上 原 記 念 生 命 科 学 財 団 研 究 報 告 集, 26 (2012) 12. インクレチン 含 有 マイクロニードルの 開 発 山 本 昌 Key words:インクレチン,マイクロニードル, 糖 尿 病, 経 皮 吸 収, 吸 収 改 善 京 都 薬 科 大 学 薬 剤 学 分 野 緒 言 糖 尿 病 は, インスリン 作 用 の 不 足 により 生 じる 慢 性 の 高 血 糖 を 主 徴 とする 代 謝 症 候 群 であり, 生 活 習 慣 の 変 化 に 伴 い, 現 在, 世 界 的 に 患 者 数 が 増 加 していることが 知 られている. 本 邦 においても 最 近 の 統 計 によると 糖 尿 病 患 者 は 約 820 万 人,また その 予 備 軍 は 約 1,050 万 人 であり,これらを 合 計 すると 2,000 万 人 に 近 い 患 者 およびその 予 備 軍 が 存 在 することになり,その 予 防 治 療 は 社 会 的 にも 極 めて 重 要 な 課 題 の 一 つである. 現 在, 糖 尿 病 の 治 療 薬 として, 経 口 血 糖 降 下 薬 である α-グルコシダ ーゼ 阻 害 薬,グリニド 系 薬,スルホニル 尿 素 薬,ビグアナイド 薬,チアゾリジン 薬 や 各 種 インスリン 製 剤 などが 用 いられており, 糖 尿 病 患 者 におけるインスリン 抵 抗 性 の 増 大 ならびにインスリンの 分 泌 障 害 の 改 善 が 行 われている.しかしながら,これら 既 存 の 糖 尿 病 治 療 薬 を 用 いた 場 合,(1) 食 後 高 血 糖 をコントロールする 際 に 次 の 食 事 の 前 や 夜 間 などに 低 血 糖 症 状 が 生 じやすくな る,(2) 血 糖 コントロールを 優 先 すると 体 重 増 加 が 生 じやすくなる,(3) 経 口 糖 尿 病 薬 を 投 与 していると 徐 々に 効 果 が 減 弱 し, 血 糖 コントロールの 目 標 範 囲 を 逸 脱 しやすくなるなどの 様 々な 問 題 点 がみられ, 臨 床 上 これらの 問 題 を 解 決 することが 重 要 にな っている. こうした 中, 近 年,2 型 糖 尿 病 の 新 たな 治 療 薬 として, インクレチン と 呼 ばれる 消 化 管 ホルモンが 脚 光 を 浴 びている 1). インクレチン は, 食 事 摂 取 に 伴 い 消 化 管 から 分 泌 され, 膵 β 細 胞 に 作 用 してインスリン 分 泌 を 促 進 するホルモンの 総 称 であ り,これまでに glucose-dependent insulinotropic polypeptide (GIP) と glucagon-like peptide-1 (GLP-1) の 2 つの ホルモンが インクレチン として 機 能 することが 確 認 されている.インクレチンは, 従 来 の 糖 尿 病 治 療 薬 と 異 なり, 生 理 的 に 体 内 に 存 在 する 物 質 であり 安 全 性 が 高 く,またスルホニル 尿 素 系 とは 異 なる 作 用 機 構 でインスリン 分 泌 を 促 進 することが 知 られて おり, 既 存 の 薬 物 に 耐 性 を 生 じた 糖 尿 病 患 者 にも 効 果 を 発 現 しやすいという 特 徴 を 有 している 2).また, 最 近 の 研 究 ではインス リン 分 泌 作 用 以 外 に 膵 β 細 胞 に 直 接 作 用 し, 膵 β 細 胞 を 増 殖 する 作 用 も 有 する 可 能 性 が 指 摘 され, 新 しい 作 用 機 序 を 有 する 糖 尿 病 治 療 薬 として 大 いに 期 待 されている 3).しかしながら,インクレチンはアミノ 酸 が 多 数 つながったポリペプチドであり, 分 子 量 が 大 きく, また dipeptidyl peptidase-4 (DPP-4) により 速 やかに 分 解 されるため 経 口 投 与 では 効 果 が 認 められず, 臨 床 では 注 射 により 投 与 されているのが 現 状 であるが, 注 射 は 患 者 に 痛 みを 伴 い,またアレルギーやアナフィラキシーなどの 副 作 用 も 発 現 しやすいため, 非 侵 襲 的 で 安 全 なインクレチンの 投 与 形 態 が 望 まれている. 一 方, 薬 物 の 経 皮 投 与 は, 古 くから 湿 疹 や 皮 膚 アレルギーの 治 療 などを 目 的 として 薬 物 を 局 所 に 適 用 する 投 与 方 法 として 用 いられてきたが, 最 近, 皮 膚 を 介 して 薬 物 を 全 身 的 に 送 達 することを 目 的 とした 投 与 方 法 としても 注 目 されている.しかしなが ら, 皮 膚 の 最 外 層 には 角 質 層 と 呼 ばれる 薬 物 透 過 のバリアーがあり, 通 常, 分 子 量 が 400 以 上 の 水 溶 性 薬 物 の 場 合, 経 皮 吸 収 がほとんど 期 待 できないことが 知 られている.したがって, 現 在 までに, 皮 膚 透 過 性 の 悪 い 薬 物 の 経 皮 吸 収 を 改 善 するた め,(1) 経 皮 吸 収 促 進 剤 の 利 用,(2) 薬 物 のプロドラッグ 化 修 飾,(3) イオントフォレシス, 超 音 波 (ソノフォレシス)などの 利 用,(4)エレクトロポレーションの 利 用,あるいはこれら 複 数 の 促 進 方 法 の 組 み 合 わせなどが 用 いられている. これら 様 々な 経 皮 吸 収 改 善 方 法 のうち, 最 近, 長 さ 数 百 ミクロンの 微 小 な 針 中 に 薬 物 を 含 有 させた マイクロニードル を 皮 膚 に 適 用 することにより 薬 物 の 経 皮 吸 収 性 を 改 善 することが 試 みられている 4-8). 本 法 は, 本 来, 水 溶 性 が 高 く 高 分 子 であるため 皮 膚 の 角 質 層 を 透 過 できない 難 吸 収 性 薬 物 を 微 小 な 針 を 利 用 することによって 真 皮 層 にまで 到 達 させることができる.そのた め, 水 溶 性 薬 物 や 高 分 子 薬 物 など 数 多 くの 薬 物 の 経 皮 吸 収 改 善 に 適 用 可 能 であり, 極 めて 有 効 性 の 高 い 新 規 経 皮 吸 収 改 善 方 法 として 注 目 されている. 1
そこで 本 研 究 では,インクレチンの 新 規 投 与 形 態 として, 生 体 内 で 分 解 するヒアルロン 酸 で 調 製 した 安 全 性 の 高 いマイクロニ ードルを 新 たに 開 発 し, 本 マイクロニードル 中 にインクレチンの 一 種 である Exendin-4 を 封 入 した 後, 皮 膚 に 適 用 し,Exendin-4 の 次 世 代 型 新 規 経 皮 吸 収 製 剤 の 開 発 ならびに 糖 尿 病 の 治 療 への 適 用 を 試 みた. 方 法 1. 実 験 材 料 Exendin-4 含 有 マイクロニードルはコスメディ 製 薬 ( 株 )から 供 与 されたものを 使 用 した.また,Wistar 系 雄 性 ラット( 体 重 :220-240 g)を 清 水 実 験 材 料 ( 株 )から 購 入 し, 本 ラットの 皮 膚 の 状 態 を 顕 微 鏡 にて 観 察 した.また,GK/Slc 雄 性 ラッ ト (7-8 週 令, 体 重 :190-200 g) を 別 途 購 入 し,Exendin-4 の 薬 理 作 用 評 価 の 一 つの 方 法 であるグルコース 耐 糖 試 験 に 用 いた. 2.マイクロニードル 中 の 薬 物 含 有 量 の 測 定 マイクロニードルを 調 製 した 後 の 薬 物 含 有 量 を 確 認 するために, 平 均 分 子 量 約 4,000 の fluorescein isothiocyanate labelled dextran (FD4) を 含 有 させたニードル 部 分 の FD4 含 有 量 を 測 定 した.マイクロニードルのベース 部 分 を 除 いたニー ドル 部 分 を 集 め,pH7.4 の PBS 溶 液 中 に 浸 し,ニードルを 完 全 に 溶 解 させた 後,ニードル 中 の FD4 含 有 量 を HPLC にて 測 定 した. 3.マイクロニードルからの 薬 物 放 出 実 験 マイクロニードルからの FD4 の 放 出 性 は, 改 良 した Franz 型 セルを 用 いて 行 った.すなわち,FD4 含 有 マイクロニードルを 人 工 膜 に 適 用 後, 膜 をセルに 装 着 し,レセプター 側 に 出 現 する FD4 の 量 を 測 定 して 薬 物 放 出 性 を 評 価 した. 4.マイクロニードル 皮 膚 適 用 後 の 組 織 学 的 観 察 FD4 含 有 マイクロニードルをヒト 皮 膚 に 適 用 後,そのまま 5 分 間 放 置 した.その 後,マイクロニードルを 取 り 除 き, 皮 膚 組 織 をパラフィンなどで 固 定 した 後,ミクロトームを 用 いて 皮 膚 切 片 を 作 製 した.こうして 作 製 した 皮 膚 切 片 を 蛍 光 顕 微 鏡 で 観 察 して FD4 の 拡 散 性 を 検 討 することによりマイクロニードルの 皮 膚 内 への 挿 入 性 などを 評 価 した. 一 方,Wistar 系 雄 性 ラットの 皮 膚 にマイクロニードルを 適 用 し,そのまま 5 分 間 放 置 した.その 後,マイクロニードルを 取 り 除 き,0 時 間,24 時 間,72 時 間 後 の 皮 膚 の 状 態 を 顕 微 鏡 で 観 察 した. 5.Exendin-4 含 有 マイクロニードル 適 用 後 の 薬 理 効 果 2 型 糖 尿 病 モデルラットである GK/Slc ラットを 用 いて Exendin-4 含 有 マイクロニードル 適 用 後 の 薬 理 効 果 について 皮 下 投 与 と 比 較 した.まず,14 時 間 絶 食 した GK/Slc ラットをペントバルビタール 麻 酔 下,シェーバーで 除 毛 し, 以 下 の 3 群 に 分 け た.すなわち,グルコース 投 与 の 30 分 前 に,(1) 10-50μg/kg の Exendin-4 を 封 入 したマイクロニードルを 剃 毛 したラット 皮 膚 に 適 用 し,テープで 固 定 する 群,(2) 10-50μg/kg の Exendin-4 溶 液 を 皮 下 投 与 する 群,(3) 薬 物 を 封 入 していないマイ クロニードルを 剃 毛 したラット 皮 膚 に 適 用 し,テープで 固 定 する 群 (コントロール 群 )に 分 類 し,それぞれの 群 に 2 g/kg のグル コースを 腹 腔 内 に 投 与 し, 血 糖 値 の 経 時 変 化 を 測 定 した.また, 血 漿 中 Exendin-4 の 濃 度 も ELISA を 用 いて 測 定 した. 結 果 1.Exendin-4 含 有 マイクロニードルの 作 製 本 研 究 では,インクレチンのうち,GLP-1 のアナログである exenatide (Exendin-4) を 選 択 し,Exendin-4 を 封 入 した 生 体 分 解 性 マイクロニードルを 調 製 し,ラット 皮 膚 に 適 用 後 の 有 効 性 について 検 討 した. 調 製 したマイクロニードルの 形 状 などを 観 察 したところ, 長 さが 800μm,ベース 部 分 の 直 径 が 160μm, 先 端 部 の 直 径 が 40μm のマイクロニードルを 調 製 することに 成 功 した. 2.マイクロニードル 中 に 含 有 された 薬 物 量 の 評 価 次 に, 高 分 子 のモデル 薬 物 である FD4 を 1 枚 当 たり 1μg, 2μg 及 び 4μg 含 有 するマイクロニードルを 調 製 した.FD4 の 含 有 量 の 誤 差 はいずれにおいても 10% 以 下 であり,ほぼ 均 一 な 薬 物 を 含 有 するマイクロニードルが 調 製 できることが 確 認 された. 2
3.マイクロニードルからの 薬 物 の 放 出 性 また, 薬 物 の 放 出 性 について,モデル 薬 物 として FD4 を 封 入 したマイクロニードルを 用 いて 検 討 した.その 結 果,FD4 の 放 出 は 極 めて 速 やかであり, 放 出 実 験 開 始 30 秒 で 既 に FD4 の 放 出 が 始 まり,5 分 以 内 で 放 出 は 完 了 した(Fig. 1). Fig. 1. In vitro release of FD4 from microneedle patch in phosphate buffered saline (ph 7.4) maintained at 32. Results are expressed as the mean ± S.E. of four experiments. 4.Exendin-4 含 有 マイクロニードル 適 用 後 の 薬 理 効 果 さらに 2 型 糖 尿 病 のモデル 動 物 である GK/Slc ラットを 用 い Exendin-4 含 有 マイクロニードルの 皮 膚 適 用 後 の 有 効 性 につい て 検 討 した.その 結 果,グルコース 耐 糖 効 果 ならびにインスリン 分 泌 の 増 大 が 観 察 され,その 効 果 は 皮 下 投 与 の 場 合 とほぼ 同 等 であることが 認 められた(Fig. 2,Fig. 3).したがって,Exendin-4 含 有 マイクロニードルは,2 型 糖 尿 病 治 療 の 際 に Exendin-4 の 皮 下 投 与 に 代 わる 極 めて 有 用 な 投 与 形 態 であることが 確 認 できた. 3
Fig. 2 Acute effects of administration of exendin-4 by subcutaneous injection (S.C.) and exendin-4 loaded microneedle patch (MN) on glucose tolerance in GK rats (A) and calculated glucose AUC 0-120min (B). Intraperitoneal glucose tolerance tests were carried out 30 min after administration of exendin-4 (S.C. and MN). Results are presented as means ± S.E. of at least five experiments each group. *p < 0.05 and ***p < 0.001, compared with the control. Fig. 3 Acute effects of exendin-4 (S.C. and MN) on plasma insulin response to glucose (2 g/kg) in GK rats (A) and calculated insulin AUC 0-60min (B). Intraperitoneal glucose tolerance tests were carried out 30 min after administration of exendin-4 (S.C. and MN). Results are presented as means ± S.E. of at least five experiments each group. *p < 0.05 and ***p < 0.001, compared with the control. 共同研究者 本研究の実施に当たり Exendin-4 マイクロニードルを提供頂きましたコスメディ製薬 株 の神山文男氏 権英淑氏に感 謝致します また 共同研究者である坂根稔康 勝見英正 劉姝の各位にこの場を借りて御礼申し上げます 終わりに当た りまして 本研究を御支援頂きました上原記念生命科学財団に深く感謝致します 4
文 献 1) Todd, J. F. & Bloom, S. R. : Incretins and other peptides in the treatment of diabetes. Diabet. Med., 24 : 223 232, 2007. 2) Parkes, D. G., Pittner, R., Jodka, C., Smith, P. & Young, A. : Insulinotropic actions of exendin-4 and glucagon-like peptide-1 in vivo and in vitro. Metab. Ciln. Exp., 50 : 583 589, 2001. 3) Nielsen, L. L., Young, A. A. & Parkes, D. G. : Pharmacology of exenatide (synthetic exendin-4) : a potential therapeutic for improved glycemic control of type 2 diabetes. Regul. Pept., 117 : 77 88, 2004. 4) Miyamoto, T., Tobinaga, Y., Kanno, T., Matsuzaki, Y., Takeda, H., Wakui, M. & Honda, K. : Sugar micro needles as transdermic drug delivery system. Biomed. Microdevices, 7 : 185-188, 2005. 5) Lee, J. W., Park, J. H. & Prausnitz, M. R. : Dissolving microneedles for transdermal drug delivery. Biomaterials, 29 : 2113-2124, 2008. 6) Kolli, C. S. & Banga, A. K. : Characterization of solid maltose microneedles and their use for transdermal delivery. Pharm. Res., 25 : 104-113, 2008. 7) Donnelly, R. F., Majithiya, R., Singh, T. R. R., Morrow, D. I. J., Garland, M. J., Demir, Y. K., Migalska, K., Ryan, E., Gillen, D., Scott, C. J. & Woolfson, A. D. : Design, optimization and characterization of polymeric microneedle arrays prepared by a novel laser-based micromoulding technique. Pharm. Res., 28 : 41 57, 2011. 8) Verbaan, F. J., Bal, S. M., van den Berg, D. J., Groenink, W. H. H., Verpoorten, H., Lüttge, R. & Bouwstra, J. A. : Assembled microneedle arrays enhance the transport of compounds varying over a large range of molecular weight across human dermatomed skin. J. Control. Release, 117 : 238 245, 2007. 5