レアメタルとは何か ~ レアメタルをめぐる主要課題 ~ 要旨 ~ レアメタル研究の第一人者である東京大学生産技術研究所教授 岡部徹氏によれば 多 くのレアメタルの資源量に全く問題はなく 課題はコストだという 中国が圧倒的な輸出量を誇るレアアースについても 中国以外でも優良な鉱山を持つと ころは世界中に多数あり資源的にはほぼ無尽蔵である しかし 生産コストの安さにおい て どこも中国には太刀打ちできないのが現状だ そのコストとは 放射性廃棄物などの処理と精錬過程で発生する有害物に関わるものも含まれ 先進国では環境基準を守るための設備投資を考えると莫大な費用がかかる レアメタルをはじめとする鉱物資源には それを活用する際に生じるメリットとデメリット いわば 光 と 影 が存在するのだ 今 レアメタルについては ロンダリング (=ゴミ落とし) という方法が各所で行われるようになってきている この手法は 中国に依存せず資源確保を可能にするという点 さらには 第三国に新しいビジネス 技術をもたらすという点で注目さているが 第三国に廃棄物を落としてしまうという害悪も見逃せない レアメタルの鉱石を採掘して製錬すると 環境破壊が進む場合が多い その意味で レ アメタルのリサイクルは 今後 とても重要な課題となる ~ 講義録 ~ レアメタルの多くは 資源的には レア ではない 大上今日は レアメタルの研究で大変著名な岡部徹先生をお招きしました 岡部先生は 東京大学工学部の教授であり 東京大学生産技術研究所サステイナブル材料国際研究センター長をはじめ 総長補佐まで含めると ( 大学内だけでも ) 六つの肩書をお持ちで 研究 社会活動 そして東京大学の運営などに大活躍をされています また 産学官の連携が強いレアメタル分野において非常に少数のインナーサークルがあるのですが 岡部先生はその国際的な いわば レアメタルマフィア ともいうべきネットワークの一員でもいらっしゃいます 1
そういった観点から 今日はレアメタルを中心に 日本の資源戦略の問題を語っていた だきたいと思っています よろしくお願いします 岡部よろしくお願いします 大上それでは最初に そもそもレアメタルとは何なのか よく岡部先生は レアメタル は実は全然レアではない という話をされますが そこからお聞かせいただきたいと思い ます 岡部レアメタルと言うと レアな希少金属であり 資源的に少ないと思っている人たち が多いのですが そういったレアメタルもありますが 多くのレアメタルは資源的にレア ではなく 全く問題はありません まず レアメタルの定義は 資源的に少ない または 金属をつくるのが難しい あるいは 資源的に散らばっていて集めてくるのが難しい などです 資源的に少ない典型的なレアメタルは白金族金属で プラチナ ( 白金 ) がその代表格です 逆に レアメタルと呼ばれていても資源的に多いものの代表格は チタンです チタンは 資源的には ( 全元素の中で )9 番目に多い元素なので 銅や鉛などのベースメタルに比べても格段に資源量が多いのです ただ 資源量が多くても ( 鉱石を製錬して ) メタルにすることが難しいのが ( チタンなどの ) レアメタルなのです レアアースも レアメタルのグループで 希土類と言われていて ( 高性能 ) 磁石などに使われている元素です これも資源的にレアだと思っている人は多いのですが 地上にあるその資源を掘り続け 使い続けても あと何百年もあるのがレアアースです 実際 レアアースの多くは全くレアではありません むしろ 需要や用途がレアなのです 量 ではなく コスト で有利に立つ中国 大上では 尖閣問題の時 レアアースの輸出をいきなり中国に止められて大問題になり ましたね でも どこにでもあるのであればそれほど問題ないようにも思うのですが な ぜ問題になったのですか 岡部いきなり議論の 核心 を突かれて いま少し動揺しているのですが レアアース が資源的に無尽蔵であることは事実です 例えば 中国にもありますし アメリカにもあ ります オーストラリアには非常に優良な鉱山があります 2
でも なぜ世界の97パーセント以上のレアアースが中国から輸出されるのかと言いますと 資源の問題ではなく レアアースを掘って精錬して金属にするときにコストが安いからです 技術的には日本でも ( 製錬は ) できるのですが レアアースを掘り出すと多くの場合 ウラン トリウムなどの放射性元素が一緒に付いてきます それを処理するコストが 中国は安いのです アメリカにも優良な鉱山があって 昔はアメリカがレアアースを掘って全世界に供給していた時代が長く続いていました しかし 環境基準が厳しくなり そういった放射性廃棄物処理の環境コストが高くなってきたので その結果 アメリカの鉱山は操業を停止せざるを得なくなりました 皆さんは レアアースの鉱山が操業を停止すると言うと 資源的に枯渇した と思いますけれど そんなことは全くありません 要は ( 製造 ) コストが見合わなくなった すなわち 中国の安売りに負けてしまっただけのことです ( 補足 : 近年は レアアース価格の高騰から米国の鉱山も操業を再開した ) 環境基準を守るための莫大な設備投資が問題となっている 大上そのコストとは 廃棄物処理のコストのことですね 岡部主に廃棄物処理と精錬です 鉱石は 掘った後に今度は有用なものだけを濃縮して それを高純度化し金属まで持っていかなければいけません その途中で いろいろな薬剤を使用し 場合によっては高温処理も必要となります 特にレアアースの場合は 溶媒抽出で有機物を使うため さらに重金属をたくさん含んだ酸が出て 酸 ( や有機溶媒 ) を含んだ廃液が出ます また 最後に ( 高純度化されたレアアース原料を使って ) 金属をつくるとき 溶融塩電解プロセスを使うとフッ化物 ( フッ酸のガス ) なども排出されます 日本でももちろん ( その気になれば ) そういったプロセスは構築できるのですが 環境 規制を守ろうとすると 莫大な設備投資が必要となります それが今 問題になっている のです 資源利用に付きまとう 光 と 影 大上結局 ごみ処理の過程で出るさまざまなものを処理する上で 環境基準を守るため 3
にはコストがすごくかかる ということですね 岡部まさにそうです レアメタル 特にレアアースは 高性能の磁石をつくるためには不可欠です 皆さんは いいところばかりをご存知で 携帯電話のバイブレーターもレアアース磁石がなければできないですし パソコン ( などに使われるハードディスク ) もそうです でも いいことばかりではなくて それをつくり出すまでに いわゆる影の部分 害悪 がたくさん出ていることも認識してもらわなければいけないと思います 大上光と影があるのですね 資源とはそういうものだと 岡部多くの場合 そうです 何もレアアースをはじめとするレアメタルのみならず 多 くの資源が 利用しようとすると必ず影の部分ができてきます それは 多くの場合 世 の中には知られていません レアメタルをロンダリングするという方法 大上先生は以前 中国のレアメタルの代わりにオーストラリアのレアメタルを日本が活 用するためには 一度レアメタルのロンダリングのようなことをやると おっしゃってい ました 岡部これもなかなか厳しいところにいきなり切り込まれて どう答えていいのか分からないですが 要は オーストラリアにもレアアースの非常にいい鉱山があります おそらく 世界供給という観点からは その山が稼働するだけで ネオジムというレアアース すなわち希土類 ( 合金 ) 磁石をつくるのに十分な量は供給できるでしょう ただ 問題なのは その山を掘ると放射性廃棄物 具体的にはトリウムやウランを含んだごみが出てしまうことです オーストラリアは資源立国なので 鉱石を掘り出して輸出することは許可します ただ ( その鉱石を処理せずにそのまま ) 日本に持ってきたら 日本で放射性廃棄物の処理をしなければいけません これは 日本の非常に厳しい環境規制上 コストが異常にかかります ですから それは ( 経済的に ) できないのです そう考えていくと どこか ( 別の国や地域の企業 ) がレアアース鉱石を輸入して 精製 いわゆる放射性廃棄物などを含むごみをそこで落としてくれる ロンダリングですね ( 有 4
害なゴミを ) 洗い流してしまう そうして高純度化されたレアアースの酸化物原料であったり 場合によっては 合金として輸出され いわゆる ごみを落とした状態 で日本に持ってくる これは ある意味では非常にいいビジネスです なぜかと言えば その資源の価格 環境コストを 地域によって うまい具合に最適化した ことになるからです ( 地域格差を利用する有害物のロンダリングとう行為が ) 本当にいいのかどうかは 皆さんの意見の分かれるところです 第三国で処理して輸入する - ここにも存在するレアメタルの 光 と 影 大上 意見の分かれる というのは どういうことでしょう 岡部例えば 資源セキュリティという観点から 中国に 90 パーセント以上のレアアー スを頼るのは どう考えても危険です ただ ノット イン マイ バックヤード (Not in My Backyard) という言葉があり NINBY ( ニンビー ) とも言いますが 自分の裏庭では汚い仕事はするな ただ どこかでごみ落としをしてくれたらいいのだよ という意味です それが まさに今オーストラリアでレアアースを掘って どこか別の環境規制の甘い国で処理をして 日本に持ち込むやり方です 中国に頼らなくても資源が確保できるという意味では 経済合理性の観点から非常に素晴らしいことですね 大上途中で処理するところも ごみは出るかもしれないけれど 経済的には潤うと 岡部はい 雇用も発生しますし そういったレアアースの新しい処理技術は 本来そこ にはないでしょうから 新技術が導入されていくことにもなります これをどう考えるか が非常に難しいところなのです 大上しかし 現実には そういう現象が至るところで起こっているのですね 岡部はい 今のオーストラリアの鉱石をどこか第三国で処理して 日本に持ち込むというのは 非常に分かりやすい典型事例です 多かれ少なかれ ( レアアースに限らず ) レアメタルの多くは ( その製造過程で ) さまざまな害悪を発生し しかも量が少ないので移動しやすいため 鉱石 ( や中間原料 ) は世界各国で処理されています 5
レアメタルのリサイクルは 今後も絶対忘れてはいけない重要な視点 大上今 レアメタルは 決して資源量という観点からは 多くの場合 レアではないと いう話を伺いました 次に レアメタルの問題には光と影があり さまざまな光明と そ れに対していろいろ出てくる廃棄物の問題があることを伺いました 他にレアメタルの全体像を語るにあたって 何かポイントはありますか 岡部レアメタルは 豊かな社会を支える産業のビタミンです そういった観点から見る と これからますます重要になります 皆さんが使っているスマートフォンは 開けてみたら元素の周期表を見ている感じで 多種多様のレアメタルが入っています そして その使用量はどんどん増えます そうい った意味では これからレアメタルはますます重要になってきます もう一つは 自動車が 走るレアメタル に変わってきていることです 昔は 自動車と言えば 鉄 アルミニウム 銅ぐらいしか金属を使っていなかったのですが 今やモーター仕掛けになっており センサーは入っていますし バッテリーもまさにレアメタルの塊です そういった意味では これから社会が豊かになって進歩すればするほど レアメタルは必要になるのです レアメタルが枯渇することはほとんどないのですが ( 今の技術では ) 環境破壊はどんど ん進んでいきます そうなると リサイクルが重要になってきます そういった意味では レアメタルのリサイクルは 今後 絶対忘れてはいけない重要な視点です 副産物としてのレアメタルが非常に重要になってくる 大上 レアメタルは大根の葉っぱだ と 以前 岡部先生はずっとおっしゃっていまし たが 葉っぱがむしろ大根より重要になってきているのですね 岡部まさにそうです 例えば 銅や鉛や亜鉛を ( 鉱石から ) 掘り出すのは 大根の根っ この部分を掘り出すことに相当し その時 ついでに付いてくるのが葉っぱに当たるレア メタルです しかし その ついでに付いてくるもの の重要性が増しているのです 例えば インジウムです 皆さんがスマートフォンをタッチパネルで操作できるのは 6
透明電極が入っているからで 透明なスクリーンの上に電極が付いています そういった 電極に使われるインジウムは 亜鉛を掘ると必ず付いてきます ( 補足 : 亜鉛 = 大根の根っこ ( 主産物 ) インジウム = 大根の葉っぱ ( 副産物 )) 最近ノーベル賞で有名になったガリウムナイトライド ( 窒化ガリウム ) のガリウムは アルミニウムを精錬すると 必ず一緒に出てきます つまり 先ほどお話した葉っぱの部分です 私たちは副産物と呼びますが その副産物が非常に大事になってくるのは事実なのです 大上分かりました 今日は まず そもそもレアメタルは何なのか それから レアメ タルをめぐる主要な課題について伺いました どうもありがとうございました ( インタビュアー : 大上二三雄氏 / エム アイ コンサルティンググループ株式会社代表 取締役 ) 7