生殖工学技術を利用した子ウシの性別制御に 関する研究 Studies on Producing Calves of Desired Sex Using Reproduction Engineering Technologies 2016 年 1 月 秋山 清
目次 要約 1 略語一覧 5 第 1 章緒論 1.1 わが国の畜産および酪農を取り巻く状況 6 1.2 わが国の胚移植技術の状況 6 1.3 ウシの雌雄産み分け技術 7 1.4 ウシ胚のガラス化保存 8 1.5 性選別精液を利用した雌雄産み分け 9 第 2 章緩慢凍結したウシバイオプシー胚の生存性と受胎性 2.1 緒言 11 2.2 材料および方法 13 2.3 結果 17 2.4 考察 18 2.5 要約 21 2.6 図表 22 第 3 章ガラス化保存したウシ体外受精由来胚の加温条件が加温後の胚の生存 性に及ぼす影響 3.1 緒言 33 3.2 材料および方法 34 3.3 結果 36 3.4 考察 37 3.5 要約 39 3.6 図表 40
第 4 章ガラス化保存したウシバイオプシー胚のストロー内希釈 直接移植後 の発生能 4.1 緒言 46 4.2 材料および方法 47 4.3 結果 49 4.4 考察 50 4.5 要約 52 4.6 図表 53 第 5 章ガラス化保存後にストロー希釈したウシ性判別胚の生存性と受胎性 5.1 緒言 58 5.2 材料および方法 60 5.3 結果 62 5.4 考察 63 5.5 要約 66 5.6 図表 67 第 6 章生体卵胞内卵子と性選別精液の体外受精によるウシ性判別胚の生産 6.1 緒言 76 6.2 材料および方法 77 6.3 結果 81 6.4 考察 82 6.5 要約 84 6.6 図表 85 第 7 章総括ならびに結論 92 謝辞 97 引用文献 98
要約 性判別胚を用いて計画的な子ウシ生産を農家段階で実用化するためには 性判別胚を超低温保存し 受胚牛の移植適期に合わせて移植できる技術体系の確立が不可欠である しかし 性判別胚はバイオプシー操作により胚の一部の細胞が切除されるとともに透明帯が除去されている このため 緩慢凍結により保存された性判別胚において新鮮胚と同等の受胎性を確認した報告がある一方で インタクト ( 非バイオプシー ) 胚と比べて耐凍性や受胎性が低下することも報告されている ガラス化保存は 細胞外液に氷晶を形成させないために 緩慢凍結に比べて高濃度の耐凍剤を含む溶液が用いられており 加温後は早期に耐凍剤を希釈することが 耐凍剤の化学的毒性を抑制するために必要とされている しかしながら ガラス化保存ではダイレクトトランスファー法やワンステップストロー法のように加温後直ちに受胚牛に移植した報告は少ない 一方 ウシの X 精子または Y 精子を 90% 以上の確率で含む性選別精液が市販されているが 性選別精液はストロー 1 本あたりに充填された精子数が通常精液に比べて少ないことなどから 人工授精後の受胎率や多排卵処理後に採取した胚の移植可能胚率の改善が望まれている また ウシの生体内卵子吸引 ( 以下 OPU)- 体外受精技術は 超音波画像診断装置を用いて生体卵巣から採取した卵子を体外受精して胚を生産する技術であり これまでの胚生産の中心であった子宮灌流による体内受精由来胚の採取に代わる あるいはこれを補完する胚生産技術として開発が進められてきた その中で 体内成熟卵子は 体外受精後の発生能が体外成熟卵子に比べて高いが 体内成熟卵子と性選別精液を利用した性判別胚の生産に関する報告や生産した性判別胚の受胎性に関する報告は少なく 普及性や実用性に関する検討はほとんど行われていない 本研究では 野外におけるウシの雌雄産み分け技術の開発を目的として ウシバイオプシー胚および性判別胚の緩慢凍結およびガラス化保存における保存方法や融解 加温方法の影響を調査した また OPU 技術により採取した体内成熟卵子と性選別精液の体外受精による性判別胚の生産について 胚の生産効率と性判別胚を用いた子ウシ生産の状況を調査した 第 2 章では ウシバイオプシー胚の緩慢凍結方法が胚の生存性と受胎性に及ぼす影響を調査した 過剰排卵処理を施した供胚牛から人工授精後 7~8 日目に採取した胚は金属刃でバイオプシーした後に凍結保存した 凍結方法は 10% グリセリンおよび 20% 子ウシ血清 ( 以下 CS) 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に段階的に耐凍剤を希釈除去し胚の生存性を判定した後に受胚牛に移植した 10G-SW 融解後にストロー内で 12.5% シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS と混合して一段階で耐凍剤を希釈除去し胚の生存性を判定した後 1
に受胚牛に移植した 10G-ISD 10% エチレングリコール ( 以下 EG) および 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として 融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10EG-DR 10% EG 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10EG1S-DR 10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10G25S-DR 5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 5G1S-DRの 6 種類を用いてインタクト胚とバイオプシー胚の生存性と受胎性を調査した その結果 インタクト胚の受胎率は凍結方法の間には有意差は認められなかったが バイオプシー胚の受胎率は 10E1S-DR が新鮮胚 10G-SW および 10G25S-DR に比べて有意に低かった また いずれの方法においてもバイオプシー胚の受胎率はインタクト胚に比べて低い成績となっており バイオプシー胚に適した緩慢凍結方法について更なる検討が必要と推察された また 緩慢凍結したインタクト胚を一胚移植により双子分娩が確認された事例から ウシにおける自然発生的な一卵性双子の発生様式を検討した 第 3 章では ガラス化保存したウシ胚をストロー内希釈後に直接移植する方法を農家段階で実用化するために 加温温度 加温後の経過時間 希釈液の組成が加温後の胚の生存性に及ぼす影響を検討した 媒精後 7~8 日目に発生した胚盤胞をガラス化溶液 ( 以下 VSED: 25% EG+25% DMSO) で平衡した後にストロー内でガラス化保存し 加温後に胚の生存性と発育性を調査した 加温温度は 20 区と 30 区において加温後の胚の生存率および透明帯脱出率に差は認められなかった また 加温後の保持時間 0 分に対して 5 分以降は有意に生存率が低下し 0 分および 5 分に対して 40 分で有意に透明帯脱出率が低下した さらに 希釈液の組成により加温後の胚の生存率および透明帯脱出率に差は認められなかった これらのことから ガラス化保存したウシ胚において 加温温度の違いや希釈液の組成により生存性の低下は認められなかったが 移植終了までの時間が延長した場合には胚の生存性が低下する可能性があることが示された 第 4 章では ガラス化保存したウシバイオプシー胚を 農場内で加温し直ちに受胚牛に移植するために耐凍剤の希釈方法が受胎性に及ぼす影響を調査した 人工授精後 7 日目の供胚牛から採取し性別判定のためにバイオプシーを施した胚を VSED 液で平衡した後にストロー内でガラス化保存した 加温後に耐凍剤をストロー内で希釈しストローから取り出し胚の生存性を確認して移植した ISD 区の受胎率は 57.9% 耐凍剤をストロー内で希釈後に胚をストローから取 2
り出すことなく直ちに受胚牛に移植した DIR 区の受胎率は 62.5% であり いずれもガラス化保存していない NV 区 ( 56.3%) と有意差のない受胎率が得られた ストロー内希釈後のストロー内の EG 濃度は 6.9~7.7% DMSO 濃度は 2.8~ 3.3% であった これらのことから ガラス化保存したウシバイオプシー胚は 農場内での加温操作を行い直ちに受胚牛に移植することが可能であり 新鮮胚移植と同等の受胎率の得られることが示唆された 第 5 章では ガラス化保存したウシ性判別胚を加温後直ちに受胚牛に移植するために 耐凍剤のストロー内希釈が移植後の受胎性と子ウシ生産性に及ぼす影響を調査した 過剰排卵処理を施した供胚牛から人工授精後 7~8 日目に採取した胚をマイクロブレードでバイオプシーし 雄特異的 DNA の増幅の有無により性別を判定した 性判別胚は VSED 液で平衡し 希釈液と空気層を隔てて 0.25-mL ストロー内に充填し 液体窒素に投入した 加温後はストロー内でガラス化液と希釈液を混合し 3 分間保持した 評価区はストロー内希釈した胚の生存性を判定した後に受胚牛に移植し 非評価区はストロー内希釈後の胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植した 評価区および非評価区の移植後の受胎率は 38.7% および 34.8% であり 両区の間に有意差は認められなかった しかし 評価区においてガラス化保存前の品質の劣る胚の生存性は品質の高い胚に比べて有意ではないが低い傾向であった (P = 0.087) 受胎した受胚牛の流産率は両区の間で有意差は認められなかった (13.9% 12.5%) これらのことから 耐凍剤のストロー内希釈はガラス化保存したウシ性判別胚を加温後直ちに受胚牛に移植するために有効な方法であることが確認された 第 6 章では ホルスタイン種泌乳牛の卵巣より生体内卵子吸引により採取した卵子と性選別精液を体外受精し 性判別胚の生産効率と性判別胚の移植による子ウシ生産状況を調査した 供試牛に多排卵処理 (SOV 区 ) または卵胞発育同調処理 (FGT 区 ) を行った後に直径 5 mm 以上の卵胞から卵子を採取し ホルスタイン種雄牛の性選別精液を用いて媒精し 胚盤胞期胚以降への発生を調査した また 媒精後 7 および 8 日目の胚盤胞期胚および脱出途中胚盤胞期胚を発情周期の同調した受胚牛に移植した SOV 区および FGT 区における採取卵子数に有意差は認められなかった SOV 区では採取卵子のうち 62.1% が成熟卵子であったが FGT 区の採取卵子は全て未成熟卵子であった 媒精後 7~9 日の胚盤胞期胚率は試験区間に有意差は認められなかったが 供卵牛 1 頭当たりの胚盤胞期胚数は SOV 区が FGT 区に比べて有意に多かった (P < 0.05) また 性判別胚の移植後の受胎率 在胎日数および産子の生時体重は試験区間に有意差は認められず 産子の 95.0% が雌であった このことから 多排卵処理後のホルスタイン種泌乳牛から採取した卵子と性選別精液を体外受精すること 3
で多数の性判別胚を得ることが可能であり 後継牛の計画的生産に利用できることが示唆される 本研究の結果より ウシバイオプシー胚および性判別胚の超低温保存において ガラス化保存は新鮮胚移植と同等の実用的な受胎率が得られることが明らかとなり ガラス化保存した胚のストロー内希釈は超低温保存した性判別胚を農家の庭先で融解し 一般的な胚移植と同様の簡単な操作により受胚牛への移植を可能とすることを示した さらに ストロー内希釈後の胚の生存性および受胎性に影響を及ぼす要因を確認したことにより この技術の野外普及を進めるにあたっての注意点や技術普及のための課題を提示した また SOV 処理後に生体内卵子吸引により採取した体内成熟卵子と性選別精液を体外受精する新しい性判別胚の生産システムが後継牛生産に有効な手法であることを明らかにした 本研究で実施したウシ性判別胚の超低温保存方法および性選別精液を利用した性判別胚の生産に関する研究成果は 酪農経営における計画的な後継牛生産の実現と今後の家畜繁殖技術の発展に寄与するものと考えられる 4
略語一覧 BSA: bovine serum albumin ウシ血清アルブミン CIDR: controlled intravaginal drug releasing device 腟内留置型黄体ホルモン製剤 CS: calf serum DMSO: dimethyl sulfoxide EG: ethylene glycol FGT: follicle growth treatment FSH: follicle stimulating hormone 子ウシ血清ジメチルスルホキシドエチレングリコール卵胞発育同調処理卵胞刺激ホルモン GnRH: gonadotropin releasing hormone 性腺刺激ホルモン放出ホルモン h: hour(s) 時間 LAMP: loop-mediated isothermal amplification LN: liquid nitrogen min: minute(s) NBS: new born calf serum OPS: open-pulled straw OPU: ovum pick-up ランプ法液体窒素分新生子ウシ血清オープンプルドストロー法生体内卵子吸引 PCR: polymerase chain reaction PG: prostaglandin F2α プロスタグランジン F2α 製剤 S: sucrose シュークロース SOV: superovulation 多排卵処理 VSED: 25% EG (v/v), 25% DMSO (v/v) and 0.3% BSA (w/v) dissolved in PBS 5
第 1 章緒論 わが国の畜産および酪農を取り巻く状況わが国における畜産業は 平成 24 年度の農業総産出額 (8.5 兆円 ) の 30.4% (2.6 兆円 ) を占めており 中でも酪農業の産出額は農業全体の 9.1%(7.7 億円 ) を占めている ( 農林水産省大臣官房統計部 2013) また 生産される牛乳および乳製品は国内消費量の約 65%(761 万トン ) を占め ( 農林水産省大臣官房食料安全保障課 2013) 国民の食生活を支える重要な産業として位置づけられている 近年 バイオエタノール需要の増加や中国をはじめとする新興国の需要増大 さらに生産国における作柄や投機資金の動きなどを受け 輸入飼料価格は高止まりの傾向が続いており 今後さらに高騰することが懸念されている そのような情勢の中でも 穀物相場に翻弄されない足腰の強い畜産経営を目指すために 国は 新たな食料 農業 農村基本計画 ( 平成 22 年 3 月 ) の中で 自給粗飼料 エコフィード等の利用により 平成 32 年度までに飼料自給率を 38% まで引き上げることを目標とした取り組みを進めている 一方 生産コストの低減による酪農経営の安定化と牛乳 乳製品の安定供給を図るためには 乳牛の生涯生産性の向上に努めながら 能力と体型の改良を着実に進める必要があり 新たな改良手法や繁殖技術の活用に努めるとともに 基本的な繁殖 飼養管理技術の高位平準化の取り組みが求められている 一方 国内の酪農における最近の後継牛生産の状況は 平成 25 年における乳用牛に対する黒毛和種精液の交配の割合は 全国平均では 30.1% であるが 北海道を除く都府県では 43.5% と特に高い状況である ( 社団法人日本家畜人工授精師協会 2014) このことは 都府県の酪農経営において一時的な副産物収入を目的とした交雑種子牛の生産が増加し 更新のための育成牛の確保を北海道からの導入に依存する傾向がより進んでいることを示している その結果 初妊牛価格は一層高騰し 酪農経営をさらに圧迫する状況が続いている このことから 酪農経営における一層の生産性の向上を図るための方策のひとつとして 後継牛の計画的な確保と後継牛確保に要する費用の節減を可能にする技術体系の確立が求められる わが国のウシ胚移植技術の状況ウシの胚移植技術は 優良後継牛の生産や黒毛和種肥育素牛の生産を実現する技術として国内の農家に広く普及しており 近年では移植後の受胎率は全国平均で 50% に近づき 年間 20,000 頭を超える子ウシが生産されている ( 農林水産省生産局畜産部 2012) しかしながら 胚移植により生産される子ウシは全 6
国で生産される子ウシ総数のわずか1% 程度を占めるに過ぎず 技術利用の一層の拡大が求められている ウシの胚移植技術は 供胚牛の過剰排卵処理 人工授精 採胚 胚の保存 受胚牛への移植の一連の技術から構成されている 現在 国内で実施される胚移植のおよそ 8 割は凍結胚の移植で占められており 緩慢凍結した胚を受胚牛の移植適期に合わせて農場内で融解し直ちに移植する方法が一般的である すなわち 10% (V/V) 程度のグリセリンやエチレングリコールと 0.1~0.3 mol/l 程度のシュークロースを含む溶液で平衡した胚を プログラムフリーザーを用いて毎分 0.3~0.5 程度で緩慢に冷却した後に液体窒素中に投入して超低温保存し 融解は液体窒素中から取り出したストローを空気中で 10 秒程度保持した後に 30 程度の温水に浸して行い 耐凍剤の除去操作は行わずに 直ちに移植器に装填して頚管経由法で受胚牛に移植する方法である このような超低温保存胚の利用方法はダイレクトトランスファー法とよばれ 人工授精と同様のシンプルな融解操作および移植操作で利用できることから 受胚牛の発情周期に合わせた移植や胚を供給するセンターから遠隔地で飼養される受胚牛への移植に広く利用されている ウシの雌雄産み分け技術胚移植の利用による付加価値を高めるために 2 胚移植による双子生産 体外受精を利用した肥育素牛の生産 性判別胚を利用した雌雄産み分け 一卵性双子やクローン牛の生産など様々な技術が開発されている なかでも産子の雌雄産み分け技術は 確実な後継牛生産を可能にするとともに 後継牛生産に仕向けない雌ウシから交雑種生産や胚移植による黒毛和種生産を行うことにより子ウシ販売による収入確保を可能にする点でも酪農経営の収益性向上を可能にするものと考えられる 家畜をはじめとする哺乳動物の性別は 受精に至った精子の性染色体によって決定する すなわち Y 染色体を持つ精子と X 染色体を持つ精子のどちらが卵子と受精するかにより性別が決定され あらかじめ性別を判定した胚を移植に用いることで胚移植を利用した雌雄産み分けが可能となっている これまでに 家畜胚の性別判定は 性染色体検査による方法 ( 牛島ら 1989) 雄特異的抗原を利用した方法 ( 内海 1989) X 染色体にリンクした酵素活性を利用した方法 (Iwasaki ら 1983) や胚の発育速度差や形態的品質を指標とした方法 ( 富永ら 1996) が試みられてきたが 性別判定までの所要時間の短さや判定精度の高さなどから 現在ではバイオプシーした胚細胞から雄特異的 DNA を検出し性別を判定する方法が広く普及している (Bredback ら 1994;Itagaki ら 1996; Hirayama ら 2004) 7
性判別胚を用いて計画的な子ウシ生産を農家段階で実用化するためには 性判別胚を超低温保存し 受胚牛の移植適期に合わせて融解し移植できる技術体系の確立が不可欠である しかし 性判別胚はバイオプシー操作により胚細胞の一部が切除されるとともに透明帯が除去されているため 緩慢凍結により保存された性判別胚において新鮮胚と同等の受胎性を確認した報告 ( 沼辺ら 1995; 的場ら 2006) がある一方で インタクト ( 非バイオプシー ) 胚と比べて耐凍性や受胎性が低下する (Thibier と Nibart 1995; Hasler ら 2002; 富永 2005) ことも報告されている しかしながら 性判別胚をガラス化保存した場合には新鮮胚に近い受胎率の得られることが報告されている (Vajta ら 1997; Agca ら 1998; Tominaga 2004) ウシ胚のガラス化保存ガラス化保存は 高濃度の耐凍剤を含む溶液に平衡した胚を極めて急速に冷却することにより細胞内外に氷晶形成を伴わない超低温保存法であり 緩慢凍結と比較して 植氷やプログラムフリーザーを用いた冷却が不要なばかりでなく 適切な条件で処理されれば 胚の生存性低下が極めて少ないことから 性判別胚 体外生産胚 核移植胚等の耐凍性の低い胚や卵子の超低温保存に利用されている (Kasai 1997; Tominaga 2004) 哺乳動物胚のガラス化保存は Rall と Fahy (1985) によりマウス 8 細胞期胚での成功例が報告されて以来 さまざまな動物種の胚に対して耐凍剤の組成 冷却方法 器具 加温後の希釈操作の検討が行われ 実験動物ではマウス ラット ウサギ 家畜ではヒツジ ブタ ウマにおいて 胚のガラス化保存の成功例が報告され (Kasai 1997; Kuwayama 2005) ウシ胚では Massip ら (1986) が成功例を報告し 国内においても堂地ら (1990) が同様の方法で成功例を報告している ガラス化保存では 細胞外液に氷晶を形成させないために 緩慢凍結に比べて高濃度の耐凍剤を含む溶液が用いられており このため加温後は低濃度の耐凍剤や糖類を添加した溶液に胚を移し替えて できるだけ早期に耐凍剤を希釈することが 耐凍剤の化学的毒性を抑制するために必要とされている (Kasai 1997) これまでの多くの報告では 加温後にストローやシャーレ内で耐凍剤を段階的に希釈し 胚の生存性を確認した後に 移植用ストローに再度胚を充填して移植に用いている ( 堂地ら 1990; Ishimori ら 1993; Massip ら 1987) しかし この手法では実験室での胚の操作が必要であり 受胚牛が多数の農家に分散して飼養されている国内の状況では 胚移植の実施が制限されることが懸念される 一方 緩慢凍結ではストロー内で耐凍剤を希釈するワンステップストロー法 8
(Leibo 1984; 鈴木ら 1984) や耐凍剤の希釈操作を行わないダイレクトトランスファー法 (Dochi ら 1998; Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992) は 融解後に胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植するため 人工授精と同様に農家の庭先で胚を融解し 効率的に胚移植を実施することが可能である しかしながら ガラス化保存ではワンステップストロー法やダイレクトトランスファー法のように加温後直ちに受胚牛に移植した報告は少ない (Leeun ら 1997; Saha ら 1996) これらのことから ウシの雌雄産み分け技術を農家段階で普及するためには 超低温保存された性判別胚を農家の庭先で融解し 一般的な胚移植と同様の簡単な操作で受胚牛へ移植できる方法 (Dochi ら 1998; Voelkel と Hu 1992; Massip ら 1987) の確立が望まれる 性選別精液を利用した雌雄産み分け家畜の X 精子および Y 精子の分別はさまざまな方法で試みられてきたが実用的な技術は得られなかった 近年 フローサイトメーターとセルソーターを利用して精子頭部の DNA 量の違いによりウシの X 精子および Y 精子を識別し分取することが可能となった すでに 国内においても性選別された凍結精液のストローが市販され 人工授精 (Hayakawa ら 2009) 多排卵処理による胚採取 (Hayakawa ら 2009) 体外受精および顕微授精(Hamano 2007) による胚生産に利用可能なことが報告されている しかしながら 非選別精液に比べてストロー内に封入された精子数が少ないこと 生存性の低下や生存時間の短縮により人工授精後の受胎率が低いこと (Andersson ら 2006; DeJarnett ら 2008; Schenk ら 2009; DeJarnette ら 2011) や 多排卵処理後に採取した胚の移植可能胚率が低いこと (Hayakawa ら 2009; Peippo ら 2009; Larson ら 2010) などが指摘され 効果的な利用方法は確立されていない ウシにおける生体内卵子吸引 ( 以下 OPU) 技術は 超音波画像診断装置と腟内挿入型探触子を用いてウシの生体卵巣から排卵前の卵子を採取し 体外受精後に移植可能胚を生産する技術である (Pieters ら 1988) 従来の多排卵処理後に子宮灌流により胚を生産する方法を補完する胚生産技術として利用可能なことが報告されている 一方 繁殖障害牛 ( 坂口ら 1995) 妊娠牛(Imai ら 2006) 肥育牛 ( 大谷ら 2005) 若齢牛( 今井と田川 2006) など 従来の方法では胚生産の対象とすることができない供卵牛おいても移植可能胚の生産が報告されている また FSH 投与による卵胞刺激処置 ( 今井ら 2014) や体内成熟卵子の採取 (van de Leemput ら 1999; Dieleman ら 2002) などにより卵子の品質を向上することで移植可能胚の生産が高まることが報告されている これらのことから OPU 技術では人工授精や多排卵処理後の胚生産に比べて精子数の少ない性 9
選別精液を用いて胚生産の効率を改善する可能性があり OPU 技術の利用によ り性選別精液を利用した新しい性判別胚システムを構築することが期待される 本論文では 第 2 章において国内において広く普及している緩慢凍結を用いた際のウシバイオプシー胚の生存性と受胎性を明らかにし 第 3 章ではガラス化保存したウシ胚を加温しストロー内で耐凍剤を希釈する処理における加温温度 経過時間および希釈液の組成等の加温条件が胚の生存性に及ぼす影響を検討し 第 4 章ではガラス化保存したウシバイオプシー胚を農場内で加温し直ちに受胚牛に移植するための耐凍剤の希釈方法を検討するとともにガラス化保存胚と新鮮胚の受胎率を比較検討し さらに第 5 章ではガラス化保存したウシ性判別胚における耐凍剤のストロー内希釈が移植後の受胎性や子ウシ生産性に及ぼす影響を明らかにするとともに性判別胚を用いたウシの雌雄産み分け技術の野外普及の可能性を検討した 加えて 第 6 章では OPU 技術により採取した体内成熟卵子と性選別精液の体外受精による新しい性判別胚生産システムについて 性判別胚の生産効率と性判別胚を用いた子ウシ生産の状況を明らかにした 10
第 2 章緩慢凍結したウシバイオプシー胚の生存性と受胎性 2.1 緒言 家畜の性別をコントロールし 計画的に雌雄を産み分けることができれば 家畜の改良増殖の効率化と経営の安定化に対する効果は大きいと考えられる ウシの雌雄産み分け技術は胚の一部の細胞を切除し 性染色体検査や Y 染色体特異的 DNA の検出などにより性別を判定し 残された胚 ( 性判別胚 ) を移植に用いることにより可能となっており ( 牛島ら 1991; 渡辺ら 1992; Bredbacka ら 1994; Hirayama ら 2004) 性判別胚を利用したウシの雌雄産み分けの農場段階での実用化が進められている (Thiber と Nibart 1995; 吉羽ら 1996; Hasler ら 2002) ウシの雌雄産み分け技術の野外利用をより一層推進するためには 胚の性別判定の精度が高いこと 性別判定した胚の生存性や受胎性が低下しないことが求められる 性判別胚を用いて計画的な子ウシ生産を農家段階で実用化するためには 超低温保存した性判別胚を受胚牛の移植適期に合わせて融解し移植する技術体系の確立が不可欠である 一般に 胚移植の受胎率は新鮮胚に比べて凍結胚が低いことが知られている ( 農林水産省生産局畜産部 2012) 胚の凍結保存において グリセリンやエチレングリコールなどの耐凍剤を含む溶液に平衡した胚はプログラムフリーザーを利用して毎分 0.3~0.5 程度の速度で緩慢に冷却され 液体窒素中に保存される方法が用いられている (Dochi ら 1998; Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992) 性判別胚は 顕微操作により透明帯が切開され 性別判定に必要な検査用細胞を切除されている このため 胚を構成する細胞数が減少するとともにバイオプシー操作による物理的な障害を受けている可能性がある さらに 凍結融解の過程で胚細胞が耐凍剤溶液や氷晶に直接曝されるなどの外的な感作を受けやすい状況にあると考えられる これまで 性判別胚やバイオプシー胚を寒天に包埋する方法 ( 志賀ら 1991) や空透明帯へ再収納する方法 (Takeda ら 1987; Ushijima 2005) 数時間の修復培養( 後藤ら 1995) や細胞賦活作用を有する培養液により形態を回復させる方法 ( 富永 1990) などの処置後に移植や凍結保存する方法が試みられたが 実用的な手法は構築されていない また 凍結保存された性判別胚において新鮮胚と同等の受胎性を確認した報告 ( 沼辺ら 1995; 的場ら 2006) がある一方で バイオプシーを施していない胚 ( 以下 インタクト胚 ) と比べて耐凍性や受胎性が低下することも報告されている (Thibier と Nibart 1995; Hasler ら 2002 ; 富永 2005) さらに バイオプシー胚の形態的品質が凍結融解後の生存性や移植後の受胎性に影響を及ぼすこと 11
が報告されている ( 山中ら 1995; 牛島ら 1995) 本研究の目的は ウシバイオプシー胚の緩慢凍結方法が融解後の生存性や移 植後の受胎性に及ぼす影響を明らかにすることである 12
2.2 材料および方法 2.2.1 供試材料神奈川県畜産技術センターで飼養するホルスタイン種経産牛および黒毛和種経産牛から胚を採取した 供胚牛は 発情周期の任意の時期に腟内留置型黄体ホルモン製剤 (EAZI-BREED, Inter Ag, New Zealand, 以下 CIDR) を留置し 7 日目から卵胞刺激ホルモン ( アントリン R10 川崎三鷹製薬 東京 以下 FSH) を 朝夕 2 回 3 日間 漸減投与し 過剰排卵処理を施した FSH 投与量は ホルスタイン種では合計 36 AU(7 7 6 6 5 5 AU) 黒毛和種では合計 20 AU (5 5 3 3 2 2 AU) とした FSH 投与開始後 3 日目の朝に PGF2α 類縁体 ( エストラメイト 住友製薬 大阪 以下 PG)0.75 mg を投与し CIDR を除去して発情を誘起した 発情確認後に人工授精を 2 回行った 胚の採取は 発情後 7 日目にバルーンカテーテルを用いて子宮頚管経由で行い 後期桑実胚から拡張胚盤胞のコード 1 および2の品質 (Robert と Nelson 1998) の胚を供試した また 一部は体外受精由来胚を供試した と畜場で採取したウシ卵巣を実験室に持ち帰り 18 G 注射針を付けた 5 ml 注射筒で小卵胞を吸引して未成熟卵子を採取した 卵子は 5% 子ウシ血清 ( 以下 CS) を添加した TCM199(GIBCO 12340) で 22 時間の成熟培養の後に 最終濃度 500 万 /ml に調整した精子ドロップに導入して体外受精した 体外受精後 6 時間目に卵子を回収し 5% CS 添加 TCM199 中で培養し 体外受精後 7~8 日目に胚盤胞に発育した胚を供試した 2.2.2 バイオプシー操作供試胚は 0.2 mol/l シュークロース添加 PBS 中に胚を保持し シャーレ底に胚を付着させた後にバイオプシーした ( 山中ら 1995) バイオプシー操作は倒立顕微鏡下で行い マイクロマニピュレーターに接続した金属刃 (FEATHER BIO-CUTNo.715) により胚容積の 10~20% を切断してバイオプシー胚を作製した なお 初期胚盤胞以降の発育の胚では 内部細胞塊を避け栄養膜細胞のみを切断した 2.2.3 バイオプシー胚の修復培養バイオプシー胚の修復培養は 5% CS 添加 TCM199 ドロップ (50 μl) 中で 38.5 5% CO2 95% 空気 湿度飽和の条件で卵丘細胞と共培養 または 38.5 5% CO2 5% O2 90% N2 の条件で 3~5 時間または 16~20 時間行った 2.2.4 胚の凍結保存および融解 バイオプシーを行っていないインタクト胚および修復培養後のバイオプシー 13
胚を次の方法で凍結保存し融解した 1)10% グリセリン- 段階希釈 ( 以下 10G-SW) 10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として胚を室温で 30 分間平衡し 図 2.1 に示すとおり 12.5%(W/V) シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS 20%CS 添加修正 PBS とともに 0.25 ml ストローへ充填した 胚を充填したストローはプログラムフリーザー ( プラナー R-204) の冷却槽に投入し 室温から1 / 分で-7 まで冷却し 2 分後に植氷 さらに 8 分間保持した後に -30 まで 0.3 / 分で冷却し 液体窒素中へ投入した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 35 温水中で氷晶が消えるまで保持して行い ストロー内の 10% グリセリンおよび 20%CS 添加修正 PBS 層のみをシャーレ内に押し出し 胚を 6% 3% 0% グリセリンおよび 0.3 mol/l シュークロース添加した修正 PBS にそれぞれ 5 分間浸せきし 20% CS 添加修正 PBS 中で洗浄して耐凍剤を段階的に希釈除去した ( 図 2.2) 2) 10% グリセリン-ストロー内一段階希釈 (10G-ISD) 10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として胚を室温で 30 分間平衡し 図 2.1 に示すとおり 12.5%(W/V) シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS 20% CS 添加修正 PBS とともに 0.25 ml ストローへ充填した 胚を充填したストローは 10G-SW と同様の手順で冷却した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 35 温水中で氷晶が消えるまで保持して行い 図 2.3 に示すとおりストロー内容液を混合し ストローを垂直に 10 分間保持した後に 胚をシャーレ内に押し出し 20% CS 添加修正 PBS 中で洗浄して耐凍剤を一段階で希釈除去した ( 鈴木ら 1984 ) 3)10% エチレングリコール- 直接移植 (10E-DR) 10% エチレングリコールおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として バイオプシー胚を室温下で 15 分間平衡し 0.25 ml ストローへ充填した ( 図 2.4) 冷却は-7 に保持したプログラムフリーザーにストローを投入し 2 分後に植氷 8 分間保持後 -30 まで 0.3 / 分で冷却し 液体窒素中に保存した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 30 温水中で氷晶が消えるまで保持して行った (Dochi ら 1998) 4) 10% エチレングリコール 0.1 mol/l シュークロース- 直接移植 (10E1S-DR) 10% エチレングリコール 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として バイオプシー胚を室温下で 15 分間平衡し 0.25 ml ストローへ充填した ( 図 2.4) 冷却は-7 に保持したプログラムフリーザーにストローを投入し 2 分後に植氷 8 分間保持後 -30 まで 0.3 / 分で冷却し 液体窒素中に保存した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 30 温水中で氷晶が消えるまで保持して行った 14
5) 10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロース- 直接移植 (10G25S-DR) 10% グリセリン 20% CS 添加 m199 にバイオプシー胚を室温で 10 分間平衡し 10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20%CS 添加 m-199 に移して直ちに 0.25 ml ストローへ充填した ストロー内は胚を含む 10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 を挟んで 0.25 mol/l シュークロース 20% CS 添加 m-199 を充填した ( 図 2.5) 冷却は- 6 に保持したプログラムフリーザーにストローを投入し 1 分後に植氷 さらに 9 分間保持した後に -25 まで 0.3 / 分で冷却し -25 で 5 分間保持した後に液体窒素中へ投入した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 30 温水中で氷晶が消えるまで保持して行った 6) 5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロース- 直接移植 (5G1S-DR) 5% グリセリン 20% CS 添加 m-199 にバイオプシー胚を室温で 10 分間平衡し 5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m-199 に移して直ちに 0.25 ml ストローへ充填した ストロー内は胚を含む 5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m-199 を挟んで 0.1 mol/l シュークロース 20%CS 添加 m-199 を充填した ( 図 2.5) 冷却は- 4 に保持したプログラムフリーザーにストローを投入し 1 分後に植氷 さらに 9 分間保持した後に -25 まで 0.3 / 分で冷却し -25 で 5 分間保持した後に液体窒素中へ投入した 融解はストローを空気中で 10 秒間保持後 30 温水中で氷晶が消えるまで保持して行った 2.2.5 胚の生存性判定 10G-SW および 10G-ISD の融解後の胚は 5% CS 添加 TCM199 で卵丘細胞との共培養を行い 融解後 1 時間に形態を観察し 生存性判定を行った 10G25S-DR および 5G1S-DR で凍結保存した体外受精由来胚は 融解後に 20% ウシ胎子血清および 0.1 mmol/l メルカプトエタノールを添加した TCM199 (GIBCO 12340) で培養し 48 時間後の胞胚腔の形態を観察し 生存性判定を行った 2.2.6 胚の移植 10G-SW および 10G-ISD では融解後 1 時間の形態観察により生存と判定された胚を 20% CS 添加修正 PBS とともに 0.25 ml ストローに充填して移植に用いた 10E-DR 10E1S-DR 10G25S-DR および 5G1S-DR では融解後に耐凍剤の除去操作を行わず ただちに受胚牛へ移植した 受胚牛はホルスタイン種未経産牛および経産牛を用い 発情後 7~8 日目に黄体側子宮角へ頸管経由法で移植を行った 妊娠鑑定は胚移植後 35 日以降に直腸 15
検査法で行った 2.2.7 統計処理統計処理は コンピューターソフト SPSS(SPSS 11.5J, SPSS Inc., 東京 ) を用い 生存胚率および受胎率について Pearson のχ 二乗検定または Fisher の直接確率計算法を用いて危険率 5% 未満を有意な差が有りとした 16
2.3 結果 10G-SW および 10G-ISD で凍結保存したインタクト胚およびバイオプシー胚の生存性を表 2.1 に示す インタクト胚の融解後の生存胚率は 10G-SW が 90.0% 10G-ISD が 68.0% で バイオプシー胚の生存胚率は 10G-SW が 80.0% 10G-ISD が 58.3% であり どちらの胚も凍結方法の間に有意差は認められなかった (P > 0.05) 10G25S-DR および 5G1S-DR で凍結保存したインタクト胚およびバイオプシー胚の融解後の生存性を表 2.2 に示した インタクト胚の生存胚率は 10G25S-DR が 83.9% 5G1S-DR が 86.7% であり バイオプシー胚の生存胚率は 10G25S-DR が 100.0% 5G1S-DR が 71.4% であり いずれも有意差は認められなかった (P > 0.05) インタクト胚およびバイオプシー胚の凍結方法が受胎性に及ぼす影響を表 2.3 に示す インタクト胚の移植後の受胎率は 38.9~63.6% であり 凍結方法の間に有意差は認められなかった (P > 0.05) バイオプシー胚の移植後の受胎率は 6.7 ~46.2% であり 10E1S-DR の受胎率は新鮮胚 10G-SW および 10G25S-DR に比べて有意に低かった (P < 0.05) また 10E1S-DR においてバイオプシー胚の受胎率はインタクト胚に比べて有意に低かった (P < 0.05) 17
2.4 考察 本研究は 6 種類の凍結方法についてインタクト胚とバイオプシー胚における融解後の生存性や移植後の受胎性を調査したものである その結果 インタクト胚の受胎率は凍結方法の間には有意差は認められなかったが バイオプシー胚では 10E1S-DR が 新鮮胚 10G-SW および 10G25S-DR に比べて有意に受胎率が低かった 性判別胚は 顕微操作により透明帯が切開され 性別判定に必要な検査用細胞を切除されている このため 胚を構成する細胞数が減少するとともにバイオプシー操作による物理的な障害を受けているものと考えられる さらに 凍結融解の過程で胚細胞が耐凍剤溶液や氷晶に直接曝されるなどの外的な感作を受けやすい状況にあると考えられる バイオプシー胚の凍結胚移植において 沼辺ら (1995) 後藤ら(1995) 吉羽ら (1996) はインタクト胚に比べて受胎率が低いことを種々の凍結方法で報告している また 富永 (2005) は 1.8 mol/l エチレングリコールに 0.1 mol/l トレハロースまたはシュークロースを添加した溶液で凍結保存したバイオプシー胚について大規模な移植試験を国内 21 県で行ったところ 実用的な受胎率は得られなかったことを報告している 本研究では富永 (2005) の報告と同様の凍結方法である 10E1S-DR において インタクト胚では他の凍結方法と差のない受胎率が得られたが バイオプシー胚では新鮮胚 10G-SW および 10G25S-DR に比べて有意に受胎率が低く 富永 (2005) の報告と同様の結果であった 一方 的場ら (2006) は 1.5 mol/l エチレングリコールと 0.1 mol/l シュークロースを添加した溶液を用いて 小出ら (2009) は 10% グリセリンと 0.25 mol/l シュークロースを含む溶液を用いて緩慢凍結したバイオプシー胚の直接移植において 新鮮バイオプシー胚あるいは凍結インタクト胚と同等の受胎率が得られることを報告している 本研究では 小出ら (2009) の報告に準じた 10G25S-DR においてインタクト胚 バイオプシー胚ともに有意な差ではないが他の凍結方法に比べて融解後の生存率と移植後の受胎率が最も優れており バイオプシー胚では小出ら (2009) の報告に匹敵する受胎率が得られた Tominaga ら (2007) はバイオプシーした体外受精由来胚の凍結保存において 5% グリセリン溶液に 0.05 mol/l または 0.1 mol/l シュークロースを添加することで融解後に 80% 以上の胚の生存を確認し 高田ら (2005) および Takada ら (2007) はインタクト胚において 5% および 6% グリセリン溶液を用いた直接移植でそれぞれ 45.1% および 46.7% の受胎率を得たことを報告している 本研究では Tominaga ら (2007) の報告を参考にした 5G1S-DR において インタクト胚 バイオプシー胚ともに有意ではないが受胎率は低く Tominaga ら (2007) や高田ら 18
(2005) の報告を支持する成績は得られなかった Iwasaki ら (1994) は 凍結保存したバイオプシー胚の二重染色において内部細胞塊の内部に死滅細胞が存在することを確認し このことが受胎率低下の要因となる可能性を報告している 本研究においては 10G-SW で凍結保存したバイオプシー胚において融解後の形態的評価により生存性を確認した胚を移植に用いたにも関わらず有意ではないがインタクト胚に比べて受胎率が低い結果となった これらのことから 凍結保存したバイオプシー胚においては凍結融解の過程で形態的には判断できない傷害により胚の発育性の低下を引き起こしているものがあると考えられる また 的場ら (2006) は 1.5 mol/l エチレングリコールと 0.1 mol/l シュークロースを添加した溶液を用いた緩慢凍結において発育ステージの若い後期桑実胚から初期胚盤胞を用いることで 胚盤胞期胚以降の胚に比べて高い生存性を得る可能性があることを報告している 本研究では移植頭数が限られていることから これらの点についての検討は行っていないが 今後 大規模な移植試験において検証を行う必要があると考えられる 加えて バイオプシー胚の受胎率はバイオプシー操作の適否 すなわちバイオプシー後の胚の品質により変動することが報告されている ( 牛島ら 1995) 本研究では 現在 国内で広く利用されている金属刃 ( 松本ら 1987) を利用して胚のバイオプシー操作を行ったが 胚の品質低下を抑えるバイオプシー器具の開発 ( 上田ら 2009; 秋山ら 2010) やバイオプシー操作の改良 (Vajta ら 1997; 橋谷田ら 2007) についても検討する必要があると考えられる 本研究の 10G-ISD で凍結保存したインタクト胚の1 例において 図 2.7 に示すとおり融解後に透明帯内に2 個の細胞塊が観察され この胚を受胚牛に移植したところ 移植後 261 日目に一卵性双子 ( ) を分娩した ( 図 2.8) ウシでは自然発生的な一卵性双子の発生は着床以後であり 胚盤胞の内部細胞塊が2 個の原始線条を形成した結果 2 個体が生ずるとされている (Mclaren 1982; Hafenz 1992) 本例において観察された2 個の細胞塊は 輪郭が明瞭であり 形態的に凍結保存によって受けた傷害は少なく 供胚牛から採取時に既に2 個の胚盤胞が透明帯内で発生しており 融解後のシュークロース液を用いた耐凍剤除去操作の過程でそれらが収縮し 2 個の明瞭な細胞塊として観察されたものと推察される また 双子はぞれぞれ固有の絨毛膜と羊膜を持っていたことから一卵性双子の発生は発生初期に起こったものと考えられた (Renfree 1982) これらのことから 透明帯脱出以前のウシ胚で一卵性双子の発生が起こる可能性があることが示唆された これらのことから 本研究で用いた凍結方法の中では 10G25S-DR がバイオプシー胚の凍結方法として最も適していると推察された しかしながら いずれの凍結方法においてもバイオプシー胚の受胎率はインタクト胚に比べて 10~ 19
20% 程度低率であり 受胎率の向上を目指してバイオプシー胚に適した超低温保 存方法の開発がさらに必要と考えられる 20
2.5 要約 ウシバイオプシー胚の緩慢凍結方法が胚の生存性と受胎性に及ぼす影響を調査するために 過剰排卵処理を施した供胚牛から人工授精後 7~8 日目に採取した胚を金属刃でバイオプシーした後に凍結保存した 凍結方法は 10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に段階的に耐凍剤を希釈除去し胚の生存性を判定した後に受胚牛に移植した 10G-SW 融解後にストロー内で 12.5 % (W/V) シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS と混合して一段階で耐凍剤を希釈除去し胚の生存性を判定した後に受胚牛に移植した 10G-ISD 10% エチレングリコールおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10E-DR 10% エチレングリコール 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10E1S-DR 10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 10G25S-DR 5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS を凍結溶液として融解後に耐凍剤の除去操作を行わず直ちに受胚牛に移植した 5G1S-DR の 6 種類を用いてインタクト胚とバイオプシー胚の生存性と受胎性を調査した その結果 インタクト胚の受胎率は凍結方法の間には有意差は認められなかったが (P > 0.05) バイオプシー胚では 10E1S-DR が新鮮胚 10G-SW および 10G25S-DR に比べて有意に受胎率が低かった (P < 0.05) また いずれの方法においてもバイオプシー胚の受胎率はインタクト胚に比べて低い成績となっており バイオプシー胚に適した緩慢凍結方法について更なる検討が必要と考察された また 緩慢凍結したインタクト胚の移植により双子分娩が確認された事例から ウシにおける自然発生的な一卵性双子の発生様式を考察した 21
2.6 図表 胚を含む凍結液 PBS PBS 熱シール 綿栓 希釈液 凍結液希釈液 図 2.1 10G-SW および 10G-ISD のためのストロー内の構成希釈液 :12.5% シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS 凍結液 :10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS PBS:20% CS 添加修正 PBS 22
6% 3% 0% 20%CS-PBS a b c d 図 2.2 10G-SW の融解と耐凍剤除去 a ストローを空気中で 10 秒間保持 b ストロー内容が溶解するまで 35 温水にストローを保持 c 胚を含む凍結液のみをシャーレ内に押し出す d 6% 3% 0% グリセリンおよび 0.3 mol/l シュークロース添加した修正 PBS に 5 分間隔で胚を浸せきして耐凍剤を除去 23
a b c d 図 2.3 10G-ISD の融解と耐凍剤除去 a ストローを空気中で 10 秒間保持 b 希釈液が溶解するまで 35 温水にストローを垂直に保持 c ストロー熱シール部を弾いて希釈液と凍結液を混合し 10 分間保持 d ストロー内容をシャーレ内に押し出し生存性評価 24
胚を含む凍結液 熱シール 綿栓 凍結液 凍結液 図 2.4 10E-DR および 10E1S-DR のためのストロー内の構成凍結液 10E-DR:10% エチレングリコールおよび 20% CS 添加修正 PBS 10E1S-DR:10% エチレングリコール 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS 25
胚を含む凍結液 希釈液 熱シール 綿栓 希釈液 凍結液希釈液 図 2.5 10G25S-DR および 5G1S-DR のためのストロー内の構成 10G25S 希釈液 :0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 凍結液 :10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 5G1S 希釈液 :0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 凍結液 :5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 26
図 2.6 10G25S-DR で凍結保存したウシバイオプシー胚の形態左上 : 凍結前右上 : 融解 4 時間後左下 : 融解 24 時間後右下 : 融解 48 時間後スケールバー :100 µm 27
図 2.7 一胚移植後に双子分娩例が得られたウシ胚の形態上 : 採取時下 : 凍結融解時スケールバー :50 µm 28
図 2.8 一胚移植後に誕生したウシ双子とその鼻紋 性別 : 生時体重 :13 kg 14 kg 29
表 2.1 ウシ胚の凍結融解後の生存性 凍結方法 インタクト胚 バイオプシー胚 融解胚数生存胚数生存胚率 融解胚数生存胚数生存胚率 a b a/b(%) c d c/d(%) 10G-SW 20 18 90.0 15 12 80.0 10G-ISD 75 51 68.0 12 7 58.3 10G-SW:10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存し融解後は段階的に耐凍剤を希釈 10G-ISD:10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存し融解後はストロー内で耐凍剤を一段階希釈融解後の胚は 5% CS 添加 TCM199 で卵丘細胞と共培養し 融解後 1 時間に生存性を判定 30
表 2.2 ウシ体外受精由来胚の凍結融解後の生存性 凍結方法 インタクト胚 バイオプシー胚 融解胚数生存胚数生存胚率 融解胚数生存胚数生存胚率 a b a/b(%) c d c/d(%) 10G25S-DR 31 26 83.9 12 12 100.0 5G1S-DR 15 13 86.7 14 10 71.4 10G25S-DR:10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存 5G1S-DR:5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存融解後の胚は 0.1 mmol/l メルカプトエタノール添加 TCM199 で培養し 融解後 48 時間に生存性を判定した 31
表 2.3 ウシ胚の凍結融解後の受胎性 凍結方法 生存判定 インタクト胚 バイオプシー胚 移植頭数受胎頭数受胎率移植頭数受胎頭数受胎率 a b b/a(%) c d d/c(%) 新鮮胚有 6 4 66.7 21 11 52.4 10G-SW 有 161 77 47.8 23 7 30.4 a a 10G-ISD 有 51 22 43.1 - - - 10E-DR 無 161 71 44.1 10 3 30.0 10E1S-DR 無 12 6 50.0 c 30 2 6.7 bd 10G25S-DR 無 22 14 63.6 13 6 46.2 a 5G1S-DR 無 18 7 38.9 12 3 25.0 10G-SW:10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存し融解後は耐凍剤をシャーレ内で段階的に希釈した 10G-ISD:10% グリセリンおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存し融解後は耐凍剤をストロー内で一段階希釈した 10E-DR:10% エチレングリコールおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存 10E1S-DR:10% エチレングリコール 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS で凍結保存 10G25S-DR:10% グリセリン 0.25 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 m199 で凍結保存 5G1S-DR:5% グリセリン 0.1 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 m199 で凍結保存 10G-SW と 10G-ISD は耐凍剤を希釈し胚の生存を確認した後に移植した 10E-DR 10E1S-DR 10G25S-DR 5G-1S は胚の生存性を確認せずに移植した移植後 35 日に直腸検査により妊娠診断した ab 間 cd 間に有意差あり (P < 0.05) 32
第 3 章ガラス化保存したウシ体外受精由来胚の加温条件が加温後の胚の生存 性に及ぼす影響 3.1 緒言 胚のガラス化保存は 細胞外液に氷晶形成を伴わないことから胚の生存性を最も損なわない超低温保存方法であり (Rall と Fahy 1985; Kasai 2001) 緩慢凍結では生存性や受胎性が低下する体外受精胚やバイオプシー胚の超低温保存に有効なことが報告されている ( 濱野と濱脇 2001; 小渕ら 2001 ; Yotsushima ら 2004; 小田ら 2005; 的場ら 2006) しかし ガラス化保存は緩慢凍結に比べて高濃度の耐凍剤を用いるため ウシの胚移植においては加温後の胚を低濃度の耐凍剤や糖類を添加した溶液に移し替えて耐凍剤を希釈し 胚の生存性を確認した後に移植用ストローに再度充填して移植に用いられている 現在 農家段階で実施されるウシ胚移植の多くは超低温保存された胚を融解後に耐凍剤の除去操作を行わずに直接移植する方法 (Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992; Dochi ら 1998) が用いられている ガラス化保存したウシ胚についても 農家段階での利用を推進するためには 高い受胎率を安定的に得ることと同時に 農家の庭先で簡易な操作で加温と耐凍剤の除去を行い 直ちに受胚牛に移植可能な手法を確立することが望まれる ウシガラス化保存胚の加温後の耐凍剤の希釈操作には 1.0 mol/l シュークロース液 (Massip ら 1987; 堂地ら 1990; Leewn ら 1997; Vajta ら 1995) や 0.5 mol/l シュークロース液 (Ishimori ら 1993; Yotsushima ら 2004) が用いられ ストロー内またはシャーレ内で速やかにガラス化液と混合し耐凍剤を希釈することで 高い生存率や発育率が得られることが報告されている また Kuwayama ら (1994) Vajta ら (1995) Saha ら (1996 ) 川島ら(2000) 小田ら (2005) はガラス化液をストロー内希釈し直接受胚牛に移植できることを報告した さらに 小渕ら (2001) Akiyama ら (2010) はガラス化保存したバイオプシー胚の耐凍剤をストロー内希釈することにより 新鮮胚と同等の受胎率を得ることが可能であり 庭先融解に対応可能なことを報告した ガラス化保存は加温操作の適否により胚の生存性が大きく変動することが指摘されており (Kasai 2001) この技術を農家段階で実用化するためには 高い受胎率を安定的に得ることができる加温操作の確立が必要である しかし ガラス化保存したウシ胚の直接移植を想定した加温操作が胚の生存性に及ぼす影響を検討した報告は少ない そこで ガラス化保存したウシ胚の加温温度 加温後の保持時間 希釈液の組成が加温後の胚の生存性に及ぼす影響を検討した 33
3.2 材料および方法 3.2.1 卵子の採取と畜場で採取したウシ卵巣を実験室に持ち帰り 18G 注射針をつけた 5 ml 注射筒で卵胞液を 1% CS 添加ダルベッコ PBS 液で遠心管に吸引した 卵胞液を実体顕微鏡下で検索し卵子を採取した 3.2.2 体外受精由来胚の生産卵子は 5%CO2 95% 空気 38.5 の条件で 20~22 時間成熟培養した 成熟培養液は 0.02 AU/mL FSH 1 μg/ml Estradiol-17 0.2 mmol/l ピルビン酸およびウシ胎子血清 ( 以下 FBS) 添加 TCM199(GIBCO 12340) を用いた 成熟培養後の卵子は 凍結精液を用いて媒精した 精子の受精能獲得誘起は 精子洗浄液 ( 機能性ペプチド研究所 IVF100) で 2 回遠心洗浄することで行い 最終濃度 500 万 /ml の精子懸濁液に成熟培養後の卵子を導入して 5~6 時間媒精した 媒精後の卵子は 5%FBS 添加修正合成卵管液で卵丘細胞と共培養を行い 媒精後 7~8 日目までに発生した胚盤胞を供試した 3.2.3 ガラス化保存および加温胚を 25% エチレングリコール ( 和光純薬 15209-85 以下 EG) 25% ジメチルスルホキシド ( ナカライテスク 13408-64 以下 DMSO) および 0.4% BSA 添加修正 PBS( 以下 VSED)( Ishimori ら 1993) をガラス化溶液に用いて次の方法によりガラス化保存した 胚を 50% VSED に 60 秒間平衡した後 VSED(11μL) に移し 30 秒以内に VSED とともに 0.25 ml プラスチックストロー (IMV, L Aigle, France) へ充填し 液体窒素蒸気中に 2 分間静置し 液体窒素中に浸漬し保存した ストロー内の構成は 図 3.1 に示すとおり 綿栓側から希釈液 VSED 胚を含む VSED 希釈液の順に空気層を隔てて充填した なお 希釈液として 5% EG 0.15 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加修正 PBS( 以下 EGS) を用いた 加温は 図 3.2 に示すとおり ストローを液体窒素より取り出し 空気中で 5 秒間保持後 温水中に入れ氷晶が消えるまで保持して行った ストローの熱シール部を持って 2~3 回振って各液層を混合し 綿栓部を上にして温水中に 3 分間垂直に保持して耐凍剤のストロー内希釈を行った 試験 1 では加温操作に用いる温水の温度を 20 および 30 に設定した 試験 2 では 20 温水中で加温し耐凍剤のストロー内希釈を行ったストローを 38.5 の培養器内に 0 分 5 分 20 分および 40 分間 水平に保持した 試験 3 ではストロー内に充填する希釈液として EGS または 0.2 mol/l シュークロース 20% 34
CS 添加修正 PBS( 以下 SUC) を用いた ストロー内希釈後の胚は 5% CS 添加 TCM199 で卵丘細胞との共培養により 48 時間培養した後に形態観察を行い 24 時間後の胞胚腔の再形成による生存胚率と 48 時間後の透明帯からの脱出による透明帯脱出胚率を調査した ( 図 3.3) 3.2.4. 統計処理統計処理はコンピューターソフト SPSS (SPSS 11.5J, SPSS Inc., 東京 ) を用い 生存率および透明帯脱出率について Pearson のχ 二乗検定または Fisher の直接確率計算法を用いて危険率 5% 未満を有意差ありとした 35
3. 3 結果 ガラス化保存したウシ体外受精由来胚における加温温度が生存性に及ぼす影響を表 3.1 に示す 20 区および 30 区の加温 48 時間後の生存胚率はそれぞれ 92.1% および 89.7% 透明帯脱出胚率は 50.0% および 44.8% であり 試験区間に有意差は認められなかった (P > 0.05) 加温後の保持時間が胚の生存性に及ぼす影響を表 3.2 に示す 保持時間 0 分 5 分 20 分および 40 分の各区の 加温 48 時間後の生存胚率はそれぞれ 92.1% 73.3% 70.6% および 61.5% であり 0 分に対して 5 分 20 分および 40 分の各区は有意に生存胚率が低下した (P < 0.05) また 加温後 48 時間の透明帯脱出胚率はそれぞれ 50.0% 53.3% 38.2% および 7.7% であり 0 分および 5 分に対して 40 分で有意に透明帯脱出胚率が低下した (P < 0.05) 希釈液の組成が胚の生存性に及ぼす影響を表 3.3 に示す EGS 区および SUC 区の加温後 48 時間の生存胚率はそれぞれ 92.1% および 92.1% 透明帯脱出胚率は 50.0% および 50.0% であり 試験区間に有意差は認められなかった (P > 0.05) 36
3.4 考察 ガラス化保存したウシ胚のストロー内希釈において 加温条件が胚の生存性に及ぼす影響を検討した その結果 試験 1 では 30 で加温した場合に 20 で加温した場合と同等の胚の生存性と発育性が得られた 試験 2 では直接移植における移植所要時間の延長を想定して ストロー内希釈後のストローを 38.5 の条件で保持したところ 保持時間 5 分以上で生存胚率が 40 分以上で透明帯脱出率が有意に低下した 試験 3 では希釈液として EGS および SUC を用いた胚の生存胚率や透明帯脱出胚率は試験区間に有意差は認められなかった ガラス化液は過冷却状態でガラス化しているため加温時は脱ガラス化の生じる温度域をできるだけ急速に加温する必要がある 同時に耐凍剤による化学毒性の影響を避けるために加温後はできるだけ早く耐凍剤を希釈しなければならないとされている ( 葛西 2001) Campos-chillo n ら (2005) は 7 mol/l EG および 0.5 mol/l ガラクトースを含む 18% (w/v) Ficoll 70 溶液をガラス化液とした際の加温温度は 20 より 37 において加温後の胚の胞胚腔再拡張率と脱出胚盤胞率が有意に高く 保持温度を高めたことにより細胞からの耐凍剤の移動が促されたことがその原因と推察している 一方 本研究と同様に VSED をガラス化液に用いてウシ胚をガラス化保存したこれまでの報告では 加温は 20 程度で行われている (Ishimori ら 1993; Vajta ら 1997; 小渕ら 2001; 小田ら 2005) 本研究では これまでの報告と同様の 20 と 農家段階で普及している緩慢凍結胚の直接移植法 (Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992; Dochi ら 1998) で用いられている 30 で加温した場合の生存性を比較した その結果 30 で加温した場合の生存性と発育性は 20 で加温した場合と同等の成績が得られた このことから ガラス化保存したウシ胚を農場段階で利用する際に 他の緩慢凍結胚と同様の温度で加温することが可能であり 農場段階でガラス化胚を利用する際に操作手順の混乱が少ないものと考えられた Vajta ら (1995) および Campos-chillo n ら (2005) は ガラス化保存したウシ胚をストロー内希釈後にそれぞれ 22 で 30 分間 37 で 15 分間保持したが 胚の生存性や発育性に有意差が認められないことを報告している 一方 Matoba ら (2003) は 1.5 mol/l EG と 0.1 mol/l シュークロースを含む液を用いたウシ体外受精由来胚の緩慢凍結において融解後のストローを 38.5 に 30 分間保持することで胚の生存性が有意に低下することを報告し Inaba ら (2011) はクライオトップ上でガラス化保存したウシ体外受精由来胚のストロー内希釈において胚を希釈液 (0.3 mol/l シュークロース液 ) 中に 30 分間曝すことで生存性が低下することを報告しており 凍結液やガラス化液 希釈液中での保持時間の延 37
長が胚の生存性を低下させることを指摘した 本研究の結果はこれらの報告を支持するものであった さらに Dochi ら (1998) は 1.6 mol/l プロパンジオール液または 1.5 mol/l EG 液で緩慢凍結したウシ胚のダイレクトトランスファーにおいて 移植所要時間が 11 分以上で受胎率が低下し 凍結溶液中に胚を長時間保持することは有害であることを指摘している 本研究と同様のストロー内希釈法におけるストロー内の耐凍剤濃度は加温後の短時間で平衡され 移植時には緩慢凍結のダイレクトトランスファー法 (Dochi ら 1998; Voelkel ら 1992) と同程度の耐凍剤濃度に希釈されていることが確認されているが (Akiyama ら 2012) 性判別胚の野外移植試験において 移植所要時間が延長した場合には有意ではないが受胎率の低下が認められることが報告されている (Akiyama ら 2010) このことから ガラス化保存したウシ胚のストロー内希釈においても 加温後に体温程度の温度でストローを長時間保持することにより胚の生存性が低下する可能性があり 直接移植において移植所要時間が延長した場合には受胎性の低下を招く可能性があると考えられた 本研究で用いたガラス化保存において EGS 区では EG 5% を含んだ希釈液を用いており ストロー内容液を混合した後の胚は EG 7% 程度 DMSO 3% 程度を含む溶液で保持されている (Akiyama ら 2012) 一方 SUC 区は希釈液に EG や DMSO を含まないことから 胚からの耐凍剤の除去を速やかに行うとともに移植時の溶液の耐凍剤濃度を低下させることが可能であり 胚の生存性の一層の向上につながることを期待した 本研究の結果から 異なる組成の希釈液を用いてガラス化保存した両区において同等の胚の生存率が得られたことから 希釈液の組成の違いによる生存性への影響は認められないものと考えられた しかし SUC 区では希釈液とガラス化液の濃度差が EGS 区に比べて大きいことからストロー内に胚を充填する際にはガラス化液が希釈されることがないよう操作に注意することが必要と考えられる ガラス化保存したウシ胚の移植を農家段階で普及するためには 高い受胎率を安定的に得ることと同時に 加温後に直ちに受胚牛に移植することが可能な手法を確立することが望まれる 本研究の結果から ガラス化保存したウシ胚のストロー内希釈において 加温温度の違いや希釈液の組成により胚の生存性の低下は認められなかったが ストロー内希釈後の保持時間が延長した場合には胚の生存性が低下する可能性があることが示された 38
3.5 要約 ガラス化保存したウシ胚をストロー内希釈後に直接移植する方法を農家段階で実用化するために 加温温度 加温後の保持時間 希釈液の組成が加温後の胚の生存性に及ぼす影響を検討した 媒精後 7~8 日目に発生した胚盤胞を VSED 液で平衡した後にストロー内でガラス化保存し 加温後に胚の生存と発育を調査した 加温温度は 20 区と 30 区において加温後の胚の生存胚率および透明帯脱出胚率に差は認められなかった (P < 0.05) 加温後の保持時間 0 分に対して 5 分以降は有意に生存胚率が低下し (P > 0.05) 0 分および 5 分に対して 40 分で有意に透明帯脱出胚率が低下した (P > 0.05) 希釈液の組成により加温後の胚の生存胚率および透明帯脱出胚率に差は認められなかった (P < 0.05) これらのことから ガラス化保存したウシ胚において 加温温度の違いや希釈液の組成により生存性の低下は認められなかったが 加温後の保持時間が延長により生存性の低下が認められ ストロー内希釈した胚を直接移植する際には移植終了までの時間の延長により受胎性が低下を招く可能性があることが示された 39
3.6 図表 38 10 10 50 25 単位 :mm a b c d b e 図 3.1 ガラス化保存のためのストロー内構成 a 綿栓 b 希釈液 :5% エチレングリコール 0.15 mol/l シュークロース 20% CS 添加修正 PBS c ガラス化液 :25% エチレングリコール 25% ジメチルスルホキシド 0.4% BSA 添加修正 PBS d 胚を含むガラス化液 e 熱シール 40
a b c d e 図 3.2 ガラス化保存したウシ体外受精由来胚のストロー内希釈の手順 a ストローを空気中で 5 秒間保持 b 希釈液が溶解するまで 20 温水にストローを垂直に保持 c ストローの熱シール部を持ってストロー内液を混合 d 綿栓部を上にして 20 温水中でストローを 3 分間保持 e 生存性評価 41
図 3.3 ガラス化保存したウシ体外受精由来胚の加温後の生存性上 : 加温 24 時間後下 : 加温 48 時間後スケールバー :100 µm 42
表 3.1 加温温度がガラス化保存したウシ胚の生存性に及ぼす影響 加温温度 加温胚数 * 生存胚数 ** 透明帯脱出胚数 (%) (%) 20 38 35 (92.1) 19 (50.0) 30 29 26 (89.7) 13 (44.8) * 加温後 24 時間 ** 加温後 48 時間 43
表 3.2 ストロー内希釈後の保持時間がガラス化保存したウシ胚の生存性に及 ぼす影響 保持時間加温胚数 * 生存胚数 ** 透明帯脱出胚数 (%) (%) 0 分 38 35 (92.1) a 19 (50.0) a 5 分 30 22 (73.3) b 16 (53.3) a 20 分 34 24 (70.6) b 13 (38.2) ab 40 分 26 16 (61.5) b 2 ( 7.7) b 異符号間に有意差 * 加温後 24 時間 ** 加温後 48 時間 44
表 3.3 希釈液がガラス化保存したウシ胚の生存性に及ぼす影響 希釈液 加温胚数 * 生存胚数 ** 透明帯脱出胚数 (%) (%) EGS 38 35 (92.1) 19 (50.0) SUC 38 35 (92.1) 19 (50.0) * 加温後 24 時間 ** 加温後 48 時間 EGS:5% エチレングリコール 0.15 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 修正 PBS SUC:0.2 mol/l シュークロース 20% CS 添加修正 PBS 45
第 4 章ガラス化保存したウシバイオプシー胚のストロー内希釈 直接移植後 の発生能 4.1 緒言 ウシの雌雄産み分け技術は性別判定された胚を移植することにより可能になっている (Bredback ら 1994; Hirayama ら 2004; Ushijima 2005) この技術を農場段階で実用化し 普及するためには 性別判定後のバイオプシー胚の超低温保存技術を確立することが不可欠である すなわち 高い受胎率を安定的に確保するとともに 現在 超低温保存胚の利用方法の主流となっているダイレクトトランスファー法 (Voelke と Hu 1992; Dochi ら 1998) のように簡易な操作で受胚牛に移植できることが望まれる ウシ性判別胚の超低温保存は 緩慢凍結 (Thiber と Nibart 1995; Hasler ら 2002) ガラス化保存(Vajta ら 1995; Agca ら 1998; Yotsushima ら 2004; 小田ら 2005) 超急速ガラス化保存(Tominaga 2004; 佐野ら 2010) で試みられ エチレングリコールやグリセリンを耐凍剤とした緩慢凍結法に比べて ガラス化保存や超急速ガラス化保存で より高い受胎率の得られることが報告されている (Agca ら 1998; Tominaga 2004) しかし これらの手法は 加温後の胚を低濃度の耐凍剤や糖類を添加した溶液に移し替えて耐凍剤を希釈し 胚の生存性を確認した後に移植用ストローに再度充填して移植している このことから実験室内で胚を操作する必要があり 受胚牛が多数の農場に分散して飼養されるわが国の状況では 性判別胚の移植が制限されることが懸念される Leibo (1984) 鈴木ら (1984) は グリセリンを耐凍剤とした緩慢凍結法で ストロー内に凍結液と希釈液を空気層で隔てて充填し 融解後にそれらの溶液を混合することによりストロー内で胚から耐凍剤を除去し 直接受胚牛に移植する方法 ( ワンステップストロー法 ) により 農家の庭先で簡単な融解操作により良好な受胎率が得られることを報告した しかし ガラス化保存した胚をダイレクトトランスファー法やワンステップストロー法により直接受胚牛に移植した報告は少ない (Kuwayama ら 1994; Saha ら 1996) 本研究の目的は 性別判定のためにバイオプシーしたウシ胚をガラス化保存し 農場内で加温し直ちに受胚牛に移植するための耐凍剤の希釈方法を検討することであり ガラス化保存胚と新鮮胚の受胎率を比較検討した 46
4.2 材料および方法 4.2.1 胚の採取神奈川県畜産技術センターで飼養する黒毛和種経産牛およびホルスタイン種経産牛から胚を採取した 供胚牛は 発情周期の任意の時期に腟内留置型黄体ホルモン製剤 (EAZI-BREED, Inter Ag, New Zealand, 以下 CIDR) を留置し 7 日目から卵胞刺激ホルモン ( アントリン R10 川崎三鷹製薬 東京 以下 FSH) を 朝夕 2 回 3 日間 漸減投与し 過剰排卵処理を施した FSH 投与量は ホルスタイン種では合計 36 AU(7 7 6 6 5 5 AU) 黒毛和種では合計 20 AU(5 5 3 3 2 2 AU) とした FSH 投与開始後 3 日目の朝に PGF2 類縁体 ( エストラメイト 住友製薬 大阪 以下 PG)0.75 mg を投与し CIDR を除去して発情を誘起した 発情確認後に人工授精を 2 回行った 胚の採取は 発情後 7 日目にバルーンカテーテルを用いて子宮頚管経由で行い 後期桑実胚から拡張胚盤胞のコード 1 の品質 (Robertson と Nelson 1998) の胚をバイオプシーした 4.2.2 胚のバイオプシーと培養胚は 20% 子ウシ血清 ( 以下 CS) 添加修正 PBS で洗浄した後に 0.2 mol/l シュークロース添加修正 PBS ドロップ上に保持し 倒立顕微鏡下でマイクロマニピュレーターに接続した金属刃 (BIO-CUT No.715 FEATHER 大阪) を操作し 胚の一部を切断してバイオプシー胚を作製した なお 初期胚盤胞以降の発育ステージの胚は 内部細胞塊を避けて栄養膜細胞のみを切断した バイオプシー胚は 20% ウシ胎子血清 ( 以下 FBS) および 0.1 mmol/l メルカプトエタノールを添加した TCM199(GIBCO 12340)( 以下 ME199) ドロップ (50 μl) 中で 38.5 5% CO2 95% 空気 湿度飽和の条件で 3~ 5 時間培養した 培養後に 形態評価により移植可能と判定された胚をガラス化保存した 4.2.3 バイオプシー胚のガラス化保存バイオプシー胚は 25% エチレングリコール ( 和光純薬 15209-85 以下 EG) 25% ジメチルスルホキシド ( ナカライテスク 13408-64 以下 DMSO) および 0.4% ウシ血清アルブミン (BSA Fraction V Sigma) 添加修正 PBS( 以下 VSED)( Ishimori ら 1993) をガラス化液に用いて次の方法によりガラス化保存した 胚を 200 μl の 50%VSED に室温で 60 秒間平衡した後に VSED(11 μl) に移し 30 秒以内に VSED とともに 0.25-mL プラスチックストロー (IMV, L 47
Aigle, France) へ充填し 液体窒素蒸気中に水平に 2 分間静置し 液体窒素中に浸漬し保存した ストロー内の構成は図 4.1 に示すとおり 綿栓側から希釈液 VSED 胚を含む VSED 希釈液の順に空気層を隔てて充填した ストロー内に充填した希釈液は 5% EG 0.15 mol/l シュークロース 20% CS 添加修正 PBS ( 以下 EGS) を用いた 加温および耐凍剤除去の手順を図 4.2 に示す 胚の加温は ストローを液体窒素より取り出し 空気中で 5 秒間保持後 20 の温水中に入れ希釈液の氷晶が消えるまでおよそ 30 秒間保持して行った その後 ストローの熱シール部を持って 2~3 回振って各液層を混合し 綿栓部を上にして 20 の温水中に 3 分間垂直に保持して耐凍剤のストロー内希釈を行った 4.2.4 生存性判定と移植 In straw dilution( 以下 ISD) 区では 希釈後のバイオプシー胚を ME199 中で 3~5 時間培養した後に形態観察により生存性を判定し ( 図 4.3) 生存胚は 20% FBS 添加 TCM199 とともに 0.25-mL プラスチックストローに充填し移植した Direct transfer( 以下 DIR) 区では 胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植した Non-vitrification( 以下 NV) 区は 修復培養したバイオプシー胚をガラス化保存せずにストローに充填し移植した 受胚牛は 神奈川県畜産技術センターで飼養するホルスタイン種未経産牛および経産牛を用い 発情確認後 7~8 日目に子宮頚管経由法により黄体側子宮角に胚を移植した 妊娠鑑定は胚移植後 35 日以降に直腸検査法で行った 4.2.5 耐凍剤濃度の測定ストロー内希釈の過程で VSED と EGS を混合した直後 1.5 分後 3 分後にストローの綿栓側 中央部 熱シール側の 3 部位からストロー内溶液を採取し それぞれの EG 濃度と DMSO 濃度をガスクロマトグラフと水素炎イオン化検出器により測定した 分析カラムは 0.53 mm 径 30 m ガラス製キャピラリーカラム (J&W, DB-WAXetr, Agilent Technologies, CA) を使用し カラム温度は初期温度 120 で 10 / 分昇温後 最終温度 250 とした 4.2.6 統計処理統計処理は コンピューターソフト SPSS (SPSS 11.5J, SPSS Inc., 東京 ) を用い 受胎率について Pearson のχ 二乗検定または Fisher の直接確立計算法を用いて危険率 5% 未満を有意差有りとした 48
4.3 結果 ガラス化保存したウシバイオプシー胚の加温後の生存率および移植後の受胎率を表 4.1 に示す ガラス化保存後のウシバイオプシー胚の生存率は 100.0% (19/19) であった ウシバイオプシー胚の移植後の受胎率は ISD 区が 57.9% (11/19) DIR 区が 62.5% (10/16) NV 区が 56.3% (18/32) であり 有意差は認められなかった (P > 0.05) ISD 区におけるストロー内の耐凍剤濃度を表 4.2 に示す ガラス化液と希釈液を混合した直後のストロー内の各部位の EG 濃度は 5.7~9.1% であり 3 分後は 6.9~7.7% であった また 混合直後の DMSO 濃度は 0.9~5.2% であり 3 分後は 2.8~3.3% であった 49
4.4 考察 本研究の目的は 性別判定のためにバイオプシーしたウシ胚のガラス化保存において 農場内で胚を加温し直ちに受胚牛に移植するための耐凍剤の希釈方法を検討することである 本研究の結果 ガラス化保存したウシバイオプシー胚の移植後の受胎率は ISD 区 DIR 区のいずれにおいても新鮮胚移植 (NV 区 ) と有意差が認められず 実用的な受胎率が得られるがことが示された Thiber と Nibart(1995) Hasler ら (2002) は 緩慢凍結したバイオプシー胚ではインタクト胚に比べて受胎率が有意に低下することを報告した 一方 ガラス化保存または超急速ガラス化保存したバイオプシー胚は新鮮胚に比べて受胎率の有意な低下が認められないことが報告されている (Agca ら 1998; Tominaga 2004) 本研究においてもガラス化保存したバイオプシー胚の受胎率と非ガラス化保存胚の受胎率の間には有意差は認められず ガラス化保存がバイオプシー胚の超低温保存に適するというこれまでの報告 (Agca ら 1998; Tominaga 2004) を支持する結果であった ガラス化保存では 胚を耐凍剤に暴露する時間を最小限にするため 加温後は速やかにガラス化液を希釈する必要がある (Kasai 1997) 本研究では 希釈液とガラス化液をストロー内で混合し 3 分間保持することでストロー内において耐凍剤を希釈した その結果 ガラス化液と希釈液をシャーレ内で混合し希釈した方法 (Massip ら 1987; 堂地ら 1990; Ishimori ら 1993; Vajta ら 1995; Yotsushima ら 2004) や低濃度 (0.25~1.0 mol/l) のシュークロース溶液に 2 ~5 段階で胚を感作させる方法 (Martinez ら 2002; 的場ら 2006) と同等の高い生存率と受胎率が得られ ガラス化保存したバイオプシー胚を農場内で簡単な操作で加温し直ちに受胚牛に移植できることが確認された Pedro ら (1997) は 1.0 mol/l および 1.5 mol/l シュークロース液にマウス胚を 30 分間浸漬することで 2 細胞期から拡張胚盤胞の全ての発育ステージの胚で生存性が低下することを報告し 高張液への長時間の暴露が胚の細胞膜への生理的なダメージを引き起こす可能性を指摘した 本研究では ガラス化後に耐凍剤を1 段階希釈したこれまでの報告 (Massip ら 1987; 堂地ら 1990; Ishimori ら 1993; Vajta ら 1995; Yotsushima ら 2004) に比べて低濃度のシュークロースを含む希釈液を用いたことにより 希釈操作および移植操作の間の胚に対する生理的ダメージが抑えられたものと考えられる また 胚が希釈液に浸漬された時間は ISD 区では 3 分間 DIR 区では 8 分以内であった シュークロースを含む希釈液に胚が長時間保持されなかったことも受胎率に悪影響を及ぼさなかった原因のひとつと考えられる 細胞膜透過性の耐凍剤は胚に対して強い毒性を持ち 長時間の暴露でその影 50
響が増加することが指摘されている (Kasai 1997) 本研究の ISD 区および DIR 区において 希釈過程のストロー内の耐凍剤濃度を測定したところ ストロー内の各部位の EG と DMSO は短時間に平衡され 緩慢凍結のダイレクトトランスファー法 (Voelkel と Hu 1992; Dochi ら 1998) で使用される EG (1.5 mol/l, 1.8 mol/l) より低い濃度に希釈されていることが確認された これらのことが 胚の生存性の低下が引き起こされず DIR 区においても ISD 区と遜色のない高い受胎率が得られた要因のひとつと考えられる また Yang ら (2007) は open pulled straw( 以下 OPS) を用いてガラス化保存したマウス胚のストロー内希釈において OPS に充填したガラス化液の長さにより耐凍剤の希釈不足が発生する可能性あり 加温後の胚の発生成績に影響を及ぼすこと指摘している このため ガラス化液と希釈液のストロー内構成を正確に保つことが必要であり 本研究で用いた手法においても同様の注意が必要と考えられる 以上のことから 性別判定のためにバイオプシーしたウシ胚をガラス化保存することにより新鮮胚と同等の受胎率を得ることが可能であり 耐凍剤をストロー内希釈することにより 農場内での加温し直接受胚牛に移植できることが確認された 51
4.5 要約 ガラス化保存したウシバイオプシー胚を 農場内で加温し直ちに受胚牛に移植するために耐凍剤の希釈方法を検討した 人工授精後 7 日目の供胚牛から採取し 性別判定のためにバイオプシーを施した胚をストロー内でガラス化保存した 耐凍剤をストロー内で希釈した後にストローから取り出し胚の生存性を確認して移植した ISD 区の受胎率は 57.9% ストローから胚を取り出すことなく直ちに受胚牛に移植した DIR 区の受胎率は 62.5% であり いずれもガラス化保存していない NV 区 (56.3%) と遜色ない受胎率が得られた ストロー内希釈後のストロー内のエチレングリコール濃度は 6.9~7.7% DMSO 濃度は 2.8~ 3.3% であった これらのことから ガラス化保存したウシバイオプシー胚は 農場内での加温操作を行い直ちに受胚牛に移植することが可能であり 新鮮胚移植と同等の受胎率の得られることが示唆された 52
4.6 図表 38 10 10 50 25 単位 :mm a b c d b e 図 4.1 ガラス化保存のためのストロー内構成 a 綿栓 b 希釈液 :5% エチレングリコール 0.15 mol/l シュークロース 20% CS 添加修正 PBS c ガラス化液 :25% エチレングリコール 25% ジメチルスルホキシド 0.4%BSA 添加修正 PBS d 胚を含むガラス化液 e 熱シール 53
a b c d e 図 4.2 ガラス化保存したウシバイオプシー胚のストロー内希釈の手順 a ストローを空気中で 5 秒間保持 b 希釈液が溶解するまで 20 温水にストローを垂直に保持 c ストローの熱シール部を持ってストロー内液を混合 d 綿栓部を上にして 20 温水中でストローを 3 分間保持 e 生存性評価 54
図 4.3 ガラス化保存したウシバイオプシー胚の生存性上 : 加温直後下 : 加温 4 時間後スケールバー :50 µm 55
表 4.1 ガラス化保存したウシバイオプシー胚の生存性と受胎性 試験区 * ガラス化生存性評価加温胚数生存胚数 (%) 移植頭数 受胎頭数 (%) ** 産子数 (%) *** ISD + + 19 19 (100.0) 19 11 (57.9) 9 (47.4) DIR + - 16-16 10 (62.6) 9 (56.3) NV - + - - 32 18 (56.4) 16 (50.0) * ISD; ストロー内希釈 DIR; ストロー内希釈後に直接移植 NV; 非ガラス化 ** 移植頭数に対する受胎頭数妊娠判定は移植後 35 日に直腸検査により実施 *** 移植頭数に対する産子数 56
表 4.2 ウシガラス化保存胚のストロー内希釈における耐凍剤濃度 部位 * EG(%) DMSO(%) 時間 0 分 1.5 分 3 分 0 分 1.5 分 3 分 綿栓側 9.1 6.6 7 5.2 2.3 2.8 中央 7.8 7.7 7.7 3.7 3.2 3.3 熱シール側 5.7 8.2 6.9 0.9 4.4 3.2 * 混合後のストロー内の 3 部位から溶液を採取 EG: エチレングリコール DMSO: ジメチルスルフォキシド 57
第 5 章ガラス化保存後にストロー希釈したウシ性判別胚の生存性と受胎性 5.1 緒言 ウシの雌雄産み分け技術は性判別胚を移植することにより可能 (Bredback ら 1994; Hirayama ら 2004) となったが 性判別胚を用いて計画的な子ウシ生産を農家段階で実用化するためには 性判別胚の超低温保存技術の確立が不可欠である また この技術を農家段階で普及するためには 一般的な胚移植と同様に 超低温保存された性判別胚を農家の庭先で融解し 簡単な操作で受胚牛へ移植できる (Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992; Dochi ら 1998) ことが望ましい 性判別胚はバイオプシー操作により一部の胚細胞が切除されるとともに透明帯が除去されており 無処置胚に比べて耐凍性や受胎性が低下する (Thibier と Nibart 1995; Hasler ら 2002) ことが報告されている 一方 性判別胚をガラス化保存した場合には新鮮胚に近い受胎率の得られることが報告されている (Agca ら 1998; Tominaga 2004; Vajta ら 1997) 胚のガラス化保存は 胚細胞内外に氷晶を生じないため 適切な条件で処理されれば 保存後に胚の活力や生存性を低下させることが極めて少ないことが知られている (Kasai 1997) また ガラス化保存は耐凍剤に平衡した胚を 液体窒素中で極めて急速に冷却する方法であることから プログラムフリーザー等の冷却設備が不要であることや 緩慢凍結法と比較して短時間に保存処理を終えることができること等 農家段階で胚移植に取り組むために有益である 哺乳動物胚のガラス化保存は Rall と Fahy (1985) によりマウス胚で成功例が報告されて以来 さまざまな動物種の胚に対して耐凍剤の組成 冷却方法 器具 加温後の希釈操作の検討が行われてきた (Kasai 1997) 一般に ガラス化保存では 細胞外液に氷晶を形成させないために 緩慢凍結法に比べて高濃度の耐凍剤を添加した溶液が用いられており 加温後は低濃度の耐凍剤や糖類を添加した溶液に胚を移し替えて できるだけ早期に耐凍剤を希釈することが 耐凍剤の化学的毒性を抑制するために必要とされている (Kasai 1997) 多くの報告では 加温後にストローやシャーレ内で段階的に耐凍剤を希釈し 胚の生存性を確認した後に 移植用ストローに再度胚を充填して移植に用いている ( 堂地ら 1990; Ishimori ら 1993; Massip ら 1987) が この手法は実験室での胚の操作が必要であり 受胚牛が多数の農家に分散して飼養され 胚移植を行う場所の近くに実験室を準備することが困難な状況では 胚移植の実施が制限されることが懸念される 一方 ストロー内で耐凍剤を希釈するワンステップストロー法 ( 鈴木ら 1984; Leibo 1984) や耐凍剤の希釈操作を行わないダイレク 58
トトランスファー法 (Dochi ら 1998; Massip ら 1987; Voelkel と Hu 1992) では 凍結胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植するため 人工授精と同様に農家の庭先で胚を融解し 効率的に胚移植を実施することが可能である しかし ガラス化保存した胚を加温後にダイレクトトランスファー法やワンステップストロー法により受胚牛に移植した報告は少ない (Van Wagtendonk-de Leeuw ら 1997; Saha ら 1996) 本研究の目的は ガラス化保存したウシ性判別胚の加温および耐凍剤除去操作の簡易化を図るため 耐凍剤のストロー内希釈がガラス化保存した性判別胚の生存性と受胚牛へ移植後の受胎性に及ぼす影響を明らかにすることである 59
5.2 材料および方法 5.2.1 胚の採取供試胚は 福島県農業総合センター 新潟県農業総合研究所 栃木県酪農試験場 石川県畜産総合センター 島根県畜産技術センター 岡山県総合畜産センター 山口県畜産試験場 福岡県農業総合試験場 宮崎県畜産試験場および神奈川県畜産技術センターで飼養する黒毛和種およびホルスタイン種雌牛に過剰排卵処理を施し 人工授精後 7~8 日目にバルーンカテーテルを用いて子宮頚管経由で採取した後期桑実胚から拡張胚盤胞のうち品質コード1および 2 (Robert と Nelson 1998) の胚を用いた 5.2.2 顕微操作胚は 20% 子ウシ血清 ( 以下 CS) 添加修正リン酸緩衝液 ( 以下 PBS) 及び 0.2 mol/l シュークロース添加 PBS で洗浄した後に 0.2 mol/l シュークロース添加修正リン酸緩衝液ドロップ (200 μl) 上に保持し 倒立顕微鏡下でマイクロマニピュレーターに接続した金属刃 (BIO-CUT FEATHER 大阪) を操作し 胚容積の 10~20% を切断してバイオプシー胚を作製した なお 初期胚盤胞以降の発育ステージの胚では 内部細胞塊を避け栄養膜細胞のみを切断した ( 図 5.1) バイオプシー胚は 20% ウシ胎子血清 ( 以下 FBS) および 0.1 mmol/l メルカプトエタノールを添加した TCM199(GIBCO 12340)( 以下 ME199) ドロップ (50 μl) 中で 38.5 5% CO2 95% 空気 湿度飽和の条件で 3~5 時間培養した 5.2.3 胚の性別判定バイオプシーにより採取した性別判定用細胞は PCR 法 (XY セレクター 伊藤ハム または YCD プライマー 組合貿易 ) または LAMP 法 ( 牛胚性判別試薬キット 栄研化学 ) を用いて雄特異的 DNA の増幅の有無により性別を判定した ( 図 5.2 図 5.3) 5.2.4 ガラス化保存バイオプシー後に 3~5 時間培養した性判別胚は 形態評価により移植可能と判定された胚をガラス化保存した 培養後の性判別胚は 25% エチレングリコール ( 和光純薬 15209-85 以下 EG)25% ジメチルスルホキシド ( ナカライ化学 13408-64 以下 DMSO) および 0.3% ウシ血清アルブミン (BSA Fraction V Sigma) 添加 PBS( 以下 VSED)( Ishimori ら 1993) をガラス化溶液 60
に用いて次の方法によりガラス化保存した 胚を 50%VSED のドロップ (200 μl) で 60 秒間 室温において平衡した後 VSED に移し 30 秒以内に VSED とともに 0.25-mL プラスチックストロー (IMV L Aigle France) へ充填し 直ちに熱シールで封印し 液体窒素蒸気中で 2 分間水平に静置して冷却し 液体窒素中に浸漬し保存した ストロー内の構成は図 5.4 示すとおり 綿栓側から希釈液 VSED 胚を含む VSED 希釈液の順に空気層を隔てて充填した なお 希釈液は 5% エチレングリコールと 0.15 mol/l シュークロースおよび 20% CS 添加 PBS( 以下 EGS) を用いた 5.2.5 加温および耐凍剤除去加温および耐凍剤除去の手順を図 5.5 に示す ストローを液体窒素より取り出し 空気中で 5 秒間保持後 20 の温水中に入れ希釈液層の氷晶が消えるまで約 30 秒間保持して加温した ストローの熱シール部を持って 2~3 回振り各液層を混合した後に 綿栓部を上にして 20 の温水中に 3 分間垂直に保持して耐凍剤のストロー内希釈を行った その後 内容液を ME199 のシャーレに取り出し 3 分間保持した 5.2.6 生存性判定および移植加温および耐凍剤除去後の性判別胚は ME199 中で 3~5 時間培養した後に形態観察により生存性を判定し 生存胚を 0.25-mL プラスチックストローに充填し 移植に用いた ( 評価区 ) 一方 非評価区では加温および耐凍剤除去後に 胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植した 受胚牛は 福島県農業総合センター 新潟県農業総合研究所 栃木県酪農試験場 石川県畜産総合センター 島根県畜産技術センター 岡山県総合畜産センター 山口県畜産試験場 福岡県農業総合試験場 宮崎県畜産試験場 神奈川県畜産技術センターおよび各県の酪農家 肉用牛農家で飼養するホルスタイン種 黒毛和種 交雑種雌牛を用い 発情確認後 7~8 日目に子宮頚管経由法により黄体側子宮角に胚を移植した 妊娠鑑定は胚移植後 35 日以降に行った 5.2.7 統計処理統計処理は コンピューターソフト SPSS(SPSS 11.5J SPSS Inc. 東京) を用い 生存率および受胎率について Pearson のχ 二乗検定または Fisher の直接確率計算法を用いて危険率 5% 未満を有意差ありとした 61
5.3 結果 ウシ性判別胚のガラス化保存前の胚の品質がガラス化保存ストロー内希釈後の生存性と受胎性に及ぼす影響を表 5.1 に示す 胚の生存率と受胎率は試験区間では有意差 (P > 0.05) は認められなかったが 非評価区のコード 2 の胚においてコード 1 の胚に比べて有意ではないが生存率が低い傾向であった (P = 0.087) 受胎した受卵牛の流産率は 試験区間 胚品質間に有意差 (P > 0.05) は認められなかった ガラス化保存前の胚の発育ステージがガラス化保存後の生存性と受胎性に及ぼす影響を表 5.2 に示す 胚の生存率と受胎率は胚の発育ステージ間では有意差 (P > 0.05) は認められなかった ガラス化保存した性判別胚の移植操作時間が受胎性に及ぼす影響を表 5.3 に示す 評価区 非評価区ともに移植操作時間毎の受胎率に有意差 (P > 0.05) は認められなかった 受胎した受胚牛の発情日から分娩までの日数を妊娠期間として子ウシの品種がホルスタイン種 (n = 17) の場合には 279.2 ± 8.1 日であり 黒毛和種 (n = 41) では 285.5 ± 4.3 日であった 雄と判別した胚の移植により 雄 16 頭 雌 3 頭の子ウシが得られ 雌と判定した胚の移植により 雄 2 頭 雌 28 頭の子ウシが得られ 性別一致率は 89.8% (44/49) であった ( 表 5.4) 62
5.4 考察 本研究の目的は ガラス化保存した性判別胚の加温及び耐凍剤除去操作の簡易化を図るため 耐凍剤のストロー内希釈がガラス化保存した性判別胚の生存性と受胚牛へ移植後の受胎性に及ぼす影響を明らかにすることである Vajta ら (1995) は体外受精由来胚盤胞を VSED でガラス化保存し 1 mol/l シュークロース液や Holding medium を用いてストロー内希釈し 高い胞胚腔再拡張率や透明帯脱出率を得て ガラス化保存胚のストロー内希釈の可能性を報告した Saha ら (1996) は 40% EG 11.3% トレハロース 20% PVP 添加 DPBS を用いて体外受精由来胚盤胞をガラス化保存し 加温後にストロー内希釈し直ちに受胚牛へ移植することで 60%(3/5) の受胎率と正常な子牛が得られたことを報告した また Van Wagtendonk-de Leeuw ら (1997) は 6.5 mol/l グリセリン液をガラス化液として 1 mol/l シュークロース液でストロー内希釈後に直接受胚牛に移植を行い 緩慢凍結し耐凍剤を段階希釈した胚と同等の受胎率が得られることを報告した 本研究では 性判別胚を VSED でガラス化保存し EGS でストロー内希釈して生存性判定後 またはストローから胚を取り出すことなく直ちに移植した その結果 ストロー内希釈後の性判別胚の生存率は 性判別していない胚における Vajta ら (1995) や Saha ら (1996) の報告と同様に高く 移植後の受胎率は評価区と非評価区の間に有意な差 (P > 0.05) は認められなかった このことから ガラス化保存した性判別胚は耐凍剤のストロー内希釈により直接受胚牛へ移植することが可能であり 実験室での煩雑な加温操作が不要となり フィールドにおいて簡単な操作で受胚牛に移植することが可能と考えられた バイオプシー胚の品質が受胎性に及ぼす影響について Hasler ら (2002) はグレード 2 の胚の受胎率はグレード 1 の胚に比べて新鮮胚と凍結胚において明らかに低いことを報告し 牛島ら (1995) も同様の報告をした 本研究の評価区ではガラス化保存前にコード 1 に比べてコード 2 の胚において有意な差ではなかったが生存率は低い傾向であった (P = 0.087) また 移植後の受胎率には有意差 (P > 0.05) は認められないが コード 1 に比べてコード 2 の胚において 10% 程度受胎率が低かった これらのことから ガラス化保存前の品質評価により胚を選別することで より高い受胎率を得る可能性があると考えられた ガラス化保存前の胚の発育がガラス化保存後の胚の生存性と受胎性に及ぼす影響について Massip ら (1987) は桑実胚 ~ 初期胚盤胞では 39.1% の受胎率が得られたが 胚盤胞では受胎例が得られなかったこと 堂地ら (1990) は桑実期胚で 57.1% の受胎率を得たが 胚盤胞以上では受胎例が得られなかったことを 63
報告した 一方 Ishimori ら (1993) や Campos-chiillon ら (2005) は 桑実胚と胚盤胞では加温後の透明帯脱出率や受胎率に差のないことを報告した 本研究では 評価区 非評価区ともガラス化保存前の胚の発育ステージ ( 後期桑実胚から拡張胚盤胞 ) の間で受胎率に有意差 (P > 0.05) は認められず Ishimori ら (1993) や Campos-chiillon ら (2005) の報告を支持する結果であった 本研究では 移植用ストローを移植器に装着してから移植を終了するまでの時間を移植操作時間として 両試験区の受胎率との関係を調査した その結果 移植操作時間は 3~10 分 ( 平均 4.9 分 ) であり 両試験区とも移植操作時間 6 分以上のグループが移植操作時間 5 分以内のグループに比べて受胎率が低下したが有意差 (P > 0.05) は認められなかった Dochi ら (1998) は EG で凍結保存した胚のダイレクトトランスファーにおいて 移植終了までに融解後 11 分以上経過した場合には受胎率が低下し 融解後に凍結溶液中に胚が保持される時間の延長が有害であると報告している また Matoba ら (2003) は同様に EG を含む溶液で緩慢凍結した胚について 融解後のストローの保持時間が延長すると胚の生存性が損なわれることを報告している 本研究で用いたストロー内希釈では 混合後のストロー内の耐凍剤濃度は EG が 7% DMSO が 3% 程度に希釈されていることを確認しており (Akiyama ら 2012) 非評価区において移植操作に時間を要し 希釈後のガラス化溶液に胚が長時間さらされた場合には化学的毒性や浸透圧の影響により受胎率の低下を引き起こす可能性があると考えられる Kasai (1997) は ガラス化保存では胚に対する高濃度の耐凍剤による化学的毒性や高浸透圧による物理毒性を回避することが必要であり 操作が的確でない場合には脱ガラス化や耐凍剤の化学的毒性により胚の生存性が損なわれることを指摘している 胚移植後の流産について King ら (1985) は新鮮胚移植では移植後 2~7 ヶ月に 5% の受胚牛に流産が発生し Dochi ら (1998) は凍結胚移植において 9.6~ 13.3% の受胚牛に流産が発生し 耐凍剤の種類や除去方法による差はないことを報告した 本研究では対照区で 12.5% 試験区で 13.9% の流産率であり Dochi ら (1998) の報告と同様の発生率であった また Agca ら (1998) はバイオプシーした体外受精由来胚をガラス化保存し 生時体重 妊娠期間 難産は人工授精により生産した子ウシと差のないことを報告した 本研究で受胎した受胚牛の妊娠期間は ホルスタイン種を供胚牛とした King ら (1985) の報告および黒毛和種を供胚牛とした Numabe ら (2001) の報告と同等であった Hirayama ら (2004) は性判別胚の移植で生産された 33 頭の子ウシの性別 64
( 雄 12 頭 雌 21 頭 ) は 移植前に判定した胚の性別と全て一致したと報告した 同様に Hasler ら (2002) は雄判定胚で 98.7% 雌判定胚で 94.4% Thiber と Nibart (1995) は 98% の性一致率であることを報告した 本研究では 子ウシと胚の性別の一致率は 89.8% (44/49) であり 5 例で判定の誤りを生じた とくに雄と判定した胚から雌子ウシが得られた 3 例では 性別判定の実験系に検体以外のウシ DNA の混入があったことが原因と考えられる Herr と Reed (1991) によると 胚の性別判定においてウシ DNA の混入の主要な原因は 培養液中の血清や BSA 透明帯表面の細胞片や精子 以前の PCR 反応産物とされている 胚の性別判定を家畜生産の現場で利用するためには この点について細心の注意を払う必要があると考えられる 本研究の結果から VSED を用いてガラス化保存したウシ性判別胚はストロー内希釈後に直ちに受胚牛に移植することが可能であり 生存性確認後に移植した評価区と遜色ない受胎率の得られることが確認された 耐凍剤のストロー内希釈により実験室での煩雑な加温操作が不要となり ガラス化保存した性判別胚をフィールドにおいて簡単な操作で受胚牛へ移植できることから 性判別胚のフィールドでの活用が一層図られる可能性があると考えられる 65
5.5 要約 ガラス化保存したウシ性判別胚を加温後直ちに受胚牛に移植するために 耐凍剤のストロー内希釈が胚の生存性と受胎性に及ぼす影響を調査した 過剰排卵処理を施した供胚牛から人工授精後 7~8 日目に採取した胚を金属刃でバイオプシーし 雄特異的 DNA の増幅の有無により性別を判定した 性判別胚は 2 段階でガラス化溶液 (VSED:25% EG + 25% DMSO) に移し 希釈液 (EGS: 5% EG + 0.15 mol/l シュークロース ) と空気層を隔てて 0.25-mL ストロー内に充填し 液体窒素に投入した 加温後はストロー内でガラス化液と希釈液を混合し 3 分間保持した 評価区はストロー内希釈した胚の生存性を判定した後に受胚牛に移植し 非評価区ではストロー内希釈後の胚をストローから取り出すことなく直ちに受胚牛に移植した 評価区及び非評価区の移植後の受胎率は 38.7% 及び 34.8% であり 両区の間に有意差は認められなかった (P > 0.05) しかし 評価区においてガラス化保存前の品質の劣る胚の生存性は品質の高い胚に比べて有意ではないが低い傾向であった (P = 0.087) 受胎した受胚牛の流産率は両区の間で有意差は認められなかった (13.9% 12.5% P > 0.05) これらのことから 耐凍剤のストロー内希釈はガラス化保存したウシ性判別胚を加温後直ちに受胚牛に移植するために有効な方法であることが確認された 66
5.6 図表 供試胚 D-PBS SucPBS SucPBS ト ロッフ 性別判定用細胞 修復培養 ME199 38.5 5% CO 2 3~5 時間 金属刃 バイオプシー胚 図 5.1 胚のバイオプシーの手順 67
細胞 反応チューフ 反応プログラム 95, 120 秒 95, 5 秒 50, 5 秒 72, 5 秒 45 回 PCR 反応装置 特異 共通 染色 判定 電気泳動 図 5.2 PCR 法によるウシ胚の性別判定の手順 68
前処理サンプル 6μL EX 6μL 室温 5 分以上放置 細胞 反応チューフ 雄反応チューブ RMⅠ 20μL 酵素 1μL サンプル 5μL 雌雄共通反応チューブ RMⅠ 20μL 酵素 1μL サンプル 5μL 濁度測定 判定 反応プログラム 63 35 分 エンドポイント濁度測定装置 図 5.3 LAMP 法によるウシ胚の性別判定の手順 69
38 10 10 50 25 単位 :mm a b c d b e 図 5.4 ガラス化保存のためのストロー内構成 a 綿栓 b 希釈液 :5% エチレングリコール 0.15 mol/l シュークロース 20% CS 添加修正 PBS c ガラス化液 :25% エチレングリコール 25% ジメチルスルホキシド 0.4% BSA 添加修正 PBS d 胚を含むガラス化液 e 熱シール 70
評価区 非評価区 a b c d e 図 5.5 ガラス化保存したウシ性判別胚のストロー内希釈の手順 a ストローを空気中で 5 秒間保持 b 希釈液が溶解するまで 20 温水にストローを垂直に保持 c ストローの熱シール部を持ってストロー内液を混合 d 綿栓部を上にして 20 温水中でストローを 3 分間保持 e 生存性評価後の胚を移植 ( 評価区 ) ストローから胚を取り出すことなく直接移植 ( 非評価区 ) 71
表 5.1 ガラス化保存前のウシ性判別胚の品質がガラス化保存後の生存性に及ぼす影響 試験区胚の品質 (a) 加温胚数生存胚数 (%) 移植頭数受胎頭数 (b) (%) 流産頭数 (%) コード 1 71 67 (94.4) 67 29 (40.8) 2 (6.9) 評価区 コード 2 22 18 (81.8) 18 7 (31.8) 3 (42.9) 計 93 85 (91.4) 85 36 (38.7) 5 (13.9) コード 1 77 - - 77 28 (36.4) 3 (10.7) 非評価区 コード 2 15 - - 15 4 (26.7) 1 (25.0) 計 92 - - 92 32 (34.8) 4 (12.5) a: コード 1:excellent 胚または good 胚 コード 2:fair 胚 (Robert と Nelson 1998) b: 移植後 35 日に直腸検査により判定 評価区 : 胚の生存性を評価した後に移植 非評価区 : ストローから胚を取り出すことなく直接移植 72
表 5.2 ガラス化保存前のウシ性判別胚の発育段階がガラス化保存後の生存性 に及ぼす影響 試験区 発育段階 加温胚数 生存胚数 移植頭数 (%) 受胎頭数 a (%) CM 13 11 (84.6) 11 5 (38.5) 評価区 EB 33 28 (84.8) 28 14 (42.4) BL 40 39 (97.5) 39 15 (37.5) EXB 7 7 (100.0) 7 2 (28.6) CM 23-23 6 (26.1) 非評価区 EB 25-25 7 (28.6) BL 39-39 18 (46.2) EXB 5-5 1 (20.0) CM: 後期桑実胚 EB: 初期胚盤胞 BL: 胚盤胞 EXB: 拡張胚盤胞 a: 移植後 35 日に直腸検査により判定評価区 : 胚の生存性を評価した後に移植非評価区 : ストローから胚を取り出すことなく直接移植 73
表 5.3 移植操作時間がガラス化保存したウシ性判別胚の受胎に及ぼす影響 試験区移植操作時間 (a) 移植頭数 受胎頭数 (b) (%) 評価区 5 分以内 55 22 (40.0) 6 分以上 8 3 (37.5) 非評価区 5 分以内 65 26 (40.0) 6 分以上 25 6 (24.0) a: 移植器にストローを装着してから移植終了までの時間 b: 移植後 35 日に直腸検査により判定評価区 : 胚の生存性を評価した後に移植非評価区 : ストローから胚を取り出すことなく直接移植 74
表 5.4 性別判定した胚の性と子ウシの性 判定した胚の性 雄 子牛の性 雌 一致率 (%) 不一致 雄 16 3 84.2 3 雌 2 28 93.3 2 計 18 31 89.8 5 75
第 6 章生体卵胞内卵子と性選別精液の体外受精によるウシ性判別胚の生産 6.1 緒言酪農経営において畜主が希望する性別の子ウシを得ることは 後継牛の計画的な生産を実現し 経営の安定化と効率化のために極めて有効な手段になると考えられる 最近 希望する性別の子ウシを 90% 以上の確率で生産することができる性選別精液が市販されるようになり 後継牛生産に利用することが期待されている (Tubman ら 2004; Hayakawa ら 2009; 木村 2009) しかし 性選別精液はストロー 1 本当たりに充填された精子数が通常精液に比べて少ないことなどから 経産牛では人工授精後の受胎率が低いこと (Andersson ら 2006; DeJarnett ら 2008, 2011; Schenk ら 2009) や 多排卵処理後に採取した胚の移植可能胚率が低いこと (Hayakawa ら 2009; Peippo ら 2009; Larson ら 2010) などが指摘されており 技術普及のために改善が望まれている 生体内卵子吸引 (Ovum Pick-Up 以下 OPU)- 体外受精技術は 超音波画像診断装置を用いて生体卵巣から採取した卵子を体外成熟させた後に体外受精して胚を生産する技術である これまで 本技術は子宮灌流による体内受精由来胚の採取の代替え あるいはこれを補完する胚生産技術として開発が進められてきた ( 坂口ら 1995; 今井と田川 2006) また 卵胞波調節と卵胞刺激を組み合わせた卵胞発育同調 (follicle growth treatment 以下 FGT) 処理後に採取した卵子において 体外受精後の初期発生の改善と胚盤胞期胚への発生率が高まることが報告されている ( 今井ら 2014) 一方 体内成熟卵子については 体外成熟卵子に比べて体外受精後の発生能が高いことが知られている (Van de Leemput ら 1999; Dieleman ら 2002) が その利用についての検討は行われていない Matoba ら (2014) は 乾乳牛を対象として多排卵 (superovuration 以下 SOV) 処理後に OPU で採取した体内成熟卵子と性選別精液を体外受精することにより多数の性判別胚が生産できることを報告している しかし 体内成熟卵子と性選別精液を利用した性判別胚の生産に関する報告や生産した性判別胚の受胎性に関する報告は少なく 生産現場での普及性や実用性に関する検討はほとんど行われていない そこで ホルスタイン種泌乳牛を対象として SOV 処理あるいは FGT 処理後に OPU で採取した卵子と性選別精液を体外受精することによる性判別胚の生産効率と生産した性判別胚の移植による子ウシ生産状況について調査した 76
6.2 材料と方法 6.2.1 供試牛神奈川県畜産技術センター 新潟県農業総合研究所畜産研究センターおよび石川県農林総合研究センター畜産試験場で飼養するホルスタイン種泌乳牛 14 頭 ( 産次 2.1 ± 0.4 産 分娩後日数 200.9 ± 23.1 日 ) を供試した それぞれの供試牛には 以下に示す SOV 区および FGT 区の処理を 60 日以上の間隔で反転して実施した 6.2.2 SOV 処理 SOV 区は Matoba ら (2014) の方法に従って処理を行った すなわち 発情周期の任意の時期の供試牛に腟内留置型黄体ホルモン製剤 ( 以下 CIDR シダー 1900; ファイザー製薬 東京 ) を留置 (0 日目 ) し 5 日目に直径 8 mm 以上の全卵胞を吸引除去した 6 日目夕方から 10 日目の朝まで卵胞刺激ホルモン製剤 ( 以下 FSH アントリン R10; 共立製薬 東京 ) を漸減投与 ( 夕朝 8 回 6 6 4 4 3 3 2 2AU 合計 30 AU) し 8 日目夕方にプロスタグランジン F2α 製剤 ( 以下 PGF2α 0.225 mg ダルマジン; 共立製薬 東京 ) を投与し 9 日目朝に CIDR を抜去して発情を誘起した 10 日目朝に性腺刺激ホルモン放出ホルモン製剤 ( 以下 GnRH 0.2 mg スポルネン; 共立製薬 東京 ) を投与し 11 日目午前中 (GnRH 投与後 25~26 時間 ) に直径 5 mm 以上の全卵胞を吸引して卵子を採取した ( 図 6.1) 6.2.3 FGT 処理 FGT 区は今井ら (2014) の方法に従って処理を行った すなわち 発情周期の任意の時期の供試牛の直径 3 mm 以上の全卵胞を吸引し (0 日目 ) 5 日目に直径 8 mm 以上の全卵胞の吸引と CIDR 留置を行い 7 日目朝から FSH を漸減投与 ( 朝夕 8 回 6 6 4 4 3 3 2 2 AU 合計 30 AU) 9 日目朝に PGF2 α(0.225 mg) を投与した その後 11 日目午前中に CIDR を抜去して直径 5 mm 以上の全卵胞を吸引して卵子を採取した ( 図 6.2) 6.2.4 卵胞数 OPU 実施日の卵胞数は超音波画像診断装置 (SSD3500; アロカ 東京 ) で計数し 卵胞の直径により 5 mm 未満 5 mm 以上 8 mm 未満 8 mm 以上に分類した 6.2.5 卵子採取と成熟培養 卵子採取は今井と田川 (2006) の方法に従って行った すなわち 供試牛に 2% 77
塩酸プロカイン溶液 ( ロカイン注 2%; 扶桑薬品工業 大阪 ) で尾椎硬膜外麻酔を施した後に 腟内に挿入したプローブで確認した直径 5 mm 以上の卵胞を採卵針 (COVA Needle; ミサワ医科工業 東京 ) で穿刺した SOV 区では 130 mmhg FGT 区では 120 mmhg の吸引圧で 50-mL コニカルチューブに卵胞液を吸引採取した 吸引溶液は 1% 新生子ウシ血清 (new born calf serum 以下 NBS) と 10 IU/mL ヘパリン ( ヘパリンナトリウム注 ; 味の素製薬 東京 ) を添加した乳酸加リンゲル液 ( ハルゼン-V 注射液 ; 日本全薬 東京 ) を用いた SOV 区では コニカルチューブ 1 本当たり 5 個程度の卵胞液を採取し 90 mm シャーレに移した沈さを実体顕微鏡下で検索し 膨化した卵丘細胞から 21 G 注射針を用いて卵子を切り出した FGT 区では コニカルチューブに回収した卵胞液を受精卵回収用フィルター ( エムコンフィルター ; 野沢組 東京 ) でろ過した後に 90 mm シャーレに移し実体顕微鏡下で検索して 卵子を採取した 採取した卵子は 膨化した卵丘細胞が付着する卵子と極体を確認した裸化卵子を体内成熟卵子 緊密な卵丘細胞が付着する卵子および第一極体が確認できない裸化卵子を未成熟卵子と判定した ( 図 6.3) 体内成熟卵子は 3 時間 未成熟卵子は 22 時間 38.5 5%CO2 95% 空気 湿度飽和の条件で成熟培養を行った 成熟培地は 0.02 AU/mL FSH および 5% NBS 添加 TCM199(Gibco, Invitrogen, Grandland, NY, USA) を用いた 6.2.6 体外受精および体外培養体外受精は Matoba ら (2014) の方法に従って行った すなわち 凍結保存されたホルスタイン種 (4 頭 ) の雌選別精液 ( ジェネティクス北海道 北海道 ) 1 本を 37 の温水中で融解した 融解後の精液はパーコール液 (45% および 60%) に重層して遠心分離 (740 g 10 分間 ) し 次いで沈さ部分を媒精液 (IVF-100; 機能性ペプチド研究所 山形 ) に混合して遠心分離 (540 g 5 分間 ) した その後 精子濃度を 5 10 6 /ml に調整し 媒精用精子ドロップを作成した 成熟培養後の卵子は媒精液で洗浄した後に精子ドロップに導入し 38.5 5%CO2 95% 空気 湿度飽和の条件で 6 時間媒精した 媒精後の卵子は ピペッティングにより裸化し 5% NBS および 0.25 mg/ml リノール酸アルブミン添加 CR1aa 中で 38.5 5%CO2 5%O2 90%N2 湿度飽和の条件で 媒精後 9 日目まで培養した 媒精後 48 時間に卵割状況 7~9 日目に胚盤胞期胚への発生状況を調査した 胚盤胞期胚の品質は国際胚移植学会の評価基準 (Stringfellow と Givens 2010) に準じて評価した 媒精後 7 および 8 日目の胚盤胞期胚および脱出途中胚盤胞期胚を新鮮胚 凍結胚あるいはガラス化胚として移植に用いた 78
6.2.7 凍結保存 融解凍結保存は 浜野 (1994) の方法に準じて行った すなわち 10% グリセリン 20% NBS 添加 Hepes 緩衝 TCM199 に胚を室温で 10 分間平衡し 10% グリセリン 0.2 mol/l シュークロースおよび 20% NBS 添加 Hepes 緩衝 TCM199 に移して直ちに 0.25-mL ストローへ充填した ストロー内には胚を入れた 10% グリセリン 0.2 mol/l シュークロースおよび 20% NBS 添加 Hepes 緩衝 TCM199 を挟んで 0.2 mol/l シュークロース 20% NBS 添加 Hepes 緩衝 TCM199 を充填した 胚を封入したストローは- 6 に保持したプログラムフリーザーに投入し 1 分後に植氷した さらに 同温度で 9 分間保持した後に -25 まで 0.3 / 分で冷却し -25 で 5 分間保持した後に液体窒素中へ投入した 融解はストローを液体窒素から取り出し 空気中で 10 秒間保持後 30 温水中で氷晶が消えるまで保持して行った 6.2.8 ガラス化保存 加温ガラス化保存は 佐野ら (2010) の方法に準じてクライオトップ (cryotop-ag; 北里バイオファルマ 富士宮 ) を用いて行った すなわち 7.5% エチレングリコールおよび 7.5%DMSO 添加 Hepes 緩衝 TCM199 に胚を室温で 3 分間平衡した その後 ガラス化液 (15% エチレングリコール 15%DMSO 0.5 mol/l シュークロース添加 Hepes 緩衝 TCM199) とともに胚をクライオトップ先端部上に移した 直ちにクライオトップ先端部を液体窒素に浸漬してガラス化保存した ガラス化保存胚の加温およびガラス化液の希釈は 38.5 に加温した 0.2 mol/l シュークロースおよび 20% NBS 添加 PBS 液中に胚を載せたクライオトップ先端部分を浸漬し 5 分間保持して行った 6.2.9 移植新鮮胚は 20%NBS 添加 PBS とともに 0.25-mL プラスチックストローに充填し移植した 凍結保存胚は 融解後にストローから胚を取り出すことなく直ちに移植した ガラス化保存胚は加温後に 0.1 mmol/l メルカプトエタノールおよび 20% NBS 添加 TCM199 で 1~3 時間培養し 生存胚を 20% NBS 添加 PBS とともに 0.25-mL プラスチックストローに充填し 受胚牛に移植した 受胚牛は 新潟県農業総合研究所 石川県農林総合研究センター畜産試験場 神奈川県畜産技術センターおよび各県の農家で飼養するホルスタイン種および交雑種の雌ウシを用いた 胚は発情確認後 7~8 日目の受胚牛の黄体側子宮角に子宮頚管経由法により移植した 妊娠鑑定は胚移植後 35 日以降に直腸検査法で行い 在胎日数と産子の性別および生時体重を調査した 79
6.2.10 統計処理データは全て平均値 ± 標準誤差で示した 統計処理は コンピューターソフト SPSS(SPSS 16.0J SPSS Inc. 東京) を用い 卵子採取成績は分散分析により 胚生産成績は分散分析後に Tukey HSD で多重検定を行った なお 卵子の採取率と胚の発生率は予め角変換を行った後に検定を行い 受胎率については Pearson のχ 二乗検定または Fisher の直接確率計算法を用いて検定を行った 危険率 5% 未満 (P < 0.05) を有意差ありとした 80
6.3 結果表 1に卵子採取成績を示す SOV 区および FGT 区における吸引卵胞数 採取卵子数 採取率に有意差は認められなかった (P > 0.05) SOV 区は採取卵子のうち 62.1 ± 8.4% が体内成熟卵子であったが FGT 区の採取卵子は全て未成熟卵子であった 表 2に体外受精後の胚生産成績を示す SOV 区の成熟卵子 未成熟卵子および FGT 区の媒精後 48 時間の卵割率に有意差は認められなかったが (P > 0.05) 5 細胞期以上胚率は SOV 区の成熟卵子が SOV 区の未成熟卵子および FGT 区に比べて有意に高かった (P < 0.05) SOV 区の成熟卵子 未成熟卵子および FGT 区の媒精後 7~9 日目の胚盤胞期胚率に有意差は認められなかったが (P > 0.05) 供卵牛 1 頭当たりの胚盤胞期胚数は SOV 区合計が FGT 区に比べて有意に多かった (P < 0.05) 表 3に生産した性判別胚の移植成績を示す 新鮮胚 凍結保存胚 ガラス化保存胚および合計の受胎率は SOV 区で 50.0% 36.1% 50.0% および 37.5% FGT 区で 46.2% 28.6% 0.0% および 35.7% であった 表 4に性判別胚による子ウシ生産成績を示す 子ウシの雌率は SOV 区が 92.9% FGT 区が 100% であり 在胎日数 ( 受胚牛の発情日から分娩までの日数 ) および生時体重は試験区間に有意差は認められなかった (P > 0.05) 81
6.4 考察本研究では ホルスタイン種泌乳牛において SOV 処理および FGT 処理後に OPU により採取した卵子と性選別精液を体外受精し 性判別胚の生産効率と性判別胚の移植による子ウシ生産状況を調査した その結果 SOV 区で採取した体内成熟卵子は FGT 区および SOV 区の未成熟卵子に比べて 5 細胞期以上胚率が有意に高く (P < 0.05) SOV 区の合計の胚盤胞期胚数は FGT 区に比べて有意に増加した (P < 0.05) また 性判別胚の受胎率 在胎日数および生時体重に有意差は認められなかった Matoba ら (2014) は SOV 処理後の乾乳牛を対象に歩数計を用いた発情開始時間の調査や超音波画像診断による排卵時間の調査の結果をもとに GnRH 投与後 25 時間に卵胞内卵子を採取したところ 採取時に卵丘細胞が膨化した卵子の割合は 95.9% であり GnRH 投与後 30 時間には膨化卵子の 83.3% が第一極体を放出していることを確認している 本研究の SOV 区では Matoba ら (2014) と同様の処理を泌乳牛に対して行い卵胞内卵子を採取した その結果 Matoba ら (2014) に比べて低率はであったが 泌乳牛においても乾乳牛と同様の処理で体内成熟卵子が採取できることが確認された 体内成熟卵子の体外受精後の発生能は 体外成熟卵子に比べて高いことが報告されている (Van de Leemput ら 1999; Hendriksen ら 2000; Rizos ら 2002; Humblot ら 2005) Hendriksen ら (2000) は と畜場由来の体外成熟卵子と比較して Matoba ら (2014) は OPU で採取した未成熟卵子と比較して 体内成熟卵子において体外受精後の発生能が高いことを報告している 本研究では FGT 区および SOV 区で採取した未成熟卵子と比べて SOV 区で採取した体内成熟卵子において体外受精後の発生能が高く これまでの報告を支持する結果であった SOV 区および FGT 区で生産した性判別胚を新鮮胚 凍結保存胚およびガラス化保存胚として移植した合計の受胎率は 37.5% および 35.7% であり 国内における同時期の体外受精由来胚の受胎率 ( 農林水産省 2013) や性選別精液を用いて生産した体外受精由来胚の受胎率 (Wilson ら 2005) と同程度であった Matoba ら (2014) は 体内成熟卵子の体外受精後に発生した胚盤胞期胚は形態観察により高品質胚の割合が高いことを報告している しかし 体内成熟卵子由来体外受精胚の耐凍性や受胎性についての報告は少なく SOV 区で生産された性判別胚の耐凍性や受胎性については今後より詳細な検討が必要と考えられる また 性判別胚の移植により生産された子ウシの在胎日数と生時体重は試験区間に有意差は認められなかった (P > 0.05) さらに SOV 区および FGT 区で生産された子ウシの性比は試験区間に差は認められず 両区ともに期待されたとおりに 90% 以上の確率で雌子ウシが得られることが確認された このこ 82
とは これまでの報告 (Tubman ら 2004; 木村 2009; Hayakawa ら 2009) と同様であり 性選別精液を用いて生産した性判別胚を利用したウシの雌雄産み分けが実用可能な技術であることを示すものであった OPU は 繁殖障害牛 高齢牛 若齢牛 肥育牛など 通常は多排卵処理による採胚に適さない供卵牛から胚生産を可能にする技術として開発されてきた ( 坂口ら 1995; 今井と田川 2006) とくに 体内成熟卵子は体外受精後の発生能が優れることが報告されており (Van de Leemput ら 1999; Dieleman ら 2002) 本研究では性選別精液を用いた体外受精における発生成績の向上を期待して体内成熟卵子を採取した その結果 SOV 区では供卵牛 1 頭あたり 6.3 個の性判別胚が得られ 本研究の移植成績 ( 受胎率 37.5%) および子ウシ生産成績 ( 雌率 92.9%) からの試算では1 回の OPU において 2.2 頭の雌子ウシが生産できることが推測された 多排卵処理後に性選別精液を人工授精した採胚では 1 回の採胚あたり 3.8~ 6.4 個の正常胚が得られることがこれまでに報告されている (Hayakawa ら 2009; Larson ら 2010; Kaimioa ら 2013) 本研究の SOV 区の性判別胚の生産はこれらの報告と比べて遜色のないものであり 1 回の OPU で複数の後継牛を生産することが可能な技術と考えられる さらに 多排卵処理後の採胚では 1 回の採胚のために性選別精液の人工授精を複数回行うことが必要なことが報告されている (Hayakawa ら 2009; 高岡ら 2014) 本研究では これらの報告に比べて少ない本数の性選別精液を用いて多数の性判別胚の生産が可能である このことは 優良種雄牛の性選別精液の効率的な利用につながるものと考えられる これらのことから ホルスタイン種泌乳牛に対して SOV 処理後に OPU により採取した卵子と性選別精液を体外受精して性判別胚を生産する方法は 後継牛の計画的な生産に利用可能な新しい性判別胚の生産方式であることが示唆された 83
6.5 要約ホルスタイン種泌乳牛に多排卵処理 (SOV 区 ) または卵胞発育同調処理 (FGT 区 ) を行った後に生体内卵子吸引により卵胞内卵子を採取した 卵子はホルスタイン種の性選別精液で体外受精し 性判別胚の生産効率と子牛生産状況を調査した 採取卵子数は試験区間に有意差は認めなかったが (P > 0.05) SOV 区は採取卵子の 62.1% が体内成熟卵子であり FGT 区はすべて未成熟卵子であった 媒精後 7~9 日目の胚盤胞期胚率は試験区間に有意差は認めなかったが (P > 0.05) 供卵牛 1 頭当たりの胚盤胞期胚数は SOV 区が有意に多かった (P < 0.05) また 性判別胚の移植後の受胎率 在胎日数および産子の生時体重は試験区間に有意差は認められず (P > 0.05) 産子の 95.0% が雌であった このことから 多排卵処理後のホルスタイン種泌乳牛から採取した卵子と性選別精液を体外受精することで多数の性判別胚を得ることが可能であり 後継牛の計画的生産に利用できることが示唆される 84
6.6 図表 日 9:00 16:00 0 CIDR 留置 5 直径 8 mm 以上の卵胞の吸引 6 FSH 7 FSH FSH 8 FSH FSH, PG 9 FSH, CIDR 抜去 FSH 10 FSH, GnRH 11 OPU(10:00, GnRH 後 25~26 時間 ) 図 6.1 SOV 処理雌ウシに対するホルモン処理スケジュール CIDR: 腟内留置型黄体ホルモン製剤 FSH: 卵胞刺激ホルモン製剤 PG: プロスタグランジン F2α 製剤 GnRH: 性腺刺激ホルモン放出ホルモン製剤 OPU: 卵胞吸引 85
日 9:00 16:00 0 直径 3 mm 以上の卵胞の吸引 5 直径 5 mm 以上の卵胞の吸引 CIDR 留置 7 FSH FSH 8 FSH FSH 9 FSH, PG FSH 10 FSH FSH 11 CIDR 抜去, OPU(11:00) 図 6.2 FGT 処理雌ウシに対するホルモン処理スケジュール CIDR: 腟内留置型黄体ホルモン製剤 FSH: 卵胞刺激ホルモン製剤 PG: プロスタグランジン F2α 製剤 OPU: 卵胞吸引 86
図 6.3 採取した卵子の形態上 : 膨化した卵丘細胞の付着する卵子下 : 緊密な卵丘細胞の付着する卵子スケールバー :50 µm 87