体液の区分 人体を構成する最大の要素は水分であり 体重の 60% を占める そのうちの 2/3( 体重の 40%) は細胞内液であり 残りの 1/3( 体重の 20%) は細胞外液として存在する 細胞外液の 3/4( 体重の 15%) は細胞の周囲を満たす液体であり この液体を間質液と呼ぶ 残りの 1/4( 体重の 5%) の大半は血液の液体成分である血漿である 体液にはさまざまな物質がとけており それは電解質と非電解質に分けられる
電解質 : 体液の組成 Na +, K +, Ca 2+, Mg 2+, Cl -, HCO 3-, HPO 4 2-, SO 4 2- 蛋白質も電荷をもちイオンとなっている 非電解質 : グルコース 尿素 クレアチニン など 細胞外液は Na イオン (142mEq/l) と Cl イオン (103mEq/l) が主要イオンで 細胞内は K イオン (157mEq/l) が多い 単位の meq/l とは 水 1L 当たりの当量の濃度 (Ca 2+ は 2 価イオンなので 1mmol/L の濃度が 2mEq/l に相当する )
電解質の役割 1. 体内の水の変動を調節し ( 体液量の調節 ) その分布の正常化をはかる 2. 体液の浸透圧を正常に保ち 細胞内外の浸透圧の変動の平衡を保つ 3. 酸塩基平衡 ( バランス ) を保たせる 体液が酸性またはアルカリ性に傾きすぎないように ph を一定 (7.4 付近 ) に保たせる 4. 神経 筋の刺激性を正常に保たせる 電解質の役割は 生体の生命維持に欠かせない要素である
体液の ph 体液の水素イオン濃度 (ph) を一定に保つことは 生命を維持する上で最も大切なことのひとつである 生体反応は ph や温度が一定でないと機能しないからである 正常血漿の ph は 7.4 付近 (7.35 7.45) で ややアルカリ性である ph が正常より低下した状態は アシドーシス と呼び 逆に上昇した状態は アルカローシス と呼ぶ アルカ 死 アシドーシス ローシス 死 正常 6.0 6.8 7.35 7.45 7.8
ph の決定因子 体液の ph は 体液の電解質の組成の変化によって変動する ph の値は次の Henderson-Hasselbalch の式によって決められる この式であらわされるように 分子におかれる炭酸水素イオン (HCO 3- ) と分母の炭酸 ( H 2 CO 3 ) の割合が ph を決定する ph = pk + log [HCO 3 - ] [H 2 CO 3 ] 炭酸 重炭酸塩系の pk ( 解離定数 ) は 6.1 である 27 ph = 6.1 + log = 6.1 + log 20 = 6.1 + 1.3 = 7.4 1.35 1
ph の調節機構 血漿の緩衝作用血漿中の炭酸 リン酸 タンパク質やヘモグロビンなどには 体内あるいは体外からくる過剰の酸やアルカリ性のイオンを中和する作用がある 重炭酸緩衝系 : 血中に酸が入るとただちに平衡は右側に傾き中和する 緩衝作用の結果生じた CO 2 ( 酸 ) は肺から排出される H + + HCO 3 - H 2 CO 3 H 2 O + CO 2 酸性 アルカリ性
酸塩基平衡の異常 血漿の ph が 7.35 以下になった場合をアシドーシス 7.45 以上になった状態をアルカローシスという その原因が呼吸の異常による場合を呼吸性 それ以外の原因による場合を代謝性という アルカ 死 アシドーシス ローシス 死 正常 6.0 6.8 7.35 7.45 7.8 酸塩基平衡の異常 : 1) 呼吸性アシドーシス 2) 呼吸性アルカローシス 3) 代謝性アシドーシス 4) 代謝性アルカローシス
H + + HCO 3 - H 2 CO 3 H 2 O + CO 2 呼吸性アシドーシス : 呼吸が障害されると CO 2 分圧 (Pco 2 ) が上昇する 上の式では 左向きに進み H + が産生され ph は酸性となる 腎臓は HCO 3- の再吸収を促進し ph の変動をできるだけ小さくするように働く ( 腎性代償 ) 呼吸性アルカローシス : 過換気症候群などにより呼吸が促進された場合 過剰な換気により CO 2 が正常以上呼出され CO 2 分圧 (Pco 2 ) が減少する 上の式では 右に進み H + が減少する これに対する腎性代償は HCO 3- の排出の促進である
H + + HCO 3 - H 2 CO 3 H 2 O + CO 2 代謝性アシドーシス : 腎不全による H + の排出障害 下痢などによる HCO 3- の喪失や循環不全による乳酸などの酸の産生が体内で異常二増加したときなどに生じる 過剰な H + を処理するために呼吸が促進されるため CO 2 分圧 (Pco 2 ) は低下し HCO 3- も減少する ( 呼吸性代償 ) 代謝性アルカローシス : 頻回の嘔吐による胃液 (H + を多量に含んでいる ) の喪失や低カリウム血症などの際にみられる これに対する呼吸性代償として 減少した H + を補充するために呼吸は抑制され 上の式の反応を左に進める このため CO 2 分圧 (Pco 2 ) は上昇し HCO 3- も増加する
輸液製剤 輸液は 経口摂取ができない場合や経口のみでは不十分な場合 以下の目的で用いられる 1 水分 電解質の補充 補正 2 血漿量 血液量の補充 3 栄養の補給 輸液療法は 1 電解質輸液 2 糖質輸液 3 血漿増量剤 4 栄養輸液 5 浸透圧利尿剤に分類される 10
各種輸液剤 11
電解質輸液 細胞外液補充液 体液と浸透圧をほぼ等しくした液である等張電解質輸液薬として乳酸リンゲル液 酢酸リンゲル液 生理食塩液などがある これらは 細胞外液の欠乏を補うために使用される 電解質は細胞膜を自由に透過しないので 輸液により入った液は血漿と組織液からなる細胞外液に分布することになる 1 生理食塩液 ( 生食 ) の組成 : Na + 154 meq/l, Cl - 154 meq/l 2 リンゲル液の組成 : Na + 147 meq/l, Cl - 156 meq/l, K + 4 meq/l, Ca 2+ 5 meq/l 3 乳酸リンゲル液の組成 : Na + 130 meq/l, Cl - 109 meq/l, K + 4 meq/l, Ca 2+ 3 meq/l, 乳酸 - 28 meq/l 4 酢酸リンゲル液の組成 : Na + 130 meq/l, Cl - 109 meq/l, K + 4 meq/l, Ca 2+ 3 meq/l, 酢酸 - 28 meq/l 12
乳酸リンゲル液 酢酸リンゲル液 乳酸リンゲル液 酢酸リンゲル液は リンゲル液に乳酸ナトリウム 酢酸ナトリウムを加えた液である 乳酸ナトリウム 酢酸ナトリウムはアルカリ化剤である 乳酸ナトリウムは生体内において次の式のように代謝される CH 3 -CHOH-COO - + Na + + 30 2 Na + + HC0 3 - + 2H 2 0 + 2C0 2 すなわち 1 分子の乳酸ナトリウムから 1 分子の重炭酸イオン (HC0 3- ) が生成され アルカリ化作用を示し アシドーシスを是正する 酢酸ナトリウムも同様に重炭酸イオンを生成する アルカリ化剤を含まない生理食塩液を大量に輸液すると 希釈により重炭酸イオンが減少し 希釈性アシドーシスとなる 救急救命士が行う輸液は 心肺機能停止患者への乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液である 13
糖質輸液 体液と浸透圧がほぼ等しい 5% グルコース液は カロリー補給というよりも水分補給のために使用される それは グルコースが細胞内に入り 代謝されて C0 2 と水 (H 2 0) になってしまうからである 末梢血管から点滴静注するには 10% グルコース液が限界であり それ以上の濃度では血管炎を起こす 5% グルコース液 ( ブドウ糖液 ) 輸液の浸透圧の中心は電解質による浸透圧である グルコースも浸透圧物質として作用する しかし グルコースは速やかに代謝され短時間しか浸透圧物質として作用しない したがって 5% グルコ ス液は全部自由水と考えてもよい輸液剤なのである 15
血漿増量剤 出血性ショックなど循環血液量減少の際に 緊急輸液として血漿増量剤が使用される 製剤としては デキストラン製剤 ( 低分子デキストランなど ) ヒドロキシエチルスターチ製剤などがある これらは代用血漿剤とも呼ばれる アルブミン製剤も血漿量の増加を目的として使用され 血漿増量剤に含まれる アルブミン製剤はヒト血漿からの分画であり 高価で保険適応上の制約がある 16
栄養輸液 水に高濃度糖質液 アミノ酸 脂肪乳剤などの栄養成分を加えたものである 経口摂取が不十分な傷病者に対する栄養補給を目的で経静脈投与される 高張液なので 末梢静脈からではなく中心静脈から投与され この方法は中心静脈栄養とも呼ばれる 17
浸透圧利尿剤 浸透圧を利用して尿を排出することを目的としたもので 脳浮腫の治療や急性腎不全の初期治療に使用される 浸透圧利尿剤は 糸球体で濾過されると再吸収されないため 尿細管内の浸透圧が上昇し 水の再吸収が抑制される 脳圧亢進時などに用いられる D- マンニトールや濃グリセリン ( グリセオール ) などがある 18
血液製剤 血液製剤は ヒトから採取された血液を原料とする製剤で 循環血液量や血液中の各成分を補充することを目的とする 血液製剤には ヒトの全血 ( 全血製剤 ) あるいは必要な成分だけを分離したもの ( 成分製剤 ) 血漿分画製剤がある 血液成分製剤には 赤血球濃厚液 新鮮凍結血漿 血小板濃厚液などがある 19
赤血球濃厚液 ヒトの血液から赤血球を分離したものである 急性あるいは慢性の出血に対する治療および貧血の急速な補正を必要とする病態に使用する 赤血球補充の第一義的な目的は 末梢循環系へ十分な酸素を供給することであるが 循環血液量を維持するという目的もある ヒト血液 200mL 又は400mLから血漿の大部分を除去した赤血球層を生理食塩液で洗浄した後 生理食塩液を加えてそれぞれ全量を200mL 400mLとした濃赤色の液剤 20
血小板濃厚液 ヒトの血液から血小板を分離したものである 血小板輸血は 血小板の減少や 血小板が正常に機能しないため出血が止まらない時に 止血や出血の予防に使用される 21
新鮮凍結血漿 ( 血漿製剤 ) ヒトの血液から血漿成分を分離して凍結したものである 血漿中の血液凝固因子を補充することにより 出血の予防や止血の促進効果をもたらす目的で使用される 22
アルブミン製剤 ヒトの血液から血漿中のアルブミンを分離したものである アルブミン製剤を投与する目的は 血漿膠質浸透圧を維持することにより循環血液量を確保することおよび体腔内液や組織間液を血管内に移行させることによって治療抵抗性の重度の浮腫を治療することにある
等張電解質輸液製剤の体内分布 等張電解質輸液製剤を静脈内に投与するとき 一部は血管内にとどまるが容易に血管壁から血管外 ( 間質 ) に移行する しかし 細胞内には入らない ヒトの細胞外液の血管内と血管外 ( 間質 ) の容積比は 1:3 である したがって輸液された等張性電解質製剤は その量の 3/4 は血管外 ( 間質 ) に分布し 血管内には 1/4 しかとどまらず 血漿増量作用は極めて少ないことになる 24
5% ブドウ糖溶液および血漿増量製剤の体内分布 5% ブドウ糖溶液の場合は ブドウ糖が細胞内で代謝されるために 電解質を含まない水を投与した場合と同様になり 体液分布に従って 血管内 (5%) 間質 (15%) 細胞内 (40%) に均等に分布する 従って 循環血液量を補う効果は極めて少ない 血漿増量製剤や等張アルブミン製剤では その 100% 近くが血管内にとどまるために 一時的には血漿量を増加させる 25
輸液製剤の体内分布 輸液製剤 1,000 ml を静脈内投与した時 : 輸液製剤 血漿増量剤 細胞外液 (20%) 血管内 (5%) 1,000 ml 間質 (15%) 細胞内液 (40%) 等張電解質製剤 ( 乳酸リンゲル液など ) 250 ml ( 1 : 750 ml 3 ) 5% ブドウ糖溶液 83 ml 250 ml 667 ml ( 1 : 3 ) ( 1 : 2 ) 26
出血に対する循環血液量の補充 (1) 循環血液量の 20% までの出血の場合細胞外液 ( 乳酸リンゲル液 酢酸リンゲル液など ) を出血量の 2~3 倍量投与する 循環血液量の 20~50% の出血の場合細胞外液の他に膠質浸透圧を維持するために 人工膠質液 ( 血漿増量剤 : デキストランなど ) を投与する 赤血球不足による組織への酸素供給不足が懸念される場合には 赤血球濃厚液を投与する 27
出血に対する循環血液量の補充 (2) 循環血液量の 50~100% の出血の場合細胞外液 人工膠質液および赤血球濃厚液の投与だけでは血清アルブミン濃度の低下による肺水腫や欠尿が出現する危険性があるので 適宜 等張アルブミン製剤を投与する 循環血液量以上の大量出血 (24 時間以内に 1 00% 以上 ) または 100mL 分以上の急速輸血を必要とする事態には 凝固因子や血小板数の低下による出血傾向 ( 希釈性の凝固障害と血小板減少 ) が起こる可能性があるので 新鮮凍結血漿や血小板濃厚液の投与を考慮する 28