蛍 光 顕 微 鏡 画 像 におけるカラーユニバーサルデザイン Color Universal Design How to Make Figures of Fluorescent Staining 岡 部 正 隆 Masataka Okabe 東 京 慈 恵 会 医 科 大 学 解 剖 学 講 座 要 旨 カラー 印 刷 技 術 の 発 達 やインターネットの 発 達 によって, 近 年 我 々の 身 近 なところで, 色 の 違 いによって 重 要 な 情 報 を 判 断 しなけ ればならない 機 会 が 急 激 に 増 えた. 学 会 においても,カラー 印 刷 したポスターや, 液 晶 プロジェクターを 用 いたカラフルなプレゼ ンテーションが 基 本 となり, 学 術 雑 誌 におけるカラー 図 版 も 圧 倒 的 に 増 加 している.そのため, 使 用 している 色 そのものに 重 要 な 情 報 が 含 まれている 写 真 や 図 版 が 多 くなっている. 文 字 や 記 号 といった 形 に 基 づいた 情 報 伝 達 と 異 なり, 色 による 情 報 伝 達 は 色 覚 の 個 人 差 によって, 発 表 者 の 意 図 する 情 報 が 相 手 に 正 確 に 伝 わらない 可 能 性 がある. 本 稿 では, 発 表 者 が 最 も 伝 えたい 情 報 をより 多 くの 聴 衆 や 読 者 に 正 確 に 伝 えるための, 蛍 光 多 重 染 色 画 像 の 供 覧 の 方 法 を 紹 介 する. キーワード: 蛍 光 顕 微 鏡 画 像, 色 弱, 色 覚,カラーユニバーサルデザイン 1. はじめに 色 は 光 の 波 長 成 分 を 元 にして 神 経 系 で 合 成 される 感 覚 であ る.その 感 覚 は 遺 伝 的 背 景 に 依 存 した 個 人 差 が 存 在 する. 近 年 我 々の 身 近 なところで, 色 の 違 いによって 重 要 な 情 報 を 判 断 しなければならない 機 会 が 増 えた.その 背 景 にはカラー 印 刷 技 術 や 多 色 LED 光 源 を 用 いた 電 光 掲 示 板 の 発 達 や,イン ターネットの 普 及 によりだれでも 自 由 にカラフルな 情 報 画 像 を 社 会 に 公 開 することが 可 能 になったことなどが 大 きく 影 響 している. 学 会 においても,カラー 印 刷 したポスターや, 液 晶 プロジェクターを 用 いたカラフルなプレゼンテーションが 当 たり 前 で, 学 術 雑 誌 におけるカラー 図 版 も 圧 倒 的 に 増 加 し ている.そのため, 使 用 している 色 そのものに 重 要 な 情 報 が 含 まれていることが 多 くなっている. 文 字 や 記 号 のような 形 の 違 いに 基 づいた 情 報 伝 達 手 段 と 異 なり, 色 による 情 報 伝 達 は 色 覚 の 個 人 差 によって, 相 手 に 正 確 に 伝 わらない 可 能 性 が ある. 著 者 らは,2001 年 の 夏 より, 様 々な 学 会 において, 色 弱 の 人 たちにも 理 解 しやすいカラー 図 版 の 作 成 方 法 や 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 の 供 覧 方 法 を 普 及 させるために 活 動 を 行 ってき た. 当 初 色 覚 バリアフリー と 称 して 行 ってきたこの 啓 発 活 動 も, 多 くの 人 たちの 協 力 のおかげで, 現 在 では カラー ユニバーサルデザイン CUD として, 学 会 だけではなく 自 治 体 や 公 共 交 通 機 関, 様 々な 企 業 の 商 品 や 活 動 に 広 がりをみ せている. 学 会 発 表 や 論 文 作 成 における,カラーユニバーサ ルデザインに 基 づいたグラフや 模 式 図 の 作 成 方 法 に 関 しては 105 8461 東 京 都 港 区 西 新 橋 3 25 8 TEL: 03 3433 1111; FAX: 03 3433 2065 E-mail: maokabe@jikei.ac.jp 2010 年 7 月 10 日 受 付 参 考 文 献 をご 覧 いただきたい 1 ~ 3). 本 稿 では, 発 表 者 が 最 も 伝 えたい 情 報 をより 多 くの 聴 衆 や 読 者 に 伝 えるための, 蛍 光 多 重 染 色 画 像 の 供 覧 方 法 を 紹 介 する. 2. 色 覚 について 色 とは 物 の 性 質 ではなく, 我 々の 眼 が 受 容 した 光 の 波 長 別 強 度 情 報 に 基 づき 脳 がつくり 出 す 感 覚 である. 光 刺 激 は, 網 膜 上 の 杆 体 錐 体 と 呼 ばれる 視 細 胞 によって 神 経 の 活 動 電 位 に 変 換 される. 全 視 細 胞 の 95%を 占 める 杆 体 は, 暗 所 のみ で 機 能 し, 明 所 では 機 能 しない. 明 所 では 残 りの 5%を 占 め る 錐 体 が 主 に 機 能 している. 杆 体 が 1 種 類 しかないのに 対 し, 錐 体 には 分 光 吸 収 特 性 の 異 なる 3 種 類,すなわち S 錐 体,M 錐 体,L 錐 体 が 存 在 する( 以 下 青 錐 体, 緑 錐 体, 赤 錐 体 とそ れぞれ 表 記 する). 暗 所 では 光 を 感 受 する 視 細 胞 が 杆 体 1 種 類 だけであるため, 光 の 強 度 は 認 識 できるものの,どのよう な 波 長 成 分 の 光 であるかを 認 識 することができない.そのた め 我 々は 暗 いところではモノクロームな 1 色 型 色 覚 となり, 色 を 認 識 することはできない. 一 方 明 所 では, 眼 に 入 った 光 は 分 光 吸 収 特 性 の 異 なる 3 種 類 の 錐 体 によって 波 長 別 に 3 つ の 成 分 に 分 解 される.3 変 数 に 置 換 された 光 の 波 長 別 強 度 情 報 は, 網 膜 内 のその 他 の 神 経 細 胞 によって 情 報 処 理 が 行 なわ れた 後, 中 枢 神 経 系 に 伝 えられてはじめて 色 として 知 覚 され る.こうして 明 所 において 我 々の 色 覚 は 3 色 型 色 覚 となる. 3. 色 弱 について 遺 伝 子 の 変 異 によって 各 錐 体 の 分 光 吸 収 特 性 が 大 きく 変 化 すると, 視 力 や 視 野 は 他 の 人 と 変 わらないものの 色 覚 だけが 特 徴 的 な 先 天 的 影 響 を 受 ける. 色 弱 と 呼 ばれるこの 現 象 には, 赤, 緑, 青 のいずれかの 視 物 質 タンパク 質 (オプシン)を 発 184 顕 微 鏡 Vol. 45, No. 3 (2010)
現 する 錐 体 が 存 在 しない 場 合 に 生 じる 2 色 型 色 覚 ( 強 度 の 色 弱 )や, 変 異 によって 視 物 質 の 分 光 吸 収 特 性 が 大 きく 変 化 し て 起 きる 異 常 3 色 型 色 覚 ( 軽 度 の 色 弱 )がある. 緑 錐 体 と 赤 錐 体 の 分 光 吸 収 特 性 はよく 似 ており,どちらの 機 能 に 影 響 が 出 ても 同 じような 表 現 型 となるため, 赤 緑 色 弱 と 総 称 されて いる. 赤 オプシン 遺 伝 子 も 緑 オプシン 遺 伝 子 も X 染 色 体 に 存 在 するため 伴 性 劣 性 遺 伝 形 式 を 示 す.すなわち 赤 緑 色 弱 は 男 性 で 頻 度 が 高 く, 日 本 人 の 多 くを 占 める 黄 色 人 種 では 男 性 の 約 5%, 白 人 男 性 では 約 8%, 黒 人 男 性 では 約 4%がこれ に 相 当 する( 日 本 人 男 性 に 約 300 万 人 ).また 日 本 人 女 性 で も 0.2%( 約 12 万 人 )が 赤 緑 色 弱 であり, 保 因 者 は 女 性 10 人 に 1 人 の 割 合 で 存 在 する.この 頻 度 は 極 めて 高 く, 男 女 比 1 対 1 の 40 人 学 級 で 1 名,200 名 の 講 演 会 場 で 5 名 いる 計 算 になる. 投 稿 した 論 文 が 3 人 の 白 人 男 性 によって 査 読 を 受 け たとすると, 色 弱 の 査 読 者 に 遭 遇 する 確 率 は 22%にもなる. 一 方, 常 染 色 体 に 存 在 する 青 オプシン 遺 伝 子 の 変 異 は 数 万 人 に 1 人 と 極 めて 少 ない. 4. 色 覚 タイプの 呼 称 について 色 弱 のことを 医 学 の 世 界 では 先 天 色 覚 異 常,マスコミ 関 係 では 色 覚 障 害 と 呼 んでいる.しかし 当 事 者 からすれば 色 弱 は 感 覚 の 多 様 性 の 一 つに 過 ぎず 異 常 や 障 害 ではないと いう 声 が 多 い.そのため, 色 弱 を 多 様 性 の 一 つと 捉 えるため に, 異 常 や 障 害 といった 価 値 観 を 伴 わない 呼 称 が 推 奨 される.NPO 法 人 カラーユニバーサルデザイン 機 構 (CUDO)が 推 奨 する 色 覚 のタイプの 呼 称 は,ABO 型 血 液 型 をモデルにして 遺 伝 子 変 異 を 単 なる 遺 伝 的 多 形 の 一 つとして 捉 え, 正 常 や 異 常 という 余 計 な 価 値 観 を 与 えない 点 で 画 期 的 である. 最 も 多 い 色 覚,つまり 色 弱 でない 色 覚 を C 型 (common の 意 味 )と 呼 ぶ. 赤 オプシン 遺 伝 子 に 変 異 が 生 じたものを P 型 (Protanope), 緑 オプシン 遺 伝 子 に 変 異 が 生 じたものを D 型 (Deutranope), 青 オプシン 遺 伝 子 に 変 異 が 生 じたものを T 型 (Tritanope), 錐 体 がないもしくは 錐 体 が 1 種 類 しかな い 全 色 盲 を A 型 (Achromat)と 呼 ぶ. 最 も 頻 度 の 高 い 色 弱 は, 赤 緑 色 弱 と 呼 ばれる P 型 と D 型 であり,どちらもよく 似 た 表 現 型 を 示 す. 眼 科 領 域 での 呼 称 との 関 係 は CUDO のホー ムページを 参 考 にしてもらいたい. 5. P 型 D 型 の 人 が 見 た 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 つい 数 年 前 まではカラーフィルムを 使 って 蛍 光 顕 微 鏡 写 真 を 撮 影 していたが, 現 在 はデジタルカメラで 撮 影 してパソコ ン 上 で 疑 似 カラーを 用 いて 表 現 するのが 一 般 的 になった. 共 焦 点 レーザー 顕 微 鏡 の 画 像 の 掲 示 方 法 も 同 様 である. 蛍 光 2 重 染 色 では, 黒 い 背 景 に 赤 と 緑 (モニター 上 ではほぼ 黄 緑 ) で 表 現 し, 赤 と 緑 が 共 存 する 部 分 は 黄 色 として 表 現 されるの が 一 般 的 である.この 慣 例 となっている 赤 と 緑 の 蛍 光 2 重 染 色 画 像 が,P 型 や D 型 の 人 にどのような 困 難 をもたらすかを, シミュレーション 画 像 を 用 いて 説 明 しよう. 本 稿 で 示 すシ ミュレーション 画 像 はすべてソフトウェア Vischeck を 用 い て 作 成 しており,すべて 2 色 型 色 覚 すなわち 強 度 の 色 弱 のも のである. 異 常 3 色 型 色 覚 すなわち 軽 度 の 色 弱 ではこれらシ ミュレーション 画 像 とオリジナル 画 像 (C 型 )との 中 間 にな る.ちなみに 著 者 は 強 度 の P 型 色 覚 であり, 本 稿 で 用 いて いるオリジナル 画 像 と P 型 シミュレーション 画 像 を 識 別 す ることができない. 強 度 の P 型 や D 型 では 赤 錐 体 もしくは 緑 錐 体 の 機 能 が 失 わ れている.つまり, 網 膜 上 には 短 波 長 側 の 光 を 受 容 する 青 錐 体 とあわせて 2 種 類 の 錐 体 が 存 在 することになり,2 色 型 色 覚 となる. 赤 緑 の 蛍 光 2 重 染 色 で 識 別 しなければならない 緑, 黄 色, 赤 はどれも 緑 錐 体 や 赤 錐 体 の 興 奮 の 比 によって 色 相 が 識 別 されるため,P 型 や D 型 では 色 相 の 差 はほとんど 感 じる ことができず, 主 に 明 度 の 差 としてしか 認 識 することができ ない.さらに, 可 視 光 線 領 域 の 最 も 長 波 長 領 域 の 光 を 受 容 す る 赤 錐 体 の 機 能 が 失 われている P 型 では, 長 波 長 の 赤 が 認 識 できず, 赤 のシグナルが 暗 く 見 えてしまう. 赤 と 緑 の 蛍 光 2 重 染 色 像 を 見 てみよう( 図 1A).シミュレー ションを 見 ると,P 型 と D 型 ともに 3 色 の 色 の 差 が 小 さくなっ ており,それぞれのシグナルの 分 布 を 理 解 するのが 困 難 であ る( 図 1B,C). 特 に, 緑 単 独 なのか, 赤 と 緑 が 共 存 して 黄 色 になっているのかを 区 別 することが 困 難 である.さらに P 型 の 場 合 は, 赤 が 暗 く 見 えるために 赤 いシグナルの 有 無 がわ かりにくい( 図 1B).これでは, 発 表 者 の 意 図 することを 赤 と 緑 の 蛍 光 2 重 染 色 を 通 じて 色 弱 の 聴 衆 や 読 者 に 理 解 しても らうことは 極 めて 難 しいといえる. ここで P 型 と D 型 だけでなく C 型 つまり 色 弱 でない 人 を 含 めて,ほぼ 全 ての 人 に 理 解 できる 蛍 光 2 重 染 色 画 像 の 供 覧 方 法 を 紹 介 したい.それは, 赤 のシグナルをマゼンタ( 赤 と 青 を 1 対 1 で 混 ぜた 赤 紫 色 )で 掲 示 する 方 法 である.この 方 法 では, 黒 い 背 景 上 にマゼンタと 緑,そして 2 つの 色 が 共 存 した 部 分 は 白 として 表 現 される( 図 1D). 網 膜 上 でマゼンタ ( 赤 紫 ), 白, 緑 を 識 別 するには, 短 波 長 側 の 光 を 認 識 する 青 錐 体 を 用 いるため,P 型 と D 型 にとっては,2 種 類 の 錐 体 を 使 い 3 色 の 色 相 の 差 を 感 じとることができる.シミュレー ションを 見 ると,マゼンタの 部 分, 緑 の 部 分, 白 の 部 分 が 明 確 に 区 別 できていることがわかる( 図 1D,E). 赤 のシグナ ルの 有 無 が 分 かりにくかった P 型 においても 赤 の 領 域 が 青 くはっきり 見 えるようになる( 図 1E). 最 近 は 様 々な 蛍 光 色 素 が 開 発 され 販 売 されるようになっ た. 中 には 赤 外 線 領 域 のような 我 々の 眼 では 認 識 できない 波 長 領 域 の 蛍 光 を 示 す 物 質 まである. 蛍 光 物 質 と 同 じ 色 の 疑 似 カラーを 用 いる 必 然 性 はもはやなく,むしろ 査 読 者 を 含 む 読 者 や 聴 衆 に 理 解 しやすい 色 遣 いをすることで, 研 究 内 容 をよ り 多 くの 人 に 正 確 に 理 解 してもらうことができる. 6. 赤 緑 画 像 からマゼンタ 緑 画 像 への 変 換 法 顕 微 鏡 各 社 はマゼンタ 緑 の 蛍 光 画 像 表 示 を 簡 単 にできるよ うに, 疑 似 カラーにマゼンタを 選 択 できるよう 販 売 時 から 設 定 している.これを 活 用 するのが 最 も 簡 単 であるが,すでに 講 座 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 におけるカラーユニバーサルデザイン 185
撮 影 した 手 持 ちの 赤 緑 画 像 をマゼンタ 緑 に 変 換 するためには どのようにしたらよいのだろうか.Adobe Photoshop を 用 い た 非 常 に 簡 単 な 変 換 方 法 を 紹 介 しよう. 基 本 的 には RGB 表 示 における 赤 チャンネルの 絵 を 青 チャンネルにコピーするだ けである( 図 2).まず 既 存 の 赤 緑 の 画 像 を 開 き,レイヤーウィ ンドウの 中 のチャンネルのタグを 選 択 する(Step1).この 時 使 用 する 画 像 は RGB モードの 画 像 でなければならず, 論 文 投 稿 用 もしくは 印 刷 用 に CMYK モードに 変 換 した 後 の 画 像 は 使 用 できない. 次 に 赤 チャンネルだけを 表 示 させる (Step2).ショートカットキーを 使 用 する 場 合 は,Mac であ れば +1,Windows であれば ctrl+1 でできる.つぎに 赤 チャ ンネルの 画 像 のすべてを 選 択 し( ないしは ctrl+a),これ をコピーする( ないしは ctrl+c).つぎに 青 チャンネルだ けを 表 示 させる( ないしは ctrl+3). 赤 緑 の 2 重 染 色 の 場 合, 青 チャンネルにはなにも 表 示 されないはずである(Step3). ここにペーストする(Step4: ないしは ctrl+v).そして 全 チャンネルを 表 示 させるとマゼンタ 緑 画 像 が 完 成 する (Step5: ないしは ctrl+^).この 一 連 の 操 作 は,ショートカッ トキーを 用 いれば, ないしは ctrl を 押 しながら,1AC3V^ とタイプするだけのことで,わずか 数 秒 でできる 作 業 である. 図 1 蛍 光 2 重 染 色 画 像 のシミュレーション 赤 と 緑 の 蛍 光 2 重 染 色 画 像 では 赤 緑 色 弱 (P 型 D 型 )の 人 に 正 確 に 情 報 を 伝 えられない. 赤 の 代 わりにマゼンタを 用 いれば 正 確 に 情 報 を 伝 えることができる. 図 2 赤 緑 画 像 からマゼンタ 緑 画 像 への 変 換 方 法 Adobe Photoshop を 用 いた 例. 赤 チャンネルの 画 像 を 青 チャンネルの 画 像 にコピーするだけで 変 換 できる.ショートカットキー を 用 いれば 数 秒 しかかからない. 186 顕 微 鏡 Vol. 45, No. 3 (2010)
図 3 蛍 光 2 重 染 色 の 供 覧 例 それぞれのチャンネルはグレースケールで 表 示 し, 統 合 画 像 はマゼンタと 緑 で 示 す. 統 合 画 像 で 用 いている 色 を 文 字 の 背 景 色 で 表 現 している. 文 字 色 で 表 現 するよりも 色 面 積 が 大 きくなってわかりやすい. 7. 各 チャンネルの 画 像 はグレースケールで 供 覧 する 抗 原 毎 に 部 位 別 のシグナル 強 度 を 比 較 するために, 各 チャ ンネル 単 独 の 画 像 も 並 べて 供 覧 するのが 一 般 的 であるが, 各 チャンネルの 画 像 をカラーで 供 覧 しているポスターや 論 文 が 多 い. 各 チャンネルの 画 像 はグレースケールで 示 すことをお 勧 めする( 図 3).その 理 由 は, 画 像 をカラーで 印 刷 すると, 階 調 が 飛 んでしまうという 欠 点 があるからだ.パソコンモニ ターの 画 面 表 示 (RGB 方 式 )では,これらの 色 はかなり 鮮 やかに 表 示 される.しかし 論 文 やポスターの 印 刷 (CMYK 方 式 )では,これら 光 の 3 原 色 は 単 独 のインクではなく, 赤 はマゼンタ(M)とイエロー(Y), 緑 はイエローとシアン(C), 青 はシアンとマゼンタという 2 つのインクを 混 ぜ 合 わせて 表 現 され(さらに 黒 をシャープに 見 せるために CMY 以 外 に 黒 インク(K)が 用 いられる), 混 ぜ 合 わせたインクでは, 彩 度 が 高 く 明 るい 鮮 やかな 色 が 再 現 できない.とくに 緑 におい てはモニターでは 表 現 できる 明 るい 鮮 やかな 緑 色 が 印 刷 では 再 現 できない. 結 果 としてグレースケールに 比 べカラーの 単 色 画 像 では, 明 るい 部 分 や 暗 い 部 分 が 潰 れてしまう( 図 4). グレースケールなら 90%と 100%でも 十 分 にシグナル 強 度 の 差 を 再 現 できるが, 緑 では 60% 程 度 ですでにシグナルが 飽 和 してしまい,100%との 差 がわからなくなってしまう ( 図 4 上 段 ). 実 際 にシグナルの 強 度 分 布 の 情 報 をなるべく 正 確 に 伝 えたい 顕 微 鏡 画 像 においては 階 調 が 飛 んでしまう 影 響 は 大 きい( 図 4 下 段 ). 以 上 のことから, 各 チャンネルの 画 像 もしくは 蛍 光 単 色 の 顕 微 鏡 画 像 は,ダイナミックレンジ を 最 も 有 効 に 使 って 表 現 できるグレースケールを 用 いるのが 最 善 である( 図 3). 統 合 画 像 上 で 各 チャンネルの 画 像 がマゼンタと 緑 のどちら に 相 当 するかを 示 すには, 図 3 で 示 すように 抗 原 名 を 表 記 する 文 字 で 伝 えるのがよいだろう. 図 3 では 文 字 に 色 を 載 せず, 文 字 の 背 景 に 色 を 用 いている. 文 字 に 色 を 載 せると 色 の 面 積 が 少 なくなり, 図 版 が 小 さくなると 色 弱 の 人 には 色 の 区 別 がしにくくなる.そのため 文 字 に 色 を 載 せるのではなく, むしろ 色 を 塗 った 背 景 の 上 に 黒 や 白 などの 無 彩 色 で 文 字 を 書 き 込 むと, 色 の 載 った 面 積 が 広 くなり, 色 情 報 をより 伝 え 易 くなる. 8. 蛍 光 3 重 染 色 の 供 覧 方 法 蛍 光 3 重 染 色 の 統 合 画 像 では, 赤 緑 青 の 各 チャンネルの 色 に 加 え,そのうち 2 色 が 重 なり 合 った 部 分 ( 赤 と 緑 で 黄 色, 赤 と 青 で 赤 紫, 緑 と 青 で 水 色 ),さらに 3 色 が 重 なった 部 分 図 4 単 染 色 画 像 はカラーではなくグレースケールで カラー 図 版 は 鮮 やかに 印 刷 することができず(CMYK モード), シグナルの 強 度 を 正 確 に 表 現 できない. 飽 和 度 60%と 100%を 区 別 して 表 現 できないのがわかる. 一 方 でグレースケールなら ば 90%と 100%を 大 きな 差 をもって 表 現 できることがわかる. 講 座 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 におけるカラーユニバーサルデザイン 187
図 5 蛍 光 3 重 染 色 の 供 覧 例 上 段 :それぞれのチャンネルをグレースケールで 表 現 した 例. 中 段 : 注 目 したい 2 つのチャンネルの 関 係 をマゼンタ 緑 の 組 み 合 わせで 表 現 し, 細 胞 の 存 在 を 示 す 核 染 色 は 別 にグレースケー ルで 示 した 例. 下 段 :マゼンタ 緑 の 2 重 染 色 画 像 にさらに 青 の 核 染 色 画 像 を 重 ねた 例. 赤 緑 色 弱 (P 型 D 型 )の 人 はマゼンタと 青 を 区 別 す るのが 困 難 なため,マゼンタと 青 が 共 存 すると 画 像 の 理 解 がむずかしくなってしまう. ( 白 色 )の 計 7 色 を 見 分 ける 必 要 が 生 じる. 人 間 が 同 時 に 認 識 識 別 できる 色 の 数 は 4,5 種 類 と 言 われており, 蛍 光 3 重 染 色 の 統 合 画 像 を 認 識 するのは 色 弱 でない 人 にも 難 しい 課 題 である.3 チャンネル 画 像 は 一 見 カラフルで 情 報 豊 富 に 見 え るが, 見 る 人 に 正 確 に 伝 えられる 情 報 量 は 実 際 にはむしろ 少 ない. 全 体 像 を 示 すため 全 チャンネルの 統 合 画 像 は 必 要 であろ うが,それに 加 えてどのような 画 像 を 供 覧 するかを 十 分 に 考 えねばならない. 各 チャンネルの 画 像 がそれぞれ 独 特 のパ ターンを 示 し,その 分 布 の 違 いに 興 味 がある 場 合 や, 各 シグ ナルの 強 度 分 布 を 忠 実 に 示 したい 場 合 には, 統 合 画 像 に 加 え て 各 チャンネルの 画 像 をグレースケールで 供 覧 すると 効 果 的 である( 図 5 上 段 ). 一 方, 培 養 細 胞 の 蛍 光 3 重 染 色 に 多 い 例 であるが,3 つのチャンネルのうち, 特 定 の 2 つのチャン ネルのシグナルの 分 布 関 係 にとくに 興 味 があり, 残 りの 1 チャンネル( 通 常 青 が 多 いが)は 単 に 細 胞 の 位 置 を 示 すた めの 核 染 色 に 使 われていることがある.この 場 合 は, 比 較 す る 2 つのチャンネルをマゼンタと 緑 の 組 み 合 わせで 供 覧 し, 核 染 色 の 画 像 は 別 画 像 としてグレースケールで 掲 示 する 方 が, 発 表 者 が 最 も 正 確 に 伝 えたい 情 報 を 分 かり 易 く 示 すこと 188 顕 微 鏡 Vol. 45, No. 3 (2010)
ができる( 図 5 中 段 ).ここで 注 意 しなければならないのは, マゼンタ 緑 の 統 合 画 像 に, 核 染 色 の 青 色 の 画 像 を 統 合 しては いけない.P 型 D 型 では 青 と 紫 の 色 の 区 別 が 困 難 であるた め,マゼンタと 核 染 色 の 青 の 区 別 が 難 しくなり,むしろ 分 か りにくくなってしまう( 図 5 下 段 ). 蛍 光 2 重 染 色 をすでに マゼンタ 緑 の 組 み 合 わせで 発 表 している 研 究 者 が,3 重 染 色 を 供 覧 する 際 にこの 方 法 を 用 いることが 多 いため, 注 意 が 必 要 である. 9. 最 後 に 本 稿 では,より 多 くの 読 者 や 聴 衆 に, 発 表 者 の 最 も 伝 えた いことが 伝 わるための 蛍 光 多 重 染 色 画 像 の 供 覧 方 法 について 紹 介 した. 著 者 がこの 活 動 を 始 めてから, 多 くの 身 近 な 研 究 者 が 自 分 も 色 弱 であると 伝 えてきた. 日 本 人 男 性 の 20 人 に 1 人 が 色 弱 であるが, 研 究 者 における 頻 度 は 明 らかにこの 頻 度 を 上 回 る 感 がある.ある 共 著 の 論 文 発 表 をした 際,10 人 弱 の 著 者 のうち 約 半 数 が 色 弱 だった 経 験 まであった. 学 会 会 場 においても, 発 表 者 に 有 益 な 助 言 をし 得 る 研 究 者 が カラー 図 版 の 内 容 を 理 解 できないというのは, 発 表 者 にとっ ても 極 めて 残 念 なことである. 外 国 雑 誌 の 査 読 者 が 自 分 は 色 弱 でこのカラフルな 画 像 が 理 解 できないので,この 論 文 を 評 価 できない. と 回 答 してきたので, 相 談 に 乗 ってほしい と 依 頼 を 受 けた 経 験 もある. 色 弱 という 現 象 を 発 見 したのは 分 子 量 で 有 名 なジョン ダルトンであり, 彼 もまた 色 弱 で あった.なぜ 研 究 者 に 色 弱 が 多 いのか, 他 の 人 と 見 ている 世 界 が 生 まれながらに 違 うことがなにかしら 影 響 しているのか もしれない. 学 会 のポスターや 論 文 では, 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 以 外 にも,カ ラフルなグラフや 模 式 図 を 用 いるため,いたるところにカ ラーユニバーサルデザイン 的 配 慮 が 必 要 になってくる.これ らの 問 題 点 や 具 体 的 な 工 夫 方 法 に 関 しては 参 考 文 献 やホーム ページをご 覧 いただきたい. 尚, 参 考 文 献 に 挙 げている 月 刊 細 胞 工 学 の 連 載 は, 発 行 元 の 秀 潤 社 のご 好 意 により,PDF ファイルを http://www.nig.ac.jp/color よりダウンロードする ことができる. 文 献 1) 岡 部 正 隆, 伊 藤 啓 : 細 胞 工 学,21,733 745(2002) 2) 岡 部 正 隆, 伊 藤 啓 : 細 胞 工 学,21,909 930(2002) 3) 岡 部 正 隆, 伊 藤 啓 : 細 胞 工 学,21,1080 1104(2002) URL: 色 盲 の 人 にもわかるバリアフリープレゼンテーション http://www.nig.ac.jp/color NPO 法 人 カラーユニバーサルデザイン 機 構 http://www.cudo.jp 講 座 蛍 光 顕 微 鏡 画 像 におけるカラーユニバーサルデザイン 189