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Journal of International Health Vol.26 No.4 2011 [ 資料 ] 兵庫県の医療機関における外国語意識調査を通じた外国人医療の課題 中田知廣 藤澤望美 山田貴子 田中紘一 公益財団法人 神戸国際医療交流財団 要旨目的兵庫県内の医療機関に対し 外国人の受診状況や現状の対応方法 その問題点と今後の課題の明確化を目的に調査を行った 方法兵庫県内の医療機関 352 施設 (20 床以上 ) の職員を対象に 2010 年 2 月 1 日から 3 月 31 日までの期間で 郵送による自記式質問紙調査を実施した 調査票は 総数 2100 枚を送付した 主な調査項目は 外国語を使用した場面と頻度 実際の外国人への対応内容と苦慮した点 外国人向け医療についての意見等である 結果調査票の回収は 76 施設 ( 回収率 21.6%) 有効回答者数は 320 名 ( 調査票回収率 15.2%) であった 診療やケアにおける外国語使用状況として 10% 程度が月に 1 回以上対応しており 英語以外に使用する外国語は 中国語や韓国等のアジア圏の言語が多かった 対応に苦慮している点として 診察やケアでの直接的な意思伝達に関する回答が多く 院内掲示や書類における外国語対応の不整備の課題も挙がっており 地域や国全体で共通して使用できる対応資料の作成 相談窓口や通訳派遣などの組織的支援に関するニーズが多くみられた 考察医療機関側では 様々な対応策が必要と認識し 取り組みを始めている医療機関もあった しかし 病院単独での外国語対応能力について限りがあることを訴えている一方 外国人医療に対する公的な活動支援組織についての認知度は高いとは言い難い現状にあった 現状の多言語対応に関する課題を円滑に解決するためには 医療機関のみの対策だけでなく 国 自治体 NPO などの多様な組織間での実務的な連携基盤が求められており 医療通訳認定制度をはじめとする 外国人医療に対する社会施策を早期に検討 実践することが望ましいと考えられた キーワード : 外国人医療 医療通訳 国際医療交流 在日外国人 多文化共生 I. 緒言近年 外国人登録者数は増加傾向にあり 2009 年には 218 万人を超え わが国総人口の 1.71% に達し その国籍もアジア諸国を中心として多様化してきている 1) 医療においてもグローバル化への機運が急速に高まっており 国際医療機能評価の JCI(Joint Commission International) 認証取得や外国人看護師 介護福祉士への受け入れなど 国際医療交流に関する取り組みが本格化している 連絡先 : 650-0047 神戸市中央区港島南町 1-6-5 TEL:078-303-6221 FAX:078-303-6224 E-mail:t-nakata@fbri.org ( 受付日 :2011. 01. 18 受理日:2011. 10. 20) 331

国際保健医療第 26 巻第 4 号 2011 このような社会背景から 医療機関に外国人が受診 あるいは入院する機会は 今後大いに増加していくことが見込まれ 医療現場での外国語対応への整備は差し迫った状況になりつつある しかし 医療機関への外国人患者の受診実態における報告は複数存在するが 2 3) 医療機関側の対応や医療者の外国語使用状況 その問題に関する具体的な報告は少ない 兵庫県では 幕末より開かれた神戸港の歴史的背景もあり 多方面で国際化が推進されており 在日外国人が現在約 8 万人と増加傾向となり 4) 首都圏 大阪に次ぐ多国籍化の環境にある そこで 兵庫県の医療機関を対象に 外国人の受診および入院の状況 外国語対応方法とその問題点などについて調査を行った II. 方法 1. 対象兵庫県内における医療機関 352 施設 (20 床以上 ) にて従事している職員を対象とした 2. 調査方法 2010 年 2 月 1 日から 3 月 31 日までを調査期間とし 郵送による自記式質問紙調査を行った 調査票は 300 床以上規模の医療機関に 10 枚 300 床未満規模には 5 枚同封し 総数 2100 枚送付した 調査の主な項目は 施設の規模と職種 外国語を使用した場面とその場面の頻度 外国人への対応方法と苦慮した点 外国人向け医療サービスや取り組みに関する意見 要望などである 3. 倫理的配慮書面で研究目的と情報の取り扱いについて説明し 調査への協力については任意であり参加の有無で一切の不利益はないことを保証した 兵庫県内の 20 床以上の医療機関の名称 住所の調査リストを作成し 匿名質問用紙と返送用封筒を送付して 返送用封筒の送り主機関名も匿名として質問用紙を回収した 調査終了後 調査対象医療機関リストを破棄した III. 結果 1. 回収状況調査票の回収は 76 施設 ( 施設回収率 21.6%) で 有効回答者数は 320 名 ( 調査票回収率 15.2%) であった 回答者の内訳は 病床数が 500 床以上規模で 17 名 (5%) 101 499 床が 208 名 (65%) 100 床以下 86 名 (27%) 規模無記名 9 名 (3%) であった 職種 職位 年齢構成については表 1 に示したとおり 職種では各職種ほぼ 20% 近い回答数があり 職位は管理職が約半数を占めている 年齢構成は 40 歳代が 98 名 (31%) 50 歳代が 88 名 (28%) 30 歳代が 74 名 (23%) と続き ほぼ就業全年齢層の回答を得ている 診療科については 回答があった調査票において内科 42(13%) が最も多く 次いで外科 16(5%) 産婦人科 10(3%) 精神神経科 整形外科 9(3%) の順であった また 回答者の海外職歴と留学経験について表 2 に示す 海外職歴あるいは留学経験がありと回答した職種は 医師が最も多かったが 全職種では全体の 9% であった 2. 外国語の使用状況外国語の使用状況について 場面を 8 項目に分け その頻度を調査した その 8 項目を以下に記述し その調査結果を図 1 に示す 質問項目 (1) 外国人患者の診察 治療 ( 医師 ) (2) 外国人患者に対するケア 処置 検査など ( 医師 看護師 コメディカル ) (3) 外国人患者 家族に対する説明 ( 全職種 ) (4) 外国人患者 家族からの問い合わせ対応 ( 全職種 ) (5) その他外国人患者への対応 ( 全職種 ) (6) 英文診断書 紹介状作成頻度 ( 医師 ) (7) 英文論文を読む 書く ( 主に医師 看護師 薬剤師 ) (8) 英文の手紙 E メールのやり取り ( 全職種 ) (1) の質問に対し ほとんどない との回答は 26 名 (36%) であり 半年 -1 年に 1 回程度 は 20 名 (27%) 数年に 1 回程度 が 15 名 (21%) と順に多く 半年以上の間隔で外国人の診察機会があるものが 84% を占めている その一方 ひと月内 332

Journal of International Health Vol.26 No.4 2011 表 1 医療機関の規模と回答者の内訳 表 2 各職種の海外職歴と留学経験 の診察機会がある回答は 11% 存在していた (2) については ほとんどない は 82 名 (42%) 数年に 1 回程度 が 44 名 (23%) 半年-1 年に 1 回程度 は 39 名 (20%) となり ケア等に関しても 半年以上の間隔が 85% で 月に 1 回以上の関わりが 9% と (1) に近い割合となっている (3) (4) (5) (6) (8) では ほとんどない 数年に 1 回程度 半年 -1 年に 1 回程度 の合 計が約 9 割以上となり 2 3ヵ月以内の使用状況はそれぞれ数 % との回答であった (7) に対しては ほとんどない が 117 名 (55%) で 月に 1 回程度 が 19 名 (9%) 週に 1 回程度 が 19 名 (9%) であり 週 1 回以上 以外の回答は約 10% の頻度となっている また 英語以外の言語使用経験について質問したところ 回数総数が 246 名で 経験ありとの回 333

国際保健医療第 26 巻第 4 号 2011 図 1 外国語の使用場面 図 2 英語以外の使用言語答が 48 名 ( 20%) 経験なしが 198 名 ( 80%) と結果を得た その英語以外の使用言語を図 2 に示す 英語以外で使用した言語については 中国語 が 35 名 韓国語 が 5 名と多く 全体の 81%(44/54) がアジア圏の言語が使用されていた 3. 外国人患者への対応 3.1 対応に苦慮した点現在までに 外国人患者 家族への対応に苦慮した点についての回答を図 3 に示す 専門的なやりとり や 会話 等の直接的な対応に関する回答が多かった その他 では 母国語が英語ではない場合の対応などの多言語に関するものと 待ち時間の長さなどの文化の違い 持参薬が未承認 未販売薬品であった場合の対応などが挙げられていた 3.2 整備が必要な外国語対応のサービス 3.1 の質問で回答された 外国語での専門的な説明や会話 文化の違いなどへの対応に関する現 状の問題点について あればよい こうすればよい と考える外国語対応のサービスについて質問した その回答結果を図 4 に示す 専門窓口 スタッフの配置 問診票の整備 などの医療機関における整備の必要性に加え 県や市による相談窓口設置 という自治体での整備を希望する回答が多かった そして その他 には 56 件の自由回答として 様々な要望が記述されていた 代表的な内容をカテゴリー毎にまとめた結果として表 3 を示す 要望として 公的機関やボランティアを含めた外国語対応への支援サービスに対するものが多数あった 特に 英語以外の言語への通訳派遣や相談窓口への要望が多くみられ 日本語能力を有する外国人支援者の必要性を求めたものもあった また 入院時の生活面や手続き上での医療者側に対する応対 職員に対する外国語教育についての支援の内容もみられた 3.3 外国語と外国人向け医療サービスへの意見外国語の使用や外国人患者への医療サービスに対しての意見 コメントを自由記載で記入を求めた 主な回答内容を表 4 に示す 意見やコメントとして多く記載されてあったのは 何らかの外国語対応への準備が必要と考える一方で 外国語対応できる職員が非常に限られており 外国語教育を含めた対応方法を模索している回答であった そのため 外国語対応できる医療機関を指定すべきとの意見や地域 国全体で医療機関を支援できる社会づくりを求めるものもみられた また 誤訳などの通訳を活用した場合のコミュニケーションの問題も挙がっており 通訳 334

Journal of International Health Vol.26 No.4 2011 図 3 外国人患者への対応で苦慮した点 図 4 整備が必要な外国語対応のサービス として専門的に対応できる人材や事務職員としての確保を望む意見があった IV. 考察 1. 調査結果と現状の課題本調査の回答が得られた医療機関 医療従事者のうち 外国人患者への診察とケアの機会が 半年以上で 1 回程度あるとの回答が約 8 割であったのに対し 1 か月以内に 1 回程度との回答は約 1 割程度存在していた 回収率を考慮すると 兵庫県内の状況をすべて反映したものとはいえないが 少なからず外国人患者とのコミュニケーションが存在する場面があり 外来や入院での日本人と同様のサービス提供可能な施設能力が求められ ていることがわかる また 外国人患者対応への苦慮した内容からは 直接的な意思疎通に関する点に難しさを感じている回答が多かった 必要性のある医療サービスの回答にも 外国語対応を実践できる人員や窓口が求められていた この外国人対応の機会と医療側の現状に関する回答からは 実際に外国語対応を直面した経験によって 環境整備への危機感は抱いているが あまり具体的な対策を取り組めていない現状が窺える 外国語対応への取り組みに関する回答では 部門内での用語集作成との回答に留まり 多くの機関では 同行通訳や医師を中心とした英語対応で 335

国際保健医療第 26 巻第 4 号 2011 表 3 外国語対応サービスへの要望 ( 自由記載 ) 表 4 外国人向け医療サービスへの意見 ( 自由記載 ) 336

Journal of International Health Vol.26 No.4 2011 きる職員のみによって コミュニケーションが図られている状況が見受けられた 公的な活動組織としては 各都道府県 政令指定都市に支部がある国際交流協会や NPO 法人 AMDA 国際医療情報センターが存在し 外国語による医療機関情報の提供や通訳の派遣 外国人および医療者側への相談窓口などが設置され 在日外国人への生活支援を行っている しかし 本調査では これらの機関を活用した回答は 1 件のみで 相談窓口設置や通訳派遣サービスへの要望回答から考えると 医療者側での認知度はあまり高いとはいえない結果となった これら公的機関における外国人からの問い合わせに関しては 多言語における対応や通訳専任職員の確保などの課題が 鈴木ら 5) の調査で報告されている この報告と本調査の結果をふまえると 外国人側と医療側両者への対応について 未整備な点が未だ多く存在していることになる 今後急速な国際化が進み 日本人と並行して 外国人に対する安全で質保証されたサービス提供を求められる日本医療にとって 具体的な対応策への取り組みが喫緊の課題となっている 2. 求められる対応策と組織連携に関する提言本調査で得られた回答結果から 医療機関で対応すべき点として 以下の 4 点に整理される (1) 診療 ケア 診察 検査 投薬での専門的な会話 説明 同意の提供 入院生活等での日常会話 文化 習慣への理解 (2) 環境 院内案内掲示 パンフレット ホームページなどの整備 派遣事業などの支援サービス体制の確保 (3) 事務 受付から会計までの行程案内などを含めた多言語サポート体制の整備 特有の保険手続き 紹介状等の書類処理などのマニュアル化による経験知の蓄積 (4) 教育 英語を主体とした外国語能力の評価と職員教育 派遣事業などの支援サービス内容の周知 (1) から (3) においては それぞれの項目に応じた翻訳や書類の整備 用語 対表冊子などの作 成が必要となる そして 職員の基本的な言語能力の向上として (4) が重要であり 医療機関には継続的な教育実践と効果の評価が求められる 国際医療機能評価の認証規格である JCI には この 4 点に関する評価項目が含まれている 6) 言語や文化等に関する障壁の低減 ( 評価項目 Section I : ACC.1.3) 診療 ケアでのコミュニケーション 説明 同意や各医療行為の実践 (Section I : PFR.6,COP.2.4,ASC.5.1/7.1,PFE.1/4) 院内環境の整備 (Section II :MCI.1/2/3) 職員への教育(Section II :SQE.3/8) の評価項目により 言語を問わない医療提供を保証するよう規定している 調査回答で述べられていた 外国語対応の医療機関を指定して対処すべきとの意見にもあるように 全医療機関が JCI 水準の多言語対応機能を整備する必要はないと考えるが 日本人と同じ患者として 可能な限り格差のない医療を提供する機能整備を体系的に進めていくことが肝要である このような 医療側における外国語対応への整備状況などの課題は 無論各医療機関で準備すべき点はあるものの 表 4 の外国人向け医療サービスへの意見にもあるように 決して医療機関だけの取り組みで対策を組み立て 解決できるものではない 調査回答として 医療側から強く要望されている点は 英語を含めた多言語のコミュニケーションに対応できるような支援体制である 英語の対応能力も十分ではない回答結果からみても 医療機関での教育や環境整備などの対策を含め 多言語への対応は切実なニーズである 具体的な意見としては 専任できる人材や地域全体での組織的支援 あるいは診療報酬等の国を基盤とした専門的な外国語対応への経済的支援を訴えるものもみられていた 以前より在日外国人への医療提供の機会が多い領域とされる周産期においても 医療機関 自治体 NGO( 非政府組織 ) との連携をすすめることや医療通訳を制度化し普及させることが 課題克服の上位項目となっており 7) 本調査の対象と結果を考慮すると 診療科を問わない外国語対応が求められている中 その支援体制構築と専門的な人材の必要性が非常に高まっていることがわかる しかし NPO 法人 MIC かながわでの協定医療 337

国際保健医療第 26 巻第 4 号 2011 機関への通訳派遣 大阪府での通訳ボランティア制度 京都市 ( 財 ) 京都市国際交流協会 NPO 法人多文化共生センターきょうとでの医療通訳システムモデル事業など様々な地域で医療通訳の活動が行われており このような各地域間ネットワークも構築されつつあるが 通訳者報酬の低さとコーディネート機能を維持する事務局の疲弊という継続性の大きな問題がある 8) したがって 現状の外国語対応に関する課題克服への組織的対策として 地域連携における支援体制の形成と継続的な運営を確立することは 重要な取り組みのひとつとして迅速な対応が求められている この対策を具体的に取り組むためには まず本調査で得られた 医療側の支援団体に関する認識不足から生まれる組織連携の分断を解消することが必要となる そのため 医療機関 国 自治体 NPO などの支援団体が互いの存在を認知しあい それぞれの役割を明確にし 相互連携できる社会システム構築への取り組みが対策の基盤となる 3.2 節の表 3 および 3.3 節の表 4 から浮き彫りとなった 現状での各組織がもつ機能や問題点 医療側からの意見をまとめ 外国人医療に求められている組織関係図を整理した その関係図を図 5 として示す この図は 本調査で得られた医療側のサービス への要望と問題点を 実際に京都で運営されている医療通訳派遣事業の関係図 9) を基盤として整理したものである そして 多くのニーズとして挙がっていた 医療通訳士の資格制度設立に向け 医療通訳独自の倫理規定 10) および州単位での通訳認定制度を備え 連邦指針 州法にて医療機関に多言語対応能力確保を定めている米国のシステム 11-13) を活用し具体的な構成を記した 現状で明らかとなった課題から 外国語医療への対応を活発化するには 表 4 の 地域社会サービス や 資格 に分類された意見などにもあるように 国における多文化共生施策から各自治体の動向に沿った対策 および診療報酬における医療機関へのインセンティブが必須となる 通訳者には 正確な通訳がされていない場合があるとの意見をふまえ 倫理規定策定の発端となった米国での誤訳問題などに関連し 認定制度を設けて 通訳の質水準を保証していくことが必要とされている そして 現在役割が重複している外国語対応の支援組織には それぞれの地域 団体の特性を活かし 医療機関との連携を深めていくことが求められている もし その機能が不十分であれば民間企業との協働も含めて 基本となる組織構成を基に 地域のニーズや特徴に合った体制を構築し 図 5 調査結果の現状とニーズから得られた外国人医療に求められている組織関係図 338

Journal of International Health Vol.26 No.4 2011 多地域間でも基本的な部分が共通する仕組みにより 多言語における外国語医療を継続して提供していくべきと考える V. 結語兵庫県内の医療機関および医療者の外国語使用状況として 1 から 2 割程度の医療機関が月に 1 回以上対応しており 英語以外に使用する外国語は 中国語や韓国語などのアジア圏の言語が多かった 対応に苦慮している点として 診察や説明での直接的な会話を中心に 書類等の院内環境に関する外国語対応の不整備の課題が挙げられた こうした課題を解決するためには 各医療機関での取り組みとともに 医療通訳に関する公的支援組織との連携も求められていたが その支援組織の認知度は 本調査では高いとは言い難い結果であった 多言語対応の医療提供が保証されるためには 医療機関での体系的な対策にあわせ 国 自治体 NPO などの多様な組織における密接な連携基盤が要望されており 医療通訳認定制度をはじめ 外国人医療の質向上への社会施策の検討 実践が望ましいと考えられた 謝辞調査の実施にあたり, 多大なご協力をいただきました神戸市看護大学川越栄子先生に心より深謝いたします. 本研究は, 公益財団法人神戸国際医療交流財団の平成 21 年度公益目的事業の一環として実施された調査に基づいたものです. 文献 1) 法務省. 平成 21 年度末現在における外国人登録者統計について [Web page]. 法務省入 国管理局 Web site. Available at http://www.estat.go.jp/sg1/estat/list.do?lid = 000001065021. Accessed July 10, 2010. 2) 福井彩乃. 愛知県内に暮らすブラジル人の病院受診に関する現状と実態調査. 看護教育 2009; 50 (8): 33-34. 3) 島正之, 安藤道子, 山内恒男, 他. 千葉市の医療機関における外国人の受診状況に関する実態調査. 日本公衛誌 1999; 46 (2): 122-129. 4) 総務省統計局. 外国人人口 [Web page]. 平 成 17 年国勢調査最終報告書 日本の人口 上巻 解説 資料編 Web site. Available at http: //www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/nihon/pdf/ 01-17.pdf. Accessed July 10, 2010. 5) 鈴木ひとみ, 高橋愛里, 重野亜久里, 他. 在日外国人への多言語対応の必要性について. 滋賀医科大学看護ジャーナル 2006; 4 (1): 51-57. 6) Joint Commission International. JCI Accreditation Standards For Hospitals 3rd Edition. Illinois :Joint Commission International; 2008: 37-228. 7) 松尾博哉. 在日外国人母子保健医療の現状と課題神戸市内産科医療従事者へのアンケート調査から. 周産期医学.2004; 34 (2): 261-264. 8) 吉富志津代, 大橋和美. 医療通訳モデル事業を通じた多文化共生コミュニティ創生プロジェクト先駆事例の医療現場ヒアリング報告. 兵庫県神戸市 : 特定非営利活動法人多言語センター FANCIL; 2010: 11-19. 9) 京都市国際交流協会. 医療通訳派遣事業 関係図 [Web page]. 京都市国際交流協会 Web site. Available at http: //www. kcif. or. jp/iryot/index.html. Accessed July 15, 2010. 10) The National Council on Interpreting in Health Care. The National Council on Interpreting in Health Care Working Papers Series. A National Code of Ethics for Interpreters in Health Care [Web page]. The National Council on Interpreting in Health Care Web site. http: //data. memberclicks.com/site/ncihc/ncihc%20national%20 Code%20of%20Ethics.pdf Accessed July 21, 2010. 11) Jacobs, E. A., Shepard, D. S Suaya, JA, et al. Overcoming Language Barriers in Health Care: Costs and Benefits of Interpreter Services. American J. Public Health. 2004; 94 (5): 866-869. 12) Hart D, Bowen J, DeJesus R, Maldonado A, et al. Using medical interpreters. Minn Med. 2010; 93 (4): 42-44. 13) Flores G. The impact of medical interpreter services on the quality of health care: asystematic review. Med Care Res Rev. 2005; 62 (3): 255-299. 339

国際保健医療第 26 巻第 4 号 2011 [Information] A Survey of the Awareness and Ability of Health Care Providers to Cope with Language Barriers at Medical Facilities in Hyogo, Japan Tomohiro Nakata, Nozomi Fujisawa, Takako Yamada, and Koichi Tanaka Foundation for Kobe International Medical Alliance Abstract OBJECTIVE: This study aims to examine the awareness and ability of health care providers to cope with language barriers at medical facilities in Hyogo Prefecture, Japan, and to clarify the issues concerning health care for foreigners. METHODS: In total, 2100 copies of self-report questionnaires on issues of health care for foreigners were mailed to health care providers of 352 hospitals in Hyogo. The survey was conducted from February to March 2010. RESULTS: The response rate of medical facilities was 21.6% (76/352), whereas that of the health care providers was 15.2% (320/2100). Approximately 10% hospitals handled foreign patients at least once per month, and they dealt with patients using several languages, including English, Chinese, Korean, and others. The providers main issue was communication with their foreign patients. The documents and booklets for guidance regarding some health care procedures at the hospitals were also poorly prepared. It is therefore exceedingly necessary for hospitals to provide common documents in different languages; moreover, the government or local authorities should arrange for public medical interpretation services. DISCUSSION: Medical facilities in Hyogo have been struggling to improve their linguistic capabilities, and it is difficult to indicate whether public organizations concerned with medical interpretation are being recognized. Efforts on the part of medical facilities and local and national governments, as well as cooperation of nonprofit organizations, are immensely essential to resolve the issue of multilingual health care. This survey suggests that to help people with diverse languages, the health care system in Japan should be improved rapidly, particularly with regard to the establishment of licensed professional medical interpreters. Keywords: Health Care for Foreigners, Medical Interpreter, International Medical Cooperation, Foreign Residents in Japan, Multicultural Society 340