論 文 河 川 技 術 論 文 集, 第 11 巻,2005 年 6 月 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 連 携 を 考 慮 した 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 の 経 済 評 価 システム ECONOMIC EVALUATION SYSTEM FOR INTEGRAL FLOOD DISASTER RISK MANAGEMENT WITH COORDINATION BETWEEN BASIN MANAGEMENT AND URBAN PLANNING 髙 木 朗 義 1 吉 田 正 卓 2 Akiyoshi TAKAGI and Masataka YOSHIDA 1 正 会 員 博 ( 工 ) 岐 阜 大 学 助 教 授 工 学 部 社 会 基 盤 工 学 科 ( 501-1193 岐 阜 市 柳 戸 1-1) 2 正 会 員 修 ( 工 ) 株 式 会 社 建 設 技 術 研 究 所 大 阪 支 社 河 川 部 ( 540-0008 大 阪 市 中 央 区 大 手 前 1-2-15) The flood disaster risk has been increasing by the increase of flood flow caused by the expansion of urbanization, the progress of the urbanization to a flood area and so on. The catastrophic flood disaster is unmitigable by only the risk control such as the construction of flood prevention facilities. It is under the necessity of the integral flood disaster risk management including non-construction measures as the land use regulation and risk finance as flood disaster insurance with coordination between river basin management and urban planning. In this study, we developed the economic evaluation system for the integral flood disaster risk management. This system is made intelligible for a planer or people using GIS. The applicability of system was checked through the simulation at the actual river basin. Key Word : basin management, urban planning, risk management, economic evaluation, GIS 1.はじめに わが 国 では, 流 域 管 理 と 地 域 計 画 が 連 携 して 進 められ てこなかったことを 一 因 として, 都 市 化 の 拡 大 による 洪 水 時 河 川 流 出 量 の 増 大 や 内 水 氾 濫 域 への 市 街 化 進 行 など を 招 き, 洪 水 災 害 への 危 険 性 が 高 まっている.また, 施 設 整 備 による 治 水 対 策 (リスクコントロール)では 対 応 しきれない 洪 水 が 多 発 しており, 災 害 復 興 資 金 の 財 源 調 達 (リスクファイナンス)の 重 要 性 も 問 われている.そ こで 本 研 究 では, 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 連 携 を 考 慮 した 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 を 立 案 する 際 に 必 要 な 経 済 評 価 システムを 開 発 することを 目 的 とする. なお,システム 開 発 にあたってはGISなどを 用 いて 計 画 立 案 者 や 住 民 へわかりやすく 情 報 提 供 することも 目 指 す. 開 発 するシステムは, 治 水 安 全 度 という 指 標 を 介 して 流 出 氾 濫 現 象 と 土 地 利 用 変 化 の 相 互 依 存 関 係 を 捉 えたモ デルを 採 用 することにより, 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 施 策 が 相 互 に 及 ぼす 効 果 ( 不 効 果 )を 評 価 可 能 とする. 例 え ば, 治 水 施 設 や 洪 水 保 険 制 度 を 整 備 すると, 個 人 や 企 業 の 資 産 が 災 害 脆 弱 地 区 に 集 中 し, 却 って 被 害 ポテンシャ ルを 大 きくしないか 評 価 できる.また 洪 水 保 険 制 度 や 土 地 利 用 計 画 による 洪 水 被 害 軽 減 効 果 も 評 価 できる.これ により, 相 互 の 施 策 効 果 を 見 ながら 流 域 管 理 と 地 域 計 画 それぞれの 施 策 の 種 類 や 規 模 などが 検 討 でき, 連 携 を 考 慮 した 効 率 的 な 施 策 の 組 合 せが 提 案 可 能 となる. 本 研 究 では, 治 水 施 設 ( 具 体 的 には 流 出 抑 制 施 設 ) 整 備, 洪 水 保 険 制 度 整 備, 土 地 利 用 計 画 という3つの 具 体 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 を 例 にとり, 実 際 の 流 域 を 対 象 とした 実 証 分 析 を 通 してシステムの 適 用 性 を 確 認 する.また 入 出 力 データをGISシステム 上 で 管 理 することにより, 条 件 や 結 果 をわかりやすく 表 示 するも のとする. 流 域 管 理 を 地 域 に 根 付 かせ, 真 の 地 域 計 画 に していくためには, 住 民 と 政 府 間 の 相 互 理 解 は 不 可 欠 で ある. 本 システムのシミュレーション 結 果 を 視 覚 的 にわ かりやすく 示 すことができれば,それによって 総 合 的 な 災 害 リスクマネジメント 方 策 に 対 する 住 民 の 認 知 理 解 は 深 まり, 施 策 の 実 現 性 が 高 まると 考 えられる. - 215 -
2.システムの 概 要 (1) システムの 使 用 目 的 と 適 用 範 囲 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 連 携 を 考 慮 した 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 を 経 済 的 に 評 価 するためには, 従 来 から 行 われてきた 総 合 治 水 対 策 に 加 え, 土 地 利 用 規 制 や 洪 水 保 険 制 度 など, 様 々な 施 策 による 効 果 を 同 時, かつ 整 合 的 に 捉 えられるモデルでなければならない.そ のため 著 者 らはこれまでに 流 出 氾 濫 現 象 を 捉 えられるモ デルと 住 民 の 自 主 的 な 行 動 に 基 づく 立 地 変 化 を 捉 えられ るモデルを 統 合 し, 洪 水 危 険 度 を 内 生 化 した 立 地 均 衡 モ デルを 構 築 している 1).また,これを 改 良 してリスク ファイナンス 方 策 も 整 合 的 に 評 価 可 能 なモデルを 構 築 し てきた 2). 本 研 究 では,このモデルを 基 に 実 地 域 におけ る 施 策 評 価 に 適 用 すべくシステム 化 を 図 ったものである. 本 システムではGISを 活 用 することにより,データベー スの 共 通 化 が 図 られるだけでなく, 各 地 域 の 洪 水 危 険 度 や 施 策 効 果 が 視 覚 的 に 認 識 しやすくなる.そのため, 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 の 立 案 時 に, 地 域 住 民 や 企 業 に 対 し,なぜ 対 策 が 必 要 であるか, 地 域 が どれくれいの 洪 水 危 険 度 であるかをわかりやすく 説 明 で き, 総 合 的 な 洪 水 対 策 に 対 する 理 解 が 得 られやすくなる と 考 えられる. (2) システムの 構 成 と 流 れ 図 -1にシステムの 構 成 を 示 す.この 図 に 示 すように 本 システムは, 流 出 計 算 モデル, 氾 濫 解 析 モデル,および 空 間 経 済 モデルをサブシステムとした 上 で,GISを 用 い ることによってデータベースを 統 一 し, 各 サブシステム を 連 結 させている.サブシステムとして 組 み 込 まれる 具 体 的 なモデルには 様 々なものがあるため, 本 システムで は 各 サブシステムを 独 立 させており, 流 域 条 件 などに 合 わせてモデルを 変 更 可 能 なシステムとしている. 空 間 経 済 モデルとしては, 立 地 均 衡 モデルや 応 用 一 般 均 衡 (CGE)モデルなどが 適 用 可 能 であるが, 本 研 究 では, 中 小 河 川 流 域 を 対 象 とするため 立 地 均 衡 モデルを 採 用 して いる.また, 流 出 計 算 モデルはkinematic waveモデル 3) を, 氾 濫 解 析 モデルはダイナミックウェーブモデルによる2 次 元 平 面 流 れの 氾 濫 解 析 モデル 4) を 採 用 している. システムの 流 れを 図 -2に 示 す. 流 出 計 算 モデルと 氾 濫 解 析 モデルによって 導 出 された 浸 水 深 を 治 水 安 全 度 とし て 空 間 経 済 モデルに 入 力 し, 世 帯 企 業 と 地 主 がその 情 報 に 基 づいて 土 地 を 市 場 取 引 し 各 地 域 の 立 地 量 が 決 定 す る.さらに, 立 地 量 変 化,すなわち 土 地 利 用 変 化 が 流 出 氾 濫 現 象 に 及 ぼす 影 響 を 見 るために, 再 び 流 出 氾 濫 計 算 を 実 施 し,その 結 果 に 基 づいて 立 地 均 衡 計 算 を 再 度 行 う. これを 浸 水 深 ( 治 水 安 全 度 )と 立 地 量 ( 流 出 率 )が 収 束 する( 前 ステップの 計 算 値 と 同 じ 値 になる)まで 繰 り 返 す.この 時, 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 が 実 施 さ 流 出 率 市 街 化 率 立 地 量 流 出 計 算 モデル 氾 濫 解 析 モデル No 世 帯 立 地 均 衡 不 在 地 主 企 業 図 -1 システムの 構 成 初 期 条 件 流 出 計 算 モデル 流 出 量 氾 濫 解 析 モデル 収 束 Yes 結 果 表 示 浸 水 深 治 水 安 全 度 空 間 経 済 モデル ( 立 地 均 衡 モデル) 図 -2 システムの 流 れ GIS データベース 保 険 会 社 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 空 間 経 済 モデル 政 府 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 連 携 を 考 慮 した 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント リスクコントロール 河 道 改 修 洪 水 調 節 流 域 対 策 など リスクコントロール 土 地 利 用 規 制 など リスクファイナンス 洪 水 保 険 など れれば,その 施 策 効 果 によって, 治 水 安 全 度 や 土 地 の 魅 力 が 変 化 し, 各 主 体 の 行 動 を 介 して 土 地 利 用 が 変 化 する. 最 終 的 にその 変 化 は 世 帯 企 業 の 効 用 や 利 潤 の 変 化 と なって 現 れ,これを 地 域 における 社 会 厚 生 として 集 計 す ることにより 施 策 の 経 済 的 な 評 価 が 行 えるものである. 3.サブシステムとモデルの 概 要 (1) 流 出 計 算 モデル 本 研 究 では, 流 出 モデルとしてkinematic waveモデル 3) を 用 いる.kinematic waveモデルは 流 域 を 長 方 傾 斜 面 と 河 道 の 組 み 合 わせとみなし, 斜 面 と 河 道 における 流 れを 水 理 学 的 に 解 析 し, 流 出 量 を 求 める 方 法 である. (2) 氾 濫 解 析 モデル 氾 濫 域 が 比 較 的 狭 く,しかも 氾 濫 域 からの 流 出 がなく 閉 鎖 的 な 流 域 の 場 合, 氾 濫 域 を 遊 水 地 のようにみなして, 河 川 からの 氾 濫 流 量 と, 氾 濫 域 の 地 形 から 決 まる 水 位 - 貯 留 量 との 関 係 から 連 続 式 だけを 用 いて,つまり 水 量 だ けから 氾 濫 過 程, 氾 濫 量 を 求 めることができる. 以 上 の ことから 本 研 究 では,ダイナミックウェーブモデルによ る2 次 元 平 面 流 れの 氾 濫 解 析 モデル 4) を 用 いる. - 216 -
(3) 空 間 経 済 モデル a) モデルの 仮 定 1 社 会 はいくつかの 地 区 (ゾーン)で 構 成 されており, ゾーン 内 は 均 一 空 間 であるとする. 2 各 ゾーンの 土 地 利 用 は 任 意 である.すなわち, 居 住 用 および 業 務 用 の 土 地 利 用 が 混 在 しているものとする. 3 社 会 はいくつかの 確 率 で 発 生 する 洪 水 状 態 で 構 成 さ れているものとする. 洪 水 状 態 は 対 象 とする 地 域 や 河 川 の 特 性 および 河 川 計 画 規 模 を 考 慮 するとともに, 超 過 洪 水 対 策 として 洪 水 保 険 が 有 用 である 点 も 踏 まえて, 現 況 で 浸 水 しない 状 態 から, 計 画 規 模 以 上 の 想 定 し 得 る 最 大 状 態 までを 何 段 階 かに 分 けて 捉 える. 4 社 会 は 同 一 の 選 好 をもつ 多 数 の 世 帯, 同 じく 同 一 の 選 好 をもつ 多 数 の 企 業 ( 企 業 所 有 者 ),ゾーン 毎 に 一 括 して 土 地 を 所 有 する 地 主, 政 府 の4 部 門 と 土 地 市 場 にて 構 成 されているものとする. 本 来, 企 業 と 世 帯 の 間 には 労 働 や 財 に 関 する 需 給 関 係 が 存 在 するが, 本 研 究 では 土 地 需 給 に 関 する 競 争 のみを 考 えることとし, 財 や 労 働 に 関 する 市 場 を 考 えないこととする.なぜな ら, 本 研 究 における 対 象 地 区 は, 比 較 的 小 さな 範 囲 を 想 定 しており,この 範 囲 で 労 働 や 財 の 市 場 が 閉 じてい るとは 考 えにくいからである. 5 世 帯 および 企 業 が 土 地 サービスを 需 要 するときは, 地 主 から 土 地 を 賃 借 する.すなわち, 土 地 の 使 用 につ いては 賃 貸 借 契 約 のみとし, 売 買 契 約 は 考 えないもの とする. 6 立 地 均 衡 と 土 地 取 引 は 災 害 が 起 こるかもしれない 将 来 を 見 越 して 現 時 点 で 行 われると 考 え,ワルラス 的 な 多 市 場 同 時 均 衡 に 基 づき,ゾーン 毎 に 土 地 サービスの 取 引 量 と 地 代 が 内 生 的 に 決 定 されるものとする. 7 評 価 指 標 は, 社 会 厚 生 と 被 害 ポテンシャルとする. 社 会 厚 生 は, 社 会 全 体 ( 本 研 究 では 対 象 地 域 )におけ る 各 主 体 の 厚 生 ( 期 待 効 用 水 準 や 利 潤 など)の 総 和 で 定 義 される. 一 方, 被 害 ポテンシャルとは, 災 害 事 象 が 発 生 した 場 合 における 社 会 全 体 の 被 害 規 模 であるた め, 災 害 時 に 他 地 域 に 被 害 が 波 及 しなければ, 被 害 地 域 における 資 産 量 の 総 和 として 捉 えることができる. 本 研 究 では, 世 帯 および 企 業 の 保 有 資 産 量 を 一 定 と 仮 定 しているため, 被 害 ポテンシャルを 水 害 被 災 地 域 に おける 世 帯 数 と 企 業 数 として 定 義 できる.なお, 被 害 ポテンシャルは, 小 さいほど 良 いという 指 標 である. b) 世 帯 の 行 動 モデル 世 帯 は, 洪 水 状 態 ごとの 所 得 制 約 の 下 での 期 待 効 用 最 大 化 行 動 をとることを 原 則 とする. 立 地 選 択 行 動 は,ラ ンダム 効 用 理 論 に 基 づき, 確 率 的 に 捉 えるものとする. 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 を 経 済 評 価 す るためには, 少 なくとも 治 水 安 全 度, 洪 水 保 険 加 入, 土 地 需 要 およびその 他 消 費 という4 要 素 を 捉 える 必 要 があ る. 本 研 究 では,これらの 最 低 限 必 要 な4 要 素 を 評 価 す るためのモデルを 用 いる. すべての 世 帯 は 任 意 のゾーンに 居 住 するものとし, ゾーン, 洪 水 状 態 毎 の 予 算 制 約 下 で 土 地 需 要 量, 合 成 財 需 要 量 をコントロールして 期 待 効 用 を 最 大 にするように 行 動 するものとする.また, 世 帯 は 洪 水 保 険 に 加 入 する が, 洪 水 による 資 産 被 害 のうち 洪 水 保 険 でカバーできな い 分 が 存 在 するものとする. 世 帯 は 各 ゾーンで 得 られる であろう 期 待 効 用 水 準 に 従 って,より 高 い 期 待 効 用 水 準 を 達 成 できるように 居 住 地 区 を 選 択 する. 本 研 究 ではこ れをLogitモデルにて 表 現 する.このLogitモデルにより 得 られる 地 区 選 択 確 率 より 各 ゾーンにおける 立 地 量 が 決 定 される. c) 企 業 の 行 動 モデル 企 業 は, 洪 水 状 態 ごとの 生 産 技 術 制 約 の 下 で, 利 潤 量 に 対 する 効 用 に 各 環 境 状 態 の 発 生 確 率 を 乗 じた 期 待 効 用 最 大 化 行 動 をとることを 原 則 とする. 立 地 選 択 行 動 は, ランダム 効 用 理 論 に 基 づき, 確 率 的 に 捉 えるものとする. 世 帯 の 行 動 モデルと 同 様 に 最 低 限 必 要 な 要 素 を 評 価 する ためのモデルを 用 いる. 不 確 実 性 下 では, 企 業 は 利 潤 が 定 かではないという 危 険 に 直 面 しているため,このような 危 険 に 対 する 企 業 の 行 動 が 決 定 的 な 役 割 を 演 じる.ここでは, 企 業 所 有 者 を 想 定 してこのような 企 業 の 行 動 を 捉 えるものとする 5). 具 体 的 には 利 潤 量 を 変 数 とする 効 用 関 数 を 導 入 し, 期 待 効 用 の 最 大 化 が 企 業 の 目 的 と 考 える. 企 業 はゾーン, 洪 水 状 態 毎 の 生 産 技 術 制 約 下 で 土 地 需 要 量, 合 成 財 供 給 量, 労 働 需 要 量 をコントロールして 期 待 効 用 最 大 化 行 動 をす るものとする. 企 業 も 世 帯 と 同 じように 立 地 選 択 行 動 を とるものとし,これをLogitモデルにて 表 現 する. d) 土 地 供 給 者 の 行 動 モデル 不 在 地 主 は, 洪 水 状 態 ごとの 土 地 供 給 制 約 の 下 で, 地 代 収 入 から 得 られる 効 用 に 対 して 期 待 効 用 最 大 化 行 動 を とることを 原 則 とする. 現 実 には 世 帯 が 地 主 であったり, 企 業 が 地 主 であったりする 場 合 もあるが, 空 間 経 済 モデ ルの 簡 略 化 のため,それらの 地 主 的 性 質 を 不 在 地 主 とし て 仮 想 的 に 独 立 させている. 地 主 は 地 区 毎 に 一 括 して 土 地 を 所 有 し, 地 代 ( 均 衡 価 格 )によって 供 給 面 積 を 変 化 させるものとし, 大 橋 青 山 6) を 参 考 にした 土 地 供 給 モデルを 用 いる.このモデル を 用 いることで, 地 代 の 上 昇 が 供 給 量 を 増 加 させ, 下 落 が 供 給 量 を 減 少 させる 不 在 地 主 の 行 動 が 捉 えられる. e) 政 府 の 行 動 モデル 政 府 は, 世 帯 と 企 業 からの 税 収 をもとに 治 水 対 策 への 投 資 を 実 施 することを 原 則 とする. 政 府 は, 世 帯 と 企 業 から 徴 収 した 一 括 固 定 税 を 原 資 として, 流 出 抑 制 施 設 整 備 を 行 う. f) 均 衡 条 件 土 地 市 場 で 集 計 された 需 要 と 供 給 が 均 衡 し, 各 ゾーン の 市 場 均 衡 価 格 ( 地 代 )が 決 定 される. 地 代 が 決 定 され る 市 場 均 衡 条 件 は 世 帯 と 企 業 の 利 用 面 積 が 地 主 の 供 給 面 積 に 等 しいということである. 市 場 均 衡 によって 決 定 さ - 217 -
図 -3 対 象 地 域 とゾーン 番 号 浸 水 レベル0 浸 水 レベル1 浸 水 レベル2 浸 水 レベル3 図 -4 1/5 洪 水 発 生 時 の 浸 水 深 ( 現 況 立 地 均 衡 状 態 ) 表 -1 対 象 地 域 の 諸 元 対 象 地 域 面 積 約 62km 2 対 象 地 域 内 世 帯 数 6,5918 戸 対 象 地 域 内 企 業 数 ( 従 業 者 数 ) 85,806 人 表 -2 立 地 均 衡 モデルのデータおよびパラメータ 世 帯 資 産 量 15,000( 千 円 ) 勤 労 所 得 7,451( 千 円 ) 企 業 資 産 量 43,420( 千 円 ) 賃 金 率 2,173( 円 ) 生 産 効 率 0.6 利 子 率 0.04 減 価 償 却 率 0 浸 水 レベル0 浸 水 レベル1 浸 水 レベル2 浸 水 レベル3 図 -5 1/50 洪 水 発 生 時 の 浸 水 深 ( 現 況 立 地 均 衡 状 態 ) 表 -3 浸 水 深 ごとの 資 産 被 害 率 床 上 浸 水 50cm 未 満 50~99cm 100cm 未 満 世 帯 被 害 資 産 額 率 0.126 0.176 0.415 企 業 資 産 被 害 率 0.195 0.387 0.745 表 -4 浸 水 レベルの 区 分 浸 水 レベル0 浸 水 しない 浸 水 レベル1 50cm 未 満 浸 水 レベル2 50~99cm 浸 水 レベル3 100cm 以 上 れた 地 代 により 世 帯 と 企 業 は 期 待 効 用 最 大 化 行 動 をとり, その 結 果, 各 ゾーンへの 立 地 量 が 決 定 される. 市 場 均 衡 条 件, 立 地 均 衡 条 件 よりワルラス 的 な 多 市 場 同 時 均 衡 に 基 づき, 各 ゾーンの 立 地 量 と 地 代 の 均 衡 解 が 同 時 に 決 定 される. 4.システムを 用 いた 実 証 分 析 (1) 対 象 地 域 とデータ 対 象 地 域 は, 岐 阜 県 南 部 を 流 れる 境 川 流 域 とする. 図 -3に 示 すように 対 象 地 域 は,1kmメッシュで60ゾーン に 分 割 し, 各 ゾーンについて 番 号 を 付 けている. 対 象 地 域 の 諸 元 は 表 -1に 示 すとおりである 7). 立 地 均 衡 モデルのデータおよびパラメータ, 浸 水 深 ご との 資 産 被 害 率 を, 水 害 統 計 8) と 対 象 地 域 における 産 業 910-939 940-1119 1120-1339 1400- ( 単 位 : 戸 ) 図 -6 現 況 立 地 均 衡 状 態 における 世 帯 数 分 布 分 布 9) より, 表 -2, 表 -3のように 設 定 した. シミュレーションを 行 う 際 に 実 施 する 施 策 は, 浸 水 深 を3 段 階 に 区 分 し, 浸 水 レベルによって 実 施 する 施 策 の レベルが 異 なるものとした. 浸 水 レベルの 区 分 を 表 -4に 示 す. (2) 現 況 再 現 結 果 現 況 データを 当 てはめて 流 出 氾 濫 計 算 と 立 地 均 衡 計 算 を 行 い,これらが 収 束 した 状 態 における1/5と1/50の 発 生 確 率 に 対 する 各 ゾーンの 浸 水 深 を 表 -4に 従 って 分 類 し た 結 果 を 図 -4と 図 -5に, 世 帯 数 分 布 を 図 -6に 示 す. 企 業 数 ( 従 業 者 数 で 代 理 )についても 同 様 な 図 が 示 されるが 紙 面 の 都 合 上 ここでは 省 略 する.これらの 結 果 からいく つかのゾーンにおいて 推 定 精 度 が 低 い 場 合 があるものの, 全 体 的 にはほぼ 現 況 再 現 ができたと 言 える. - 218 -
(3) 想 定 した 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 として, 種 類 の 異 な る3 施 策 を 同 時,かつ 整 合 的 に 評 価 できることを 確 認 す るため,まずは 施 策 を 単 独 で 実 施 する 場 合 について 表 -5 に 示 すような 想 定 をした. 洪 水 保 険 制 度 についてはリス クプレミアムを1.0~1.7(0.1きざみ), 土 地 利 用 規 制 と 流 出 抑 制 施 設 整 備 については, 各 ゾーンの 浸 水 レベルに 合 わせて,それぞれ0~30%(10% 刻 み),0~30,000m 3 (10,000m 3 刻 み)として, 各 施 策 を 単 独 で 実 施 した 場 合 について 経 済 評 価 を 行 う. 次 に 表 -5の 評 価 結 果 を 参 考 に して 表 -6に 示 す 施 策 を 抽 出 し,それらを 組 み 合 わせて 実 施 する 複 合 施 策 の 経 済 評 価 を 行 う. 各 施 策 の 概 要 は 以 下 のとおりである. a) 洪 水 保 険 制 度 洪 水 によって 損 傷 する 資 産 の 一 部 は,リスクプレミア ム 付 きの 保 険 料 を 支 払 うことで 被 災 後 に 回 復 することが できる. 洪 水 保 険 にリスクプレミアムを 設 定 することに よって 最 適 カバー 率 10) が 合 成 財 消 費 と 土 地 消 費 の 関 係 か ら 導 出 される.なお, 保 険 加 入 することで 効 用 が 低 下 す る 場 合 は, 世 帯 企 業 は 保 険 に 加 入 しないことなる. b) 土 地 利 用 規 制 浸 水 レベル1~3のゾーンにおける 土 地 供 給 可 能 面 積 を 制 限 することにより, 安 全 な 地 域 への 住 み 替 えを 誘 導 す る 施 策 を 想 定 する. 土 地 利 用 規 制 を 浸 水 レベルに 合 わせ て 各 ゾーンで 実 施 した 場 合 について 施 策 効 果 を 見 ること とする.ただし, 同 一 浸 水 レベルのゾーンは 同 じ 土 地 利 用 規 制 率 が 導 入 されるものとする. c) 流 出 抑 制 施 設 整 備 世 帯 および 企 業 から 徴 収 する 一 括 固 定 税 を 原 資 として, 各 ゾーンに 流 出 抑 制 施 設 を 整 備 し, 被 害 を 軽 減 させる. 流 出 抑 制 施 設 の 建 設 費 単 価 を1m 3 当 たり10 万 円 とし, 施 策 実 施 ゾーンの 世 帯 と 企 業 が 一 括 固 定 税 として 支 払 うこ ととする. 土 地 利 用 規 制 と 同 様 に, 同 一 浸 水 レベルの ゾーンは 同 じ 規 模 の 施 設 整 備 を 実 施 するものとする. (4) 施 策 を 単 独 で 実 施 した 場 合 の 結 果 施 策 を 単 独 で 実 施 した 場 合 の 各 ケースについて 社 会 的 総 便 益 を 算 出 した 結 果 を 図 -7に 整 理 した.また, 洪 水 保 険 制 度 の 施 策 1を 導 入 した 場 合 における 保 険 加 入 世 帯 の ゾーン 分 布 を 図 -8に, 各 ゾーンの 世 帯 数 の 増 減 数 分 布 を 図 -9に 示 す.もちろんこれ 以 外 のケースについても 様 々 な 結 果 が 得 られているが, 紙 面 の 都 合 上 省 略 する. 単 独 施 策 の 評 価 結 果 をまとめた 図 -7を 見 ると,まず 洪 水 保 険 制 度 については,リスクプレミアムが 高 くなる 程, 便 益 が 小 さくなっていることがわかる.これは 常 識 的 な 結 果 であるが, 洪 水 保 険 の 加 入 者 だけを 評 価 しており, リスクプレミアムの 受 け 取 り 側 を 評 価 していないという 問 題 があり,これについては 今 後 システムを 改 良 する 必 要 がある. 土 地 利 用 規 制 が 行 われると, 土 地 という 貴 重 な 資 源 が 消 失 することによって 土 地 価 格 が 上 昇 し, 流 域 表 -5 単 独 で 実 施 する 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 洪 水 土 地 利 用 規 制 流 出 抑 制 施 設 整 備 施 策 保 険 ( 規 制 率 : %) ( 施 設 容 量 : m 3 ) No. 制 度 A B C A B C without 1.0 0 0 0 0 0 0 1 1.0 0 0 10 0 0 10,000 2 1.1 0 0 20 0 0 20,000 3 1.2 0 0 30 0 0 30,000 4 1.3 0 10 10 0 10,000 10,000 5 1.4 0 10 20 0 10,000 20,000 6 1.5 0 10 30 0 10,000 30,000 7 1.6 0 20 20 0 20,000 20,000 8 1.7 0 20 30 0 20,000 30,000 9-0 30 30 0 30,000 30,000 10-10 10 10 10,000 10,000 10,000 11-10 10 20 10,000 10,000 20,000 12-10 10 30 10,000 10,000 30,000 13-10 20 20 10,000 20,000 20,000 14-10 20 30 10,000 20,000 30,000 15-10 30 30 10,000 30,000 30,000 16-20 20 20 20,000 20,000 20,000 17-20 20 30 20,000 20,000 30,000 18-20 30 30 20,000 30,000 30,000 19-30 30 30 30,000 30,000 30,000 土 地 利 用 規 制 ( 規 制 率 : %) 表 -6 組 み 合 わせて 実 施 する 方 策 施 策 浸 水 レベル No. 1 2 3 1 0 0 20 2 0 20 20 3 20 20 20 1 0 0 20,000 2 0 20,000 20,000 流 出 抑 制 施 設 整 備 ( 施 設 容 量 : m 3 ) 3 20,000 20,000 20,000 総 便 益 ( 億 円 ) 洪 水 保 険 制 度 4,000 3,000 2,000 1,000 0-1,000 1 1.1 2 1.2 洪 水 保 険 制 度 土 地 利 用 規 制 流 出 抑 制 施 設 整 備 -2,000 without 12345678910111213141516171819 施 策 No. 図 -7 施 策 を 単 独 で 実 施 した 場 合 の 社 会 的 総 便 益 全 体 で 不 便 益 が 発 生 する. 一 方, 流 出 抑 制 施 設 整 備 は 世 帯 や 企 業 が 享 受 する 便 益 が 負 担 費 用 を 上 回 るため, 整 備 レベルを 高 くする 程, 社 会 的 便 益 が 大 きくなっている. 以 上 の 結 果 から, 単 独 施 策 を 実 施 した 場 合 については 妥 当 な 評 価 結 果 を 示 すことができたため, 経 済 評 価 シス テムとしての 適 用 性 を 確 認 できたと 言 えるだろう. - 219 -
(5) 施 策 を 組 み 合 わせて 実 施 した 場 合 の 結 果 複 合 施 策 のうち, 洪 水 保 険 制 度 の 施 策 2と 土 地 利 用 規 制, 流 出 抑 制 施 設 整 備 の 各 施 策 を 組 み 合 わせて 実 施 した 場 合 の 評 価 結 果 を 図 -10に 示 す.また,3 方 策 とも 施 策 2を 選 び,それらを 組 み 合 わせて 実 施 した 場 合 の 世 帯 数 分 布 を 図 -11に 示 す. 単 独 施 策 の 場 合 と 同 様 にこれ 以 外 にも 様 々な 結 果 が 得 られているがここでは 省 略 する. 図 -10を 見 ると, 流 出 抑 制 施 設 整 備 を 組 み 合 わせるこ とにより 社 会 的 総 便 益 が 発 生 することがわかる.しかし, 流 出 抑 制 施 設 整 備 を 過 度 に 行 うと 必 要 でないゾーンまで 費 用 負 担 となって 効 用 が 減 少 する 一 方, 洪 水 危 険 地 区 へ の 住 み 替 えを 促 進 してしまい, 却 って 被 害 ポテンシャル を 高 めてしまう 場 合 があることがわかった. 以 上 のことから, 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメン ト 方 策 に 対 して 同 時 かつ 整 合 的 に 評 価 結 果 を 示 すことが できたため, 経 済 評 価 システムとしての 適 用 性 を 確 認 で きたと 言 えるだろう. 保 険 加 入 世 帯 のゾーン 図 -8 洪 水 保 険 制 度 1 導 入 時 の 保 険 加 入 世 帯 のゾーン 分 布 5.おわりに 本 研 究 では, 流 域 管 理 と 地 域 計 画 の 連 携 を 考 慮 した 総 合 的 な 洪 水 災 害 リスクマネジメント 方 策 を 同 時 かつ 整 合 的 に 経 済 評 価 できるシステムを 構 築 し, 洪 水 保 険 制 度, 土 地 利 用 規 制, 流 出 抑 制 施 設 整 備 という3 施 策 を 例 にし た 実 証 分 析 を 通 して,その 適 用 性 を 確 認 した.また, GISなどを 利 用 することで 結 果 をわかりやすく 表 示 する ことができた.これによって, 対 象 地 域 の 住 民 や 企 業 に 対 し, 洪 水 危 険 度 や 総 合 的 な 対 策 の 必 要 性 の 認 知 に 繋 が る 経 済 評 価 システムが 構 築 できたものと 考 える. 今 後 の 課 題 としては, 複 合 施 策 について 種 類, 規 模, 場 所 の 最 適 な 組 合 せを 自 動 探 索 できるように, 社 会 的 総 便 益 と 被 害 ポテンシャルを 組 み 合 わせた 評 価 指 標 を 考 案 し,システムの 改 良 を 行 うことが 挙 げられる. 参 考 文 献 1) 髙 木 朗 義 武 藤 慎 一 他 : 応 用 都 市 経 済 モデルを 用 いた 治 水 対 策 の 経 済 評 価, 河 川 技 術 論 文 集,Vol.7,423-428,2001. 2) 吉 田 正 卓 髙 木 朗 義 : 災 害 リスクマネジメントに 基 づいた 総 合 治 水 対 策 の 評 価 モデルの 構 築, 土 木 計 画 学 研 究 論 文 集,Vol.20,313-322,2003. 3) 鮏 川 登 他 : 河 川 工 学 - 土 木 教 程 新 書, 鹿 島 出 版 会,pp.80-81. 4) 土 木 学 会 ; 水 理 公 式 集 例 題 プログラム 集, 平 成 13 年 度 版. 5) 酒 井 泰 弘 : 不 確 実 性 の 経 済 学, 有 斐 閣,1982. 6) 大 橋 健 一 青 山 吉 隆 ; 土 地 政 策 からみた 地 域 の 開 発 効 果 の 計 量 化 に 関 する 研 究, 土 木 計 画 学 研 究 講 演 集,No.11, pp391-397,1988. 7) 総 務 省 統 計 局 : 国 勢 調 査 に 関 する 地 域 メッシュ 統 計,2000. 8) 国 土 交 通 省 河 川 局 河 川 計 画 課 ; 平 成 12 年 水 害 統 計,2001. 9) 総 務 省 統 計 局 : 事 業 所 企 業 統 計 調 査 に 関 する 地 域 メッ シュ 統 計,2001. 10) 横 松 宗 太 小 林 潔 司 : 防 災 投 資 による 物 的 被 害 リスクの 軽 減 便 益, 土 木 学 会 論 文 集,No.660/Ⅳ-49,pp.111-123,2000. 総 便 益 ( 億 円 ) - -2-1 - 0 1-2 3 - ( 単 位 : 戸 ) 図 -9 洪 水 保 険 制 度 1 導 入 時 の 世 帯 増 減 数 30,000 25,000 20,000 15,000 10,000 5,000 0-5,000-10,000 1 土 地 利 用 規 制 2 図 -10 複 合 施 策 による 社 会 的 総 便 益 3 1 2 3 流 出 抑 制 施 設 整 備 900-999 1000-1379 1380-1419 1420- ( 単 位 : 戸 ) 図 -11 施 策 2を 組 み 合 わせて 実 施 した 時 の 世 帯 数 分 布 (2005.4.7 受 付 ) - 220 -