科 学 と 人 間 講 義 (14 年 夏 学 期 ) 第 9 回 : 人 種 主 義 の 興 隆 と 急 進 化 [ 続 ] (2014 年 6 月 13 日 ( 金 )) 4. 人 種 主 義 の 擬 似 科 学 性 と 恣 意 性 (1) 疑 似 科 学 性 * 人 種 間 優 劣 を 前 提 にした 生 物 学 者 人 類 学 者 医 師 たち 人 種 主 義 の 証 明 のために 科 学 的 手 法 を 使 用 例 ) 遺 伝 学, 人 体 計 測 学, 骨 相 学 ( 頭 蓋 骨 の 隆 起 の 測 定 によって 人 間 の 性 格 や 精 神 的 特 性 を 知 ることができるとする 説 ) 脳 容 量 や 頭 蓋 骨 を 計 測 ~[ ]を 予 め 想 定 人 種 主 義 の 大 衆 への 浸 透 に 貢 献 (2) ユダヤ 人 規 定 の 問 題 ユダヤ 人 とは 誰 なのか? * ニュルンベルク 人 種 法 (1935 年 9 月 ) 人 種 を 祖 父 母 がユダヤ 教 徒 共 同 体 に 所 属 していたかどうかで 決 定 =[ ]という 文 化 的 社 会 的 要 素 を[ ]に 使 用 人 種 主 義 を 装 っていたナチスの 反 ユダヤ 主 義 と 矛 盾 第 9 回 : 優 生 学 の 西 洋 史 第 2 次 世 界 大 戦 期 まで (いま) (2014 年 6 月 13 日 ( 金 )) 1. 優 生 学 の 成 立 と 発 展 (1) 優 生 学 (eugenics) 人 間 の 遺 伝 的 劣 化 の 防 止 ならびに 改 良 を 行 い, 遺 伝 的 に 優 れた 人 間 を 増 やそうとする 学 問 優 れた 人 間 集 団 の 維 持, 育 成 のためには,[ ]の 排 除 と[ ]の 保 護 育 成 が 不 可 欠 だとする 考 えにもとづく (2) 成 立 と 拡 大 *19 世 紀 末 に[ ]で 成 立 *1910 年 代 を 境 に[ ]が 中 心 に * 優 生 学 / 政 策 [ ](positive) 優 良 な 遺 伝 形 質 の 増 殖 を 目 指 す [ ](negative) 劣 等 な 遺 伝 形 質 の 抑 制 排 除 を 目 指 す (3) 人 種 主 義 との 結 合 人 種 の 優 劣 は 遺 伝 に 由 来 すると 考 えられた ドイツでは の 名 で 広 まる アジア 太 平 洋 戦 争 期 の 日 本 の 民 族 優 生 に 大 きな 影 響 - 6 -
2. 断 種 法 の 歴 史 ( 概 略 ) 抑 制 的 (negative) 優 生 政 策 の 代 表 例 として 1907 年 : [ ]インディアナ 州 で 世 界 初 の 断 種 法 成 立 州 の 施 設 付 の 医 師 に, 入 所 している 精 神 障 害 者 の 断 種 の 適 否 を 決 める 権 限 を 付 与 1909 年 : カリフォルニア 州 で 断 種 法 成 立 1909-13 年 : 合 衆 国 の 16 州 で 成 立 1913 年 : [ ] 断 種 法 改 定 施 設 に 入 所 している 精 神 病 者 に 対 して, 出 所 の 条 件 として 断 種 手 術 を 課 す 梅 毒 患 者 や 性 犯 罪 累 犯 者 などの 罰 則 としても 実 施 精 神 遅 滞 者 に 対 する 断 種 については, 両 親 または 後 見 人 の 同 意 が 必 要 と された 1936 年 末 までの 実 施 件 数 11,500 全 米 の 件 数 のほぼ 半 数 1933 年 の ナチス 断 種 法 は,カリフォルニア 州 での 実 績 を 十 分 に 検 討 した 上 で 作 られたと 指 摘 される 1923 年 : 成 立 した 州 は 32 州 に 1924 年 : ドイツ ザクセン 州 政 府 の 断 種 法 案 1928 年 : [ ]の 一 部 の 州 で, 精 神 障 害 者 に 断 種 を 強 制 する 法 を 制 定 ナチスの 政 策 に 影 響 を 与 えたとされる 1929 年 : デンマークで 断 種 法 制 定 性 犯 罪 の 恐 れのある 者, 同 性 愛 者 に 対 する 去 勢 手 術 を 合 法 化 精 神 病 院 や 施 設 に 居 住 する 異 常 者 に 対 する 断 種 手 術 を 合 法 化 原 則 として 本 人 の 同 意 が 必 要 本 人 に 法 的 な 同 意 能 力 が 期 待 できない 場 合 は, 後 見 人 の 申 請 によって 手 術 可 1932 年 : プロイセン 州 保 健 省 の 断 種 法 案 1933 年 : ナチス 断 種 法 の 制 定 と 施 行 1934 年 : スウェーデンで 断 種 法 制 定 子 どもを 養 育 する 能 力 がないと 判 断 される 精 神 病 患 者, 精 神 薄 弱 者 および 遺 伝 的 資 質 によって 精 神 疾 患 ないし 精 神 薄 弱 が 次 世 代 に 伝 わると 判 断 され る 者 に 対 する 断 種 を 合 法 化 保 健 局 の 審 査 ないし 医 師 の 鑑 定 によって 手 術 可 本 人 の 同 意 は 不 要 3.ドイツにおける 優 生 学 優 生 政 策 の 形 成 と 展 開 20 世 紀 初 頭 からナチ ドイツ 成 立 まで( 超 概 略 ) (1)ドイツ 優 生 学 の 基 本 的 特 徴 * 基 本 的 主 張 文 明, 文 化 が 発 達 すればするほど 淘 汰 が 阻 害 され, 人 間 の ( ) が 進 む 生 命 が 種 として 持 続, 進 化 するためには, 場 合 によっては, 個 々の 要 素 を 犠 牲 に することも 必 要 闘 争 と 淘 汰 を 重 要 視 相 互 扶 助 による 個 々 人 の 生 命 維 持 には 批 判 的 遺 伝 性 とされた 疾 患 や 障 害 をもつ 人 々の 結 婚 の 禁 止, 断 種 手 術 を 主 張 遺 伝 的 要 因 を[ ]する 学 説 が 盛 行 するように 個 人 の 価 値 は, 人 類 全 体 あるいは 特 定 の[ ]に 対 する 貢 献 度 に よって 決 定 されるとする 傾 向 が 強 まる - 7 -
(2)ヴァイマル 共 和 国 期 (1919-33 年 )の 優 生 政 策 の 動 向 ( 若 干 の 例 ) 1 婚 姻 前 検 診 の 推 奨 * 戸 籍 局 婚 約 者 たちに 対 し, 婚 姻 前 医 学 検 診 の 重 要 性 に 注 意 を 促 すパンフレット を 交 付 *パンフレットの 主 な 内 容 結 核, 性 病, 精 神 病,アルコール 薬 物 中 毒 の 患 者 との 結 婚 は, 自 分 自 身 の 健 康 を 損 なうだけでなく, 病 気 や 障 害 のある 子 供 が 生 れることで 社 会 に 大 きな 負 担 を かける 2 幻 の 断 種 法 *ザクセン 州 政 府 の 法 案 (1924 年 ) 精 神 病 患 者 や 生 来 性 犯 罪 者 に 対 し, 本 人 もしくは 法 定 代 理 人 の 同 意 にもとづ いて 断 種 手 術 を 可 能 にする 刑 法 改 定 案 ドイツ 帝 国 政 府 に 提 出 するも 不 採 択 *プロイセン 州 保 健 省 の 断 種 法 案 (1932 年 ) 遺 伝 性 精 神 病, 遺 伝 性 精 神 薄 弱, 遺 伝 性 癲 癇,その 他 の 遺 伝 病 患 者,もしくは 病 的 遺 伝 資 質 の 保 因 者 に 対 する 断 種 手 術 を, 本 人 の 同 意 にもとづいて 実 施 す ることを 認 める 制 定 には 至 らず プロイセン 州 議 会 の 決 議 (1932 年 ) この 時 代 のドイツ 政 府 社 会 福 祉 の 充 実, 国 民 生 活 の 向 上 と 保 護 を 重 視 公 的 支 出 の 増 大 世 界 大 恐 慌 (1929 年 から) 国 家 地 方 の 財 政 危 機 [ ] 役 に 立 たない 者 の 排 除 へ 4.ナチ ドイツによる 内 に 向 けた 人 種 主 義 政 策 優 生 政 策 ナチスの 人 種 主 義 政 策 他 の 人 種 / 民 族 に 向 けて ドイツ 民 族 のなかの 劣 等 遺 伝 子 保 持 者 に 向 けて ナチスにとってドイツ 民 族 は, 最 も 優 秀 で 支 配 的 地 位 にあるべき アーリア 人 種 に 属 するが, 自 ら でなければならず ドイツ 人 でも, 子 孫 に 悪 い 影 響 をもたらす 者,ナチズムの 規 準 に 合 わない 者 は, 排 除 の 対 象 (1)ナチ ドイツによる 促 進 的 / 積 極 的 (positive) 優 生 政 策 ( 若 干 の 例 ) * 結 婚 資 金 貸 与 制 度 導 入 (1933 年 ) 貸 与 金 子 ども1 人 の 出 産 につき 1/4 ずつ 帳 消 しに * 健 康 な 女 性 の 妊 娠 中 絶 の 禁 止 * 健 康 な 多 子 家 庭 への 租 税 減 免 制 度 導 入 (1935 年 ) * レーベンスボルン(Lebensborn: 命 の 泉 の 意 ) 協 会 の 設 立 (1935 年 ) 将 来 の 指 導 的 人 物 を 養 成 するため, 人 種 論 的 に アーリア 人 と 認 められた 孤 児 や, 未 婚 の 母 から 生 まれた 私 生 児 を 集 めて 手 厚 く 養 育 するための 専 門 施 設 を 付 設 ドイツ 軍 人 を 補 充 するため, 占 領 地 の 外 国 人 の 子 どもの 中 から, アーリア 人 的 形 態 の 幼 児 を 誘 拐 人 種 論 的 観 点 からみて 適 切 な 家 庭 で 育 てさせるか,または 施 設 で 養 育 - 8 -
(2)ナチ ドイツによる 抑 制 的 / 消 極 的 (negative) 優 生 政 策 1933 年 7 月 : (= ) 制 定 対 象 遺 伝 性 精 神 病 ( 精 神 分 裂 症, 躁 鬱 病 など), 遺 伝 性 精 神 薄 弱, 遺 伝 性 癲 癇,その 他 の 遺 伝 病 ( 先 天 性 の 盲 目 と 聾 唖, 重 度 身 体 奇 形, 重 度 アルコール 依 存 症 など)の 患 者, 病 的 遺 伝 資 質 の 保 因 者 と 見 なされた 人 々 運 用 i) 医 師 や 社 会 福 祉 施 設 関 係 者 による 申 請 (= 告 発 ) ii) 遺 伝 健 康 裁 判 所 (= 裁 判 官 1 名 + 医 師 2 名 によって 構 成 )におけ る 非 公 開 の 審 理 による 断 種 の 可 否 の 決 定 実 際 には,ナチ 体 制 にとって 好 ましくない 人 々も などと 診 断 された! ~ナチ 社 会 の 社 会 規 範 からの 逸 脱 は, 遺 伝 的 素 質 による 精 神 薄 弱 に 起 因 するとされた 断 種 手 術 においては 強 制 措 置 も 認 められる 1934 年 : 断 種 の 開 始 1939 年 8 月 までに 推 定 約 30-40 万 人 に 対 し 実 施 1935 年 : 断 種 法 の 補 足 法 妊 娠 6ヶ 月 までの 女 性 が 遺 伝 病 と 判 断 された 場 合 強 制 妊 娠 中 絶 を 認 める ドイツ 民 族 の 遺 伝 的 健 康 を 守 るための 法 律 制 定 結 婚 しようとするカップルに, 断 種 法 に 規 定 された 遺 伝 病 あるい は 結 核, 性 病 に 罹 っていないことの 証 明 を 義 務 づけ 人 種 的 に 価 値 の 劣 る 者 との 結 婚 の 禁 止 1920-30 年 代 のドイツで 人 種 衛 生 学 は 最 先 端 の 科 学 とみなされていた! 遺 伝 的 に 健 康 な 人 々が 国 民 のなかに 占 める 割 合 を 高 めよう 生 殖 や 生 命 を 科 学 的 社 会 的 にコントロールし, 社 会 問 題 を 生 物 学 的, 医 学 的 に 解 決 しよう とする 考 え 方 は, 当 時 の 多 くの 知 識 人 や 若 い 学 生 たちを 引 きつけた 19 世 紀 後 半 -20 世 紀 前 半 科 学 主 義 の 時 代 以 下 は, 今 後 のこのセクションの 授 業 にも 関 わる 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 動 向 についての 短 いメモです 当 日 配 付 の 資 料 ( 読 みもの)と 併 せて, 予 習 のつもりで 目 を 通 してください (いま) 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 断 種 政 策 の 動 向 ( 若 干 の 例 ) *ドイツ 連 邦 共 和 国 ( 旧 西 独 )における 断 種 手 術 の 継 続 親 の 一 存 による 知 的 障 害 児 に 対 する 断 種 手 術 が 黙 認 されてきた *アメリカ 合 衆 国 における 精 神 障 害 者 に 対 する 強 制 断 種 1960 年 代 には 日 常 的 に 実 施 優 生 学 が 批 判 の 対 象 になるのは 1970 年 代 以 後 - 9 -
* 北 欧 などの 先 進 福 祉 国 家 における 断 種 手 術 の 継 続 スウェーデンで 1935-1976 年 まで, 優 生 学 的 に 劣 等 と 見 なされた 国 民 ( 知 的 障 害 者, 性 的 社 会 的 逸 脱 者,アルコール 中 毒 患 者, 視 力 障 害 者, 多 産 の 独 身 女 性, 放 浪 者 等 々) 約 63,000 人 (その9 割 は 女 性 )に 断 種 を 実 施 ~うち 少 なくとも 0.6-1.5 万 人 は 本 人 の 意 志 に 反 して 主 な 動 機 の 一 つ 社 会 保 障 費 の 抑 制 他 の 北 欧 諸 国 などでも 類 似 の 状 況 1997 年 に 問 題 が 表 面 化 世 界 的 に 大 きな 反 響 * 日 本 の 優 生 保 護 法 (1948-96 年 ) 優 生 学 上 不 良 な 遺 伝 のある 者 の 出 生 を 防 止 し,また 妊 娠 出 産 に 係 る 母 体 の 健 康 の 保 持 を 目 的 として, 優 生 手 術, 人 工 妊 娠 中 絶, 優 生 結 婚 相 談 等 々について 規 定 遺 伝 性 の 精 神 病, 精 神 薄 弱, 精 神 病 質, 身 体 疾 患, 奇 形 などについて, 遺 伝 を 防 止 するため 優 生 手 術 を 行 うことが 公 益 上 必 要 と 医 師 が 認 めて 都 道 府 県 の 審 査 を 経 れば, 本 人 の 同 意 なしでも 断 種 手 術 を 実 施 できるとされた そこに 規 定 されているもの 以 外 の 精 神 病 や 精 神 薄 弱, 知 的 障 害 の 場 合 も, 保 護 者 の 同 意 によって 手 術 は 可 能 ハンセン 病 患 者 にも 結 婚 の 条 件 として 断 種 を 強 要 1949-94 年 に 計 16,520 件 の 事 実 上 の 強 制 断 種 手 術 を 実 施 優 生 思 想 にもとづく 部 分 は, 障 害 者 差 別 を 助 長 するという 批 判 が 強 く,1996 年 に 削 除 され, 母 体 保 護 法 に 改 められた 国 民 優 生 法 (1940 年 制 定 ) 優 生 手 術 と 健 康 者 の 産 児 制 限 の 防 止 などを 規 定 断 種 手 術 は 遺 伝 性 疾 患 に 限 定 強 制 手 術 は 実 施 されず 日 本 の 優 生 学 優 生 政 策 はむしろ 戦 後 に 本 格 化 少 なくとも 1970 年 代 前 半 までは, 遺 伝 性 疾 患 の 子 どもをもつことは 医 療 福 祉 コ ストを 増 大 させる という 指 摘 が 当 然 のように 行 われていた らい 予 防 法 (1907-1996 年 )にもとづく,ハンセン 病 ( 元 ) 患 者 に 対 する 隔 離 およ び 事 実 上 強 制 的 な 断 種 の 歴 史 参 考 文 献 R ヒルバーグ( 望 田 幸 男 / 原 田 一 美 / 井 上 茂 子 訳 ) ヨーロッパ ユダヤ 人 の 絶 滅 [ 上 巻 ]( 柏 書 房, 1997), 第 4 章 : ユダヤ 人 の 定 義 (pp.51-63). 石 川 准 / 長 瀬 修 ( 編 著 ) 障 害 学 への 招 待 社 会 文 化 ディスアビリティ ( 明 石 書 店, 1999), 第 5 章 : 市 野 川 容 孝 優 生 思 想 の 系 譜 (pp.127-157). 米 本 昌 平 / 松 原 洋 子 / 橳 島 次 郎 / 市 野 川 容 孝 優 生 学 と 人 間 社 会 生 命 科 学 の 世 紀 はどこへ 向 かうのか ( 講 談 社 現 代 新 書, 2000). D ポイカート( 木 村 靖 二 / 山 本 秀 行 訳 ) ナチス ドイツ ある 近 代 の 社 会 史 ( 三 元 社, 1991), 第 一 二 章 社 会 政 策 としての 人 種 主 義 (331-382 頁 ). 川 越 修 / 矢 野 久 ( 編 ) ナチズムのなかの 20 世 紀 ( 柏 書 房, 2002), 第 一 章 : 川 越 修 二 〇 世 紀 社 会 の 分 析 視 角 (pp.7-27). - 10 -