技術論文 20214731 新型 FCV に向けた高圧水素タンクの開発 * 後藤荘吾 稲生隆嗣 上田将人 山下顕 Development of High-Pressure Hydrogen Tank for New FCV Sogo Goto Takashi Inou Masato Ueda Akira Yamashita This article describes the evolution of the high-pressure hydrogen tank developed for the new FCV with the aim of helping to further popularize FCV. New high-pressure hydrogen tanks with three different lengths were developed to store the necessary amount of hydrogen in the system without sacrificing the interior space of the sedan-type vehicle. Some of the lightest tanks in the world (weight effectiveness :approximately 6.0wt%) were developed by adopting a new high-strength carbon fiber that reduced the fiber content of the tanks. Mass-production capabilities were increased and major cost savings were achieved by adopting a newly developed fast-curing epoxy resin for CFRP and high-speed machining processes used in the tanks while ensuring high quality. In addition, the developed tanks obtained certification under UN-R134, which was established to allow mutual recognition of FCV. KEY WORDS: EV and HV systems, Hydrogen tank, system technology (A3) 1. まえがき地球環境との共生を図るため, 電気とともに水素の活用が期待されており, 我々は普及に向けてさまざまな開発に取り組んでいる. 燃料電池の開発は 1992 年にスタートし,2014 年モデルの FCV では, セダンパッケージの採用に合わせた 70MPa 高圧水素貯蔵システムを新規開発し, ガソリン車と同等の航続距離と低コスト化を両立させることによって, 普及し得るポテンシャルを持つ FCV を世に送りだすことができた. 今回, 大量普及に向けて新たに高圧水素貯蔵タンクシステムを開発し, 軽量, パッケージ性向上等の正常進化に加え, 更なるコスト低減, 商品性向上を実現したのでこれらについて概説する. 2. システム構成 2.1 タンク構成レイアウト FCV は 航続距離の長い EV という特長を持つ. 燃費の向上に加えて, 水素有効搭載量を必要量 ( 約 5.6 kg ) 確保することによって, 今回, 航続距離が大幅に向上した. 表 1 に先代と今回の FCV の水素タンク搭載レイアウト等の比較を示す. 今回のモデルでは, 乗員居住空間を犠牲にすることなくセンタートンネルの空間も活用しながら, 同径の 3 本のタンクを搭載した. タンクの容積が, 先代の 122.4L から 142.2L へ増加したことに伴い, 水素有効搭載量が 21% 増加した. Table1 Comparison of Hydrogen Tank Systems in FCVs 2.2 タンク拘束構造 ( ネックマウント ) 運転席と助手席間の床下を通るセンタートンネルは, 長尺のタンクを配置させ得る空間を有しているが, 軽衝突等の車両前後に働く加速度 G に対する拘束力を確保する必要がある ( 図 ことと, タンクの直径をできるだけ大きく確保する目的で, センタートンネルに搭載されるタンクに関しては, 車両後方でバルブと結合する口金部をマウントブラケットで支持する構造 ( 図 2) を新たに採用した. * 2021 年 5 月 30 日受理. 2021 年 5 月 26 日自動車技術会 春季学術講演会において発表. トヨタ自動車 (471-8571 愛知県豊田市トヨタ町 1 番地 ) Fig.1 Back view of the vehicle during a frontal collision 1090
Fig.2 Neck-Mounted Fixing Structure それ以外に適用されている従来からのバンド支持には, 内圧 変化による外形変動を吸収するためのスプリング機構が付い ており ( 図 3), これがタンク外径確保の障害となっていた. Fig.5 Basic Configuration of High-Pressure Storage System Fig.3 Cross-sectional comparison of center tunnel (FR, RR) 特にセンタートンネルは, 後方に向かって断面が小さくなっ ている ( 図 3,4) ため, スプリング機構が不要でタンクの直径内 に収まるネックマウント構造は, 外径確保を阻害しない. Fig.6 Diagram of Tank System Table2 Main Specifications of High-Pressure Hydrogen Tanks Fig.4 Vehicle cross-section 2.3 タンクシステム高圧水素貯蔵システムの基本構成 ( 図 5) と斜視図 ( 図 6), および表 2 に今回開発した高圧水素タンクのスペックを示す. 同径で異なる長さの 3 本のタンクから供給される高圧水素は, 高圧減圧弁とインジェクタにより 2 段階で減圧され,FC スタックに供給される (2). 3. タンク開発 3.1 高圧水素タンクの構成図 7 に高圧水素タンクの構成を示す. 高圧水素タンクは, 最内層に水素ガスを封入する樹脂ライナー, その外側に内圧に対する強度を受け持つ CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic) 層, さらに外側に耐衝撃性を確保する GFRP(Glass Fiber Reinforced Plastic) 層からなる. 樹脂ライナーの両 1091
新型 FCV に向けた高圧水素タンクの開発 端には, バルブとの締結のためのアルミ製口金を有している. 3.2 タンク生産工程タンク生産工程は, ライナー工程,FW( フィラメントワインディング ) 工程, バルブ組付工程, 検査工程から成る. 更に細かく, ライナー工程は射出成形 赤外線溶着,FW 工程は巻き線 硬化, 検査工程は水圧検査 気密検査から成る.( 図 10) CFRP: Carbon Fiber Reinforced Plastic GFRP: Glass Fiber Reinforced Plastic Fig.7 Configuration of High-Pressure Hydrogen Tank 3.1.1 高強度高弾性炭素繊維 (CF) の開発 汎用 CF をベースに高強度化を図った従来モデルの低コスト CF に対し, さらなる高強度化を実現するため, 今回, 炭素繊 維メーカーの協力により, 従来比約 4% の高強度化, 高弾性化 を達成した. この CF の採用により,CFRP 層数を約 7% 削減し, タンクの小型 軽量化を実現. タンク単体として先代から質量 効率を 5% 向上させた ( 図 8). Fig.10 Process Flow of High-Pressure Hydrogen Tank 3.2.1 短時間硬化エポキシ樹脂の開発硬化時間短縮とポットライフ ( 主剤に硬化剤を混合して粘度が上昇し使用不能になるまでの可使時間 ) の背反性能を両立したエポキシ樹脂を, 材料メーカーの協力により新規開発した. 短時間硬化エポキシ樹脂の性能を活かすため, 図 11 に示すように, 硬化条件として昇温速度の向上 ( 約 5 倍 ) 及び均熱温度の上昇 (15 ) にも同時に取り組んだ. Fig.8 Weight effectiveness transition 3.1.2 トウプリプレグ (TPP) の開発 CFRP 層は, トウ ( 炭素繊維の束 ) にバインダーとなるエポキシ樹脂を予め未硬化状態で含侵させたトウプリプレグ (TPP) を用いてフィラメントワインディング (FW) 法で高速で巻き付けることで形成した.TPP の積層パターンを図 9 に示す. Fig.11 Temperature Profile of Curing Tank 短時間硬化に向けた材料面の技術的アプローチとしては, 従来は主剤に反応性の低い高純度ビスフェノール F 型エポキシ樹脂を採用しポットライフを制御していたが, 今回は短時間硬化と低コスト化の観点から, 主剤に汎用ビスフェノール A 型エポキシ樹脂と, 末端にエポキシ基を持つ反応性希釈剤の併用系を採用した. 図 12 に主剤となるエポキシ樹脂の化学構造の違いを示す. Fig.9 TPP Wrapping Pattern for High-Pressure Hydrogen Tanks 1092
Fig.14 Outline of FW Machine Fig.12 Differences in Chemical Structures of Epoxy Resin Ingredients 設備動作の高速化による加工時間 50% 短縮に加え, 品質測定 の自動化により測定時間を 90% 削減することで生産時間を 66% 低減 ( 生産性を 3 倍 ) することに取組んだ ( 図 15). また, 図 13 のように反応性希釈剤により初期粘度を低下さ せることで, 硬化時間短縮とポットライフを高次元で両立す ることに成功した. Fig.15 FW Machine Production Time Fig.13 Approach to Ensure Pot Life 一方, 図 11 に示した硬化条件の見直しは樹脂ライナー内面の酸化劣化 ( 黄変 ) を助長する可能性があることが判明した. そこで硬化工程における加圧媒体として不活性ガスである窒素に変更し, 酸素濃度を大幅に低減させることで, 樹脂ライナー内表面の酸化劣化を抑制することに成功した. 短時間硬化エポキシ樹脂の新規開発及びタンク硬化工程の改善により, 生産性の大幅向上 ( 硬化時間約 3 分の 及び低コスト化を同時に達成した. 3.2.2 FW 工程の高速化 FW 工程では, 低剛性の樹脂ライナーに内圧を付加し, タンク強度を担保する炭素繊維 (CF) を張力制御しながら約 3500m 巻付けている ( 図 14). 3.2.3 設備動作の高速化加工時間 50% 短縮を目指し, 広範囲に動作する給糸口部を軽量化し, 駆動方式を見直した. 重量増加の主要因であった, 給糸口部に一体となっていた前後軸動作用モーターを分離 ( 図 16) し, 揺動部を給糸口先端に限定 ( 図 16 赤枠部 ) することで揺動軸動作用モーターサイズを低減した. 加えて構成材料をアルミ化する等の徹底的な軽量化により, 重量を約 1/5 にすることができた. 駆動方式については, 従来のボールねじ方式では, 共振や摩擦による熱変位の影響で速度が上げられないことから, ワイヤードライブ方式を採用した. 結果, 最高速度を 2.1 倍, 加速度を 1.5 倍に引き上げることができ, 加工時間を 50% 短縮した. 1093
新型 FCV に向けた高圧水素タンクの開発 Fig.16 Diagram of Structure around Thread Feeder (Compared to Previous Machine) 上記自動測定技術の開発により, 測定時間を 90% 削減することができた.3.2.3 節の高速化とあわせて, 従来の 3 倍の生産性を達成した. 3.2.5 品質測定作業の自動化お客様に安全安心なタンクをお届けするために, タンク 1 本 1 本の性能を保証するべく, 巻位置, 張力, 内圧を常時監視する機能を持たせた. 巻位置は 3.2.4 節で述べた自動計測機によって全層計測, 張力は加工点に最も近い給糸口部に設置した張力計で常時監視することで, 品質保証を行っている. 上記に加え, 加工時の設備動作も含めて製品シリアルナンバーとの紐づけを実施. 量産開始後の製品品質を常に監視しながら, 得られた知見を織り込んで工程改善に活用するだけでなく, 次世代のモノづくりに活かしていく考えである. 3.2.4 品質測定作業の自動化従来は全層手作業でタンクの品質を測定していたため, 毎回設備を止めて機内に進入する必要が生じ生産時間を圧迫していた. そこで今回, 設備を止めずに自動測定できる手法の開発に取組んだ. 自動化における課題は, 既に積層済みの部分と新たに積層した部分が画像処理などでは区分困難な点である. 低ヘリカル巻きにおけるドーム部巻位置は, レーザー変位計で形状測定し, 積層前後の形状の差分を取ることで, 割出すことができた ( 図 17). 4 認証対応従来の高圧水素タンクは, 国 地域別で各々認可を取得する必要があった. 今回は, 国際基準調和を目的とした 58 協定に基づいて 2015 年に制定された国際相互承認のための国連規則 (3) (UN-R134) の運用開始に伴い, これに適合させ, 認可を取得した. 5 おわりに大量普及に対応すべく, 軽量化, パッケージ性向上等の正常進化に加え, 更なる航続距離の向上, コスト低減, 生産革新を織り込んだ高圧水素タンクを開発した. 今後の更なる普及を目指して, 時代を先取りした, お客様のニーズに寄り添った技術開発を進めていくことで, 地球にもやさしい水素社会が到来するよう, 進化を継続していきたい. 最後に, この開発にご協力いただきました数多くの関係会社の皆様に, 心より感謝の意を表します. Fig.17 Outline of Low-Angle Helical Winding Region Measurement フープ巻きにおける胴体部巻位置は, 新たな層を巻付け中に強い光を照射し, その光の散乱を利用することで, 下層との区別に成功した ( 図 18). Fig.18 Outline of Hoop Winding Region Measurement 参考文献 ( 日置, 近藤, 山下, 大神 : 新型 FCV 用高圧水素タンクの開発, 自動車技術会学術講演会予稿集,No.37-15S, p905-908(2015) (2) 山下, 近藤, 大神, 三石 : 新型 FCV 用高圧水素貯蔵システムの開発, 自動車技術会学術講演会予稿集,No.37-15S, P909-913(2015) (3) 水素燃料電池自動車の相互承認に関する省令等を制定しました~ 水素燃料電池自動車に関して国際相互承認が開始されることになります~, 経済産業省,News Release, 平成 28 年 6 月 30 日, https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10159415/www. meti.go.jp/press/2016/06/20160630002/20160630002.html,( 参照 2021.03.18) 1094