特 11 特 骨 格 筋 からみた 糖 尿 病 の 病 態 と 治 療 亀 井 康 富 1) 2), 小 川 佳 宏 1) 京 都 府 立 大 学 生 命 環 境 科 学 研 究 科 分 子 栄 養 学 研 究 室 2) 東 京 医 科 歯 科 大 学 医 学 部 附 属 病 院 糖 尿 病 内 分 泌 代 謝 内 科 図 1 疫 学 調 査 運 動 は2 型 糖 尿 病 や 肥 満 の 発 症 を 予 防 する.これまで に 数 多 くの 疫 学 的 調 査 が 行 われてきている. 例 えば, 米 国 看 護 師 7 万 人 を 対 象 とした 大 規 模 な 追 跡 調 査 で, 軽 い 運 動 習 慣 により2 型 糖 尿 病 の 発 症 率 が8 年 間 に40 %も 低 下 することが 示 された( 表 1 ) 3).ほとんど 運 動 しない 群 では, 約 1 万 3 千 人 中 422 人 (3.2 %)が 糖 尿 病 を 発 症 した のに 対 して, 軽 い 運 動 ( 週 に 1 回 で 30 分 程 度 のウォーキン グ)を 行 った 群 では, 約 1 万 5 千 人 中 296 人 (1.9 %)しか 糖 尿 病 を 発 症 しなかった. 運 動 のレベルが 強 いほど 糖 尿 病 の 発 症 頻 度 は 少 なくなるが, 軽 度 の 運 動 でもかなりの 糖 尿 病 の 発 症 頻 度 の 低 下 が 認 められる.また,この 研 究 で は 歩 行 速 度 の 違 いと 糖 尿 病 発 症 率 の 関 係 も 調 べており, 図 1 インスリン 作 用 の 大 きさを 臓 器 器 官 別 に 調 べた 研 究 結 果 ( 文 献 2 改 変 ) 健 常 人 では, 糖 の7 割 以 上 が 骨 格 筋 で 利 用 されている. 一 方, 糖 尿 病 患 者 で は, 全 身 の 総 利 用 量 が 健 常 者 の 約 半 分 になっており,その 原 因 は 骨 格 筋 での 利 用 率 が 低 下 したためである.つまり, 骨 格 筋 はインスリンの 主 要 な 標 的 であり, 血 糖 を 利 用 する 最 大 の 器 官 といえる. 2 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1
11 骨 格 筋 からみた 糖 尿 病 の 病 態 と 治 療 表 1 運 動 と 糖 尿 病 に 関 する 疫 学 研 究 研 究 名 対 象 糖 尿 病 発 症 率 の 変 化 ペンシルバニア 大 学 同 窓 生 研 究 (16 年 間,Helmrich SPら) 非 糖 尿 病, 男 性 5990 人 2000 kcal/ 週 の 運 動 発 症 率 が 24 % 減 少 看 護 婦 協 会 研 究 (8 年 間,Hu FBら) 非 糖 尿 病, 女 性 70102 人 毎 日 30 分 間 以 上 の 運 動 危 険 度 が 0.74 米 国 臨 床 医 研 究 (5 年 間,Manson JEら) 非 糖 尿 病, 男 性 21271 人 週 1 回 以 上 の 運 動 危 険 度 が 0.70 大 阪 健 康 研 究 (10 年 間,Okada Kら) 非 糖 尿 病, 男 性 6013 人 週 1 回 の 運 動 危 険 度 が 0.75 大 慶 研 究 (6 年 間,Pan X-Rら) フィンランド 糖 尿 病 予 防 研 究 (3 年 間,Tumilehto Jら) 米 国 糖 尿 病 予 防 プログラム (3 年 間,Knowler WCら) 耐 糖 能 異 常 577 人 耐 糖 能 異 常 522 人 耐 糖 能 異 常 3234 人 発 症 率 が 食 事 群 で 31 % 減 少 運 動 群 で 46 % 減 少 食 事 + 運 動 群 で 42 % 減 少 発 症 率 が 食 事 + 運 動 群 で 58 % 減 少 発 症 率 が 食 事 + 運 動 群 で 58 % 減 少 メトホルミン 群 で 32 % 減 少 図 2 歩 行 速 度 の 違 いと 糖 尿 病 発 症 率 の 関 係 ( 文 献 3) 歩 行 速 度 が 高 い 人 ほど 糖 尿 病 の 発 症 頻 度 が 低 下 することを 示 して いる. 歩 行 速 度 が 速 い 人 ほど 糖 尿 病 の 発 症 頻 度 が 顕 著 に 低 下 す ることを 示 している( 図 2 ).また, 疫 学 介 入 試 験 として, 近 く 糖 尿 病 を 発 症 する 可 能 性 が 高 いと 診 断 された 数 千 人 の 対 象 者 について, 実 際 の 発 症 率 を 約 3 年 間 にわたり 追 跡 調 査 したところ,ビグアナイド 系 の 経 口 糖 尿 病 治 療 薬 で あるメトホルミンを 発 症 前 から 服 用 していると, 発 症 率 が 低 下 することが 分 かった.これは, 糖 尿 病 治 療 薬 が 予 防 薬 としても 作 用 することが 示 された 報 告 であった 4). 骨 格 筋 におけるインスリンシグナル 血 液 中 のグルコースを 骨 格 筋 の 細 胞 内 に 取 り 込 むには, グルコーストランスポーター 4(GLUT4) が 重 要 である. GLUT4は, 通 常 は 細 胞 内 に 存 在 するが, 糖 取 り 込 みを 促 進 させる 刺 激 が 加 わると 細 胞 膜 に 移 動 して, 細 胞 内 へ の 糖 の 取 り 込 みの 輸 送 通 路 として 働 く. 刺 激 が 収 まると, GLUT4は 再 び 細 胞 内 に 戻 り, 次 の 動 員 の 機 会 を 待 つ. インスリンが 骨 格 筋 の 細 胞 膜 表 面 にあるインスリン 受 容 体 に 結 合 すると, 細 胞 内 のIRS,PI3キナーゼ,Aktなどの 情 報 伝 達 分 子 が 順 々に 活 性 化 される.この 情 報 が 最 終 的 に 細 胞 内 のGLUT4 貯 蔵 庫 に 伝 達 され, 糖 取 り 込 みが 生 じる( 図 3 ) 5). 糖 尿 病 患 者 がインスリン 抵 抗 性 を 持 つのは, この 情 報 伝 達 経 路 のどこか(おそらく 複 数 箇 所 )が 異 常 を 起 こすためと 考 えられている. 運 動 による 抗 糖 尿 病 作 用 糖 尿 病 になるとインスリンによる 末 梢 での 糖 取 り 込 みが 低 下 する.この 糖 取 り 込 み 低 下 は, 全 身 の 臓 器 のうち 主 に 骨 格 筋 に 起 因 することが 明 らかにされている. 運 動 は 糖 の 取 り 込 みを 増 加 し,インスリン 抵 抗 性 を 改 善 する 有 力 な 方 法 となっている 1). 運 動 の 生 理 効 果 は, 運 動 時 に 生 じる 急 性 効 果 と, 運 動 を 繰 り 返 すことによって 生 じる 慢 性 効 果 に 分 けること ができる 5). 急 性 効 果 は 運 動 時 に 骨 格 筋 で 多 量 に 消 費 さ れるエネルギーを 補 うため, 脂 肪 や 炭 水 化 物 を 燃 焼 させる ように 酵 素 活 性 が 増 加 する 反 応 であり,この 原 因 として 骨 格 筋 内 のエネルギー 状 態 を 感 知 するAMPキナーゼの 活 性 化 が 想 定 されている( 図 4 ). 前 述 のメトホルミンはこの AMP キナーゼを 活 性 化 することが 知 られる 6, 7).つまり 運 動 は, 生 体 内 唯 一 の 血 糖 降 下 ホルモン(インスリン)とは 異 なる 経 路 で 血 糖 値 を 低 下 させうる. 骨 格 筋 のインスリン 情 報 伝 達 経 路 が 不 全 となって 糖 取 り 込 みが 阻 害 された 結 果, 糖 尿 病 が 生 じる.しかし, 正 常 に 働 く 別 の 経 路 ( 運 動 の 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1 3
特 図 3 骨 格 筋 におけるインスリンシグナル 経 路 血 液 中 のグルコースを 骨 格 筋 の 細 胞 内 に 取 り 込 むには,グルコーストランスポーター 4(GLUT4)が 重 要 である. GLUT4は, 通 常 は 細 胞 内 に 存 在 するが, 糖 取 り 込 みを 促 進 させる 刺 激 が 加 わると 細 胞 膜 に 移 動 して, 細 胞 内 への 糖 の 取 り 込 みの 輸 送 通 路 として 働 く. 酸 のβ 酸 化 を 増 加 させ, 脂 肪 組 織 から 放 出 されている 遊 離 脂 肪 酸 が 処 理 されやすくなり, 肝 臓 での 中 性 脂 肪 の 蓄 積 を 生 じにくくなる.このように, 適 度 な 運 動 は, 骨 格 筋 での 機 能 不 全 を 効 率 よく 改 善 することができる.PGC-1α という 蛋 白 質 はミトコンドリア 量 の 増 加 に 重 要 な 役 割 を 果 たしており, 運 動 による 生 活 習 慣 病 の 病 態 改 善 のキーに なると 考 えられている( 後 述 ).すなわちPGC-1αの 発 現 増 加 は, 運 動 で 認 められるようなミトコンドリアの 増 加, 赤 筋 化,エネルギー 消 費 量 の 増 加, 体 重 減 少 を 引 き 起 こす 5, 8). 図 4 運 動,インスリンによる 血 糖 低 下 のシグナル 経 路 運 動 は,インスリンとは 異 なる 経 路 で 血 糖 値 を 低 下 させうる.この 原 因 とし て 骨 格 筋 内 のエネルギー 状 態 を 感 知 するAMPキナーゼ 経 路 の 活 性 化 が 想 定 されている. 糖 尿 病 薬 のメトホルミンはこのAMPキナーゼを 活 性 化 するこ とが 知 られる. 筋 線 維 の 性 質 経 路 )があるならばそちらを 使 用 したほうが, 不 全 となっ た 経 路 を 酷 使 するよりも 有 効 に 働 く 可 能 性 がある. 糖 尿 病 に 運 動 が 有 効 な 理 由 の 一 つがここにある 6, 7). 一 方, 運 動 の 慢 性 効 果 には 骨 格 筋 の 赤 筋 化,ミトコン ドリア 数 の 増 加 とGLUT4 量 の 増 加 がある. 適 度 な 運 動 によりミトコンドリア 機 能 ( 有 酸 素 運 動 のためのエネルギー であるATPを 産 生 すること)が 向 上 し,さらに 血 中 から 骨 格 筋 へ 糖 を 運 ぶGLUT4 量 の 増 加 により 血 糖 の 取 り 込 み 能 力 が 増 加 する.ミトコンドリア 機 能 の 活 性 化 は, 脂 肪 骨 格 筋 は 収 縮 速 度 の 遅 いⅠ 型 線 維 と, 収 縮 速 度 が 速 く 収 縮 力 の 強 いⅡ 型 線 維 に 大 別 できる.Ⅱ 型 はさらに, 有 酸 素 的 解 糖 能 が 高 いⅡA 型 線 維 と 低 いⅡB 型 線 維 に 分 け られる. 有 酸 素 的 解 糖 能 が 高 いⅠ 型 線 維 とⅡA 型 線 維 で はミトコンドリア 密 度 と 活 性 が 高 く, 積 極 的 に 糖 や 脂 質 の 代 謝 が 行 われ, 持 久 的 な 運 動 でも 疲 労 しにくい. 一 方, ⅡB 型 線 維 ではミトコンドリア 密 度 や 活 性 が 低 く, 細 胞 質 での 無 酸 素 的 な 解 糖 が 中 心 で, 短 距 離 走 のような 瞬 発 的 な 収 縮 を 要 する 運 動 に 向 いている.これらの 筋 線 維 タイプ の 混 在 割 合 は 各 部 位 によって 異 なり,またさまざまな 刺 4 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1
11 骨 格 筋 からみた 糖 尿 病 の 病 態 と 治 療 図 5 骨 格 筋 でPGC-1αを 過 剰 発 現 した 遺 伝 子 改 変 マウスの 表 現 型 骨 格 筋 でPGC-1αを 過 剰 発 現 したマウス(PGC-1α Tg マウス)では, 骨 格 筋 の 赤 筋 化,さらにはミトコンドリア 量 の 増 加 が 認 められ, 持 久 的 運 動 能 が 上 昇 する.すなわち, 野 生 型 マウスではトレッドミル 運 動 を45 分 程 度 持 続 で きるが,PGC -1α Tgマウスでは 1 時 間 以 上 継 続 できる.また, 分 岐 鎖 アミノ 酸 (BCAA)の 代 謝 酵 素 の 発 現 が 増 加 する. 激 によって 筋 線 維 タイプの 組 成 が 変 化 する. 例 えば, 有 酸 素 運 動 を 継 続 的 に 行 うことにより,Ⅰ 型 やⅡA 型 線 維 の 割 合 が 増 加 する. 一 方 で,2 型 糖 尿 病 ではⅡB 型 線 維 の 割 合 が 高 くなり,Ⅰ 型 やⅡA 型 線 維 の 割 合 が 低 くなる ことが 知 られている 9).したがって,Ⅰ 型 やⅡA 型 線 維 の 割 合 を 増 加 させることは,ミトコンドリア 数 の 増 加,さら にはエネルギー 代 謝 の 増 加 に 繋 がり, 糖 代 謝 異 常 症 である 2 型 糖 尿 病 を 防 ぐ 有 効 な 手 段 であると 考 えられる. P G C -1α ミトコンドリアの 生 合 成 や 筋 線 維 タイプの 制 御 に 関 与 す る 重 要 な 因 子 として,PGC-1αなどの 転 写 制 御 因 子 が 知 られている.PGC-1αは 褐 色 脂 肪 細 胞 や 骨 格 筋, 肝 臓 な どの 代 謝 が 活 発 に 行 われている 臓 器 に 発 現 が 多 く,とく に 骨 格 筋 のなかではⅠ 型 線 維 が 多 いヒラメ 筋 において 高 発 現 している.PGC-1αは 持 続 的 な 運 動 によって 発 現 が 増 加 することが 知 られており, 骨 格 筋 でPGC-1αを 過 剰 発 現 したマウス(PGC-1α Tgマウス)では,Ⅰ 型 やⅡA 型 線 維 に 特 徴 的 な 遅 筋 型 のトロポニンⅠやミオグロビン,ミト コンドリア 量 の 増 加, 分 岐 鎖 アミノ 酸 (BCAA) 代 謝 酵 素 8, 10, 11) の 発 現 促 進 が 認 められ, 持 久 的 運 動 能 が 上 昇 する ( 図 5 ).PGC-1αの 発 現 により, 糖 尿 病 モデルマウスの インスリン 感 受 性 が 改 善 するという 報 告 がなされている 12). 加 えて,PGC-1α 遺 伝 子 の 発 現 調 節 に 関 して,いくつか 報 告 されている.PGC -1α 遺 伝 子 の 発 現 は, 骨 格 筋 にお いて 加 齢 とともに 低 下 し, 肥 満 者 や 肥 満 マウスにおいて 抑 制 される. 骨 格 筋 のバイオプシーにより, 健 常 者 のサンプ ルと 比 較 して,2 型 糖 尿 病 患 者 ではPGC-1α 遺 伝 子 プロモー ターのDNAメチル 化 が 増 加 しており,PGC -1αのmRNA は 低 下 し,ミトコンドリア 量 およびミトコンドリアを 特 徴 づ ける 遺 伝 子 群 の 発 現 も 低 下 していた. 通 常 DNAメチル 化 はシトシン,グアニンと 続 くCpGの 配 列 のシトシン 塩 基 に 生 じるが, 興 味 深 いことにPGC-1α 遺 伝 子 プロモーターで はCpG 以 外 (non-cpg)の 配 列 のシトシンにメチル 化 が 生 じるというデータが 示 されている 13). 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1 5
特 図 6 肥 満 者 と 運 動 選 手 の 骨 格 筋 でのトリグリセリド 合 成 とインスリン 抵 抗 性 に 関 するモデル( 文 献 15 改 変 ) 運 動 により, 骨 格 筋 でトリグリセリド 合 成 酵 素 であるDGAT1の 発 現 量 が 増 加 する.その 結 果, 筋 肉 内 のトリグリセリド 量 は 増 加 するが,トリグリセリド 合 成 の 基 質 であるセラミドやジアシルグリセロール 量 は 低 下 し,セラミドやジアシルグ リセロールなどによって 引 き 起 こされるインスリン 抵 抗 性 が 改 善 される.すなわち, 単 なる 筋 肉 内 脂 肪 の 量 ではなく, 脂 肪 構 成 成 分 の 質 がインスリン 抵 抗 性 を 規 定 するという 説 である. 骨 格 筋 から 分 泌 される 因 子 による 糖 尿 病 への 影 響 骨 格 筋 におけるエネルギー 消 費 や 糖 取 り 込 み 自 体 が 糖 尿 病 の 病 態 に 影 響 することに 加 え, 骨 格 筋 から 分 泌 さ れる 因 子 が 他 臓 器 に 作 用 する 可 能 性 が 示 唆 されている. Bostromらは, 骨 格 筋 でのPGC-1α 発 現 増 加 がIrisinと 呼 ばれる 蛋 白 質 (ペプチド)の 産 生 と 放 出 を 促 進 し, 皮 下 脂 肪 中 に 存 在 する 前 駆 脂 肪 細 胞 を 褐 色 脂 肪 細 胞 に 分 化 さ せてエネルギー 消 費 量 を 増 加 させることを 報 告 し, 糖 尿 病 発 症 抑 制 を 含 む, 運 動 の 多 様 で 全 身 性 の 効 果 をPGC -1α 依 存 的 な 骨 格 筋 由 来 のホルモン 様 物 質 で 説 明 する 新 概 念 が 注 目 されている. すなわち,PGC-1αを 骨 格 筋 特 異 的 に 過 剰 発 現 する 遺 筋 肉 内 脂 肪 に 関 して 伝 子 改 変 マウスが 肥 満 や 糖 尿 病 に 耐 性 を 示 すことから, PGC-1αが 骨 格 筋 に 作 用 して, 骨 格 筋 から 何 らかの 因 子 が 分 泌 され 他 臓 器 に 影 響 を 及 ぼす 可 能 性 について 検 討 従 来, 筋 肉 内 脂 肪 量 が 骨 格 筋 機 能 と 関 連 することが 指 摘 されており, 肥 満 者 や 糖 尿 病 患 者 においては 筋 肉 内 脂 肪 量 とインスリン 抵 抗 性 が 相 関 することが 知 られている. 一 方, 持 久 的 運 動 能 力 の 高 いマラソン 選 手 のようなアスリー トの 骨 格 筋 では,インスリン 感 受 性 が 高 いにもかかわらず 筋 肉 内 脂 肪 量 が 増 大 していると 報 告 がある.このように, 筋 肉 内 脂 肪 は, 骨 格 筋 のインスリン 感 受 性 に 関 して 善 玉 か 悪 玉 か 一 見 矛 盾 している(アスリート パラドックス) 14). しかし,この 問 題 を 説 明 する 報 告 がなされた. 運 動 により, 骨 格 筋 でトリグリセリド 合 成 酵 素 であるDGAT1の 発 現 量 が 増 加 する.その 結 果, 筋 肉 内 のトリグリセリド 量 は 増 加 するが,トリグリセリド 合 成 の 基 質 であるセラミドやジアシ ルグリセロール 量 は 低 下 し,セラミドやジアシルグリセロー ルなどによって 引 き 起 こされるインスリン 抵 抗 性 が 改 善 さ れるというものである.すなわち, 単 なる 筋 肉 内 脂 肪 の 量 ではなく, 脂 肪 構 成 成 分 の 質 がインスリン 抵 抗 性 を 規 定 す るという 説 である( 図 6 ) 15). がなされた.そこで 骨 格 筋 から 分 泌 される 蛋 白 質 として Irisinを 同 定 し, 脂 肪 組 織 のエネルギー 代 謝 および 耐 糖 能 を 制 御 していることを 下 記 の 実 験 から 示 した. まず, 骨 格 筋 特 異 的 PGC-1α 過 剰 発 現 マウスを 用 いて, 脂 肪 組 織 の 表 現 型 を 調 べた.すると, 鼠 蹊 部 の 白 色 脂 肪 組 織 が 褐 色 脂 肪 組 織 様 に 変 化 し, 熱 産 生 を 引 き 起 こす uncoupling protein 1(UCP1)の 発 現 量 が 増 加 してい た.UCP1は 褐 色 脂 肪 組 織 に 特 異 的 に 発 現 する 蛋 白 質 で あり, 褐 色 化 のマーカーとされている.また 運 動 させたマ ウスの 白 色 脂 肪 組 織 でも 同 様 の 褐 色 化 を 観 察 し, 運 動 に よる 骨 格 筋 のPGC-1αの 発 現 増 加 が, 白 色 脂 肪 組 織 の 褐 色 化 に 寄 与 していることを 示 唆 した. 次 に,PGC-1αに より 骨 格 筋 で 発 現 増 加 する 遺 伝 子 のなかから,バイオイ ンフォマティクスの 手 法 を 用 いて 分 泌 蛋 白 質 となる 可 能 性 のある 因 子 を 探 索 した.その 中 でfibronectin type Ⅲ domain-containing protein 5(FNDC5)という 膜 蛋 白 質 は, 細 胞 外 ドメインが 切 断 され 血 中 に 分 泌 されると 考 6 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1
11 骨 格 筋 からみた 糖 尿 病 の 病 態 と 治 療 えられた.この 細 胞 外 ドメインは Irisin と 名 付 けられた. 血 中 Irisin 濃 度 はマウスおよびヒトにおいて 運 動 によって 増 加 した.さらにFNDC5を 過 剰 発 現 したマウスでは 白 色 脂 肪 組 織 の 褐 色 化 が 促 進 され, 体 重 減 少 と 耐 糖 能 の 改 善 が 認 められた.これらの 結 果 から,Irisinは 骨 格 筋 か ら 分 泌 され, 脂 肪 組 織 のエネルギー 代 謝 を 調 節 するマイオ カインであると 結 論 づけられた 16).Irisinは, 運 動 による 肥 満 や 糖 尿 病 改 善 作 用 の 一 端 を 説 明 しうる 因 子 として, これらの 疾 患 の 治 療 標 的 となることが 期 待 されている.し かしながら,いまだ 作 用 メカニズムには 不 明 な 点 が 多 く 残 されており, 今 後 の 研 究 の 進 展 が 待 たれる. おわりに 骨 格 筋 は 糖 尿 病 と 深 い 関 わりがあり, 創 薬 の 標 的 とし ても 注 目 されている. 上 記 のIrisinに 代 表 される 骨 格 筋 からの 分 泌 因 子 の 制 御,あるいはAMPキナーゼ 活 性 化 剤, PGC-1αの 活 性 制 御 などが 挙 げられるが,いずれも 実 験 室 レベルの 研 究 段 階 のものであり, 今 後 の 発 展 が 期 待 される. 一 方, 運 動 が 糖 取 り 込 みを 改 善 することから, 運 動 の 機 能 を 模 倣 する 治 療 薬 ( 運 動 ミメティクス)として,とくにミ トコンドリア 機 能 改 善 を 目 指 した 研 究 がさかんになってい る. 骨 格 筋 を 標 的 とした2 型 糖 尿 病 に 関 する 創 薬 研 究 は 今 後 ますます 活 発 になることが 予 想 される. 引 用 文 献 1)DeFronzo RA et al., Diabetes. 1987; 36(12): 1379-85. 2)DeFronzo RA, Diabetes. 1988; 37(6): 667-87. 3)Hu FB et al., JAMA. 1999; 282(15): 1433-9. 4)Knowler WC et al., N Engl J Med. 2002; 346(6): 393-403. 5) 三 浦 進 司 ほか, 運 動 療 法 の 生 活 習 慣 病 予 防 分 子 機 序. 春 日 雅 人 ( 編 ), 生 活 習 慣 病 がわかる.pp105-109, 羊 土 社,2005. 6)Fujii N et al., Am J Physiol Endocrinol Metab. 2006; 291(5): E867-77. 7)Fujii N et al., Biochem Biophys Res Commun. 2000; 273(3):1150-5. 8)Hatazawa Y et al., PLoS One. 2014; 9(3): e91006. 9)Hickey MS et al., Am J Physiol. 1995; 268(3 Pt 1): E453-7. 10)Lin J et al., Nature. 2002; 418(6899): 797-801. 11)Miura S et al., J Biol Chem. 2003; 278(33): 31385-90. 12)Arany Z et al., Cell Metab. 2005; 1(4): 259-71. 13)Barrès R et al., Cell Metab. 2009; 10(3): 189-98. 14)Stannard SR et al., J Physiol. 2004; 554(Pt 3): 595-607. 15)Liu L et al., J Clin Invest. 2007; 117(6): 1679-89. 16)Boström P et al., Nature. 2012; 481(7382): 463-8. Profile 亀 井 康 富 (かめい やすとみ) 1989 年 京 都 大 学 農 学 部 卒 業 2012 年 京 都 府 立 大 学 生 命 環 境 科 学 研 究 科 教 授, 現 在 に 至 る 小 川 佳 宏 (おがわ よしひろ) 1987 年 京 都 大 学 医 学 部 卒 業 2003 年 東 京 医 科 歯 科 大 学 難 治 疾 患 研 究 所 分 子 代 謝 医 学 分 野 教 授 2011 年 東 京 医 科 歯 科 大 学 糖 尿 病 内 分 泌 代 謝 内 科 教 授, 現 在 に 至 る 月 刊 糖 尿 病 2015/1 Vol.7 No.1 7