後方向 COM 速度の最初のピークは, 起立動作時,seat-off 直前に生じていた.

の計測 と ではよりも有意に小さく (p<.5), ピークが有意に早く出現した (p<.5)( 表 4).のピークは stance-off 直前に出現しており, 両群間で有意差は認められなかった. 鉛直方向 COM 速度のピークは seat-off 後に出現し, では計測 から までよりも早く出現した (p<.5)( 表 5). 表 4 前後方向 COM 速度のピーク値と出現時期.4.3.2.1 -.1 -.2.3.4.5.6 (B) 計測 ピーク速度 (m/s).36 (.5).4 (.6).42 (.6).48 (.8) 平均値 ( 標準偏差 ), : p <.5 ピーク出現時期 (%) 25. (4.2) 22.4 (2.6) 22.8 (2.5) 29.8 (3.7) 表 5 鉛直方向 COM 速度のピーク値と出現時期.4.3.2.1 -.1 -.2 (C) 計測.3.4.5.6 3 鉛直方向 COM 座標 (Az) の位相面解析では起立動作後に daz/dt が収束しないまま歩行へと移行し, 起立から歩行と連続した動作を行っていた. では, 計測 に起立動作後, 一旦 daz/dt が収束に向かう挙動を認めたが, 計測, にはと同様に, 起立動作後の daz/dt が収束しないまま歩行へと移行している被験者が多くみられた ( 図 5)..4.3.2.1 -.1 -.2 平均値 ( 標準偏差 ), : p <.5 動作開始 ピーク速度 (m/s).86 (.12).95 (.11).94 (.11) 1.2 (.18) (A) ピーク出現時期 (%) 78.7 (3.) 74.8 (3.4) 74.7 (4.) 73.8 (3.6) 収束.3.4.5.6.4.3.2.1 -.1 -.2 図 5.3.4.5.6 (D) 計測 動作開始から 2nd までの Az の位相面図 (3) 妊婦体験ジャケット装着 非装着における起立から歩行開始までの動作様式 1st 時には, 実際の妊婦とは異なり, 遊脚側膝関節屈曲角度が有意に小さくなっていた (p<.5). しかし, それ以外の実際の妊婦において妊娠時期の違いにより未経産女性との有意差が認められた, 起立動作時の体幹最大屈曲角度や 1st 時の遊脚側股関節屈曲角度,COM 速度といったパラメータにおいては, 妊婦体験ジャケットの設定の違いによる有意差は認められなかった. 妊婦体験ジャケット着用時には, 腹部重量増大により歩行開始時における動作様式の変化が生じることが確認されたが, 実際の妊婦とは異なる戦略を用いて代償的に動作を行っている可能性が考えられる.

(4) 今後の展望本研究の成果より, 妊娠中の姿勢変化には個人差葉あるものの, 腹部重量増大に対して代償的に姿勢を変化させて保持していることが示唆された. また, 起立から歩行を開始するまでの動作をとおして, 姿勢制御機構への影響が示された. しかし, 妊娠中も妊娠前と同様の日常生活活動を避けることは難しい. 動作時の不安定性による転倒を防ぎ, 安全で快適な動作を行うためには, 妊娠時期に合わせた的確な動作指導が必要であり, 本研究で得られた成果をもとにした指導や, 健康増進のための運動介入への発展の可能性が考えられる. 妊婦を対象とした研究は, 被験者の負担と胎児への影響を考慮し, 動作スピードや課題の内容を検討する必要がある. また, 妊娠期間中の継続的調査は被験者数と計測時期が限定されるため, 本研究では妊婦体験ジャケットを用いた検討をあわせて行った. 今後, ジャケットの着用時間や動作への慣れといった要因について更なる検証を行い, 有効的な活用方法を検討する必要がある. 6. 研究組織 (1) 研究代表者須永康代 (SUNAGA YASUYO) 埼玉県立大学 保健医療福祉学部 助教研究者番号 :444935 (2) 研究分担者なし (3) 連携研究者なし 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 学会発表 ( 計 3 件 ) 1. Y. Sunaga, K. Shinkoda, M. Anan, T. Araki, Y. Suzuki, S. Kido: Kinematic analysis of the Sit-To-Walk motion during pregnancy. 16th International World Confederation for Physical Therapy Congress, 22 Jun, 211, Amsterdam, Netherlands 2. 須永康代, 鈴木陽介, 木戸聡史, 阿南雅也, 新小田幸一 : 妊婦の起立から歩行動作開始時の姿勢制御機構の変化, 第 46 回日本理学療法学術大会, 211 年 5 月 28 日, 宮崎 3. 須永康代, 荒木智子, 鈴木陽介, 木戸聡史, 廣瀬圭子, 森山英樹, 金村尚彦, 須永亮, 山本英子, 阿南雅也, 新小田幸一 : 妊産婦における経時的な脊柱アライメントの変化, 第 45 回日本理学療法学術大会,21 年,5 月 28 日, 岐阜 その他 ホームページ等 http://www.spu.ac.jp/nocms/strawberry 8/22web/22-9-4.pdf