道民カレッジ ほっかいどう学 大学インターネット講座 健康寿命が短い北海道 ~ 働き盛りに見直したい労働衛生 ~ 講師 : 北海道情報大学医療情報学部 佐藤浩樹教授 テーマの背景 私は循環器内科医師として 救急疾患である血管病の治療にたずさわってきた 中高年の労働者の死亡を含む 残念なケースを数多く経験してきた 本人の寿命に影響するのみならず 残された家族の今後のご苦労は はかりしれない 予防策はないのか? という疑問につきあたり これまで研究を続けている 私の研究を一言で言うと 心臓の血管疾患の予防医学である 具体的な取り組みとしては 心臓の血管疾患の予防をする為に体の面と精神面の二方向から原因 がないか研究している 大学の講義では 学生たちに健康科学や医学の基礎知識を伝えている 社会的活動として 上場企業を中心に産業医の立場より啓蒙を行っている 講座の内容 労働と健康の関係 をメインとして 労働者の身体面および精神面の両面から研究の一旦を紹介 する 日本の高齢化と寿命の現状 総務省の調査報告によると 日本人の平成 25 年 (2013 年 ) の 65 才以上の高齢者人口は 3,186 万 人であり 総人口の 25.0% にのぼる さらに 75 才以上の後期高齢者人口は 1,560 万人で総人口の 12.3% であり 世界でも類をみない 高齢化社会を迎えている 平成 37 年 (2025 年 ) には 65 才以上の人口は 3,667 万人と総人口の 30% を超えることも予想 されている 日本人の平均寿命 日本人の平均寿命は 平成 24 年 (2012 年 ) の調査報告によると 女性 86.41 才 男性 79.94 才であり 世界トップクラスの長寿国となっている さらなる医学の進歩と豊かな日常生活により 今後も平均寿命は延長し 平成 72 年 (2060 年 ) には女性 90.93 才 男性 84.19 才となることが予想されている 一方で WHO( 世界保健機関 ) は平成 12 年 (2000 年 ) に 平均寿命を伸ばすだけではなく いかに健康に生活できる期間を伸ばすか について提唱 最近では 平均寿命に加え 健康寿命 の重要さが社会的関心を集めている 1
日本の高齢化と寿命 ~ 健康寿命とは ~ 健康寿命は 健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間 と定義されてい る 要約すると 自分の身のまわりのことを自分の力で行うことができる自立能力が備わっている期 間を表している 健康で生きていられる期間 人間誰しもこのような真の健康状態が継続できれば 可能な限り 長生きをしたいと思うのは人の常ではないか 健康寿命をのばすためには 私が最も注目しているのは 人生において多くの人々が費やす時間 労働時間に何に注意す るか です 私たちが一生のうちで働いている年数 つまり生涯の労働期間は およそ 40 年から 45 年間と予 想される 平成 24 年 (2012 年 ) に 65 才の定年を迎えたと仮定した場合 寿命を迎えるまでの平均余命は 男性でおよそ 15 年 女性でおよそ 21 年との報告がある 定年を迎えた後 この期間を可能な限り 健康な状態を継続して 自立して生活を楽しみたいと 思われることだろう そのためには 労働をしている期間 つまり働き盛りの頃から 今後の人生を健康に送るための 準備が必要と考えられる このような背景より まずは 平均寿命 と 健康寿命 とは どういった違いがあるのか考え ていきたいと思う 平均寿命と健康寿命とは 平均寿命は 生きている平均の年数を表している 健康寿命は 健康で生きていられる期間を表している 健康寿命を具体的に言うと 介護を受けたり 病気で寝たきりにならずに 日常生活を自立して 制限なく生活できる期間を表している 平均寿命と健康寿命の年数が同じであれば人生にとって何事にも変えられない喜びとなるが 実態は大きく異なるのが現状である 平均寿命と健康寿命の推移 厚生労働省から発表された平均寿命と健康寿命の年次推移を表したものである 平成 22 年 (2010 年 ) を考えてみると 男性の平均寿命は 79.55 才 健康寿命は 70.42 才で 9.13 年の開きがある つまり その後の人生を考えた場合 元気で活動できない期間は およそ 9 年という結果である 一方 女性の平均寿命は 86.30 才 健康寿命は 73.62 才で 男性よりさらなる開きがあり その差はおよそ 13 年である 平均寿命と健康寿命のひらき 自分で思うように生きられない期間であり 家族に過重な負担をかけることにも繋がる 2
さらに問題は 男性 女性いずれにおいても平均寿命と健康寿命のひらきが縮まらないという現状である 日本は平均寿命では 世界のトップを走っているが 分析してみると身体に障がいをもちながら つまりは不健康な状態で長寿を迎えている方が多く 決して楽観できない老後を迎えているということである 平均寿命と健康寿命の差は 個人の生活の質の低下をもたらすばかりではなく 日本の経済基盤に影響を与える深刻な問題に発展する可能性を秘めていると思う 早急な啓蒙と有効な施策が必須の状況である 都道府県別の健康寿命 北海道は 健康寿命が短い と言える 厚生労働省から発表された平成 22 年 (2010 年 ) の都道府県別の日常生活に制限のない期間の平均 つまりは健康寿命と考えることができる資料である 現在の健康寿命トップは 男性は愛知 女性は静岡である 北海道は 男性は 70.03 才で全国 32 位 女性は 73.19 才で全国 34 位 残念ながら男女とも日本全体の下位に位置する結果である 健康寿命が短い北海道 ~ その原因は?~ 自律的に日常生活が行うことができない身体状況と 第 3 位は 13.1% をしめた高齢による衰弱である は 一般的に介護が必要な状況と思う 平成 22 年 ( 2010 年 ) の国民生活基礎調査による 介 護が必要となる原因 の上位 3 つを見ていく 介護が必要となる原因の第 1 位は 全体の 24.1% をしめた脳血管疾患である 脳血管が詰まる脳梗塞脳血管が破れる脳出血やくも 膜下出血などの疾患である 第 2 位は 20.5% をしめた認知症である 原因はいろいろ報告されているが 大部分は脳血管 疾患が原因と言われている この状況は疾病とは考えられないものであり 寿命と考えるほうが自然かと思う 以上の結果より 血管を健康に保つことが健康寿命を延ばす為に大切な鍵となることが理解でき ると思う このような血管疾患は 発症するまでに長期間を有しますので 働き盛りの中年から何らかの 対策を講じることが重要と考える 3
血管疾患発症の要因 生まれつき個人が持っている要因として 個人要因 Ⅰ 年齢と性別が考えられるが これらは介入が不可能である この他の身体面からみた個人要因 Ⅱとメンタル面 ストレス負荷要因について 考えなければならない メンタル面 ストレス負荷要因ですが 生活習慣病因子と比較して客観的評価が難しいため 注目を浴びていないが 職場でのストレス負荷要因を自分自身でしっかり分析し対応することが重要な課題になると考える 身体面からみた個人要因 Ⅱは 自主的な努力により 個人が自分で 肥満を予防し 禁煙 適度な飲酒を心掛けることが重要になる その他の生活習慣病因子については 異常を早期に発見し 日常生活の改変および治療を促進するために 職場での定期健康診断を積極的に利用することが重要である 健康寿命のために定期健康診断を! 健康寿命をのばすために重要な動脈硬化促進因子である高血圧 脂質異常 高血糖の 3 つについて 定期健康診断が有効と言える 血管を元気に保つ為には血圧 脂質 血糖に注目する必要がある 定期健康診断を受けなければ 血圧 脂質 血糖が大丈夫かどうか 気付くチャンスを逃してしまう 企業規模別定期健康診断の実施状況 従業員が 100 人以上の規模の企業で定期健康診断を受けている従業員数の割合は 北海道と全国ともに高い水準にある 従業員 100 人未満の中小企業では 明らかに北海道の企業は 全国と比較して定期健康診断を行っていない傾向にある 特に 30 人未満の従業員数の企業では 全国平均 84% に対して北海道は約 72% と大きな乖離がみられる現状である 4
有所見者の割合 健康診断の検査項目のうち 正常値から外れた結果があった場合 有所見という この図は 健康診断を受診した人のうち たくさんの検査項目の中に 一つでも有所見があった人の割合を示している 平成 25 年 (2013 年 ) で 有所見者の割合は北海道 57.8% 全国 53.0% の結果であった 有所見の割合は 全国と北海道においても経年的に増加傾向にある 北海道は全国と比較して有所見者の割合が高い傾向が続いているのがわかる ここ数年の結果では 全国においては有所見者の割合が横ばいの状況である 北海道は 右肩上がりで上昇傾向が続いていることは 特筆すべき問題である 定期健康診断で検査ができる高血圧 脂質異常 高血糖に有所見が多い 重要なのは これら3つはどれも 動脈硬化促進因子である 項目別有所見者の割合 こちらは平成 25 年度の報告であるが 生活習慣病である血圧 脂質 血糖のいずれも北海道の有所見者の割合は全国平均と比較して高い 特に脂質 コレステロールや中性脂肪の有所見者の割合が特に高い傾向にあり 第一に食生活の改善が必要な状況である 健康寿命をのばすために ~ 食生活 ~ 食生活と言えば 真っ先に摂取カロリーと答える方も多いのではないか 摂取カロリーが多すぎる 食べ過ぎ と心配される方が多いが 実は近年 日本人の1 日あたりの摂取カロリーは 年々減少傾向にある ヘルシー志向の高まりで 食事や運動に注意を向けているという良い傾向と言える しかし 次に出てきた課題が 摂取カロリーが減 5
っているにもかかわらず コレステロールが下がらない人が多いことである 食事の量よりも質 食事の内容に問題があるのではという研究が進み 食べている 油 に問題があることがわかってきた 油 つまり脂肪にはいろいろと種類がある 脂肪の種類 脂肪は 飽和脂肪酸 と 不飽和脂肪酸 に分かれる 不飽和脂肪酸に水素が結び付くと 付き方の違いにより シス型 トランス型 と呼ばれる脂肪酸になる 不飽和脂肪酸は 天然では シス型 で存在しているが 工業的に手を加えると シス型 が トランス型 に変化する トランス脂肪酸は 一般的に過剰に摂りすぎると 内臓に脂肪がつきやすい つまり腹部肥満につながる 悪玉コレステロールを増加させる作用もある 善玉コレステロールを減少させる作用もあるので とりすぎに注意 トランス脂肪酸は 菓子パンやスナック菓子 マーガリン インスタント食品や冷凍食品 揚げ物など これらを全く食べない ということではなくて 食べ方や食べる量に注意が必要 健康寿命をのばすために ~ ストレスについて考える ~ 労働におけるストレス有無の客観的評価は難しいが 時間外労働を含めた総労働時間数と質的面 つまり 労働に対して主観的にやりがいを感じるかなどから評価することが可能である 今回は 労働時間 にしぼって考えてみる 労働者の平均的な時間配分 従業員 312 名が働く食品会社で検討 職場で費やす時間として 労働時間 8 時間 通勤時間 1.6 時間 昼休み1 時間 家庭で費やす時間として 食事 団らん 余暇を合わせて 3.8 時間との結果が得られた これらの合計が 14.4 時間である この職場と家庭での時間の合計を 1 日 つまり 24 時間から引き算すると 24-14.4=9.6 時間となる これより個人が使用している睡眠時間の予想がつくことになる 労働時間が 8 時間以上になるケースも少なくないと推測される 日本人は労働が美徳であると一般的に考えられており 残業による時間外労働もいとわないという職場環境にある 1 日 4 時間の残業を行ったと仮定すると睡眠時間は最大限とれたとして 9.6-4=5,6 時間 残業時間が多くなればなるほど 睡眠時間を削らなければならないことがあらためて認識できる 6
脳 心臓疾患の労災補償状況 こちらは 1 か月の残業時間と 脳疾患と心臓疾患による労災認定との関連を表わしたものである 1 か月あたりの時間外労働が 60 時間を超えると 脳疾患と心臓疾患は明らかな増加が認められる 時間外労働の増加とともに棒グラフのオレンジ色部分に示されている脳や心疾患による労災認定の数が増加していることがわかる つまり 過剰な時間外労働は 取り返しのつかない状況に陥ることがわかる 健康寿命をのばすために ~ 睡眠時間と死亡率 ~ 睡眠時間と死亡率を明らかにした日本人の調査結 睡眠時間の観点からも悪影響があることがわかる 果である 男性では 7 時間台の睡眠を基準にすると 睡眠時 間 6 時間 5 時間 4 時間で死亡率が増加するこ とがわかっている 特に 4 時間以下では明らか 女性では 7 時間 6 時間 5 時間 4 時間と睡 眠時間が減るに従い 死亡率が増加することがわ かっている 過剰な時間外労働は 睡眠時間短縮をもたらし 労働時間以外でも インターネットなどで睡眠時間を削る方々が増えてきている こういった 方々も留意すべき問題と思う まとめ 1 年に 1 回は定期健康診断を受け 身体状況をしっかり把握することが重要である 特に北海道は血圧 脂質 血糖などの生活習慣病の潜在者が多いことを理解し 早期対策を行う ことが重要 特に脂質の項目は要注意 労働において個人レベルで勤務時間をきちんと把握することが重要である 特に 月に 60 時間以上の時間外労働を継続した場合 血管疾患の発症リスクが高くなることを 理解しておく必要がある 労働時間とは別に 睡眠時間をしっかり確保することが大事である 短時間睡眠は 血管疾患発症を増加させるばかりではなく 死亡率上昇にもつながることを理解 しておく必要がある 人生において最も多くの時間を費やす 働き盛り から 身体面とストレス面から しっかりし た意識を個人が留意し実行することが健康寿命の底上げにつながる 実りある人生を招くためにも今後も呼びかけていきたいと思う 7