大動脈弁狭窄症 と診断された患者さんへ
1. 大動脈弁狭窄症について 弁の硬化は加齢とともに進行し 弁が開きにくくなります 正常大動脈弁大動脈弁狭窄症 ( 中等度 ) 大動脈弁狭窄症 ( 高度 ) 原因 リウマチ性 先天性 加齢変性 小児期にかかるリウマチ熱 ( 連鎖球菌 ) によるもの 本来三尖あるべき大動脈弁が 先天的に二尖しかないために起こる 大動脈弁狭窄症の原因の多くを占め 加齢とともに弁が硬くなる 病態 正常 大動脈弁狭窄症 狭窄した大動脈弁 左心室の心筋肥大 高圧になった左心室 1. 左心室に圧負荷がかかり左心室の筋肉は厚くなります ( 左室肥大 ) やがて拡張不全を 起こし心不全にいたります 2. 心臓から拍出される血液が少なくなり 狭心症や失神発作 心不全を起こします
2. 大動脈弁狭窄症の自然歴 生存率 (%) 100 80 無症状期狭窄の進行 心筋への負荷 自覚症状の出現 狭心症失神心不全 無症状期を経過し 狭心症や失神発作 心不全症状が出現した後の自然予後は極めて不良であること 60 0 2 4 6 平均生存期間 ( 年 ) が分かっています 40 20 平均死亡年齢 ( 男性 ) 0 40 50 60 63 70 80 年齢 ( 歳 ) 3. 診断方法 経胸壁心臓超音波検査 ( 体表心エコー ) 前胸部からエコー波を用い大動脈弁の硬化の程度や左室肥大の程度 心機能などを評価します 経食道心臓超音波検査 ( 経食道心エコー ) 胃カメラのような経食道心エコーを飲んで 弁口面積や大動脈弁輪径などを正確に測定します マルチスライス CT 検査 必要に応じ 造影剤を用いて大動脈弁を含めた動脈の精密検査を行います 心臓カテーテル検査 必要に応じ カテーテル ( 管 ) を用いて 左室 - 大動脈の圧較差を直接測定したり 心臓の栄養血管 ( 冠動脈 ) の状態を詳しく検査することがあります
4. 体表心エコー検査による重症度評価 連続波ドプラ法による最高血流速度 (m/sec) 簡易ベルヌイ式による収縮期平均圧格差 ( mmhg) 弁口面積 (cm 2 ) 弁口面積係数 (cm 2 /m 2 ) 軽度 中等度 高度 < 3.0 < 25 > 1.5 3.0 ~ 4.0 25 ~ 40 1.0 ~ 1.0 4.0 40 1.0 - - < 0.6 日本循環器学会ガイドライン 2012 改訂版 体表心エコー検査の結果 重症度 大動脈弁狭窄症の重症度は ( 軽度 中等度 高度 ) です 最高血流速度あなたの最高血流速度は m/sec です 収縮期平均圧格差あなたの収縮期平均圧格差は mmhg です 弁口面積 弁口面積係数 あなたの大動脈弁の弁口面積は cm 2 です あなたの大動脈弁の弁口面積係数は cm 2 /m 2 です
5. 治療方法 1) 手術療法 高度大動脈弁狭窄症の治療の基本は手術治療 ( 弁置換術 ) です 手術では狭窄している大動脈弁を切り取り その部位に人工弁を植え込みます 人工弁には生体弁と機械弁の 2 種類があり それぞれの特徴を考慮し選択されます しかし何らかの理由で 高度大動脈弁狭窄症の少なくとも 3 割以上の方が この治療を受けられていない現実もあります 胸骨正中切開 胸骨 狭窄した大動脈弁 人工弁 ( 機械弁 ) 人工弁 ( 生体弁 ) 置換された人工弁 外科手術が困難と判定される主な基準 STS スコアー外科手術のリスクを術前に評価することは 治療方針を決定する上で必須です リスク評価には STS score を用いることが一般的であり score が 10% を超える方は 開胸手術のハイリスク患者となります Frailty( フレールティー ) スコアー年齢だけではなく 実際の日常生活の活動性や生きる意欲 体重の変化 歩行速度 握力 栄養状態 認知症の有無や程度などの術前評価も治療方法選択の重要な判定要素になります
2) 薬物療法 大動脈弁狭窄症による心不全の治療としておこなわれますが 弁の狭窄自体は改善しないので 根本的な治療にはなりません 3) バルーン大動脈弁形成術 (BAV) 年齢や合併症のために手術療法が適応とならない場合や 手術療法のリスクが高い場合にこの治療法が有効な場合があります また 左心機能が低下していたり 心不全が薬物療法を行ってもコントロール不能な状態や 感染症の合併など状態が悪い場合にも次の治療への橋渡しとして 有効な場合があります しかしこの治療の効果は一時的であり 後に手術などが行われなければ予後が改善しないことが分かっています
6. 経カテーテル的大動脈弁置換術 (TAVI) これまで 本来手術が必要とされる大動脈弁狭窄症患者の 3 割以上の方が 高齢であることや手術リスクが高いことから外科手術を受けられずにいました これらの患者さんの予後は非常に悪く 根本的な治療を行えず悪化して行くのが現状でした このような患者さんに対し バルーンによる弁形成術 (BAV) が行われていましたが 一時的に弁口面積が広がり症状が改善するものの 数ヶ月から一年程で再狭窄をきたし 予後の改善につながらないということが判ってきました このような問題点を克服するため バルーンで大動脈弁を拡張後 さらに弁を留置する治療法がフランス ルーアン大学の Alain Cribier 教授により考案され 2002 年に初めてこの治療法で一人の尊い命が救われました この方法は日本でも 2013 年から可能となり 器具の改良や経験 知見の蓄積により 年々安全性が向上しています 経大腿アプローチ心尖部アプローチ使用されている生体弁 TAVI の方法 経カテーテル大動脈弁治療 (TAVI) は 胸を開かず 全身麻酔を行い 心臓が鼓動している状態で 鉛筆ほどの太さに折りたたまれた生体弁を 太ももの付け根の血管から専用のカテーテルで心臓の中まで進めて 元々の大動脈弁の位置に留置する治療法です ( 経大腿アプローチ ) アプローチにはいくつかの方法があり 個々の患者さんに応じて適切なアプローチ部位 ( 心尖部 鎖骨下 直接大動脈 ) が決定されます TAVI 後半年間は 2 種類の抗血小板薬の内服が必要になります
7. 経カテーテル大動脈弁置換術認定施設 TAVI は 学会及び厚労省により認可を受けた施設のみで施行可能な治療法です 当院は 2015 年 11 月に認可を受け 経カテーテル大動脈弁置換術を行うことが出来る施設の一つとして認定されました ( 道南では唯一の施設です ) 8. ハートチームとは 循環器内科医 心臓血管外科医 麻酔科医 放射線科医 看護師 放射線科技士 臨床工学技士 臨床検査技士 理学療法士がハートチーム ( 心臓治療のプロ集団 ) として 適応から治療方法まで十分な検討を行います また それぞれの垣根を越えて連携を密にとりながら 実際の治療を行っていきます TAVI を施行するにあたり このハートチームによる集学的診療 治療システムの構築は不可欠です 市立函館病院ハートチーム 循環器内科医 心臓血管外科医 麻酔科医 放射線科医 看護師 放射線科技士 臨床工学技士 臨床検査技士 理学療法士 9. 臨床試験の成績 ( 国内および海外 ) 臨床試験名 30 日死亡率 (%) 6 カ月生存率 (%) 日本 Japan TAVI Registry (602 例 ) 1.2 95.2 仏 France 2 Registry (3195 例 ) 独 German Registry (1318 例 ) 9.7 8.0 81.4 - 英 UK Registry (3195 例 ) 7.1 - 米 PARTNER Trial (348 例 ) (Cohoto A) 3.4 -
10. TAVI の合併症 手術に際しては 次にあげるような様々な合併所が起こる場合があります 1) 死亡開胸手術ができない高リスク患者さんに対するカテーテル治療であり 手術自体のリスクは比較的高くならざるを得ません 2) 脳梗塞大動脈弁や大動脈内壁には動脈硬化巣がたくさんあります カテーテルの通過に伴ってこれらの動脈硬化の塊がはがれて 血管の一部を詰まらせてしまうことがあります また 大動脈弁の組織の一部から同様に塞栓を生じることもあります これらの塞栓症を完全に防止することは難しく 慎重に行っていても約 5~10% と高率に発生すると言われています また カテーテル内に少量の空気が混入することによる空気塞栓症も起こることが稀にあります 3) 緊急開胸手術心破裂や予期せぬ合併症が生じた際は 人工心肺装着下に 緊急開胸手術を行わざるを得ない場合があります 元々手術が難しい患者さんを対象としておりますので 救命のためやむを得ない場合があります 4) 造影剤による臓器不全 ( 急性腎不全など ) 造影剤という薬物を用いてレントゲン下に生体弁を留置します この造影剤によって まれにアレルギー反応や腎障害を引き起こすことがあります 特に 高齢で腎機能が低下した患者さんでは腎不全を悪化させる可能性があり TAVI 治療後に透析導入が必要になる場合があります 5) 恒久的ペースメーカー埋め込み術大動脈弁弁下に心臓の電気の通り道である刺激伝導系が走行しており 生体弁装着後 同部位の伝導障害により 5~10% の方に恒久的ペースメーカー植え込みが必要になります 6) 穿刺部血管合併症鼠径部から直径約 6 mmのシースを動脈に挿入します 挿入した動脈の穿孔 仮性動脈瘤や動静脈瘻などのため外科的手術が必要となることがあります 7) 心穿孔手術時には心臓内に固いガイドワイヤーを挿入する必要があります このガイドワイヤーによる心室穿孔が起こることが稀にあります 8) 弁輪穿孔硬化した大動脈弁の弁輪部に生体弁を留置する際 弁輪部の穿孔を来すことが稀にあり 緊急開胸手術が必要になる場合があります
9) 冠動脈閉塞による心筋梗塞大動脈弁輪部の上部に 心臓を栄養している左右冠動脈の入口部が開口しています 生体弁を留置した際に 稀に冠動脈入口部を閉塞し 心筋梗塞を引き起こすことがあります 10) 大動脈弁逆流症大動脈の弁輪径は個人差があり 術前の評価が重要となります しかし 弁輪部自体楕円形をしており 生体弁を完全に圧着させることは困難です このため留置後弁輪周囲から重篤な逆流を生じることがあり ( 大動脈弁輪周囲逆流症 ) その程度によっては予後の悪化要因となります 11) 重篤な不整脈カテーテルによる心臓に対する機械的な刺激 あるいは造影剤の化学的な刺激などにより 心室性期外収縮や上室性期外収縮 あるいは心房細動などの不整脈などが誘発されることがあります 多くの場合 これらの不整脈は一過性で後遺症は残りませんが 稀に心室頻拍症や心室細動あるいは高度徐脈などの重篤な不整脈が出現することがあります また 電気ショックや心臓マッサージが必要な場合があり 直ちに人工心肺装置が必要になる場合があります 12) 感染生体弁や創部に感染を引き起こすことがあり 場合によっては 致死的合併症となることがあります 厳しい清潔環境下で手術を行い さらに適切な抗菌剤の投与を行い感染を予防しています 13) X 線による放射線障害治療を行うために X 線を用います 大量の X 線を浴びると放射線障害が起こることがあります 14) その他不測の合併症が起こることがあります
11. ハイブリッド手術室 ハイブリッド手術室とは 手術台と心 血管 X 線撮影装置を組み合わせ 陽圧換気で清潔な環境を整えた手術室のことです これまでそれぞれ別の場所に設置されていた機器を組み合わせることにより 最新の医療技術に対応します 従来の手術室の X 線透視 撮影システムでは X 線装置の出力や透視画像の質的問題により高度な術式に対応できない状況でした 手術室の広さを十分に確保し 高性能な X 線透視装置を設置したハイブリッド手術室を使用することにより 複雑な最新医療にも対応可能な環境を整えました