広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 現 代 における 責 任 概 念 に 関 連 して 藤 田 明 史 A Consideration on the Criticism of the "Matsukawa Trial" by Kazuo Hirotsu in Relation to the Concept of Responsibility in the Present World Akifumi Fujita 抄 録 本 稿 は 作 家 広 津 和 郎 が 戦 後 その 文 学 的 営 為 から 一 見 かけ 離 れた 松 川 裁 判 批 判 をなぜ 行 なったかについて 彼 の 文 学 作 品 の 内 在 的 検 討 を 通 じて 明 らかにしようとする 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 は 不 当 な 死 刑 重 刑 を 正 当 化 する 権 力 の 言 説 に 対 する 批 判 であっ たから まさに 平 和 学 で 言 うところの 文 化 的 暴 力 批 判 の 一 つの 歴 史 的 事 例 である 広 津 は 小 説 家 であり 作 家 としての 彼 がなぜこうした 裁 判 批 判 を 行 なったかは それ 自 体 に 興 味 があるだけではなく 現 代 の 諸 問 題 とりわけ 責 任 概 念 をめぐるそれ に 多 くの 示 唆 を 与 えているであろう キーワード: 作 家 広 津 和 郎 松 川 裁 判 批 判 文 化 的 暴 力 としての 権 力 の 言 説 もう 一 つの 言 説 責 任 (2011 年 9 月 29 日 受 理 ) Abstract In this article, the author tries to make clear why Kazuo Hirotsu, a Japanese novelist, made a continuous effort after the Second World War to criticize the Matsukawa Trial, an effort apparently quite apart from his literary activities, through investigating his literary works. His criticism of the Matsukawa Trial was a historical example of that of discourse of power, a kind of so-called cultural violence in terminology of modern peace studies, justifying unjust death penalty and severe punishment. This problem is not only interesting in itself but gives us many implications to the problems of today, especially to that of responsibility. Key words: Kazuo Hirotsu as a novelist, criticism of the Matsukawa Trial, discourse of power as cultural violence, alternative discourse, responsibility (Received September 29, 2011) 57
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) はじめに 本 稿 は 作 家 広 津 和 郎 (1891-1968)が 第 二 次 大 戦 後 その 文 学 的 営 為 とは 一 見 かけ 離 れた 松 川 裁 判 批 判 をなぜ 行 なったかについて 主 として 彼 の 文 学 作 品 の 内 在 的 検 討 を 通 じて 明 らかにすることを 目 的 とする (1) 平 和 研 究 に 関 心 をもつ 筆 者 が いま この 問 題 を 取 り 上 げようとするのは 次 のような 問 題 意 識 からである (1) 平 和 学 は 暴 力 批 判 を 基 礎 とする 現 代 においては とりわけ 直 接 的 構 造 的 暴 力 を 正 当 化 する 文 化 的 暴 力 の 批 判 が 焦 眉 の 課 題 である (2) ( 核 抑 止 論 批 判 原 発 の 安 全 神 話 批 判 など) 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 は 不 当 な 死 刑 重 刑 を 正 当 化 す る 権 力 の 言 説 に 対 する 批 判 であったから まさに 文 化 的 暴 力 批 判 の 一 つの 歴 史 的 事 例 に 他 ならない それはどのようなものであったか また そうした 文 化 的 暴 力 に 対 する 有 効 な 批 判 はいかにして 可 能 となるのか (2) 広 津 和 郎 は 小 説 家 であった 作 家 としての 広 津 がなぜ 松 川 裁 判 批 判 を 行 なったの か 日 常 の 徒 事 的 現 実 からいかにして 生 気 ある 平 和 的 価 値 意 識 が 生 まれるかに 関 心 を もつ 筆 者 にとって これはそれ 自 体 が 興 味 ある 問 題 である そして その 内 面 的 必 然 的 な 理 由 は 彼 の 文 学 的 営 為 そのものの 中 に 見 出 すことができよう (3) しかしそれだけではない 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 は われわれが 直 面 する 現 代 の 諸 問 題 に 示 唆 するものを 多 くもっているように 思 える すなわち 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 の 現 代 的 意 義 は 何 か 以 下 1 ~ 3 において 上 の(2)の 課 題 について 述 べ 4 で(1) 5 で(3)について 述 べる まず 松 川 事 件 の 概 要 をここに 記 しておこう (3) 日 本 が 米 国 を 中 心 とする 連 合 国 の 占 領 下 にあった 1949( 昭 和 24) 年 吉 田 内 閣 によって 6 月 に 作 られた 定 員 法 による 国 鉄 の 大 量 馘 首 を 背 景 に 国 鉄 をめぐる 三 つの 事 件 が 相 次 いで 発 生 した すなわち 7 月 に 起 った 下 山 事 件 (5 日 国 鉄 労 働 組 合 が 団 体 交 渉 の 相 手 としていた 下 山 国 鉄 総 裁 が 失 踪 翌 朝 に 常 磐 線 の 線 路 上 で 轢 断 死 体 として 発 見 ) 三 鷹 事 件 (13 日 無 人 電 車 が 突 如 として 暴 走 駅 構 外 に 飛 び 出 し 都 民 を 殺 傷 )に 続 き 8 月 に 三 度 目 の 恐 るべき 椿 事 が 起 った すなわち 8 月 17 日 午 前 3 時 09 分 福 島 県 の 金 谷 川 駅 と 松 川 駅 との 中 間 のカーブで 福 島 駅 を 定 時 に 発 車 した 青 森 発 上 り 旅 客 列 車 の 先 頭 機 関 車 が 脱 線 転 覆 し 続 く 数 車 両 も 脱 線 した 乗 客 には 死 傷 がなかったものの 機 関 士 ら 三 名 が 惨 死 した 最 初 の 被 疑 者 ( 赤 間 勝 美 当 時 19 歳 )の 逮 捕 ( 罪 名 傷 害 )が 9 月 10 日 にあり 約 十 日 間 の 捜 査 で 自 白 調 書 が 作 成 され この 赤 間 自 白 によって 約 一 カ 月 の 間 に 次 々と 被 疑 者 が 逮 捕 されていった これが 松 川 事 件 である そして 五 回 の 裁 判 が 行 なわれた (4) 福 島 地 裁 での 第 一 審 判 決 (1951. 12. 6) 全 員 に 有 罪 ( 死 刑 五 名 無 期 五 名 有 期 十 名 ) 被 告 側 が 控 訴 福 島 高 裁 での 第 二 審 判 決 (1953. 12. 22) 三 名 が 無 罪 十 七 名 は 有 罪 ( 死 刑 四 名 無 期 二 名 有 期 十 一 名 ) 十 七 被 告 が 上 告 最 高 裁 大 法 廷 (1959. 8. 10) 原 審 破 棄 高 裁 差 戻 し( 評 決 七 対 五 ) 仙 台 高 裁 (1961. 8. 8) 十 七 名 全 員 の 無 罪 判 決 検 察 側 が 上 告 そして 最 高 裁 小 58
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 法 廷 (1963. 9. 12) 上 告 破 棄 全 員 の 無 罪 確 定 ( 評 決 三 対 一 ) そのプロセスから これ がきわめて 特 異 な 事 件 の 特 異 な 裁 判 であったことが 判 る 1. 怒 れるトルストイ と 神 経 病 時 代 批 評 文 学 の 原 型 広 津 和 郎 の 場 合 批 評 と 創 作 ( 主 として 小 説 )が 芸 術 活 動 の 両 輪 になっている 彼 の 文 学 が 批 評 文 学 と 言 われる 所 以 である (5) その 批 評 と 文 学 とは どのような 関 係 にあ るのか ある 思 想 や 理 論 に 解 釈 を 付 けるのが 批 評 であろう しかし 小 説 はこれとは 異 なる 広 津 によれば 小 説 においては ある 解 釈 がつくだけではいけない 解 釈 に 具 体 性 の 裏 付 けがなければならない それでないと 解 釈 に 血 や 肉 が 通 って 来 ない というのである (6) まず 同 時 期 (1917)に 発 表 された 初 期 の 代 表 的 作 品 である 評 論 怒 れるトルストイ と 小 説 神 経 病 時 代 についてこのことを 見 てみよう 怒 れるトルストイ は 聖 書 の 山 上 の 垂 訓 からトルストイが 取 り 上 げた 五 戒 す なわち ( 一 ) 怒 るなかれ ( 二 ) 姦 淫 を 犯 すなかれ ( 三 ) 誓 うなかれ ( 四 ) 悪 によって 悪 に 抗 するなかれ ( 五 ) 人 の 敵 となるなかれ に 関 して ( 四 )と( 五 ) とりわけ( 四 ) の 悪 によって 悪 に 抗 するなかれ を 重 視 するトルストイの 解 釈 に 対 して ( 一 )と( 三 ) とりわけ( 一 )の 怒 るなかれ を 重 視 しようとする 自 身 の 解 釈 を 対 置 し その 立 場 から トルストイの 思 想 を 批 評 したものである まず 彼 は 第 四 の 悪 によって 悪 に 抗 するなかれ とは トルストイとともに 真 にこの 世 から 悪 を 根 絶 しようと 思 ったならば 各 人 が 悪 に 対 して 無 抵 抗 にならなければならない そうすれば 自 然 に 悪 は 消 滅 してしまうことにな る という 教 えであることを 認 める しかし こうした 解 釈 の 延 長 線 上 のみで 怒 るなかれ を 位 置 付 け 解 釈 するトルストイに 異 論 を 唱 える なぜなら 怒 るなかれ をトルストイは 総 ての 人 と 平 和 を 保 つべし 如 何 なる 場 合 にも 怒 りを 以 て 正 当 なりとなす 事 勿 れ ともっ ぱら 個 人 と 個 人 との 間 個 人 と 社 会 との 間 の 外 面 的 な 関 係 において 捉 えるのに 対 し これ に 加 え そこにはもっと 内 面 的 なものが 換 言 すれば 個 人 と 神 との 間 の 関 係 が 表 現 されていると 彼 は 考 えるからである すなわち 彼 によれば 怒 る ということほど 我 々 の 霊 魂 の 成 長 力 を 害 するものはない のであり したがって 怒 りは 他 人 を 害 する 前 に まず 個 人 自 身 を 害 する のである ところで こうした 解 釈 の 違 いは 人 間 の 態 度 や 行 動 の 解 釈 に 具 体 的 にどのような 相 違 をもたらすのであろうか まず 軍 隊 裁 判 強 権 と いった 社 会 悪 に 対 してはどうか トルストイは 現 代 文 明 の 悪 しき 制 度 のもとで 働 くより は むしろ 無 為 を 選 べ という ここには 現 代 文 明 への 恐 ろしい 呪 詛 から 来 る 性 急 が 漲 っ ている 多 くの 人 はこのようなトルストイの 憤 りに 非 常 な 同 感 をもつに 違 いない しかし これは 人 々に 強 いることは 出 来 ない と 彼 は 考 える ちょっとの 間 でも 仕 事 の 手 を 休 め たならば この 恐 るべき 時 代 は 多 くの 個 人 を 瞬 く 間 に 餓 死 せしめるであろう からだ そしてトルストイのこの 主 張 に 一 定 の 意 味 があるにしても そこには 非 常 にデリケエト な 手 段 が 必 要 であり 叫 喚 の 代 りに 沈 黙 が 憤 激 の 代 りに 憐 憫 が 必 要 であるとする 次 に 生 と 死 についてはどうか トルストイによれば 生 は 死 の 準 備 である そうし 59
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) てはじめて 死 に 際 して 真 生 活 の 曙 光 があり 救 い がある しかし 果 してそうか 彼 は 考 える 私 は 死 は 見 たくない 見 るを 欲 しない しかし 見 なければならぬ 事 実 ではある だが この 事 実 を 泰 然 として 認 識 し 得 る 強 い 精 神 力 を 持 ちたい その 精 神 力 は 死 の 準 備 をすることによって 得 られるものではない 生 きることによって 得 られるので ある と さらに 自 己 完 成 について 自 己 完 成 への 道 は 苦 痛 である この 意 味 で 苦 痛 こ そは 善 である その 場 合 そこには 苦 痛 とともに 法 悦 がある しかし トルストイの 言 う 苦 痛 には 法 悦 がないと 彼 は 言 う そしてそれは 結 局 のところ 人 間 を 害 す る 怒 り をトルストイの 理 性 が 是 認 してしまうことからの 帰 結 に 他 ならないとする 最 後 に ( 社 会 ) 認 識 についてはどうか トルストイは 農 夫 の 悲 惨 な 境 遇 に 涙 すると 同 時 に 然 るに 我 々はベトオヴェンを 解 剖 している と 自 己 批 判 する しかし 農 夫 の 悲 惨 は 農 夫 の 悲 惨 である ベトオヴェンの 解 剖 はベトオヴェンの 解 剖 である と 彼 は 言 う そして トルストイはその 間 に 橋 桁 をかけることに 苛 立 って まず 足 もとの 川 底 を 掘 って 土 台 を 積 まねばならぬことを 忘 れている 橋 の 杭 である とするのである すなわち ここでは 現 実 に 対 峙 する 社 会 認 識 の 不 足 が 指 摘 されているのである 神 経 病 時 代 は 作 家 の 生 涯 のテーマが 全 てここにあるという 意 味 では 広 津 の 代 表 作 といえよう 若 い 新 聞 記 者 の 鈴 本 定 吉 は 憂 鬱 に 苦 しめられている 周 囲 の 何 もかも がつまらなくて 淋 しくて 味 気 なくて 苦 しいのである 一 体 その 憂 鬱 はどこから 来 るのか 第 一 は 家 庭 からだ 定 吉 はすでに 結 婚 し 子 供 が 一 人 いる ところで 彼 には 以 前 深 く 愛 した 少 女 がいたのだ しかし それを 打 ち 明 ける 勇 気 がなく 躊 躇 し 悶 々 としていた そこに 彼 の 妻 が 現 れた 彼 女 は 積 極 的 で 大 胆 に 行 動 した ああ と 定 吉 は 今 でも 思 うのである 自 分 は 意 気 地 がない 俺 はあの 時 なぜ 拒 絶 しなかったろう と しかし 彼 女 を 捨 てることはできない 女 を 捨 てる 男 が 世 の 中 に 多 くいるのに 対 して 俺 は 責 任 を 知 っている 男 なのだ と 憤 激 とともに 優 越 感 も 感 じるのである 第 二 は 新 聞 社 の 仕 事 からである 社 会 部 の 編 集 の 仕 事 はやたらに 忙 しい しかも その 内 容 は 社 会 悪 にむしろ 加 担 するものであり 心 底 から 打 ち 込 めるものでは 全 くない 何 のために と 問 うとき 生 活 のために という 口 実 しか 彼 には 思 い 浮 かばないのである こういう 精 神 的 に 悲 惨 な 生 活 の 中 にあって 定 吉 の 唯 一 の 楽 しみは 月 に 一 度 神 田 の 小 さなカッフェ での 友 との 語 らいである 相 川 は 小 説 を 書 いている その 自 信 に 満 ちた 語 り 口 からは 確 かに 傑 作 が 出 来 上 がるに 相 違 ないと 定 吉 は 思 う 遠 山 は 酒 に 溺 れ 雑 誌 社 への 新 しい 就 職 も 長 続 きはせず 生 活 は 破 綻 に 瀕 している しかし 彼 は 妻 や 子 供 を 心 の 底 から 愛 し 妻 も 彼 を 愛 している 芸 術 への 一 途 な 愛 にも 支 えられ ともかく 彼 は 必 死 に 生 きている 仲 間 の 中 で 最 年 少 の 河 野 は 一 人 の 少 女 に 恋 をしている そして その 気 持 を 彼 女 に 伝 え ようと 絶 望 的 な 努 力 を 試 みているのだ 彼 らの 生 活 には 目 標 があり 少 なくともそれを 実 現 しようとする 意 志 の 強 さがある しかし 定 吉 にはそうした 目 標 や 理 想 は 全 くない 彼 には 物 事 に 対 する 明 確 な 意 見 というものがない 個 々の 事 物 を 雑 然 と 感 じるのみで そ れらを 統 一 し 総 合 して 一 個 の 纏 まった 自 分 の 意 見 とする 力 が 欠 けている その 結 果 つ ねに 人 生 に 脅 かされているのである ある 晩 定 吉 は 一 人 の 酔 漢 が 乱 暴 を 働 いて 交 番 60
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 の 前 で 二 人 の 巡 査 に 組 み 伏 せられているのを 群 衆 の 間 から 見 る 酔 漢 の 額 は 小 砂 利 で 擦 り むけ 血 が 地 面 にポタポタ 黒 く 落 ちている 酔 漢 の 有 様 は 他 人 事 ではない あ! と 定 吉 は 思 う 心 臓 がきゅっと 痛 み 胸 が 烈 しく 波 打 つ それは 対 象 への 明 確 な 意 識 から 来 る 感 情 ではなく 反 射 的 な 神 経 の 痙 攣 にすぎない それは 人 格 の 破 綻 から 来 る 神 経 病 な のである そこから 逃 げ 出 すことしか 彼 にはできない こうした 症 状 が 神 経 の 上 に 現 れて 以 来 彼 にとって 人 生 は 絶 え 間 ない 地 獄 の 呵 責 となったのだ そして 終 に 怒 りが 爆 発 する 職 場 では 命 令 を 素 直 に 聞 かない 部 下 に 対 して 家 では 些 細 なことをきっかけに 妻 に 対 して 暴 力 を 振 るってしまうのである 定 吉 は 今 の 生 活 を 根 柢 から 改 革 したいと 思 う そのことを 相 川 に 打 ち 明 ける 僕 はワイフと 別 れたいんだ! と そりゃ 別 れてもいい だろう と 相 川 は 答 える 君 は 今 のままでは 亡 びるんだ だから 君 はまず 亡 びることを 拒 絶 しなければならない 自 分 の 決 心 を 妻 に 言 おうと 定 吉 は 下 腹 にうんと 力 を 入 れて 家 に 帰 る すると 妻 から 意 外 なことを 知 らされる ねえ あなた さっき 遠 山 さんが 光 来 しゃいましたよ と( 光 来 しゃいました を いらっしゃいました と 読 ませている ことに 注 意 引 用 者 ) (7) 家 賃 の 不 払 いで 家 を 追 い 出 された 遠 山 が 二 人 の 子 供 を 連 れ て 一 晩 の 宿 を 求 めて 来 たのだった 妻 は 憐 憫 から 承 知 したが 遠 山 の 年 上 の 六 つになる 娘 がどうしても 帰 りたいと 納 得 しなかったというのだ 突 然 おとずれたこの 事 件 は 二 人 の 心 を 優 しくする 妻 は 二 人 目 の 子 供 ができたようだと 打 ち 明 ける あっ! と 定 吉 は 叫 ぶ 恐 ろしい 絶 望 があった 何 とも 言 われない 苦 しさがあった が それと 同 時 に 彼 は 妻 のた めに 下 女 を 雇 ってやらなければならないことを 考 えた ここに 表 現 された 妻 への 責 任 は 前 述 の 責 任 からは 一 歩 抜 き 出 た より 真 実 のこもった その 意 味 で 質 的 に 異 なったも のであることに 留 意 したい 評 論 怒 れるトルストイ と 小 説 神 経 病 時 代 とはどこに 接 点 があるのだろうか まず 怒 れるトルストイ を 単 に 広 津 のトルストイ 批 判 と 読 むのではなく(もちろん そうし た 体 裁 をとってはいるが) トルストイを 偉 大 な 反 面 教 師 としての 広 津 の 思 想 とトルス トイのそれとの 格 闘 または 対 話 として 読 むべきである 彼 はトルストイと 相 似 の 要 素 を 多 分 にもっていたであろう とりわけ 怒 り である しかし 彼 が 遠 く 及 ばないのはトル ストイの 生 活 力 である だから 彼 がトルストイから 学 ぶためには トルストイにおける 怒 るなかれ と 悪 によって 悪 に 抗 するなかれ の 比 重 を 逆 転 させなければならなかったの だ トルストイの 生 活 力 を 百 とすれば 普 通 人 の 生 活 力 は 一 である 生 活 力 は 与 件 だから 百 の 生 活 力 が 一 の 生 活 力 を 導 いて 十 にすることはできない 十 の 生 活 力 に 十 の 発 達 をさ せた 人 二 十 の 生 活 力 に 二 十 の 発 達 をさせた 人 こそは 我 々が 持 っているかもしれないと ころの 一 か 二 の 生 活 力 を 一 か 二 の 発 達 に 導 いてくれるであろう しかしその 場 合 でも 方 法 の 問 題 として 怒 りの 克 服 はいかにして 可 能 となるのかの 問 題 は 残 る 2. 二 人 の 不 幸 者 と 志 賀 直 哉 論 性 格 破 産 者 とは 何 か 神 経 病 時 代 の 後 作 者 は 一 つの 長 編 を 書 きたいと 思 った なぜなら それを 書 こう 61
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) とした 私 の 心 の 動 機 に 今 でも 尚 十 分 な 是 認 が 出 来 るので それだけその 出 来 栄 の 不 完 全 さが 私 には 残 念 に 思 われ たからである (8) 確 かにきわめて 稠 密 な 時 間 と 空 間 の 中 に 登 場 人 物 たちは 閉 じ 込 められている 彼 らは 今 にも 窒 息 しそうである しかし 窓 を 開 け 放 てば 彼 らはより 自 由 に 動 き 始 め そこには 何 かしら 未 知 の 世 界 が 現 出 しそうな 予 感 が ある これは 長 編 小 説 によってこそ 可 能 となろう 彼 らの 可 能 性 はそこでこそ 顕 現 する に 相 違 ない しかし 力 量 と 時 間 不 足 のため 計 画 中 の 長 編 に 出 てくる 人 物 から 最 も 性 格 の 弱 い 二 人 の 人 物 を 抜 き 出 し 彼 らの 生 活 の 一 部 をスケッチ 風 に 描 いたのが 中 編 小 説 の 二 人 の 不 幸 者 (1918)であった ゆえにこれは 来 るべき 長 編 への 過 渡 的 な 作 品 と 位 置 付 けられよう むしろここでは 作 者 が 序 で 提 出 している 性 格 の 破 産 なる 概 念 が 重 要 であろう すなわち 人 間 類 型 としての 性 格 破 産 者 とは 此 人 生 に 何 等 の 要 求 をも 目 的 をも 持 っていない 青 年 または 此 人 生 に 要 求 や 目 的 を 持 っていても そ の 要 求 を 実 現 し その 目 的 を 完 成 する 力 が 全 然 自 分 に 欠 けているというその 無 力 の 自 覚 の ために 云 いようのない 悲 しみの 淵 に 沈 んでいる そういった 青 年 のことである (9) 作 品 の 内 容 をここで 説 明 する 必 要 はあるまい 二 人 の 不 幸 者 では ともかく 性 格 破 産 者 の 存 在 とその 悲 惨 を 示 すことが 目 的 であった しかし 次 の 段 階 として 彼 らにとって 果 して 救 いはあるのか あるとしてもそれは 一 体 どこから 来 るのかを 的 確 に 表 現 すること が 作 者 の 責 任 とさえなるに 相 違 ない それはいかにして 可 能 か ここでも 評 論 が 本 来 の 目 標 である 長 編 小 説 の 創 作 のためのスプリング ボードになるで あろう 広 津 は 性 格 の 破 産 を 乗 り 越 え 得 る 人 物 のモデルを 志 賀 直 哉 の 中 に 見 出 す こ の 意 味 で 彼 の 志 賀 直 哉 論 (1919)は 重 要 である なぜ 志 賀 直 哉 がそうしたモデルになり 得 るのか 性 格 破 産 を 克 服 するモデルは その 中 に 少 なくとも 次 の 三 つの 要 素 をもっている 必 要 がある 第 一 は それ 自 身 が 性 格 破 産 の 要 素 をかなりの 程 度 にもっていること 第 二 は 性 格 破 産 を 超 越 できる 強 い 性 格 を 有 する こと 第 三 は そうした 強 い 性 格 を 方 向 付 け 導 くことのできる 方 法 を 有 していることで ある 志 賀 直 哉 はこれらの 要 素 を 全 て 備 えているからである まず たとえば 初 期 の 作 品 に 属 する ある 一 頁 には 彼 の 心 の 底 にある 鋭 い 病 的 神 経 と よりどころない 焦 燥 と が 虚 飾 のないそのままの 形 で 表 現 されている また 濁 った 頭 には 主 人 公 の 青 年 の 正 義 派 的 な 心 持 とデカダン 的 な 神 経 との 闘 争 及 びそこから 生 まれる 苦 悶 の 悲 劇 が 描 か れ ある 時 代 の 青 年 たちが 経 験 した 危 機 の 代 表 的 な 表 現 たりえている すなわち 志 賀 は 不 調 和 不 自 然 不 正 醜 悪 そういうものと 一 歩 も 妥 協 すまいとする 警 戒 の 感 覚 を 張 りつめているのである しかし もし 彼 が あのような 病 的 でさえある 鋭 い 神 経 と 感 覚 とをもつと 同 時 に それに 相 応 する 強 い 性 格 を 欠 いていたならば その 重 圧 に 耐 えきれ ず あの 近 代 病 者 の 一 人 になっていたであろうと 広 津 は 言 う ここで 強 い 性 格 と は 何 か 広 津 は 志 賀 の 和 解 から 感 情 には 予 定 がつけられない との 特 徴 的 な 言 葉 を 引 き これは ひとたび 起 れば 自 身 も 制 御 しえない 感 情 の 爆 発 性 を 自 ら 意 識 し それ に 対 していかに 用 意 周 到 に 警 戒 しているかを 示 している とする そして 彼 の 世 間 の 醜 悪 凡 庸 と 妥 協 すまいとする 警 戒 性 を 第 一 段 の 警 戒 性 と 呼 び 自 己 の 爆 発 性 に 対 する 警 戒 62
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 性 を 第 二 段 の 警 戒 性 と 名 付 ける すなわち 強 い 性 格 とはこの 第 二 段 の 警 戒 性 のことに 他 ならない それはきわめて 複 雑 である なぜなら その 場 になってみなければ どうなるか 解 らない つまり 予 測 がつかないからである そして 広 津 は 和 解 から 父 子 争 闘 の 悲 劇 についての 次 のような 志 賀 の 創 作 計 画 を 引 用 する ここにはまた 広 津 自 身 における 長 編 小 説 の 創 作 方 法 が 志 賀 の 文 章 表 現 の 中 に 自 らの 意 図 を 籠 める 形 で 暗 々 裏 に 述 べられていると 見 ることができよう そしてその 最 後 に 来 るクライマックスで 祖 母 の 臨 終 の 場 に 起 る 最 も 不 愉 快 な 悲 劇 を 書 こうと 思 った どんな 防 止 もかまわず 入 って 行 く 興 奮 しきったその 青 年 と 父 との 間 に 起 る 争 闘 多 分 腕 力 沙 汰 以 上 の 乱 暴 な 争 闘 自 分 はコンポジションの 上 でその 場 を 想 像 しながら 父 がその 青 年 を 殺 すか その 青 年 が 父 を 殺 すか どっちかを 書 こう と 思 った ところが 不 意 に 自 分 にはその 争 闘 の 絶 頂 に 来 て 急 に 二 人 が 抱 き 合 って 烈 しく 泣 き 出 す 場 面 が 浮 かんで 来 た この 不 意 に 飛 び 出 して 来 た 場 面 は 自 分 で 全 く 思 い がけなかった 自 分 は 涙 ぐんだ しかし 自 分 はその 長 編 のカタストロオフをそう 書 こうとは 決 めなかった それ はどうなるか 解 らないと 思 った しかし 書 いて 行 った 結 果 そうなってくれれば どん なに 愉 快 なことかと 思 った 志 賀 直 哉 論 において 著 者 は 自 己 を 語 るという 言 葉 の 文 字 通 りの 意 味 で 氏 は 常 に 自 己 を 語 っている という 一 点 に 志 賀 文 学 の 独 創 を 見 ている すなわち 自 分 が 見 聞 き 触 れ 感 じたことをそのまま 書 き そしてその 他 のことは 書 かないということ 言 い 換 えれば 抽 象 よりは 具 体 綜 合 よりは 個 々 への 徹 底 的 な 拘 りに 現 実 を 見 る 志 賀 の 眼 の 特 異 性 を 求 めているのである そして このことは 同 時 に 志 賀 文 学 の 非 歴 史 性 な 性 格 を 言 外 に 指 摘 しているであろう なぜなら 志 賀 の 方 法 の 特 異 性 (それは 独 創 性 でもあ る)は その 必 然 の 代 償 として その 作 品 に 非 歴 史 的 な 性 格 を 与 えざるをえないからであ る この 点 に 照 らして 見 るとき 逆 に 広 津 文 学 の 性 格 が 明 らかになる すなわち 広 津 文 学 の 独 創 性 は こうした 徹 底 したリアリストとしての 志 賀 直 哉 の 方 法 に 学 びつつも そ こに 歴 史 的 な 視 点 を 入 れることを 試 みた 点 にあると 言 えよう 広 津 にとって 歴 史 的 な 視 点 とは 何 か 少 し 後 の 小 論 全 と 個 (1938)において 彼 は 次 の ように 述 べている (10) 自 然 主 義 以 来 個 という 事 が 盛 んにいわれた 田 山 花 袋 などはそ の 代 表 的 な 主 張 者 である 彼 らは 個 を 通 して 見 た 全 でなければ 全 は 判 らないという 意 味 の 事 を 主 張 していた しかし 時 代 は 変 転 し 逆 に 全 の 中 の 個 としてしか 個 が 認 められ なくなった 個 を 掘 り 下 げることは 要 するに 個 人 の 問 題 に 過 ぎない と 非 難 されるに 至 っ た すなわち 重 要 なのは 社 会 であって 個 人 ではないとするプロレタリア 文 学 の 時 代 が やってきたのだ ところが この 全 体 主 義 はやがて 一 つの 壁 にぶつかった 政 治 的 には 全 く 対 立 し かつ 強 力 な 支 配 力 を 持 つところの 他 の 全 体 主 義 によってその 行 く 道 を 遮 断 され たのである しかし そこでは 同 じく 全 の 中 の 個 が 求 められているのだ だから この 辺 63
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) で 政 治 への 追 随 を 止 めにしたらどうかと 広 津 は 言 う そして さらに 次 のように 述 べるの である 日 本 の 文 学 が ひた 走 りに 走 って 未 解 決 のままに 後 に 残 して 来 たいろいろの 問 題 を この 辺 でゆっくり 振 返 り 解 決 して 行 ったら どんなものであろうか 個 という ような 問 題 もその 一 つである 個 の 中 の 全 とか 全 の 中 の 個 とか そうした 抽 象 命 題 に 走 らずに 個 を 掘 り 下 げて 行 く 事 を 途 中 で 中 止 した 廃 鉱 そういうものを 改 め て 掘 り 下 げて 見 たら もっと 何 か 出 て 来 るのではないか ここで 言 われている 個 を 掘 り 下 げて 行 く 事 を 途 中 で 中 止 した 廃 鉱 とは きわめて 印 象 深 い 表 現 であるが 内 容 的 には それは 性 格 破 産 者 と 同 じ 意 味 であろう すなわ ち ここにおいて 性 格 破 産 者 という 人 間 類 型 に 対 し その 歴 史 的 な 位 置 付 けが 行 なわ れているのである そして そうした 廃 鉱 をあらためて 掘 り 下 げることは ある 意 味 で 自 然 主 義 における 個 の 探 求 の 再 現 である しかし それは 二 つの 全 体 主 義 ( 社 会 主 義 とファシズム)を 経 た 上 での 再 現 である( 否 定 の 否 定 ) その 可 能 性 を 探 求 し 文 学 表 現 として 定 着 させることが 広 津 和 郎 にとっての 課 題 となったに 相 違 ない 3. 長 編 小 説 風 雨 強 かるべし と 新 しい 性 格 の 創 造 神 経 病 時 代 と 二 人 の 不 幸 者 以 後 性 格 破 産 の 問 題 を 主 題 とする 一 連 の 作 品 とし て 戯 曲 生 きて 行 く (1927) 長 編 小 説 薄 暮 の 都 会 (1928-29) 同 風 雨 強 かるべし (1933-34) 同 青 麦 (1936) 中 編 小 説 真 理 の 朝 (1937-38) 同 狂 った 季 節 (1948-49) が 書 かれた ここでは 風 雨 強 かるべし を 取 り 上 げる 生 きて 行 く 薄 暮 の 都 会 は それに 至 る 過 程 での 作 品 であり 青 麦 はその 一 つのバリエーションであり 真 理 の 朝 は 青 麦 の 続 編 と 見 られ 戦 後 に 書 かれた 狂 った 季 節 もこれらの 延 長 上 の 作 品 であ るからだ そして 風 雨 強 かるべし は 広 津 和 郎 の 全 著 作 において おそらく 一 つの 頂 点 をなす 作 品 であろう (11) あらすじを 述 べよう 卒 業 を 来 年 にひかえた 大 学 生 の 佐 貫 駿 一 は 早 世 した 父 の 親 友 で あった 資 産 家 の 飯 島 千 太 から 援 助 を 受 け 経 済 的 には 何 不 自 由 なく 生 活 している 飯 島 家 の 二 人 の 娘 ヒサヨとマユミとも 親 しくつきあっている 駿 一 は 一 時 大 学 の 社 会 問 題 の 研 究 会 に 出 入 りしていた ある 日 昔 の 仲 間 から やはり 仲 間 の 一 人 であった 梅 島 ハル 子 の 病 気 の 看 護 を 依 頼 される 彼 女 は 治 安 維 持 法 違 反 で 豚 箱 に 二 ヶ 月 間 拘 留 され 出 獄 後 も 脚 気 で 心 身 の 衰 弱 が 激 しい しかも 最 近 彼 女 の 夫 も 逮 捕 されたというのだ 彼 女 を 看 護 することが 駿 一 の 日 課 となる 傷 つき 倒 れている 彼 女 が 起 上 る 事 に 手 を 貸 し 得 る というだけで それは 自 分 に 取 って 何 という 幸 福 であろう それはやがて 愛 に 変 わる 二 人 が 結 ばれるためには それぞれが 二 者 択 一 を 迫 られる 彼 にとっては 彼 女 とともに 運 動 に 入 っていくか 今 の 生 活 を 維 持 するか 彼 女 にとっては 運 動 を 捨 てるか 個 人 的 64
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 な 幸 福 を 追 求 するか である ある 日 の 夕 方 二 人 は 近 郊 にタクシーでドライブする 河 原 の 橋 の 近 くで 降 りる 月 の 光 る 夜 のその 情 景 の 叙 述 はたとえば 次 のようだ 二 人 は 涼 しい 風 に 吹 かれながら 何 丁 かあるその 橋 を 渡 り 切 ると 右 手 の 道 の 方 へ 曲 って 行 った 河 原 に 出 て 見 たいとハル 子 がいったからである その 道 を 行 くと 直 ぐ 人 家 がなくなって 木 立 らしいものが 両 側 から 迫 って 来 た 二 人 は 河 原 に 行 く 道 を 探 しながら 暫 くその 道 を 歩 いて 行 った 何 処 かにその 道 がある 筈 です といいながら 駿 一 は 一 二 歩 先 に 立 って 歩 いて 行 った 強 いて 河 原 に 出 なくたっていいわ このま ま 人 の 通 らない 林 か 森 の 中 に 入 って 行 ったって と 彼 女 は 考 えながら 駿 一 の 後 から ついて 行 った こうした 時 ハル 子 は 夫 が 他 の 女 性 と 同 棲 していた 事 実 をはっきりと 知 る そして 夫 と の 関 係 を 清 算 し 駿 一 の 元 に 行 こうと 決 心 する しかし 駿 一 は 未 だ 逡 巡 し 自 嘲 するの だ これが 俺 の 安 全 第 一 主 義 なのか! と 彼 は 旅 に 出 滞 在 地 の 修 善 寺 から 手 紙 で 彼 女 をよび 寄 せる 彼 女 は 行 こうと 思 う しかし 東 京 駅 で 切 符 を 買 い 汽 車 を 待 つ 間 偶 然 にも 連 絡 のつかなかった 運 動 の 仲 間 に 出 会 う そして 結 局 ハル 子 は 停 車 場 の 外 へ 出 て 行 くのだ 事 業 の 失 敗 から 飯 島 家 は 没 落 する 千 太 も 病 気 で 倒 れる 駿 一 は 千 太 からヒサヨのこ とを 頼 まれる 彼 はヒサヨと 結 婚 する 自 分 も 結 局 はおちつく 処 に 来 たのだ と 彼 は 思 う そして 自 分 のような 男 には やっぱりハル 子 は 烈 し 過 ぎた そして 複 雑 であり 過 ぎた それに 較 べると このヒサヨは 何 という 晴 やかさ 何 という 明 るさだろう と 彼 は 考 える ヒサヨは どんな 事 があっても 自 分 の 手 だけで 生 きられる 人 間 になりたい と の 意 志 から 洋 裁 を 習 い 始 めていた そして 千 太 に 託 されていた 駿 一 の 父 の 遺 産 を 元 手 に 駿 一 と 共 同 で 新 宿 に 洋 裁 店 の 経 営 を 計 画 する いざ 明 後 日 に 開 店 という 時 突 然 妹 のマ ユミが 失 踪 する 彼 女 は 姉 との 競 争 心 から 農 林 省 のエリート 若 手 官 僚 と 結 婚 していた ( 彼 は 当 初 ヒサヨとの 結 婚 を 目 論 んでいた) その 相 手 が 収 賄 容 疑 で 逮 捕 されたのだ 急 遽 駿 一 とヒサヨはマユミが 行 った 先 と 考 えられた 軽 井 沢 に 向 う 東 京 駅 に 向 うタクシー が 途 中 のガソリン スタンドに 立 ち 寄 った 時 青 い 仕 事 着 を 着 た 若 い 女 が 駈 け 出 して 来 る ハル 子 であった 黙 って 黙 って! とその 眼 は 駿 一 に 叫 ぶ この 弾 圧 の 中 を ああし て 身 を 匿 しているのか と 駿 一 は 感 動 する 汽 車 に 乗 ると 折 しも 風 雨 が 強 まる 駅 の 柱 には 彼 らの 運 命 を 暗 示 するかのように 風 雨 強 かるべし との 赤 い 警 戒 板 が 物 々しく ぶら 下 がっている 小 林 秀 雄 は 紋 章 と 風 雨 強 かるべし とを 読 む (1934)において 横 光 利 一 の 紋 章 とともに 広 津 の 風 雨 強 かるべし を 批 評 している (12) その 論 調 は やや 不 透 明 で あるものの 両 著 に 好 意 的 である その 中 で 風 雨 強 かるべし の 欠 点 は 端 的 に 発 明 力 の 不 足 にある としている( 因 みに 紋 章 の 欠 点 は 旺 盛 な 発 明 力 にともなう 空 虚 なる 饒 舌 にある とする) これに 対 し 小 林 秀 雄 君 に (1934)で 広 津 は 小 林 に 答 え 私 65
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) はモデルのない 処 には 発 明 があるべきだ と 云 ったような 意 図 の 下 に 今 の 時 代 に 一 つの 顕 著 な 性 格 の 創 造 される 事 には 凡 そ 興 味 を 持 っていない と 自 分 の 立 場 を 弁 明 する さ らに 作 物 の 中 に 一 つの 創 造 された 新 性 格 が 現 れる 場 合 は 断 じてそれは 実 践 的 な 具 体 性 をもってこの 時 代 に 何 かを 働 きかける 可 能 性 を 持 つべきだ 作 者 がその 責 任 を 感 じなくし て みだりに 新 人 物 を 創 造 すべきような そんな 時 代 では 今 はない と 創 作 家 の 立 場 から の 時 代 認 識 を 述 べ そして 性 格 を 求 めて 性 格 破 産 を 掴 んでくる 私 の 旅 は 今 後 まだ 長 く 続 くだろう と 自 身 の 創 作 の 意 図 を 表 明 している (13) ここには 広 津 の 最 も 深 い 創 作 の 方 法 が 期 せずして 述 べられていよう すなわち 新 しい 性 格 の 創 造 があるならば それは 人 物 たちの 態 度 や 行 動 が 縦 横 に 織 り 合 わさって そこ に 思 いもよらない 柄 模 様 があらわれてくる そうしたものである 他 ないと 言 っているので あろう そして 長 編 小 説 はそのための 必 須 の 形 式 である ところで 戦 後 (1947)に 出 版 された 風 雨 強 かるべし の 週 報 文 庫 版 には 序 が 付 され この 小 説 の 新 聞 連 載 が 始 まった 時 内 務 省 及 び 警 視 庁 から 新 聞 社 に 一 五 ヶ 条 の 禁 止 事 項 の 通 達 があった 事 実 が 記 されている (14) その 中 には 左 翼 運 動 の 具 体 的 な 方 法 を 書 いてはいけない 留 置 場 の 光 景 を 書 いてはいけない 取 調 べの 模 様 を 書 いてはいけ ない 作 全 体 の 上 に 左 翼 に 対 する 同 情 があってはいけない などの 項 目 があり 作 者 は その 一 五 ヶ 条 と 首 っぴきで その 隙 を 窺 い 窺 い どうやら 書 き 上 げたのがこの 小 説 である と 述 べる これはどう 読 めばいいのか 風 雨 強 かるべし において 作 家 のいうような 新 しい 性 格 の 創 造 が 果 して 現 れている だろうか 確 かに 洋 裁 店 の 共 同 経 営 を 企 てる 駿 一 とひさよという 人 物 の 形 で その 可 能 性 は 示 唆 されている しかし かりに 二 人 がそれに 成 功 しても それによって 治 安 維 持 法 に 代 表 される 社 会 の 抑 圧 機 構 は 何 も 変 わらないであろう 風 雨 強 かるべし では 権 力 機 構 の 内 部 はブラック ボックスである 当 時 の 状 況 から 考 えて その 詳 細 は 知 り 得 な かったし またいくらか 知 り 得 ても 書 き 得 なかったに 相 違 ない しかしこのことが そ の 文 学 作 品 としての 説 得 力 を 不 十 分 ならしめていることもまた 否 めないであろう なぜな ら 権 力 の 暴 力 が 性 格 を 求 めて 性 格 破 産 を 掴 んでくる ことになる 主 たる 元 凶 に 他 ならないからだ 作 家 はそのことを 十 分 に 意 識 していたであろう しかし その 実 行 に は 権 力 の 暴 力 の 実 態 を 深 く 知 り 作 品 に 定 着 させるには 戦 後 を 待 たねばならな かったのである それは 広 津 にとって 意 外 な 形 でやってくる すなわち 松 川 事 件 という 冤 罪 事 件 の 裁 判 への 関 与 である そして 松 川 裁 判 批 判 を 通 じての 権 力 の 言 説 に 対 する 広 津 の 批 判 は 以 上 の 文 脈 においては 風 雨 強 かるべし への 補 注 としての 意 味 を 担 うこ とになるのだ 補 注 によって 本 文 が 生 きる しかしむろんそれだけではありえない 4. 広 津 の 裁 判 批 判 の 方 法 とそれが 達 成 したもの 広 津 の 松 川 裁 判 への 関 心 の 契 機 は 1952( 昭 和 27) 年 の 末 か 53( 昭 和 28) 年 の 初 めに 送 られてきた 第 一 審 で 全 員 有 罪 判 決 を 受 けた 被 告 たちの 無 罪 を 訴 える 文 章 を 集 めた 小 冊 66
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 子 真 実 は 壁 を 通 して を 偶 然 に 読 み この 人 達 の 文 章 には 嘘 が 感 じられない と 思 っ たことである (15) 文 学 上 の 道 づれ である 宇 野 浩 二 も この 冊 子 を 読 んでいて 被 告 たちのいうことが 真 実 ではないかと 思 う との 意 見 であった 1953 年 5 月 に 二 人 は 仙 台 高 裁 に 傍 聴 に 行 き 広 津 は 真 実 は 訴 える (53. 10)を 書 き 宇 野 は 世 にも 不 思 議 な 物 語 ( 同 )を 書 いた 宇 野 は 仙 台 の 法 廷 で 見 た 被 告 諸 君 の 眼 が 澄 んでいた と 表 現 した ところで 眼 が 澄 んでいる といった 表 現 は 広 津 の 作 品 の 要 所 にしばしば 現 れるこ とに 留 意 しよう 澄 んだ 微 笑 を 含 んだあの 人 のまなざし ( 死 児 を 抱 いて ) 彼 女 の 澄 み 切 った 眼 ( 二 人 の 不 幸 者 ) 彼 女 の 澄 んだ 眼 ( 薄 暮 の 都 会 ) その 澄 んだ 眼 ( 泉 へのみち )のように それは 無 力 のために 悲 しみの 淵 に 沈 んでいるものの 一 方 にお いて 真 実 を 見 通 している 眼 であり 端 的 に 性 格 破 産 の 象 徴 的 表 現 なのである す なわち 真 実 を 訴 える 澄 んだ 眼 が 広 津 和 郎 における 裁 判 批 判 と 文 学 と を 結 び 付 けるところの 結 節 点 なのである 社 会 科 学 者 である 内 田 義 彦 は このような 松 川 裁 判 批 判 に 専 念 した 広 津 の 文 学 者 としての 在 りようを 次 のように 述 べている (16) 被 告 の 眼 が 澄 んでいるという 事 実 を 事 実 として 見 る 自 分 の 眼 作 家 として 鍛 え 上 げてき たはずの 自 分 の 眼 を 一 途 に 信 じて 一 生 のまとめともいうべき 重 大 な 時 期 のすべてを 惜 しみなくそこに 集 中 した そこにこそ それが 文 学 といわれるものであるかどう かはどうでもいい 文 学 がある その 信 念 の 深 さ そこから 発 する 探 索 行 為 のすべてに この 作 家 の 作 家 としての 長 年 の 仕 事 が 結 集 し そこで 開 花 している そういう 賭 でこれ はあった けだし 的 確 な 指 摘 であろう 第 二 審 の 判 決 (1953. 12) 後 広 津 は 裁 判 批 判 の 文 章 を 書 き 始 める 彼 は 中 央 公 論 の 1954 年 4 月 号 から 四 年 半 に 亘 って 同 誌 に 松 川 裁 判 批 判 を 連 載 した( 中 央 公 論 社 版 松 川 裁 判 全 一 巻 が 1958 年 11 月 に 出 版 されている) その 方 法 はどういうものであったか 具 体 的 に 見 て 行 こう 第 一 二 審 とも 死 刑 判 決 の 本 田 昇 被 告 ( 逮 捕 当 時 23 歳 )の 場 合 を 取 り 上 げよう (17) 彼 は 国 鉄 労 組 福 島 支 部 委 員 かつ 共 産 党 員 であり 赤 間 自 白 により 9 月 22 日 に 逮 捕 された 検 察 側 のシナリオでは 被 疑 者 の 或 る 者 たちが 8 月 13 15 日 に 国 鉄 労 組 福 島 支 部 事 務 所 に 集 まり 列 車 転 覆 の 共 同 謀 議 を 行 ない 東 芝 工 場 内 でも 何 回 か 謀 議 が 繰 り 返 され その 結 果 国 鉄 側 から 三 名 東 芝 側 から 二 名 が 出 て 線 路 破 壊 を 実 行 した 本 田 被 告 は 国 鉄 側 の 三 人 の 一 人 だから 彼 が 8 月 16 日 の 晩 をどう 過 ごしたかが 決 定 的 に 重 要 である 本 田 被 告 のアリバイがこの 裁 判 において 検 察 側 と 被 告 側 の 最 大 の 争 点 の 一 つとなった 調 書 およ び 証 言 によれば 本 田 被 告 は 16 日 通 常 通 り 国 鉄 労 組 支 部 事 務 所 に 出 勤 し 夜 は 武 田 久 ( 国 鉄 労 組 福 島 支 部 委 員 長 共 産 党 員 ) 宅 に 行 った その 日 は 武 田 の 父 の 命 日 で 酒 宴 が 開 かれ ており 仲 間 と 酒 を 飲 み 自 分 の 恋 愛 問 題 を 話 し 大 いに 騒 いだ 酔 っぱらったので 武 田 の 妹 のヒサ 子 に 途 中 まで 送 ってもらい その 晩 は 事 務 所 に 泊 りこみ 朝 までぐっすり 眠 っ た もしこれが 事 実 なら 本 田 被 告 は 16 日 の 晩 列 車 転 覆 の 実 行 に 出 かけて 行 くことは 不 可 能 である そこで 本 田 の 酩 酊 の 程 度 酔 えば 恋 愛 論 ができないか などが 争 点 となる これに 関 する 判 決 文 とそれに 対 する 広 津 の 検 討 は 次 のようである: 67
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) 判 決 文 :( 証 人 や 本 田 被 告 の 言 うように 引 用 者 )もし そんな 程 度 に 酔 っていて 議 論 したりしたならば 議 論 ではなくてくだをまくというような 話 振 りであったと 見 るべきで 水 商 売 の 女 でもない 年 頃 の 娘 である 武 田 ヒサ 子 が 真 面 目 になって 相 手 に なるような 話 振 りであったと 考 えることは 出 来 ない 更 に 又 本 田 がそのように 酔 っ ていたとすれば その 有 様 は 醜 態 を 呈 していたであろうことは 明 らかで 本 田 被 告 と 夫 婦 でも 恋 人 同 士 でもない 年 頃 の 娘 である 武 田 ヒサ 子 が 旧 盆 の 午 後 十 時 過 のいわ ゆる 宵 の 口 で 人 の 通 りも 少 くなかったと 推 察 される 福 島 市 内 の 街 路 を 何 十 分 もの 間 連 れ 立 って 歩 くという 事 は 到 底 耐 えられぬ 程 恥 かしくて 迷 惑 なことだったろうと 見 るべきである ところが 武 田 ヒサ 子 の 証 言 を 通 読 しても 同 人 がいささかでもその ような 感 じを 持 った 気 配 もなく いかにも 遠 回 りをして 本 田 の 帰 宅 の 道 とは 凡 そ 反 対 な 藤 橋 鉄 工 所 の 方 を 廻 って 歩 いたというのである 従 って もし 武 田 ヒサ 子 の 証 言 の 如 く 愛 情 の 問 題 にせよ 武 田 ヒサ 子 と 本 田 と 二 十 分 又 はそれ 以 上 にも 亘 って 議 論 をしたこと 更 にその 後 連 れ 立 って 市 内 を 歩 いた 事 が 事 実 とすれば 本 田 の 酩 酊 の 程 度 はさほど 甚 しくはなく 同 人 は 一 応 しゃんとしていたと 見 るべく 逆 にそれ 程 酩 酊 したことが 本 当 ならば 武 田 ヒサ 子 と 議 論 したり 連 れ 立 って 歩 いたりした 事 はない と 見 るべきで 要 するに 本 田 被 告 の 酩 酊 の 程 度 に 関 する 右 各 証 言 及 び 本 田 被 告 の 主 張 は 矛 盾 があり 到 底 採 用 し 難 い 広 津 の 検 討 : 嘔 吐 するほど 酔 っ 払 えば 口 も 利 けないはずだというが 酔 った 状 態 とい うものは 何 もかも 解 らなくなるのではなく 一 方 では 頭 が 冴 えて 気 になることな どは 酔 わない 前 よりもなおいっそうはっきり 頭 に 来 ることがあるものである 本 田 被 告 はそのとき 恋 愛 に 悩 んでいるのである 武 田 ヒサ 子 の 心 理 を 言 えば 兄 の 友 達 と 自 分 の 友 達 との 恋 愛 問 題 である こういう 問 題 は 若 い 人 たちは 真 剣 に 考 えている し 年 頃 の 娘 であれば 友 達 の 問 題 でも 自 分 に 引 較 べてもいろいろ 考 えられもするし 一 つは 酔 っている 本 田 被 告 の 身 を 案 ずるとともに 本 田 被 告 の 悩 みに 同 情 して 送 り ながらその 話 を 聞 き 自 分 も 意 見 を 言 おうという 気 になるのも 頗 る 自 然 な 話 である こうして 二 人 は 連 れ 立 って 外 に 出 て 行 ったのである( 二 人 がつれ 立 って 出 て 行 ったと いうことは 判 決 文 も 半 ば 認 めているらしい) 恋 愛 のことが 酒 を 飲 む 前 から 頭 に ある 本 田 被 告 が 酔 っ 払 った 後 まで それをしゃべり 続 けるということは 判 決 文 の 言 うように 決 してないことではない それだけ 酔 っていれば 議 論 ではなく くだを 巻 いたはずだ くだを 巻 いたとすれば 水 商 売 の 女 でない 年 頃 の 娘 である 武 田 ヒサ 子 が 真 面 目 に 相 手 には 出 来 ないはずだ というこの 尻 取 り 遊 び のような 論 理 の 飛 躍 いや 余 りにも 通 俗 的 な 仮 定 と 想 像 との 飛 躍 は われわれを 呆 気 に 取 らせ る もっとも 呆 気 に 取 らされるだけならば 人 の 頭 には 面 白 い 連 想 作 用 もあるものだ と 思 って 笑 っていればすむのであるが こういう 仮 定 から 仮 定 に 飛 ぶ 想 像 力 によって 事 の 実 態 が 歪 曲 され 人 間 が 死 刑 にされようとしているとなると これは 黙 ってはい られなくなる 二 人 でゆっくり 歩 いたということにも 判 決 文 はさも 不 自 然 な 68
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 ありそうでもないことのように 書 いているが どうしてそれが 不 自 然 で ありそうも ないことかと 反 問 してみたい 話 は 尽 きない と 武 田 ヒサ 子 が 証 言 していると おり 歩 いているということは 歩 いていることが 目 的 ではなく 話 をするというこ とが 目 的 で 歩 いているのである 話 が 主 であって 歩 くことが 従 なのである 遠 廻 りし て 歩 くのも 何 も 不 自 然 ではない こんなふうに 何 等 の 証 拠 によらず 理 屈 にもな らない 理 屈 で 判 決 文 は 本 田 被 告 が 大 して 酩 酊 していないということに 無 理 にこじつ けてしまったが こんなこじつけで 酩 酊 している 人 間 が 酩 酊 しないことになると 思 っ ているのであろうか どうしてこんな 無 理 をしてでも 判 決 文 がここで 本 田 被 告 を 大 して 酩 酊 していないことにしてしまわなければならなかったかと 言 えば それは 本 田 被 告 が 国 鉄 労 組 支 部 事 務 所 に 酔 っ 払 ってその 晩 泊 ったという 事 実 を 否 定 しなけれ ばならないからである なぜそれを 否 定 しなければならないかと 言 えば それは 本 田 被 告 がその 晩 十 二 時 から 高 橋 赤 間 両 被 告 と 線 路 破 壊 の 実 行 に 出 かけたことにしな ければならないからである その 線 路 破 壊 の 実 行 に 出 かけたことにするためにも 本 田 被 告 の 酩 酊 を 出 来 るだけ 少 ないものとし 一 応 しゃんとしていたと 見 るべく とい うことにしなければならないのである ここで 採 られている 方 法 は 判 決 文 の 検 討 であり それ 以 外 ではない その 材 料 は 判 決 文 法 廷 記 録 各 種 調 書 である こうした 判 決 文 に 対 する 検 討 が 全 被 告 について 行 なわれる のである これは 一 体 何 を 意 味 するのであろうか その 意 味 は おそらく 検 察 官 の 論 理 最 高 裁 小 法 廷 での 全 員 無 罪 の 判 決 (1963. 9)の 後 あらためて 纏 められた 松 川 事 件 と 裁 判 (1964. 8)の 副 題 すなわち 裁 判 をめぐる 権 力 の 言 説 に 対 して も う 一 つの 言 説 を 対 置 したところに 求 められよう その もう 一 つの 言 説 は 何 に 基 づい ているのか それを 理 性 とか 良 心 とかいうことは 間 違 いではあるまい しかし それらの 言 葉 は 手 垢 に 汚 れている それらを 取 り 除 いてなお 残 る 何 ものか それを 何 と 名 付 ければいいのか 広 津 の 裁 判 批 判 の 文 章 から 感 じられるものは そうした 何 ものか である 彼 は 最 高 裁 小 法 廷 での 斎 藤 朔 朗 裁 判 長 の 事 実 認 定 に 関 する 著 書 の 感 想 を 次 の ように 述 べている (18) その 考 察 が 真 実 で 論 理 は 明 晰 であり 誇 張 のない 文 章 の 行 間 には 理 解 力 のこまかさが 行 き 亙 っている 快 さが 感 じられた と ここで 表 現 されている 考 察 が 真 実 で 論 理 は 明 晰 であり 誇 張 のない 文 章 の 行 間 には 理 解 力 のこまかさが 行 き 亙 っ ている 快 さ とは まさに ( 小 説 を 含 む) 広 津 のどの 文 章 からも 受 ける 印 象 そのものである ここで 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 とは 一 体 何 かを 改 めて 問 うてみると それは 検 察 官 の 論 理 批 判 という 面 では 批 評 であるし それに 一 貫 して 小 説 家 的 想 像 力 を 駆 使 したとい う 面 では 文 学 である すなわち それ 自 体 が 全 く 新 しい 批 評 文 学 の 創 造 であった ということができよう 69
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) 5. 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 の 現 代 的 意 義 知 識 人 の 社 会 的 責 任 以 上 広 津 の 松 川 裁 判 批 判 を 彼 の 文 学 的 営 為 との 関 わりにおいて 考 察 して 来 た こ こでは その 現 代 的 意 義 について いくつかの 観 点 から 改 めて 考 えてみよう 広 津 の 熊 谷 判 事 に 答 える から 受 けた 心 の 動 揺 を 医 師 である 松 田 道 雄 は 次 のように 伝 える (19) 熊 谷 氏 の 文 章 にたいする 広 津 氏 の 回 答 ( 熊 谷 判 事 に 答 える )をよんだとき 自 分 が 知 らぬまにもっている 職 業 意 識 に 気 づいて 大 きい 衝 撃 をうけた 裁 判 官 はどん な 理 由 からにしろ 判 決 が 客 観 的 事 実 に 符 合 するや 否 やに 心 を 煩 わすなかれ ということ は 許 されないという 広 津 氏 の 文 章 は 医 者 はどんな 理 由 からにしろ 治 療 によって 病 人 の 生 命 が 失 われるかどうかに 心 を 煩 わすなということは 許 されない と 書 いてあるような 気 がした と 熊 谷 判 事 に 答 える は 第 二 審 の 裁 判 開 始 当 時 仙 台 高 裁 長 官 であった 石 坂 氏 が 第 二 審 判 決 当 時 の 鈴 木 裁 判 長 に 送 った 書 簡 の 内 容 を 広 津 が 批 判 し それに 対 し 熊 谷 判 事 が 出 した 公 開 状 に 広 津 が 答 えたものである (20) 松 田 が 大 きい 衝 撃 をうけた のは 熊 谷 判 事 の 石 坂 書 簡 弁 護 を 彼 は 肯 定 的 に 捉 えていたからだ すなわち 人 の 生 命 をとり あつかう 職 業 にあるものが 職 業 にかんして 十 分 の 注 意 を 怠 らないのに なお 過 誤 があり うるということにたいする 人 間 としての 苦 しみを 同 じ 職 業 にあるものがいくらかでも 軽 くしてやろうとするとき 人 事 をつくしたのだから あとはどうなってもやむを 得 ないと いう 表 現 をとったにしても それを 職 業 上 の 注 意 を 怠 ってもよいといったように 解 釈 しな いでほしい というのが 熊 谷 氏 の 真 意 であると 彼 は 理 解 していたのだ 広 津 の 熊 谷 判 事 批 判 から 彼 は 医 者 の 特 権 的 なあり 方 に 気 付 かされたのに 違 いない このような 反 省 から 松 田 は 医 者 の 医 療 過 誤 を 最 小 限 にする 保 証 として 患 者 自 治 会 を 推 奨 する 医 者 に 直 接 的 に 対 峙 するこうした 組 織 の 存 在 は その 機 能 を 有 効 に 発 揮 するであろう しかし 裁 判 の 場 では 医 療 における 患 者 自 治 会 のようなものが 存 在 しないから 裁 判 官 の 良 心 が つねに 覚 醒 した 状 態 にあるためには 結 局 庶 民 の 目 が 光 っていること が 不 可 欠 であ るとするのである しかし 広 津 の 活 動 を 庶 民 の 目 が 光 っている といった 次 元 で 捉 えることができるで あろうか そのような 理 解 は 間 違 いではないにしても 彼 の 活 動 が 示 唆 する 重 要 な 一 つの 要 素 を 把 握 し 損 ねているのではないか すなわち 裁 判 官 や 医 者 の 専 門 家 としての 在 り 方 をそのもの 自 体 として 問 い それを 変 えて 行 くことの 可 能 性 を 松 田 は 深 く 考 えていな いように 思 えるのだ 患 者 自 治 会 や 庶 民 の 目 が 有 効 に 機 能 するためにも 専 門 家 としての 裁 判 官 や 医 師 の 態 度 や 行 動 それ 自 体 も 変 わる 必 要 があるのではないか この 点 で 広 津 と 物 理 学 者 の 湯 川 秀 樹 との 今 日 のヒューマニズム と 題 する 1954 年 12 月 に 行 なわれた 対 談 は 示 唆 的 だ (21) その 一 部 を 引 用 しよう 湯 川 : 原 子 力 というものが 現 われて 来 て 人 間 のほうが 生 活 態 度 や 考 え 方 を 変 え ていくひまがなくて 今 まで 来 てるわけですね なんとか 人 間 の 側 が 追 い つかなきゃいかんのですね 70
藤 田 : 広 津 和 郎 の 松 川 裁 判 批 判 に 関 する 一 考 察 広 津 : ぼくは 今 にも 追 いつくと 思 うんだけどね これ 以 上 バカなことをしてみな ければそれを 悟 らないというならば 今 早 く 悟 ってほしい 湯 川 : だいぶ しかし 悟 りかけて 来 ているんじゃないでしょうか 表 面 はそうでなく ても これは 少 し 甘 過 ぎる 見 方 かも 知 れませんけれども 広 津 : 甘 過 ぎるほうがいいですよ 湯 川 : ここで 希 望 を 失 ったらいかんですね もう いくら 声 を 大 にして 言 ってみても ダメだと 絶 望 したら もうダメですね 広 津 : ダメですね ぼくはそう 思 うな 希 望 を 失 ったら 何 も 言 うことはない なんと かよくなるだろう ということを 考 えないなら 書 く 必 要 も 物 を 言 う 必 要 もない 前 年 12 月 に 福 島 高 裁 での 第 二 審 の 判 決 があり 広 津 は 本 格 的 な 裁 判 批 判 を 迫 られ 同 年 3 月 にビキニ 環 礁 での 米 国 による 水 爆 実 験 が 行 なわれ 湯 川 は 科 学 者 として 根 本 的 な 態 度 の 変 更 を 迫 られたのだ ここで 語 られているのは 知 識 人 の 社 会 的 責 任 ということ であろう そして ここでの 知 識 人 とは 狭 義 の 知 識 人 それは 専 門 家 と 言 っ てよかろう の 範 疇 をすでに 超 えた 存 在 である 両 者 の 間 に 対 話 が 成 立 すること 自 体 が それを 証 している しかし 状 況 がどれほど 変 化 しても( 人 類 の 存 続 が 危 殆 に 瀕 しても) それに 責 任 をと る 自 由 もあれば とらない 自 由 もある すなわち 自 由 と 責 任 とは 密 接 に 関 連 し ている 広 津 の 最 後 の 論 点 もこの 点 に 関 わる 松 川 事 件 と 裁 判 の 末 尾 にある 附 少 数 意 見 の 最 終 節 ( 四 )において 広 津 は 裁 判 官 の 自 由 心 証 について 論 じる (22) そこでは 原 審 破 棄 高 裁 差 戻 しの 判 決 を 下 した 最 高 裁 大 法 廷 ( 評 決 七 対 五 )において 黒 と 判 定 した 田 中 耕 太 郎 最 高 裁 長 官 の 意 見 が 少 数 意 見 の 代 表 として 取 り 上 げられる 田 中 長 官 は 裁 判 官 の 自 由 心 証 に 関 して 裁 判 官 は 同 一 人 の 二 つの 矛 盾 した 供 述 のいずれか 一 つを 真 とすることもできれば その 二 つ の 真 実 性 を 否 定 することもできるのである と 述 べる 形 式 的 にはその 通 りであろう し かし 実 質 的 にはどうか そこに 若 干 とも 自 由 選 択 の 意 味 が 是 認 されることはないの か 裁 判 官 にとって 確 かに 事 実 とは 推 認 の 事 実 に 他 ならない しかし と 広 津 は 言 う 裁 判 官 は 推 認 以 外 に 事 実 を 掴 むことはできなくとも 被 告 にとっては それは 推 認 の 事 実 ではなく 経 験 の 事 実 であるということである そこで 裁 判 官 はいつでも 被 告 には 経 験 であり 体 験 の 事 実 であるということを 念 頭 において 自 分 の 推 認 をそのことによって 何 回 も 何 回 も 吟 味 し 直 して 見 なければならない の である これはおそらく(その 名 に 値 する) 作 家 にして 初 めて 言 いうる 言 葉 であろう そして 国 民 が 裁 判 官 に 自 由 心 証 を 認 めているということは 裁 判 官 がどういう 認 定 をしても それは 裁 判 官 の 自 由 だというような 意 味 ではない 自 由 心 証 を 認 められたと いうことは 裁 判 官 が 自 由 について 最 高 の 責 任 を 持 たされたということである と 広 津 は 結 論 するのである こうした 発 言 によって もちろん 発 話 者 自 身 にも その 内 容 に 関 して 最 高 の 責 任 が 71
大 阪 女 学 院 短 期 大 学 紀 要 41 号 (2011) 生 じることはいうまでもない 広 津 の 場 合 その 最 高 の 責 任 は 定 吉 ( 神 経 病 時 代 の 主 人 公 )がその 妻 に 対 してもつ 責 任 に 通 じているであろう 誰 であれ 自 身 の 経 験 の 事 実 を 深 めることによって 世 界 に 生 起 する 様 々な 人 間 の 悲 惨 に 責 任 をもつこ とができるようになる 広 津 和 郎 の 不 断 の 文 学 的 営 為 すなわち 批 評 文 学 の 創 造 はこの ことをわれわれに 教 えているように 思 われる 注 (1) 木 下 英 夫 松 川 事 件 と 広 津 和 郎 裁 判 批 判 の 論 理 と 思 想 (2003 同 時 代 社 )は 文 学 者 広 津 和 郎 の 文 学 的 営 為 のなかに その 裁 判 批 判 の 動 機 と 論 理 を 成 立 させ 貫 いている 思 想 をとらえて みよう (p. 60)とする 点 で 本 稿 と 問 題 意 識 を 共 有 する しかし 著 者 の 死 去 により 未 完 に 終 わった (2) 現 代 平 和 学 における 直 接 的 構 造 的 文 化 的 暴 力 の 定 義 については 拙 稿 文 化 的 暴 力 ( 加 藤 尚 武 編 応 用 倫 理 学 事 典 丸 善 株 式 会 社 2008 pp. 602-603)を 参 照 されたい (3) 広 津 和 郎 松 川 裁 判 (1958) 広 津 和 郎 全 集 第 十 巻 (1973) 中 央 公 論 社 pp. 11-16 (4) 伊 部 正 之 序 文 松 川 事 件 について 木 下 英 夫 松 川 裁 判 と 広 津 和 郎 (2003) 所 収 同 時 代 社 pp. 8-13 (5) 日 本 の 文 学 32 広 津 和 郎 菊 池 寛 (1969) 中 央 公 論 社 p. 508 (6) 湯 川 秀 樹 広 津 和 郎 対 談 今 日 のヒューマニズム (1954) 湯 川 秀 樹 編 科 学 と 人 間 のゆくえ 続 半 日 閑 談 集 (1973) 講 談 社 pp. 89 (7) 日 本 文 学 全 集 28 広 津 和 郎 葛 西 善 蔵 (1964) 新 潮 社 p. 64 (8) 広 津 和 郎 全 集 第 四 巻 (1973) 中 央 公 論 社 p. 502 (9) 広 津 和 郎 全 集 第 四 巻 (1973) 中 央 公 論 社 p. 503 (10) 広 津 和 郎 全 と 個 (1938) 広 津 和 郎 全 集 第 九 巻 (1974) 中 央 公 論 社 pp. 297-298 (11) 広 津 和 郎 全 集 第 五 巻 (1974) 中 央 公 論 社 (12) 小 林 秀 雄 小 林 秀 雄 全 文 芸 時 評 集 下 (2011) 講 談 社 p. 20 (13) 広 津 和 郎 小 林 秀 雄 君 に (1934) 広 津 和 郎 全 集 第 九 巻 (1974) p. 230 (14) 広 津 和 郎 全 集 第 五 巻 (1974) p. 522 (15) 広 津 和 郎 松 川 事 件 と 裁 判 (1964) 広 津 和 郎 全 集 第 十 一 巻 (1974) 中 央 公 論 社 pp. 14-16 (16) 内 田 義 彦 読 書 と 社 会 科 学 内 田 義 彦 著 作 集 第 九 巻 (1989) 岩 波 書 店 p. 37 (17) 広 津 和 郎 松 川 裁 判 (1958) 広 津 和 郎 全 集 第 十 巻 (1973) 中 央 公 論 社 pp. 14-15 pp. 195-209 (18) 広 津 和 郎 裁 判 の 公 正 は 守 られた (1963) 広 津 和 郎 全 集 第 十 一 巻 (1974) 中 央 公 論 社 p. 447 (19) 松 田 道 雄 人 命 をあつかうもの 医 者 と 裁 判 官 (1954) 上 山 春 平 川 上 武 筑 波 常 治 編 集 解 説 科 学 の 思 想 Ⅱ 現 代 日 本 思 想 体 系 26 (1964) 筑 摩 書 房 p. 386 (20) 広 津 和 郎 熊 谷 判 事 に 答 える (1955) 広 津 和 郎 全 集 第 十 一 巻 (1974) 中 央 公 論 社 p. 319 (21) 湯 川 秀 樹 広 津 和 郎 対 談 今 日 のヒューマニズム pp. 99-100 (22) 広 津 和 郎 松 川 事 件 と 裁 判 (1964) 広 津 和 郎 全 集 第 十 一 巻 1974 pp. 244-246 参 考 文 献 広 津 和 郎 全 集 第 一 巻 ~ 第 十 三 巻 中 央 公 論 社 1973-74 72