HiAT Report 2012 変形性関節症者を対象とした異常歩行の定量的評価手法の研究 Study on Quantitative Evaluation Method for Abnormal Gait with Osteoarthritis 原良昭赤澤康史 HARA Yoshiaki, AKA

Similar documents
2 片脚での体重支持 ( 立脚中期, 立脚終期 ) 60 3 下肢の振り出し ( 前遊脚期, 遊脚初期, 遊脚中期, 遊脚終期 ) 64 第 3 章ケーススタディ ❶ 変形性股関節症ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Microsoft Word - p docx

公益社団法人東京都理学療法士協会 平成 24 年度研究機器貸し出し助成報告書 1. 人工膝関節置換術後患者に対する臨床的歩容評価尺度の開発と信頼性 妥当性の検討 苑田会人工関節センター病院リハビリテーション科廣幡健二先生 2. 日本人の人工膝関節置換術後患者における患者立脚型アウトカムによる QOL

H26_大和証券_研究業績_C本文_p indd

本研究では スコアに加えて FIM や Br. stage を組み込んだ転倒リスクの評価手法の開発も行った 2 転倒リスク評価表の各項目に対する新たな点数付け 評価表を用いて算出されたスコアにより 転倒リスクが高いとされた入院患者は転倒リスクが低いとされた患者よりも 転倒予防という観点では 手厚い看

課題名

COP (1 COP 2 3 (2 COP ± ±7.4cm 62.9±8.9kg 7m 3 Fig cm ±0cm -13cm Fig. 1 Gait condition

対象 :7 例 ( 性 6 例 女性 1 例 ) 年齢 : 平均 47.1 歳 (30~76 歳 ) 受傷機転 運転中の交通外傷 4 例 不自然な格好で転倒 2 例 車に轢かれた 1 例 全例後方脱臼 : 可及的早期に整復

愛知県理学療法学会誌(24巻1号).indd

方向の3 成分を全て合成したもので 対象の体重で除して標準化 (% 体重 ) した 表 1を見ると 体格指数 BMI では変形無しと初期では差はなく 中高等度で高かった しかし 体脂肪率では変形の度合が増加するにつれて高くなっていた この結果から身長と体重だけで評価できる体格指数 BMI では膝 O

立石科学技術振興財団 Fig. 2 Phase division in walking motion (The left leg is colored with gray) Fig. 1 Robot Suit HAL for Well-being ベースにした両下肢支援用モデルを用いた Fig.1に

研究成果報告書

平成 29 年 8 月 31 日 ( 木 ) 発売の週刊文春 (9 月 7 日号 ) 誌上において当院人工関節セン ターの活動内容が取り上げられることになりました 人工関節センターの概要をご案内させて頂きます はじめに近年の高齢化社会の到来により また人工関節自体の耐久性 精度が向上した事により本邦

2. ICA ICA () (Blind Source Separation BBS) 2) Fig. 1 Model of Optical Topography. ( ) ICA 2.2 ICA ICA 3) n 1 1 x 1 (t) 2 x 2 (t) n x(t) 1 x(t

TDM研究 Vol.26 No.2

018_整形外科学系

2011ver.γ2.0

要旨一般的に脚長差が3cm 以下であれば 著明な跛行は呈しにくいと考えられているが客観的な根拠を示すような報告は非常に少ない 本研究の目的は 脚長差が体幹加速度の変動性に与える影響を 加速度センサーを用いて定量化することである 対象者は 健常若年成人男性 12 名とした 腰部に加速度センサーを装着し

対象と方法 本研究は 大阪医科大学倫理委員会で承認を受け 対象患者から同意を得た 対象は ASA 分類 1 もしくは 2 の下肢人工関節置換術が予定された患者で 術前に DVT の存在しない THA64 例 TKA80 例とした DVT の評価は 下肢静脈エコーを用いて 術前 術 3 日後 術 7

SICE東北支部研究集会資料(2012年)

04_学術_特発性側彎症患者.indd

旗影会H29年度研究報告概要集.indb

...S.....\1_4.ai

NCDデータを用いた全国消化器外科領域内視鏡手術の現況に関する調査結果(速報)

技術研究報告第26号

安定性限界における指標と条件の影響 伊吹愛梨 < 要約 > 安定性限界は体重心 (COM) の可動範囲に基づいて定義づけられるが, 多くの研究では足圧中心 (COP) を測定している. 本研究は, 最大荷重移動時の COM 変位量を測定して COP 変位量と比較すること, 上肢 位置の違いが COP


Microsoft PowerPoint - 【逸脱半月板】HP募集開始150701 1930 2108 修正反映.pptx

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

IPSJ SIG Technical Report Vol.2012-HCI-149 No /7/20 1 1,2 1 (HMD: Head Mounted Display) HMD HMD,,,, An Information Presentation Method for Weara


平成 28 年度診療報酬改定情報リハビリテーション ここでは全病理に直接関連する項目を記載します Ⅰ. 疾患別リハビリ料の点数改定及び 維持期リハビリテーション (13 単位 ) の見直し 脳血管疾患等リハビリテーション料 1. 脳血管疾患等リハビリテーション料 (Ⅰ)(1 単位 ) 245 点 2

8 The Bulletin of Meiji University of Integrative Medicine API II 61 ASO X 11 7 X-4 6 X m 5 X-2 4 X 3 9 X 11 7 API 0.84 ASO X 1 1 MR-angio

1. 多変量解析の基本的な概念 1. 多変量解析の基本的な概念 1.1 多変量解析の目的 人間のデータは多変量データが多いので多変量解析が有用 特性概括評価特性概括評価 症 例 主 治 医 の 主 観 症 例 主 治 医 の 主 観 単変量解析 客観的規準のある要約多変量解析 要約値 客観的規準のな

高齢者の椅子からの立ち上がり動作における上体の動作と下肢関節動態との関係 The relationship between upper body posture and motion and dynamics of lower extremity during sit-to-stand in eld

情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report Vol.2011-MBL-57 No.27 Vol.2011-UBI-29 No /3/ A Consideration of Features for Fatigue Es

北里大学病院モニタリング 監査 調査の受け入れ標準業務手順 ( 製造販売後臨床試験 ) 第 1 条 ( 目的 ) 本手順書は 北里大学病院において製造販売後臨床試験 ( 以下 試験とする ) 依頼者 ( 試験依頼者が業務を委託した者を含む 以下同じ ) が実施する直接閲覧を伴うモニタリング ( 以下

平成 29 年 8 月 4 日 マウス関節軟骨における Hyaluronidase-2 の発現抑制は変形性関節症を進行させる 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 : 門松健治 ) 整形外科学 ( 担当教授石黒直樹 ) の樋口善俊 ( ひぐちよしとし ) 医員 西田佳弘 ( にしだよしひろ )

260 理学療法科学第 17 巻 4 号 では退院時の速度は術前よりも遅れる傾向にあった 基礎疾患により術前の状態は異なり, 同手術, 理学療法を行なってもその回復過程は異なるため, 疾患に合わせたゴール設定, 及びプログラムを施行していく必要がある キーワード : TKA,RA,OA, 筋力 岡山

Microsoft PowerPoint - 薬物療法専門薬剤師制度_症例サマリー例_HP掲載用.pptx

Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

Effects of restricted ankle joint mobility on lower extremities joint motions during a stop-jump task The purposes of this study were to examine the e

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

06_学術_関節単純X線画像における_1c_梅木様.indd

自動車ボディ寸法検査

Microsoft Word - Malleable Attentional Resources Theory.doc

( ), ( ) Patrol Mobile Robot To Greet Passing People Takemi KIMURA(Univ. of Tsukuba), and Akihisa OHYA(Univ. of Tsukuba) Abstract This research aims a

脳卒中片麻痺者の歩行能力向上のあり方 | 加茂野 有徳氏(農協共済中伊豆リハビリテーションセンター)

原 著 放射線皮膚炎に対する保湿クリームの効果 耳鼻科領域の頭頸部照射の患者に保湿クリームを使用して * 要旨 Gy Key words はじめに 1 70Gy 2 2 QOL

Vol. No. Honda, et al.,

indd

青焼 1章[15-52].indd

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

図 1 緩和ケアチーム情報共有データベースの患者情報画面 1 患者氏名, 生年月日, 性別, 緩和ケアチームへの依頼内容について,2 入退院記録, 3カンファレンス ラウンド実施一覧,4 問題点のリスト,5 介入内容の記録. 図 2 緩和ケアチームカンファレンス ラウンドによる患者評価入力画面 (

(c) The Institute of Statistical Mathematics 2016

多変量解析 ~ 重回帰分析 ~ 2006 年 4 月 21 日 ( 金 ) 南慶典

Microsoft Word - cjs63B9_ docx

理学療法科学 20(2): ,2005 研究論文 術後早期における人工股関節置換術患者の歩行分析 - 歩行中の股関節伸展角度の減少が重心移動に及ぼす影響 - Gait Analysis of Patients in Early Stages after Total Hip Arthrop

SICE東北支部研究集会資料(2011年)

<95DB8C9288E397C389C88A E696E6462>

03 日欧流通比較調査 (3)


206“ƒŁ\”ƒ-fl_“H„¤‰ZŁñ

ができるようになったソフトによって あらためて解析し直しました (2) これらの有効詳細フォームにおける 全重心の水平速度が最大値をとるところ を パワ ポジション ( キックポイント ) と見なしました (3) それらの脛角 (θs) と太もも角 (θt) をプログラムソフトによって求め これを図

Microsoft PowerPoint - 統計科学研究所_R_主成分分析.ppt

高齢者におけるサルコペニアの実態について みやぐち医院 宮口信吾 我が国では 高齢化社会が進行し 脳血管疾患 悪性腫瘍の増加ばかりでなく 骨 筋肉を中心とした運動器疾患と加齢との関係が注目されている 要介護になる疾患の原因として 第 1 位は脳卒中 第 2 位は認知症 第 3 位が老衰 第 4 位に

研究計画書

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

rihabili_1213.pdf

12 Vol. 12, No Benner 8 ICU 1 2 ICU Krippendorff, K ICU 5

Microsoft Word - p docx

埼玉医科大学倫理委員会

国土技術政策総合研究所 研究資料

Ⅱ 方法と対象 1. 所得段階別保険料に関する情報の収集 ~3 1, 分析手法

スライド 1

JJRM5005/04.短報.責了.indd

歩行およびランニングからのストップ動作に関する バイオメカニクス的研究

第 43 回日本肩関節学会 第 13 回肩の運動機能研究会演題採択結果一覧 2/14 ページ / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学会 ポスター 運動解析 P / ポスター会場 第 43 回日本肩関節学

ダンゴムシの 交替性転向反応に 関する研究 3A15 今野直輝

研究報告書レイアウト例(当該年度が最終年度ではない研究班の場合)


IPSJ SIG Technical Report Vol.2015-CVIM-196 No /3/6 1,a) 1,b) 1,c) U,,,, The Camera Position Alignment on a Gimbal Head for Fixed Viewpoint Swi

1307migitaDicomo.pptx

【資料1-2】脳神経外科手術用ナビゲーションユニット基準案あ

第62巻 第1号 平成24年4月/石こうを用いた木材ペレット


Ⅱ. 用語の操作的定義 Ⅲ. 対象と方法 1. 対象 WAM NET 2. 調査期間 : 3. 調査方法 4. 調査内容 5. 分析方法 FisherMann-Whitney U Kruskal-Wallis SPSS. for Windows 6. 倫理的配慮 Vol. No.

平成14年度

2012 年度リハビリテーション科勉強会 4/5 ACL 術後 症例検討 高田 5/10 肩関節前方脱臼 症例検討 梅本 5/17 右鼠径部痛症候群 右足関節不安定症 左変形性膝関節症 症例検討 北田 月田 新井 6/7 第 47 回日本理学療法学術大会 運動器シンポジウム投球動作からみ肩関節機能

ロペラミド塩酸塩カプセル 1mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにロペラミド塩酸塩は 腸管に選択的に作用して 腸管蠕動運動を抑制し また腸管内の水分 電解質の分泌を抑制して吸収を促進することにより下痢症に効果を示す止瀉剤である ロペミン カプセル

円筒面で利用可能なARマーカ

H24_大和証券_研究業績_p indd

脊椎損傷の急性期治療

Medical3

040402.ユニットテスト


中京大学体育研究所紀要 Vol 研究報告 ソフトボールのバッティングにおけるストライド長と外力モーメントの関係 堀内元 1) 平川穂波 2) 2) 桜井伸二 Relationship between stride length and external moment in softb

運動負荷試験としての 6 分間歩行試験の特徴 和賀大 坂本はるか < 要約 > 6 分間歩行試験 (6-minute walk test; 6MWT) は,COPD 患者において, 一定の速度で歩く定量負荷試験であり, この歩行試験の負荷量は最大負荷量の約 90% に相当すると報告されている. そこ

Microsoft Word - 01.docx

日本皮膚科学会雑誌第117巻第14号

Transcription:

HiAT Report 2012 変形性関節症者を対象とした異常歩行の定量的評価手法の研究 Study on Quantitative Evaluation Method for Abnormal Gait with Osteoarthritis 原良昭赤澤康史 HARA Yoshiaki, AKAZAWA Yasushi 占部貴大清水俊行大門守雄趙源一菅美由紀椎名祥子丸山洋司大島隆司中野直樹小田崇弘北川篤津村暢宏 ( 兵庫県立リハビリテーション中央病院 ) URABE Takahiro, SHIMIZU Toshiyuki, OKADO Morio, CHO Wonil, SUGA Miyuki, SHIINA Shouko, MARUYAMA Youji, OSHIMA Takashi, NAKANO Naoki, ODA Takahiro, KITAGAWA Atsushi, TUMURA Nobuhiro (Hyogo Rehabilitation Center Hospital) キーワード : 変形性関節症 歩行分析 床反力 加速度 カルテ調査 入院期間 Keywords: Osteoarthritis, Gait analysis, Ground reaction force, Acceleration, Medical record documentation and Duration of hospitalization Abstract: In this study, gait analysis of patient with hip/ knee osteoarthritis and medical record documentation of patient with hip osteoarthritis were done. In gait analysis, ground reaction forces and acceleration of lower limbs of eleven patients with hip/knee osteoarthritis, and analysis effect of artificial joint replacement to the force. In medical record documentation, we survey relation between functional capacity included physical condition such as pain of joint before total hip arthroplasty and duration of hospitalization. 1 はじめに 変形性関節症 ( 以下 OA: Osteoarthritis) とは関節軟骨に生じた変性や断裂などにより関節に痛みが生じる疾患である 変性や断裂が生じる原因の 1 つに加齢があるため 超高齢社会である日本における OA 患者数は今後も増加すると考えられる 兵庫県立リハビリテーション中央病院では変形性 膝関節症 ( 以下 膝 OA) と変形性股関節症 ( 以下 股 OA) を合わせて毎年約 200 件以上の人工関節置換術を行っている このように毎年約 200 件以上の人工関節置換術を行うことで中央病院の医師や理学療法士 ( 以下 医療従事者 ) は OA に関する知見を培っている 臨床経験が豊富な医療従事者が自らの知見を臨床経験が浅い医療従事者に伝えること すなわち 技術 知識の後継は医学の発展にとって必要不可欠なことであり 円滑な技術 知識の後継により OA 患者が受けられる医療水準が上がる しかし 知見には他者への伝達が困難な定性的なものもあり 円滑な技術 知識の後継を妨げている また 定量化されていない知見は科学的な検証が困難でもある 本研究課題では OA 患者が受けられる医療水準の向上のために 医療従事者の知見の定量化を行うために歩行分析とカルテ調査を行った 2 歩行分析 2.1 研究背景 OA により正常歩行から逸脱した歩容になることがある このような歩容の歩行は異常歩行と呼ばれる 異常歩行の定義は定性的なものが多いため その評価は医療従事者が主観的に行っている 妥当な主観的評価を行うには一定の臨床経験が必要となるため 臨床経験が豊富な医療従事者が行っている主観的な評価と同等の評価が可能な客観定量的な指標 福祉のまちづくり研究所報告集 79

が求められている 実験室環境では歩行能力の定量的評価指標として床反力がよく用いられる 床反力の前後成分は それぞれ 歩行速度に対する正の加速度と負の加速度とみなせる 定常歩行時の健常者は 歩行速度がほぼ一定のため 脚毎の前方向成分の積算値 ( 以下 加速成分 ) と後方向成分の積算値 ( 以下 減速成分 ) はほぼ同じとなる しかし 片麻痺者では麻痺側と非麻痺速で偏りが生じることを また Brunnstrom recovery stage が低いほど偏りも大きくなることを Bowden 等は報告している 1) この偏りは非麻痺側と麻痺側の機能差によるものと考えられる OA 患者についても床反力の前後成分の偏りが生じると また 人工関節置換術によりその偏りが是正されると考えられる また 床反力計は高価であるため より安価な加速度センサを用いた歩行能力の評価も良くされている 歩行時に身体に生じる加速度には着床時に大きなピークが生じることが また このピークは一般的に下腿部より大腿部が小さくなることが知られている これは着床の衝撃を膝関節で吸収された結果と考えられる この下腿部と大腿部のピーク比は膝関節の衝撃吸収能力を示し 全人工関節置換術により変化すると考えられる 本研究課題では OA および全人工関節置換術による歩行能力の変化を明らかにするために人工関節置換術前および退院時の床反力と加速度の計測を行った 2.2 実験内容 2.2.1 計測内容本研究では静止立位および定常歩行時における床反力 動画象および身体各部の 3 次元座標と加速度を計測した 定常歩行の前後には Visual Analog Scale( 以下 VAS) を用いて術側と非術側の疾患関節の痛みを評価し Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index( 以下 WOMAC) に準じた内容を用いて計測時における OA の程度を評価した なお 術側とは術前では全人工関節置換術を予定している側を 術後では手術を行った側と定義する 本研究において 術側が術前と退院前で異なった被験者はいない 床反力 動画象および身体の 3 次元座標はキスラー社製床反力計 (Z13216 長さ 1.2m 幅 0.6m)2 枚が接続された Motion Analysis 社製 3 次元動作解析システムである MAC3D System( 以下 MAC3D) を用いて計測した 動画象は被験者の右方向および 後方の 2 方向から撮影し それぞれ 矢状面象画像と前額面動画象の 2 種類を撮影した 3 次元座標を計測するために赤外線マーカーを添付した部位を表 1 に示す 加速度を計測した部位は 仙骨 腰椎の L5 近辺 頸椎の C7 近辺および左右の大腿部と下腿部である 各部位の加速度の計測は ロジカルプロダクト社製の LP-WS0901(55 mm 40 mm 22 mm 電池込み 35g) を用いた LP-WS0901 は内部に記録用のメモリを持っているため 従来の加速度センサのように センサ部と記録部を繋ぐケーブルにより被験者の動きを妨げることはない LP-WS0901 は制御用のパーソナルコンピュータ ( 以下 PC) と無線で接続されており PC から送信された計測開始命令を受信することで計測を開始する LP-WS0901 と MAC3D の同期には ロジカルプロダクト社の同期パルス発生装置 (LP-WSY11) を用いた LP-WSY11 は制御用 PC が発した計測開始命令を受信するとパルス信号を出力する装置であり パルス信号を MAC3D の A/D コンバータに入力することで LP-WS0901 と MAC3D の同期を行った サンプリングレートは床反力と加速度が 1kHz 身体の 3 次元座標は 100Hz である また 動画像は 30fps で撮影した 計測システムの配線を図 1 に示す 術前 退院前ともに 初めに静止立位時の床反力と床反力を計測し その後 定常歩行時の床反力を計測した 計測環境を図 2 に示す 歩行経路は 10m の直線であり中間地点には 2 枚の床反力計が歩行経路に対して平行に埋め込まれている 被験者には左右の足の床反力を個別に計測するために 2 枚の床反力を踏み分けるように指示した 定常歩行の計測は 表 1 マーカの添付位置 Table1 Position of markers 80 福祉のまちづくり研究所報告集

HiAT Report 2012 どの被験者においても 4 回以上行った 歩行計測は兵庫県立福祉のまちづくり研究所倫理委員会に承認されたプロトコルに従って行った また 各被験者に対しては歩行計測前に書面での説明後 同意を得てから歩行計を行った 2.2.2 被験者被験者は 全人工関節置換術を目的に入院された膝 OA( 術前 11 名 [ 男女比 1:10] 退院前 10 名 [ 男女比 1:9]) および股 OA( 術前 6 名 [ 男女比 1: 5] 退院前 5 名 [ 男女比 1:4]) である ただし 術前と退院前ともに計測できたのは 膝 OA が 7 名 [ 男女比 1: 6] 股 OA が 5 名 [ 男女比 1: 4] である 図 1 計測システムの配線図 Fig.1 Connection diagram of measurement instrument. 2.3 解析内容 2.3.1 床反力立脚期に生じる床反力の前後方向成分から加速成分と減速成分を算出し 成分毎に術側が非術側と術側の合計に占める割合を求めた その後 求めた割合について平均値が 50% かどうかを t 検定により確かめた 有意水準は 0.05 とした なお 被験者毎に解析に用いた歩数が異なることを避けるため 解析に用いたのは初めの 4 施行から非術側および術側から 1 歩ずつの 4 歩とずつとした また 1 施行において複数歩の床反力が計測された場合は 非術側および術側ともに初めに計測された 1 歩を用いた 2.3.2 加速度本研究では膝 OA を対象とした 着床時の衝撃により生じる下腿部に生じた加速度のピーク値と大腿部のピーク値を求め その比を術側および非術側ともに算出した 算出した比の中央値に差があるかどうかをマン ホイットニの U 検定を用いて検定した また 術側および非術側毎に術前と退院前の中央値に差があるかどうかをマン ホイットニの U 検定を用いて検討した 本研究の有意水準は 0.05 とした 定常歩行を解析の対象とするために 歩き始めから 4 歩および歩き終わりの 4 歩のピークは解析対象から除外した さらに 被験者毎に解析に用いたピーク数が異なることを避けるため 各側ともに解析に用いたピーク数は 10 とした 図 2 計測環境の概略図 Fig.2 Overhead view of measurement environment 2.4 結果と考察 2.4.1 床反力図 3 と図 4 に膝 OA および股 OA の前後方向床反力の例を示す 表 2 と表 3 に膝 OA および股 OA における術前と退院前に計測した各成分の非術側と術側の合計に対する術側の割合の平均値と各平均値を 50% とした一標本 t 検定の p 値およびサンプル数を示す 表 2 により膝 OA 患者では術前より減速成分も加速成分も術側と非術側が同じだけ生みだしており 術側や非術側のどちらか一方が加速や減速を優位に行うことはないことを示している 一方 表 3 は股 OA 患者では術前では減速を術側よりも非術側が優位に行っているが全人工関節置換術後の退院前にはこの優位性が消失することを示している 表 2 と表 3 より 膝 OA と股 OA では床反力の前後成分の現れ方が異なることが明らかになった しかし この床反力の変化は生じた原因については本研究では明らかにするには至らなかった 今後 関節の角度変化や身体各部の動きなど運動学的項目と組み合わせて解釈することで 床反力の変化の原因も明確にする必要がある 福祉のまちづくり研究所報告集 81

2.4.2 加速度図 5 と図 6 は それぞれ 術前および退院前に計測された加速度の 1 例である 各図の上段は下腿部長軸方向の加速度であり 各側ともに大きな周期的な負のピークが確認できる この特徴的な負のピークは着床時の生じることが予備実験により確認されている 本研究では このピークを下腿部に生じた衝撃とし この値に対する同時刻に発生した大腿部の負のピークの割合を求めた 表 4 と表 5 は ピークの割合に対する術前における術側と非術側間および各側における術前と退院前間のマン ホイットニの U 検定の結果である 表 4 が示すように 術側と非術側間には中央値に有意な差は見られなかった 一方 表 5 が示すように計測時期の比較においては 術前と退院前で術側の中央値は有意な減少を示した 術前および退院前ともに術側と非術側間の中央値に有意な差がなかった この原因としては被験者の大部分が両側 OA であったため 膝関節の衝撃吸収能力に術側と非術側で大差なかった可能性が挙げられる 一方 術側は術前に比べて退院前の値は有意に減少しており 本研究では全人工関節置換術とその後の歩行練習によって下腿部長軸方向から大腿部長軸方向へ伝わる衝撃が減少することを明らかにした しかし 床反力と同様になぜ衝撃吸収能力が変 化したかについては明確ではなく 運動学的項目と組み合わせ解釈することで 変化の原因を明確にする必要があり 今後の課題である 表 2 膝 OA における各成分の術側と非術側の割合 Table2 Ratio of acceleration component and deceleration at Surgery Site and Non-surgery Site (Patient with Knee Osteoarthritis) 表 3 股 OA における各成分の術側と非術側の割合 Table3 Ratio of acceleration component and deceleration at Surgery Site and Non-surgery Site (Patient with Hip Osteoarthritis) 図 3 膝 OA の前後方向床反力の例 Fig.3 Knee Osteoarthritis s Ground Reaction Force for Anterior-posterior direction. 図 4 股 OAの前後方向床反力の例 Fig.4 Hip Osteoarthritis s Ground Reaction Force for Anterior-posterior direction. 82 福祉のまちづくり研究所報告集

HiAT Report 2012 表 4 術前における大腿部と下腿部の割合の中央値術側と非術側の比較 Table4 median of surgery site and non-surgery site and result of Mann-Whitney test 図 5 術前における加速度の計測例 Fig.5 Acceleration measured before Total Knee Arthoplasty 表 5 大腿部と下腿部の割合の中央値計測時期 ( 術前と退院前 ) の比較 Table5 median of pre/post- Total Knee Arthoplasty and result of Mann-Whitney test そこで本研究では 人工股関節置換術を目的に入院された股 OA 患者の身体機能と動作能力から入院日数をどの程度の精度で予測できるかを明らかにすることを目的として 入院患者のカルテ調査を行った 図 6 術後における加速度の計測例 Fig.6 Acceleration measured after Total Knee Arthoplasty 3 カルテ調査 3.1 研究背景 兵庫県立リハビリテーション中央病院には全人工股関節置換術を目的に年間 100 例以上の股 OA が入院している 全人工股関節置換術後はクリティカルパスに沿ってリハビリテーション訓練が実施されるが 症例によって入院日数は異なる 術後の円滑な治療や症例が感じる不安の解消 効率的な入退院管理の観点に基づくと これら日数を術前に予測することは重要である これら日数の長短には術前の状態が影響を及ぼしていると考えられるが どのような因子がどの程度の影響を与えているかは明らかではない 3.2 調査内容 カルテ調査の対象は 2008 年 3 月から 2012 年 2 月までに当院にて人工関節置換術を行った変形性股関節患者 299 名である カルテからは入院日数 術側の日本整形外科学会股関節機能判定基準 ( 以下 JOA) スコア 入院時年齢 性別 6 分間歩行距離 術側片脚立位時間 非術側片脚立位時間を求めた 入院日数を予測するために 入院日数を従属日数とした決定木を作成した 2,3) 独立変数には 術側 JOA スコア ( 疼痛 ) 術側 JOA スコア ( 可動域 ) 術側 JOA スコア ( 歩行能力 ) 術側 JOA スコア ( 日常生活動作 ) 入院時年齢 性別 6 分間歩行距離 Body Mass Index( 以下 BMI) 術側片脚立位時間および非術側片脚立位時間の 10 項目を用いた また 作成した決定木については 各群の最小構成人数が 20 人 最大深さが 3 となるように制約した ま 福祉のまちづくり研究所報告集 83

た 従属変数が欠損していた場合の代理分割は可とした なお カルテからの転記ミスや記載漏れにより 入院日数の決定木に用いた症例数は 297 例となった 3.3 結果と考察 図 7 に入院日数を従属変数として作成した決定木 すなわち 入院日数予測のためにフローチャートを示す 図 7 が示すように入院日数の予測では Node3 Nod5 Node6 Node8 Node9 の 5 つの群に分類できることが明らかになった 表 2 は入院日数に対する各群の 25% 50% 75% の患者が退院までに要する値である 決定木より 6 分間歩行距離で入院日数の予測に重要であることがわかる 6 分間歩行距離は術側の下肢だけでなく非術側の下肢や身体全体の代謝系能力が反映されるものであり 入院日数の長短には術側の状態だけでなく非術側や代謝系といった全般的な身体の状態が重要であることが示唆された 図 7 入院日数予測のためのフローチャート Fig.7 Flow chart to predict duration of hospitalization made by decision tree 表 6 各 Node における入院日数の割合 Table6 Quartile of each group 4 おわりに 本研究では OA 患者を対象に術側と非術側が生み出す歩行速度の加速成分と減速成分を床反力から求め 膝 OA 患者では術前から非術側と術側ともに同じだけ加速成分も減速成分も生み出しており非術側と術側に差が生じていないことを 股 OA 患者では 非術側は術側よりも減速成分を優位に生みだしているが 全人工関節置換術によって優位性は消失することを明らかにした また 大腿部と下腿部の加速度から行った膝 OA 患者の膝関節の衝撃吸収能力の評価では 全人工関節置換術とその後のリハビリテーションによって衝撃吸収能力が向上することを明らかにした 本研究では OA 患者における床反力と加速度の特徴や全人工関節置換術による変化を明らかにしたが こられ変化が生じる原因については不明であり 今後の課題である また カルテ調査を行い 股 OA 患者の入院日数を予測するためのフローチャートを決定木分析により作成した 医療従事者はこのフローチャートを用いることで入院時の検査から入院日数を精度良く予測できるようになり 股 OA 患者が抱える不安の 1 つである入院日数に対して科学的根拠に基づいた情報提供が行えるようになった 謝辞兵庫県立総合リハビリテーション元職員である鎮西伸顕先生 森下雅之先生 木俣信治先生 木村愛子先生 小寺有里子先生 黒田麻子先生には歩行計測やカルテ調査など本研究全般においてご協力頂きました ここに深く感謝の意を表します 参考文献 1)Bowden, M.G., Balasubramanian, C.K., Neptune, R.R. and Kautz, S.A.:Anterior-posterior ground reaction forces as a measure of paretic leg contribution in hemiparetic walking, stroke, 37(3), 872-876, 2006. 2) 大門貴志, 吉川俊博, 手良向聡 :R による統計解析ハンド ブック第 2 版, pp.169-184, 株式会社メディカル パブリ ケーションズ, 2010. 3)Breiman, L., Friedman, J.H., Olshen, R.A. and Stone, C.J.: Classification and Regression Trees, Chapman &HALL/CRC, 1984. 84 福祉のまちづくり研究所報告集