J Jpn Soc Pediatr Radiol 2019; 35(: 41 45 日本小児放射線学会 症例報告 複数磁石の誤飲による消化管穿孔をきたした 1 歳男児例 秋山佳那子, 田中文子, 阿部礼, 臼井秀仁, 新開真人 済生会横浜市南部病院小児科 済生会横浜市南部病院放射線科 神奈川県立こども医療センター外科 A case of gastrointestinal perforation caused by the ingestion of multiple magnets in a 1 year old boy Kanako Akiyama, Fumiko Tanaka, Aya Abe, Hidehito Usui and Masato Shinkai Department of Pediatrics, Saiseikai Yokohamashi Nanbu Hospital Department of Diagnostic Radiography, Saiseikai Yokohamashi Nanbu Hospital Department of Surgery, Kanagawa Children s Medical Center Abstract Foreign body ingestion in small children is common. Because most foreign bodies pass innocuously through the gastrointestinal tract, it is not so often for them to require endoscopic removal or emergency surgery. We herein report a case in which emergency surgery was required after the ingestion of multiple magnets. A 1 year old boy was referred to our hospital for vomiting and drowsiness. An X-ray revealed 5 small magnetic balls in the right abdomen, in addition, CT revealed free air in the abdominal cavity. We diagnosed the patient with gastrointestinal perforation caused by the ingestion of multiple magnets and he was quickly transferred to the children s hospital for surgery. During the operation, one magnet was found in the stomach in apposition to 4 magnets in the abdominal cavity. These 4 magnets had caused multiple perforations associated with pressure bowel necrosis in the intestine wall. In the present case, the boy had ingested neodymium magnets, which are small and powerful. Recently, the incidence of magnet-related injuries has increased with the spread of neodymium magnets. Because such magnets can be easily obtained, the restriction of their use and sale is desired, and appropriate education must be provided for people including health-care workers. Keywords: Foreign body ingestion, Magnets, Gastrointestinal perforation はじめに 症 例 小児の異物誤飲は日常よく経験する. その多くは自然排泄が期待でき, 外科的治療や内視鏡等の処置を要する症例は多くない. しかしながら複数磁石の誤飲は消化管穿孔や腸閉塞の危険性が高く, 緊急の処置が必要となる場合が多いとされている. 今回われわれは複数磁石を誤飲し, 消化管穿孔をきたした症例を経験したため報告する. 症例 :1 歳 4 か月. 主訴 : 嘔吐, 活気不良. 家族歴 既往歴 : 特記事項なし. 現病歴 :X 3 日に嘔吐 2 回あり前医を受診し, 胃腸炎の診断にて整腸剤, 制吐剤を処方され帰宅した. X 2 日に再度嘔吐 2 回あり, 前医を再診し内服継続となった.X 1 日に 38 の発熱を認め, 活気がなくなった.X 日の朝, 嘔吐 1 回あり前医を再診し, 精査目的に当院に紹介受診となった. 41
Table 1 当院受診時血液検査 WBC 5,700/μl TP 7.1 g/dl PT 12.2 sec Seg 56.0% Alb 4.2 g/dl APTT 25 sec Band 1.0% AST 34 IU/L Fib 386 mg/dl Lym 33.0% ALT 10 IU/L FDP 22.2 μg/ml Mon 11.0% LDH 212 IU/L Eos 0.0% Na 135 meq/l ph 7.311 Bas 0.0% K 4.4 meq/l PCO 2 39.6 mmhg RBC 544 10 4 /μl Cl 99 meq/l HCO 3 18.8 mmol/l Hb 11.3 g/dl BUN 15 mg/dl BE 4.1 mmol/l Ht 35.0% Cr 0.24 mg/dl Plt 50.2 10 4 /μl CRP 15.79 mg/dl NH3 20 μg/dl Fig. 1 当院受診時腹部臥位単純 X 線検査 7 mm 大の球体が 5 個連なった異物が右腹部背側寄りに認められる. 拡張した小腸ガス像も認める. 来院時理学所見 : 体温 37.8 C, 脈拍 140 回 / 分, 血圧 110/52 mmhg, 意識はぼんやりして視線が定まらない状態, 顔色不良あり, 眼窩陥凹あり, 腹部膨満あるが軟, 腸蠕動音弱いが聴取可, 上腹部圧迫にて苦悶様表情あり, 筋性防御なし, 末梢冷感なし, capillary refilling time <2 秒. 血液検査所見 (Table :CRP 15.8 mg/dl と著明な上昇を認めたが, 白血球数はむしろ低値であった. また静脈血ガス ( 室内気 ) で ph 7.311,HCO3 18.8 mmol/l と軽度の代謝性アシドーシスを認めた. 腹部臥位単純 X 線写真 (Fig. : 著明に拡張した小腸ガス像を認め,7 mm 大の球体が 5 個連なった異物が右腹部背側寄りに小腸ガス像と重なるように存在していた. 腹腔内遊離ガス像は認めなかった. 腹部単純 CT(Fig. 2a: 当院受診時 ): 十二指腸下行 脚付近に金属アーチファクトを伴う異物を認め, 小腸は全体的に拡張していた. 肝周囲に少量の腹腔内遊離ガス像を認めた. 腹水は認めなかった. 来院後経過 : 来院当初は胃腸炎による脱水 活気不良を考え, 細胞外液の投与を開始した. しかし急速補液開始 30 分後にさらに意識レベルの増悪を認め, 炎症反応が高値であることもあわせて, なんらかの感染による septic な状態が考えられた. 腹部単純 X 線写真 (Fig., 単純 CT 画像 (Fig. 2a) より金属製の異物誤飲が疑われ, 母に再度問い直したところ, チラシを貼り付けるために複数の磁石が冷蔵庫に付いており, 児はよくそれを触って遊んでいたとのことであった. 複数磁石誤飲とそれに伴う消化管穿孔が疑われ, 手術目的に同日小児病院へ転院搬送となった. 当院の画像では, 遊離ガス像を認めるもの 42
Vol. 35 No. 1, 2019 Fig. 2 当院受診時腹部単純 CT (a) CTDIvol 11.60 mgy, DLP 316.00 mgycm 転院先搬送後腹部造影 CT (b) CTDIvol 7.10 mgy, DLP 227.3 mgycm a 肝臓周囲に少量の腹腔内遊離ガス像 あり 小腸は拡張しており 十二指腸下行脚付近に異物 点線 が存在する b 小腸壁の浮腫 腹腔内遊離ガスの増加 腹水の出現 * を認める Fig. 3 手術記録 神奈川県立こども医療センター 外科手術記録に追記 の 磁石は 5 個連なったものが消化管に存在するよ Treitz 靭帯より 150 cm 肛門側の小腸に 3 箇所 180 うに見え 全身状態不良を起こす程の腹膜炎をきた cm 肛門側に 2 箇所 盲腸前壁に 1 箇所のいずれも しているとは考えにくかった 画像と臨床所見に乖 磁石大の穿孔があり 磁石同士が腸管壁を挟んで接 離があるとの判断で初回 CT から 3 時間後に転院先 着したことで腸管壊死が起きて それによってでき で造影 CT Fig. 2b 転院先搬送後 を撮影したと たものと考えられた 胃後壁 盲腸前壁の穿孔はト ころ 腸管壁の浮腫 腹水の増加 と所見の進行を リミングして縫合 Treitz 靭帯から 150 cm 180 cm 認めたため同日緊急手術の方針となった の小腸 部位 はそれぞれ切除して吻合した ダ 手術所見 Fig. 3, 4 右上腹部横切開で開腹 腹腔 グラス窩にドレーンを挿入し 閉創して手術終了し 内に黄色腹水を認めた 洗浄しながら腹腔内を検索 た 摘出された磁石はネオジム磁石という強力磁石 すると 胃後壁から腹腔内に向かって 4 個連なった であった 磁石が突き出ており 胃内にある 1 個の磁石と 胃 術後経過 術後経過良好で 術後 4 日目から経口摂 後壁を挟み込んで接着していることが分かった 取開始し 術後 8 日目に退院となった 43
Fig. 4 考 術中画像 神奈川県立こども医療センター 外科手術記録より借用 左上 胃後壁を挟み込んで 胃内の 1 個の磁石と 4 個の腹腔内の磁石が接着している 右上 小腸穿孔部 小腸の穿孔はいずれも磁石大であった 下 取り出されたネオジム磁石 察 必要であると考えられた 次に磁力から考察すると 磁力の弱いトラベル用 小 児 の異 物 誤 飲 は 小 児 の 全 事 故 の 約 20%を 占 オセロ石を 67 個誤飲したが全て便と一緒に排泄さ め 日常よく遭遇する 誤飲異物の種類としては れたとの報告もあり 7) 消化管損傷のリスクは誤飲 硬貨 ボタン電池 磁石等が多い 通常多くの異 した磁石の磁力にも起因すると考えられる 本症例 物は自然排泄され 外科的処置を必要とするのは 1% で誤飲したネオジム磁石はレアアースであるネオジ 程度である ムと鉄 ホウ素を主成分とする強力磁石であり 従 磁石誤飲も単数であれば危険性は低く 経過観察 来の鉄を主成分とした磁石の約 10 倍の磁力を有す が原則である しかし 複数磁石の誤飲の場合 腸 るとされ 玩具の小型化に寄与するようになった 管壁を挟み込んで磁石同士が接着することで腸管の 磁石誤飲による消化管損傷例のうち 玩具の小部品 穿孔 壊死 閉塞をきたし とくに時間差をもって によるものが 149 例中 66 例 43.1% と約半数を 誤飲した場合 その危険性が高くなる 一方 複 占めており 8) 米国や欧州連合 EU は玩具の小部 数磁石であっても同時に飲み込んだ場合などは 磁 品への強力な磁力を持つ磁石の使用を規制してい 石同士が早期に接着して消化管内で一塊となり 経 る 子ども向けの玩具のみでなく 大人を対象とし 過観察で排泄された症例報告もある 本症例の初 た商品の誤飲事故も報告されている 2009 年に 5 診時の腹部単純 X 線写真 CT では 5 個の磁石が一 mm 前後の小型のネオジム磁石の球体を数百個の 連となって写っていた また本症例では誤飲を家族 セットで様々なモチーフを作って楽しむ製品 商品 が目撃しておらず穿孔の時期が不明であり 今後ど 名 bucky ball 等 が登場し 以降小児の誤飲事故 のような速度で悪化をしていくのかの予測が困難で が激増した トロント小児病院での研究では 同商 あったが 全身状態および数時間での CT 所見の変 品の販売前の 8 年間と 販売後の 3 年間の 2 期間で 化から結果的には当院での CT 撮影の直前に穿孔し の 比 較 を 行 い 後 期 間 で は 磁 石 誤 飲 事 故 の IRR たものと推測された これらから 単回の画像所見 Incidence Rate Ratio が 2.94 倍になったことを報 のみでの緊急性の判断は困難であり 慎重な評価が 告した 9) さらに後期間では複数磁石の誤飲が 8.4 4,5) 6) 44
Vol. 35 No. 1, 2019 倍に増加し, 誤飲磁石の平均サイズは約 1/3 程度になっており, 同商品の小型化かつ強力な磁力が誤飲事故に大きく関与していた 9 ). 米国やカナダでは小型球形ネオジム磁石を含む磁石性玩具のリコールを発表し, 以降磁石誤飲事故は減少傾向にある 10 ). 一方わが国では国としての磁石に関する規制が存在しておらず, ホームセンターやネット通販,100 円均一ストアでも販売されており, 安価で簡単に手に入る状況である. 磁石誤飲による消化管損傷の初期症状は嘔吐や腹痛などの非特異的なものであり, 今回のように目撃がなく, 児が誤飲したことを伝えられない場合, 診断に時間を要する可能性が高い. また一般市民, 医療従事者の認識として, 画鋲や安全ピン等の鋭利な物やボタン電池等と比較して磁石誤飲の危険度の認識は薄いように思われる. 本症例でも, 冷蔵庫の児の手の届く位置に多数のネオジム磁石が置かれており, 母親は児が時々それで遊んでいるのを認識していたにも関わらず今回の事故が起きてしまった. 今後同様の事故を防ぐために, 玩具への磁石使用の規制や小型磁石玩具の販売中止等の対応を国として早急に行い, 子どもの手が届かない状況をつくることが望まれる. それと同時に複数磁石誤飲の危険性を一般市民, 医療従事者の啓発することは, われわれ小児科医の役目として重要と考えられる. 文 中川淳一郎, 李兆亮, 布施貴司, 他 : 磁石多量誤飲の小児治験例. 日本腹部救急医学会雑誌 2008; 28: 613 616. 岡陽一郎, 浅部浩史, 白日高歩 : 異物誤飲 誤嚥症例の検討. 日本臨床外科学会雑誌 2007; 68: 2449 2458. Kay M, Wyllie R: Pediatric foreign bodies and their management. Curr Gastroenterol Rep 2005; 7: 212 218. 4) Liu S, de Blacam C, Lim FY, et al.: Magnetic foreign body ingestions leading to duodenocolonic fistula. J Pediatr Gastroenterol Nutr 2005; 41: 670 672. 5) 西佳史, 笹島耕二, 松谷毅, 他 : 複数個の磁石誤飲により腸管に内瘻形成を来した成人の 1 例. 日本消化器外科学会雑誌 2008; 41: 2069 2074. 6) Injury Alert No. 57. 日本小児科学会雑誌 2016; 120: 120 121. 7) 市川光太郎, 後藤保, 津田文史郎 : 大量磁石誤飲症例. 日本小児救急医学会雑誌 2013; 12: 458 459. 8) Liu S, Li J, Lv Y: Gastrointestinal damage caused by swallowing multiple magnets. Front Med 2012; 6: 280 287. 9) Strickland M, Rosenfield D, Fecteau A: Magnetic foreign body injuries: A large pediatrics hospital experience. J Pediatr 2014; 165: 332 335. 10) Rosenfield D, Strickland M, Hepburn CM: After the recall: Reexamining multiple magnet ingestion at a large pediatric hospital. J Pediatr 2017; 186: 78 81. 献 責任著者 : 秋山佳那子済生会横浜市南部病院小児科 234-0054 神奈川県横浜市港南区港南台 3-2-10 E-mail: adutchman0730@gmail.com 本報告に関連し, 日本小児放射線学会の定める利 益相反に関する開示事項はありません. 45