2015 年 9 月 23 日 放 送 定 期 接 種 化 が 期 待 される おたふくかぜワクチン 国 立 病 院 機 構 三 重 病 院 名 誉 院 長 庵 原 俊 昭 はじめに おたふくかぜは 臨 床 症 状 からみた 通 称 名 で 医 学 的 にはムンプスや 流 行 性 耳 下 腺 炎 と 呼 ばれています パラミクソウイルス 科 ルブラウイルス 属 に 属 するムンプスウイルスに よる 全 身 性 ウイルス 感 染 症 です 臨 床 像 の 特 徴 は 48 時 間 以 上 持 続 する 急 性 耳 下 腺 腫 脹 です 合 併 症 として 無 菌 性 髄 膜 炎 脳 炎 難 聴 精 巣 炎 乳 腺 炎 などがあります 唾 液 からは 耳 下 腺 腫 脹 数 日 前 からウイルスが 分 離 され 耳 下 腺 腫 脹 後 5 日 を 経 過 すると 耳 下 腺 腫 脹 が 続 いていても 多 くの 例 では 唾 液 からウイルスが 分 離 されなくなります 本 人 が 元 気 ならば 耳 下 腺 腫 脹 後 5 日 を 経 過 すると 登 園 登 校 が 許 可 されます 時 に 片 側 が 腫 れた 後 6~9 日 後 に 反 対 側 が 腫 れることがあります この 時 も 唾 液 からムンプスウイルスが 分 離 されますので 登 園 登 校 を 再 度 5 日 間 休 ませる 必 要 があり ます 潜 伏 期 間 は 通 常 16~18 日 です ムンプス 患 者 と 接 触 後 に 急 いでムンプスワクチンの 接 種 を 受 けても 発 症 予 防 効 果 は 不 十 分 です 流 行 を 抑 制 するための 集 団 免 疫 率 は 85-90%です 日 本 を 除 くすべての 先 進 国 ではムンプスワクチンは 定 期 接 種 化 されています 本 邦 に おけるムンプスワクチン 定 期 接 種 化 の 動 きについて 紹 介 します
ワクチン 定 期 接 種 化 への 道 ワクチン 開 発 にあたって 考 えることは 1その 感 染 症 の 感 染 力 や 顕 性 感 染 率 がどのく らいあるか 2 発 症 した 時 の 重 篤 度 はどのくらいか 3 発 症 した 時 に 適 切 な 治 療 法 があ るか 4 社 会 的 インパクトは 大 きいか などの 疾 病 負 担 です 歴 史 上 疾 病 負 担 が 重 い と 考 えられる 感 染 症 からワクチン 開 発 が 行 われました 抗 菌 剤 が 開 発 される 前 までの 感 染 力 が 強 く 顕 性 感 染 率 が 高 く しかも 発 症 した 時 の 重 篤 度 が 高 かった 感 染 症 の 代 表 が 天 然 痘 麻 疹 ジフテリア 百 日 咳 でした ワクチンの 効 果 で 天 然 痘 は 地 球 上 から 根 絶 され ジフテリ アは 本 邦 から 見 かけなくなりまし た 2015 年 3 月 には 本 邦 の 麻 疹 が 排 除 されました ワクチンの 定 期 接 種 化 に 向 けて 考 えることは その 感 染 症 の 疾 病 負 担 の 大 きさ 開 発 されたワクチンの 有 効 性 と 安 全 性 および 医 療 経 済 効 果 です 疾 病 負 担 が 大 きいほど ワクチン の 有 効 率 が 高 いほど ワクチン の 安 全 性 が 高 いほど ワクチン の 医 療 経 済 効 果 が 高 くなります 定 期 接 種 化 にあたっては 安 全 性 の 評 価 が 時 に 慎 重 になります また 時 にポリテイカルな 面 が 避 けて 通 れないことも 事 実 です これらの 点 について おたふく かぜワクチン について 考 えてみたいと 思 います ムンプスはワクチンで 予 防 すべき 疾 患 か? ムンプスは 全 ての 人 が 感 染 する 感 染 症 ( 感 染 率 100%)です 顕 性 感 染 率 は 全 年 齢 では 70%ですが 4 歳 以 上 の 顕 性 感 染 率 は 90%です 合 併 症 として 無 菌 性 髄 膜 炎 (2~10%) 脳 炎 (0.02~0.3%) 難 聴 (0.1~ 0.25%) 等 があり 思 春 期 以 降 の 成 人 男 性 で
は 発 症 者 の 25%に 精 巣 炎 を 合 併 します 精 巣 炎 を 発 症 した 人 では 精 子 の 数 が 減 少 しま す ムンプスでは 年 齢 が 高 くなるにつれ 顕 性 感 染 率 が 高 くなり 耳 下 腺 腫 脹 期 間 も 長 くなり 髄 膜 炎 や 難 聴 の 合 併 率 も 高 くなります ムンプスの 予 後 の 悪 い 合 併 症 である 脳 炎 難 聴 の 発 症 率 は 麻 疹 の 脳 炎 発 症 率 ポリオウイルスによるポリ オ 麻 痺 の 発 症 率 日 本 脳 炎 の 脳 炎 発 症 率 ヒトパピローマウイルス(HPV)16 型 18 型 感 染 による 子 宮 頸 がんの 発 症 率 と 同 等 です ムンプスの 感 染 率 髄 膜 炎 脳 炎 難 聴 等 の 合 併 症 の 発 症 率 を 考 慮 すると ムンプス はワクチンで 予 防 しておきたい 感 染 症 です また ムンプスの 集 団 免 疫 率 ( 流 行 を 阻 止 する 免 疫 率 )は 85~90%であり 多 くの 人 がワクチンを 受 けて 免 疫 を 持 つと 流 行 の 排 除 が 期 待 されます 集 団 免 疫 の 面 からもムンプスはワクチンで 予 防 すべき 感 染 症 であり 定 期 接 種 化 が 望 まれるワクチンです おたふくかぜワクチンの 有 効 性 ムンプスワクチンを 1 回 定 期 接 種 している 国 ではムンプス 患 者 数 は 90% 減 少 し 2 回 定 期 接 種 している 国 では 99% 減 少 しています 本 邦 でも 公 費 助 成 によりムンプスワ クチンの 接 種 率 が 高 くなった 市 では 公 費 助 成 を 開 始 して 直 ちにムンプス 患 者 数 が 85% 以 上 減 少 しています 集 団 免 疫 の 面 ではムンプスワクチンは 優 れたワクチンです ムンプスワクチンの 流 行 時 の 発 症 予 防 効 果 は 接 種 したワクチン 株 によって 異 なっています 本 邦 のワクチン 株 を 1 回 接 種 したとき の 有 効 率 は 85~90%です この 有 効 率 は 麻 疹 ワクチン 1 回 接 種 の 有 効 率 と 同 等 です 有 効 性 の 面 では 本 邦 ワクチン 株 は 効 果 的 なワク チンと 評 価 できます 医 療 経 済 性 の 面 でも ムンプスワクチンは 単 味 ワクチンでも 効 果 が 示 されていますが 麻 疹 ムンプス 風 疹 (MMR)ワクチンにするとより 高 い 医 療 経 済 性 が 期 待 されています
本 邦 で 定 期 接 種 化 を 阻 むもの それでは 有 効 性 および 医 療 経 済 性 に 優 れたおたふくかぜワクチンの 本 邦 で 定 期 接 種 化 を 阻 むものは 何 でしょう 厚 生 労 働 省 の 事 務 当 局 が 問 題 にしているのは 本 邦 ムンプスワクチン 株 の 安 全 性 に 対 する 懸 念 です 1989 年 に 本 邦 でも MMR ワクチン( 統 一 株 および 自 社 株 )が 導 入 されま したが 無 菌 性 髄 膜 炎 の 発 症 頻 度 が 1/500~1/900 と 予 想 以 上 に 高 かったために 1993 年 MMR ワクチンの 使 用 を 中 止 しました その 時 ムンプスワクチンの 定 期 接 種 化 を 目 指 すには より 安 全 性 の 高 いワクチン 株 の 導 入 と 提 言 されました この 提 言 が 1990 年 当 時 から 用 いられている 星 野 株 や 鳥 居 株 の 定 期 接 種 化 のハードルになっています 世 界 と 日 本 のムンプスワクチン 株 の 安 全 性 と 有 効 性 世 界 の 代 表 的 なムンプスワクチン 株 についてです 一 番 目 は 1967 年 米 国 で 開 発 さ れた Jeryl-Lynn(JL) 株 です この 株 は 2 種 類 の 株 が 5:1 で 混 合 した 株 です JL 株 の 優 位 株 を 単 離 したのが RIT-4385 株 です JL 株 と RIT-4385 株 は 併 せて JL 系 統 株 と 呼 称 さ れています 二 番 目 は 旧 ソ 連 で 開 発 された 株 を 旧 ユーゴスラビアで 病 原 性 を 低 下 させ た Leningrad-Zagreb(LZ) 株 です この 株 はインド 血 清 研 究 所 に 分 与 され 途 上 国 向 け に 広 く 輸 出 されています 三 番 目 は 日 本 で 開 発 された Urabe 株 をフランスで 継 代 した Urabe-サノフィ 株 です 北 米 や 西 ヨーロッパでは JL 系 統 株 を 含 む MMR ワクチンが 東 ヨーロッパでは L-Z 株 を 含 む MMR ワクチンが 使 用 されています フランスのサノフィ 社 は 免 疫 原 性 に 優 れた Urabe-サノフィ 株 を 含 む MMR ワクチンを 西 ヨーロッパ 以 外 の 国 に 輸 出 しています 本 邦 で 最 初 に 開 発 されたのは Urabe 原 株 (Urabe-O)と 星 野 株 です その 後 鳥 居 株 宮 原 株 NK-M46 株 が 開 発 されましたが 現 在 本 邦 で 使 用 されているのは 星 野 株 と 鳥 居 株 の 2 株 です 本 邦 の MMR 統 一 株 で 使 用 された Urabe 統 一 株 は Urabe 原 株 とは 継 代 方 法 が 異 なる 株 で 病 原 性 が 高 かったと 推 測 されています ムンプスワクチン 株 の 髄 膜 炎 発 症 率 は JL 系 統 株 が 一 番 少 なく その 発 症 頻 度 は 1/1,000,000 接 種 です 次 いで Urabe-サノフィ 株 と Urabe- 原 株 であり その 発 症 頻 度 は 1/20,000~60,000 接 種 です 星 野 株 鳥 居 株 LZ 株 の 発 症 頻 度 は 1/2,000~20,000 です 安 全 性 の 面 からは JL 系 統 株 は 優 れたワクチン 株 と 言 えます 一 方 有 効 性 に 関 してですが ス イスにおけるムンプス 流 行 時 の 調 査 では Urabe-Sanofi 株 の 方 が JL 株 よりも 優 れていました また JL 株
は 2 回 接 種 を 受 けていてもムンプスを 発 症 することが 欧 米 各 国 から 報 告 されています なお 星 野 株 鳥 居 株 の 有 効 率 は Urabe-サノフィ 株 と 同 等 とされています 以 上 の 結 果 は 有 効 性 は Urabe-サノフィ 株 星 野 株 鳥 居 株 の 方 が JL 株 よりも 優 れているこ とになります おたふくかぜワクチン 定 期 接 種 化 に 向 けての 道 筋 は? ムンプスワクチンの 定 期 接 種 化 に 向 けては 有 効 性 をとるか 安 全 性 をとるかによって 選 択 する 株 が 異 なってきま す ムンプス 単 味 ワク チンにするか MMR ワク チンにするかも 検 討 課 題 です コンプライア ンスと 医 療 経 済 性 を 考 えると MMR ワクチンで あり ムンプスワクチンを 含 む MMR ワクチンの 安 全 性 を 危 惧 するなら ば 単 味 ワクチンです 現 在 本 邦 では 安 全 性 とコンプラ イアンスを 重 視 する 考 えに 立 ち JL 株 を 含 む MSD の MMR ワクチンを 導 入 する 計 画 と 本 邦 の MR ワクチンに RIT-4385 株 を 入 れた MMR ワクチン を 開 発 する 計 画 が 進 んでいます な お 麻 疹 ワクチン 株 は MSD の MMR ワクチンには Moraten 株 が GSK の MMR ワクチンには Schwarz 株 が 使 用 されていますが いずれも 本 邦 の 麻 疹 ワクチン 株 と 比 べて 発 熱 率 が 高 い 株 です 有 効 性 を 重 視 する 立 場 に 立 つと 本 邦 のムンプスワクチン 株 を 使 用 する 方 法 があります ムンプスは 年 齢 が 高 くなるにしたがい 重 症 化
リスクが 高 くなる 感 染 症 です ムンプスワクチンも 接 種 時 の 年 齢 が 高 くなるにつれ 耳 下 腺 腫 脹 や 無 菌 性 髄 膜 炎 などの 合 併 症 の 頻 度 が 高 くなります 三 重 県 のムンプスワクチ ン 接 種 者 の 年 齢 構 成 で 日 本 中 のムンプスワクチン 接 種 が 行 われたと 仮 定 すると 本 邦 の 副 反 応 報 告 で 報 告 されたムンプスワクチンの 無 菌 性 髄 膜 炎 発 症 率 は 1 歳 で 接 種 すると 1.3/1,000,000 接 種 であり 接 種 時 の 年 齢 が 高 くなるにつれ 上 昇 しています 1 歳 での 髄 膜 炎 発 症 頻 度 は JL 株 と 同 等 です 有 効 性 の 高 い 本 邦 のワクチン 株 を 無 菌 性 髄 膜 炎 の 発 症 リスクが 最 も 低 い 1 歳 で 接 種 する 方 法 も 定 期 接 種 化 に 向 けて 考 慮 すべき 方 法 と 思 います