強 い 者 は 生 き 残 れない 環 境 から 考 える 新 しい 進 化 論 タイトル 強 い 者 は 生 き 残 れない: 環 境 から 考 える 新 しい 進 化 論 著 者 吉 村 仁 出 版 社 新 潮 選 書 発 売 日 2009 年 11 月 25 日 ページ 数 251p 本 書 は 三 部 から 成 り 立 っており 第 一 部 は 従 来 の 進 化 理 論 でダーウィンの 進 化 論 と それ 以 降 の 進 化 論 の 展 開 ( 総 合 学 説 )について 第 二 部 は 環 境 は 変 動 し 続 け る すなわち 環 境 変 化 のバリエーションについて 第 三 部 は 新 しい 進 化 論 という 構 成 です ダーウィンの 進 化 論 に 始 まり 総 合 学 説 に 発 展 した 現 代 進 化 論 の 上 に さら に 環 境 変 動 説 を 加 えたものです 面 白 いところをいくつか 紹 介 しておきましょう 第 一 章 ダーウィンの 自 然 選 択 理 論 の 中 では 霧 のロンドンと 黒 い 蛾 という 話 が 出 てきます これは 18 世 紀 から 19 世 紀 にかけてイギリスで 起 こった オオシモフリエ ダシャクの 工 業 暗 化 です 当 時 イギリスの 諸 都 市 では 石 炭 産 業 の 普 及 とともに 煤 煙 が 空 を 覆 い 付 近 の 森 林 の 樹 木 が 真 っ 黒 になった オオシモフリエダシャクは 夜 行 性 の 蛾 で 昼 間 は 木 の 幹 に 止 まってじっとしているが 煤 煙 で 樹 木 の 幹 が 黒 くなるに つれて 黒 色 型 ( 黒 化 型 )が 頻 繁 に 見 られるようになり 1950 年 代 になると 場 所 によって は 黒 色 型 が 100%を 占 めるようになった 医 者 でアマチュア 昆 虫 家 でもあったバーナード ケトルウェルがこの 現 象 を 精 力 的 に 研 究 し 一 連 の 論 文 を 発 表 しました 工 業 暗 化 はイギリス 全 土 で 観 察 され 黒 色 型 の 頻 度 が 特 にロンドンを 中 心 とした 工 業 化 の 進 んだ 地 域 で 高 くなりました この 黒 色 型 と 従 来 の 野 生 型 である 白 色 型 は 遺 伝 的 形 質 だというのです ケトルウェルは 黒 色 型 と 白 色 型 を 煤 煙 で 黒 化 した 幹 と 従 来 の 白 っぽい 地 衣 類 で 覆 われた 幹 に 止 まらせて 鳥 の 捕 食 実 験 をしました 黒 色 型 はこ 黒 化 した 幹 ではとても 見 分 けにくいが 白 い 幹 で 1
は 大 変 目 立 つ 同 様 に 白 色 型 は 自 然 の 幹 では 擬 態 していて 見 つけにくいが 黒 化 した 幹 では 目 立 ってしまう 捕 食 実 験 でもその 効 果 は 裏 付 けられている そのため 19 世 紀 の 後 半 から 20 世 紀 にかけて イングランドの 工 業 地 帯 では 自 然 淘 汰 によってオオシモフリエダシャクはほとんど 黒 い 蛾 に 変 わったといわれています ところが 最 近 になって 大 気 汚 染 が 改 善 されるにつれて 再 び 黒 い 蛾 と 明 るい 蛾 が 同 じくらい 見 られるようになったというのです しかし これではエダシャクの 工 業 暗 化 は 進 化 とはいえないのではないのでしょうか 進 化 の 絶 対 条 件 の 一 つは 変 化 した 形 質 が 決 して 逆 戻 りしないということで 現 実 に そのような 生 物 は 存 在 しません 進 化 は 不 可 逆 的 な 現 象 ですから せっかく 環 境 に 適 応 して 黒 くなったエダシャクが 再 び 元 の 明 るい 模 様 のエダシャクに 戻 ってしまったの では どんなに 強 硬 な 自 然 淘 汰 万 能 論 者 でも 工 業 暗 化 を 進 化 と 認 めることは 出 来 な いのではないでしょうか つまり エダシャクの 例 は 単 なる 可 逆 的 な 適 応 に 過 ぎなか ったのではないでしょうか 第 二 章 利 他 行 動 とゲームの 理 論 では ナッシュ 均 衡 でノーベル 経 済 学 賞 を 受 賞 し たJ.F.ナッシュが 出 てきます ナッシュ 均 衡 とは 対 戦 相 手 の 戦 略 が 決 まっている 場 合 に 自 分 が 戦 略 を 変 更 してもより 高 い 利 益 を 得 ることができない このことがすべて のプレイヤーについて 成 り 立 つ というものです ゲームの 理 論 を 生 物 の 世 界 に 持 ち 込 むところがユニークです 第 四 章 では 外 骨 格 を 持 っている 昆 虫 からは 内 骨 格 の 哺 乳 類 には 進 化 できないよ うに 生 物 進 化 は 祖 先 の 生 物 種 からしか 進 化 できないという 履 歴 効 果 の 話 が 出 てき ます 陸 上 動 物 の 中 で 最 も 繁 栄 している 昆 虫 はなぜ 小 さいものばかりなのかという 疑 問 で す 昆 虫 は 今 知 られている 種 の 半 分 以 上 を 占 め 未 記 載 のものも 含 めると 何 千 万 種 にのぼるといわれています これだけ 種 類 が 多 いなら 大 型 の 脊 椎 動 物 が 進 化 し たように 少 しくらいはもっと 大 きな 昆 虫 がいてもよさそうなものと 考 えられますが 1 mを 超 えるチョウやトンボ カブトムシ アリなどを 見 かけることは 決 してありません 大 型 化 ができない 理 由 は 体 の 構 造 にあるわけですが では 古 生 代 の 石 炭 紀 に 現 れ た 巨 大 なトンボのメガニューラは 翅 の 開 帳 が70cmにも 巨 大 化 できたのかという 疑 問 がわいてきます 理 由 は 酸 素 濃 度 の 違 いだと 本 書 では 書 かれていますが 古 生 代 末 期 の 酸 素 濃 度 は 30~35%で 現 在 の 21%より 随 分 高 かったから つまり 呼 吸 効 率 が 酸 素 濃 度 に 比 例 して 高 かったから 巨 大 化 が 可 能 であったと 述 べています 疑 問 に 思 うのは 地 球 の 大 気 が 現 在 酸 素 21% 窒 素 79%という 組 成 なのは たま たまそうなったからではなく 地 球 が 存 続 するにはそれ 以 外 にない ぎりぎりの 比 率 で あるとラブロックはいっています 2
もし 空 気 中 の 酸 素 が 現 在 の 21%から 22%になったとすると 1% 増 えただけです から ほとんどの 人 は どうってことないじゃないか と 思 うかも 知 れませんが 酸 素 が 1% 増 えただけでも 山 火 事 になる 危 険 性 は 70%も 増 加 すると 試 算 されています 25%すなわち 今 の 組 成 の 4% 増 では 雷 ですぐ 火 事 が 起 こるという 最 悪 の 事 態 が 生 じ 地 上 はすべて 燃 えつきて 破 滅 してしまうとラブロックは 指 摘 しています このことを 考 えると 酸 素 濃 度 が 30~35%ともなるともう 想 像 できない 世 界 です かって 生 きて いた 大 型 の 昆 虫 たちは 外 骨 格 神 経 構 造 呼 吸 システムなどの 体 の 構 造 上 の 制 約 をクリアーしていないことを 考 えると 酸 素 濃 度 が 高 く 呼 吸 効 率 が 高 かったとする 生 存 理 由 には 納 得 できないものがあります 第 二 部 第 六 章 の 予 測 と 対 応 では 環 境 に 適 応 する 生 き 物 たちの 話 が 出 てきます 季 節 の 壮 大 な 利 用 法 には 鳥 の 渡 りがあります 彼 らは 季 節 に 合 わせて 移 動 し 食 物 の 多 い 比 較 的 安 全 な 寒 冷 地 で 夏 を 過 します 昆 虫 でも アメリカでは 数 千 kmのも 及 ぶ 渡 りをするオオカバマダラが 有 名 です 他 にも ヨーロッパのヒメアカタテハはサ ハラ 砂 漠 から 地 中 海 を 越 えて 渡 ることが 知 られています 多 くの 昆 虫 は 生 活 史 を 1 年 で 全 うします ある 年 は 旱 魃 で 日 照 りの 夏 が 来 ると 植 物 の 育 ちが 悪 く その 年 の 昆 虫 は 飢 えます また ある 年 は 寒 く 雨 が 続 き 洪 水 が 頻 発 して 昆 虫 は 寒 さで 育 ちません ここ 10 年 程 の 気 候 変 動 を 見 ても 昆 虫 は 毎 世 代 大 きな 環 境 変 動 にさらされています ライチョウには 夏 羽 と 冬 羽 があります 岩 場 で 生 活 する 夏 は 背 中 が 黒 褐 色 になり 雪 が 積 もる 冬 は 真 っ 白 になります ところが ある 地 域 のライチョウにとってはそれほ ど 単 純 な 話 ではありません というのも 冬 の 気 温 によって 積 雪 の 状 況 が 大 きく 変 わ ってしまうことがあるからです 勿 論 毎 年 の 冬 の 気 温 など 予 測 のしようがありません 冬 が 暖 かければ 雪 が 降 らないために 岩 場 が 増 え 真 っ 白 にはならず 白 い 冬 羽 が とても 目 立 ち 外 敵 に 襲 われやすくなってしまいます この 場 合 夏 羽 に 近 い 黒 褐 色 でいるほうが 有 利 です ライチョウには その 年 が 暖 冬 であるか それとも 寒 い 冬 にな るかという 予 測 はできません 冬 は 黒 褐 色 でいる 個 体 が 有 利 なのか それとも 真 っ 白 に 変 わる 個 体 が 有 利 なのか 冬 の 羽 の 色 はライチョウにとっては 文 字 通 り 生 きるか 死 ぬかの 大 問 題 になるわけです ライチョウはこの 問 題 をどのように 解 決 しているの でしょうか 第 七 章 の リスクに 対 する 戦 略 では モンシロチョウの 産 卵 の 話 です わたしの 周 り にも モンシロチョウはキャベツに 産 卵 しますが キャベツは 幼 虫 にとっては 十 分 に 大 きいので 育 ち 易 い ところが キャベツは 大 きくなると 収 穫 されてしまうので 人 間 によ る 危 険 が 一 杯 です そこで 安 全 のためにイヌガラシやタネツケバナなどの 植 物 に 産 卵 しますが これらの 植 物 は 大 きさも 小 さく 一 株 で 一 匹 育 つのがやっとです ということ 3
は 野 草 に 産 卵 することは 飢 え 死 にのリスクを 背 負 うことになります そこで モンシロ チョウがとった 戦 略 は キャベツ 畑 で 産 卵 したら 遠 くに 飛 び キャベツ 畑 から 抜 け 出 て 路 傍 や 林 縁 の 野 草 に 産 むことによりリスクに 対 する 産 卵 戦 略 をとっているようです 第 八 章 の 出 会 いの 保 障 では 蝶 はなぜ 山 に 登 るのか という 項 目 があります 山 頂 が 草 原 になっているようなところでは キアゲハ ヒョウモンチョウ 類 などが 飛 び 回 っています 実 は 何 故 山 頂 にこれだけ 多 くの 蝶 が 集 まるのかは 謎 でした これを 解 明 したのがアリゾナ 州 立 大 学 の 動 物 行 動 学 者 のジョン アルコックでした アルコッ クによれば アリゾナの 砂 漠 地 帯 では 何 キロも 山 の 頂 上 まで 数 種 のハチや 蝶 の 仲 間 が 登 ってくるそうです 彼 の 観 察 によると 雄 が 山 頂 の 灌 木 の 枝 先 や 岩 の 上 で 待 っ ていて 雌 が 上 ってくるとアタックするそうです すなわち 交 尾 行 動 のために 山 頂 ま で 登 ってくるというのです その 他 出 会 いのための 素 数 ゼミ の 話 題 など 興 味 津 々です さて 強 者 とは 何 でしょう それが 環 境 に 最 適 化 した 者 ならば 環 境 が 変 われば 強 者 はあっという 間 に 滅 びてしまうでしょう 本 書 は 進 化 理 論 を 研 究 する 著 者 が 研 究 に 基 づきながらも マーフィーの 法 則 や コンコルドの 誤 謬 などを 例 に 挙 げながら 幅 広 く 社 会 現 象 などと 合 わせて 生 物 の 生 き 残 るための 戦 略 を 示 したユニークな 書 で す 生 物 進 化 の 理 論 といえばダーウィンの 自 然 選 択 理 論 つまり 自 然 に 一 番 適 応 し た 者 が 生 き 延 び 進 化 するという 考 えが 基 本 で 現 在 はそれを 発 展 させた 総 合 学 説 が 主 流 です 著 者 は これを 補 うものとして 環 境 が 変 動 するときに 絶 滅 を 避 ける ある 程 度 環 境 に 適 したもの つまり ある 程 度 強 いものが 生 き 残 ると 述 べています 強 い ものは 環 境 が 変 動 したときに 一 挙 に 絶 滅 してしまう 危 険 があるからです たとえば 春 になると 卵 を 産 むシジュウカラは たくさんの 卵 を 産 める 余 力 があるに もかかわらず 卵 を 少 なく 産 む こうすることで 子 供 の 数 を 最 大 化 するのではなく 環 境 の 変 動 があっても 生 き 残 れる 余 力 を 持 つというのです 経 済 発 展 が 十 分 行 われ た 後 の 今 の 日 本 社 会 にも 投 影 できる 考 え 方 かも 知 れません 著 者 が 繰 り 返 し 述 べるキーワードが 環 境 です ダーウィンは 環 境 という 概 念 を 使 いませんでしたが 生 物 は 環 境 に 適 応 し あるいは 環 境 を 変 化 させることで 生 き 延 び てきました 魚 は 海 の 中 で 多 産 によって 多 死 をカバーし 渡 り 鳥 は 安 全 を 求 めて 子 育 ての 際 に 敵 がいない 北 の 地 に 移 り 生 物 の 最 も 単 純 なリスクの 回 避 方 法 は 悪 い 時 期 を 眠 って 過 すことであり 生 き 物 にとって 厳 しい 冬 の 環 境 を 一 匹 で 過 せば 死 亡 リスクは 高 い そこで 集 団 4
で 越 冬 することで 死 亡 リスクを 低 減 する など 改 めて 本 当 の 強 者 とは 何 かを 考 えさせられます それは 常 に 目 立 って 活 躍 す るものではなく 余 力 を 保 ちながら いざという 時 に 力 を 発 揮 する 者 なのかも 知 れませ ん 2010.2.24 5