103 原著 ラット歯髄細胞の dentinogenesis に及ぼす oxytocin の影響について 横瀬敏志加藤邑佳門倉弘志山崎崇秀上田堯之増田宜子明海大学歯学部機能保存回復学講座保存治療学分野 The effects of oxytocin on dentinogenesis in rat dental pulp cells YOKOSE Satoshi, KATO Yuka, KADOKURA Hiroshi, YAMAZAKI Takahide, UEDA Takayuki and MASUDA Yoshiko Department of Restorative and Biomaterials Sciences Division of Endodontics and Operative Dentistry Meikai University School of Dentistry Abstract:Oxytocin(OT)is a neurohypophysical hormone that plays a role in lactation and parturition. Recently, several papers reported that OT stimulates bone formation in osteoporosis. We hypothesized that OT can also stimulate dentinogenesis via a canonical pathway in dental pulp tissues as well as bone tissues. The aim of the study was to confirm the effects of OT on dentinogenesis using cultured rat dental pulp cells. The cells treated with OT(OT group)presented larger numbers of mineralized nodules than those in control cells(control group)on day 21. The cells of the OT group expressed much higher levels of mrnas of both dentin sialophosphoprotein and bone gla protein than the cells in the control group. Furthermore, a higher level of Wnt10a mrna expression was induced in the cells in the OT group than the cells in the control group. Along with this, the expressions of Axin 2, Lef 1, and ectodin mrnas, which are related with Wnt canonical pathways, were also much higher in the OT group than those in the control group. We confirmed the expression of OT receptor in odontoblasts in rat dental pulp tissue by using immunohistochemistry. These results indicate that OT directly influences dentinogenesis in rat dental pulp cells via Wnt canonical pathways. Key words: Oxytocin, dental pulp cells, dentinogenesis, Wnt canonical pathway, rat ( 日歯内療誌 40(2):103~110,2019) 緒言 Oxytocin(OT) は視床下部で合成され, 脳下垂体後葉から分泌されるホルモンであり 1), 子宮収縮および射乳作用が知られている 2). さらに OT は全身的にも作用して特に情緒, 愛情, 性格などに影響することが明らかにされ, 幸せホルモンともいわれている 3,4). そのため自閉症などの治療薬としても注目を浴びている 5). 近年, この OT が骨粗鬆症に対しても効果があ 受付 : 平成 31 年 2 月 13 日 / 受理 : 平成 31 年 3 月 29 日 ることが報告され 6~8), 骨芽細胞の分化と骨形成を促進することが明らかにされた.Elabd ら 6) は骨粗鬆症のモデル動物である卵巣摘出 (OVX) マウスで血中での OT 濃度が正常なマウスに比較して低下していることや,OT が OVX マウスの骨髄での脂肪化を抑制することを報告している. 骨芽細胞には OT の受容体 (OTR) も確認されており OT の骨芽細胞に対する直接的な作用が注目されている 9). また, われわれはエストロゲン欠乏 OVX ラットの歯髄組織において, 骨組織と同様に石灰化基質である象牙質形成が抑制され, エストロゲンを補充することで象牙質形成が回復することを報告してきた 10). これらの知見は骨粗鬆症
104 日歯内療誌 40(2):103~110,2019 に対して骨組織と歯髄組織の硬組織形成に対して女性ホルモンであるエストロゲンが深く関与していることを示しており, 同時に OT が骨代謝以外にも象牙質形成に対しても関与する可能性を示している. しかしながら OT と歯髄細胞での象牙質形成に関する知見は全く報告されていないためそのメカニズムについては不明な点が多い. そこで, 本研究では象牙芽細胞の分化と機能に対する OT の影響を調べることを目的とした. そのためにラットの歯髄組織を使用し,in vivo ならびに in vitro の実験系を用いて dentinogenesis に及ぼす OT の作用と Wnt シグナルとの関係を形態学的, 生化学的な分析を行った. 材料と方法 ₁. 動物本研究は明海大学実験動物倫理委員会の承認 (No. A1613) を受けて行った. 使用した動物は 10 週齢のメスの SD ラット 20 匹を使用した. これらの動物を実験ガイドラインに従い無痛的に屠殺して, 下顎を摘出して免疫組織化学的染色と in vitro の実験に使用した. ₂. 歯髄培養細胞方法摘出した下顎の切歯から歯髄組織を取り出し, Yokoseら 11) の方法に従って0.05% trypsin,0.1% collagenase,4 mm 2Na EDTA を用いて細胞を分離した. これらの細胞を 10% 仔牛血清 (CS),100 IU/mL streptomycin,100μg/ml penicillin を含むα mini- mumα MEM(Gibco, USA) にて 10 cm シャーレーを用いて 37,5% CO 2 の環境下で培養して細胞数を増加させた. これらの細胞を EDTA trypsin を用いて一度細胞を回収して, 細胞培養実験に用いた. 細胞を 10 5 個 /well の割合で 6 well plate(falcon USA) に細胞を播種し, 石灰化培地にて培養した. 石灰化培地は通常培地に 1.5 mm のβグリセロリン酸, 50μg/ml のアスコルビン酸を添加して作成した. 石灰化培地にて歯髄細胞を 21 日間培養し 48 時間ごとに培地交換を行った. 今回行った培養細胞実験は, 対照群として石灰化培地のみで培養したグループ (Control 群 ),10-9 M の oxytocin(invitorogen, USA) を添加したグループ (OT 群 ) に分けて培養した. ₃.Alkaline phosphatase(alp) と von Kossa 染色培養歯髄細胞の ALP 酵素組織化学的染色および von Kossa 鍍銀染色の二重染色は以下の方法で行った.6well plate にて培養した細胞を PBS にて洗浄し, ただちに室温で 10% 中性ホルマリンにて 5 分間固定し, 再び PBS にて洗浄して naphthol AS MX phosphate(sigma, USA) を用いて室温で 20 分間反応させた. その後, 細胞を蒸留水で洗浄し,5% 硝酸銀水溶液 ( 和光純薬 ) にて間接日光の下 20 分間反応させた. その後, 水洗自然乾燥させて試料とした. ₄. 下顎骨のパラフィン切片作成 10 週齢の雌ラットから摘出した下顎を直ちに 10% 緩衝ホルマリンにて 4 で 72 時間固定した. その後, 10% EDTA(0.1 mol Tris HCl buffer, ph 7.4, 和光純薬 ) で 3 週間脱灰を行った. 脱灰液は 48 時間ごとに交換した. 顎骨をエタノール系列で脱水し, キシレンに浸透してパラフィンに包埋した. その後, ミクロトームにて連続切片を作成して免疫組織化学的染色に用いた. ₅. 下顎骨切片および培養細胞の免疫組織化学的染色脱パラフィン後の連続切片に対して PBS で洗浄後, 3%H 2 O 2 にて内因性ペルオキシダーゼの活性を阻害した. 次いで PBS にて洗浄後,3% bovine serum albumin in PBS(BSA PBS) にてブロッキング処理を室温にて30 分間行った後, ラットと交差するウサギ抗ヒトオキシトシン受容体ポリクローナル抗体 ( コスモバイオ ) を BSA PBS で 20 倍に希釈し, モイスチャーチャンバー内で 4 の条件下で一時間反応させた. 反応後,PBS にて洗浄し, ビオチン標識されたヤギ抗ウサギ IgG 抗体 ( ヒストファインキット, ニチレイ ) を室温にて 20 分間反応させた. 反応後,PBS 溶液で洗浄し, 次いでペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジン ( ヒストファインキット, ニチレイ ) を室温で 10 分間反応させた.PBS にて洗浄後,DAB 基質キット ( ニチレイ ) を用いて 5 分間発色させた. その後, 通法に従って脱水, 封入した切片を光学顕微鏡によって観察した. なお, 陰性コントロールとして一次抗体を反応させないで一連の染色を行った. 培養細胞は 10% 緩衝ホルマリンにて 15 分間室温で固定した. その後,PBS で洗浄し,BSA PBS で室温, 20 分間ブロッキングを行った. その後, パラフィン切片と同様にウサギ抗ヒトオキシトシン受容体ポリクローナル抗体 ( コスモバイオ ), ビオチン標識ヤギ抗ウサギ IgG 抗体 ( ヒストファインキット, ニチレイ ), ペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジン ( ヒストファインキット, ニチレイ ) を作用させた. 発色も同様に DAB 基質キット ( ニチレイ ) を用いて 10 分間発色させた. 陰性コントロールとして一次抗体を反応させないで染色を行った.
Table Primer sequences 表プライマーの塩基配列 Dentinogenesis に及ぼす oxytocin の影響 105 Primer Forward sequence(5` 3`) Reverse sequence(5` 3`) βactin TGACAGGATGCAGAAGGAGGA TAGAGCCACCAATCCACACA Dspp CTCAGTTAGTGCCGCTGGAGA GAATCGTCGTTAGTGGCGTTG Bgp AGACTCCGGCGCTACCTCAA CGTCCTGGAAGCCAATGTG Wnt10a GAGAGCCTCACAGAGACATCCAC CACTTTCGCCGCATGTTC Axin 2 GAGCTTGACTCTGGGCCACTTC GCAAATTCGTCACTCGCCTTC Lef 1 CGGACAGCGACCTAATGCAC CTTTAGCGTACACTCGGCTACGAC Ectodin GAATGGAGGCAGGCACTTCAG ACTGGCCATCCGAGATGTATTTG OTR AAATCCGCACGGTGAAGATGA CATGGCAATGATGAAGGCAGA ₆.Real time PCR 培養細胞からのtotal RNA は RNA iso plus (Takara) を用いてマニュアルに従い分離し,DNase1 (Takara) で処理した. その後, フェノール, クロロホルムを用いて total RNA を精製し,PrimeScript TM RT reagent Kit(Perfect Real Time, Takara) を用いてFirst strand cdnaを合成した.sybr Premix EX Tag TM (Tli RNaseH Plus)(Takara) を用いて Thermal Cycler Dice Real Time SystemⅡ(Takara) により象牙質形成に関連する遺伝子 dentin sialophosphoprotein(dspp),bone Gla protein(bgp) と Wnt シグナルに関連する遺伝子 Wnt10a,Axin 2,Lef 1 の mrna 発現量を測定した. 各遺伝子発現の標準化にはハウスキーピング遺伝子のβ actin を用いた. 使用したプライマーはすべて株式会社タカラより購入した. その塩基配列を表 1 に示す. 各遺伝子発現量を定量化するために ΔΔCT 法を用いた. なお,PCR 産物が単一であることはメルティングカーブ分析とディネーチャー温度で確認した. ₇. 統計処理各種遺伝子発現量は Kruskal Wallis 順位検定の後, 多重検定として Bonferroni 補正 Mann Whitney 検定を行った. 結果は平均値 ± 標準偏差 (SD) で示し, p<0.05 にて有意差を検定した. 結果図 1 に培養 21 日目の歯髄細胞を示す. 上段 (a,b) は ALP と von Kossa の二重染色を施した 6 well plate と, 下段 (c,d) はその顕微鏡写真を示す.Control 群 (a,c) に比較して OT 群 (b,d) では石灰化結節の数と大きさが増加していた. 図 2 には培養 21 日目の歯髄細胞における OTR の免疫組織化学的染色の結果を示す. 培養歯髄細胞に茶色 く発色している抗 OTR 抗体の局在が細胞膜にみられ, 細胞表面が染色された細胞が確認できた. 陰性コントロールでは反応はみられなかった ( データは示さず ). 図 3 にはラット下顎の第一大臼歯の歯髄組織における抗 OTR 抗体の局在を示す. 茶色に発色した抗 OTR 抗体が歯髄細胞 (P) と象牙芽細胞 ( 矢印 ) に認められた. 陰性コントロールでは反応はみられなかった ( データは示さず ). 図 4 には培養 21 日目の歯髄細胞での Dspp と Bgp の mrna 発現を調べた real time PCR の結果を示す. Control 群に比較して OT 群では Dspp と Bgp の発現が有意に増加していた. 図 5 には培養 21 日目の歯髄細胞での Wnt シグナルに関連する mrna の発現を示す.Wnt10a( 図 5a) の発現は OT 群で有意に増加しており, これに対して細胞内でのカノニカル経路に関連する Axin2( 図 5b), Lef 1( 図 5c) と Ectodin( 図 5d) の発現は Control 群に比較してすべて OT 群で有意に増加していた. 図 6 には培養 21 日目の歯髄細胞での OTR の mrna 発現を示す.OT 群ではその発現が Control 群に比較して約 1/5 まで減弱していた. 考察口腔機能を維持するための歯の保存は重要であり, 歯髄保護は歯の保存治療の予後にも影響を与える. 歯髄保護治療の発展のためには歯髄組織における象牙芽細胞の分化と象牙質形成を担う dentinogenesis の解析を行うことは有用なことである. われわれはこれまでにラット切歯歯髄組織を酵素処理で分離して象牙質形成を再現させる培養法を確立し 11), 血小板由来増殖因子 (PDGF) 12),Wnt シグナルが象牙芽細胞の分化と象牙質形成に重要な役割を果たしていること 13,14) を明らかにしてきた. 本研究では象牙芽細胞への作用が十分期待できる OT に着目して, 今後歯髄保護法の新たな
106 日歯内療誌 40 2 103 110 2019 d Fig. ₁ Dental pulp cells were cultured for ₂₁ days and were stained with ALP and von Kossa OT group a and c. Control group b and d. Bar ₂₀₀ μm 図 ₁ ALP と von Kossa 染色を施した培養 ₂₁ 日目の歯髄細 胞を示す OT 群 a と c Control 群 b と d Bar ₂₀₀μm Fig. ₂ Immunohistochemical staining of anti OTR antibody in dental pulp cells on ₂₁ days in culture Bar ₅₀μm 図 ₂ 培養 ₂₁ 日目における OTR に対する抗体 を用いた免疫組織科学的染色を示す Bar ₅₀μm Fig. ₃ Immunohistochemical staining of anti OTR antibody in rat dental pulp tissue of lower first molar Odontoblasts arrows were strongly stained with the anti OXR antibody. P Pulp tissue. D Dentin. Bar ₅₀μm 図 ₃ ラットの下顎第一大臼歯の歯髄組織に おける OXR に対する抗体を用いた免疫 組織化学的染色結果を示す 矢印で示す象牙芽細胞が OTR 抗体によって強 く 染 色 さ れ て い る P 歯 髄 D 象 牙 質 Bar ₅₀μm
Dentinogenesis に及ぼす oxytocin の影響 107 Fig. ₄ 図 ₄ Effect of OT on Dspp(a)and Bgp(b)mRNA expressions in rat dental pulp cells on ₂₁ days in culture *p<₀.₀₅ vs control. 培養 ₂₁ 日目のラット歯髄細胞での Dspp(a) と Bgp(b)mRNAs 発現に及ぼす OT の影響を示す *p<₀.₀₅ vs 対照群 Fig. ₅ Effect of OT on Wnt10a(a), Axin2(b), Lef 1(c), and Ectodin(d)mRNA expressions in rat dental pulp cells on ₂₁ days in culture *p<₀.₀₅ vs control. 図 ₅ 培養 ₂₁ 日目のラット歯髄細胞での Wnt10a(a),Axin2(b),Lef 1(c),and Ectodin(d)mRNA 発現に及ぼす OT の影響を示す *p<₀.₀₅ vs 対照群
108 日歯内療誌 40(2):103~110,2019 Fig. ₆ Effect of OT on OTR mrna expression in rat dental pulp cells on ₂₁ days in culture *p<₀.₀₅ vs control. 図 ₆ 培養 ₂₁ 日目のラット歯髄細胞での OTR mrna 発現に及ぼす OT の影響を示す *p<₀.₀₅ vs Control 群 薬剤応用への可能性を探るために OT の dentinogenesis に対する作用を調べた. 筆者らの知る限りでは, dentinogenesis に対して OT の影響を調べたのは本研 究が初めてである. OT は細胞表面に存在する OTR と結合して, そのシグナルが細胞内へ伝達される.OTR の存在は多くの種類の細胞に存在することが知られているが 15), 今回結果から歯髄組織に存在する歯髄細胞と象牙芽細胞に抗 OTR 抗体の局在が確認された. さらに歯髄培養細胞にも細胞表面に OTR の抗体の局在と real time PCR による OTR mrna の発現が確認された. 骨組織に存在する骨芽細胞は OTR を有しており, リガンドである OT の作用は骨形成促進を示す. 特に骨粗鬆症の骨組織では骨塩量の低下が抑制されることが報告されている 6,7). したがって OTR を有する歯髄細胞や象牙芽細胞においても OT の dentinogenesis に対して anabolic な作用は十分に期待できる. 事実, 本研究において OT が歯髄細胞に対して作用して象牙芽細胞への分化を促進させ, 石灰化結節の形成が亢進されたことを形態学的に観察できた. さらに培養歯髄細胞は Dspp と Bgp の mrna を発現していることから象牙芽細胞様細胞に分化して石灰化した象牙質様基質を形成したことを示している.Dspp は象牙質基質に特有な蛋白質であり,Bgp は象牙質や骨組織の石灰化基質に特有な蛋白質である 11~14). そして, 歯髄組織の象牙芽細胞や培養歯髄細胞に OTR の発現が確認されたことからも, 本研究でみられた OT の象牙質形成促進作用は受容体を介した OT の直接作用と考えられる. 次に OT の dentinogenesis に対する作用機序として, われわれは Wnt シグナルに着目した. 骨組織と同 様に歯髄組織においても Wnt シグナル, 特にカノニカル経路は重要な役割を果たしており, 象牙質形成に関しては Wnt10a がカノニカル経路を介して象牙芽細胞の分化を促進し, 生理的象牙質や修復象牙質の形成を促進させることを報告している 16,17).Neves ら 18) はアルツハイマー治療薬である Tideglusib が修復象牙質を強力に誘導することを報告し, 新たな覆髄剤への可能性を示唆した. この薬剤は GSK3 のアンタゴニストでカノニカル経路を亢進させるもので,Wnt シグナルが dentinogenesis に対して中心的な役割を果たしていることを示している. 本研究でも OT の添加によって Wnt10a の mrna 発現が有意に亢進していることから,Wnt10a が autocrine や paracrine に歯髄細胞に作用していることが考えられる. そしてこれに伴いカノニカル経路のシグナル伝達が亢進していることを示す Axin2 と Lef1 の mrna 発現も亢進した.Axin2 は, 細胞内で Wnt のシグナルがカノニカル経路に伝達されると発現する遺伝子で,Wnt シグナルの調節因子である 19). 一方,Lef 1 はカノニカル経路のシグナルがベータカテニンを介して標的遺伝子の転写を活性化する際に TCF と共に作用する因子で,Lef 1 が歯の発生 20) や象牙芽細胞の分化に重要な役割を果たしていることが報告されている 12,21). われわれは歯髄培養細胞を用いて Lef 1 をノックダウンした結果, 象牙質形成が抑制され, 逆に強制発現させると象牙質形成が亢進することを突き止めている.OT が Axin2 と Lef 1 の遺伝子発現を促進していることから考えると, 石灰化象牙質基質形成の促進作用は Wnt10a を介したカノニカル経路を活性化していることが考えられた. さらに Ectodin に対する OT の作用をみると OT によってカニノニカル経路が活性化していることがわかる.Ectodin は Wnt シグナルのアンタゴニストで,SOSTO ドメインを有することから Wnt が細胞表面に存在する受容体に結合するのを阻害する因子である 22). 門倉ら 23) は塩化リチウムを歯髄培養細胞に添加して, カノニカル経路を亢進させると Ectodin の発現が促進され,Ectodin がカノニカル経路のネガティブフィードバック機構を担っていることを指摘した. 本研究結果においても Ectodin の発現が OT によって亢進したメカニズムとして,Wnt10a によってカノニカル経路が亢進した結果, ネガティブフィードバック機構としてその発現が促進されたものと考えられる. さらに OTR 13) は細胞膜を 7 回貫通する G Protein を有する受容体である. これは副甲状腺ホルモン (PTH) の受容体と同じ構造をもつ受容体に属する.PTH ホルモンの過剰発現により受容体の down regulation( 脱感作, 下方調節 ) が起こることが知られている 24). 今回の OTR の発現が
Dentinogenesis に及ぼす oxytocin の影響 109 培養 21 日目で著しく減弱していることも受容体発現の down regulation を示しており, このことからも Wnt シグナルが亢進していることがわかる. しかしながら,OT の Wnt シグナルへの関与は Wnt10a 以外にもあり複雑な経路が存在することが予想され, 更なる今後の研究が必要と考える. 結論以上の結果から OT は培養歯髄細胞に対して細胞表面に存在する受容体を介して作用し,Wnt シグナルのカノニカル経路を活性化し象牙芽細胞への分化を促進させ, 象牙質形成を亢進させることが明らかとなった.OT が今後新たな覆髄剤としての可能性が示された. 本研究において開示すべき利益相反はない. 文献 1)Brownstein MJ, Russel JT, Gainer H:Synthesis, transport, and release of posterior pituitary hormones, Science 207:373 378, 1980. 2 ) Robinson DA, Wei F, Wang GD et al.:oxytocin mediates stress induced analgesia in adult mice, J Physiol, 540:593 606, 2002. 3)Kosfeld M, Heinrichs M, Zak PJ et al.:oxytocin increases trust in humans, Nature, 435:673 676, 2005. 4)Rilling JK, Young LJ:The biology of mammalian parenting and its effect on offspring social development, Science, 345:771 776, 2014. 5)Young LJ, Barrett CE:Can oxytocin treat autism?, Science, 347:825 826, 2015. 6)Elabd C, Basillais A, Beaupied H et al.:oxytocin controls differentiation of human mesenchymal stem cells and reverses osteoporosis, Stem Cells, 26:2399 2407, 2008. 7)Berunger GE, Djedaini M, Battaglia S et al.: Oxytocin reverses osteoporosis in a sex dependent manner, Front Endocrinol, 6:81, 2015, doi: 10.3389/fendo.2015.00081. 8)Fallahnezhad S, Piryaei A, Darbandi H et al.: Effect of low level laser therapy and oxytocin on osteoporotic bone marrow derived mesenchymal stem cells, J Cell Biochem, 119:983 997, 2018, doi:10.1002/jcb.26265. 9)Colaianni G, Sun L, Zaidi M et al.:oxytocin and bone, Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol, 307:R970 R977, 2014. 10) 井出祐樹 : エストロゲン欠乏ラットにおける象牙芽細胞の機能の解析, 日歯保存誌,59:206 218, 2016. 11)Yokose S, Kadokura H, Tajima N et al.:establishment and characterization of a culture system for enzymatically released rat dental pulp cells, Calcif Tiisue Int, 66:139 144, 2000. 12)Yokose S, Kadokura H, Tajima N et al.:platelet derived growth factor exerts disparate effects on odontoblast differentiation depending on the dimers in rat dental pulp cells, Cell Tissue Res, 315:375 384, 2004. 13)Yokose S, Naka T:Lymphocyte enhancer binding factor 1:An essential factor in odontoblastic differentiation of dental pulp cells enzymatically isolated from rat incisors, J Bone Miner Metab, 28:650 658, 2010. 14) 横瀬敏志, 門倉弘志 : 歯髄組織と Ectodin, 日歯保存誌,59:305 310,2016. 15)Arrowsmith S, Wray S:Oxytocin:Its mechanism of action and receptor signaling in the myometrium, J Neuroendocrinol, 26:356 369, 2014. 16)Yamashiro T, Zheng L, Shitaku Y et al.:wnt10a regulates dentin sialophosphoprotein mrna expression and possibily links odontoblast differentiation and tooth morphogenesis, Differentiation, 75:452 462, 2007. 1 7 )Zhang Z, Guo Q, Tian H et al.:effects of WNT10A on proliferation and differentiation of human dental pulp cells, J Endod, 40:1593 1599, 2014. 18)Neves VC, Babb R, Chandrasekaran D et al.: Promotion of natural tooth repair by small molecule GSK3 antagonists, Sci Rep, 7:39654, 2017, doi:10.1038/srep39654. 19)Babb R, Chandrasekaran D, Carvalho V et al.: Axin2 expressing cells differentiate into reparative odontoblasts via autocrine Wnt/β catenin signaling in response to tooth damage, Sci Rep, 7:3102, doi:10.1038/s41598 017 03145 6. 20)Van Genderen C, Okamura RM, Farinas I et al.: Development of several organs that require inductive epithelial mesenchymal interactions is impaired in LEF 1 deficient mice, Genes Dev, 8:2691 2703, 1994. 21)Nakatomi M, Ida Yonemochi H, Obshima H:
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