西 松 建 設 技 報 VOL.34 胆 沢 ダムにおける 震 災 被 害 の 復 旧 までの 経 緯 と 施 工 Restoration Work of Isawa Dam Damaged by Earthquake * 岡 本 義 洋 Yoshihiro Okamoto 要 約 本 工 事 は, 洪 水 調 節 を 主 たる 目 的 とし, 北 上 川 水 系 胆 沢 川 に 建 設 する 堤 体 積 1,350 万 m 3 を 有 するロ ックフィルダムの 関 連 工 事 として 行 われる 洪 水 吐 き 打 設 工 事 である. 胆 沢 ダム 洪 水 吐 きは, 平 成 20 年 6 月 14 日 の 岩 手 宮 城 内 陸 地 震 により 被 災 し, 躯 体 基 礎 地 盤 に 甚 大 な 被 害 を 受 けた. 被 災 時, 洪 水 吐 きは 全 体 の 約 58%の 進 捗 状 況 であり, 早 期 の 打 設 再 開 を 目 指 し 被 災 直 後 より 被 災 調 査 を 行 うとともに, 復 旧 工 事 を 行 ってきた. 本 稿 では, 被 災 調 査 により 確 認 された 被 災 状 況 それぞれにおいて 実 施 した, 復 旧 補 修 方 法 について 報 告 する. 目 次 1.はじめに 2. 工 事 概 要 3. 洪 水 吐 き 被 災 復 旧 基 本 方 針 と 調 査 4. 被 災 パターン 別 の 具 体 的 な 復 旧 補 修 5.おわりに 1.はじめに 平 成 20 年 6 月 14 日 8 時 43 分, 岩 手 県 内 陸 南 部 の 深 さ 8 km で M7.2 の 地 震 が 発 生 した. 発 震 機 構 は 西 北 西 - 東 南 東 方 向 に 圧 力 軸 を 持 つ 逆 断 層 型 で, 地 殻 内 で 発 生 した 地 震 であり, 岩 手 県 奥 州 市 と 宮 城 県 栗 原 市 では 震 度 6 強 を 観 測 した. 奥 州 市 に 建 設 中 であった 胆 沢 ダム 建 設 工 事 現 場 におい ても, 斜 面 崩 落 や 堤 体 洪 水 吐 き 等 にクラックが 生 じる など 被 害 が 発 生 した. 被 災 時 洪 水 吐 き 打 設 工 事 は, 未 だ 竣 工 しておらず, 特 に 洪 水 吐 き 右 岸 壁 は, 堤 体 盛 立 材 と 接 していることから, 胆 沢 ダム 全 体 工 程 を 考 えると, 早 期 の 躯 体 構 築 の 再 開 が 必 要 であった.そのため, 洪 水 吐 きでは 震 災 直 後 より 多 種 の 調 査 を 実 施 し, 平 成 20 年 8 月 19 日 より 調 査 復 旧 対 策 が 完 了 した 打 設 箇 所 より 順 次 打 設 を 再 開 した. 本 稿 では, 被 災 後 の 洪 水 吐 き 復 旧 基 本 方 針 ならびに 復 旧 のための 具 体 的 な 施 工 について 報 告 する. 2. 工 事 概 要 胆 沢 ダム 本 体 工 事 では, 工 事 を 5 つに 分 割 発 注 ( 基 礎 掘 削 工 事, 原 石 山 準 備 工 事, 堤 体 盛 立 工 事, 原 石 山 材 料 採 取 工 事, 洪 水 吐 き 打 設 工 事 )し,マネジメント 技 術 活 用 方 式 (CM 方 式 )を 試 行 的 に 導 入 している. 写 真 1 に 胆 沢 ダム 完 成 予 想 図 を 示 す. 以 下 に 工 事 内 容 を 示 す. 工 事 件 名 : 胆 沢 ダム 洪 水 吐 き 打 設 ( 第 1 期 ) 工 事 発 注 者 : 国 土 交 通 省 東 北 地 方 整 備 局 工 事 場 所 : 岩 手 県 奥 州 市 胆 沢 区 若 柳 地 内 工 期 : 平 成 18 年 3 月 16 日 ~ 平 成 22 年 3 月 10 日 河 川 名 :1 級 河 川 北 上 川 水 系 胆 沢 川 工 事 内 容 : 洪 水 吐 きコンクリート 打 設 231,050 m 3 :ボーリング グラウチング 工 7,372 m : 取 水 放 流 設 備 1 式 : 濁 水 処 理 設 備 運 転 工 1 式 : 雑 工 事 1 式 : 仮 設 費 1 式 * 北 日 本 ( 支 ) 胆 沢 ダム( 出 ) 写 真 1 胆 沢 ダム 完 成 予 想 図 1
胆 沢 ダムにおける 震 災 被 害 の 復 旧 までの 経 緯 と 施 工 西 松 建 設 技 報 VOL.34 3. 洪 水 吐 き 被 災 復 旧 基 本 方 針 と 調 査 3 1 検 討 フロー 被 災 対 応 の 検 討 フローを 図 1 に 示 す. 検 討 フローは, 1 補 修 復 旧 レベルの 選 定,2 要 求 性 能 の 整 理 と 被 災 パタ ーンの 分 類,3 復 旧 対 策 のための 被 災 調 査 の 実 施,4 復 旧 対 策 のための 詳 細 調 査 の 実 施,5 被 災 状 況 の 評 価,6 被 災 評 価 に 対 応 した 補 修 方 法 の 選 定 の 順 で 行 うこととした. 3 2 洪 水 吐 きの 要 求 性 能 洪 水 吐 きは, 未 だ 竣 工 していない 構 造 物 であるため, 被 災 箇 所 の 対 策 実 施 に 際 しては, 当 初 設 計 仕 様 に 見 合 っ た 補 修 再 構 築 を 実 施 することを 基 本 とした. 今 回 相 当 の 地 震 に 対 しても 修 復 可 能 な 損 傷 にとどまる 構 造 とする. 1 補 修 または 再 構 築 の 実 施 は, 躯 体 や 基 礎 地 盤 等 との 適 用 性 や 経 済 性 を 勘 案 して 判 断 する. 2 ダム 本 体 の 貯 水 機 能 維 持 に 影 響 が 懸 念 される 箇 所 に ついては 仕 様 を 変 更 ( 機 能 強 化 )する. 3 3 補 修 復 旧 の 考 え 方 洪 水 吐 きにおいて 要 求 される 性 能 は, 以 下 の⑴~⑷に 示 したとおりである. ⑴ 力 学 的 耐 久 性 洪 水 吐 き 構 造 体 として, 所 定 の 設 計 条 件 に 対 する 抵 抗 力 と 耐 久 性 が 必 要 である. ⑵ 水 密 性 止 水 性 通 水 断 面 洪 水 吐 きとして 所 要 の 水 路 断 面 の 確 保 と 水 密 性 および ジョイント 部 ( 止 水 板 )の 止 水 性 が 必 要 である. ⑶ 躯 体 安 定 性 洪 水 吐 きの 安 定 基 準 の 基 本 的 な 考 え 方 は 次 のとおりで ある. 1 流 入 部 ~セパレートウォール 部 は, 貯 留 水 による 水 圧 を 受 けるため, 重 力 式 ダムに 準 じた 安 定 基 準 と する. 2 シュート 部 の 堤 体 側 は,ダム 本 体 と 接 触 しており ダム 本 体 の 円 弧 すべりにかかる 部 位 であることから, 重 力 式 ダムに 準 じた 安 定 基 準 とする. 3 上 記 以 外 の 山 側 導 流 壁 および 減 勢 部 は, 一 般 の 擁 壁 基 準 に 準 じるものとする(ただし, 滑 動 安 定 性 は Henny の 式 による). ⑷ 掘 削 面 の 健 全 性 洪 水 吐 きの 掘 削 面 に 損 傷 不 安 定 箇 所 がなく, 基 礎 岩 盤 及 び 法 面 ( 仮 設, 永 久 )としての 健 全 性 が 必 要 である. また, 洪 水 吐 きの 既 施 工 ブロックでは, 貯 水 機 能 (ダ ム 本 体 )への 影 響 区 間 として, 流 入 部 及 びシュート 部 の 右 岸 側 導 流 壁 が 該 当 する. 特 に,セパレートウォール 部 では 遮 水 性 の 確 保 が 重 要 となるため, 止 水 板 機 能 が 確 認 できる 構 造 ( 正 副 の 二 重 化, 漏 水 計 測 など)に 変 更 する.なお, 常 用 洪 水 吐 きは 貯 水 機 能 に 大 きく 影 響 する 区 間 であるが, 被 災 時 点 では 未 施 工 区 間 であった. 図 1 洪 水 吐 き 被 災 対 応 検 討 フロー 2
西松建設技報 VOL.34 胆沢ダムにおける震災被害の復旧までの経緯と施工 3 4 被災パターンの分類 調査を実施する 被災パターンと評価区分について取りまとめた結果は 表 1 に示すとおりである ①被災パターンの分類 ② ⑷ 掘削面 法面の状況や躯体の着岩状況を確認する目 的で の調査を実施する 要求性能の整理 ③評価の判断基準の整理を行った ⑸ 流入部では コンソリデーショングラウチング健全 性を確認するため の調査を実施する 3 5 補修 復旧に向けた調査内容 ⑹ クラック貫通箇所及び鉄筋の露出箇所については 洪水吐きの被災状況を明らかにし 今後対策が必要と 対策工規模の判断材料として の調査を実施する なる箇所の特定と 補修 復旧計画案のために詳細調査 4 被災パターン別の具体的な復旧 補修 を実施した 詳細調査の実施時期は 平成 20 年 6 月 26 日の気象庁 の予報に基づき震度 4 5 弱の余震発生確率が低くなっ 前章で述べた調査により洪水吐きの被災状況 対策工 てから調査を開始した の必要な箇所が明らかになった 復旧 補修は大別して 洪水吐きの被災状況調査においては 構造物の規模や 次の 4 区分で検討した 範囲 現地状況を勘案すると 表 2 に示すような詳細 ① 躯体の不陸対策 調査が必要と考えられた ② 止水板の損傷対策 ⑴ 洪水吐き全域に渡って の調査を実施することが基 ③ クラック 欠損部の損傷対策 本となる ④ 躯体の安定対策 ⑵ 躯体クラックの内部進展状況を確認する目的で 以下にそれぞれの具体的な対策工について述べる の調査を実施する 4 1 躯体の不陸対策 ⑶ 止水板機能が保持されているか確認する目的で の 洪水吐きのコンクリート水路表面は 流水や流砂によ るすり減り 損傷を受けるおそれがあるため 不陸のな 表 1 被災パターン別の評価区分概要 い平滑な表面に仕上げる必要がある コンクリート標準 示方書 ダムコンクリート編 では 型枠に接する面の 局部不陸の許容値は 流れに平行な面で 6 mm 流れに 直交する面で 3 mm 全体的に 6 mm 以下を標準とす る 型枠に接しない面の局部不陸の許容値は 6 mm 以 図 2 段差 ずれ概要図 表 2 洪水吐きにおける詳細調査一覧 写真 2 傾斜処理施工状況 3
胆沢ダムにおける震災被害の復旧までの経緯と施工 西松建設技報 VOL.34 下を標準とする 高速流にさらされる部分の局部不陸は するための調査として 開口より着色水を注入し漏水を さらに入念に仕上げる必要があり 表面の小さな突起は 確認した また 開口が狭く注水が困難な箇所について グラインダなどを用いて研磨し 所定の限度内に仕上げ はコンクリートを撤去し直接目視で確認した さらに止 る必要がある とうたわれている これより 躯体の不 水板の最大変形量より 17 mm 以上の開口が確認された 陸対策の許容値に関しては 流れに平行な面内で±6 mm ジョイントについては対策工を施した 対策工については 既設止水板の内側 水路側 のコン 流れに直交する面内で 3 mm 1 mm とした クリートをウォータージェット工法により撤去し 既設 このような段差は洪水吐き全体に発生しており 最大 で 23 mm であった 許容値を上回る不陸箇所は傾斜処理 止水板の手前に新たな止水板を再設置する方法を用いた 勾配 1 50 を施し 下回る箇所は無対策とした ジョ 但し 流入部のセパレートウォール背面についてはジ イントの開きについては 開口幅に合わせて無収縮モル ョイントの形状が複雑な点と堤体と接し 急速な施工が タルを充填した 必要とされた点からジョイント外側にアスファルト製の 遮水シートを設置し 外付け止水板 対策工とした 4 2 止水板の損傷対策 4 3 クラックと欠損部の損傷対策 洪水吐きの収縮継目にはポリ塩化ビニル止水板 目視で確認されたクラックについて 超音波によるク UC220 6 が使用されている 止水板の健全性を確認 ラック深さ測定 ボアホールスキャナ ボアホールカメ ラによるコンクリート内部のクラックの調査 クラック に注水を行い通水状況を調査し 非貫通クラック 貫通 クラックに分類した クラック幅に応じて A C の 3 段 階にさらに分類し それぞれについて対策工を検討した 表 3 に分類別の対策工と使用した材料を示す シュー 図 3 止水板詳細図 写真 5 貫通クラック注水調査状況 表 3 クラックの分類 使用材料一覧表 写真 3 止水板再設置完了 打設前 写真 4 外付け止水板設置完了 4
西松建設技報 VOL.34 胆沢ダムにおける震災被害の復旧までの経緯と施工 ト部については注入 充填工法の他に天端より貫通クラ ックを縫うように補強鉄筋を挿入し 所定の滑動安定性 に対し満足するするものとした 減勢部 R30 BL についても貫通クラックが確認された 但し 鉄筋が完全に切断している点から 貫通クラック より上部の構造物を取壊し 再構築を行うものとした 取 壊しはワイヤーソーにより 35 t のブロックに切断し 150 t クローラークレーンによりそれぞれのブロックを 搬出した 減勢部 R32 BL についても R30 BL と同様に貫通クラッ クが確認されたが 鉄筋の抜き取り試験を行ったところ 鉄筋は降伏しておらず 健全性が確認されたため シュ 写真 6 減勢部 R30BL 全景 ート部の貫通クラックと同様にせん断補強鉄筋による対 策工とした せん断補強鉄筋は天端からではなく 背面 の一部をウォータージェット工法によりはつり挿入した 4 4 躯体の安定対策 シュート部 L24 BL C24 1 BL については 目視によ りブロック全体が下方へと滑動しており 岩盤面とコン クリートが剥離していた 対策工による復旧は難しいと 考え 取壊し 再構築を行った 取壊しは大型ブレーカ ーを使用した 岩盤面の緩みが確認されたため緩みを除 去し コンクリートにより置き換えを行い その後再構 築を行った 写真 7 切断ブロック撤去状況 減勢部副ダム部 C33 1 BL C33 2 BL についてはボー 写真 8 ウォータージェット工法によるはつり状況 写真 10 L24BL C24-1BL 滑動状況 写真 9 せん断補強鉄筋挿入状況 写真 11 大型ブレーカーによる取壊し状況 5
胆 沢 ダムにおける 震 災 被 害 の 復 旧 までの 経 緯 と 施 工 西 松 建 設 技 報 VOL.34 リングによる 調 査 を 実 施 したところ 岩 盤 面 とコンクリー ト 面 に 剥 離 が 確 認 された. 対 策 工 として, 剥 離 面 と 地 山 のクラックにセメントミルクを 充 填 した 後, 大 口 径 ボー リングマシンを 使 用 してコンクリート, 岩 盤 面 を 削 孔 し, H 型 鋼 を 設 置 しせん 断 に 対 する 安 定 を 計 った. 施 工 後 チ ェックボーリングを 行 い, 剥 離 面 にセメントミルクが 充 填 されていることを 確 認 した. 5.おわりに 写 真 12 大 口 径 ボーリングマシンによる 削 孔 状 況 写 真 13 H 型 鋼 設 置 完 了 洪 水 吐 き 打 設 工 事 および 被 災 復 旧 対 策 の 実 施 概 要 は, 図 4 に 示 すとおりである. 洪 水 吐 きの 復 旧 対 策 工 事 は H21 年 度 で 完 了 した. 本 稿 では, 震 災 による 大 規 模 コンクリート 構 造 物 の 被 災 復 旧 基 本 方 針 および 被 災 調 査, 具 体 的 な 対 策 工 につい て 述 べた. 施 工 中 の 被 災 としては 類 を 見 ない 大 規 模 な 被 害 であったが, 震 災 直 後 より 専 門 的 な 知 識, 経 験 を 有 す る 技 術 者 等 による 地 震 影 響 評 価 検 討 会 を 発 足 し, 損 傷 の 程 度 の 評 価 および 補 修 方 法 について, 発 注 者, 施 工 業 者 が 一 体 となり 取 り 込 み, 工 事 を 完 了 することができた. 施 工 中 のブロック, 施 工 が 完 了 したブロックが 混 在 する 中, 被 災 の 種 類 も 様 々で, 範 囲 も 広 範 囲 に 及 ぶものだったが, 構 造 物 として 要 求 される 性 能, 他 業 者 との 調 整, 健 全 な 箇 所 への 影 響 を 被 災 箇 所 べつに 整 理, 検 討 し 施 工 するこ とができた. 震 災 の 復 旧 とういことで 希 なケースだが, 同 種 の 工 事 において 参 考 になれば 幸 いである. 最 後 に,ご 指 導,ご 協 力 いただいた 各 位 に 深 くお 礼 を 申 し 上 げます. 図 4 洪 水 吐 き 打 設 工 事 および 被 災 復 旧 対 策 の 実 施 概 要 6