産 婦 人 科 領 域 におけるサーチュインファミリー 分 子 と 植 物 エストロゲン レスベラトロールの 役 割 東 京 大 学 医 学 部 附 属 病 院 女 性 診 療 科 産 科 講 師 平 池 修 はじめに 女 性 は 思 春 期 以 降 性 成 熟 期 を 迎 えると 月 経 周 期 が 確 立 し 排 卵 が 惹 起 され 生 殖 能 力 を 獲 得 する 排 卵 周 期 が 確 立 すると 卵 巣 発 育 卵 胞 からエストロゲン が 産 生 されるようになるが エストロゲンはヒトの 生 殖 器 を 中 心 として 身 体 各 臓 器 の 組 織 成 熟 をもたらす エストロゲンの 生 殖 器 外 作 用 としては 皮 膚 血 管 内 皮 骨 などに 対 する 作 用 が 有 名 である 周 閉 経 期 から 卵 巣 からの 排 卵 が 途 絶 してくるが 卵 巣 機 能 は 閉 経 後 にはほぼ 廃 絶 する よって エストロゲン 産 生 能 が 低 下 していくにつれ 身 体 臓 器 の 機 能 低 下 すなわち 老 化 が 起 きることか ら 女 性 の 身 体 成 熟 度 はエストロゲン 分 泌 状 態 により 大 きく 影 響 されること がわかる 閉 経 後 の 中 高 年 女 性 にみられるエストロゲン 欠 乏 症 状 を 改 善 するためには ホルモン 補 充 療 法 (HRT)が 必 要 となる HRT はおよそ 1950 年 代 頃 より 米 国 を 中 心 に 普 及 が 始 まり 全 世 界 的 に 広 まっていった 導 入 当 初 は 更 年 期 症 状 の 緩 和 だけでなく エストロゲンの 生 殖 器 外 作 用 の 類 推 から 副 効 用 として 冠 動 脈 疾 患 や 骨 粗 鬆 症 も 予 防 できるとの 発 想 があり 恰 も 万 能 薬 のような 扱 いを 受 けた 実 際 抗 動 脈 硬 化 作 用 もあることが 疫 学 的 に 分 かってきた 1) ことから 時 代 の 寵 児 としての 扱 いを 受 けてきたが 次 第 に 有 害 作 用 が 存 在 することが 疫 学 的 調 査 に より 明 らかとなってきた Women s Health Initiative study 2) 中 間 報 告 が 2002 年 に 発 表 され HRT 群 における 冠 動 脈 疾 患 乳 がん 発 症 率 が 事 前 設 定 値 を 超 えて しまい 急 遽 臨 床 試 験 そのものが 中 止 になったことは 全 世 界 に 衝 撃 を 与 えた このように HRT には 有 害 事 象 も 存 在 するため エストロゲンの 人 体 各 組 織 に おける 生 理 的 作 用 の 特 性 を 理 解 する 必 要 がある エストロゲンの 生 体 作 用 をもたらすのは 核 内 受 容 体 エストロゲン 受 容 体 1
(ER)である エストロゲン 作 用 の 典 型 的 メカニズムは 二 種 類 存 在 する ER(α および β)がリガンド 17β-estradiol(E 2 )によって 核 内 に 移 行 し 転 写 因 子 と して 作 用 する というものであり E 2 は 間 接 的 に 細 胞 増 殖 作 用 などといった 生 物 学 的 作 用 および 効 果 を 発 揮 する このように ER の 作 用 機 構 は 分 子 生 物 学 的 に 精 緻 であるが ホルモン 依 存 性 腫 瘍 の 形 成 過 程 において ER に 結 合 し 影 響 を 及 ぼす 転 写 共 役 因 子 が 担 う 分 子 機 構 の 解 析 は 重 要 である 中 でも 我 々は NAD + 依 存 性 ヒストン 脱 アセチル 化 酵 素 sirtuin1(sirt1)を 筆 頭 とするサーチュイン ファミリー 分 子 の 機 能 に 着 目 した サーチュインファミリー 分 子 は SIRT1 から SIRT7 までのサブタイプが 存 在 し SIRT1 は 酵 母 や 線 虫 の 寿 命 を 延 長 することで 注 目 を 集 めたが 最 近 ではこれら 7 つのサブタイプ 全 てが 核 細 胞 質 ミト コンドリアなど 細 胞 内 に 独 自 の 局 在 を 示 し 生 体 における 代 謝 抗 炎 症 認 知 機 能 腫 瘍 形 成 などといった 広 範 な 役 割 を 担 うことが 明 らかになってきて いる 3) SIRT1 は p53 FOXO PGC-1α NF-κB β カテニンなど 細 胞 内 シグ ナル 因 子 群 を 脱 アセチル 化 することで 遺 伝 子 発 現 制 御 細 胞 死 ストレス 反 応 老 化 脂 質 糖 代 謝 促 進 などの 機 能 を 有 していることが 近 年 明 らかに なっている( 図 1) 図 1 SIRT1 活 性 化 のメカニズムとその 生 体 作 用 2
赤 ワインに 含 まれるポリフェノールであるレスベラトロールは SIRT1 活 性 化 を 介 して 細 胞 死 抵 抗 因 子 の 発 現 量 を 抑 制 することが 動 物 実 験 などで 明 らかに なっている また レスベラトロールは 植 物 エストロゲンとして ER の 転 写 活 性 化 作 用 があり in vitro の 実 験 系 ではおよそ 10-6 ~10-5 M のオーダーで ER の 活 性 化 作 用 があり ERα に 対 してはアンタゴニストとしての 作 用 がないが ERβ 活 性 に 関 しては 相 加 的 に 作 用 する 一 種 の Selective Estrogen Receptor Modulator として 考 えられている 4) レスベラトロールは SIRT1 活 性 のみならず ERβ の 活 性 を 高 めることによって 多 くの 細 胞 において 分 化 促 進 細 胞 増 殖 抑 制 作 用 をも つ 可 能 性 がある 近 年 では サーチュインファミリー 分 子 の 構 造 解 析 から レ スベラトロールは SIRT1 および SIRT5 を 活 性 化 させるが サーチュインファミ リーの 中 で 最 も 強 く 抗 酸 化 機 能 を 持 つ SIRT3 の 機 能 を 抑 制 することが 示 唆 さ れている 5) 我 々は サーチュインファミリー 分 子 の 産 婦 人 科 領 域 における 機 能 解 析 を E 2 標 的 組 織 との 関 わりから 検 討 しており その 最 近 の 知 見 を 紹 介 する ヒト 卵 巣 における SIRT1 および SIRT3 の 生 理 的 意 義 ヒト 卵 巣 における SIRT1 および SIRT3 の 存 在 を 免 疫 組 織 化 学 染 色 法 にて 検 討 したところ 卵 巣 顆 粒 膜 細 胞 におけるSIRT1およびSIRT3の 存 在 が 確 認 された SIRT1 の 活 性 化 が 顆 粒 膜 細 胞 に 及 ぼす 影 響 をみるために ラット 顆 粒 膜 細 胞 を 初 代 培 養 し レスベラトロールにより 処 理 したところ 細 胞 数 は 低 下 するもの の 細 胞 死 は 発 生 していなかったが SIRT1 の 発 現 が 上 昇 し StAR LH 受 容 体 アロマターゼなどの 黄 体 化 関 連 因 子 群 タンパク 発 現 が 上 昇 することが 判 明 した ラット 卵 巣 顆 粒 膜 細 胞 培 地 にレスベラトロールを 添 加 ( 最 終 濃 度 100 μm)して 培 養 を 継 続 したところ 48 時 間 時 点 での 培 地 上 清 プロゲステロン 値 は 有 意 に 高 値 を 示 していたため 黄 体 化 関 連 因 子 群 の 発 現 上 昇 が 実 際 にプロゲステロン 値 の 上 昇 に 結 びついていることが 示 された 6) 顆 粒 膜 細 胞 の 黄 体 化 は 妊 娠 維 持 に 正 の 作 用 をするが レスベラトロールは 黄 体 化 関 連 因 子 の 発 現 を 介 し 顆 粒 膜 細 胞 の 黄 体 化 を 促 進 するというメカニズムが 示 された( 図 2A) サーチュインファ ミリーの 中 で 抗 酸 化 作 用 に 主 たる 役 割 をもつ SIRT3 の 卵 巣 における 生 理 的 意 義 を 体 外 受 精 プログラムにおいて 得 られるヒト 黄 体 化 顆 粒 膜 細 胞 を 用 いて 検 討 した ヒト 黄 体 化 顆 粒 膜 細 胞 を 初 代 培 養 し 過 酸 化 水 素 により 処 理 すると 細 3
胞 の 酸 化 ストレスが 顕 著 に 現 れカタラーゼ SOD1 など 抗 酸 化 因 子 の 発 現 が 上 昇 するが SIRT3 の 発 現 も 上 昇 した sirna を 用 いて 内 在 性 SIRT3 をノックダウ ンすると 細 胞 に 酸 化 ストレスが 顕 著 に 現 れることを 蛍 光 免 疫 染 色 法 にて 示 した また 内 在 性 SIRT3 のノックダウンにより アロマターゼ 17β-HSD1 などの 卵 胞 発 育 促 進 因 子 群 の mrna や StAR p450scc 3β-HSD などの 黄 体 化 関 連 因 子 群 の mrna が 上 昇 することが 判 明 した その 結 果 内 在 性 SIRT3 のノックダウンにより 培 地 上 清 プロゲステロン 値 が 低 値 となったことから SIRT3 は 卵 巣 顆 粒 膜 細 胞 の 抗 酸 化 作 用 に 影 響 を 及 ぼすことが 示 唆 された( 図 2B) 7) サーチュインファミリ ーはこのように 卵 巣 顆 粒 膜 細 胞 において 機 能 的 であり サブタイプ 別 の 特 定 機 能 を 担 いうることが 見 出 された A B 図 2 卵 巣 におけるサーチュインファミリーの 機 能 の 模 式 図 A:レスベラトロールによる 黄 体 化 促 進 機 構 B:SIRT3 による 卵 胞 発 育 および 黄 体 化 促 進 機 構 子 宮 内 膜 症 とレスベラトロール 子 宮 内 膜 症 は 生 殖 可 能 年 齢 女 性 に 好 発 し 不 妊 月 経 痛 などをもたらす 発 生 原 因 不 明 な 疾 患 であるが 子 宮 外 の 組 織 において 子 宮 内 膜 が 増 殖 性 に 発 育 する 疾 患 と 定 義 される 子 宮 内 膜 症 マウスモデルを 作 成 し ERβ アゴニストを 使 用 し た 実 験 によると 2 週 間 の ERβ アゴニスト 投 与 で 病 変 サイズが 縮 小 したという 既 報 がある 8) ERβ アゴニストには NK 細 胞 やマクロファージを 活 性 化 させる 作 用 があることから 免 疫 的 機 序 により 子 宮 内 膜 症 に 対 し 抑 制 的 に 作 用 するこ 4
とが 期 待 される また 子 宮 内 膜 症 マウスモデルにおいてレスベラトロールが 子 宮 内 膜 症 組 織 の 病 変 進 展 を 抑 制 することが 報 告 されており レスベラトロール の 子 宮 内 膜 症 への 治 療 効 果 に 関 する 研 究 が 色 々な 方 面 から 進 められている 子 宮 内 膜 症 モデルマウスおよびラットにおいて レスベラトロールは 子 宮 内 膜 症 病 巣 での 上 皮 細 胞 間 質 細 胞 両 者 の 増 殖 を 抑 制 し アポトーシスを 誘 導 するこ と 病 変 における 血 管 新 生 を 抑 制 することなども 報 告 された 子 宮 内 膜 症 患 者 に 対 し レスベラトロールとエストロゲン プロゲスチン 製 剤 との 併 用 で COX-2 発 現 を 抑 制 することから 疼 痛 の 緩 和 作 用 も 示 されており 臨 床 的 な 有 用 性 が 明 らかになりつつある 我 々は 子 宮 内 膜 症 間 質 細 胞 における SIRT1 の 存 在 を 免 疫 組 織 化 学 染 色 法 にて 示 し レスベラトロールが 濃 度 依 存 性 に 培 養 子 宮 内 膜 間 質 細 胞 の TNF-α 誘 導 性 IL-8 分 泌 を 抑 制 することを 示 した sirna を 用 いて 培 養 子 宮 内 膜 間 質 細 胞 の 内 在 性 SIRT1 をノックダウンすると レスベラトロール による IL-8 分 泌 抑 制 作 用 が 脱 抑 制 されることから レスベラトロールによる TNF-α 誘 導 性 IL-8 分 泌 には SIRT1 が 関 与 している 可 能 性 が 考 えられた( 図 3) 9) レスベラトロールには 顕 著 な 抗 炎 症 作 用 があることが 知 られているため 今 後 臨 床 応 用 されるべき 基 礎 を 示 した 図 3 子 宮 内 膜 症 間 質 細 胞 に 対 するレスベラトロールの 抗 炎 症 作 用 の 模 式 図 5
SIRT1 の 子 宮 内 膜 における 作 用 免 疫 組 織 化 学 染 色 法 を 用 いて SIRT1 が 子 宮 内 膜 に 存 在 することを 示 し 子 宮 内 膜 癌 細 胞 株 Ishikawa の 内 在 性 SIRT1 発 現 を 制 御 することで 細 胞 接 着 分 子 E-cadherin の 発 現 が 正 に 制 御 されることを 示 した レスベラトロールにより SIRT1 と E-cadherin の 発 現 が 共 に 濃 度 依 存 的 に 上 昇 するのみならず E-cadherin プロモーターも 正 に 制 御 されることが 判 明 した 子 宮 内 膜 癌 培 養 細 胞 株 Ishikawa を 子 宮 側 絨 毛 癌 培 養 細 胞 株 JAR を 配 偶 子 に 模 した in vitro spheroid assay を 着 床 モデルとして 検 討 したが SIRT1 活 性 化 により 着 床 能 が 亢 進 することがわかった また SIRT1 のレプレッサーである Sirtinol により 着 床 能 が 抑 制 されることを 見 出 した よってレスベラトロールは SIRT1 その ものの 発 現 とそれ 単 独 でも E-cadherin の 発 現 を 上 昇 させることで 着 床 能 向 上 に 寄 与 するということを 見 出 した( 図 4) 10) 図 4 レスベラトロールの 着 床 促 進 作 用 の 模 式 図 レスベラトロールは SIRT1 発 現 を 促 進 するだけでなく E-cadherin 発 現 を 直 接 的 に 促 進 することが 示 唆 されている 6
おわりに SIRT1 は 産 婦 人 科 領 域 においても 着 床 促 進 黄 体 化 促 進 抗 炎 症 などの 多 彩 な 機 能 が 存 在 することが 明 らかとなった また SIRT3 も 卵 巣 における 抗 酸 化 作 用 が 存 在 することで サーチュインファミリーの 産 婦 人 科 領 域 における 多 様 な 分 子 機 構 が 明 らかになった SIRT1 は 転 写 調 節 因 子 としての 作 用 があるが ERα と 内 在 性 複 合 体 を 形 成 し ERα 自 体 が SIRT1 プロモーターに 結 合 することで SIRT1 発 現 が 増 加 し 結 果 としてカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼの 発 現 が 上 昇 する 一 方 癌 抑 制 遺 伝 子 である cyclin G2 や p53 の 発 現 は 減 少 するような 遺 伝 子 発 現 調 節 メ カニズムが 存 在 する SIRT1 によるホルモン 依 存 性 組 織 の 制 御 はさらに 複 雑 な ものであることが 推 察 されることから これからの 研 究 の 進 展 が 望 まれる 食 事 制 限 およびレスベラトロールは いずれも SIRT1 の 活 性 化 をもたらす レス ベラトロールの 有 用 な 作 用 を 診 療 HRT に 取 り 入 れることで ER 活 性 と SIRT1 活 性 の 精 緻 なバランスを 取 りつつより 優 れた HRT になる 可 能 性 がある 7
引 用 文 献 1) Stampfer, M.J., et al. Postmenopausal estrogen therapy and cardiovascular disease. Ten-year follow-up from the nurses' health study. New Engl J Med 325, 756-762 (1991). 2) Rossouw, J.E., et al. Risks and benefits of estrogen plus progestin in healthy postmenopausal women: principal results From the Women's Health Initiative randomized controlled trial. JAMA 288, 321-333 (2002). 3) Finkel, T., Deng, C.X. & Mostoslavsky, R. Recent progress in the biology and physiology of sirtuins. Nature 460, 587-591 (2009). 4) Bowers, J.L., Tyulmenkov, V.V., Jernigan, S.C. & Klinge, C.M. Resveratrol acts as a mixed agonist/antagonist for estrogen receptors alpha and beta. Endocrinology 141, 3657-3667 (2000). 5) Gertz, M., et al. A molecular mechanism for direct sirtuin activation by resveratrol. PloS one 7, e49761 (2012). 6) Morita, Y., et al. Resveratrol promotes expression of SIRT1 and StAR in rat ovarian granulosa cells: an implicative role of SIRT1 in the ovary. Reprod Biol Endocrinol 10, 14 (2012). 7) Fu, H., et al. SIRT3 positively regulates the expression of folliculogenesis- and luteinization-related genes and progesterone secretion by manipulating oxidative stress in human luteinized granulosa cells. Endocrinology 155, 3079-3087 (2014). 8) Harris, H.A., Bruner-Tran, K.L., Zhang, X., Osteen, K.G. & Lyttle, C.R. A selective estrogen receptor-beta agonist causes lesion regression in an experimentally induced model of endometriosis. Hum Reprod 20, 936-941 (2005). 9) Taguchi, A., et al. Resveratrol suppresses inflammatory responses in endometrial stromal cells derived from endometriosis: a possible role of the sirtuin 1 pathway. J Obstet Gynaecol Res 40, 770-778 (2014). 10) Shirane, A., et al. Regulation of SIRT1 determines initial step of endometrial receptivity by controlling E-cadherin expression. Biochem Biophys Res Commun 424, 604-610 (2012). 8