表紙静香くま.pdf

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学習指導要領

教科 : 地理歴史科目 : 世界史 A 別紙 1 (1) 世界史へのいざない 学習指導要領ア自然環境と歴史歴史の舞台としての自然環境について 河川 海洋 草原 オアシス 森林などから適切な事例を取り上げ 地図や写真などを読み取る活動を通して 自然環境と人類の活動が相互に作用し合っていることに気付かせ

[ ギリシア人とポリス ] ギリシア人はポリスと呼ばれる都市国家を建設して集住 ( シモイキスモス ) していた また ギリシア人は方言によって分けられ 代表的なものが次の3つ イオニア人 アテネを建設 ドーリア人 スパルタを建設 アイオリス人 テーベを建設 各ポリスは争いを繰り広げる一方で 同じギ

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学習指導要領

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指導内容科目世界史 A の具体的な指導目標評価の観点 方法 ユーラシアの諸文明 西アジア 西アジアにおける古代オリエント文明とイラン人の活動 アラブ人とイスラーム帝国の形成過程や文明の特質を理解する 5 ユーラシアの諸文明 ヨーロッパ 古代ギリシア ローマ文明 キリスト教を基盤とした東西ヨーロッパ世


タングート 西夏オイラトジュンガル柔殷然突厥ウイグル契丹 遼前漢女真 金タタール卑チ東晋前 11C o 均田制 三長制 府兵制 ( 西魏 ) 西* 都鎬京周o 漢化政策 平城から洛陽に遷都 * 封建制度 宗族 宗法が支え 六朝文化{ 王羲之 顧愷之 陶潜 } 前 770 犬戎の侵入 581 東* 周

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学習指導要領

【近代2 ヨーロッパ世界の拡大】

「改訂版 世界史A(世A019)」教科書シラバス案

目次 序章先史の時代 先史時代 4 地域世界の展開 文明圏 8 第五章ユーラシアの統合 イスラーム世界 66 イスラームの分裂 68 モンゴル帝国のユーラシア統合 72 第一章オリエント史 エジプト文明の展開 12 メソポタミア文明 14 古代イラン世界 16 明清帝国 74 朝鮮半島史 78 中国

19 古オリエント史 エジプト シリア メソポタミア シリア 小アジアを含む地域で別名肥沃な三日月オリエント 大河の流域では穀物生産 他地域ではラクダや馬を利用する遊牧中心 東の 1 西の 2 の流域で 河の間の地域 の意メソポタミア 開放的な地形のため短期の王朝が興亡し, セム語族や印欧語族など諸

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学習指導要領

年間授業画 地理 歴史 2 年必修世界史 A( 理系 ) 数 2 2 年 56 組 書 教材世界史 A( 実教出版 ) プロムナード世界史 ( 浜島書店 ) 1 近代ヨーロッパの成立以後の近現代史を全世界的観点から体系的に理解させる 今日的な諸課題の解決の一助として歴史的理解 意識を習得させる 2

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中国の対東南アジア戦略

平成 30 年度年間授業計画 教科 : 地理歴史科目 : 世界史 A 校内科目名 : 世界史 A 対象年次 :1 2 単位 使用教科書 教材 教科書 現代の世界史 改訂版( 山川出版社 ) 補助教材 ニューステージ世界史詳覧 ( 浜島書店 ) 1 学期 2 学期 指導内容指導目標評価の観点 方法 <


(2)関係機関との連携・協力

冬季 A 期補習講座 2 ~ 比較地誌を極めよう ~ 第 1 問ニュージーランドとフィリピンに関する次の文章を読み, 下の問い ( 問 1~ 問 5) に答えよ ニュージーランドとフィリピンは, 環太平洋に位置する島嶼国という共通点をもつが, a 気 候には違いがある 国土面積もほぼ同じであるが,

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第 2 問問題のねらい青年期と自己の形成の課題について, アイデンティティや防衛機制に関する概念や理論等を活用して, 進路決定や日常生活の葛藤について考察する力を問うとともに, 日本及び世界の宗教や文化をとらえる上で大切な知識や考え方についての理解を問う ( 夏休みの課題として複数のテーマについて調

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3 孔子の説いた 忠恕 の 忠 は他人に対する思いやり, 恕 は自己を尽くす純 粋なまごころである 4 孟子の説いた 惻隠の心 は義の端緒である 5 荀子の考えでは, 人間は欲望のままに行動する利己的存在であり, 利己的な 心から争いが発生する 6 荀子は, 人は先王によって定められた礼を身に付けれ

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朝日 TV 2015/4/18-19 原発政策安倍内閣は 今後の電力供給のあり方について検討しているなかで 2030 年時点で 電力の 2 割程度を 原子力発電で賄う方針を示しています あなたは これを支持しますか 支持しませんか? 支持する 29% 支持しない 53% わからない 答えない 18%

数字で見る国連WFP 2014

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センター試験トライアル 第 2 回前篇

01 オリエント世界とギリシア世界 先史の時代 2005 01センター本試験B 1C 09 次の文の空欄に入れる地名として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 1980年代のフランスでは 諸文明の継承者であるという自負を示すかのように ルーヴル美術館の中庭のガラス製ピラミッド や パリ近郊のデファンス地区の ラ=グランド=アルシュ など 古代文明の建造物を現代風にアレンジした建築物が造られ た ラ=グランド=アルシェ は 人類を乗せて未来へ旅立つ 大きな箱船 を意味するとともに 現代の凱旋門として 古代 ローマ文明とつながるフランスの歴史の流れも人々に想起させる さらに1989年に 革命200周年記念式典の準備を進める 会合が で開催され 著名な洞窟壁画の見学会が恭しく行われた その壁画は フランス最古の モニュメント であり は人類の先史文明を象徴する場とされたのである ① マチュピチュ ② アルタミラ ③ ラスコー ④ ネアンデルタール 正解は③ フランスの洞窟壁画遺跡として有名 ① マチュピチュはインカ帝国の高山に造られた都市遺跡 ② アルタミラはスペインの洞窟壁画遺跡 ④ ネアンデルタールはドイツで旧人の化石が発見された場所 旧石器時代 更新世 氷河期 打製石器の使用 狩猟 漁労 採集経済 猿人 500万年以上前 アウストラロピテクスなど 礫石器の使用 アフリカに出現 原人 180万年前 北京原人 ピテカントロプス ジャワ原人 など 言語や火の使用 旧人 20万年前 ネアンデルタール人 埋葬の習慣 現代人とほぼ同じ脳容積 新人 4万年以上前 クロマニョン人 欧州 周口店上洞人 北京 現生人類 洞穴絵画 アルタミラ 西 やラスコー 仏 新石器時代 完新世 約1万年前より磨製石器の使用 食糧生産革命 農耕 牧畜 土器の使用 金属器時代 前4千年紀 文明の発生 文字の使用 都市国家の成立など 1

オリエントの地理と文化 2007 01センター本試験B 2B 04 約9000年前の時期の出来事について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① シュメール人の都市国家が形成され始めた ② ネアンデルタール人が出現した ③ 青銅器時代が始まった ④ 氷河期が終わり 気候が温暖化した 正解は④ 約1万年前に更新世の氷河期が終わり 約9000年前頃から食糧生産革命が起こった ①シュメール人の都市国家形成は 前4千年紀 ②ネアンデルタール人の出現は20万年以上前 ③青銅器時代は 西アジアでは都市国家形成と同じく前4千年紀 オリエント エジプト シリア メソポタミアの肥沃な三日月地帯に小アジア イランを含む 大河の流域では灌漑により穀物 小麦 生産 他地域ではラクダや馬を利用する遊牧中心 前4千年紀に都市国家の形成が始まる メソポタミア 北のティグリス 南のユーフラテスの流域で 河の間の地域 の意 開放的な地形のため交易盛ん 短期の王朝が興亡し セム語族や印欧語族が活動 文化 シュメールが基 粘土板に刻む楔形文字 ジッグラト 聖塔cf.バベルの塔 60進法 週7日制 占星術 太陰暦 月の運行に基づく ギルガメシュ伝説 シュメールの英雄叙事詩 ノアの箱船 説話の原型 エジプト ナイル河流域cf エジプトはナイルの賜物 ヘロドトス 孤立的な地域で農耕中心に文明成立 ハム語族の長期王朝が続く 文化 神聖文字 パピルス使用 ピラミッド ミイラ スフィンクス オベリスク 測地術 太陽暦 太陽の運行に基づく カエサルが採用しユリウス暦 死者の書 死者の生前の証明書兼 オシリス神の支配する冥界の案内書 ティルスとカルタゴ 2006 01センター本試験B 3A 01 フェニキア人の都市ティルス テュロス 及びその植民市カルタゴと 次の地図中の位置a cとの組合せとして正しいもの を 下の① ⑥のうちから一つ選べ ① ティルス テュロス a ② カルタゴ b ② ティルス テュロス a ② カルタゴ c ③ ティルス テュロス b ② カルタゴ a ④ ティルス テュロス b ② カルタゴ c ⑤ ティルス テュロス c ② カルタゴ a ⑥ ティルス テュロス c ② カルタゴ b 正解は② aのティルスは現在のレバノン cのカルタゴは現在のチュニジアに位置する 2

メソポタミアで活躍した民族 2004 01センター本試験B 1C 10 古代オリエントの歴史について述べた文として下線部の正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① シュメール人は 都市国家ウルを建設した ② ヒッタイトでは ファラオを頂点とする統一国家がつくられた ③ バビロニアは エジプトを含むオリエントを初めて統一した ④ フェニキア人は ダマスクスを中心に 主に内陸交易で活躍した 正解は① シュメール人は他にウルク ラガシュなどを建設 ②ヒッタイトがエジプトの誤り ヒッタイトは印欧系で小アジアに建設し 馬と戦車 鉄器を使用 ③バビロニアがアッシリアの誤り バビロニア アムル人の古バビロニア はメソポタミアを統一 ④フェニキア人がアラム人の誤り フェニキア人はシドン ティルスを中心に地中海交易で活躍 シュメール人 民族系統不明 ウル ウルクなど都市国家 楔形文字 60進法 太陰暦 アッカドの支配崩壊後 ウル第3王朝繁栄し法典の整備 ウル ナンム法典 アッカド人 セム系 シュメールと抗争し前24世紀サルゴン1世が最初のメソポタミア統一 アムル人 セム系で古バビロニア建国 前18世紀バビロン中心にメソポタミア統一 ハンムラビ王が復讐法 身分法のハンムラビ法典 ヒッタイトに滅亡 ヒッタイト インド ヨーロッパ系 小アジアに拠点 古バビロニアを滅ぼす 前14世紀頃に最初の鉄製武器 ミタンニを服属させる 小アジアに進出 前13世紀にエジプト新王国のラメス2世とカデシュの戦い 和平条約 前12世紀頃海の民の侵入などで滅亡 3

クレタ文明とミケーネ文明 2004 01センター本試験B 2A 01 地図中のa島において 前2千年紀前半ごろに栄えた古代文明について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちか ら一つ選べ ① エヴァンズにより この文明の遺跡が発見された ② 鉄器文明であった ③ ミケーネ文明を滅ぼして成立した ④ この文明では 文字が用いられなかった 正解は① この文明はクレタ文明である ②鉄器文明が誤り 青銅器文明だった ③ミケーネ文明は クレタ文明の影響を受け 後にクレタ文明を支配しているので誤り ④エジプト文字を簡略化した絵文字や 線文字Aと呼ばれる文字が用いられた 両文明ともエーゲ文明に含まれ 青銅器文明で鉄器は未使用 シュリーマンがミケーネ文明 トロヤ文明を発見 エヴァンズのクレタ文明発見 クレタ文明 前2000年頃 前15世紀 場所 系統 クレタ島クノッソスで民族系統不明 特徴 エジプト文字より線文字も未解読 海洋交易 平和的性格 ミケーネ文明 前16世紀頃 前1200年頃 場所 系統 ギリシア本土のミケーネ ピュロスでギリシア系アカイア人がクレタ文明の影響 特徴 線文字B ヴェントリス解読 戦闘的性格でクレタ トロヤを支配 貢納王政 ポリス 2006 01センター本試験B 3A 02 古代ギリシアの都市で市場や集会が開かれた広場の名として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アクロポリス ② アゴラ ③ フォルム ④ ポリス 正解は②のアゴラ ①のアクロポリスは城山 ③のフォルムはローマの広場である 前8世紀ころよりアクロポリス 城山 中心に貴族が指導し集住 シノイキスモス で成立 アクロポリス 神殿が建てられ 国家祭祀の場 公金を保管する国庫の役割も アゴラ 中央広場で市場や役所 裁判所が開かれ 市民の公共生活の中心 城壁で囲まれた市域と周辺の田園からなる 市民の大多数は田園に居住し 少数の奴隷を用いてクレーロス 持ち分地 を耕作 ポリスは母市も植民市もそれぞれが政治的に独立した都市国家 4

アテネの民主政改革 2006 01センター本試験B 3A 03 アテネの広場について述べた次の文章a cが 時代の古いものから順に正しく配列sれているものを 下の① ④のうちか ら一つ選べ a セレウコス朝シリアと対立していたペルガモンの王アッタロス2世が アテネの広場に柱廊を建設した b ソロンは広場で市民を鼓舞するために詩を朗唱し アテネはサラミス島を獲得するため積極的に戦うようになった この 後ソロンは改革事業の指導者に選ばれることになる c ペイシストラトスは自ら身体を傷つけて広場に現れ 政敵に襲われたと訴えた このため護衛兵をつけることが認められ たが 彼はこの護衛兵を利用して僭主政治を打ち立てることになる ① a b c ② a c b ③ b a c ④ b c a ⑤ c a b ⑥ c b a 正解は④ aはセレウコス朝シリアの記述からヘレニズム時代であり最後 bのソロンとcのペイシストラトスではソロンの財産政の後に ペイシストラトスの僭主政となるのでb c aとなる 契機 交易の発展で富裕平民が出現し 武器を自弁して重装歩兵として従軍 参政権要求 ソロン 財産政 財産に応じて軍役と義務 負債帳消し 債務奴隷禁止 ペイシストラトス 僭主政 貧困市民を背景 亡命貴族の土地を分配し小農民保護 クレイステネス 民主政 オストラキスモス 陶片追放 で僭主政防止 氏族的4部族 地区別10部族で民主政の基礎 テミストクレス サラミスの海戦で無産市民を軍船の漕ぎ手 無産市民の発言力上昇 ペリクレス 男子市民の直接民主制 民会を最高機関 ペロポネソス戦争開始後病死 前5世紀のギリシア 2002 04センター追試験B 2C 10 前5世紀のギリシアについて述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 三大悲劇詩人の作品が上演された コリントス同盟が結成された ソフィストが活躍した ペロポネソス戦争でアテネ側が敗北した 正解は② マケドニアのフィリッポス2世がギリシアのポリスを配下に置いたのがコリントス同盟なので これは前4世紀になる ①三大悲劇詩人は アイスキュロス ソフォクレス エウリピデス ③ソフィストは ペリクレス時代の直接民主政完成を背景に活躍 ④ペロポネソス戦争は 前431 前404年なのでアテネの敗北は前5世紀である 前500年のペルシア戦争開始から前404年のペロポネソス戦争終結の時期 アテネはペリクレス時代の繁栄 ペロポネソス戦争でデマゴーゴス出現 パルテノン神殿再建 指揮はフィディアス 本尊の アテナ女神像 を制作 ソフィスト 価値の相対性を主張 雄弁術の教師として前5世紀のアテネで活躍 プロタゴラス 人間が万物の尺度 最大のソフィスト 三大悲劇詩人 前5世紀活躍オリンポスの祭典やアテネのデュオニソス神の祭典で作品の上演 アイスキュロス アガメムノン トロヤ戦争の総大将アガメムノンの殺害で始まる悲劇 ソフォクレス オイディプス王 父を殺し母と結婚するというデルフォイの神託の成就 エウリピデス メディア 棄てられた妻の復讐劇 喜劇詩人 アリストファネス 女の平和 ペロポネソス戦争批判 5

クレイステネス改革 2003 01センター本試験B 3A 03 古代社会では様々な文字を書き記すために いろいろな材料が用いられた 例えば 前6世紀末のアテネにおいて ア のためにクレイステネスの改革によって設けられた制度では イ が投票に用いられた 文中の空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ア 僭主政の防止 イ 銅板 ② ア 僭主政の防止 イ 陶片 ③ ア 護民官の選挙 イ 銅板 ④ ア 護民官の選挙 イ 陶片 正解は② クレイステネスの陶片追放は 僭主の防止が目的であった 世界史上の船 2010 01センター本試験B 3A 03 古代ギリシアで軍船として用いられた船の種類として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ジャンク船 ② ダウ船 ③ 三段櫂船 ④ 亀甲船 正解は③ 地中海で近世まで軍船として用いられたガレー船の一種 ①ジャンク船は中国の船 ②ダウ船は ムスリム商人がインド洋交易で用いた船 ④亀甲船は 李舜臣が日本水軍を撃退した際に用いた軍船 三段櫂船 古代ギリシアの軍船 櫂で漕ぐガレー船の一種 青銅で覆った船首を敵の船腹にぶつける サラミスの海戦でテミストクレス指揮のアテネ海軍が 無産市民を漕ぎ手にアケメネス朝に勝利 ダウ船 インド洋で用いられた西アジアの船 三角帆を用い 風上にも航行可能 ムスリム商人が用いて唐代にはマラッカ海峡を抜けて中国にも来航 ジャンク船 中国の船で宋代に外洋航行用に改造され 中国商人の海外進出 横壁と台形帆 宝船 鄭和の南海遠征で用いられた大型船 南海の豊富な物産を持ち帰ったことで呼称 ガレオン船 スペインが太平洋の横断に用いた大型の帆船 メキシコのアカプルコとフィリピンのマニラを結ぶガレオン アカプルコ 交易に使用 亀甲船 豊臣秀吉の朝鮮出兵 壬辰丁酉の倭乱 に際し 李舜臣が用いた軍船 朱印船 17世紀前期に徳川政権の朱印状を得て東南アジアに航行した大型帆船 6

ポリス間の同盟 2007 01センター本試験B 4A 01 古代ギリシアでは アテネやスパルタなどをそれぞれ盟主として 都市国家 ポリス の間で同盟が結ばれたが スパルタを 盟主として結ばれた同盟の名として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① デロス同盟 ② ペロポネソス同盟 ③ コリントス コリント 同盟 ④ 四国同盟 正解は② ①は サラミスの海戦後にアテネを盟主として結ばれた同盟 ③は マケドニアのフィリッポス2世がギリシアの諸ポリスに結ばせた同盟 ④は ウィーン体制維持のため オーストリア ロシア プロイセン イギリスが結んだ同盟 デロス同盟 ペルシア戦争で ペルシアの再来の備えアテネ中心に前478年結成の同盟 エーゲ海沿岸の約150のポリスが参加 海軍維持のため 軍船か供出金の提供を義務 初期デロス島に置かれた同盟金庫をアテネが管理し 同盟を支配 戦争終結後も同盟維持 ペロポネソス同盟 前6世紀にペロポネソス半島の諸ポリスがスパルタ盟主に結成の軍事同盟 ペロポネソス戦争 前431-前404 両同盟間の戦争 ペリクレスの病死とデマゴーゴスの台頭 アケメネス朝ペルシアがスパルタを支援 アテネのシチリア島シラクサ遠征失敗 スパルタ勝利 前4世紀 ポリス社会はペルシアの煽動で戦乱が続く 傭兵の使用が流行し 貧富の格差も拡大 テーベがスパルタに勝利 エパメイノンダス活躍 ギリシアの覇権 マケドニアの台頭 前338年カイロネイアの戦い マケドニアのフィリッポス2世にアテネ テーベ連合軍敗北 コリントス コリント 同盟 スパルタを除くポリス参加 フィリッポス2世が最高軍事指揮権 ペルシア征討を決議し アレクサンドロス大王と東方遠征 ギリシア哲学 2001 01センター本試験B 3A 03 古代ギリシアの知識人について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ タレースらが自然哲学を唱え 自然の本質を探ろうとした ソフィストが登場し 絶対的な真理の存在を主張した プラトンは イデア論や国家論を説いた アリストテレスは 諸学問を集大成して体系化を進めた 正解は② ソフィストは絶対的な真理の存在を 主張ではなく否定し 価値の相対性を主張した 自然哲学 イオニア植民ミレトスなどで発展 万物の根源を追求 タレス 最初の自然哲学者 万物の根源を水 ヘラクレイトス 万物流転 万物の根源の象徴として火 ピタゴラス 万物の根源を数 デモクリトス 万物の根源を原子 ソフィスト 価値の相対性を主張 雄弁術の教師としてアテネで活躍 プロタゴラス 人間が万物の尺度 最大のソフィスト ソクラテス 普遍的価値の実在を主張 ペロポネソス戦争期に活躍 民衆裁判で処刑 プラトン イデア説 国家論 哲人政治 シラクサでの実験は失敗 アカデメイア学園創設 アリストテレス 体系的哲学者 ニコマコス倫理学 アレクサンドロスの師 7

ソフィスト 2005 01センター本試験B 2A 01 前5世紀に活躍したソフィストと呼ばれる人々について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 彼らの一人であるソクラテスは 人間は万物の尺度 と主張して 客観的真理の存在を否定した ② 彼らは 万物の根源を追求することを主な活動としていた ③ 彼らは 弁論術を市民たちに教えていた ④ 彼らは 教父として正統教義の確立に努めた 正解は③ 民主政が発展したアテネで民会が重要となると 民会での演説のため弁論術が必要となった ①ソクラテスがプロタゴラスの誤り ソクラテスは ソフィストを批判して普遍的真理の実在を主張 ②万物の根源を主張したのは イオニア植民都市ミレトスのタレースに始まる自然哲学者 ④教父は ローマ帝国末期のキリスト教神学者でアウグスティヌスが代表 ペロポネソス戦争とその影響 2005 01センター本試験B 2A 02 マケドニアが前4世紀後半にアテネ テーベ連合軍を破って ギリシア支配を進めることになった戦いの名として正しいもの を 次の① ④のうちから一つ選べ ① アクティウムの海戦 ② カイロネイアの戦い ③ サラミスの海戦 ④ マラトンの戦い 正解は② ①アクティウムの海戦は ローマのオクタヴィアヌスがアントニウスとクレオパトラを破った戦い ③サラミスの海戦は ペルシア戦争中の前480年アテネを中心とするギリシア海軍がペルシアに勝利 ④マラトンの戦いは ペルシア戦争中の前490年アテネの重装歩兵がペルシアに勝利 ペロポネソス戦争 前431-前404 アテネ盟主のデロス同盟vsスパルタ盟主のペロポネソス同盟 ペリクレスの病死とデマゴーゴスの台頭 アケメネス朝ペルシアがスパルタを支援 アテネのシチリア島シラクサ遠征失敗 スパルタ勝利 衆愚政 扇動政治家 デマゴーグ デマゴーゴス による政治で民主政腐敗し アテネの敗北 戦争終結後 デロス同盟解体も アテネ自体は復興し勢力を回復 前4世紀 ポリス社会はペルシアの煽動で戦乱が続く 傭兵の使用が流行し 貧富の格差も拡大 テーベがスパルタに勝利 エパメイノンダス活躍 ギリシアの覇権 マケドニアの台頭 前338年カイロネイアの戦い マケドニアのフィリッポス2世にアテネ テーベ連合軍敗北 関係した文化史上の人物 トゥキディデス 科学的記述でペロポネソス戦争を記述した 歴史 を著す アリストファネス 喜劇作家 女の平和 でペロポネソス戦争を批判 8

古典古代の科学 2003 01センター本試験B 2A 01 右図は2世紀ごろ活躍したアレクサンドリア出身の ① に由来するとされる地図である ①の人物は 天動説を体系化し て 後のヨーロッパの天文学に大きな影響を与えたことで知られている この人物の名として正しいものを 次の① ④のう ちから一つ選べ ① プルタルコス ② プトレマイオス ③ エウクレイデス ④ ピタゴラス 正解は②のプトレマイオス ローマ帝国期に活躍したギリシア人学者の一人である ①プルタルコスは ギリシアとローマの英雄を比較して論じた 対比列伝 を著した ③エウクレイデスは ヘレニズム期ムセイオンで活躍の幾何学者 ④ピタゴラスは 万物の根源を数としたギリシアの自然哲学者の一人 自然科学 プトレマイオス朝の都アレクサンドリアのムセイオンが研究の中心 エラトステネス 子午線の長さ 地球の周長 を測定 アリスタルコス 地動説を唱える 後2世紀 ローマ期 のプトレマイオスは天動説 アルキメデス シチリア出身の物理学者 浮体の原理 ローマ兵に殺害 エウクレイデス 平面幾何学を大成 博物学 ローマで大プリニウス ネロ帝期の将軍 が集大成 博物誌 医学 ヒッポクラテス 前5 4C ギリシア 病因を追求し 医学の父 ガレノス(2C) ギリシア人医師 解剖学 マルクス=アウレリウス アントニヌス帝の侍医 9

02 地中海世界 カルタゴ 2008 01センター本試験B 3B 04 カルタゴを建設した人々の名称として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アラブ人 ② ペルシア人 ③ ギリシア人 ④ フェニキア人 正解は④ カルタゴはフェニキア人のティルスの植民市 ポエニ戦争の ポエニ は フェニキア人に対するローマの呼称から ローマの建国と身分闘争 2002 01センター本試験B 2A 01 前4世紀のローマについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① エトルリア人の王を戴いていた ② 第2次ポエニ戦争を終えたところであった ③ グラックス兄弟が改革を準備していた ④ リキニウス=セクスティウス法が制定された 正解は④ 前5世紀十二表法 前4世紀リキニウス セクスティウス法 前3世紀ホルテンシウス法 ①エトルリア人の王は 前6世紀末に追放した アテネのクレイステネス改革のころ ②ポエニ戦争は 前264年から開始なので誤り ③グラックス兄弟の改革は 前2世紀末 前8世紀にインド=ヨーロッパ系イタリア人のラテン人がティベル川の河畔に建設 前6世紀末にエトルリア人の王追放し 共和政 パトリキ 貴族 コンスル 軍 行政の指導者 と元老院 最高機関 を独占 元老院はコンスルなど公職経験者の終身議員からなり その権威は帝政前期まで続く プレブス 平民 護民官 元老院とコンスルの決定に拒否権 と平民会で対抗 前5世紀 十二表法 法の成文化 前4世紀 リキニウス=セクスティウス法 公有地の占有制限 コンスルの一人を平民 貴族とコンスルを輩出した平民の上層が融合し 新支配層のノビレスが台頭 前3世紀 ホルテンシウス法 平民会の決議が元老院の承認を経ず国法 身分闘争の終結 10

革命の1世紀の展開 2008 01センター本試験B 3B 05 ローマ共和政の時期に起こった出来事について述べた次の文a cが 年代の古いものから順に正しく配列されているもの を 下の① ④のうちから一つ選べ a オクタヴィアヌスが アクティウムの海戦で勝利した b グラックス兄弟が 土地改革を行った c 第1回三頭政治が成立した ① a b c ② a c b ③ b a c ④ b c a ⑤ c a b ⑥ c b a 正解は④ 中小農民の没落 奴隷を用いたラティフンディアの拡大 安価な穀物の流入 戦争の疲弊 グラックス兄弟改革 護民官としてリキニウス セクスティウス法の公有地占有制限を復活 没落した中小農民を復活させ 重装歩兵軍の再建を意図 元老院に拠る閥族派の反対で失敗 マリウスの兵制改革 義務兵役にかえて職業軍人制を導入 平民派マリウスと閥族派スラ党争 同盟市戦争 前91年半島内同盟市が市民権要求 スラ鎮圧 ローマ市民権イタリアへ拡大 スパルタクスの乱 前73年剣奴など奴隷の大反乱 クラッススとポンペイウス鎮圧 軍隊は有力者の私兵化し 有力者は征服戦争や反乱鎮圧で民衆の支持を競う 第一回三頭政治 前60 ポンペイウス クラッスス パルティア遠征で敗死 カエサル カエサル 平民派のマリウスの後継者 現フランスのガリア遠征 がリア戦記 を著す カエサルとポンペイウス対立し カエサル勝利 エジプトより太陽暦導入 第二回三頭政治 前43年 レピドゥスが早期に失脚しアントニウスとオクタヴィアヌス対立 アクティウムの海戦 前31年オクタヴィアヌスがアントニウスとクレオパトラに勝利 前30年プトレマイオス朝エジプトを滅ぼし 地中海世界の統一 元首政開始 前27年オクタヴィアヌスがアウグストゥスの称号を元老院より得て安定回復 ギリシアの植民都市 2004 01センター本試験B 2B 04 前8世紀に南イタリアに建設されたギリシア人の植民市の名として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ウィンドボナ ② タレントゥム タラス ③ ルテティア ④ ロンディニウム 正解は②のタレントゥム ①ウィンドボナは現ウィーン ③ルテティアは現パリ ④ロンディニウムは現ロンドンでいずれもローマの植民市 マッサリア 南フランス地中海岸ローヌ河口の海港都市 現マルセイユ ネアポリス 南イタリアの中心都市 現ナポリ ナポリ王国の首都 タレントゥム イタリア南端で前272年ローマはタレントゥム征服でイタリア統一 シラクサ シチリア島東岸 プラトンが哲人政治を試み失敗 アルキメデスの出身地 ビザンティオン ボスフォラス海峡ヨーロッパ側 コンスタンティノープル イスタンブル ミレトス 小アジア西岸のイオニア人植民市 自然哲学の発生 ペルシア戦争の契機 11

ローマの大農経営 2001 01センター本試験B 4A 01 次の文の空欄①に入れる語として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ ローマ帝国では イタリア半島を中心に紀元前後の数百年にわたり 主として奴隷を使用した大所領の農業経営が発達し た このような大所領は ① と呼ばれ そこでは商品用の農作物が大規模に生産された ① マニュファクチュア ② ラティフンディア ③ イクター ④ コルホーズ 正解は② ①のマニュファクチュアは 工場制手工業のこと ③のイクターは イスラーム世界で軍人に与えた土地徴税権 ④のコルホーズは 旧ソヴィエト連邦の集団農場 ラティフンディウム 前1世紀頃 イタリア半島を中心に拡大 奴隷を用いオリーブなど商品作物の栽培を中心 ローマの平和による奴隷の減少と属州の発展で衰退 コロナートゥス 3世紀頃よりラティフンディアに代わり帝国西半で拡大 大土地所有者は 小作人コロヌスより地代 穀物を中心とした自給的農業 コンスタンティヌス帝の時にコロヌスに土地緊縛令 三頭政治の展開 2003 01センター本試験B 3A 01 クレオパトラがエジプト女王であった時期のエジプトやローマの政治状況について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① オクタヴィアヌス アントニウス クラッススの間で 第2回三頭政治が行われた ② ローマは エジプトからシチリアを奪って属州とした ③ ポンペイウスの後継者の地位をめぐって オクタヴィアヌスとアントニウスの対立が深まった ④ クレオパトラとアントニウスは 協力関係にあった 正解は④ クレオパトラとアントニウスは 正式に結婚した ①クラッススがレピドゥスの誤り クラッススは第1回三頭政治に参加 ②シチリアは カルタゴとローマが争い 前3世紀の第1回ポエニ戦争の後ローマの属州となった ③ポンペイウスがカエサルの誤り ポンペイウスは 第1回三頭政治でカエサルと対立し敗北 第一回三頭政治 前60 有力将軍が元老院に対抗し 非公式に結成 ポンペイウス 閥族派 ポントゥス王ミトリダテスを破り セレウコス朝 ハスモン朝征服 クラッスス 大富豪 ポンペイウスと共にスパルタクスの乱を鎮圧 パルティア遠征で敗死 カエサル 平民派のマリウスの後継者 現フランスのガリア遠征 がリア戦記 を著す カエサルとポンペイウス対立し カエサル勝利 終身独裁官 エジプトより太陽暦導入 属州の徴税請負制廃止の改革 共和派のブルートゥスらに暗殺 第二回三頭政治 前43年 元老院の承認を得て公式に結成 レピドゥス 早期に失脚 アントニウス エジプトの女王クレオパトラと結ぶ オクタヴィアヌス カエサルの甥で養子 アクティウムの海戦 前31年オクタヴィアヌスがアントニウスとクレオパトラに勝利 前30年プトレマイオス朝エジプトを征服し 地中海世界を統一 元首政開始 前27年オクタヴィアヌスがアウグストゥスの称号を元老院より得て安定回復 12

専制君主政期の皇帝 1999 02センター本試験A 2A 01 コンスタンティヌス大帝の時代のローマ帝国について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① フェニキア人の植民都市をポエニ戦争で破った ② キリスト教公認などの改革が行われたが 帝国の西半は衰退に向かっていた ③ 軍管区制度 テマ制度 の導入により 帝国の安定が図られた ④ 北方からノルマン人が進出し 各地に王国を建てた 正解は② 帝国東半は復興したため コンスタンティヌス帝はビザンティウムをコンスタンティノープルとして遷都した ①ポエニ戦争は 前3世紀から前2世紀で 4世紀前半のコンスタンティヌス帝時代ではない ③軍管区制は イスラームの侵出を受け 7世紀以降に形成 ④ノルマン人の建国は 中世西欧の出来事 ディオクレティアヌス 3世紀の軍人皇帝時代を終結 四分統治 キリスト教迫害 コンスタンティヌス ミラノ勅令でキリスト教公認 ニケーア公会議でアタナシウス派正統 ビザンティウムに遷都し コンスタンティノープルと改称 金貨発行し交易を振興 職業 身分固定 コロヌスの移動の自由を奪う ユリアヌス 361-363 キリスト教からミトラ教に改宗し 背教者 テオドシウス キリスト教国教化 死後帝国の東西分裂 ローマの学者と詩人 2001 04センター追試験B 2B ローマ人によって書かれた作品について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ リヴィウスは ローマ建国史 を著した アエネイス は ローマ建国の伝説を主題としている キケロは ゲルマニア を著した カエサルは ガリア戦記 を著した 正解は③ キケロがタキトゥスの誤り キケロはカエサルの政敵でギリシア思想をローマに紹介し 国家論 などラテン語散文を確立し た人物 ローマの学者 ストラボン 紀元前後 地理誌 ローマ版風土記 地域毎に史実から伝説まで 大プリニウス(1C) 博物誌 ネロ帝期将軍 ポンペイ救出に向かい殉職 著作は博物学書 プトレマイオス(2C) アルマゲスト ギリシア人で天動説を主張 世界地図も有名 ガレノス(2C) ギリシア人医師 解剖学 マルクス=アウレリウス アントニヌス帝の侍医 ローマの歴史家 ポリビオス 小スキピオに仕えたギリシア人歴史家 第三次ポエニ戦争見聞 政体循環史観 君主政 暴君政 貴族政 寡頭政 民主政 衆愚政 君主政 カエサル ガリア戦記 ガリア 現フランス辺り 遠征の記録 ゲルマン史料 リヴィウス アウグストゥス帝に仕えたローマ人歴史家 ラテン語で ローマ建国史 タキトゥス 1世紀中頃から2世紀初に活躍のローマの政治家 歴史家 ゲルマニア ゲルマン人紹介 ゲルマン人の質朴さを称え ローマ人を諫めた 年代記 共和政を思慕 ネロ帝のキリスト教徒迫害を記録 プルタルコス(1C-2C) 対比列伝 ギリシア人でギリシアとローマの英雄を比較 アウグストゥス帝期のラテン文学全盛期三大詩人 ヴェルギリウス アエネイス 建国叙事詩 ホラティウス 叙情詩集 叙情詩 サッフォーなどギリシア叙情詩人に範をとる オヴィディウス 転身譜 神話より変身の物語を集める 13

ローマの哲学者と歴史家 2005 01センター本試験B 2A 03 ストア哲学の思想を示している作品について述べた文として正しいものを 次の① ③のうちから一つ選べ ① 労働と日々 仕事と日々 が ヴェルギリウスによって著された ② ローマ建国史 ローマ史 が キケロによって著された ③ 自省録 が マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝によって著された ④ 告白 告白録 が ディオクレティアヌス帝によって著された 正解は③ マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝は五賢帝の最後で 哲人皇帝と称された ① 労働と日々 は ヴェルギリウスではなくヘシオドスの作品でストア派作品ではない ヴェルギリウスはローマラテン文学の詩人で ア エネイス の著者 ② ローマ建国史 はキケロではなくリヴィウスで ストア派作品ではない キケロは ギリシア思想をローマに紹介し 国家論 などラテン 語散文を確立したカエサルの政敵 ④ 告白 はディオクレティアヌス帝ではなくアウグスティヌスで キリスト教教父の著作 ローマの哲学者 キケロ 国家論 カエサルの政敵の弁論家 ギリシア哲学をローマに紹介 セネカ ネロ帝の師のストア派哲学者 エピクテトス ギリシア人解放奴隷のストア派哲学者 死後に弟子が 語録 マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝 ストア派哲人皇帝でギリシア語で 自省録 プロティノス 新プラトン派でイスラームのスーフィズムなどにも影響 ローマの歴史家 ポリビオス 小スキピオに仕えたギリシア人歴史家 第三次ポエニ戦争見聞 政体循環史観 君主政 暴君政 貴族政 寡頭政 民主政 衆愚政 君主政 カエサル ガリア戦記 ガリア 現フランス辺り 遠征の記録 ゲルマン史料 リヴィウス アウグストゥス帝に仕えたローマ人歴史家 ラテン語で ローマ建国史 タキトゥス 1世紀中頃から2世紀初に活躍のローマの政治家 歴史家 ゲルマニア ゲルマン人紹介 ゲルマン人の質朴さを称え ローマ人を諫めた 年代記 共和政を思慕 ネロ帝のキリスト教徒迫害を記録 プルタルコス(1C-2C) 対比列伝 ギリシア人でギリシアとローマの英雄を比較 14

03 イラン世界と南 東南アジア世界 ササン朝 1998 04センター追試験B 3B 05 ササン朝ペルシアについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① この王朝のホスロー1世は ローマ帝国と戦って 皇帝を捕虜にした ② この王朝のもとで発達した美術 工芸品の様式の影響は 遠く日本の正倉院宝物にも見られる ③ この王朝のシャープール1世は 突厥と結んでエフタルを滅ぼした ④ この王朝の支配者が信仰したゾロアスター教は 仏教 キリスト教などの要素を融合させたものであった 正解は② ①ホスロー1世が シャープール1世の誤り シャープール1世がウァレリアヌスを捕虜としている ③シャープール1世が ホスロー1世の誤り ④仏教 キリスト教などの要素を融合させたのは マニ教である イラン系王朝でゾロアスター教を国教 経典 アヴェスター を編纂 パルティア 中国名安息 を滅ぼし アルデシール1世が建国 3世紀シャープール1世 ローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜 クシャーナ朝を征服 6世紀ホスロー1世 帝国最盛期を現出 突厥を介し中国と交易 インド洋にも進出 西 東ローマユスティニアヌスと抗争しシリア進出 イエメンも征服 東 エフタルを突厥とむすび挟撃して滅ぼす ユスティニアヌスのアカデメイア閉鎖 ギリシアの学者の亡命受け入れ 642年ニハーヴァンドの戦いでイスラーム帝国 正統カリフ時代 に敗北 滅亡 ローマの法 2005 01センター本試験B 4A 01 古代文明の法や制度について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アケメネス朝のハンムラビ王が制定した法典は 復讐法の原則に立っている ② ローマでは前5世紀に 十二表法と呼ばれる成文法が制定された ③ 三頭政治を行ったオクタヴィアヌスは ローマ法大全 を編纂した ④ インダス文明では ヴァルナ制と呼ばれる身分制度が発達した 正解は② 前5世紀が十二表法 前4世紀がリキニウス セクスティウス法 前3世紀がホルテンシウス法 ① アケメネス朝が 古バビロニアの誤り ③ ローマ法大全 の編纂を命じたのは 6世紀の東ローマ皇帝であるユスティニアヌス帝 ④ ヴァルナ制は アーリア人のガンジス移動と先住民征服の過程で成立したと考えられている ローマ法 ローマが後世に残した最大の文化遺産で十二表法に始まる 裁判官の判決例や 法律家の解釈なども法としての権威を認められる パトリキ 貴族 とプレブス 平民 の身分闘争期の法 前5世紀 十二表法 法の成文化 前4世紀 リキニウス セクスティウス法 コンスルの一人平民 ノビレス 新貴族 台頭 前3世紀 ホルテンシウス法 平民会の決議が元老院の承認を経ず国法 身分闘争の終結 市民法 共和政 帝政初期に作られた 市民権所有者に適用される法 万民法 212年カラカラ帝の全自由民への市民権拡大により 帝国全住民に適用される法 ローマ法大全 勅法集 学説集 法学理論で構成のローマ法の集大成の法典 ユスティニアヌス帝が編纂命じ トリボニアヌスら編集 15

古代文字の解読 2003 01センター本試験B 3A 02 文字や文字記録について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ ロゼッタ=ストーンには ギリシア文字で書かれた部分がある 楔形文字は 主に粘土板に記されたが 碑文に用いられた例もある 死者の書 は パピルス紙にアラム文字で書かれている インダス文字は 印象などに刻まれているが 未解読である 正解は③ 死者の書 はエジプトの副葬品なので エジプト文字で書かれている ① ロゼッタ=ストーンは同一内容が神聖文字 民衆文字 ギリシア文字で書かれていたため シャンポリオンの解読につながっている シャンポリオン エジプトの神聖文字 ヒエログリフ をロゼッタストーンから解読 ロゼッタストーンはプトレマイオス朝エジプトで製作 ナポレオンのエジプト遠征で発見 ギリシア文字 神聖文字 民衆文字で同一内容が記されていた ローリンソン 楔形文字をベヒストゥーン碑文で解読 グローテフェント 楔形文字をペルセポリス碑文で解読 ヴェントリス エーゲ文明のうち ミケーネ文明の線文字Bを解読 古代インド王朝 2003 01センター本試験B 3B 05 前3世紀のインドについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ガウタマ=シッダールタが 仏教を興した ② アショーカ王が ダルマに基づく統治を目指した ③ カニシカ カニシュカ 王が 仏教を保護し 仏典の結集が行われた ④ チャンドラグプタ2世が 北インド全域を支配した 正解は② アレクサンドロスのインド侵入が前4世紀末であり その後の変動からマウリヤ朝が成立したことを想起すれば アショーカ 王の時代が前3世紀であることが理解できる ① ガウタマ=シッダールタは前500年頃活躍とされている ③ カニシカ王は2世紀の人物 ④ チャンドラグプタ2世は4世紀の人物 マウリヤ朝 ガンジス中流マガダ国の王朝で都パータリプトラ 前4 前2世紀 アレクサンドロスの侵入を機にチャンドラグプタが建国 セレウコスの侵入撃退 アショーカ王全盛 前3世紀 で南端を除くインドの統一 ダルマに基づく統治 衰退後 前2世紀にアフガニスタンよりギリシア系バクトリアなど侵入 アーンドラ朝 前2 3世紀 デカン高原のドラヴィダ系国家でローマと季節風貿易 ナーガルジュナが大乗仏教理論 クシャーナ朝 1 3世紀 北西部にイラン系クシャン族が建国 都プルシャプラ 絹の道交易 2世紀のカニシカ王全盛 第4回仏典結集 ヘレニズム風の仏像制作開始のガンダーラ美術 グプタ朝 インドの伝統文化復興 都パータリプトラ 4 6世紀 カーリダーサがサンスクリット文学の傑作 シャクンタラー チャンドラグプタ2世全盛 法顕来印 仏国記 ガンジス中流のナーランダー僧院で大乗仏教の教学盛んも 民衆にヒンドゥー教浸透 インド風のグプタ美術 アジャンター石窟寺院の壁画 マヌ法典 ヴァルナに基づく日常の規範 ラーマーヤナ マハーバーラタ 完成 ヴァルダナ朝 ハルシャ ヴァルダナ建国 玄奘来印しナーランダー僧院留学 都カナウジ 7世紀 大唐西域記 16

ガンダーラ美術 1999 05センター追試験A 2A 03 ガンダーラ様式の仏教美術について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ①クメール文化の影響を受け 真臘のアンコールで栄えた ②クシャーナ朝時代の西北インドで栄えた ③アケメネス朝時代に盛んになり ササン朝に受けつがれた ④マウリヤ朝時代に盛んになり 中央アジアへ受けつがれた 正解は② ガンダーラ美術は クシャーナ朝下で栄えたヘレニズム風仏教美術で仏像を制作した ①クメール文化ではなく ヘレニズム文化の影響を受けて西北インドで栄えた ③アケメネス朝で盛んとなってササン朝に受けつがれ 国教となったのはゾロアスター教 ④マウリヤ朝時代が誤り ガンダーラ美術は中央アジアに伝わり 大乗仏教とともに東アジアに伝播した 1 2世紀の世界 2001 02センター本試験A 3A 02 後漢が中国を支配していた時期の世界各地の状況について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一 つ選べ ① サータヴァーハナ朝が海上交易で栄えていた ② 西北インドから中央アジアにかけて クシャーナ朝が栄えていた ③ イラン高原では ササン朝が東西交易によって栄えていた ④ ローマ帝国は ローマの平和 と呼ばれる全盛期にあった 正解は③ ササン朝がパルティアの誤り 漢代にイラン高原に存在していたのはパルティア 安息 ユーラシア大陸に大帝国が並立し 東西交流の時代 地中海世界 ローマ帝国の ローマの平和 期 西アジア世界 イラン系のパルティア王国 中国名は安息 がローマに対抗 中央アジア西部 北インド イラン系クシャーナ朝 2世紀カニシカ王全盛 ガンダーラ美術 南インド ドラヴィダ系サータヴァーハナ朝がローマと交易 ナーガルジュナの大乗仏教理論 東アジア世界 後漢 1世紀末に西域都後班超が北匈奴を駆逐し 西域進出 オアシスの道 漢の絹がクシャーナ朝 パルティアの中継貿易を経てローマへ 1世紀末 後漢の西域都護班超が部下の甘英を大秦国 ローマ 派遣も失敗 海の道 ローマ帝国のギリシア人商人が季節風発見し季節風貿易 エリュトゥラー海案内記 メコン下流域にクメール人の扶南成立 外港オケオからローマ金貨と漢の鏡出土 166年大秦王安敦 マルクス アウレリウス アントニヌス帝 の使者が日南 後漢書 17

古代インドの宗教 2003 01センター本試験B 4B 04 ダルマシャーストラ文献は ヴァルナごとの行動規範などを示した文献の総称である その中に含まれる文献の名として最も 適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ハンムラビ法典 ② マハーバーラタ ③ マヌ法典 ④ アヴェスター 正解は③ マヌ法典 はヴァルナ秩序を示した根本文献である ①は古代メソポタミアの古バビロニア王国で成立 ②はインドの二大叙事詩の一つ ④はゾロアスター教の経典 バラモン教 バラモンが祭司 ヴェーダを啓典 形式化に対してウパニシャッド哲学 ジャイナ教 前6世紀頃クシャトリヤ出身のヴァルダマーナ創始 ヴァルナ否定 苦行重視 仏教 前6世紀頃クシャトリヤ出身のゴータマ シッダールタ創始 ヴァルナ否定 苦行否定 マウリヤ朝のアショーカ王はダルマ 法 を重視 上座部仏教 個人の修行による救済を重視 大乗仏教 菩薩信仰を重視し 大衆の救済を説く サータヴァーハナ朝とクシャーナ朝併存期に台頭 ヒンドゥー教 バラモン教に民間信仰融合し普及 偶像崇拝の多神教 維持神ヴィシュヌと破壊神シヴァ人気で神との一体化を求めるバクティ運動も発生 二大叙事詩 ラーマーヤナ と マハーバーラタ は 王子をヴィシュヌ神の化身として重視 マヌ法典 ヴァルナ秩序に基づきヒンドゥー教徒の日常生活の規範を定める グプタ朝文化 2002 04センター追試験B 2B 05 グプタ朝時代のインドについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アショーカ王の石柱碑は グプタ様式の代表的なものである ② 中国の僧法顕は グプタ朝の最盛期にインドを訪れた ③ グプタ朝時代には ヒンドゥー教に代わって仏教が盛んになった ④ グプタ朝は 仏典を集大成して ウパニシャッド 奥義書 を完成させた 正解は② 法顕はチャンドラグプタ2世の全盛期のグプタ朝インドを訪れた ①アショーカ王は グプタ朝ではなく マウリヤ朝 ③ヒンドゥー教と仏教が逆 ④ウパニシャッド哲学は バラモン教内部の革新運動で 前6世紀頃 グプタ朝 4 6世紀 都パータリプトラでインドの伝統文化復興 カーリダーサがサンスクリット文学の傑作 シャクンタラー チャンドラグプタ2世全盛 法顕来印 仏国記 ナーランダー僧院を建設し大乗仏教の教学盛ん 民衆にはヒンドゥー教浸透 インド風のグプタ美術 アジャンター石窟寺院の壁画 ラーマーヤナ マハーバーラタ の二大叙事詩も完成 18

来印の三仏僧 2008 01センター本試験B 1A 02 玄奘が訪れた当時のインドの王と王朝の名の組合せとして正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ハルシャ=ヴァルダナ ヴァルダナ朝 ② アショーカ マウリヤ朝 ③ チャンドラグプタ1世 グプタ朝 ④ ムアーウィヤ ウマイヤ朝 正解は① 玄奘はナーランダー僧院留学し ハルシャ=ヴァルダナ王にも謁見している 法顕 東晋 往 陸路 復 海路 グプタ朝チャンドラグプタ2世期 仏国記 玄奘 唐 往 陸路 復 陸路 ヴァルダナ朝ハルシャヴァルダナ 大唐西域記 義浄 唐 往 海路 復 海路 ヴァルダナ朝崩壊後のインド シュリーヴィジャヤに滞在 南海寄帰内法伝 東南アジアの遺物と遺跡 2009 01センター本試験B 3B 04 東南アジア地域における遺物や遺跡を示した次の写真aとbについて述べた下の文アとイの正誤の組合せとして正しいもの を 下の① ④のうちから一つ選べ ア aの遺物は ドンソン文化を代表する器物である イ bの遺跡は 大乗仏教遺跡として建造されたものである ①ア 正 ②ア 正 ③ア 誤 ④ア 誤 イ 正 イ 誤 イ 正 イ 正 正解は② アの遺物は ドンソン文化を代表する銅鼓であり 正しい イの遺跡は アンコール=ワットであり ヒンドゥー教寺院として建 造され 後に上座部仏教寺院となったので 大乗仏教遺跡ではない 従って誤りである 19

東南アジアの宗教文化 2004 01センター本試験B 4B 05 外来の文化の影響を受けて形づくられた東南アジアの文化について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから 一つ選べ ① シャイレーンドラ朝では ボロブドゥールなどのイスラーム寺院が建立された ② パガン朝では スリランカから入った大乗仏教が普及した ③ シュリーヴィジャヤでは 仏教が保護され アジャンター石窟寺院が建立された ④ ヴェトナムでは 漢字を利用してチュノム 字喃 が考案された 正解は④ ①イスラーム寺院が誤り ボロブドゥールは大乗仏教遺跡 ②大乗仏教が誤り パガン朝で普及したのは上座部 小乗 仏教 ③アジャンター石窟寺院が誤り アジャンター石窟寺院は東南アジアではなくインドに所在 大乗仏教 シュリーヴィジャヤ 室利仏逝 義浄滞在 シャイレンドラ ボロブドゥール建立 ヒンドゥー教 真臘国アンコール朝 12世紀にヒンドゥー寺院としてアンコールワット ジャワ島ヒンドゥー教国 9世紀クディリ朝 13世紀シンガサリ朝 13世末マジャパヒト 上座部仏教 モン人の受容 11世紀ビルマのパガン朝 13世紀南下のタイ人も 大陸部に広がる イスラーム教 13世紀スマトラ島北部 スーフィーが布教に活躍 15世紀初マラッカ王国の改宗 マラッカ王国は鄭和の遠征に基地提供し 明に朝貢 タイのアユタヤ朝 ジャワのマジャパヒトを牽制 15世紀にヒンドゥー教のマジャパヒト衰退し諸島部のイスラーム化が進展 16世紀ジャワ島のマタラム王国 バンテン王国 スマトラ島のアチェ王国が成立 ヴェトナム北部は中国の支配 大乗仏教 儒教 道教の影響 漢字を利用したチュノム 字喃 カトリック 16世紀スペインがフィリピン支配し イスラーム地域のミンダナオ島南部を除き普及 カンボジアの歴史 2007 01センター本試験B 1B 04 アンコール=ワットについて述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① シュリーヴィジャヤ王国によって建設された ② インドのヴァルダナ朝と同時期に建設された ③ チャンドラグプタ2世によって建設された ④ 当初はヒンドゥー寺院として建設された 正解は④ アンコール朝のスールヤヴァルマン2世によって ヒンドゥー寺院として建設された ① シュリーヴィジャヤではなく 真臘国のアンコール朝 シュリーヴィジャヤはスマトラ島の国家 ② インドのヴァルダナ朝は7世紀 アンコール=ワットの建設は12世紀 ③ チャンドラグプタ2世は インドのグプタ朝の国王なので誤り 扶南 1-2C 7C半 メコン川下流域にインド人の王がクメール人支配し成立 インド 中国と交易しインド文化の影響 外港オケオよりローマの金貨と漢の鏡出土 真臘 カンボジア王国 6C メコン中流域にクメール人建国 南下し扶南を滅ぼす ヒンドゥー教受容 メコン河の水稲耕作背景に繁栄 7 8C沿岸の水真臘と内陸の陸真臘に分裂 9世紀初にジャヤヴァルマン2世が国内を統一しアンコール朝 802 1431 を開く 12C 13C初にかけ インドシナ半島全域を版図に全盛も タイ族の南下に圧迫され衰退 アンコール ワット 12Cにスールヤヴァルマン2世を祭るヒンドゥー寺院として建立 アンコール トム アンコール朝の都城で 全盛期のジャヤヴァルマン7世が完成 13世紀以降 タイとヴェトナムに圧迫され 衰退 フランス支配 1863年保護国 1887年にフランス領インドシナ連邦 20

ビルマ地域の歴史 2010 01センター本試験B 3A 01 東南アジアについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① オケオは ピューの港であった ② パガン朝では 上座部仏教が広まった ③ シュリーヴィジャヤは 前漢に使節を派遣した ④ シャイレーンドラ朝の下で マレー半島にボロブドゥールが建てられた 正解は②11世紀にビルマを統一したパガン朝は 征服したモン人の上座部仏教信仰を継承し セイロン スリランカ から上座部仏教 の僧をまねいて 大陸部 インドシナ半島 への上座部仏教普及に貢献した ①ピューが誤り オケオは 東南アジア最初の本格的国家である扶南の外港 ③シュリーヴィジャヤの成立は7世紀なので 前漢とは時代があわない ④マレー半島が誤り シャイレーンドラ朝がボロブドゥールを建てたのは ジャワ島 モン人 ビルマ タイの沿岸地域に居住し インド文化 上座部仏教受容 6 11世紀にチャオプラヤー川下流にドヴァーラヴァティー建国 アンコール朝の支配下に ピュー イラワディ川中流域に8世紀栄えたチベット=ビルマ系国家 9世紀南詔の攻撃で衰退 パガン朝 1044-1287 ビルマ初の統一王朝 チベット=ビルマ系で先住のモン人の文化受容 スリランカより上座部仏教の僧招く ビルマ文字作成 元の侵入で滅亡 モン人のペグー朝など小国分立状態が続く 13C以降タイ族の侵入と抗争 インドシナ半島に上座部 小乗 仏教伝播 トゥングー朝 1531-1752 イラワディ川流域を支配した王朝 都はトゥングーよりペグーへ ベンガル湾交易で繁栄 タイのアユタヤ朝と抗争 モン人の反乱で滅亡 アラウンパヤー朝 1752-1886 モン人勢力を撃退し 建国 別名コンバウン朝 タイのアユタヤ朝を滅ぼし清軍撃退 一時清に朝貢 インドのアッサム地方に進出し イギリスと衝突 ビルマ戦争に敗北し インド帝国に併合 13-14世紀の東南アジア 2006 01センター本試験B 2B 04 14 15世紀の東南アジアについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 阮福映がヴェトナムを統一した ② タイのアユタヤ朝が成立した ③ マラヤ連邦からシンガポールが分離 独立した ④ シャイレーンドラ朝において ボロブドゥールが造られた 正解は② アユタヤ朝は14世紀に成立した ①阮福映によるヴェトナム統一と阮朝の成立は19世紀初頭 ③シンガポールの独立は第二次世界大戦後の1965年 ④ジャワのシャイレーンドラ朝は 8 9世紀の王朝で ボロブドゥールの建立もこの時期 ビルマ地域 13世紀末パガン朝がモンゴル 元 に滅ぼされ混乱 半島中央部 タイ人南下しクメール人の真臘を圧迫 13世紀スコータイ 14世紀アユタヤ朝 ヴェトナム地域 陳朝大越国がモンゴルの侵入を撃退 独自文字チュノム 字喃 使用 南部のチャンパーは大越国に圧迫され衰退 15世紀成立の黎朝時に併合 ジャワ島 13世紀末 モンゴル遠征軍の到来を機にマジャパヒト成立し元に朝貢 シュリーヴィジャヤに代わりスマトラ島も支配下 最後のヒンドゥー教大国 21

近代までのタイの歴史 2004 01センター本試験B 4B 07 14世紀半ばに成立したアユタヤ王国が存続していた時期に 東南アジアで起こった出来事について述べた文として正しい ものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 李朝が モンゴルの侵入を退けた ② 扶南が カンボジアに興った ③ トゥングー タウングー 朝が ビルマ ミャンマー を統一した ④ シンガポールが イギリス領となった 正解は③ トゥングー朝の成立は16世紀に成立し アユタヤ朝としばしば抗争した ①内容と時期が誤り モンゴルの侵入を退けたのは 李朝ではなく陳朝であり アユタヤ朝成立前の13世紀である ②時期が誤り 扶南は東南アジア最初の本格的国家で時期は1世紀ころ ④シンガポールがイギリス領となったのは19世紀初期 アユタヤ朝は1767年に滅亡している タイ人 中国の雲南地方が原住地 13C雲南の大理国がモンゴルに滅ぼされ 南下に拍車 スコータイ朝 1257-1438 タイ人がアンコール朝の支配脱しタイ北部スコータイ拠点に建国 15世紀半ばにアユタヤ朝に併合される 3代のラーマカムヘン王が全盛で 上座部仏教を国教とし クメール文字よりタイ文字作成 アユタヤ朝 1351-1767 アンコール朝の領土を奪い スコータイ朝を吸収したタイ族の国家 アユタヤを王都 ビルマのトゥングー朝と抗争し コンバウン朝に滅亡 チャオプラヤー川を拠点に南シナ海とベンガル湾を結ぶ港市国家で 鹿皮や米を輸出 16 17Cの商業の時代に西欧諸国や日本と交易し 日本人町も建設 山田長政伝説 ラタナコーシン朝 1782 ラーマ1世 チャクリ 建国し都バンコク 22

東南アジア諸島部の歴史 2003 01センター本試験B 3B 06 マレー半島を含む東南アジア島嶼部について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① マタラム王国は ジャワにおける最後のヒンドゥー王国として栄えた ② シャイレーンドラ朝では 上座部仏教 小乗仏教 が盛んであった ③ マラッカ王国では イスラーム教が信仰された ④ この地域におけるイスラーム化は フィリピン諸島南部から始まった 正解は③ ①マタラム王国がマジャパヒトの誤り マタラム王国は 16世紀にジャワ東部で台頭したイスラーム教国 ②上座部仏教が大乗仏教の誤り シャイレーンドラ朝は 大乗仏教遺跡ボロブドゥールを建立 ④フィリピン諸島南部が誤り 13世紀にスマトラ島北部から始まり 15世紀初にマラッカ王国がイスラーム教を受容してから広がった 7世紀にマラッカ海峡利用本格下 マレー半島とスマトラ島に港市国家 ジャワ島内陸部も開発 初期は大乗仏教やヒンドゥー教が流入 13世紀以降スーフィーの布教によりイスラーム化が進む シュリーヴィジャヤ 7C 14C スマトラ島中心にマラッカ海峡の海上貿易で繁栄 港市国家連合で都パレンバン 大乗仏教繁栄 7cに唐僧義浄滞在 南海寄帰内法伝 シャイレンドラ 8C 9C ジャワ島中部に成立し シュリーヴィジャヤと交流 ボロブドゥール建立 グプタ様式の仏塔 で有名な大乗仏教国 クディリ朝 928 1222 サンスクリット文献のジャワ語訳 人形影絵芝居のワヤンが発展 シンガサーリ朝 1222 1292 クディリ朝を滅ぼす 元の使者を追放し ジャワ遠征招く マジャパイト 1293 1530頃 シンガサーリ朝への元遠征軍利用し建国 14C全盛 最後のヒンドゥー教大国も 16C初にイスラーム勢力に交易拠点を奪われ 衰退 マラッカ王国 14C末 1511 マレー半島でアユタヤ朝より自立 明に朝貢し 鄭和の基地 イスラーム教に改宗し 南シナ海とインド洋の結節点 1511年ポルトガルに滅 イスラームはスンダ海峡利用の航路開発し対抗 マタラム王国 16C末 1755 ジャワ島中部の内陸農耕地域を基盤としたイスラーム教国 バンテン王国 1526 1813 ジャワ島西端で 香辛料交易で繁栄のイスラーム教港市国家 アチェ王国 15C末 1903 スマトラ島北端でオスマン帝国と交易したイスラーム教港市国家 23

東南アジアのイスラーム国家 2008 01センター本試験B 2B 05 東南アジアの諸島について述べた次の文アとイと 下の地図中の島a cとの組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうち から一つ選べ ア シャイレーンドラ朝の下で この島にボロブドゥールが建てられた イ この島で イスラーム王国のアチェが栄えた ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ア a ア a ア b ア b ア c ア c イ b イ c イ a イ c イ a イ b 正解は③ アはジャワ島 イはスマトラ島 地図のaはスマトラ島 bはジャワ島 cはルソン島である マラッカ王国 14C末-1511 アユタヤ朝より自立 明に朝貢し 鄭和の基地 マジャパイトを退ける イスラーム教に改宗し 南シナ海とインド洋の結節点 1511年ポルトガルに滅 イスラームはスンダ海峡利用の航路開発し対抗 1641年オランダ領 マタラム王国 16C末 1755 ジャワ島中部の内陸農耕地域を基盤としたイスラーム教国 バンテン王国 1526 1813 ジャワ島西端で 香辛料交易で繁栄のイスラーム教国 アチェ王国 15C末 1903 スマトラ島北端でオスマン帝国とも交易したイスラーム教港市国家 24

スペインの海外進出 2007 01センター本試験B 1B 06 16世紀後半から17世紀前半までの東南アジアについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① マニラは スペインの交易拠点であった ② ヴェトナムに 陳朝が成立した ③ マレー半島では マラッカ王国が海上交易で繁栄していた ④ タイでは スコータイ王朝が交易で繁栄していた 正解は① マニラは スペインによって1571年にフィリピンのルソン島に建設された ② 陳朝の成立は 13世紀なので誤り ③ マレー半島は 16世紀の初めにポルトガルに滅ぼされたので誤り ④ スコータイは 13世紀に成立し 15世紀にアユタヤ朝に吸収されたので誤り カルロス1世時 コルテスがメキシコのアステカ征服 1521 ピサロがペルーのインカ征服 1533 フェリペ2世時 ポトシ銀山 現ボリビアに所在 の銀が大量に流入 価格革命 新大陸の支配 入植者に土地と先住民の支配権与えるエンコミエンダ制でインディオを酷使 聖職者のラス=カサスが批判し 黒人奴隷制の導入を提唱 フィリピン獲得 カルロス1世時の1522年マガリャンイスが到着 フェリペ2世時の1571年に総督レガスピがマニラ建設しガレオン アカプルコ 貿易 アカプルコ貿易 メキシコのアカプルコとフィリピンマニラ間の太平洋をガレオン船で結ぶ 新大陸の銀 メキシコ銀 とマニラに到来の中国商人がもたらす絹や陶磁器の交易 メキシコ銀の中国流入 25

04 東アジア世界の形成 古代文明の技術 2010 02センター本試験A 3A 02 道具や技術について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 古代ギリシアでは 楔形文字が発明された 殷では 青銅器が使用された インダス文明では 排水施設が作られた ティグリス ユーフラテス間の流域では 灌漑農業が行われた 正解は① 楔形文字は メソポタミア文明のシュメール人がつくりだした 甲骨文字とインダス文字 2009 01センター本試験B 4B 04 インダス文明に関連して 古代に使用された次の文字の名アとイと その文字が刻まれた下の遺物の写真a cとの組合せ として正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ア 甲骨文字 イ インダス文字 ①ア a イ b ③ア b イ a ⑤ア c イ a ②ア a イ c ④ア b イ c ⑥ア c イ b 正解は② bはギリシア文字を記しオストラシズムに用いられた陶片である 26

周 2002 02センター本試験A 2A 02 周王朝について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① この王朝は 当初 現在の西安市郊外に位置する鎬京を都とした ② この王朝は 戦国の七雄に数えられた ③ この王朝は 甲骨文字を用いて占いの結果を記録した ④ この王朝は 新によって滅ぼされた 正解は① ②戦国の七雄は 燕 斉 韓 魏 趙 秦 楚 ③この王朝は殷 神権政治を行い 甲骨文字で占いの結果を記録した ④この王朝は前漢 新を建てた王莽に王朝を奪われた 陝西省の渭水流域で台頭し殷に服属 その文化受容 前11世紀頃 殷に代わり王を称す 易姓革命説 天の命が革まると王朝が交替 武力を放伐 平和の内に交替を禅譲 都を鎬京 現西安付近 に定め 諸侯の統率者として華北支配 政治制度 封建制度で諸侯に封土を与え貢納 軍役の義務 社会制度 王侯と 大夫 士の家臣団存在 大夫は宗族の血縁的氏族関係 本家分家秩序 を基礎 宗法 同姓不婚など宗族の秩序を規定 によって血縁秩序を維持 土地制度 井田制で土地を分配と孟子が伝え 後世の範 実施は不明 東周 鎬京から洛邑遷都 前770 以後の時代 前半を春秋 前5世紀末より後半を戦国 封建制と郡県制 2002 02センター本試験A 2A 01 周の王朝で行われた封建制について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ 選べ a この制度により 中央政府から派遣された官吏が地方を統治した b 領土を分け与えられて諸侯となったのは 主に王族や功臣たちだった ① a 正 b 正 ② a 正 b 誤 ③ a 誤 b 正 ④ a 誤 b 誤 正解は③ 中央から派遣された官吏が地方を統治するのは 封建制に代わった郡県制から 周の封建制 一族や功臣を諸侯として封土の支配を委ね 軍役や貢納を負わせる制度で分権的 周王や諸侯は卿 大夫の家臣団にも封土 邑 を分与し統治を行わせる 支配層は男系の血統を同じくする宗族でまとまり 血縁秩序を宗法で維持 封建制と結合 春秋戦国 鉄製農具と牛耕 家族単位の農耕可能 氏族共同体の邑の解体 血縁秩序動揺 秦の郡県制 中央から官僚を派遣し 県を直接統治 貨幣 半両銭 度量衡 文字統一 漢の郡国制 都長安中心に旧秦の領域などを郡県制で直轄 旧六国の領域などを封建制で分権 宗族 2003 01センター本試験B 4A 02 西周から戦国時代にかけての宗族や家族について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 宗族は 宗法によって結束を図った 宗族は 三長制によて国家の統制を受けた 儒家は 孝や悌といった家族道徳の実戦を重視した 墨家は 家族を超えた博愛主義 兼愛 を主張した 正解は② 三長制は 北魏で均田制実施とともに施行された村落統制制度である 27

法家 2005 01センター本試験B 4A 02 春秋戦国時代について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから選べ ① 周王室に替わって 各地の藩鎮が実権を掌握した ② 墨子に代表される法家は 法に基づく統治を主張した ③ 秦は商鞅の改革 変法 によって強国となった ④ 竹林の七賢と呼ばれる知識人が現れた 正解は③ ①藩鎮が諸侯の誤り 藩鎮は 唐代に安史の乱後 各地で自立した節度使の勢力をいう ②墨子が韓非子の誤り 墨子は 兼愛と非戦を主張した墨家の代表 ④竹林の七賢は 魏から晋にかけての時代なので誤り 法家 出身によらず法を重視 信賞必罰で人材登用 商鞅 秦の孝公に仕え 変法 什五の制 韓非子 荀子の弟子で法家理論を大成 弟弟子の李斯に謀殺 李斯 荀子の弟子 秦の始皇帝に仕え 韓非の理論を実践 郡県制 焚書坑儒 春秋戦国時代と諸子百家 2003 04センター追試験B 3A 01 春秋末から戦国時代の時期における中国の社会や文化について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちか ら一つ選べ ① 鉄製農具が使用され 農業生産力が向上した ② 商業や手工業が発達し 富裕な商人が現れた ③ 九品官人法 九品中正制 によって 人材が登用された ④ 諸子百家と呼ばれる多くの思想家や学派が生まれた 正解は③ 九品官人は 三国時代の魏で始まった官吏登用制 周の鎬京から洛邑遷都 前8世紀 以後の時代 前半を春秋 前5世紀末より後半を戦国 春秋時代は周王室を尊重 覇者の地位を目指すex.斉の桓公 晋の文公 鉄製農具と牛耕 家族単位の農耕可能 氏族共同体の邑の解体 血縁秩序動揺 封建制から郡県制へ 戦国は各国が王を称し 実力万能の下克上の時代 晋の三分裂で開始 戦国の七雄 青銅貨幣普及 刀銭 武具を模す 布銭 農具 環銭 蟻鼻銭 貝貨 秦は法家の宰相 商鞅を登用し 郡県制を整備して強大化 咸陽を都 秦王政の統一へ 諸子百家の活動 儒家 孔子が西周を理想に家族道徳を重視し仁と礼を説く 孟子性善説 荀子性悪説 道家 老子 荘子 儒家の礼を人為と批判し無為自然を説く 墨家 墨子 儒家の仁を差別愛とし 兼愛 無差別の愛 と非攻 侵略戦争否定 を説く 28

漢までの中国貨幣史 2003 04センター追試験B 3A 02 図は 古代中国の貨幣a cと それぞれの主な使用地域ア ウとを示したものである 楚の蟻鼻銭の貨幣に当てはまる組 合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ① a ア ② a イ ③ b イ ④ b ウ ⑤ c ウ ⑥ c ア 正解は⑤ aはアの地域で使用された刀銭 bはイの地域で使用された布銭である 貝貨 殷墟より子安貝出土 殷代の商業活動と南方との交易が確認 春秋時代まで使用 青銅貨幣 春秋末から戦国時代にかけて 各国の富国策で普及 刀銭 刀剣などの武器を模し 燕 斉の河北 山東地方で使用 布銭 農具を模し 春秋晋と晋分裂後の韓 魏 趙の山西 河南で使用 環 円 銭 秦などで使用 中央に初期円孔 丸い穴 のち方孔 四角い穴 蟻鼻銭 貝貨を模し 楚で使用 半両銭 秦始皇帝の統一政策の一環 円形方孔 半両は重さの単位で8グラム 12銖 の銅銭 五銖銭 漢武帝鋳造 隋までの基準通貨 桑弘羊の献策で 半両銭より軽量化 戦国 2002 01センター本試験B 4A 04 戦国時代の秦は時世の変化に応じて改革を行った これにかんして述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一 つ選べ ① 商鞅を登用して 富国強兵策を推進した ② 布銭 布貨 を鋳造して 貨幣を統一した ③ 物価の調整 安定のため 均輸 平準の法を実施した ④ 保甲法を実施して 軍隊を強化した 正解は① 商鞅は法家の代表的人物で孝公に起用された ②秦で用いられたのは 布銭ではなく円 環 銭 布銭は韓 魏 趙の諸国で用いられた ③均輸 平準の法は漢の武帝 ④保甲法は北宋の王安石の新法の一つ 戦国は各国が王を称し 実力万能の下克上の時代 晋の三分裂 韓 魏 趙 で開始 燕 斉 都は臨淄 韓 魏 趙 都は邯鄲 秦 楚 長江流域 の戦国の七雄 鉄製農具と牛耕 家族単位の農耕可能 氏族共同体の邑解体 血縁秩序動揺 封建制から郡県制へ 青銅貨幣普及 燕斉は刀銭 武具 韓魏趙は布銭 農具 秦は環銭 楚は蟻鼻銭 貝貨 秦は孝公時 法家の宰相商鞅を登用し 渭水流域を灌漑して新開地 郡県制 什五の制で強大化 咸陽を都 秦王政の統一へ 29

秦 2002 01センター本試験B 4A 03 天下統一後の秦は失政が多かった これに関連して 秦代の政治について述べた文として正しいものを 次の① ④のう ちから一つ選べ ① 周の政治を理想とした政策を強行して 社会を混乱させた ② 各地に封土を与えられた皇帝の一族が互いに争って 政治が乱れた ③ 匈奴との戦争や土木事業などの負担は 民衆を苦しめた ④ 外戚が権力を握り 官僚や学者を弾圧した 正解は③ 対匈奴のための万里の長城の建設は民衆の負担となった ① 新の王莽の復古政治の説明である ② 西晋崩壊の要因となった八王の乱である ④ 前漢や後漢の末期は外戚や宦官が権力を握り 官僚や学者を弾圧することがあった 始皇帝 秦王の政 前221年中国統一 皇帝の称号を採用 都は陝西の咸陽で南海郡設置 法家の李斯を宰相に郡県制の中央集権 度量衡の統一 半両銭の鋳造 儒家弾圧し焚書坑儒 蒙恬将軍を派遣し 匈奴を討伐 戦国時代の燕 趙 秦の長城を結び 万里の長城建設 阿房宮 驪山陵 始皇帝陵 兵馬俑の出土 の造営 富豪の咸陽強制移住 民間の武器没収 土木事業などの負担と中央集権化への各地の不満 陳勝 呉広の乱 前206年滅亡 四王国時代 2010 01センター本試験B 2A 01 貨幣の歴史について述べた次の文章中の空欄 ア と イ に入れる語の組合わせとして正しいものを 下の① ④のうちか ら一つ選べ 貨幣の鋳造は アナトリア 小アジア の ア で始まったとされる 図像が描かれたローマなどの貨幣とは異なって 秦の 始皇帝の時代に発行された イ には文字のみが記され 中央に方形の孔 あな があけられていた ①ア リディア リュディア イ 半両銭 ②ア リディア リュディア イ 五銖銭 ③ア パルティア イ 半両銭 ④ア パルティア イ 五銖銭 正解は① リディアは アッシリア崩壊後のオリエントの4王国の1 パルティアは漢とほぼ同時期にイランを支配した国 五銖銭は 漢の武帝が半両 銭にかわって鋳造させた貨幣 メディアとカルデア 新バビロニア がアッシリアを滅ぼしてから アケメネス朝統一まで メディア イラン高原を支配したイラン系国家 都エクバタナ 支配下にペルシア王国 リディア 小アジアを支配した印欧系国家 世界最初の鋳造貨幣 ギリシア人植民都市を支配 新バビロニア セム系カルデア人 前586年ネブカドネザル2世がユダ王国滅ぼしバビロン捕囚 エジプト ハム系エジプト人がアッシリア支配から自立 30

諸子百家 2004 01センター本試験B 3B 05 孟子の思想について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 無為自然を説き 人為的な礼に反対した ② 礼は無力であるとして 法による統治を説いた ③ 陰陽五行説を説き 天体運行と人間生活の関係を論じた ④ 人の本性を善とする性善説を唱えた 正解は④ 孟子は戦国時代の儒家で 性善説と徳治主義に基づく王道政治 易姓革命などで有名 ①無為自然を説いたのは 老子や荘子のような道家 ②法による統治を説いたのは 韓非子のような法家 ③陰陽五行説を説いたのは 陰陽家の鄒衍 儒家 孔子が西周を理想に家族道徳を重視し君主の仁と礼を説く 孟子性善説 荀子性悪説 道家 老子 荘子 儒家の礼を人為と批判し無為自然を説く 墨家 墨子 儒家の仁を差別愛とし 兼愛 無差別の愛 と非攻 侵略戦争否定 を説く 法家 出身によらず法を重視 信賞必罰で人材登用 商鞅 秦の孝公に仕え 変法 什五の制 韓非子 荀子の弟子で法家理論を大成 弟弟子の李斯に謀殺 李斯 荀子の弟子 秦の始皇帝に仕え 韓非の理論を実践 郡県制 焚書坑儒 陰陽家 鄒衍 陰陽五行説を説き 天体運行と人間生活を関係づける 名家 公孫竜 論理学で名前と物の関係を論じる 白馬非馬論 兵家 孫子 呉子 兵法を論じる 縦横家 蘇秦 合従策 秦に対抗し六国同盟 張儀 連衡 六国が単独で秦と同盟 漢の武帝 2007 01センター本試験B 2A 02 漢の武帝の事蹟として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 洛陽に遷都し 内政を重視した ② 塩 鉄などを専売品とし また物価の調整と安定に努めた ③ 文字 度量衡 貨幣を統一した ④ 郡県制を敷き 三省 六部を設けた 正解は② ①後漢の光武帝の事蹟 ③秦の始皇帝の事蹟 ④郡県制は 秦の始皇帝 三省 六部を設けた 武帝 漢の7代皇帝 在位前141 前87 父景帝時の呉楚七国の乱鎮圧で実質郡県制 外征 従来の対匈奴和親策から対外積極策に転換 対匈奴 衛青 霍去病の攻撃 河西四郡 敦煌郡など 設置 張騫の大月氏派遣は同盟失敗 対大宛 フェルガナ シル河流域のイラン系国家で汗血馬の産地 李広利の遠征 対南越 秦末に華南 ヴェトナム北部に趙佗建国の南越を滅ぼし南海郡 交趾郡 日南郡 対朝鮮 漢初に衛満建国の衛氏朝鮮滅ぼし楽浪郡 臨屯郡 真番郡 玄菟郡の朝鮮4郡 財政 外征で悪化し財政政策 経済の不況 社会不安 五銖銭 秦の始皇帝鋳造の半両銭に代わり 小型化した銅銭で宋代まで銅銭の規範 均輸法 均輸官を郡国に置き 特産品を税として納入させ 不足地に転売 平準法 物価低落時に余剰商品を購入し 高騰時に売却することで 物価調整と財政収入 塩 鉄 酒専売 民衆の必需品である塩 鉄 酒を専売 中国最初の専売制 内政 董仲舒の献策で儒学の官学 五経博士 郷挙里選の官吏推薦制 31

司馬遷と史記 2002 01センター本試験B 4A 01 史記 について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a 編年体の形式で書かれ その後の歴史書の模範となった b 秦の始皇帝の事蹟は 本紀の部分に書かれている ① a 正 b 正 ②a 正 b 誤 ③ a 誤 b 正 ④a 誤 b 誤 正解は③ a編年体ではなく紀伝体で書かれているので誤り 司馬遷 前漢の武帝期に活躍の史官 匈奴に投稿した友人を弁護して宮刑を受け宦官となる 史記 司馬遷編 太古の黄帝から著者の武帝の時代までを紀伝体で記述し後世の範 紀伝体 皇帝の伝記 本紀 とそれ以外の人物の伝記 列伝 を基本とする歴史叙述 高祖劉邦と天下統一を争った項羽は 特別に 項羽本紀 に記されている 漢代の周辺勢力 2004 02センター本試験A 3A 01 後漢の王朝の歴史について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 杜甫や李白などの詩人が活躍した ② 五胡十六国と総称される諸国を制して中国を統一した ③ 班超が西域都護に任じられた ④ 東西交易路の支配をめぐって突厥と争った 正解は③ ①杜甫 李白は唐の玄宗期 盛唐 の詩人 ②五胡十六国は 後漢滅亡後の魏晋南北朝期の中の 西晋滅亡から北魏による華北統一の時期 ④突厥がモンゴル高原を支配するのは 6世紀に柔然を滅ぼしてから 後漢は220年に滅亡している 匈奴 冒頓単于全盛で漢の高祖を平城付近の白登山に撃破 武帝は衛青と霍去病に匈奴討伐 前1C東西分裂 漢と対立の西匈奴滅亡 1C南北に分裂 南匈奴は漢と同盟し オルドス方面に南下 漢の北方守備部隊化 北匈奴は後漢の西域都護の班超に討たれ 西方へ移動 4世紀にヨーロッパ史に登場のフン 月氏 甘粛を拠点に東西貿易 匈奴に追われ天山方面イリ地方へ 烏孫に追われ アム川上流へ トハラを滅ぼしアム川上流に大月氏国を建国 張騫の到来 1Cにクシャーナ朝自立 大宛 シル川上流のフェルガナ盆地にあったイラン系の国 汗血馬の山地で武帝の李広利派遣 烏孫 イリ地方から天山山脈方面に勢力 武帝は張騫を派遣し 対匈奴同盟工作 32

秦漢帝国 2001 04センター追試験B 2A 01 後漢の衰退 滅亡について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 党錮の禁が起こり 内政が混乱した 曹操が 後漢王朝の実権を握った 諸侯が 呉楚七国の乱を起こした 宗教結社の太平道が 黄巾の乱を起こした 正解は③ 呉楚七国の乱は 後漢ではなく前漢の時代の前154年に起こっている 始皇帝 秦王の政 中国統一 皇帝の称号を採用 都は咸陽で南海郡設置 万里の長城建設 法家の李斯を宰相に郡県制の中央集権 度量衡の統一 半両銭の鋳造 儒家弾圧し焚書坑儒 土木事業などの負担と中央集権化への各地の不満 陳勝 呉広の乱 高祖 劉邦 項羽に勝利し前漢を開く 前202 都は長安 渭水流域で現西安付近 郡国制 中央郡県 周辺封建 匈奴の冒頓単于に敗 景帝 前154年一族諸王の呉楚七国の乱を鎮圧し 実質郡県制へ 武帝 匈奴攻撃 張騫の大月氏派遣 敦煌郡設置 衛氏朝鮮滅ぼし楽浪郡 南越を滅ぼし南海郡 財政 五銖銭鋳造 均輸法 平準法の物価調整 塩鉄酒の専売 内政 董仲舒の献策で儒学の官学 五経博士 郷挙里選の官吏推薦制 王莽 前漢の外戚で新建国 後8 周を理想とする復古政策 混乱 赤眉の乱で滅亡 後23 光武帝 劉秀 洛陽を都に漢を復興 後漢 後25 漢委奴国王印 1世紀末に西域都護の班超が北匈奴を討ち 中央アジアに進出 甘英のローマ帝国派遣失敗 衰退 後漢は 2世紀後半に宦官と外戚の専横 儒教官僚との対立 166年党錮の禁 黄巾の乱 184年太平道の張角が組織した農民反乱で黄色の頭巾を標識 各地の豪族が割拠 曹操が実権 魏の曹丕に禅譲し 後漢滅亡 後220 南朝までの江南 2001 04センター追試験B 4A 01 東晋から南朝にかけての時期の江南について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 農業技術が進歩して 農政全書 が編纂された ② 商品作物の流通が増大し 交子と呼ばれる紙幣が発行された ③ 貴族の勢力が強く 貴族文化が栄えた ④ 均田制の下 農地が均分されていた 正解は③ 六朝文化と総称される貴族文化が栄えた ① 農政全書 は明の徐光啓 この時期の華北では農書として 斉民要術 が著された ② 交子が発行されたのは北宋 ④ 均田制は この時期は華北を支配した北魏からで江南では実施されていない 33

南北朝 2002 04センター追試験B 2B 06 北魏について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 匈奴によって建てられ 華北を統一した ② 女真によって建てられ 華北を統一した ③ 占田 課田法を施行して 大土地所有を制限した ④ 内部の争いによって 東魏と西魏とに分裂した 正解は④ 孝文帝の漢化政策に対する鮮卑軍人の不満が 分裂の原因となった ①②北魏の建国は鮮卑の拓跋部 ③占田 課田法が均田制の誤り 占田 課田は西晋の土地制度 南北朝時代 439 589 北魏の華北統一から隋の中国統一まで 華北と江南に統一王朝が併存 南朝 東晋後の宋 斉 梁 陳の四王朝で江南の貴族荘園発達を背景に貴族文化が発展 宋の武帝 劉祐 東晋の部将で禅譲によって建国 戸籍整理法の土断法を施行 梁の武帝 蕭衍 梁を建国 貴族文化繁栄 皇太子の昭明太子は 文選 の編者 仏教に傾倒 北朝 鮮卑族拓跋部北魏の太武帝が439年に華北を統一 北魏太武帝 道教の寇謙之に傾倒し道教を国教とし仏教弾圧 三武一宗の法難の最初 北魏孝文帝 漢化政策で胡語 胡姓 胡服禁止し平城から洛陽に遷都 均田制 国家による土地の受給と回収を原則とする公地公民の制度 北魏では奴隷や耕牛にも給田されたため 大土地所有者に有利 三長制 農民統制制度 五家を隣 五隣を里 五里を党とし それぞれに長 六鎮の乱 524-525 漢化政策の不満背景に発生の国境地帯の兵士の乱 北魏分裂の要因 西魏と東魏に分裂 西魏から北周 東魏から北斉 北周の北斉統一 北周から隋成立 府兵制 西魏で開始の兵制で均田支給の農民を兵士として訓練 魏晋南北朝期の文化 2010 01センター本試験B 2A 02 魏晋南北朝の時代の文化について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 韓愈が 古文の復興を唱えた ② 書の分野では 王羲之が有名である ③ 顧炎武が 女子箴図 を描いた ④ 遼の昭明太子が 斉民要術 を編纂した 正解は② 王羲之は書聖とうたわれている ①韓愈が古文の復興を唱えたのは唐の時代 ③顧炎武ではなく顧愷之 顧炎武は明末清初の考証学の祖の一人 ④昭明太子が編纂したのは 文選 斉民要術 は 北魏で編纂された農書 五胡十六国から北朝 仏教の流行と道教の確立 西域僧 仏図澄 華北に仏教布教し道安など弟子育成 鳩摩羅什 仏典の翻訳 共に亀茲出身 石窟寺院 平城近郊の雲崗 洛陽近郊の竜門 法顕の訪印 仏国記 帰国後東晋で活躍 寇謙之による道教の確立 北魏太武帝の信任を得て仏教弾圧 三武一宗の法難の一 清談 魏から西晋の時代に阮籍ら竹林の七賢によって流行 老荘思想を背景に超俗的な談論 六朝文化 江南の荘園開発を背景とした貴族文化 呉 東晋 宋 斉 梁 陳で六朝 書道 王羲之 東晋 書聖 楷書完成 蘭亭序 絵画 顧愷之 東晋 画聖 女子箴図 詩文 陶淵明 東晋 南朝宋の田園詩人 官を辞しするに際し 帰去来辞 桃花源記 謝霊運 南朝宋で山水詩の祖 東晋の名門出身で不遇の生活の後 処刑 山居賦 四六駢儷体 編纂 昭明太子 対句を駆使した美文の文体 南朝梁の武帝の太子 古来の名文を編纂した 文選 で有名 34

中国への宗教の伝来 2003 05センター追試験A 3B 06 8世紀以前の東西交流について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 仏教が初めて中国に伝わったのは 南北朝末期である ② 大秦国王安敦の使節と称する者が 後漢時代に日南郡を訪れた ③ 西方から 琵琶やガラス器が中国に伝わった ④ サータヴァーハナ朝では ローマや東南アジアとの交易が行われた 正解は① 仏教は1世紀頃中国に伝わり 五胡十六国の時代には 仏図澄などによって普及した 仏教の伝来 後漢代 1 2世紀 に伝来も普及は魏晋南北朝期 当初は老荘思想的な解釈により中国社会に受容 西域僧 仏図澄 華北に仏教布教し道安など弟子育成 鳩摩羅什 仏典の翻訳 共に亀茲出身 訪印僧 法顕 東晋 往 陸路 復 海路 グプタ朝チャンドラグプタ2世期 仏国記 玄奘 唐 往 陸路 復 陸路 ヴァルダナ朝ハルシャヴァルダナ期 大唐西域記 義浄 唐 往 海路 復 海路 シュリーヴィジャヤに滞在 南海寄帰内法伝 石窟寺院 敦煌 甘粛 雲崗 平城付近 竜門 洛陽付近 北魏孝文帝の遷都後造営 慧遠 334-416 東晋の僧 道安の弟子 白蓮社を結成し中国浄土宗の祖師 達磨 (5-6世紀頃) インドのバラモンで6世紀初頭来中し 禅宗を伝える 知識人に普及 朝鮮半島 百済は日本に仏教を伝播 新羅は都の慶州に仏国寺 高麗では大蔵経の刊行 三夷教 ネストリウス派キリスト教 景教 ゾロアスター教 教 拝火教 マニ教 摩尼教 イスラーム教 回教 清真教と中国では呼称 モスクは清真寺 魏晋南北朝期の都市 2001 04センター追試験B 2A 02 下の地図は 魏晋南北朝時代の思想 宗教 文化の中心であった都市を示している これらの都市について述べた文とし て正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① aの都市は仏教伝来の窓口になり ここに龍門の石窟が造られた ② 北魏の孝文帝は 中国文化を取り入れるために bの都市に遷都した ③ cの都市では 書家として有名な王羲之が盛んに活動した ④ dの都市を都とした梁の時代に 文選 が編纂された 正解は④ dの建康は東晋から南朝の首都 南朝の梁の昭明太子が 文選 を編纂した ①aの都市は敦煌 竜門の石窟はcの洛陽の郊外に造られた ②bは北魏の初期の首都平城 孝文帝は平城からcの洛陽に遷都した ③王羲之は dの建康を都とした東晋の人なので cの洛陽で活躍したは誤り 35

5世紀のアジア情勢 2002 04センター追試験B 2B 07 5世紀におけるアジア各地の状況について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 中央アジアで エフタルが勢力を伸ばした ② 馬韓の地に 百済が興った ③ モンゴル高原に興った柔然は 北魏に滅ぼされた ④ インドシナ半島南部に チャンパー 林邑 が興った 正解は① エフタルは5世紀にイランのササン朝やインドのグプタ朝を圧迫した ②百済が興ったのは 5世紀ではなく4世紀 ③柔然は 6世紀に突厥によって滅ぼされた ④チャンパーが興ったのは2世紀末 36

05 東アジア世界の発展 隋 2008 02センター本試験A 3A 03 中国を南北に結ぶ大運河を開いた隋王朝について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 都が開封に置かれた ② 高句麗への遠征が行われた ③ 朱元璋によって建てられた ④ 武帝の時代に中央集権体制が確立された 正解は② 煬帝の高句麗遠征の失敗が 隋の滅亡の原因となった ①開封を都としたのは 後唐を除く五代と 北宋 隋の都は大興城 ③朱元璋が開いたのは明 隋の建国者は 楊堅 文帝 ④は前漢 隋 581 618 北朝隋の楊堅 文帝 が南朝の陳を滅ぼし中国を統一 589 文帝 楊堅 南朝の陳を滅ぼし中国統一 均田制 府兵制継承し 租庸調制導入 学科試験の科挙も開始 外交では東突厥と西突厥の離間策につとめる 煬帝 大運河完成 高句麗遠征失敗 農民の負担大で反乱続発し隋滅亡 唐代の周辺諸国 2007 01センター本試験B 2A 01 6世紀に台頭し 国家を築いた騎馬遊牧民として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① スキタイ ② 突厥 ③ 月氏 ④ 匈奴 正解は② 突厥は6世紀にエフタルと柔然を滅ぼして大帝国を形成した ①スキタイは 前7 前6世紀に出現し 南ロシア草原を支配したイラン系遊牧民 ③月氏は甘粛を拠点に東西交易を行い 匈奴に追われて前2世紀にアム川流域まで至った ④匈奴は 戦国時代からモンゴル高原を支配して中国を脅かした遊牧民 渤海 東北地方 高句麗の遺民と靺鞨族が建国 律令体制導入 日本と交易 東突厥 7世紀モンゴル高原に再興も8世紀ウイグルに滅亡 ウイグル トルコ系 8世紀半ば突厥に代わり安史の乱で唐支援 ソグド文字よりウイグル文字 9世紀半ばトルコ系キルギスに滅 一部は西走し中央アジアのトルコ化の契機 吐蕃 7世紀に成立のチベット最初の統一国家 ソンツェンガンポ建国 安史の乱時 長安に侵入 中央アジアにも進出し勢力 9C唐と同盟し唐蕃会盟碑も843年分裂 南詔 雲南地方に成立 律令体制を導入 宋代に雲南にはタイ族の大理国 フビライに滅 37

隋唐帝国の皇帝 2005 01センター本試験B 4A 03 隋 唐の王朝について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 隋は 南朝の宋を滅ぼし 中国を統一した ② 隋 唐は 高句麗へ遠征軍を派遣した ③ 隋 唐は 軍事機密を保持するために軍機処を設置した ④ 唐は 新法党と旧法党の対立によって衰退した 正解は② 隋の煬帝 唐の太宗 高宗は高句麗に遠征軍を送り 高宗時に高句麗を滅ぼした ①宋が陳の誤り 宋は 東晋に替わった南朝最初の王朝 ③軍機処の設置は清の雍正帝 ④新法党と旧法党の対立は 北宋 隋 581 618 北朝隋の楊堅 文帝 が南朝の陳を滅ぼし中国を統一 589 文帝 楊堅 南朝の陳を滅ぼし中国統一 均田制 府兵制継承し 租庸調制導入 学科試験の科挙も開始 外交では東突厥と西突厥の離間策につとめる 煬帝 大運河完成 高句麗遠征失敗 農民の負担大で反乱続発し隋滅亡 唐 618 907 都は長安 高祖 李淵 隋の部将で突厥の支援により唐を建国 太宗 李世民 中国統一 貞観の治で律令体制を完成 東突厥を服属も高句麗遠征は失敗 三省 中書省 詔勅の草案 門下省 詔勅の審議 尚書省 詔勅の実施 六部を管轄 科挙実施のため 孔穎達らに 五経正義 編纂を命じる 高宗 領土最大 西突厥 高句麗を滅ぼす 辺境支配に都護府 則天武后 高宗の皇后で 唐に代わり周を建国 中国史上唯一の女帝となる 玄宗 治世前半は開元の治も 府兵制の負担大より募兵制に転換 節度使が台頭 751年アッバース朝とのタラス河畔の戦い敗北 治世後半は楊貴妃を寵愛 755年安禄山による安史の乱をまねく 均田制 2002 02センター本試験A 4B 05 隋や唐の制度について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a 隋は土地制度として均田制を創始した b 唐は辺境統治のために都護府を置いた ① a 正 ③ a 誤 b 正 b 正 ② a 正 ④ a 誤 b 誤 b 誤 正解は③ aは均田制の創始は北魏の孝文帝時であるので誤り bは正しい 均田制 北魏の孝文帝が開始し 国家による土地の還授を原則とした公地公民の制度 北魏 回収田は穀物田の露田と 麻栽培の麻田 世襲は桑 ナツメなど栽培の桑田 婦人 奴婢 耕牛にも給田 奴婢 耕牛に給田は 大土地所有者有利 隋 回収田は穀物田の露田 世襲は布帛用に桑などを植える桑田 奴婢 耕牛の給田を廃止 唐 回収田は穀物田の口分田 世襲は布帛用の永業田 女性への給田を廃止 官人永業田で高級官吏の大土地所有を認め 事実上貴族の荘園を承認 38

歴代王朝の都 2010 01センター本試験B 1A 01 地図中にa bとして示された都市の歴史について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 劉秀 光武帝 は aを都として漢を再興した ② 唐の都であったaは 街路によって碁盤目状に区画されていた ③ 後漢時代 bの郊外にある竜門に石窟寺院が置かれた ④ 三国時代 蜀がbに都を置いた 正解は② aは長安でbは洛陽である 唐は 隋の大興城を受け継ぎ 長安として都とした ①aの長安は前漢の都 劉秀はaではなく bの洛陽を都として漢を再興した ③後漢が誤り 洛陽郊外の竜門に石窟寺院が造営されたのは 北魏の時代から ④蜀が誤り 三国時代洛陽を都としたのは魏 蜀は成都 呉は建業 後の建康 南京 を都とした 長安 周の鎬京 秦の咸陽 前漢の長安 隋の大興城 唐の長安は現在の陝西省西安付近に集中 唐の長安は南北の大通りを軸に東西対象の碁盤目状の計画都市で 商業の時間 場所規制 洛陽 周の洛邑 後漢 魏 西晋 北魏 孝文帝が漢化政策で平城より遷都 の都 開封 大運河が黄河に交わる近くの交通の要衝に位置し 五代 後唐を除く と北宋の都 臨安 大運河の南端に位置 杭州 靖康の変の後 徽宗の息子の高宗が南宋の都 北京 大運河の北端に位置 金で燕京 元で大都 明清で北京として4代の都 南京 江南の中心都市 三国の呉で建業 東晋と南朝で建康 明で金陵 南京 39

唐の支配と東アジア世界 2008 01センター本試験B 1A 01 唐王朝の対外政策 対外関係について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 服属した諸民族をその長に支配させる 羈縻政策を採った ② 海上貿易の管理のために 節度使を置いた ③ 大越国を冊封した ④ 白村江の戦いでは 日本に敗れた 正解は① ②節度使が誤り 海上貿易の管理は市舶司 節度使は 募兵制における募兵権を持つ軍の司令官 ③大越国の成立は 唐滅亡後の11世紀なので誤り ④白村江の戦いでは 唐と新羅の連合軍が日本に勝利した 内地 州県制に基づき直接統治 服属した諸民族 都護府を設置し監視の一方 諸民族をその長に統治させる羈縻政策 周辺の弱小国 冊封関係を結び 王や侯の称号を与え 統治を承認の一方 朝貢を求める 朝鮮半島の新羅 東北地方の渤海 雲南地方の南詔など 周辺の強大国 叔父 甥など家族関係を国家間関係に適用し 関係を結ぶ モンゴル高原の東突厥 ウイグル チベット高原の吐蕃など 遠地の国 正規の冊封関係になくとも 朝貢のみの関係を認める 日本や東南アジアの諸国 シュリーヴィジャヤ 真臘など 唐の国際交流 2006 01センター本試験B 3B 05 唐代の国際交流について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 西域から訪れた僧仏図澄によって 禅宗が中国に伝えられた ② ミラノ勅令で異端とされたアリウス派キリスト教が 中国に伝えられた ③ 律令制などの制度や文化が 朝鮮半島や日本に伝えられた ④ パルティア王国の使節が 大秦王安敦 の使者と称して長安を訪問した 正解は③ これにより 東アジア文化圏が成立し 朝貢冊封体制で秩序づけられた ①禅宗が誤り 禅宗は南インドの僧達磨によって伝えられたとされる また 仏図澄が訪れたのは 五胡十六国時代の華北 ②アリウス派がネストリウス派の誤り ネストリウス派は景教と呼ばれた ④大秦王安敦はマルクス=アウレリウス=アントニヌス帝とされ パルティアは誤り また 漢代に現ヴェトナムの日南郡に到来したのであっ て 唐代に長安を訪問したわけではない 40

唐の学術 2005 01センター本試験B 2B 04 次の文章中の空欄に入れる人名として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 中国において 隋代から施行された科挙では儒学が重視され 唐の太宗は 義 を編纂させた ① 白居易 ② 呉道玄 ③ 班固 らに命じて五経の注釈書である 五経正 ④孔穎達 正解は④ 五経正義 は 科挙の基準となり 唐代の儒学の固定化をまねいたとされる 仏教 念仏を重視する浄土宗と 座禅を重視する禅宗が中国で独自の発展 玄奘 往復陸路でヴァルダナ朝期のインドを訪れ ナーランダ僧院留学 大唐西域記 義浄 往復海路で分裂期のインドへ シュリーヴィジャヤに滞在し 南海寄帰内法伝 儒学 訓詁学が中心 孔穎達 唐の太宗の命により顔師古らと五経の注釈書 五経正義 を編纂, 隋書 も編 顔師古 五経正義 編纂に関与 漢書 の注釈を行う 唐 2001 04センター追試験B 2A 04 7世紀後半から8世紀前半にかけての中国の政治情勢について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ 選べ ① この時期 六部と呼ばれる地方官制が施行されていた ② 完顔阿骨打が 中国東北地方に渤海国を建てた ③ 玄宗の治世の前半は安定しており 貞観の治と称された ④ 則天武后は 帝位について周王朝を建てた 正解は④ ①六部は地方ではなく中央の行政機関 ②完顔阿骨打が大祚栄の誤り 完顔阿骨打は金の建国者 ③貞観の治が開元の治の誤り 貞観の治は唐の太宗の治世 高祖 李淵 隋の部将で突厥の支援により唐 618 907 を建国 都を長安 太宗 李世民 中国統一 貞観の治で律令体制を完成 東突厥を服属も高句麗遠征は失敗 三省 中書省 詔勅の草案 門下省 詔勅の審議 尚書省 詔勅の実施 六部を管轄 科挙実施のため 孔穎達らに 五経正義 編纂を命じる 高宗 領土最大 西突厥 高句麗を滅ぼす 辺境支配に都護府 則天武后 高宗の皇后で 中国史上唯一の女帝となる 玄宗 治世前半は開元の治も 府兵制の負担大より募兵制に転換 節度使が台頭 治世後半は楊貴妃を寵愛 755年安禄山による安史の乱 ウイグルの支援で鎮圧 徳宗 780年宰相楊炎の献策で両税法を制定 現住地で資産に応じ夏秋二期銭納 黄巣の乱 875年山東の塩の密売人王仙芝と黄巣の反乱 四川を除く全土に拡大 滅亡 907年節度使朱全忠 元黄巣軍の部将 に滅亡 開封を都に後梁の建国 41

仏教の伝播 2007 01センター本試験B 1B 05 仏教の伝播について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① インドではマウリヤ朝時代に 大乗仏教が広まった ② 中国では唐の時代 玄奘がインドに旅し 仏典を持ち帰った ③ インドネシアのパガン朝で 上座部仏教が広まった ④ 朝鮮半島には 朝鮮 李朝 時代に初めて伝わった 正解は② 玄奘は陸路往復し ヴァルダナ朝のハルシャ王の紹介でナーランダ僧院に留学している ①マウリヤ朝の時代には 大乗仏教はまだ成立していない ③インドネシアが誤り パガン朝は ビルマ ミャンマー ④新羅 百済 高句麗の三国時代にすでに普及し 百済から日本に仏教が伝播した 中国の史書 2001 04センター追試験B 2A 03 唐代の史家劉知幾 661 721年 が 読んだ可能性がない歴史書を 次の① ④のうちから一つ選べ ① 資治通鑑 ② 漢書 ③ 史記 ④ 春秋 正解は① 資治通鑑は 北宋の司馬光が著したものなので 唐代の劉知幾よりも後 紀伝体 皇帝の伝記 本紀 とそれ以外の人物の伝記 列伝 を基本とする歴史叙述 編年体 年月順に書き記す歴史叙述 春秋 孔子の編とされ 五経 の一つ 魯の国の年代記 編年体 史記 前漢の司馬遷編 太古の黄帝から著者の武帝の時代までを紀伝体で記述 漢書 後漢の班固編 王莽時代を含む前漢の歴史を紀伝体で記述 後世の正史の範 新唐書 新五代書 欧陽脩編 唐宋八大家 歴史家 儒学的価値観から紀伝体で著す 資治通鑑 司馬光編 大義名分論に基づき 春秋 以後から五代末まで編年体の史書 漢代の東西交流 2002 01センター本試験B 1A 04 諸文明の接触と交流について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 西域経営に努めた後漢の班超は ビザンツ帝国に使者を送った トゥール=ポワティエ間の戦いは キリスト教徒と西ヨーロッパに進出したイスラム教徒との戦いである クシャーナ朝では ヘレニズム文化の影響を受けたガンダーラ様式の仏像が作られた 東西交流が進展した唐代の中国には ゾロアスター教 祆教 などの宗教も伝わっていた 正解は① ビザンツ帝国が誤り 班超は1世紀末の人物であり ローマ帝国の東西分裂は395年のことなので誤りである 張騫 前2世紀 前漢の武帝が大月氏との同盟交渉のため派遣 オアシスの道開通の端緒 班超 後漢の西域都護で西域経営 後1世紀末 部下の甘英を大秦国 ローマ に派遣も失敗 大秦王安敦 マルクス=アウレリウス帝と推定 後166年 使者と称する者が日南郡に来訪 後漢書 1世紀頃 ギリシア人商人が季節風貿易 エリュトゥラー海案内記 でインドとの交易開始 インドの商人がインドシナ半島沿岸部に到来 1世紀末にメコン下流に扶南成立し 外港オケオ 2世紀末にチャム人がヴェトナム南部にチャンパー建設 中国名は林邑 9世紀以降占城 42

唐末五代 2007 01センター本試験B 3A 02 唐の滅亡から宋の建国までの 短命な王朝が交代し 小国が分立した時代の名として正しいものを 次の① ④のうちから 一つ選べ ① 戦国時代 ② 五胡十六国時代 ③ 南北朝時代 ④ 五代十国時代 正解は④ 朱全忠の建国した後梁のあと 後唐 後晋 後漢 後周と交代した 武断政治 節度使が割拠し 北方では契丹人の遼が出現して華北を脅かした混乱の時代を背景 黄巣の乱 875年 山東地方で塩の密売人が起こす 部将の朱全忠が唐に寝返り 節度使 後梁 907年唐を滅ぼした朱全忠が開封を都に建国 中国統一には失敗し 各地に節度使の十国 五代 後梁以後 後唐 後晋 後漢 後周と中央で5つの王朝交替 後唐以外は 都は開封 開封 大運河が黄河に交わる近くの交通の要衝に位置し 五代 後唐を除く と北宋の都 燕雲十六州 後晋の建国を支援した契丹人の遼が代償として獲得 現在の北京を含む華北の一部 趙匡胤 後周の禁軍司令官から960年北宋を建国 文治主義に転換し 科挙に殿試を導入 43

宋 2010 01センター本試験B 1A 02 次の文章は 地図中にcとして示された都市に都を置いたある王朝について述べたものである 文章中の空欄 ア と イ に 入れる語の組合わせとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 11世紀後半 皇帝となった ア は 王安石を宰相に抜擢した 王安石は イ 市易法などの 新法 によって 農民 や中小商工業者らの生活を守り 国家財政の再建に努めた ①ア 神宗 イ 青苗法 ②ア 神宗 イ 一条鞭法 ③ア 徽宗 イ 青苗法 ④ア 徽宗 イ 一条鞭法 正解は① 青苗法は 農民に対する低利融資政策 徽宗は風流天子と称された院体画の盟主で 靖康の変で息子欽宗とともに金に連行された上皇 一条鞭法は 銀の流通を背景に 明代の16世紀に普及した雑多な税を銀で一括して納税させる税法 太祖趙匡胤の文治主義 禁軍強化 科挙を整備し 殿試 皇帝が行う最終試験 を導入 北方民族の活動が活発 遼の契丹文字 西夏の西夏文字 金の女真文字と独自の文字 遼 契丹族 耶律阿保機建国 西夏 タングート族 金 女真族 李元昊 二重統治体制 澶淵の盟で歳幣 絹 銀 甘粛支配し東西交易 慶暦和約で宋に臣礼も歳幣 完顔阿骨打建国 都は興慶府 燕雲十六州支配 猛安謀克制 靖康の変で華北まで支配 淮水国境に南宋を臣 王安石の新法 神宗に登用 財政の悪化背景に自営農民の保護育成による富国強兵 司馬光 編年体 資治通鑑 ら反対し旧法党 青苗法 小農民への低利融資 市易法 中小商人への低利融資 均輸法 漢の武帝も行 募役法 免疫銭を財源に役を募集 保甲法 農閑期に農民を訓練し民兵 保馬法 官馬を民間に貸与 靖康の変 金が宋の開封占領 徽宗 上皇 と欽宗連行し北宋滅 1127 高宗 位1127-1162 欽宗の弟で江南に逃れ 杭州を臨安として都=南宋 主戦派岳飛と和平派秦檜が対立し 和平派勝利 淮河と大散関 秦嶺山脈 国境 金に臣礼をとり 毎年金 銀 絹など送る 44

宋と周辺民族 2006 01センター本試験B 1B 06 遊牧と農耕の接触に関連して 同じ時期に並立していた政権 勢力の組合せとして最も適当なものを 次の① ④のうちか ら一つ選べ ① 匈奴 唐 ②匈奴 北宋 ③ 遼 唐 ④遼 北宋 正解は④ 太祖趙匡胤の文治主義 禁軍強化 科挙を整備し 殿試導入 北方民族の活動が活発 遼 契丹族 耶律阿保機建国 二重統治体制 燕雲十六州支配 澶淵の盟で歳幣 絹 銀 1125年に金に滅亡後 一族の耶律大石がカラハン朝滅ぼし西遼 カラキタイ 建国 西夏 タングート族 金 女真族 李元昊 都は興慶府 完顔阿骨打建国 甘粛支配し東西交易 猛安謀克制 慶暦和約で宋に臣礼も歳幣 靖康の変で華北まで支配 淮水国境に南宋を臣 宋の紙幣 2003 04センター追試験B 3A 03 宋代の紙幣について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 紙幣が発行されると 銅銭はほとんど使用されなくなった ② 交子 会子が 紙幣として使われるようになった ③ 政府の発行した交鈔は 主に 日本に輸出された ④ 各地に割拠する諸侯が 様々な紙幣を発行した 正解は② ①銅銭は 宋代には大量に発行された ③交鈔は 金と元の紙幣なので誤り ④宋代には 中央集権体制が保たれていたのであやまり 澶淵の盟で宋が送ったもの 2001 01センター本試験B 2A 01 次の文章は 1004年にキタイ国 遼 と宋の間で結ばれた澶淵の盟と呼ばれる条約の一部である 宋は軍費として契丹 キタイ に毎年 ア 二十万匹 イ 十万両を送る 空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正しいものを 次の① ⑥のうちから一つ選べ ①馬 金 ②馬 銀 ③馬 鉄 ④絹 金 ⑤絹 銀 ⑥絹 鉄 正解は⑤ 馬は 北方遊牧世界から交易品として中国にもたらされたものであるから 中国から北方への贈り物としては誤り また 宋 以降 銀が北方世界や中国内の重要取引に用いられるようになっていく 45

ウイグル 2002 01センター本試験B 2B 04 モンゴル高原に遊牧国家を建てたウイグル族について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 安史の乱が起こった際には 唐側に援軍を送った ② タラス河畔の戦いで ウマイヤ朝の軍隊に敗れた ③ 北方のキルギズ キルギス 族の国を滅亡させた ④ 漢字を基礎としたパスパ文字を用いた 正解は① ②タラス河畔の戦いで敗北したのは玄宗時の唐 相手はウマイヤ朝ではなく アッバース朝 ③ウイグルはキルギスに滅ぼされるので誤り ④ソグド文字を基にウイグル文字を作成した パスパ文字はインド系チベット文字が基 744年東突厥滅ぼしモンゴル高原を支配 マニ教を一時国教 仏教も信仰 後にイスラーム化 安史の乱鎮圧で唐に協力 イラン系ソグド人の東西交易保護 絹馬交易が盛ん ソグド文字よりウイグル文字 モンゴル帝国でモンゴル文字に継承 840年トルコ系キルギスに滅亡 その一部は天山山脈方面に移動し トルコ人西走の端緒 天山方面に王国再興 モンゴル帝国に併合され モンゴルに協力 清の支配下に入った新疆のトルコ系ムスリムは 19世紀末以降 民族教育によりウイグル族意識 中国の周辺諸民族の文字 2003 01センター本試験B 3B 04 アジア各地で用いられてきた種々の文字について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① チベット文字は インドの文字を基につくられた ② ウイグル文字は 遊牧民最古の文字である ③ 訓民正音 ハングル は 高麗時代につくられた ④ 西夏文字は モンゴル語を表すために考案された 正解は① ②ウイグル文字ではなく突厥文字が遊牧民最古の文字 ③訓民正音は李朝朝鮮の世宗が公布した ④西夏文字はチベット系タングート族の西夏の文字 アラム文字やソグド文字など西方の影響を受けた遊牧民の文字 突厥文字 アラム文字の影響を受けた北方遊牧民最初の文字 オルホン河畔の碑文が出土 ウイグル文字 ソグド文字の影響 モンゴル帝国でもモンゴル語表記に使用 モンゴル文字 満洲文字 ウイグル系モンゴル文字の影響 ヌルハチが制定し 清の公文書に使用 漢字の影響を受けた独自文字 契丹文字 契丹 遼 を建国の耶律阿保機が公布 漢字とウイグル文字の影響 女真文字 金を建国の完顔阿骨打の命で制定 契丹文字を参考に作成 西夏文字 チベット系タングート族の西夏で 漢字に基づき作成 訓民正音 李朝朝鮮で世宗の命で制定された表音文字 現在のハングル チュノム 字喃 ヴェトナムの陳朝大越国で使用 インド文字の影響を受けた文字 チベット文字 吐蕃で制定され使用 チベット文字をもとに元でパスパがパスパ文字作成 タイ文字 スコータイ朝で クメール文字をもとに作成 46

道教史 2010 01センター本試験B 4C 08 中国の宗教について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a 唐の寇謙之により 道教教団が組織された b 西夏で 全真教が興った ① a 正 b 正 ② a 正 b 誤 ③ a 誤 b 正 ④ a 誤 b 誤 正解は④ aは唐が誤り 寇謙之は北魏 bは西夏が誤り 全真教は金で興った 道教 民間信仰から発展した中国の宗教で不老長生の仙人を目標 老子を祖と称す 太平道 後漢末に張角創始し 病気治療を説いた民間信仰 黄巾の乱 五斗米道 後漢末に張陵が四川で創始 天師道とも称し 教団として三国時代に発展 寇謙之 天師道の教団組織を仏教に倣って改革 新天師道 北魏の太武帝が国教 仏教弾圧 道教寺院を道観 道教の修行者を道士 唐代 帝室の保護 唐の帝室は 道教の祖とされた老子 李耳 の子孫と主張 を受ける 全真教 金支配下の華北で王重陽が儒 仏 道を調和した新道教 従来の道教は正一教として江南で信仰 南北朝から宋の芸術 2005 01センター本試験B 2B 06 唐宋時代の文化について述べた文として下線部の正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 唐代の韓愈や柳宗元は 古文の復興を提唱した ② 唐代には書家として王羲之が活躍した ③ 北宋の皇帝である高宗は 画院を保護した ④ 南宋の王維は 詩人であり画家でもあった 正解は① 韓愈と柳宗元は南朝時代の四六駢儷体を批判し 古文復興を提唱した唐宋八大家 ②王羲之は 南朝の書聖 唐代の書家は顔真卿など ③高宗ではなく 風流天子と呼ばれた徽宗 高宗は 南宋の初代の皇帝 ④王維は南宋ではなく 李白や杜甫とともに 唐の玄宗代の盛唐を代表する人物 書道 王羲之 南朝 書聖 楷書完成 顔真卿 唐 安史の乱に活躍 力強い書体 絵画 顧愷之 南朝 画聖 女子箴図 呉道玄 唐 玄宗に仕え 山水画に新たな画風 速筆で知られる 王維 唐 詩人であり画家 南宗画の祖とされる 徽宗 宋 院体画 風流天子で画院振興 詩文 陶淵明 南朝 田園詩 帰去来辞 謝霊運 南朝宋の詩人で山水詩の祖 東晋の名門出身で不遇の生活 謀反を疑われ刑死 昭明太子 南朝 文選 の編纂 梁の武帝の太子で,周から梁までの文章 詩賦を編 李白 唐 盛唐の詩仙 杜甫 唐 盛唐の詩聖 春望 白居易 唐 中唐 長恨歌 韓愈 柳宗元 唐 四六駢儷体を批判し 古文復興の唐宋八大家 欧陽脩 宋 唐宋八大家 歴史家 蘇軾 宋 唐宋八大家 詩人 赤壁の賦 47

儒学史 2001 01センター本試験B 3A 01 孔子以降における儒教 儒学 の動向について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 秦の始皇帝は 法家を排斥して儒教 儒学 を擁護した ② 董仲舒が 経書の字句解釈を重んじる訓詁学を確立した ③ 韓愈らが 五経正義 を編纂して 経書の解釈を統一した ④ 朱熹は 四書を重視して 宋学を大成した 正解は④ 四書は 大学 論語 孟子 中庸 で 大学 と 中庸 は 礼記 の一編 ①法家と儒教が逆 始皇帝は 法家の李斯を宰相とし 儒家を焚書坑儒で弾圧した ②董仲舒が誤り 董仲舒は五経博士の設置を献策 訓詁学を確立したのは鄭玄 ③韓愈が誤り 韓愈は唐で古文復興運動を開始 五経正義 は孔穎達 孔子 諸子百家のうち儒家の祖 家族道徳重視し 仁の完成を説く 周の礼の復活目指す 春秋 魯の年代記で孔子の編と伝えられ 五経の一 論語 死後弟子編纂し 四書の一 孟子 性善説を唱え 王道政治を主張 易姓革命を理論化 言行録 孟子 は四書の一 荀子 性悪説を唱え 礼を重視 門下から法家理論を大成した韓非子と始皇帝に使えた李斯 董仲舒 漢の武帝に五経 春秋 礼記 詩経 書経 易経 博士の設置を勧め 儒学を官学化 訓詁学 後漢末に馬融と弟子の鄭玄が確立 経典の注釈を重視 唐で孔穎達や顔師古が 太宗の命で 五経正義 編纂 科挙のため し 解釈を固定 宋学 仏教 禅宗 や道教の影響を受け 儒学に宇宙論を導入 周敦頤 太極図説 朱子学 朱熹 朱子 が宋学を大成 理気二元論に立ち 格物致知による性即理の認識を目標 中華思想の華夷の別 君臣の別強調の大義名分論 四書 大学 論語 孟子 中庸の順に学ぶ を重視 大学 中庸は 礼記 の一篇 明で官学 太祖は六諭制定 永楽帝が 四書大全 五経大全 の編纂命じ科挙の基準 陸九淵 朱子と同時代の南宋の学者 理一元論と心即理説を説く 王陽明に継承 陽明学 明で王陽明が心即理説のもと 知行合一で行動を重視 陽明学左派 李贄 李卓吾 儒家の礼を偽善とし 男女平等を説き 水滸伝評価 考証学 明末清初の実学の風潮のもと 朱子学 陽明学を批判し実証を重視 黄宗羲 明夷待訪録 で専制政治批判し中国のルソー 顧炎武 日知録 実証重視で経世致用を説き 清朝考証学の基礎を築く 48

06 東アジア世界の展開 元 2007 01センター本試験B 2A 03 モンゴル帝国に関連して モンゴル人の支配下における出来事について述べた文として誤っているものを 次の① ④ のうちから一つ選べ ① オゴタイ=ハンは金を滅ぼし カラコルムに都を置いた ② 元では イスラーム世界の科学の影響で 授時暦が作成された ③ 元の支配下では 漢人が重用され 西域出身の色目人は蔑視された ④ 従来の大運河が補修され また大都に至る新運河が建設された 正解は③ 漢人よりも 色目人が財務官僚などに重用された フビライ=ハン 1260年即位し 1264年大都へ遷都 1271年国号を元とする 1279年南宋を滅ぼして中国統一 ビルマのパガン朝も征服 日本 鎌倉幕府 ヴェトナム 陳朝 ジャワ マジャパヒト王国成立 への遠征は失敗 チベット仏教のパスパを登用 チベット文字よりパスパ文字作成 ウイグル文字と公用文字 モンゴル人が支配層に西域以西の色目人が財務官僚 旧金の住人を漢人旧南宋の住人を南人 モンゴル人第一主義と評す 士大夫を冷遇し 科挙も一時停止 後に復活 駅伝制 ジャムチ の整備 大運河を修築し 新運河も開削 海運も整備 杭州 泉州の繁栄 銀との兌換を保障された紙幣の交鈔を発行 滅亡 14世紀の寒冷化による自然災害 チベット仏教への出費による財政悪化 白蓮教徒による紅巾の乱 明の朱元璋に滅亡 オゴタイが滅ぼした中国方面王朝の版図 2002 01センター本試験B 2B 06 中国の職人がモンゴル帝国の首都カラコルムに居住していた背景には オゴタイ=ハンが中国方面で対立していたある王 朝を滅ぼして 彼らを移住させたことが挙げられる その王朝の最大版図として最も適当なものを 次の① ④のうちから一 つ選べ 正解は③ オゴタイ=ハンが滅ぼした王朝は金である 金は東北地方に成立し 靖康の変で北宋を滅ぼし 南宋との和約で淮河以北 を国境とした 49

モンゴルの4ハン国 2004 01センター本試験B 3C 10 ロシアを支配したモンゴルのハン国について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ①アルタン=ハンの下で勢力を拡大した ②ガザン=ハンの下でイスラム教を受容した ③都はサライと呼ばれた ④セルジューク朝を征服した 正解は③ ロシアを支配したキプチャク=ハン国の都は サライ ①明代の16世紀のタタール部である ②イランを支配したイル=ハン国である ④セルジューク朝は モンゴルの台頭前に分裂し滅亡している キプチャク=ハン国 1243 1502 南ロシア支配し都サライ バトゥ建国 ウズベク=ハン時にイスラーム化し東スラヴ人を間接統治 1480年にモスクワ大公国のイヴァン3世が自立 クリム=ハン国やカザン=ハン国に分裂 チャガタイ=ハン国 1227 1369 中央アジア支配し都アルマリク チャガタイが分封 ハイドゥの乱後 オゴタイ=ハン国を併合 14世紀にイスラーム化し 東西に分裂 西チャガタイ=ハン国にティムールが出現 オゴタイ=ハン国 1224 1310 西北モンゴル支配し都エミール ハイドゥの乱 ハイドゥがトゥルイ家支配に反発し大ハンを称してフビライに反乱 チャガタイ=ハン国 キプチャク=ハン国と連合し 元 イル=ハン国と抗争 イル=ハン国 1258 1411 イラン イラクを支配し都タブリーズ アッバース朝を滅ぼしたフラグが建国 初期はネストリウス派キリスト教を保護 ガザン=ハン時にイスラーム教を国教 イラン人宰相ラシード=アッディンが 集史 編纂 50

中国貨幣史 2010 01センター本試験B 2B 04 元が発行した紙幣の名称として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 布銭 布貨 ② 会子 ③ 公子 ④ 交鈔 正解は④ 金で発行した紙幣も交鈔と称した ①戦国時代の韓 魏 趙などで流通した青銅貨幣 ②南宋で発行の紙幣 ③北宋で発行の紙幣 貝貨 殷墟より子安貝出土 殷代の商業活動と南方との交易が確認 春秋時代まで使用 青銅貨幣 春秋末から戦国時代にかけて 各国の富国策で普及 刀銭 刀剣などの武器を模し 燕 斉の河北 山東地方で使用 布銭 農具を模し 春秋晋と晋分裂後の韓 魏 趙の山西 河南で使用 環 円 銭 秦などで使用 中央に初期円孔 丸い穴 のち方孔 四角い穴 蟻鼻銭 貝貨を模し 楚で使用 半両銭 秦始皇帝の統一政策の一環 円形方孔 半両は重さの単位で8グラム 12銖 の銅銭 五銖銭 漢武帝鋳造 隋までの基準通貨 桑弘羊の献策で 半両銭より軽量化 開元通宝 唐の高祖李淵が 唐朝開朝 開国建元を記念して鋳造 後世の銅銭の規範 宋銭 形式は開元銭を受け継ぐ 貨幣経済の発展で銅銭経済の最盛期 日本など周辺諸国に密輸 飛銭 唐末 遠隔地との商品貨幣経済の発展に伴い 銅銭輸送の不便から発行された手形 交子 北宋で発行された世界最初の紙幣 もとは四川商人の発行した手形で 11C初めに官営 会子 南宋で発行された紙幣 交鈔 ①金で発行の紙幣 13C初めに乱発し 経済混乱 ②元の主要通貨で 銀との兌換紙幣 フビライは他の通貨を禁止 後に乱発 銀 宋代に高額取引の決済手段として金とともに使用 南宋以後通貨としての役割を高める 16世紀に日本銀とメキシコ銀の大量流入 明代に秤量銀として用いられ 銀納の一条鞭法 法弊 1935年中華民国の南京国民政府 蔣介石政権 が 紙幣への通貨統一を実現 51

モンゴルの君主 2002 01センター本試験B 2B 05 1254年にカラコルムをルブルックが訪れる以前に起こった出来事として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① フラグ軍が 西アジアに侵入して アッバース朝を倒した ② 中央アジア方面では 激しい相続争いから ハイドゥの乱が起こった ③ バトゥ軍が ドイツとポーランドの諸侯連合軍をワールシュタットの戦いで破った ④ チベット仏教 ラマ教 保護による膨大な支出のため 国家財政が窮乏した 正解は③ この衝撃がカルピニやルブルックの派遣につながった ① アッバース朝の滅亡は1258年の出来事なので ルブルック訪問後 ② ①はモンケ=ハン時 ハイドゥの乱はその後のフビライ即位に反対してであるから やはり訪問後 ④ 14世紀半ばのモンゴル帝国の衰退要因とされる出来事であるから訪問後 チンギス=ハン ハン即位前の名はテムジン 部族長会議のクリルタイで即位 1206 部族制を改編し千戸制の行政 軍事組織 カラキタイ ナイマン ホラズム 西夏を滅ぼす オゴタイ=ハン 1234年金を滅ぼす バトゥ遠征軍がワールシュタットの戦い勝利 カラコルムを都 駅伝制 ジャムチ 站赤 を整備 官用旅行者に牌符の証明書 モンケ=ハン フビライが大理 吐蕃を征服 フラグがアッバース朝を征服 高麗の服属 フビライ=ハン 都を大都へ遷都 1271年国号を元 1279年厓山の戦いで南宋滅ぼし中国統一 ビルマのパガン朝も征服 日本 元寇 ヴェトナム 陳朝 ジャワ マジャパヒト王国成立 への遠征は失敗 チベット仏教のパスパをまねく パスパ文字作成しモンゴル文字と共に公用文字 モンゴル人 色目人 イスラーム教徒中心 漢人 旧金配下 南人 旧南宋配下 の別 即位をめぐりオゴタイ家のハイドゥがハイドゥの乱 モンゴル帝国の再編 バトゥ オゴタイの命で西方遠征 キエフ公国を滅ぼしロシア諸侯支配してキプチャク=ハン国 フラグ モンケの命で西方遠征 1258年アッバース朝を滅ぼし 西アジアにイル=ハン国 ガザン=ハン イル=ハン国の全盛期 イスラームを国教 白蓮教 2007 01センター本試験B 4C 07 次の文章中の空欄 ⑦ に入れる反乱の名として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 宋代以降 弥勒菩薩が地上に降りて人々を救済するという白蓮教が広まり 現体制に対する革命の要素を持つ反乱が頻 発する 元末には ⑦ が起こり その中から頭角を現した人物が明朝を開いている ① 赤眉の乱 ② 黄巣の乱 ③ 安史の乱 ④ 紅巾の乱 正解は④ ①赤眉の乱は 新末に発生 ②黄巣の乱は 唐末に塩の密売人の王仙芝や黄巣が起こした ③安史の乱は 唐の玄宗皇帝時に節度使の安禄山が起こした 宋に始まる仏教系の中国民衆宗教で当初は阿弥陀仏を信仰 元で弥勒仏の下生によって現世の繁栄がもたらされるとする弥勒教と融合し 弥勒信仰 紅巾の乱 元末白蓮教の教主韓山童が準備 挙兵前に処刑 し 息子韓林児が起こす 朱元璋が台頭も 韓林児は朱元璋に謀殺 朱元璋建国の明は白蓮教を邪教として禁圧 白蓮教徒の乱 乾隆帝引退後の嘉慶帝期 1796-1805 年 四川などの新開地で発生 清朝でも白蓮教は邪教として弾圧 八旗などの無力を露呈し財政も悪化して清衰退の契機 義和団事件 白蓮教系の義和拳教がキリスト教排斥の仇教運動 除教安民 扶清滅洋 を掲げドイツ進出の山東半島で排外運動を展開 北京に進出し公使館地域を包囲 清朝保守派は義和団と結び列強に宣戦 日露米英伊墺仏独の8ヵ国連合軍に敗北 52

中国の諸制度 2008 01センター本試験B 3A 01 中国の歴代王朝の制度について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 前漢は 科挙による官吏登用を開始した ② 新は 周の制度を理想として改革を行った ③ 遼は 衛所制による軍制を整えた ④ 元は 中書省を廃止した 正解は② 儒学を利用して前漢にかわり新を開いた王莽は 儒学が理想とする周の制度を範とした ①科挙が郷挙里選の誤り 科挙は隋の文帝が導入 前漢は武帝が郷挙里選を開始した ③衛所制は 遼ではなく明の軍制なので誤り ④中書省を廃止したのは 元ではなく明の洪武帝なので誤り 洪武帝の人民支配体制 2005 01センター本試験B 2B 05 明代の民衆統治 教化について述べた次の文章中の空欄 ア と イ に入れる語の組合わせとして正しいものを 下 の① ④のうちから一つ選べ 明の太祖洪武帝は民衆を統治するため 村落行政制度である ア 制を実施し また民衆教化のため 父母によく仕え て孝行しなさい 目上を敬いなさい 近隣と仲良くしなさい 子孫を教え諭しなさい 各々その分に安んじなさい 不正をし てはならない という イ を定めた ①ア 里甲 ③ア 衛所 イ 宗法 イ 宗法 ②ア 里甲 ④ア 衛所 イ 六諭 イ 六諭 正解は② 宗法は 宗族内の血縁秩序を維持した 職業別戸籍 民戸 州県 軍戸 兵部 里甲制 民戸を対象とした徴税と治安維持のための村落行政制度 110戸を1里 里長 富裕な者10戸を里長戸とし 毎年輪番で里長として徴税 治安維持担当 甲首 残りを10戸 10甲で甲首戸とし 毎年輪番で10人の甲首が里長を補佐 魚鱗図冊作成 宋以降作成の課税の基礎の土地台帳 賦役黄冊 里長 甲首に作成させた 租税台帳を兼ねた戸籍簿 明律 明令 唐制をもとに改正 六諭 人民教化目的の六ヵ条の教訓 里老人に里甲内で唱えさせる 教育勅語に影響 衛所制 唐の府兵制を範 衛所に屯田を置き 軍戸に支給するかわりに兵役の義務 中国歴代王朝の対外関係 2001 01センター本試験B 3B 05 中国歴代王朝の対外関係について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 秦の始皇帝は吐蕃を攻撃して 万里の長城を修築した ② 前漢の武帝は衛氏朝鮮を滅ぼし この地に楽浪郡などを置いた ③ 明の皇帝がアルタン=ハンによって捕虜にされた事件を 土木の変と称する ④ 元のフビライ=ハンは ビルマ ミャンマー のトゥングー朝を滅ぼした 正解は② ①吐蕃が誤り 秦の始皇帝が攻撃したのは匈奴 吐蕃は7世紀の唐代に建国 ③アルタン=ハンが誤り 土木の変はエセン=ハン ④トゥングー朝が誤り フビライに滅ぼされたビルマの王朝はパガン朝 53

明清の交易政策 2006 01センター本試験B 3B 06 陸海の交易ネットワークについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① バクトリアを滅ぼしたマウリヤ朝は 長安とローマを結ぶ交易を行った ② スマトラ島に起こったパガン朝は 海上貿易で繁栄した ③ 金は 中国全土に駅伝制を設け 陸上交易路を発達させた ④ 明は 海禁政策を採り 朝貢貿易体制を維持しようとした 正解は④ ①マウリヤ朝は バクトリアを滅ぼしていない また 漢の成立時にはマウリヤ朝は衰退している ②パガン朝がシュリーヴィジャヤの誤り パガン朝は11世紀にビルマに成立した王朝 ③金が元の誤り 金は中国の華北までしか支配していないので 中国全土の駅伝制は不可能 14世紀後半は,中国は元末明初で紅巾の乱など混乱,日本も南北朝の動乱時代 日本と中国の中央政府の統制低下を背景に,民間武装商人の倭寇(前期倭寇 日本人中心)が活動 明洪武帝の海禁政策 民間人の貿易を禁じ,朝貢貿易(勘合貿易)のみ(琉球王国が繁栄) 明永楽帝の積極政策 鄭和の南海遠征で,南海諸国の朝貢を促す マラッカ王国を基地 室町幕府の足利義満を冊封 建文帝時が最初 倭寇取締で前期倭寇鎮静化 後期倭寇 海禁に不満な中国商人中心に16世紀前半に盛ん,中国の生糸と日本銀 海禁緩和 1567年に緩和 中国商人と日本商人(17世紀初朱印船貿易)が東南アジアで出会い貿易 ポルトガルはマカオ,オランダは台湾拠点に日中中継貿易に参入 スペインは新大陸の銀(メキシコ銀)を太平洋を越え,マニラまで 清朝の海禁強化 台湾の鄭氏一族に対抗 1683年台湾統一で翌年緩和 華僑の増大 1757年に乾隆帝はヨーロッパ貿易を広州に限定,特許商人の公行に独占 明の変 2006 01センター本試験B 2B 05 次の文章の空欄 に入れる事件の名と それが起こった場所を示す右の地図中の位置aとbとの組合せとして正しいも のを 下の① ④のうちから一つ選べ 1449年 正統帝が率いる遠征軍がモンゴル軍に撃破され 皇帝自身も捕虜になる ① 靖康の変 a ③ 土木の変 a が起こった ② 靖康の変 b ④ 土木の変 b 正解は③ 靖康の変は金が北宋の都開封を占領し 徽宗と欽宗を連行した事件 54

万里の長城 2003 01センター本試験B 1A 01 万里の長城の南北の二つの世界の共存と紛争について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 漢は 武帝の治世下で 遊牧民の侵入を防ぐため 節度使を設置した ② 北魏は 漢民族の文化を排除し 農耕社会の統治に消極的であった ③ 唐は 遼と西夏に銀や絹などを毎年贈り 和平に努めた ④ 明は 永楽帝の治世下で モンゴル高原に出兵した 正解は④ ①節度使は 唐代から設置された役職なので誤り ②北魏は 孝文帝の漢化政策などで漢民族に同化していったので誤り ③唐ではなく宋 中国の北方勢力 2008 01センター本試験B 1B 04 モンゴルの地域に勃興した遊牧民族について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 鮮卑が 隋に攻められて東西に分裂した ② 柔然が 5世紀に強勢を誇った ③ キルギスが 9世紀に烏孫を滅ぼした ④ オイラートが 前漢の皇帝を捕虜にした 正解は②柔然は5 6世紀に強勢を誇ったが 6世紀に突厥に滅ぼされている ①鮮卑は 北魏を建国した民族で 隋成立以前に活躍 ③キルギスが9世紀に滅ぼしたのは 烏孫ではなくウイグル ④オイラートが捕虜にしたのは明の正統帝 土木の変 匈奴 スキタイの影響で騎馬民族化 秦の始皇帝が万里の長城 前漢の高祖が冒頓単于に敗北 武帝 張騫を大月氏に派遣し同盟工作も失敗 匈奴と戦い敦煌郡など4郡設置 五胡の一つで西晋を滅ぼす 鮮卑 匈奴に代わりモンゴル高原支配 八王の乱を機に華北侵入 拓跋部の北魏が439年華北統一 柔然 鮮卑の華北移動後 5 6世紀にモンゴル高原支配し北魏に対抗 突厥に滅亡 突厥 6世紀ササン朝のホスロー1世と結びエフタルを滅 柔然を滅ぼし隋を圧迫 東西に分裂 東突厥は唐の太宗に服属 西突厥は唐の高宗に敗北 東突厥の再興も8世紀半ばウイグルに滅 ウイグル 8世紀半ば突厥に代わり 安史の乱で唐を援助 9世紀半ばキルギスに滅 一部は西走 遼 五代十国期に契丹族の耶律阿保機建国し渤海を滅ぼす 後晋を助け燕雲十六州 宋と澶淵の盟 西夏 11世紀にチベット系タングート族が甘粛地方に建国し宋を圧迫 チンギス=ハンに滅亡 金 東北地方でツングース系女真族が遼より自立 宋と結び遼を滅ぼし 靖康の変で北宋を滅ぼす 南宋と淮河で和平 臣礼をとらせ 銀や絹を歳貢として受け取る オゴタイ=ハンに滅亡 オイラト 明初に台頭のモンゴル族の一派 土木の変でエセン=ハンが明の英宗正統帝を捕虜 タタール 北元を継承したモンゴル族の一派 韃靼 16世紀にアルタン=ハン強勢で北京を包囲 チャハル タタールの一部族でホンタイジに服属 後金が清と改名の契機 ジュンガル オイラトの一部族で清に対抗 乾隆帝に滅亡 55

イエズス会 2007 01センター本試験B 3A 01 明の時代に起こった出来事について述べた次の文章中の空欄 ア と イ に入れる人の名の組合せとして正しいもの を 下の① ④のうちから一つ選べ 明代の後半になると ヨーロッパから多くの宣教師が中国を訪れるようになった ア によって設立されたイエズス会 ジェズイット教団 に属する イ は 布教にとどまらず 坤輿万国全図 を作成して 広い世界の全体の姿を中国に紹介 する役割も担った ① ② ③ ④ ア ツヴィングリ ア ツヴィングリ ア イグナティウス=ロヨラ ア イグナティウス=ロヨラ イ マテオ=リッチ イ ミュンツァー イ マテオ=リッチ イ ミュンツァー 正解は③ ツヴィングリは ルターと同時期のチューリヒの改革者 ミュンツァーは ドイツ農民戦争の指導者 対抗宗教改革の中心 南ドイツを新教から奪回 海外布教を推進 イグナティウス ロヨラ スペイン人でイエズス会創設 教皇に忠誠の軍隊的組織 フランシスコ ザビエル インドのゴアの大司教 日本にキリスト教布教 マテオ リッチ 明末に中国布教 坤輿万国全図 中国初の世界地図 徐光啓の協力でエウクレイデスの幾何学を 幾何原本 で紹介 アダム シャール 湯若望 西洋暦法紹介 フェルビースト 南懐仁 天文 砲術に優れる ブーヴェ 白進 皇輿全覧図 実測による最初の中国全地図 カスティリオーネ 郎世寧 円明園 バロック建築 建設で宮廷画家として活躍 琉球 2008 01センター本試験B 1A 03 明代のアジアの状況について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 琉球王国が成立した ② 明が カンボジアを併合した ③ バーブルが ムガル帝国を滅ぼした ④ ヴェトナムで 西山 タイソン 党の反乱が起こった 正解は① 15世紀初めに成立している ②明の永楽帝が併合したのはヴェトナム ③バーブルは ムガル帝国を建国した ④西山党の反乱は 18世紀なので中国では清代 建国 15世紀初めに中山王尚巴志が統一 王城を首里 外港を那覇 明の冊封を受け朝貢 東南アジア 中国 日本の中継貿易で15世紀繁栄 日中両属 1609年薩摩藩の侵攻で日本に服属しつつ清朝との冊封関係も維持 台湾出兵 1874年琉球島民が台湾先住民に殺害された事件を口実に出兵し 琉球日本帰属へ 琉球処分 1879年明治政府は琉球王国を廃止し 沖縄県設置 56

中国の農民反乱 2010 01センター本試験B 4C 07 中国の反乱について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 始皇帝の死後 陳勝 呉広の乱が起こった 後漢で 太平道が黄巾の乱を起こした 北宋で 黄巣が反乱を起こした 李自成の反乱軍が北京を占領し 明朝は滅んだ 正解は③ 北宋が誤り 黄巣の反乱は唐の末期 陳勝 呉広の乱 秦末 陳勝が 王侯将相何ぞ種あらんや を標語に決起 劉邦の出現 赤眉の乱 新末 新の王莽の復古政策に反乱 新を滅ぼす 劉秀の出現 黄巾の乱 後漢末 太平道の張角が指導し 各地の豪族が自立 曹操の出現 黄巣の乱 唐末 山東の塩の密売人が指導し 四川を除く全土に拡大 紅巾の乱 元末 弥勒信仰の白蓮教の韓山童 韓林児が指導 李自成の乱 明末 李自成が北京占領し明を滅ぼすも呉三桂と清に鎮圧 白蓮教徒の乱 清中期 乾隆帝引退直後に発生し 清の安定期の終了 朱全忠の出現 朱元璋の出現 清順治帝の北京入城 中国人の移住 2003 01センター本試験B 4A 03 中国史上の移住や開発について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a 東晋の時代 移住民が増えた江南では 開発が進んだ b 明の時代を通じて 海外への移住が奨励された ①a 正 b 正 ②a 正 b 誤 ③a 誤 b 正 ④a 誤 b 誤 正解は② bは 明中期まで民間人の海外渡航を厳しく禁止する海禁政策をとっていたので誤り 遊牧民による統治 支配 2002 01センター本試験B 2B 07 遊牧民による統治 支配について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ キタイ国 遼 では 部族制と州県制の二元的支配体制が敷かれた 元朝支配下では 漢族社会の土地所有制度は大きく変わることはなかった イル=ハン国では ガザン=ハンの時期に イスラム教を国教とした ジュンガル部では アルタン=ハンが活仏制度を利用してチベットを支配した 正解は④ ジュンガル部のアルタン=ハンではなく タタール部のアルタンか ジュンガル部のガルダンであれば正しい文となる 57

明の貿易政策 2001 02センター本試験A 2A 01 東シナ海では15世紀後半以降 明で銀需要が増大したこともあって国際交易が活発化した これに関連して この時期の 銀の生産 流通について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 明へは メキシコ銀が大量にもたらされた ② スペインは 主にアフリカ大陸で銀を採掘した ③ 明は 両税法を創始して税の銀納化を進めた ④ 日本銀の流入により ヨーロッパでは価格革命が起こった 正解は① ②アフリカ大陸がアメリカ大陸の誤り アメリカ大陸の現ボリビアのポトシ銀山などで銀を採掘した ③両税法が一条鞭法の誤り 両税法の創始は 780年 唐で楊炎の献策 ④日本銀が誤り ヨーロッパの価格革命は 新大陸の銀の流入が要因 14世紀後半は 中国は元末明初で紅巾の乱など混乱 日本も南北朝の動乱時代 日本と中国の中央政府の統制低下を背景に 民間武装商人の倭寇 前期倭寇 日本人中心 が活動 洪武帝 朱元璋 の海禁政策 民間人の貿易を禁じ 朝貢貿易のみ 永楽帝はイスラーム教徒宦官の鄭和のインド洋派遣で南海諸国の朝貢促す 冊封体制に基づく朝貢貿易を振興 足利義満を日本国王に冊封し朝貢貿易 勘合貿易 室町幕府の倭寇取締りで前期倭寇鎮静化 永楽帝後 勘合貿易の縮小 16世紀半ばに途絶 16世紀中国内の銀需要の増大 江南の経済発展 長城地帯の軍備増強 海禁に不満な中国商人を中心に日本との密貿易増大 中国の生糸と日本の銀の交換 16世紀大航海時代でポルトガル商人を先駆にヨーロッパ商人も密貿易に参加 明朝の取締りに貿易商人は武装して対抗し 後期倭寇 北方の韃靼の圧力と併せ 北虜南倭 16世紀後半に海禁緩和 東南アジア方面の海禁解除 日本方面の海禁は継続 商業の時代本格化 東シナ海 南シナ海貿易の活発化 メキシコ銀 日本銀の流入 銀納の一条鞭法成立の前提 ポルトガル商人はマカオを拠点に日本の銀と中国の生糸を交易する日中中継貿易 日本銀流入 スペイン商人はメキシコのアカプルコからフィリピンのマニラまでガレオン船で交易 マニラに渡航する中国商人と 中国物産とメキシコ銀の交易 オランダ商人はポルトガル商人に対抗し 台湾を拠点に日中中継貿易 日本の鎖国で貿易独占 日本商人と中国商人は東南アジアで出会い貿易 東南アジアに中国人町 華僑 日本人町 遊牧民 2004 01センター本試験B 3B 07 遊牧民について述べた次の文① ④のうちから 正しいものを一つ選べ ① 柔然は モンゴル高原を支配した最初の遊牧騎馬民族である ② 匈奴は 冒頓単于の下で強力となり 月氏や漢を圧迫した ③ ウイグルは 赤眉の乱の鎮圧に際し 唐を援助した ④ オイラートは 明に侵入して 万暦帝を捕らえた 正解は② 冒頓単于は 漢の高祖に勝利した ①柔然が匈奴の誤り 柔然は 鮮卑の南下の後 5 6世紀にモンゴル高原を支配した ③赤眉の乱が安史の乱の誤り 赤眉の乱は 新末の反乱 ④万暦帝が正統帝の誤り オイラトのエセンに正統帝が捕らえられた事件は土木の変 58

北方民族と中国の王朝 2003 05センター追試験A 3B 07 北方民族と中国の王朝との関係について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 漢の武帝は 匈奴と和親を結ぶため 張騫を派遣した ② 唐代初期には 鮮卑族が勢威を振るったが 後に唐によって滅ぼされた ③ 遼は 南宋と同盟を結んだ ④ 女真族のヌルハチは 明の支配から脱して 後金 後の清 を建国した 正解は④ ヌルハチは1616年に後金を建国している ① 武帝は 匈奴に対する同盟を交渉するため 張騫を大月氏に派遣した ② 鮮卑は五胡の一つ 鮮卑の拓跋部が北魏を建て 隋唐の建国者も その起源は拓跋部にある ③ 南宋建国前に 遼は北宋と金によって滅ぼされているので誤り 大運河と関係都市 2004 01センター本試験B 4A 03 中国の歴代王朝の都について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 前漢の長安には 仏教寺院が多数建立されていた ② 唐の長安は 中央の大通りを軸とする南北対象の都市として建設された ③ 宋の開封は 黄河と大運河が合流する交通の要衝付近に位置していた ④ 清の北京は 一時期 北元によって占領された 正解は③ ①仏教が中国で普及するのは 五胡十六国時代で前漢よりも後なので誤り ②南北が誤り 東西対象の都市であった ④北元は 明初に元がモンゴル高原を維持した時期の呼称で 明の光武帝によって滅ぼされたので誤り 大運河 隋代に建設開始し南北統一 煬帝が完成 元代に補修し 新運河も開削 大興城 長安 大運河で江南と結ぶ 五代以降は 大運河の中心から遠く 地方都市へ 北京 大運河の北端 金で燕京 元で大都 明清で北京で4代の都 開封 大運河と黄河の交点近く 後唐を除く五代の都 北宋の都 杭州 大運河の南端 南宋で臨安として都 マルコ=ポーロが紹介 影響 唐代以降 大運河が交通の大動脈となり 首都は大運河沿いに移転 康煕帝 2003 01センター本試験B 2B 05 康熙帝の治世下に起こった事柄として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 軍機処が設置され 政治の最高機関となった ② 清が北京を占領し その首都とした ③ アマーストが イギリスの施設として清に派遣された ④ イエズス会以外の宣教師による布教が禁止された 正解は④ 典礼問題から康熙帝はイエズス会以外の宣教師の布教を禁止した ①軍機処の設置は雍正帝の時代 ②北京を占領したのは順治帝の時代 ③アマーストの派遣は1816年 嘉慶帝期 で康熙帝期ではない 59

中国の地方統治や行政組織 2004 01センター本試験B 4A 01 中国歴代王朝の地方統治や行政組織について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 前漢は 地方を州 県の単位で統治する州県制を採用した ② 北魏は 骨品制と呼ばれる制度を採用した ③ 金は 猛安 謀克制と呼ばれる軍事 行政組織を採用した ④ 清は 満州 満洲 の支配を三藩にゆだねた 正解は③ ①前漢の地方行政制度は 郡県制と封建制を組み合わせた郡国制で 州県制ではない ②骨品制は 北魏ではなく 朝鮮の新羅の氏族的身分制度 ④満洲が誤り 満洲は女真人発祥地なので 直轄領 三藩は呉三桂の雲南など 南方に封じられた 台湾史 2001 01センター本試験B 1C 08 台湾を初めて領有した中国王朝の名として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 漢 ② 唐 ③ 元 ④ 清 正解は④ 1683年 康煕帝が台湾を支配していた鄭氏を降伏させ 直轄領としたのが最初である 16世紀まで マライ ポリネシア オーストロネシア 語族 日本では高砂族と称す が先住民 オランダ支配 1624年台南付近にゼーランディア城建設 スペイン駆逐 日中中継貿易の拠点 鄭氏台湾 反清復明運動を続ける鄭成功 国姓爺 が1661年オランダより奪う 清朝直轄領 1683年三藩の乱を鎮圧した康煕帝が鄭氏を降伏させ直轄領 福建からの移民増加 日本植民地 1895年日清戦争の下関条約で 日本占領当初 劉永福らが台湾民主国を称し抵抗 中国返還 1943年のカイロ会談 ローズヴェルト チャーチル 蔣介石 で台湾の返還を確認 二 二八事件 大陸出身の外省人と 台湾の本省人の対立から本省人の暴動を弾圧 犠牲2万人 台湾国民政府 1949年国共内戦に敗北した蔣介石が台湾に転出 1971年まで国連議席を保持 NIES 1970年代に工業成長が注目されたアジアNIES 新興工業経済地域 の一 蔣経国 蔣介石の長男で1978年総統就任 86年戒厳令を解除し 野党の民進党を公認 李登輝 蔣経国を継承し88年総統 民主化推進し 96年初の総統直接選挙で再選 陳水扁 2000年の総統選で野党の民進党が勝利し 総統 馬英九 2008年の総統選で国民党が政権を奪回し 総統 60

清朝の漢民族支配 2003 01センター本試験B 1A 02 清朝が諸民族に対して行った政策について述べた文として正しいものを 次の① ⑥のうちから一つ選べ ① 満洲 州 族の風俗を漢民族風に改める政策を推進した ② チベットを藩部として 理藩院の管轄下においた ③ 学問を保護して 漢民族の反清思想に対しても寛大であった ④ 明の官僚制度を廃止し 中央の要職には漢民族を採用しなかった 正解は② モンゴル 中央アジア東部 青海 チベットを藩部 ①満洲族の風俗である辮髪を 漢民族に強制しているので誤り ③学問を保護し 大編纂事業を行ったが 反清思想は文字の獄と禁書で弾圧したので誤り ④中国統治にあたっては明の官僚制度を維持し 要職は満人と漢人を併用する満漢偶数官制をとった 懐柔政策 満漢併用制 同一官職に漢人と満人併用 合議制をとり漢人懐柔 大編纂事業 伝統文化尊重し学芸奨励 学者動員し優遇 科挙も盛ん 康煕字典 漢字の字書 五体清文鑑 古今図書集成 大百科事典 四庫全書 中国文化叢書 五民族語対照辞典 威圧政策 文字の獄 禁書 排満 反清思想の弾圧や 反政府出版物の弾圧 辮髪 順治帝時に発布 自民族の風習を強制 留頭不留髪 留髪不留頭 ネルチンスク条約の時期の中国 2001 01センター本試験B 2B 04 ネルチンスク条約を締結した時期の中国について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 三藩の乱と呼ばれる反乱が平定された ② 四書大全 の編纂が行われた ③ 万里の長城を修築して エセン=ハンの侵入に備えた ④ 日本との間で勘合貿易が行われた 正解は① ネルチンスク条約は 清の康熙帝の時代 三藩の乱を鎮圧したのは康熙帝 ② 四書大全 の編纂は明の永楽帝 ③ エセン=ハンは 15世紀半ば明の正統帝を捕虜とする土木の変をおこした人物 ④ 日本との勘合貿易は 明の永楽帝から明中期まで 61

1880年代までの清とロシアの条約 2001 01センター本試験B 2B 03 次の文章は 中国とロシアの間で結ばれたある条約の一部である 中国の大臣ソンゴトゥ一行とロシアの大使ゴロヴィーン一行は ① の地に会同し 次のように定めた 第1条 サハリヤン=ウラ に北から流入するゴルビッツァ川から この川の源の 石のある大きな山脈の尾根に沿って海に 至るまで その南側のサハリン=ウラに流入する大小の川はすべて中国に属し 北側の川はすべてロシアの所属とする 条約の名称にもなっている 空欄 ① に入れる地名として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アイグン ② キャフタ ③ ネルチンスク ④ 北京 満洲 州 語で 黒い川 を意味し 黒竜江を指す 正解は③ 文中のゴルビッツァ川は アルグン川で 石のある大きな山脈 が 外興安嶺 スタノボイ 山脈である 従って 1689年に 康熙帝とピョートル1世の間で締結されたネルチンスク条約となる ネルチンスク条約 1689年ピョートル1世のロシアと康熙帝の清朝が締結 アルグン川と外興安嶺 スタノボイ 山脈を国境に定める 清が外国と対等の立場で結んだ最初の条約 キャフタ条約 1727年雍正帝の清朝とロシアが締結 外モンゴルとシベリア間の国境を確定し キャフタの対岸に互市場の買売城設置 アイグン条約 1858年ロシアがアロー戦争利用し締結 黒竜江 アムール川 を国境として黒竜江左岸を取得 ウスリー江以東の沿海州を露清共同管理地とする 北京条約 1860年アロー戦争の調停を口実に締結 沿海州をロシアが獲得 イリ事件 1871-81 中央アジアでムスリムの反乱 ロシアがイリ地方占領 イスラーム教徒反乱を鎮圧した清朝が ロシアの撤退を求めて交渉 イリ条約 1881年ロシアが占領したイリ地方を返還 中央アジアの国境を有利に策定 62

清の君主 2007 01センター本試験B 4C 08 乾隆帝の治世について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ジュンガルを征服した ② 総理各国事務衙門 総理衙門 を設置した ③ ロシアとの間にキャフタ条約を締結した ④ ホラズム朝 ホラズム=シャー朝 を滅ぼした 正解は① 康熙帝以来の宿敵ジュンガルを征服し 中央アジア東部を支配して新疆と命名した ②総理各国事務衙門は アロー戦争後の1861年に設置 ③キャフタ条約の締結は 雍正帝 ④ホラズム朝を滅ぼしたのは モンゴル帝国のチンギス=ハーン ヌルハチ 1616年女真統一し後金建国 満州八旗の軍制 ホンタイジ チャハル部征服しモンゴル帝国の大ハン位の継承主張 李朝朝鮮を属国 明に対抗し 国号を清 漢軍八旗 蒙古八旗を創設 順治帝 1644年中国征服 中国の皇帝権も継承主張 呉三桂の先導で李自成の乱を鎮圧 復明運動の鄭成功の抵抗 康熙帝 1683年中国統一 呉三桂の三藩の乱を鎮圧し 鄭氏台湾を征服 ロシアとネルチンスク条約 1689 ジュンガルと抗争しダライ ラマを保護下 典礼問題発生し イエズス会以外のキリスト教布教を禁止 雍正帝 軍機処設置し行政 軍の最高機関 ロシアとキャフタ条約 1727 キリスト教布教を禁止 乾隆帝 理藩院整備し藩部の間接統治 ジュンガルを平定 中央アジア東部を新疆 直轄領 満州 中国本土 台湾 藩部 モンゴル 新疆 青海 チベット 1757年対欧米の貿易港を広州に限定 公行に貿易を独占 イギリスのマカートニーと会見 大編纂事業で 四庫全書 乾隆帝 2005 01センター本試験B 4B 05 次の文章を読み 空欄に入る人物の名として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ は ジュンガル部を平定すると その南に広がるイスラム教徒の居住地である回部とをあわせて 新疆 新たな領域 と呼び これを藩部に加えた こうした支配領域の拡大に伴い は理藩院の整備を行った ① ホンタイジ ② 順治帝 ③ 康熙帝 ④ 乾隆帝 正解は④ 63

中国の税制 2004 01センター本試験B 4A 02 中国史上の税制について述べた文として正しいものを 次の① ⑥のうちから一つ選べ ① 租庸調は 北斉の時代に始められた均田制に基づく税制である ② 両税法は 唐の楊炎の意見によって実施された税制である ③ 一条鞭法は モンゴルが中国支配にあたって実施した税制である ④ 地丁銀制は 地銀 地税 と丁銀 丁税 を別々に徴集する税制である 正解は② ① 均田制は北斉ではなく 北魏が始めたので誤り ③ 一条鞭法は 明の16世紀頃から普及した税制なので誤り ④ 地丁銀は 丁銀を地銀に繰り込む税制なので誤り 戸調式 西晋で占田 課田法と共に公布の税法で 人ではなく戸を課税対象に布帛を一律徴税 租庸調 均田制に基づき隋で開始し唐に継承 租 穀物の貢租 庸 中央政府の労役 調 布帛 両税法 780年唐で徳宗に楊炎献策 土地私有認め現住地で資産に応じ夏秋二期銭納原則に課税 一条鞭法 メキシコ銀 日本銀流入背景に雑多な税を一括して銀納 16世紀に明で普及 地丁銀制 丁税 人頭税 を地税に繰り込み 事実上人頭税を廃止して銀納 清で普及 64

中国の海上貿易 2006 01センター本試験B 3B 04 次の文章中の空欄 ア ウ に入れる語の組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ 漢から唐まで 市場は都市や都城の中の特殊な区画として設けられ 市 と呼ばれた 商工業者はその中でのみ営業を認 められた また ア の専売のように 商品流通に着目した財政政策もしばしば行われた 唐の長安などの大都市には アジア各地から人々が集まり 国際的な交流の拠点となった やがて 市 の制度は揺らぎ始め 大通りに面した店舗や露 店が大量に出現して 宋代には都市の景観も一変した 明清時代には 生糸 イ などの商品生産が活発化し 清代中 期には ウ ように海外貿易を独占して繁栄する海港都市も現れた こうして中国からの輸出品は 海陸の交易ネットワー クを通じて 世界に文化的 経済的影響を及ぼすようになった ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ア 塩 ア 塩 ア 漆 ア 漆 ア 鉄 ア 鉄 イ 毛織物 イ 陶磁器 イ 紙 イ 陶磁器 イ 毛織物 イ 紙 ウ 泉州 ウ 広州 ウ 広州 ウ 泉州 ウ 広州 ウ 泉州 正解は② 中国では安史の乱を機に塩の専売制が行われ 以後の王朝で重要な財源となった 唐 イラン人やアラブ人 大食 のイスラム商人がダウ船で来航 居住地を蕃坊 8世紀貿易事務処理のため 玄宗が広州に最初の市舶司を設置 宋 ジャンク船の改良で 中国商人の遠洋航海が可能に 民間人の海上貿易発展 東南アジアへ進出 イスラム商人に陶磁器 日宋貿易も発展し 銅銭輸出 民間貿易 私貿易 を市舶司で管理 泉州 杭州 広州などの海港都市発展 元 朝貢貿易と私貿易ともに盛んで 泉州 杭州の繁栄 日本は元の冊封を拒否 日元貿易は私貿易として盛ん 元末明初 14世紀後半の中国は紅巾の乱など混乱,日本も南北朝の動乱時代 日本と中国の中央政府の統制低下を背景に,民間武装商人の前期倭寇 日本人中心)活動 明洪武帝の海禁政策 民間人の貿易を禁じ,朝貢貿易(勘合貿易)のみ(琉球王国が繁栄) 明永楽帝の積極政策 鄭和の南海遠征で,南海諸国の朝貢を促す マラッカ王国を基地 室町幕府の足利義満を冊封 建文帝時が最初 倭寇取締で前期倭寇鎮静化 後期倭寇 海禁に不満な中国商人中心に16世紀前半に盛ん,中国の生糸と日本銀 海禁緩和 1567年に緩和 中国商人と日本商人が東南アジアで出会い貿易 ポルトガルはマカオ,オランダは台湾拠点に日中中継貿易に参入 スペインは新大陸の銀(メキシコ銀)を太平洋を越え,マニラまで 清朝の海禁強化 台湾の鄭氏一族に対抗 1683年台湾統一で翌年緩和 華僑の増大 1757年に乾隆帝はヨーロッパ貿易を広州に限定,特許商人の公行に独占 65

チベットと雲南の諸国 2001 01センター本試験B 3B 08 内陸アジアの諸民族の歴史について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちからひとつ選べ ① ホラズムは中央アジアに勢力を伸ばしていたが ガザン=ハンに滅ぼされた ② ツォンカパはチベット仏教を改革し 黄帽派を創始した ③ ジュンガル部は清朝に対抗し続けたが弱体化し ロシアに併合された ④ 清朝は中書省を設けて モンゴルやチベットなどの地域を統轄した 正解は② ①ホラズムを滅ぼしたのは モンゴル帝国のチンギス=ハン ③ジュンガル部は清の乾隆帝に併合された ④清朝は中書省ではなく 理藩院を設け モンゴル 新疆 チベット 青海を藩部として統轄した チベット インドと中国の間に位置 7世紀に吐蕃の統一 15世紀以降はダライ=ラマが政教支配 吐谷渾 4世紀にチベット系民族を鮮卑族が支配して成立 663年吐蕃に滅ぼされる 吐蕃 7世紀にソンツェン=ガンポが建国 都はラサ インド文字をもとにチベット文字 チベット仏教 ラマ教とも 元代にパスパがフビライにまねかれ パスパ文字 ツォンカパが戒律の厳しい黄帽派を創始 14C 後継者がダライ=ラマ 16世紀にタタールのアルタン=ハン受容し モンゴル人の間にも普及 17世紀末に清の藩部で理藩院の統轄 ダライ=ラマがラサのポタラ宮で政教両面を指導 雲南 中国西南部で東南アジア地域と接する 元以後は中国の内地化 南詔 8 10C初 唐代に雲南に所在 チベット=ビルマ系の国家で仏教や律令を導入 大理 937 1254 宋代に雲南に所在 タイ系の国家でモンゴル帝国のフビライに滅亡 中国の商工業 2004 01センター本試験B 4A 04 中国の商工業について述べた文として下線部の誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 同業商人が結成した商人組合を行という 都市の城壁外や地方農村には草市と呼ばれる交易場が発生した 同業 同郷者の互助 親睦のために会館 公所といった施設が建てられた 景徳鎮は世界的な絹織物生産地に発展した 正解は④ 景徳鎮は 絹織物ではなく 陶磁器生産の窯業で有名 唐まで 市場は都市 都城 の特別な区画に設置 営業時間も制限 宋代 唐までの商業の時間と場所の制限が緩和 開封の繁栄が 清明上河図 に描かれる 唐末の草市 城外の市場 より鎮 地方都市 発展 宋代に同業商人の行 同業手工業者の作の組合が発生 飲茶の習慣拡がり 窯業発展 景徳鎮の白磁や青磁がジャンク船の海上交易の輸出品 明清期 山西商人や新安商人 塩の専売に関与し台頭 など全国規模の商人が出現 同業者の互助 交流施設として公所 同郷者の施設として会館が普及 窯業では染め付けや赤絵の磁器が海外へ輸出 民間の海上交易規制 海禁 清では1757年に広州が西洋との唯一の交易港 66

院体画と文人画 2008 01センター本試験B 3A 02 中国における知識人文化について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 諸子百家の間で 清談が流行した ② 陶淵明 陶潜 は 唐を代表する詩人である ③ 宋代に 水墨を用いた文人画が描かれた ④ 明代に 紅楼夢 などの小説が書かれた 正解は③ 宋代には画院の写実的で技巧的な絵 院体画 に対し 知識人の間では内面的な水墨画 文人画 が流行した ①諸子百家は 春秋戦国時代 清談は魏晋南北朝時代 特に魏末期から晋 なので誤り ②陶淵明は 唐ではなく東晋の詩人である ④ 紅楼夢 が書かれたのは清代 院体画 北宗の徽宗の画院振興で 写実的で細密な院体画が発展 徽宗 1082-1135 1127年息子の欽宗と靖康の変で金に連行された北宋の皇帝 上皇 画院を振興し,自らも院体画の名手で風流天子と称された 文人画 北宋で発展 元代から院体画に代わり主流 米芾 1051-1107 北宋の書家 文人画家 点描を用いた独自の山水画 奇行で有名 明から清の学芸 2003 01センター本試験B 2B 04 明清時代の学術や文化について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 永楽帝は 儒教経典の国定注釈書である 四庫全書 を編纂させた ② 顧炎武は 銭大昕の唱えた学説を発展させ 考証学として確立させた ③ 明代には 産業技術や薬学などに関する実用書や技術書が著された ④ 明代には 小説 紅楼夢 が書かれた 正解は③ 産業技術で 天工開物 薬学で 本草綱目 が著されている ① 四庫全書 ではなく 四書大全 と 五経大全 四庫全書 は清の乾隆帝が命じた叢書 ② 顧炎武と銭大昕が逆 明末清初の顧炎武が唱えた学説を 清中期の銭大昕が発展させた ④ 紅楼夢 は 明だいではなく清代の小説 四大奇書 伝奇小説 明代に成立した 水滸伝 三国志演義 西遊記 金瓶梅 水滸伝 元の施耐庵作を明代に羅貫中がまとめる 山東の梁山泊に拠る108人の豪傑 三国志演義 羅貫中作 三国時代を背景とした英雄豪傑たちの活劇 西遊記 呉承恩作 玄奘のインド旅行を題材に孫悟空たちの活躍 金瓶梅 万暦帝期 水滸伝中のエピソードをもとに豪商西門慶と毒婦潘金蓮の愛欲生活 当時の急激な経済成長下の政治腐敗と富裕層の頽廃を活写 清代の小説 紅楼夢 曹雪芹作 貴公子宝玉と12人の美しい従姉妹が織り成す名家の栄枯盛衰 儒林外史 呉敬梓作 科挙の矛盾と読書人の腐敗堕落を風刺 聊斎志異 蒲松齢作 民間説話に取材した短編怪異小説集 実学 明代に技術関係書の刊行が活発化 農政全書 徐光啓が古代からの農書の諸説にキリスト教宣教師の伝える西洋技術も紹介 本草綱目 李時珍が著した薬物に関する総合書 天工開物 宋応星が著した産業技術の図版入り解説書 陽明学 陸九淵の心即理説を王陽明が継承し 知行合一を説く,明代に流行 左派に李贄 考証学 経世致用の学を唱え,実証研究を重視 清朝の文字の獄で学術研究中心に 顧炎武 1613-1682 日知録 実証主義による経世致用を唱え清朝考証学の基礎を築く 黄宗羲 1610-1695 明夷待訪録 君主専制を批判し清で禁書 清末変法運動に影響 67

洪武帝と永楽帝の文化政策 2002 01センター本試験B 4A 02 儒家の書物や儒教について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 詩経 は 楚の屈原らの詩歌をまとめたものである ② 朱熹は 大義名分論を説いた ③ 論語 は 儒教の重要経典である五経の一つである ④ 唐の太宗は六諭を定めた 正解は② 朱熹は華夷の別も強調した ① 詩経 は華北の古い詩歌をまとめたもの その屈原らの詩歌をまとめたのは 楚辞 である ③ 論語 は朱熹によって四書とされたが 五経には含まれない ④六諭を定めたのは 明の太祖 太祖洪武帝 朱元璋 朱子学を官学 民衆教化のため六諭を定め 里老人に唱えさせる 永楽帝 大編纂事業を実施 科挙の基準となる 永楽大典 中国最大の類書 一種の百科事典 四書大全 四書 大学 論語 孟子 中庸 の注釈書 五経大全 五経の注釈書 春秋 礼記 詩経 書経 易経 イエズス会宣教師の活動 2002 01センター本試験B 1A 03 イエズス会宣教師の中国における活動について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① カスティリオーネが 幾何原本 によって西洋の数学を紹介した ② ラファエロが 西洋絵画の技法を伝えた ③ イグナティウス=ロヨラが 大砲などの技術を伝えた ④ マテオ=リッチが 世界地図を作成した 正解は④ 坤輿万国全図 を作成した ①カスティリオーネは画家 幾何原本 はマテオ=リッチ ②ラファエロではなくカスティリオーネ ラファエロはルネサンスの3大画家の一人 ③イグナティウス=ロヨラはイエズス会の創始者で 中国には渡っていない 士大夫の関心を得るため 西洋学術を紹介 布教にあたって中国の典礼を承認 典礼問題発生 マテオリッチ 利瑪竇 中国布教の開始 坤輿万国全図 世界地図 作成 幾何原本 エウクレイデス幾何学 翻訳 徐光啓の協力 アダム シャール 湯若望 西洋暦法紹介 明末に 崇禎暦書 清で時憲暦として実施 フェルビースト 南懐仁 天文 砲術に優れる ブーヴェ 白進 皇輿全覧図 実測による最初の中国全地図 康煕帝伝 カスティリオーネ 郎世寧 宮廷画家として活躍し 円明園も バロック建築 設計 皇輿全覧図 2003 01センター本試験B 2B 06 皇輿全覧図について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a 実測に基づいて作製された地図である b アフリカ大陸やアメリカ大陸を含む世界全図である ①a 正 b 正 ②a 正 b 誤 ③a 誤 b 正 ④a 誤 b 誤 正解は② bは世界全図ではなく 中国全図なので誤り 68

明末から清の学術 2001 01センター本試験B 3B 07 清代の学術 文化について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 乾隆帝の命で 坤輿万国全図 が作成された ② 顧炎武は考証学を批判した ③ 文字の獄が起こり 反清思想が弾圧された ④ 銭大昕は 満洲文字を考案した 正解は③ ①乾隆帝の命が誤り 坤輿万国全図 は明代にイエズス会のマテオリッチが作成 ②顧炎武は考証学の祖の一人なので誤り ④銭大昕は清中期の人物であり 満洲文字は清の初代皇帝ヌルハチがモンゴル文字から制定したもの イエズス会 士大夫の関心を得るため 西洋学術を紹介 マテオリッチ 中国布教の開始 坤輿万国全図 世界地図 作成 幾何原本 エウクレイデス幾何学 翻訳 徐光啓の協力 アダム シャール 西洋暦法紹介 フェルビースト 天文 砲術に優れる ブーヴェ 皇輿全覧図 実測による最初の中国地図 康煕帝伝 カスティリオーネ 円明園 バロック建築 建設で乾隆帝期まで宮廷画家として活躍 実学 明代に技術関係書の刊行が活発化 農政全書 徐光啓が古代からの農書の諸説にキリスト教宣教師の伝える西洋技術も紹介 本草綱目 李時珍が著した薬物に関する総合書 天工開物 宋応星が著した産業技術の図版入り解説書 陽明学 陸九淵の心即理説を王陽明が継承し 知行合一を説く,明代に流行 左派に李贄 考証学 経世致用の学を唱え,実証研究を重視 清朝の文字の獄で学術研究中心に 顧炎武 1613-1682 日知録 実証主義による経世致用を唱え清朝考証学の基礎を築く 黄宗羲 1610-1695 明夷待訪録 君主専制を批判し清で禁書 清末変法運動に影響 銭大昕 1728-1804 二十二史考異 清朝歴史学の方法論を確立 69

中国の官吏任用制 2006 01センター本試験B 2B 06 中国における皇帝の統治体制について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 前漢では 八王の乱平定ののち 中央集権化が進んだ ② 隋は 楊堅の時に殿試を始めた ③ 唐は骨品制と呼ばれる中央集官制を敷いた ④ 北宋の趙匡胤は 文人官僚の登用を促進した 正解は④ 皇帝直属の禁軍を強化し 節度使の世襲を禁じて中央から派遣の文官を後任とした ①八王の乱が呉楚七国の乱の誤り 八王の乱は 西晋を混乱させた帝位をめぐる一族諸王の乱 ②殿試は 北宋の趙匡胤が科挙に導入した 楊堅 文帝 が開始したのは科挙 ③骨品制は 新羅の氏族的身分制度で誤り 唐の中央官制は三省六部 郷挙里選 前漢の武帝の時 郡国長官が儒教的基準で人材推薦 豪族の官界進出の開始 九品官人法 九品中正 魏の文帝の時開始 中央より派遣の中正官が九段階に人物判定し推薦 上品に寒門なく下品に勢族なし 有力豪族は門閥を形成し 貴族成立 科挙 隋の文帝創始 試験による官吏任用制 三年に一度実施 実施機関は礼部 唐 官吏の人事を担当する吏部が門閥貴族に支配 父の官職に従って官位が与えられる蔭位の制もあって 貴族優位 則天武后は科挙官僚重視 安史の乱後は新興地主などからの科挙官僚の進出も 宋 太祖趙匡胤が 最終合格者に対する皇帝試験の殿試を導入し 君主独裁強と文治主義 解試 州試 地方試験 省試 殿試の三段階選抜に 試験は進士に一本化 元 一時中断 復活 科挙の基準として南宋の朱子が大成した朱子学を重視 明 洪武帝が朱子学を官学 大義名分論 君主と臣下の別の強調 が秩序維持に好都合 永楽帝は科挙のため 四書大全 五経大全 の注釈書の編纂を命じる 清 科挙を振興 1905年に光緒改革の開始にともない廃止 世界の遺跡や文化財 2008 01センター本試験B 2B 06 文化遺産に関連して 世界の遺跡や文化財について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① モエンジョ=ダーロ モヘンジョ=ダロ は ガンジス川流域に栄えた都市文明の遺跡である ② 仏国寺は 新羅の時代に建立された仏教寺院である ③ エジプトのピラミッドは セレウコス朝の遺跡である ④ クノッソスは クレタ島にあるヒッタイトの遺跡である 正解は② ①ガンジス川が誤り モエンジョ=ダーロはインダス文明の遺跡であり インダス川下流域にある ③セレウコス朝が誤り ピラミッドは エジプトの古王国時代 セレウコス朝は シリアのヘレニズム王朝 ④ヒッタイトが誤り クレタ文明 ヒッタイトは 小アジアを版図とした 70

新羅 2008 01センター本試験B 4A 01 身分や階層について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 漢代には 形勢戸が台頭した ② 骨品制は 新羅の身分制度である ③ ヴァルナ制は 三つの身分からなる ④ ビザンツ帝国では パトリキ 貴族 とプレブス 平民 の間で身分闘争が起こった 正解は② 氏族的な身分制度であった ①形勢戸の台頭は唐末五代の時代 ③ヴァルナは 四つの身分からなる ④身分闘争は ビザンツ帝国の時代ではなく ローマ共和政の時代 都は慶州 朝鮮半島南東部の辰韓から発展し成立 百済 高句麗と抗争 高宗時代の唐と結び660年百済を滅 663年白村江の戦いで日本軍撃破 668年高句麗を滅す 半島より唐の勢力を撃退し 唐の冊封を受けて和平 律令制を導入 仏教隆盛 首都金城 現慶州 に仏国寺建立 身分制度骨品制 氏族的身分制度で五段階に位 官職 婚姻を規定 高麗と李朝の都 2010 01センター本試験B 1B 04 次の文章中の空欄 ア と イ に入れる語の組合わせとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 1392年建国の朝鮮 李朝 は 都を高麗の ア から イ に移した ①ア 慶州 金城 イ 漢城 ②ア 開城 イ 慶州 金城 ③ア 開城 イ 漢城 ④ア 漢城 イ 開城 正解は③ 高麗の都が開城で 朝鮮 李朝 の都が漢城 慶州 金城 は新羅の都である 71

李朝 2010 01センター本試験B 1B 05 朝鮮 李朝 について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 李舜臣が初代国王となった ② 世界最古とされる金属活字が作られた ③ 訓民正音 ハングル が制定された ④ 骨品制を採用した 正解は③ 訓民正音は世宗によって制定された表音文字である ①李舜臣ではなく李成桂 李舜臣は 日本水軍を亀甲船で撃退した海将 ②は高麗 ④は新羅で 骨品制は氏族的身分制度 建国 親明派の将軍李成桂が高麗を滅ぼし1392年建国 都はソウル 漢陽 社会制度 科挙を導入し 両班制確立 文化 銅活字 訓民正音 仏教を弾圧し 朱子学を官学 国際関係 豊臣秀吉の出兵 壬辰丁酉の倭乱 李舜臣の水軍活躍 明の援軍 17世紀前半 清のホンタイジに服属 李朝朝鮮 2001 01センター本試験B 3B 06 清の乾隆帝時代に朝鮮半島を支配していた王朝について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ 選べ ① 王朝樹立後 新首都を開城に定めた ② 朱子学を重要視し これを官学とした ③ 訓民正音という音標文字を制定した ④ この王朝の支配層は 両班と称された 正解は① 開城が誤り 李朝の首都はソウル 漢城 漢陽 開城は高麗の首都 李成桂 倭寇を撃退し 名声を獲得した高麗王朝親明派の将軍 1392年高麗を滅ぼし 明の冊封を受けて国号を朝鮮とする 都漢陽 漢城 現ソウル 宗教政策 朱子学を官学とし 仏教を弾圧 cf.大儒学者李退渓 李滉 出現 身分制度両班 二代太宗が科田法で官位に応じて田を受給 党争を激化し発展阻害 文化繁栄 銅活字 二代太宗の命で鋳字所 世界最初の銅活字 訓民正音 四代世宗公布の音標文字 ハングル 李朝白磁 高麗の青磁に対して李朝は白磁に優れる 壬辰 丁酉の倭乱 豊臣秀吉の朝鮮侵入 明の援軍 義兵活躍 李舜臣の亀甲船が日本水軍撃破 清に服属 1637年清の太宗ホンタイジに服属 江戸幕府とは対等な隣人関係 将軍の代替わりに朝鮮通信使派遣 磁器 朱子学など影響 72

07 イスラーム世界の形成と発展 イスラームの特徴 2006 01センター本試験B 1C 08 イスラーム教について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ クルアーン コーラン はイスラーム教の聖典である アッラーを信じる一神教である 6世紀にイスラーム法が成立した メッカにあるカーバ神殿を聖地としている 正解は③ 6世紀が誤り 622年がヒジュラの年であるように ムハンマドの活動も主に7世紀である シャリーアの整備はさらに遅れて アッバース朝期 ムハンマドの啓示を集めた クルアーン コーラン を聖典 メッカのカーバを神殿 唯一神アッラーを信仰 モーセ イエスも預言者でユダヤ教徒 キリスト教徒は啓典の民 ウンマ イスラーム教徒の宗教共同体 622年のヒジュラ 聖遷 により メディナで成立 シャリーア イスラーム法 コーランやムハンマドの言行をウラマー 法学者 が解釈 アッバース朝期に成立し その施行がカリフの責務となる スーフィズム 信仰の形式化に反発しておこったイスラーム神秘主義で修行者をスーフィー ガザーリーが正統派教学内で理論化 神秘主義教団 タリーカ 活動し 聖者崇拝も盛ん 東南アジア アフリカへのイスラーム普及に貢献 18世紀ワッハーブ派がスーフィズム否定の運動 山岡光太郎のメッカ巡礼 2007 01センター本試験B 1C 08 日本人最初のメッカへの巡礼者とされる山岡光太郎が 巡礼の際に経由した都市について述べた次の文アとイと その場 所を示す下の地図中の位置a cとの組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ア ムハンマドはこの町にヒジュラを行った イ ウマイヤ朝の都として繁栄した ①ア a イ b ③ア b イ a ⑤ア c イ a ②ア a ④ア b ⑥ア c イ c イ c イ b 正解は④ アはメディナ イはダマスクスである 73

イェルサレムの歴史 2003 01センター本試験B 1B 04 パレスティナ地域に関連して述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ローマの支配下にあったこの地域で モーセは既存のユダヤ教を批判した ② ウマイヤ朝は イェルサレムに首都を定めた ③ キリスト教徒は イェルサレムを聖地とし 岩のドームを建設した ④ 正統カリフ時代に イェルサレムはイスラーム勢力の支配下に入った 正解は④ 正統カリフ時代にイスラーム勢力はシリア エジプトを東ローマ帝国から奪った ①モーセがイエスの誤り モーセは 前13世紀頃 ヘブライ人の出エジプトを指導したとされる人物 ②ウマイヤ朝の首都はイェルサレムではなくダマスクス ③岩のドームは イスラーム教徒が建設 イスラーム教徒もイェルサレムを聖地とする 特徴 パレスティナ地域の中心都市で ユダヤ教 キリスト教 イスラーム教の聖地 ヘブライ王国の首都 2代ダヴィデにより王国の首都 ソロモン王がヤーヴェ神殿建設 ユダ王国の首都 ソロモン死後の王国分裂で南のユダ王国の首都 前586年新バビロニアのネブカドネザル2世に占領され破壊 バビロン捕囚 アケメネス朝キュロス2世により帰還後 ヤハウェ神殿の再建 ユダヤ教の確立 ハスモン朝 セレウコス朝の支配下から前167年マカベア戦争で独立 教団国家 ローマ支配 前63年ポンペイウスにより征服 ローマの属国 属州に イエスの活動と処刑 後30年頃 イェルサレム郊外のゴルゴダの丘で十字架刑 ユダヤ戦争 第一次は後70 第二次はハドリアヌス帝期 132-135 神殿の破壊とユダヤ人追放 キリスト教都市 コンスタンティヌス帝が聖墳墓教会を建設 イェルサレム教会は五本山の一 イスラーム都市 2代正統カリフのウマル征服 ウマイヤ朝期に岩のドーム建設 イェルサレム王国 第一回十字軍により 1099年に占領 イスラーム教徒 ユダヤ教徒追放 諸宗教の共存 アイユーブ朝サラディンのイェルサレム奪回 キリスト教徒の居住も承認 パレスティナ分割決議 イェルサレムはアラブ人国家にもユダヤ人国家にも属さない特別区 第一次中東戦争 1948年西をイスラエル 東をヨルダンが分割占領 第三次中東戦争 1967年イスラエルが東イェルサレムを占領 80年に首都と宣言 シーア派 2005 01センター本試験B 1B 05 次の文中の空欄に入れる宗派名として最も適当なものを 下の① ④のうちから一つ選べ 2003年春に イラクのサダム政権が倒れると 系住民は 従来禁止されていた祭りのために カルバラーという地を 訪れた そこは 預言者ムハンマドの孫フサインが殉教 680年 したことで知られる場所である 派は ムハンマドの 従弟アリーとその子孫を イスラム世界の正統な支配者とみなす 特にその主流派は アリーとファーティマ ムハンマドの 娘 との間に生まれたフサインの血統を重視した フサインはウマイヤ朝に殺害されたが 派の人々は この殺害を 正義に対する弾圧として意識し 正しい支配 を実現するために 歴史上 様々な政権の樹立を試みた 現代に至るま で フサインの死を悼む儀礼は 彼らにとって 正しい支配 を要求する精神の源となっている ① スンナ ② ワッハーブ ③ ネストリウス ④ シーア 正解は④ シーア派は 多数派のスンナ派に対し少数派であるが イランでは多数派となっている ①のスンナ派は シーア派に対する多数派 ②のワッハーブ派は 18世紀に起こったスンナ派内の復古主義宗派 サウジアラビアでは国教 ③のネストリウス派は エフェソス公会議で異端とされたキリスト教の宗派 東方に伝播し景教 74

11世紀後半のイスラーム世界東部 2004 01センター本試験B 2C 07 ファーティマ朝について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① スンナ派の王朝であった ② ニザーミーヤ学院を建設した ③ 宰相にはトゥグリル=ベクがいた ④ 君主はカリフを称した 正解は④ カリフを称してスンナ派のアッバース朝のカリフの権威に対抗した ①スンナ派ではなくイスマーイール派のシーア派の王朝 ②ニザーミーヤ学院がアズハル学院の誤り ニザーミーヤ学院はセルジューク朝 ③トゥグリル=ベクはセルジューク朝の建国者 ファーティマ朝 909-1171 10世紀初頭チュニジアに建国し エジプトに勢力拡大 都カイロ 急進シーア派のイスマーイール派で カリフを称しアッバース朝に対抗 アズハル大学創設 セルジューク朝 トルコ系スンナ派の王朝でトゥグリル ベクがブワイフ朝滅ぼす 1055年バグダードに入城し アッバース朝カリフからスルタンの称号 政治の実権 ブワイフ朝に始まるイクター制 軍役の代償に土地の徴税権 を整備 ニザーミヤ学院創設 ガズナ朝 962-1186 サーマーン朝のトルコ系マムルークがアフガニスタンに建国 イラン東部も支配しペルシア文化復興 北インド侵入 インドのイスラーム化の開始 カラハン朝(940-1132) 10世紀後半に中央アジア東部に成立の最初のトルコ系イスラーム王朝 10世紀末にサーマーン朝を滅ぼし 中央アジア西部も支配 トルコ化の進展 西アジアのイスラーム王朝 2004 01センター本試験B 3B 08 五代十国の時代における アジア各地の政治動向について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選 べ ① 西アジアでは ブワイフ朝がバグダードに入城した ② チベットでは ソンツェン=ガンポが統一国家を建てた ③ 北インドでは ハルシャ=ヴァルダナによる統一が実現した ④ 雲南では 南詔が成立した 正解は① 五代十国時代は907年の唐の滅亡から960年の北宋の建国 ブワイフ朝のバグダード入城は946年なので一致する ②③④は いずれも唐代の出来事 ブワイフ朝 イランより台頭したイラン系穏健シーア派の勢力 946年バグダードに入城し アッバース朝カリフの実権奪い大アミールを称す 給与払いのアター制に代わり 軍人などに土地の徴税権を与えるイクター制を創始 セルジューク朝 トルコ系スンナ派の王朝でトゥグリル=ベクがブワイフ朝滅ぼす 1055年バグダードに入城 アッバース朝カリフからスルタンの称号 政治の実権 3代目マリク=シャー時にニザーム=アルムルクが大宰相として活躍 イクター制整備 ニザーミヤ学院創設 ホラズム トルコ系スンニ派で13世紀初頭イラン支配も モンゴル帝国に滅亡 イル=ハン国 1258年モンゴルのフラグがアッバース朝を滅ぼし イラン イラクを支配し建国 7代ガザン=ハン時にイスラーム教を国教 宰相ラシード=アッディーンが 集史 を著す 75

トルコ系王朝の西進 2009 01センター本試験B 4C 09 次の文章中の空欄 に入れる王朝の名と その王朝の西進の経路を示した次の地図中の矢印aとbとの組合せとして 正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ トルコ テュルク 系の遊牧民がオアシス都市に定住するようになると 言語面でのトルコ化が東方から徐々に進んだ そし て イスラーム化したトルコ系の は 11世紀に西方へ進出し ビザンツ帝国を脅かすようになった ① ② ③ ④ アイユーブ朝 a アイユーブ朝 b セルジューク朝 a セルジューク朝 b 正解は④ アイユーブ朝はエジプトの王朝でトルコ系ではないので誤り 中央アジアに建国し 11世紀の1055年にバグダードに入城したセル ジューク朝が正しい 矢印は 西アジアから小アジアに進出してビザンツ帝国を脅かすのだからb エジプトのイスラーム王朝 2004 01センター本試験B 2C 10 サラーフ=アッディーン サラディン1138 93年 について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 第1回十字軍の侵入を退けた ② イェルサレム王国を建設した ③ ラテン帝国から コンスタンティノープルを奪回した ④ スンナ派のアイユーブ朝を建てた 正解は④ ① 第1回が第3回の誤り ②③ サラーフ=アッディーンはイェルサレム王国からイェルサレムを奪回した ファーティマ朝 909-1171 10世紀初頭チュニジアに建国し エジプトに勢力拡大 都カイロ 急進シーア派のイスマーイール派で カリフを称しアッバース朝に対抗 アズハル大学創設 アイユーブ朝 1169-1250) クルド人武将サラディンがファーティマ朝に代わり建国 都カイロ イェルサレムを回復 十字軍と抗争 北イタリア都市との香辛料貿易 カーリミー商人 開始 マムルーク朝 1250-1517) 第6回十字軍中にトルコ系マムルーク軍団がアイユーブ朝倒し建国 1260年イル=ハン国の侵入をバイバルス撃退 5代スルタン アッバース朝カリフの子孫擁立 1291年十字軍運動最後の拠点アッコンを陥落 76

イベリア半島のイスラーム王朝 2004 01センター本試験B 2C 09 イベリア半島の歴史について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ ウマイヤ朝の一族が この半島に王朝を建てた ベルベル人の建てたムラービト朝が この半島にも進出した アルハンブラ宮殿が この半島のコルドバに建てられた ナスル朝は この半島における最後のイスラム王朝となった 正解は③ コルドバがグラナダの誤り ウマイヤ朝 711年西ゴート王国を滅ぼす 732年トゥール ポワティエ間の戦いには敗北 後ウマイヤ朝 756年ウマイヤ家のアブド=アッラフマーン1世がコルドバ都に建国 アッバース朝から政治的に自立も 当初は大アミールと称す 10世紀アブド=アッラフマーン3世がファーティマ朝に対抗してカリフを称す 11世紀前半に内紛によって崩壊 ムラービト朝 11世紀マグリブ地方にベルベル人建国 都マラケシュ イベリア半島に進出 サハラ砂漠を南下し 砂金と岩塩の交易で繁栄の黒人国家ガーナ王国を滅ぼす ムワッヒド朝 12世紀マグリブ地方にベルベル人建国 都マラケシュ イベリア半島に進出 コルドバ出身のイブン=ルシュドが宮廷医師 アリストテレスの注釈 ナスル朝 13世紀建国 グラナダに都しアルハンブラ宮殿建設 1492年スペイン王国に滅亡 13世紀の世界 2008 01センター本試験B 1B 06 13世紀のユーラシア世界とその周辺の情勢について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ブワイフ朝が アッバース朝の都バグダードに入城した ② リトアニアとポーランドが合同した ③ 宋は 靖康の変の結果 華北を失った ④ マムルーク朝が成立し 十字軍と戦った 正解は④ マムルーク朝は 第6回十字軍の最中の1250年に アイユーブ朝に代わって成立した ①ブワイフ朝のバグダード入城は 10世紀半ばの出来事 ②リトアニアとポーランド合同によるヤゲウォ朝の成立は14世紀 ③靖康の変は 12世紀 西アジア 東アジア 1206年モンゴル帝国成立 拡大 モンゴルの世紀 南アジア 1206年奴隷王朝の成立 16世紀初までデリー=スルタン朝時代 北アフリカ 1250年アイユーブ朝に代わりマムルーク朝成立 イル=ハン国を撃退しシリアも支配 西ヨーロッパ 13世紀初頭がインノケンティウス3世の教皇権絶頂期 イギリス 1215年ジョン王に対し大憲章 モンフォールの議会 模範議会と身分制議会発展 フランス フィリップ2世 ルイ9世 アルビジョワ十字軍完了 第6 7回十字軍 の王権強化 ドイツ 13世紀半ばに大空位時代で皇帝権の失墜 77

中世までのイベリア半島の歴史 2007 01センター本試験B 1A 03 レコンキスタが行われた時期のイベリア半島について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アッバース朝から独立した西ゴート王国の王が カリフを称した ② イベリア半島西部にアラゴン王国が建国された ③ イベリア半島に進出したムワッヒド朝は ムラービト朝に滅ぼされた ④ ナスル朝がグラナダにアルハンブラ宮殿を建てた 正解は④ ① 西ゴート王国は 8世紀にウマイヤ朝に滅ぼされた王朝なので誤り ② 西が誤り アラゴン王国は イベリア半島では東部に位置する ③ ムラービト朝がムワッヒド朝に滅ぼされた 西ゴート王国 410年アラリックがローマ占領 415年イベリアに建国 都トレド ウマイヤ朝 ジブラルタル海峡を越え 711年西ゴート王国を滅ぼす 732年トゥール=ポワティエ間の戦いはフランク王国の宮宰カール=マルテルに敗北 後ウマイヤ朝 756年ウマイヤ家のアブド=アッラフマーン1世がコルドバ都に建国 アッバース朝から政治的に自立も 当初は大アミールと称す 10世紀アブド=アッラフマーン3世がファーティマ朝に対抗してカリフを称す 11世紀前半に内紛によって崩壊 レコンキスタ キリスト教徒の国土再征服運動 カール大帝のイベリア半島遠征で反撃開始 11世紀にサンチャゴ=デ=コンポステーラの聖ヤコブ巡礼が盛ん レコンキスタ本格化 アラゴン王国 11C建国 半島東部を進み 地中海にも進出 カスティリャ王国 10C頃建国し半島中央部でレコンキスタ推進 ポルトガル王国 12Cにカスティリャより分離独立 半島西端を進む ムラービト朝 11世紀マグリブ地方にベルベル人建国 都マラケシュ イベリア半島に進出 サハラ砂漠を南下し 砂金と岩塩の交易で繁栄の黒人国家ガーナ王国を滅ぼす ムワッヒド朝 12世紀マグリブ地方にベルベル人建国 都マラケシュ イベリア半島に進出 コルドバ出身のイブン=ルシュドが宮廷医師 アリストテレスの注釈 ナスル朝 13世紀建国 グラナダに都しアルハンブラ宮殿建設 1492年スペイン王国に滅亡 サハラ縦断貿易 2008 02センター本試験A 2B サハラ砂漠を縦断する隊商路による交易について述べた次の文中の空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正し いものを 下の① ④のうちから一つ選べ 8世紀ころから栄えた ア では イスラーム交易圏の拡大に伴い 西アフリカの イ とサハラ砂漠の塩 岩塩 との交易が盛んになった ①ア ガーナ王国 イ 金 ②ア ガーナ イ 木材 ③ア パルティア王国 イ 金 ④ア パルティア イ 木材 正解は① パルティアは 漢と同時代に西アジアで栄えた国 西アフリカで ニジェール川流域の金と サハラ北方の岩塩を ラクダを用いた隊商で交易 ガーナ王国 8C以前 11C 西スーダンで金と岩塩のサハラ縦断貿易 ムラービト朝に滅亡 マリ王国 13C 15C 西スーダン支配 イスラーム受容しマンサ=ムーサ王のメッカ巡礼 交易都市としてニジェール川流域のトンブクトゥが繁栄 イブン=バットゥータ来訪 ソンガイ王国 15C-16C マリ王国に交替 トンブクトゥに黒人大学 モロッコに滅亡 78

植民地化以前のアフリカ 2008 01センター本試験B 4B 04 アフリカ地域の歴史について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 大西洋岸の都市キルワが ヨーロッパ諸国との交易で繁栄した ② 15世紀に アクスム王国がクシュ王国を滅ぼした ③ ナイル川上流に モノモタパ王国が成立した ④ ジンバブエ 大ジンバブエ 遺跡は 石造遺跡である 正解は④ ①キルワは 大西洋岸ではなく アラビア商人が来航したインド洋岸の都市 ②アクスム王国がクシュ王国の後進のメロエ王国を滅ぼしたのは4世紀 ③モノモタパ王国は アフリカ南部のザンベジ川流域 クシュ王国 前10C 後4C ナイル上流スーダン地域の黒人王国 エジプト文明の影響 南下し前730年頃にはエジプト征服 前7世紀アッシリアの進出で後退しメロエ遷都 メロエ王国 前7C 後4C メロエ遷都後のクシュ王国の別称 アクスム王国に滅亡 アクスム王国 前2C 後7C アビシニア高原 エチオピア にセム系進出し建国 4世紀単性論派のキリスト教受容 紅海航路に進出 ガーナ王国 8C以前 11C 西スーダンで金と岩塩のサハラ縦断貿易 ムラービト朝に滅亡 マリ王国 13C 15C 西スーダン支配 マンサ=ムーサ王のメッカ巡礼 交易都市としてニジェール川流域のトンブクトゥが繁栄 イブン=バットゥータ来訪 ソンガイ王国 15C-16C マリ王国に交替 トンブクトゥに黒人大学 モロッコに滅亡 カネム=ボルヌー帝国 9C 19C 中部アフリカのチャド湖周辺を支配しサハラ縦断貿易で繁栄 モノモタパ王国 11C-19C アフリカ南部でジンバブエ 石造遺跡有名 中心に繁栄 東岸のマリンディなど スワヒリ語 アラビア語と現地語融合 文化圏の都市に金など供給 ザンジュ海岸 インド洋岸にマリンディやキルワなど金 象牙 奴隷などの交易拠点都市発展 79

デリー=スルタン朝期のインド 2010 01センター本試験B 2B 06 13 14世紀の南アジアについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① デリーに奴隷王朝が成立した ② ソンガイ王国が成立した ③ ブワイフ朝が成立した ④ ヴィジャヤナガル王国が滅亡した 正解は① 奴隷王朝の成立はモンゴル帝国成立と同年の1206年なので正しい ②ソンガイ王国は15-16世紀にアフリカのサハラ縦断貿易を支配した王国 時代と地域が違う ③ブワイフ朝は 946年にアッバース朝カリフの実権を奪った西アジアの王朝 時代と地域が違う ④ヴィジャヤナガル王国は14世紀に南インドに成立した王国 1498年のヴァスコ=ダ=ガマ来航の時 繁栄していた王朝なので この時 期に滅亡したは誤り 16世紀後半から衰退し 17世紀半ばに滅亡 13世紀初期から16世紀初期までのイスラーム5王朝の総称がデリースルタン朝 首都はデリー ロディー朝はアフガン系で他はトルコ系 既存の権力機構を通じインド社会支配 北インドのヒンドゥー的社会秩序維持 スーフィーによる布教でイスラーム化も進む 奴隷王朝 1206 1290 ゴール朝のマムルーク出身のアイバクが自立し建国 ハルジー朝 1290 1320 14世紀初め南インドに遠征し その大部分を支配 トゥグルク朝 1320 1414 イブン バトゥータ滞在 王朝末にティムール侵入 サイイド朝 1414 1451 ティムールの部将が建国し デリー周辺のみ支配 ロディー朝 1451 1526 唯一のアフガン王朝でアグラに遷都 ヴィジャヤナガル王国 14世紀南インドに成立のヒンドゥー教の大国 カリカット等西海岸諸港の貿易で中東より馬を輸入 16世紀前半全盛 ヴァスコ=ダ=ガマ到来 イスラーム諸王朝の支配者 2010 02センター本試験A 1A 01 イスラーム諸王朝の支配者について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ファーティマ朝の君主は 後ウマイヤ朝を滅ぼしてカリフ位を奪った ② セルジューク朝の君主は ウマイヤ朝カリフからスルタンの称号を与えられた ③ サラーフ=アッディーン サラディン は アイユーブ朝を滅ぼした ④ ティムールは サマルカンドを首都とする王朝を樹立した 正解は④ ティムール帝国は 後にアフガニスタンのヘラートにも拠点をおいた ①ファーティマ朝と後ウマイヤ朝は併存している ファーティマ朝は 初期からアッバース朝に対してカリフを称した ②ウマイヤ朝が誤り セルジューク朝はアッバース朝カリフからスルタンの称号を得た ③アイユーブ朝が誤り ファーティマ朝 アイユーブ朝はサラディンが建設した王朝 80

オスマン帝国の台頭 2010 01センター本試験B 3B 06 オスマン帝国と紅海とのかかわりについて述べた次の文章の空欄 ア と イ に入れる語の組合わせとして正しいものを 下 の① ④のうちから一つ選べ オスマン帝国は ア の治世にマムルーク朝を滅ぼしてその領土を併合し イスラームの二つの聖都メッカと イ を保 護下に置いた その後 紅海の南端まで拡大したオスマン帝国勢力の下で この海域を経由する商品流通が活発になっ た ①ア スレイマン1世 イ メディナ ②ア スレイマン1世 イ リヤド ③ア セリム1世 イ メディナ ④ア セリム1世 イ リヤド 正解は③ スレイマン1世は セリム1世の後の君主 リヤドは アラビア半島でワッハーブ王国の都 小アジアに建国 1299年オスマン1世建国 トルコ系騎士シパーヒーと歩兵イェニチェリで台頭 バルカンに進出 ムラト1世がアドリアノープル占領 エディルネと称して首都 コソヴォの戦い 1389年ムラト1世がセルビア中心のバルカン連合軍を撃破 ニコポリスの戦い 1396年バヤジット1世がハンガリー王ジギスムント率いる西欧十字軍撃破 ティムールに敗北 1402年バヤジット1世がアンカラの戦いで敗北し 一時中断 ビザンツを滅す 1453年メフメト2世がコンスタンティノープル占領 イスタンブルと呼称 セリム1世 1514年サファヴィー朝に勝利 1517年マムルーク朝を滅ぼしメッカ メディナ管理 イスラーム教スンニ派の長としてシーア派のサファヴィー朝に対抗 スレイマン1世全盛 ハンガリーを支配し 1529年ウィーン包囲 プレヴェザ海戦も勝利 サファヴィー朝の特徴 2010 01センター本試験B 3B 04 ペルシア湾からティグリス ユーフラテス川の海域 河川流域で起こった出来事について述べた文として正しいものを 次の ① ④のうちから一つ選べ ① パルティアは アンティゴノス朝からメソポタミアを奪った ② アッバース朝は ティグリス河畔に首都バグダードを建設した ③ オスマン帝国は ティムール朝からイラクを奪った ④ ムガル帝国は ポルトガル人をホルムズ島から駆逐した 正解は② アッバース朝の都バグダードは 唐の都長安と並ぶユーラシアの大都市であった ①アンティゴノス朝が誤り セレウコス朝 ③ティムール朝が誤り サファヴィー朝 ④ムガル帝国が誤り サファヴィー朝 ティムール帝国衰退後の西アジアにトルコ系騎馬集団 キジルバシュ の軍事力背景に台頭 イスマーイール1世 1501-24 シーア派の神秘主義教団の教主 シャーを称号としイラン系都市住民の支持 12イマーム派を国教 スンニ派のオスマン帝国と抗争 セリム1世にチャルディラーンで敗北 アッバース1世 1587-1629 キジルバシュを抑制し 火砲部隊を整備 絹織物産業を振興 オスマン帝国よりアゼルバイジャンとイラクの一部を奪回 ポルトガルをホルムズ島より駆逐 イスファハーン都 イマームのモスク ブルータイルで有名 造営 イスファハンは世界の半分 イギリス オランダの東インド会社も商館をイスファハンに設置 17世紀後半より衰退 1722年に首都イスファハンを攻略され事実上滅亡 81

イラン史 2010 02センター本試験A 3C 09 イランの歴史について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a ササン朝ペルシアの工芸品は 日本にも伝わった b サファヴィー朝は イスラーム教スンナ派を国教とした ①a 正 b 正 ②a 正 b 誤 ③a 誤 b 正 ④a 誤 b 誤 正解は② aは正しい 正倉院の白瑠璃碗などが有名 bは誤り サファヴィー朝はシーア派 12イマーム派 を国教とした アケメネス朝 メディアに代わって建国 前6世紀にオリエント統一 ダレイオス1世全盛 セレウコス朝 アレクサンドロスの帝国を西アジアで継承 都はアンティオキア パルティア 前3世紀セレウコス朝より自立 東西交渉で繁栄 漢と同期で中国名安息 ササン朝 後3世紀パルティアに代わる 642年ニハーヴァンドの戦いでイスラームに敗北 3世紀シャープール1世 ローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜 クシャーナ朝を征服 6世紀ホスロー1世 東ローマ皇帝ユスティニアヌスと抗争 突厥とエフタルを挟撃し滅ぼす イスラーム支配 10Cブワイフ朝 11Cセルジューク朝 13C初ホラズム 13C中頃イル=ハン国 15Cティムール帝国 サファヴィー朝 16世紀建国 帝号シャー シーア派国教 アッバース1世都イスファハンで全盛 カージャール朝 18世紀末建国 英露の進出に苦しむ バーブ教徒の乱 1848 ウラマー主導の改革運動 タバコ ボイコット運動 1891 イラン立憲革命(1905 パフレヴィー朝 1925年レザー=ハーン創始 ペルシアからイランと改名 モサデグ首相の石油国有化 1951 国王派クーデタ 1953 パフレヴィー2世が白色革命の近代化 1963 イラン=イスラーム共和国 イラン革命で宗教指導者ホメイニが実権 1979 イラン革命の混乱に乗じ イラクのサダム=フセインが侵攻 イラン=イラク戦争 サダム=フセインは 1990年クウェートに侵攻 アメリカ反対し湾岸戦争 シク教 2007 01センター本試験B 2B 06 チンギス=ハンの時代以後に成立した宗教として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 道教 ② キリスト教 ③ シク教 ④ 仏教 正解は③ チンギス=ハンは13世紀初 シク教はインドでヒンドゥー教とイスラーム教の交流の中で成立した宗教で 16世紀初にナー ナクによって創始 82

ティムール帝国 2006 01センター本試験B 1B 04 内陸アジアの地域について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 光武帝が 西域に張騫を派遣した ② ティムール帝国がサマルカンドを中心に繁栄した ③ イル=ハン国が サライを中心に繁栄した ④ 清は ブハラ ボハラ ヒヴァ コーカンドの3ハン国を占領した 正解は② ティムール帝国の中心はサマルカンドとヘラート ① 光武帝が武帝の誤り ③ イル=ハン国の中心はタブリーズ サライはキプチャク=ハン国の中心 ④ ブハラ ヒヴァ コーカンドを占領したのは清ではなくロシア ティムール帝国 14世紀末 西チャガタイ=ハン国の混乱からティムールが建国し大帝国 ティムール モンゴル系貴族の出身で 都サマルカンドに大帝国を建設 デリー=スルタン朝治下の北インドに侵入 イル=ハン国解体後の西アジアも支配下 拠点都市はアフガニスタンのヘラート マムルーク朝支配下のシリアに進出しダマスクス占領 イブン ハルドゥーンと会見 1402年アンカラの戦いでオスマン帝国を撃破 1405年明遠征の途上で死 都サマルカンドにトルコ=イスラーム文化開花 細密画 ミニアチュール 1500年頃トルコ系ウズベク人に滅ぼされる 直系のバーブルがパーニパットの戦いでロディー朝を破り ムガル帝国を建国 83

08 ヨーロッパ世界の形成 ゲルマン人移動 2002 01センター本試験B 2A o2 ゲルマン人に属する部族の名とその部族が建国した地域の名の組合せとして正しいものを 次の① ④のうちから一つ選 べ ①フランク族 イベリア半島 ②ヴァンダル族 北アフリカ ③東ゴート族 シチリア ④ブルグンド族 北イタリア 正解は② ヴァンダルは北アフリカのチュニジアに建国しシチリア島にも進出した ①フランク族はイベリアではなくガリア北部 イベリア半島は西ゴート ③東ゴート族は北イタリア ④ブルグンド族はガリア南部 フン アジア系遊牧騎馬民族で北匈奴と同族説が有力 東ゴートを服属させ 大移動の契機 パンノニア 現ハンガリー 拠点に 5世紀にアッティラのもとで大帝国 451年カタラウヌムの戦いで 西ローマとゲルマン連合軍がガリア侵入阻止 撤退後 崩壊 西ゴート 東ゴートがフンに服属 375年に移動を開始し 376年にドナウを越えローマ領へ 410年アラリックのローマ占領 イベリアに建国 711年ウマイヤ朝に滅亡 ヴァンダル 北アフリカのチュニジア 6世紀東ローマのユスティニアヌス帝に滅亡 東ゴート イタリア テオドリックがオドアケル倒す アリウス派 6世紀東ローマに滅亡 ブルグンド ガリア南部 6世紀フランクに滅亡 ランゴバルド 北イタリア 6世紀に建国 8世紀フランクのカール大帝に滅亡 へプターキー イングランド アングロ サクソンの七王国 829年エグベルト統一 フランク ガリア北部 481年クローヴィス建国しメロヴィング朝 アタナシウス派に改宗 84

フランク王国 2007 01センター本試験B 4A 02 フランク王国やその後の東フランク王国の王について述べた次の文a cが 年代の古いものから順に正しく配列されてい るものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ a オットー1世が ローマ皇帝位を授けられた b クローヴィスが アタナシウス派 カトリック に改宗した c ピピンが 王位についた ① a b c ③ b a c ⑤ c a b ②a c b ④b c a ⑥c b a 正解は④ bは496年 cは751年 aは962年の出来事 フランク王国 ガリア北部に建国 6世紀にブルグンドを滅ぼしガリアを統一 クローヴィス 位481-511 メロヴィング朝を建設 アタナシウス派に改宗 ゲルマン国家で最初のアタナシウス派改宗 ローマ教会との協力可能で発展の要因 カール=マルテル 689-741 宮宰としてメロヴィング王家に代わり実権 732年ウマイヤ朝をトゥール ポワティエ間の戦いで撃退 キリスト教世界を防衛 726年東ローマ皇帝レオ3世の聖像禁止令にゲルマン布教を進めていたローマ教会反発 ローマ教会は新たな保護者を求めフランク王国に接近 ピピン 位751-768 教皇の支持でメロヴィング朝を廃しカロリング朝創始 ランゴバルド王国を討ち ラヴェンナを教皇領として寄進 カール大帝 768-814 ピピンの息子で西欧世界を政治的に統合 ランゴバルド王国を滅ぼしザクセン人を征服 アヴァール人を撃退 イベリアの後ウマイヤ朝に遠征cf.武勲詩 ローランの歌 の題材 アルクィンをアーヘンにまねきカロリングルネサンス 800年教皇レオ3世により西ローマ皇帝の戴冠 西欧世界は政治的 宗教的に東ローマ皇帝より自立 1054年東西教会相互に破門し分裂 ヴェルダン 条約 843 東フランク 西フランク ロタール領 中部フランク北イタリア に分割 メルセン条約 870 東フランクと西フランクが 中部フランクを分割 独 仏 伊の原型 85

イングランド王国成立までのブリテン島 2002 01センター本試験B 2A 03 イングランドやスコットランドの歴史について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アングロ=サクソン族が 七王国を建てた ② フランク族のクヌート カヌート 王が イングランドを征服した ③ ノルマンディー公ウィリアムが スコットランドにノルマン朝を開いた ④ アルフレッド大王が デーン人の王国をイングランドに建てた 正解は① ②クヌートはフランク族ではなく デーン人のデンマークの王子 ③スコットランドではなくイングランド スコットランドは18世紀初のアン女王時の統合までイングランドとは別の国 ④アルフレッド大王は9世紀後半にデーン人に反撃を開始したアングロ=サクソンの大王 ケルト系ブリトン人の島 ローマの属州ブリタニア へプターキー 七王国 成立 5世紀アングロ=サクソンのイングランド侵入で cf.対抗したケルト人の王アーサーの伝説が中世武勲詩の アーサー王物語 ケルト系の人々は アイルランド スコットランド ウェールズに移動し諸国家を建設 イングランド王国成立 829年 エグベルトによる統一で 8世紀末デーン人の侵入開始 9世紀後半アルフレッド大王が反撃 デーン朝 1016年デーン人のクヌート カヌート による征服 デンマーク ノルウェーも支配 ノルマン朝成立 1066年ノルマンディー公ウィリアムがへースティングズの戦いで征服 封建制と荘園制 2002 02センター本試験A 2A 03 西ヨーロッパの封建制について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 荘園の農奴は 領主に対して貢納や賦役の義務を負った 荘園の農奴は 領主のほか 教会に対しても税を納めた 荘園の農奴には 移動の自由が認められていた 荘園では三圃制農法が普及し 農業生産力が向上した 正解は③ 移動の自由と職業選択の自由はなかった 封建制 ローマ末期の恩貸地制とゲルマンの従士制が結合 土地の授受による主従関係 双務的契約関係で諸侯は不輸不入権 教会や修道院も土地の寄進を受け 聖界諸侯 荘園制 農奴は移動の自由なく領主裁判権に服し 結婚税 死亡税 十分の一税 教会に 負担 領主直営地 ここでの週3回ほどの耕作=賦役 労働地代 農民保有地 生産物の一部を領主に治める=貢納 生産物地代 その他共有地も存在 封建制と中世都市 2002 01センター本試験B 3A 01 次の文の空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正しいものを 次の① ⑥のうちから一つ選べ 忠誠のヨーロッパでは 法も裁判も多様であった 国王裁判所とは別に 世俗の封建領主が主催する独自の法廷が存在し た これは領主が国王から ア 権を得ていたからにほかならず 彼らはこの特権に基づく裁判権によって村落民や都市 民を支配下 やがて都市のなかには 領主から イ 権を獲得し 独自の法と裁判権を持つものも出てきた ①ア 不輸不入 イ 叙任 ②ア 不輸不入 イ 自治 ③ア 自治 イ 不輸不入 ④ア 叙任 イ 自治 ⑤ア 叙任 イ 不輸不入 ⑥ア 自治 イ 叙任 正解は② 不輸不入権を得た領主は領主裁判権を行使した 領主から特許状で自治権を得た都市では ドイツで 都市の空気は自 由にする と呼ばれたように 農奴が都市に流入して1年と1日たてば 都市民として領主支配から解放される習慣も生まれた 86

ビザンツ帝国 2001 01センター本試験B 4A 03 ビザンツ帝国について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① コンスタンティノープルの聖ソフィア聖堂は レオン3世の命によって建設された ② コンスタンティノープルは 一時ササン朝によって征服され その首都となった ③ ビザンツ様式は モザイクの使用を特徴の一つとした ④ ビザンツ帝国は 東西協会が最終的に分離した後 ギリシア語を公用語と定めた 正解は③ 聖ヴィターレ聖堂の ユスティニアヌス帝と廷臣 のモザイクなどが有名 ① レオン3世が誤り 聖ソフィア聖堂の建設は ユスティニアヌス帝 ② コンスタンティノープルがササン朝によって征服された史実はない ④ 東西協会の最終的分裂は11世紀であるが コンスタンティノープル教会は当初からギリシア語の聖書を用いており 7世紀にはギリ シア語がビザンツ帝国の公用語となっている 395年成立 テオドシウス帝の死で帝国の東西分裂 ユスティニアヌス帝(527-565) 東ローマ帝国の全盛 東ゴート ヴァンダルを滅ぼす ハギア=ソフィア聖堂再建 養蚕業振興 ローマ法大全 五本山の大司教の任命権を握り 皇帝に政教両権が集中する皇帝教皇主義 ヘラクレイオス1世(610-641) ササン朝を撃退 イスラームの侵入で領土縮小 ギリシア語が公用語化 ビザンツ帝国 軍管区 テマ 制で地域担当の軍司令官が地方行政の長 中央集権体制を維持 兵士に土地を与え自営農民とする屯田兵制が同時に施行 レオン3世(717-741) 726年聖像禁止令 テマ制と屯田兵制で防衛体制強化 バシレイオス1世(867-886) 帝国第二の全盛期 マケドニア朝を開始 バシレイオス2世(976-1025) マケドニア朝の皇帝でブルガリアを征服 キエフ公国の改宗 セルジューク朝の侵入 1071年マンジケルト マラーズギルト の戦いでビザンツ帝国を撃破 アレクシオス1世(1081-1118) 西欧への支援要請 第1回十字軍の契機 プロノイア制による封建化進展 13世紀 第4回十字軍がコンスタンティノープル占領しラテン帝国建国 1453年 オスマン帝国のメフメト2世にコンスタンティノープル占領され滅亡 87

東欧諸国のキリスト教受容と建国 2001 01センター本試験B 1B 06 最盛期のオスマン帝国の領域には 現在20以上の国家が数えられるが これに該当する国の名として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① キプロス ② ハンガリー ③ ブルガリア ④ チェコ 正解は④ チェコの元となったのはベーメン王国であるが ベーメン王国は11世紀より神聖ローマ帝国内の王国であった 東スラヴ人 ロシア人などドニエプル流域に進出したルーシを祖 ルーシ ルマン人の一派で ビザンツ帝国との交易路支配狙い進出 リューリク建国 キエフ公国ウラディミル1世ギリシア正教受容 東スラヴ人に同化 13世紀モンゴルのバトゥの西征でキエフ公国滅亡 キプチャクハン国の下モスクワ大公国台頭 西スラヴ人 ポーランド人 チェック人などでカトリック受容 ポーランド 14世紀リトアニアと連合しヤゲウォ朝 ドイツ騎士団と対抗 チェコ 10世紀ベーメン王国建国 11世紀神聖ローマ帝国に併合 都プラハ 15世紀初にプラハ大学でフスの改革運動 フス処刑でフス戦争 ハンガリー ウラル語系マジャール人 カトリック受容 10世紀東フランクのオットー1世に敗北 パンノニアに建国 1536年モハーチの戦い 大部分がオスマン帝国の支配下 ハプスブルク家の王位継承 1699年カルロヴィッツ条約 オーストリアの支配下 南スラヴ人 クロアチア スロヴェニアはカトリック セルビア ブルガリアはギリシャ正教 ブルガリア アジア系ブルガール人が7世紀南スラヴ族を支配 東ローマ オスマンに服属 セルビア 11世紀中ごろ王国建国し 14世紀前半全盛も14世紀末オスマン帝国に敗北 ルーマニア人 ラテン系のルーマニア人起源 ギリシア正教受容 14世紀末オスマン帝国の支配 中世の文芸 2003 01センター本試験B 3C 08 西欧では12 13世紀になると 各地に口頭で伝承されていた詩や物語などが 文字でつづられ固定化されるようになった このことに関連して 西欧世界における文芸について述べた次の文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ 選べ ① 宮廷などで 吟遊詩人が武勲詩や騎士の恋愛詩を朗唱した ② イタリアでは ダンテがトスカナ地方の言語で 神曲 を著述した ③ イギリスでは カール大帝とその武将の活躍を描いた アーサー王物語 が成立した ④ ゲルマン人の英雄伝説を基に ニーベルンゲンの歌 が成立した 正解は③ カール大帝とその部将の活躍を描いたのは ローランの歌 吟遊詩人が俗語で 騎士道物語や恋愛詩を宮廷などで吟じる ニーベルンゲンの歌 ドイツ ブルグンド族の英雄ジークフリート主人公 ローランの歌 フランス カール大帝のイスラム遠征が舞台 アーサー王物語 イギリスと北フランス ケルト人の伝説の王アーサー主人公 88

09 ヨーロッパ世界の発展と社会の変 叙任権闘争 2006 01センター本試験B 2A 01 叙任権闘争について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ビザンツ皇帝レオン3世が 聖像禁止令を出した ② 教皇グレゴリウス7世が 神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世を破門した ③ 教皇インノケンティウス3世が カール大帝 シャルルマーニュ に皇帝の冠を授けた ④ フランス王シャルル7世が 十字軍をイェルサレムに派遣した 正解は② この後 ハインリヒ4世が謝罪して破門を解かれた事件がカノッサの屈辱である ①文に誤りはないが これは東西教会分裂の契機となっった726年の出来事で 叙任権闘争とは無関係 ③800年にカール大帝に加冠したのはレオ3世 ④シャルル7世は百年戦争に勝利した15世紀のフランス王 十字軍は13世紀に終結している クリュニー修道院 910設立 フランス の粛正運動 聖職売買や聖職者の妻帯を批判 叙任権闘争 神聖ローマ皇帝は 帝国教会政策を取り 叙任権を帝国統治や大諸侯抑制に活用 教皇グレゴリウス7世は皇帝の叙任権使用を聖職売買と批判 ハインリヒ4世と対立 ハインリヒ4世を破門 カノッサの屈辱 1077 で謝罪 ヴォルムス協約 1122 世俗の権利の授封と聖職者選挙への参加を皇帝に 叙任権を教皇に承認 イギリスプランタジネット朝 2005 01センター本試験B 2C 07 12世紀の出来事について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① フランスで メロヴィング朝が開かれた ② イギリスで プランタジネット朝が開かれた ③ 北欧で カルマル同盟が結ばれた ④ 教皇庁が アヴィニョンに移された 正解は② プランタジネット朝の3代目ジョン王の大憲章承認が1215年であることからも類推可能 ① メロヴィング朝は 5世紀末にフランク王国を建国したクローヴィスの王朝 ③ カルマル同盟の成立は14世紀末 ④ 教皇庁のアヴィニョン移転は 14世紀初頭 プランタジネット朝 12世紀半ばフランスアンジュー伯がノルマン朝継承 フランス西半分領有 ヘンリ2世 アンジュー伯アンリ プランタジネット朝創始 リチャード1世 第3回十字軍でサラディンと戦う 死後弟のジョンが即位 ジョン王 フランスのフィリップ2世に敗北 大陸領大半消失 インノケンティウス3世に屈服 マグナカルタ 大憲章 1215年ジョンに反抗した貴族が 課税への同意と法の支配を確認 ヘンリ3世 ジョンの子で大憲章を無視 シモン=ド=モンフォールの反乱 エドワード1世 ウェールズ征服 スコットランド遠征 1295年模範議会を開催 百年戦争 1339 1453 英仏の国境が明確化し 王権強化 終結後 英でバラ戦争 エドワード3世がフランスのカペー朝断絶に王位継承権主張 フランドル地方 毛織物産地 とギュイエンヌ地方 ワイン産地 初期 エドワード黒太子が長弓隊の活躍でクレーシーの戦い勝利 後期 ジャンヌ ダルクの出現でシャルル7世の戴冠 イギリスはカレーを除き撤退 バラ戦争 1455 1485 ランカスター家とヨーク家の王位争い ランカスター系統のヘンリ7世がテューダー朝を開き終結 集権化に成功 89

キリスト教 2007 01センター本試験B 1A 01 キリスト教について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① イスラーム教を批判したイエスの教えをもとに 成立した ② 新約聖書 を経典とする ③ ディオクレティアヌス帝によって国教とされた ④ クレルモン教会会議 公会議 において ウィクリフが異端とされた 正解は② ①イエスはイスラーム教ではなくパリサイ派を批判 ③ディオクレティアヌスではなくテオドシウス ディオクレティアヌスは4世紀初にキリスト教迫害 ④クレルモン宗教会議ではなく コンスタンツ公会議 クレルモンは十字軍提唱 教皇権の衰退 2010 01センター本試験B 4A 02 15世紀の教会をめぐる動きについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 教皇と皇帝ハインリヒ4世の間で 叙任権闘争が起こった ② 教皇庁がアヴィニョンに移された ③ コンスタンツ公会議で 教会大分裂が収拾された ④ ウィクリフが 教会改革を主張した 正解は③ コンスタンツ公会議は 1414年に開催なので15世紀である ①叙任権闘争は 11世紀に起こった ②フランス王フィリップ4世による教皇のバビロン捕囚である 14世紀の初期 1309年 ④ウィクリフの教会改革主張は14世紀の後期 十字軍運動失敗 アイユーブ朝サラディンにイェルサレム奪回 1291年アッコン陥落 アナーニ事件 1303 フランス王フィリップ4世が聖職者課税問題で教皇と対立 1302年三部会召集 1303年ボニファティウス8世をアナーニで監禁 教皇のバビロン捕囚 1309 教皇庁が南仏アヴィニョンへ移転 教皇権がフィリップ4世の影響下に 教会大分裂 1378 1417 大シスマ ローマとアヴィニヨンに教皇分立 後ピサにも イギリスのウィクリフ ベーメンのフスが改革運動で ローマ教会からの独立を主張 コンスタンツ公会議 1414 皇帝ジギスムント提唱し教会の統一 フスの処刑 フス戦争 90

公会議と宗教会議 次の文章の空欄 2006 01センター本試験B 2A 03 に入れる語として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 教会大分裂は15世紀前半の するようになっていた ① ニケーア公会議 ③ コンスタンツ公会議 で一応の決着を見たが この混乱期に各国の君主たちは 教会に強い影響力を行使 ② メルセン条約 ④ アウクスブルクの和議 正解は③ 1414年に開催され 教会大分裂を終了させた ①ニケーア公会議は325年にコンスタンティヌス帝によって開催され アタナシウス派を正統 ②メルセン条約は843年にフランク王国を三分した条約 ④アウクスブルクの和議は1555年 領邦にルター派とカトリックの選択権を与えた和議 ニケーア公会議 325 コンスタンティヌス帝召集の最初の公会議 アタナシウス派 イエスに神性と人性の2性を認める を正統として教義統一を図る 異端とされたアリウス派 イエスの人性を強調 は ゲルマン人への布教 エフェソス公会議(431 ネストリウス派 神性と人性の分離を主張 を異端 異端とされたネストリウス派は ササン朝に保護 景教として唐代の中国に伝播 カルケドン公会議 451 ローマ教皇レオ1世の要請で開催 古代異端論争に決着 ネストリウス派と単性論 神性と人性は融合し 神性のみ残る を異端 異端とされた単性論はエジプト コプト派教会 やシリアに存続 クレルモン宗教会議 1095 叙任権闘争でウルバヌス2世開催 十字軍を提唱 ラテラーノ公会議 1215 インノケンティウス3世開催 ユダヤ教徒に識別の記章を義務 コンスタンツ公会議 1414 皇帝ジギスムント提唱 教会大分裂を収束 フスを処刑 トリエント公会議 1545 対抗宗教改革の出発点 カトリックの教義確認 アナーニ事件とアヴィニョン捕囚 2006 01センター本試験B 2A 02 14世紀初めに教皇と対立した君主について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ヘンリ2世が マグナ=カルタを承認した ② フィリップ4世が 聖職者課税問題をめぐって教皇と対立した ③ カール5世が イタリア戦争を起こした ④ イヴァン4世 雷帝 がツァーリを名のり 専制支配を進めた 正解は② フィリップ4世はボニファティウス8世を監禁するアナーニ事件を起こした ①マグナ=カルタの承認は13世紀前半であり またヘンリ2世ではなくジョン王 ③カール5世のイタリア戦争は16世紀前半 起きたのはそれ以前の15世紀末 ④イヴァン4世は16世紀 91

中世のフランス国王 2008 01センター本試験B 4A 03 フランス国王フィリップ4世の事蹟について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① インノケンティウス3世と対立した ② アルビジョワ派 カタリ 派を平定した ③ 聖職者 貴族 平民の代表からなる三部会を召集した ④ ジョン王と争い フランス国内のイギリス領の大部分を奪った 正解は③ 教皇ボニファティウス8世との対立で国内の支持を得るため開催した ① インノケンティウス3世と対立したのは フィリップ2世 ② アルビジョワ派を平定したのはルイ9世 ④ ジョン王と争ったのはフィリップ2世 ユーグ=カペー 10世紀 パリ伯からフランス国王 カペー朝創始 フィリップ2世 13世紀初 第三回十字軍に参加 イギリスのジョン王より領土奪い王権強化 教皇インノケンティウス3世と争い屈服 教皇提唱のアルビジョワ十字軍を承認 ルイ9世 13世紀後半 アルビジョワ十字軍で南仏に王権拡大 第6 7回十字軍 フィリップ4世 14世紀初 聖職課税問題で教皇ボニファティウス8世と対立 三部会招集 アナーニ事件 教皇のバビロン捕囚で教皇庁をアヴィニョンへ 息子たちの代でカペー朝直系の断絶 フィリップ4世の甥がヴァロワ朝創立 百年戦争 シャルル7世 ジャンヌ=ダルクの支援で即位のヴァロワ朝の王 百年戦争に勝利 92

イングランド王国の発展 2003 01センター本試験B 3C 09 英語の成り立ちについて述べた次の文章中の空欄 a に入れる語として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選 べ ブリテン島には 古代以来 諸民族が繰り返し侵入し ゲルマン系の言語である英語は 長い年月にわたり様々な言語の 影響を受けてきた 現代英語の語彙を語源別に分類してみると ギリシア語やラテン語のほか 特に a 語の影響が際 立っている a 語が大量に流入したのは 11世紀後半に a から来た征服者が イングランド国内に比較的強力な 王権を確立した時期以降とされる ① ドイツ ② フランス ③ デンマーク ④ オランダ 正解は② フランスのノルマンディー公ウィリアムの征服によりノルマン朝が成立した ケルト系ブリトン人の島 ローマの属州ブリタニア へプターキー 七王国 成立 5世紀アングロ=サクソンのイングランド侵入で cf.対抗したケルト人の王アーサーの伝説が中世武勲詩の アーサー王物語 イングランド王国成立 829年 エグベルトによる統一で 8世紀末デーン人の侵入開始 9世紀後半アルフレッド大王が反撃 デーン朝 1016年デーン人のクヌート カヌート による征服 デンマーク ノルウェーも支配 ノルマン朝成立 1066年ノルマンディー公ウィリアムがへースティングズの戦いで征服 プランタジネット朝 12世紀半ばフランスのアンジュー伯がノルマン朝継承 フランス西半分領有 ジョン王 フランスのフィリップ2世に敗北し大陸領の大半消失 インノケンティウス3世に屈服 マグナカルタ 大憲章 1215年ジョンの失政に貴族が課税への同意と法の支配を確認 ヘンリ3世 ジョンの子で大憲章を無視 シモン=ド=モンフォールの反乱 エドワード1世 1295年模範議会を開催 百年戦争 1339 1453 エドワード3世がフランスのカペー朝断絶に王位継承権主張 フランドル地方 毛織物産地 とギュイエンヌ地方 ワイン産地 の争奪も要因 初期エドワード黒太子がクレーシーの戦い勝利 ヨーマンの長弓隊活躍 後期ジャンヌ=ダルクの出現でシャルル7世の戴冠 イギリスはカレーを除き撤退 バラ戦争 1455 1485 ランカスター家とヨーク家の王位争い ヘンリ7世がテューダー朝を開き終結 集権化に成功 93

百年戦争 2005 01センター本試験B 3A 02 14 15世紀の戦乱について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ベーメン ボヘミア で フス戦争の結果 フスは処刑された ② イギリスで ジョン=ボールがジャックリーの乱を引き起こした ③ 英仏百年戦争で エドワード黒太子が率いる長弓隊 弓兵 が活躍した ④ ばら戦争で ジャンヌ=ダルクがオルレアンの包囲を破った 正解は③ ①フスが処刑された結果 フス戦争となった 前後関係が逆 ②ジャックリーの乱がワットタイラーの乱の誤り ジャックリーの乱はフランス ④ばら戦争が 百年戦争の誤り ばら戦争は 百年戦争終結後の1455年に始まったイギリスの内乱 百年戦争 1339 1453 英仏の国境が明確化し 王権強化 終結後 英でバラ戦争 フランスでカペー朝が断絶し ヴァロワ朝成立 イギリスプランタジネット朝のエドワード3世が王位継承権主張 フランドル地方 毛織物産地 とギュイエンヌ地方 ワイン産地 の争奪 初期 エドワード黒太子がクレーシーの戦い勝利 ジャックリーの乱 1358年百年戦争期フランスの農民反乱 ギョーム=カイエ指導 乱敗北も仏農民地位向上 ワット=タイラーの乱 1381年百年戦争期イギリスの農民反乱 ジョン=ボールが アダムが耕しイブが紡いだ時 誰が領主だったか と煽動 後期 ジャンヌ=ダルクがオルレアンの包囲を破りシャルル7世救出 戴冠 イギリスはカレーを除き撤退 中世の反乱 2010 01センター本試験B 4A 01 ヨーロッパの各地で起こった抗争や反乱について述べた文として下線部の正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① デンマークで シモン=ド=モンフォールが貴族を率いて王に対抗した ② ベーメン ボヘミア で 教皇権を批判するフス派の反乱が起こった ③ イギリスで ジャックリーの乱が起こった ④ イタリアで ジョン=ボールが農民一揆の思想的指導者となった 正解は② フス戦争である ①デンマークではなくイギリス ヘンリ3世の大憲章無視に抗議し モンフォールの議会を招集した ③イギリスではなくフランス 百年戦争中のフランスでの農民反乱である ④イタリアではなくイギリス 百年戦争中のイギリスのワットタイラーの乱である 農民反乱 百年戦争への課税の反発を背景に英仏で発生 黒死病による農民の地位向上も背景 ジャックリーの乱 1358年ポワティエの戦い敗北後の課税への反発背景に北フランスで発生 ギョーム=カール指導も鎮圧 乱後フランスでは農民の地位向上 ワット=タイラーの乱 1381年ワット=タイラーを指導者にイギリスで発生 ジョン=ボールが アダムが耕しイブが紡いだ時 誰が領主だったか と煽動 イギリス教会のローマ教会からの自立と聖書の重視を説いたウィクリフの影響か フス戦争 15世紀初期 ベーメンの宗教改革者フスの処刑からベーメンのフス派が反乱 フスは プラハ大学の学長で イギリスのウィクリフの影響を受け 教皇権からの自立主張 1414年開始のコンスタンツ公会議に皇帝ジギスムントの要請を受け 参加を図る ドミニコ派に捕縛され 宗教裁判で火刑 フス戦争勃発 フス派穏健派の黙認 94

ヨーロッパの法と権力 2002 01センター本試験B 3A 02 ヨーロッパにおける法と権力とのかかわりについて述べた文として下線部の正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① コンスタンツ公会議は 新教に対抗する動きが強まり 宗教裁判所による異端の取締が強化される中で開催された ② イギリスの貴族たちは エドワード3世に大憲章 マグナ=カルタ を認めさせ 法による王権の制限が始まった ③ イギリスのヘンリ3世は 星室庁と呼ばれる裁判所を利用して 反抗する貴族を処罰した ④ 中世ドイツの自由都市は 皇帝に直属しつつ 諸侯に対抗する政治的自立を得ていた 正解は④ ①コンスタンツ公会議ではなく トリエント公会議 コンスタンツ公会議は1414年シスマ解消のために開催され 宗教改革者のプラハ大学 総長フスが異端とされ 処刑された ②エドワード3世ではなくジョン王 エドワード3世は百年戦争を開始した王 ③ヘンリ3世ではなくヘンリ7世 ヘンリ3世は シモン=ド=モンフォールの乱をまねいた王 モンゴル帝国の貿易政策 2008 02センター本試験A 3A 01 近代以前の交通や交易について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ①ムスリム商人は 海の道 の発展において重要な役割を果たした ②イタリア商人は 地中海の東方貿易において重要な役割を果たした ③モンゴル帝国の下で整備された駅伝制は ジャムチと呼ばれた ④モンゴル帝国の下では 内陸の交通路が発達し 海上交易は衰退した 正解は④ モンゴル帝国は 海の道にも進出し 海上交易も活発化した ①ムスリム商人は 三角帆のダウ船でインド洋交易に進出した ②イタリア商人は 香辛料などを求め イスラーム世界やビザンツ世界と東方貿易を行った 草原の道とオアシスの道を一元的に支配し 交通路の安全を保障 駅伝制 ジャムチ 整備 通行証を牌符 貿易を振興 帝国全体で銀が主要貨幣 元が発行の紙幣 交鈔 は銀との兌換が保証され 流通 大運河の改修や新運河の開削 海運の整備で中国南方の港市と都の大都を結ぶ 海の道にも進出し マジャパヒト王国を朝貢させ 日本とは民間貿易 日元貿易 盛ん 95

フィレンツェ 2010 01センター本試験B 2B 05 フィレンツェについて その位置を示す地図中のaまたはbと この都市で勢力を拡大した豪商との組合せとして正しいもの を 下の① ④のうちから一つ選べ ① a メディチ家 ② a フッガー家 ③ b メディチ家 ④ b フッガー家 正解は③ aは南ドイツのアウクスブルクであり この地で勢力を拡大した豪商がフッガー家である メディチ家とフッガー家は ともに 金融業で発展したが 特にフッガー家は南ドイツの銀を支配下に置いていた 12世紀ルネサンス 2003 01センター本試験B 3C 07 ラテン語に関連して述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ヘシオドスは 農民の生活をうたった 仕事 労働 と日々 を ラテン語で著した ② タキトゥスは ローマ帝国末期のゲルマン人の社会生活を描いた ガリア戦記 を ラテン語で著した ③ アラビア語の学術書がラテン語に翻訳され 中世ヨーロッパの学問に大きな影響を与えた ④ ビザンツ帝国では ラテン語が唯一の公用語として使用され続けた 正解は③ 12世紀ルネサンスの説明である ①ヘシオドスは ギリシアの詩人なのでラテン語ではなくギリシア語 ②タキトゥスは ローマ帝国末期ではなく帝政初期の人 著作は ガリア戦記 ではなく ゲルマニア ガリア戦記 はカエサル ④ビザンツ帝国では7世紀頃より公用語がギリシア語となった パレルモ ノルマン人がイスラーム教徒を征服し成立した両シチリア王国の都 シチリア島はビザンツ文化とイスラム文化が残り 都パレルモではギリシア語文献の翻訳も トレド 西ゴート王国の首都でレコンキスタで再征服 1085年 されカスティリャ王国の首都 イスラームの大図書館が所在 12世紀 13世紀にアラビア語文献がラテン語へ翻訳 イブン ルシュド ラテン名アヴェロエス コルドバ生まれの哲学者 アリストテレスの注釈 スコラ哲学に影響 イブン シーナー ラテン名アヴィケンナ イランの哲学者 医者 医学典範 はヨーロッパの大学医学部の教科書 北イタリア都市 東方 レヴァント 貿易で繁栄 ビザンツ イスラーム文化と接触 先進文化の流入で大学の発展 スコラ哲学の発展 錬金術など自然科学の基盤が形成 96

中世の大学 2005 01センター本試験B 2C 09 次の文章中の空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 一般に中世の大学では ⑧神学を頂点にした ア が体系づけられていったが イタリアの イ 大学は法学で サレル ノ大学は医学で知られるようになった ① ア 人文主義 ③ ア スコラ学 イ ボローニャ イ ボローニャ ② ア 人文主義 ④ ア スコラ学 イ ケンブリッジ イ ケンブリッジ 正解は③ 人文主義は ルネサンスの思想 ケンブリッジは オックスフォードから分離したイギリスの大学で神学が中心 大学 教会 修道院を母体に12-13世紀発生 アルプス以南は学生 以北は教員中心にギルド形成 四学部- 神学 法学 哲学 医学 と七自由科 文法 修辞 論理 数学 音楽 幾何 天文 ボローニャ大学 11C末成立の北伊の西欧最古の大学 法学研究有名 サレルノ大学 12Cイスラムの影響を受け南イタリアに成立 医学有名 パリ大学 12Cフランス 神学の最高権威 オックスフォード大学 12Cイギリス パリ大学を範 神学中心でウィクリフ活躍 ナポリ大学 13Cシュタウフェン朝のフリードリヒ2世が建設 国家管理大学の典型 歴史的な建造物 2005 01センター本試験B 1C 07 世界の歴史的な建造物や遺跡について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① インダス文明下のモヘンジョ=ダロ モエンジョ=ダーロ では 大浴場 沐浴場 が建設された ② 古代のギリシアでは ペルセポリスの宮殿 王宮 が建設された ③ フランスのシャルトルの大聖堂は 宗教改革を記念して建設が始められた ④ ウィーンの聖ソフィア ハギア=ソフィア 聖堂は 後にイスラム教のモスクに改修された 正解は① ②ペルセポリスの宮殿は ギリシアではなくアケメネス朝ペルシア ③シャルトル大聖堂は 宗教改革以前の13世紀半ばに完成した中世のゴシック様式の建築物 ④ウィーンが誤り 聖ソフィアは コンスタンティノープルにユスティニアヌス帝が建造 スコラ哲学 2005 01センター本試験B 2C 08 神学や思想に関する事項や出来事について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ トマス=アクィナスは 神学大全 を著した ダンテは 神曲 をラテン語で著した アンセルムスは 中世の神学の発展に貢献した ロジャー=ベーコンは 経験を重視した方法論を説いた 正解は② ラテン語が誤り ダンテはトスカナ語で 神曲 を著した スコラ哲学 キリスト教の教理とイスラーム経由で導入されたアリストテレス哲学が結合 アルクィン 8C末 9Cイングランド出身 カール大帝に招かれカロリング ルネサンス アンセルムス 11C 信ずるために知ることを求めず 知らんがために信ず 実在論を唱える アベラール 12C唯名 名目 論を唱え 実在論と普遍論争 トマス アクィナス 13Cアリストテレス哲学導入 神学大全 でスコラ哲学大成 ロジャー ベーコン 13C確かな認識は経験や実験でえられるとし 経験を重視 ドゥンス スコトゥス 13-14C意志の優位主張 ウィリアム オッカム 14C唯名論を唱え 信仰と理性 神学と哲学の区別を主張しスコラ哲学解体 97

ルネサンスの文学 2003 01センター本試験B 2A 02 ルネサンス期について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ヴェネツィアのメディチ家は ルネサンス文化を保護したことで知られている ② ボッカチオは ルネサンスの代表的な画家の一人である ③ ドン=キホーテ を著したセルバンテスは スペインにおけるルネサンスの代表的な文学者の一人である ④ ラブレーは 愚神礼讃 で教会や聖職者の腐敗を諷刺した 正解は③ ①ヴェネツィアが誤り メディチ家はフィレンツェ ②ボッカチオは 画家ではなく人文主義者で デカメロン の著者 画家はボッティチェリ ④ラブレーではなくエラスムス ラブレーはフランスで ガルガンチュア を著した イタリア 14世紀フィレンツェゆかりのダンテ ペトラルカ ボッカチオの三大人文主義者 ダンテ 神曲 トスカナ方言 現イタリア語のもと で地獄 煉獄めぐり ペトラルカ トスカナ方言で叙情詩 人文主義者として古典研究 ボッカチオ デカメロン 散文小説の傑作で 聖職者など風刺 マキァヴェリ 16世紀初 君主論 で政治と道徳を分離 イタリアの統一を主張 その他の地域 エラスムス 愚神礼賛 ネーデルラント 教会の腐敗風刺し 宗教改革準備 ルターと対立 ラブレー ガルガンチュアとパンタグリュエル物語 16世紀前半のフランス 巨人の冒険通じ社会風 刺 モンテーニュ 随想録 エセー 16世紀後半のフランス 人間観察のモラリスト チョーサー カンタベリ物語 14世紀イギリス ボッカチオの影響 トマス=モア ユートピア 16世紀イギリス 羊が人間を食う と第一次囲い込み運動批判 エラスムスの友人で ヘンリ8世の大法官となるも 離婚に反対し処刑 シェークスピア エリザベス女王期のイギリス ハムレット リア王 ヴェニスの商人 セルバンテス ドンキホーテ スペイン レパントの海戦に参加 騎士階級風刺の最初の近代小説 98

10 16 18世紀のヨーロッパ(1) 16世紀の出来事 2010 01センター本試験B 2A 03 16世紀に起こった出来事について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ インカ帝国が滅亡した ツォンカパが チベット仏教の改革を行った ポルトガルがマカオに居住権を獲得した バーブルが ムガル帝国を建てた 正解は② ツォンカパは 14世紀末から15世紀初期にかけて活躍した この問題は 消去法での解答が有効 ①と③は コロンブスの新大陸 発見 1492 と ガマのカリカット到達 1498 が いずれも15世紀末であるため ①のスペインの新大陸 征服と ②のポルトガルのアジア交易が 16世紀になることの理解を要求する選択肢 また ④については サファヴィー朝が成立 1501 し サファヴィー朝の支援を得てバーブルがムガル帝国を建てる 1526 のが16世紀で 16世紀のイスラーム世界にオスマン サ ファヴィー ムガルの3帝国鼎立状況が出現したことの理解を要求する選択肢 古代アメリカ文明の特徴 2008 01センター本試験B 3C 07 アメリカ先住民について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① マチュピチュ遺跡は アステカ王国が建造したピラミッド型神殿の跡である ② スペイン人によって征服される前から メキシコの先住民は 馬を使用していた ③ スペイン人によって征服された当時 アンデスの先住民は 文字を持たなかった ④ ラス=カサスは スペイン人による先住民の酷使を正当化した 正解は③ アンデスのインカ帝国では 文字の代わりにキープ 結縄 を使用していた ①アステカ王国以下が誤り マチュピチュは インカ帝国で高山に建設された都市の遺跡である ②馬は新大陸では絶滅していなかった 現在の新大陸の馬は ヨーロッパ人が持ち込んだもの ④ラス=カサスは先住民を保護しようとしたドミニコ会の修道士 モンゴル人種 今日のインディアン インディオ 形成の文明 前1000年期初期から16世紀前半のスペイン人征服まで繁栄 リャマ アルパカなどを家畜 新大陸では馬は絶滅 とし 穀物はとうもろこしを主農作物 都市文明 神権政治 階級社会などは他の古代文明と共通 金 銀 青銅器使用も 鉄器は未使用 犁 車 ろくろも未使用 トマト ジャガイモ サツマイモ カボチャ パプリカも新大陸原産の作物 メソアメリカ文明 今日のメキシコとグアテマラの乾燥した平原と湿潤な平地を中心 オルメカ文明 メキシコ湾岸に栄えたメソアメリカ最初の都市文明 前10C-後9C頃 マヤ文明 ユカタン半島 グアテマラ中心 4 10世紀が全盛でスペイン侵入当時は衰退期 象形文字 太陽暦 20進法 ゼロの観念 階段ピラミッド テオティワカン文明 メキシコ中央高原中心 トルテカ族形成し1 10世紀繁栄 太陽のピラミッド 月のピラミッド建設 アステカ王国 アステカ族形成 都テノチティトラン 現メキシコ市 テオティワカン文明継承し 象形文字使用 コルテスに征服 アンデス文明 ペルー ボリビアの海岸低地やアンデス高原中心 チャビン文明 中央アンデス初期の文明 前10C-前5C頃 インカ帝国 ケチュア族建国し都クスコ ピサロに征服 遺跡として空中都市マチュピチュ 文字はなくキープ 結縄 使用し駅伝制で情報伝達 99

古代アメリカ文明 2006 01センター本試験B 4B 04 南北アメリカの先住民やその諸文明について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アステカ王国は ユカタン半島を中心に栄えた ② インカ帝国では 数などを示すためにキープ 結縄 が使用された ③ マヤ文明は クスコを中心に栄えた ④ テオティワカン文明は バルボアによって滅ぼされた 正解は② インカ文明は文字をもたなかった ①ユカタン半島がメキシコ高原の誤り ユカタン半島に栄えたのはアステカではなくマヤ ③クスコが誤り クスコは アンデスに栄えたインカ帝国の都 ④テオティワカン文明はメキシコ湾岸に栄えた初期の文明なので バルボアによって滅ぼされたが誤り バルボアは パナマ地峡を横断 して太平洋を発見した人物 共通性格 青銅器文明 鉄器は未使用 とうもろこしが穀物 馬は存在せず テオティワカン メキシコ中央高原中心 トルテカ族形成し1 10世紀繁栄 アステカ メキシコ高原 マヤ ユカタン半島 象形文字あり テノチティトランを都 1521年コルテスに滅亡 象形文字あり 数学 天文学発展 インカ アンデス高原キープ 結縄 使用 文字なし クスコ都 1533年ピサロに滅亡 新大陸原産の作物 2006 01センター本試験B 4B 05 次の文中の空欄 ア と イ に入れる作物の名の組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ジャガイモは 南アメリカのアンデス高地が原産で 16世紀後半にヨーロッパへ伝えられた ヨーロッパ人が持ち帰った南ア メリカ原産の作物には ほかにも ア イ カボチャ トウガラシなどがある ①ア コショウ ③ア ブドウ ⑤ア トウモロコシ イ トマト イ コショウ イ トマト ②ア トマト イ ブドウ ④ア コショウ イ トウモロコシ ⑥ア ブドウ イ トウモロコシ 正解は⑤ ブドウは中央アジア原産でギリシア時代にすでに地中海地域で栽培され ワインがつくられていた コショウは 香辛料の一種でインドや東南アジアの特産品 大航海時代の原動力の一つ 100

大航海 2003 01センター本試験B 2A 03 大航海時代について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ①マガリャンイス マゼラン は ポルトガル王の命を受けて大西洋を南下した ②トスカネリの地球球体説は コロンブスの航海に影響を与えた ③ポルトガルの王子エンリケは アフリカ西海岸の探検を行わせた ④コロンブスは スペイン女王イサベルの援助を得ていた 正解は① ポルトガルがスペインの誤り 西回りでのモルッカ諸島到達を目標とした ポルトガル アフリカ回りインド航路 エンリケ航海王子開始 バルトロメウ=ディアス 1488喜望峰 ジョアン2世命名 到達 ヴァスコ=ダ=ガマ 1498カリカット到達 香辛料貿易 カブラル 1500ブラジル漂着 サトウキビ栽培の開始 アジア進出 1510インドのゴア占領 1511マラッカ占領 スペイン 新大陸進出 西回りアジア航路でフィリピン マニラ 拠点 コロンブス トスカネリの大地球体説とマルコ=ポーロの 世界の記述 の影響 イサベル女王の支援で1492出港し 西インド諸島サンサルバドル島に到達 アメリゴ=ヴェスプッチ 1500中米地域を探検し 新大陸説提唱 バルボア 1513パナマ地峡を横断し 太平洋を発見 マゼラン マガリャンイス ポルトガル人で1519世界周航を試みる フィリピン到達 大航海の航路 2002 01センター本試験B 1A 01 バルトロメウ=ディアスのとった航路 寄港地は省略 を示したものとして正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ 正解は④ ディアスは 喜望峰の発見でアフリカ周り航路を確定した ①イギリスの支援を受けたカボット父子の北米北岸探検である ②コロンブスの西回り航路による西インド諸島到達である ③ヴァスコ=ダ=ガマのインドのカリカット到達を示している 101

ポルトガルとスペインの海上進出 2001 02センター本試験A 2A 02 スペインやポルトガルも東シナ海を目指したが 15世紀末以来の両国の海上進出について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① スペインは インドのゴアを占領した ② ポルトガルは 明からマカオの居住権を得た ③ スペインのエンリケ航海王子は インド洋航路を開拓した ④ マゼラン マガリャンイス は ポルトガルの援助を得て出航した 正解は② ①スペインではなくポルトガルがゴアを占領した ③エンリケ航海王子はスペインではなくポルトガルの王子 また15世紀前半の人なので 誤りである ④マゼランは ポルトガルではなくスペインの援助を得て出航した 生活革命 2002 01センター本試験B 1A 02 ヨーロッパ人の進出の結果 15世紀以降のヨーロッパやアメリカ大陸で生じた事柄について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アメリカ大陸の文化と接触したことによって ヨーロッパでルネサンスが始まった ② アメリカ大陸では 鉱山や大農園の経営のため 軍管区制が導入された ③ アメリカ大陸からジャガイモなどの食用植物が ヨーロッパに伝えられた ④ ヨーロッパでは 商人ギルドの形成が始まった 正解は③ 生活革命の一例である ①ルネサンスはイスラーム文化やビザンツ文化との接触が要因 ②軍管区制はビザンツ帝国の軍事行政制度なので誤り ④商人ギルドの形成は中世期 生活革命 17世紀の危機を越え18世紀になると世界商品が一般にも浸透し衣食が変化 新奇物資流入 新大陸 ジャガイモ トウモロコシ トマト タバコ アジア イスラームのコーヒー インドの綿布 中国の茶 絹 陶磁器 生活の変化 衣服 綿製品の大流行 キャラコ熱 産業革命の契機 食事 寒冷地でジャガイモ 飲料で茶 コーヒーに砂糖 影響 新大陸などで商品作物のプランテーション経営 モノカルチャー構造に 英仏はインド産綿布の安定供給を求めインド進出し抗争 西欧中心の国際分業体制 近代世界システム の進展 102

海の道の概略 2006 01センター本試験B 1A 02 カリカットについて 右の地図中の位置ア ウと この都市について述べた下の文aとbとの組合せとして正しいものを 下の ① ⑥のうちから一つ選べ a この都市を中心に スワヒリ文化が形成された b ダウと呼ばれる帆船が この都市と他の都市を結ぶ交易で活躍した ①ア a ②ア b ③イ a ④イ b ⑤ウ a ⑥ウ b 正解は⑥ カリカットはインド西岸の都市なので 地図はウ aのスワヒリ文化は インドではなくアフリカなので aは誤りである bのダウ は インド洋交易においてイスラーム教徒が用いた船なので正しい 地図中のアはアデン イはホルムズ 地中海 紅海またはペルシア湾 アラビア海 インド洋 マラッカ海峡 シナ海 1世紀頃から古代ローマでギリシア系商人がインドと季節風貿易 エリュトゥラー海案内記 8世紀以後イスラーム商人がダウ船で中国に来航 居住地蕃坊 唐玄宗は広州に市舶司設置 10世紀の宋以後 北方民族の活動で陸上交易が阻害 ジャンク船の改良で中国人進出 15世紀初頭の明の永楽帝期に 鄭和の南海大遠征 マラッカ王国がシナ海とインド洋中継 1498年ヴァスコ=ダ=ガマがインドのカリカット到着 16 17世紀前半は 商業の時代 17世紀後半シナ海貿易の鎮静化 日本の鎖国 清朝の海禁強化 香辛料価格の低下 封建社会の危機 2007 01センター本試験B 2C 07 ヨーロッパにおける農業や農民について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 6世紀に三圃制農法が普及し 農業生産を増大させた ② 黒死病 ペスト の流行が 12世紀に農業人口を激減させた ③ ジャックリーの乱と呼ばれる農民一揆が 14世紀にフランスで起こった ④ 農場領主制 グーツヘルシャフト では 東欧へ輸出する穀物が生産された 正解は③ 百年戦争中のフランスで起こった ①三圃制の普及は6世紀ではなく 11世紀 ②黒死病の流行は 12世紀ではなく14世紀 ④農場領主制は エルベ川以東の東欧で普及し 西欧への穀物輸出が目的だった 14Cに気候寒冷化 ペスト 黒死病 の流行 農民一揆 火砲の使用で封建諸侯没落 労働地代 賦役 から生産物地代 貨幣地代への転換 貨幣経済が農村の内部にも浸透 黒死病による農村人口の減少 農民の地位向上の一方 地代減少で中小領主没落 強制的な賦役に対する農民の不満 農民一揆 百年戦争中の14世紀に英仏で ジャックリーの乱 1358年ポワティエの戦い敗北後の課税への反発背景に北フランスで発生 ギョーム カール指導も鎮圧 乱後フランスでは農民の地位向上 ワット タイラーの乱 1381年ワット タイラーを指導者にイギリスで発生 ジョン ボールが アダムが耕しイブが紡いだ時 誰が領主だったか と煽動 103

ドイツ宗教改革 2010 01センター本試験B 4A 03 ドイツ農民戦争について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ a ツヴィングリは この反乱を指導した b シュマルカルデン同盟が この反乱に対抗した ① a 正 b 正 ② a 正 b 誤 ③ a 誤 b 正 ④ a 誤 b 誤 正解は④ a.ツヴィングリは スイスのチューリヒで活動した改革者 農民戦争の指導者はミュンツァー b.シュマルカルデン同盟の結 成は ドイツ農民戦争の終結後 ルター改革 教皇レオ10世の贖宥状に九十五カ条の意見書で反対 救いは個人の内面の信仰によるとする信仰義認説 キリスト者の自由 ヴォルムス帝国議会でカール5世の所説取り消し要求拒否 ザクセン選帝侯フリードリヒの保護でワルトブルク城で新約聖書のドイツ語訳 ドイツ農民戦争 南西部農民の権利要求 ミュンツァー指導し社会平等掲げる ルターは領主側にたって弾圧を支持 領邦教会へ 農民戦争後 ドイツの宗教改革は領邦中心に展開 シュパイエル帝国議会 第1回1526 スレイマン1世のハンガリー征服背景にルター派容認 シュパイエル帝国議会 第2回1529 フランソワ1世とのイタリア戦争の優位背景に新教否定 ルター派諸侯 都市反発し抗議 プロテスト プロテスタントの呼称 シュマルカルデン同盟 1531年新教派諸侯 都市が結成したプロテスタントの同盟 シュマルカルデン戦争 1546年トリエント公会議開催めぐり勃発 カール5世に敗北 アウクスブルクの宗教和議 1555年領邦にルター派かカトリックかの選択権 領邦 俗権 が教会 教権 を支配する領邦教会制の成立 領邦が主権国家の主体 都市同盟 2007 01センター本試験B 4A 03 神聖ローマ帝国に関係して結ばれた同盟について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 北イタリアの諸都市は ロンバルディア同盟を結んで皇帝と争った ② カトリック勢力は シュマルカルデン同盟を結んで皇帝と争った ③ 諸侯たちは 大空位時代を終わらせるためにユトレヒト同盟を結んだ ④ 神聖ローマ皇帝は ビザンツ皇帝とともに三帝同盟を提唱した 正解は① 皇帝のイタリア政策に対抗するため ミラノを中心にロンバルディア同盟が結成された ②カトリック勢力が誤り ルター宗教改革時に新教諸侯が結成したのがシュマルカルデン同盟 ③ユトレヒト同盟は オランダ独立戦争に際し北部7州が結んだ同盟 ④三帝同盟は 1873年にビスマルク外交でドイツ オーストリア ロシアが結んだ反仏同盟 都市同盟 都市は同盟を結び 独自の軍事力を有し 交易の支配や封建勢力との抗争を展開 ロンバルディア同盟 イタリアでミラノを盟主 神聖ローマ皇帝のイタリア政策に対抗 1167年にシュタウフェン朝のフリードリヒ1世に対抗し結成 皇帝軍を2度撃破 ハンザ同盟 北ドイツ都市を中心 リューベックを盟主にデンマーク王に対抗 13世紀後半に結成され 最盛期は100をこえる都市が加盟 軍隊や在外商館を保持 104

カルヴァン派 2004 01センター本試験B 3A 02 カルヴァンやカルヴァン派について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① カルヴァンは スイスのチューリッヒを中心に改革運動を行った ② カルヴァンは 魂の救済は神により予め定められていると説いた ③ スコットランドのカルヴァン派は ゴイセン フーセン と呼ばれた ④ オランダのカルヴァン派は アルビジョワ派と呼ばれた 正解は② ①チューリッヒがジュネーヴの誤り チューリッヒはカルヴァンに先行するツヴィングリの拠点 ③スコットランドがオランダの誤り スコットランドのカルヴァン派はプレスビテリアン ④アルビジョワ派がゴイセンの誤り アルビジョワ派は中世フランスで異端とされたキリスト教の一派 カルヴァン派 スイスのジュネーヴで改革 先行してツウィングリがチューリヒで改革 魂の救済は予め神によって定められているとする予定説 キリスト教綱要 勤労と蓄財を肯定し資本主義精神の源流 20世紀初頭のマックス=ヴェーバーの分析 信徒代表の長老が牧師を補佐する長老制の教会運営 アメリカのタウンミーティングや議会制民主主義の発展に影響 各国のカルヴァン派 新興商工業者などに普及 ユグノー フランスでカトリックとユグノー戦争 サンバルテルミの虐殺 ナントの王令で信仰 ゴイセン オランダでスペインに対し独立戦争 ユトレヒト同盟 ウェストファリア条約で独立 ピューリタン イングランドでピューリタン革命 クロムウェルのコモンウェルス 共和政 プレスビレリアン スコットランド チャールズ1世の国教強制に反乱 アンリ4世 2004 01センター本試験B 3A 01 16世紀末期 アンリ3世統治下のフランスはユグノー戦争という宗教戦争のため混乱状態にあった 外国勢力の介入によっ て国家統一も脅かされていた アンリ3世の暗殺で ア 朝が絶えると 1589年ブルボン家のアンリがアンリ4世としてブル ボン朝を興した 新教徒のアンリ4世は旧教に改宗することでこの宗教的対立の解決を図った また アンリ4世は 瘰癧病 という腺病の患者へ触手儀礼を行い その情景を描いた版画を流布させ 新国王の神秘的な治療能力や 王位継承の正 当性を民衆に誇示した さらに1598年の イ で新教徒にも大幅な信教の自由を与えるなどして ブルボン朝の基礎を築 いた 問 ① ② ③ ④ 空欄 ア と イ に入れる語の組合せとして正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ア カペー イ ナントの勅令 ア カペー イ アウクスブルクの和議 ア ヴァロワ イ ナントの勅令 ア ヴァロワ イ アウクスブルクの和議 正解は③ カペー朝はユーグ=カペーによって成立し 以後のヴァロワ朝 ブルボン朝の本となった王朝 アウクスブルクの和議は 1555年の ドイツの宗教対立での和議 105

異文化と交流した人物 2006 01センター本試験B 1A 01 異文化の交流や接触について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 義浄は マジャパヒト王国に立ち寄り その地についての記録を残した ② イブン=バットゥータは 宋代の中国を訪れ 三大陸周遊記 を著した ③ アメリゴ=ヴェスプッチは 南アメリカ大陸沿岸を探検し ここが 新世界 であると報告した ④ 15世紀に フランシスコ=ザビエルが日本にキリスト教を伝えた 正解は③ ここからアメリカ大陸の名が生まれた ①義浄が立ち寄ったのは マジャパヒトではなくシュリーヴィジャヤ ②イブン=バットゥータが訪れたのは 宋ではなく元代の中国 ④ザビエルが日本にキリスト教を伝えたのは 15世紀ではなく16世紀 106

11 16 18世紀のヨーロッパ(2) 17世紀のヨーロッパの君主 2006 01センター本試験B 2C 08 17世紀のヨーロッパの君主について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ブルボン朝のアンリ4世は サン=バルテルミの虐殺により ユグノーを弾圧した ② ステュアート朝のジェームズ1世は 王権神授説を唱えた ③ エリザベス1世は 人民憲章を発布した ④ ルイ15世は 宰相リシュリューを登用し 三部会を招集した 正解は② 17世紀の初頭にステュアート朝を建てたジェームズ1世は 王権神授説を唱え議会と対立した ① 時期と内容の誤り サン=バルテルミの虐殺は16世紀末 この事件はユグノーのアンリと国王シャルル9世の妹の結婚を祝って集まっ たユグノーたちが 虐殺された事件 ③ 人民憲章は 19世紀のチャーティスと運動で提示されたものなので誤り ④ リシュリューの登用はルイ13世 三部会はルイ15世の治世では開催されていない ルイ14世 2004 01センター本試験B 4B 06 ルイ14世治世下のフランスについて述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 親政開始後 フロンドの乱が起こった ② フランス東インド会社を創設した ③ ルイジアナを領有した ④ 財務総監ケネーが 重農主義政策を採った 正解は③ ミシシッピ流域のルイジアナはルイ14世にちなんで命名された ①フロンドの乱は 親政前なので誤り ②フランス東インド会社の再建はルイ14世時代だが 創設はアンリ4世の時代 ④ケネーはルイ15世時代 また ケネーは重農主義者で国王の顧問医であったが 財務総監ではない ルイ14世 位1643-1715 幼年時の宰相マザラン 1648年ウェストファリア条約 フロンドの乱を鎮圧 親政期の財務総監コルベール 王立マニュファクチュア 東インド会社再建 ルイジアナ建設 ヴェルサイユ宮殿建設し太陽王 1701年スペイン継承戦争 ユトレヒト条約で孫のフェリペ5世即位も新大陸の領土など割譲 1685年ナントの勅令廃止でユグノーの国外流出 戦争 自然国境説に基づき侵略戦争 イギリスとの海外植民地戦争を誘発 南ネーデルラント継承戦争 スペイン領ネーデルラントの総督位継承主張 英 蘭に阻止 オランダ侵略戦争 第3次英蘭戦争と同調 オランダ総督にオレンジ公ウィリアム就任し抗戦 ナイメーヘンの和約(1678)でスペイン領の一部獲得も オランダへの高関税撤廃 ファルツ継承戦争 ドイツのラインラント地方進出を狙う イギリスとウィリアム王戦争 スペイン継承戦争 カルロス2世の死でハプスブルク朝断絶 ルイ14世の孫フェリペ5世即位 英は墺公カールの継承支持し 墺 蘭 普と連合 海外はアン女王戦争 1713年ユトレヒト条約 スペインとフランスの不合同条件にフェリペ5世の即位承認 仏 英 ハドソン湾 ニューファンドランド アカディアなどの北米植民地割譲 西 英 ジブラルタル ミノルカ割譲 1714年ラシュタット条約 オーストリアとの条約でオーストリアに南ネーデルラント割譲 107

近世の人口動向 2003 01センター本試験B 4C 09 次のグラフはフランスのある地域の洗礼 出生 結婚 埋葬の件数と小麦価格の指数を示したもので 平年には出生数が 死亡数を上回っているが 食糧事情の悪化 疫病の流行などのために大量の死者を出す 人口の危機 が2回あったことが わかる 折れ線a cを示す語の組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ①a 洗礼 b 結婚 c 埋葬 ②a 洗礼 b 埋葬 c 結婚 ③a 結婚 b 埋葬 c 洗礼 ④a 結婚 b 洗礼 c 埋葬 ⑤a 埋葬 b 洗礼 c 結婚 ⑥a 埋葬 b 結婚 c 洗礼 正解は② 食糧事情が悪化すれば 小麦価格は上昇する 小麦価格上昇時に埋葬数が増加していると考えられるので 増加しているbが埋葬 出 生は平年は死亡を上回っているのだから2回の人口危機の時以外はbを上回っているaが洗礼 大量出産大量死の時代なので 結婚 数より洗礼と埋葬はともに多いはずなので 結婚は一番少ないcである 近世の国際分業体制 2007 01センター本試験B 2B 05 ヨーロッパにおける羊毛生産について述べた次の文章中の空欄次の文章中の空欄 ア と イ に入れる語の組合せ として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ 16世紀前半のイギリスでは フランドル地方の ア への毛織物輸出が急増したため 羊毛生産のために共有地をなく し 耕地を牧場に転換する囲い込みが広がった この結果 経済は活発になり イ と呼ばれる地主層が勃興した ① ② ③ ④ ア アントウェルペン アントワープ ア アントウェルペン アントワープ ア ハンブルク ア ハンブルク イ ヨーマン イ ジェントリ イ ヨーマン イ ジェントリ 正解は② アントウェルペンは イギリスの半完成品の受け入れで毛織物工業が発展 ハンブルクはフランドルではなくドイツの都市 ヨーマンは 14世紀に台頭したイギリスの独立自営農民 アントウェルペン アントワープ を中心とするネーデルラントが 国際貿易 金融の中心地 イギリスは 毛織物提供地域としてネーデルラントを中心とする国際分業体制に参加 エルベ川以東の中欧 東欧は穀物供給地域として国際分業体制に組み込まれ 西欧経済に従属 領主が農民を再農奴化し 賦役労働で農場を経営する農場領主制 グーツヘルシャフト 普及 市民層の発達は抑制され プロイセンではユンカー 地主貴族 が支配層となる 108

第1次囲い込み 2005 01センター本試験B 3A 01 ヨーロッパの農村や農民の生活について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ 西欧中世の荘園には 農民が共同で利用する牧草地や森があった 11 12世紀の西欧では 鉄製 重量 有輪犂の普及によって農業生産が増加した 15世紀のイギリスで 木綿生産のために農地の囲い込みが行われた 16世紀に 農奴制の廃止などを求める農民たちが ドイツ農民戦争を起こした 正解は③ 15世紀と 木綿生産のためが誤り 第一次囲い込みは 主に16世紀であり 木綿生産のためではなく 毛織物産業の原料 確保のために 牧羊地とするために行われた 16世紀の商業革命 価格革命背景に羊毛 毛織物産業発展 初期はフランドルへの輸出用 羊の放牧地確保目的 非合法に行われ 平民地主のジェントリ 郷紳 台頭 トマス=モア ユートピア 16世紀イギリス 羊が人間を食う と第一次囲い込み批判 エラスムスの友人で ヘンリ8世の大法官となるも 離婚に反対し処刑 自然権と国際法 社会契約説 2002 01センター本試験B 3A 03 宗教改革以後の時期の法や法思想について述べた次の文a cの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ⑥のうちか ら一つ選べ a エリザベス1世が発布した統一法は スコットランドとの結合を図るものであった b ホッブズの著した 君主論 は 自然法について論じている c 戦争と平和の法 を著したグロティウスは 国際法の基礎を築いた ① a 誤 b 誤 c 誤 ② a 正 b 誤 c 正 ③ a 誤 b 誤 c 正 ④ a 正 b 正 c 誤 ⑤ a 誤 b 正 c 正 ⑥ a 正 b 正 c 正 正解は③ aの統一法は 国教会を確立するためのものである b 君主論 が誤り ホッブズの著作は リヴァイアサン 君主論 はマキァヴェリ 国際法は 主権国家体制を支え 社会契約説は近代国家の原理を示す グロティウス オランダ 海洋自由論 で公海の自由を主張 三十年戦争に際し 戦争と平和の法 で自然法に基づく国際法 ホッブズ イギリス リヴァイアサン で自然状態を 万人の万人に対する闘争 と規定 自然権をもった国民の社会契約によって国家成立 自然権を依託した国家に従う ピューリタン革命の混乱を避け亡命 ロック イギリス 社会契約説に抵抗権 革命権 を導入 アメリカ独立宣言に影響 市民政府二論 で名誉革命を正当化し 名誉革命の哲学者 109

凱旋門と政治 2005 01センター本試験B 1C 08 凱旋門について述べた次の文章 ア と イ に入れる人の名の組合わせとして正しいものを 次の① ④のうちから 一つ選べ 凱旋門は ローマ市内に今も残る4世紀の ア 帝のものが有名だが 近代にも国威発揚のため ヨーロッパ各地で建造 された 例えばベルリンのブランデンブルク門は オーストリア継承戦争を戦った国王 イ の死後に建設され 強国プロ イセンを誇示する代表的な建造物となった ①ア ユスティニアヌス イ フリードリヒ2世 ②ア ユスティニアヌス イ ヴィルヘルム2世 ③ア コンスタンティヌス イ フリードリヒ2世 ④ア コンスタンティヌス イ ヴィルヘルム2世 正解は③ ユスティニアヌス帝は6世紀 ヴィルヘルム2世は第一次世界大戦時のドイツ皇帝 中世ベーメンの歴史 2006 01センター本試験B 3C 07 16 17世紀の東ヨーロッパで起こった出来事について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ベーメン ボヘミア の新教徒が ハプスブルク家に対して反乱を起こした ② 神聖ローマ帝国が崩壊し ドイツ連邦が成立した ③ ポーランドでは ステンカ=ラージンの農民反乱が起こった ④ ミハイル=ロマノフが コシューシコ コシチューシコ の義勇軍を鎮圧した 正解は① 1618年のこの反乱が 三十年戦争の始まりとなった ② 神聖ローマ帝国の崩壊は1806年 ドイツ連邦はウィーン議定書で1815年に成立なので誤り ③ ポーランドがロシアの誤り ④ コシューシコはエカチェリーナ2世が主導した 18世紀末の第2回ポーランド分割に反対 チェック人 西スラヴ系でベーメン ボヘミア メーレン モラヴィア 地域に居住 モラヴィア王国 9世紀に成立 キュリロス兄弟の布教もカトリック受容 マジャール人に滅亡 ベーメン王国 10世紀に成立 都プラハで11世紀に神聖ローマ帝国に編入 選帝侯の一 カレル1世 位1346-78 ベーメン王兼神聖ローマ皇帝 カール4世 でプラハ大学を創設 15世紀初にプラハ大学でフスの改革運動 フス処刑でフス戦争 ハプスブルク朝 1526年ベーメン王を兼ねたハンガリー王がモハーチの戦いでオスマン帝国に敗死 カール5世の弟フェルディナントが王位継承 オーストリアハプスブルク帝国の一部に ベーメン反乱 1618年フェルディナント2世の旧教政策に新教派反乱し 三十年戦争勃発 110

オランダの交易 2006 01センター本試験B 2C 09 17世紀のヨーロッパ諸国の海外への進出について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① オランダは バタヴィアに根拠地を築いた ② エンリケ航海王子は 西アフリカ沿岸に置ける探検を推進した ③ スペインは ケベックを中心にカナダ植民地を建設した ④ ロシアは アラスカを領有した 正解は① 17世紀にオランダは東南アジアの香辛料貿易に進出しバタヴィアを拠点とした ② 時期が誤り エンリケ航海王子は15世紀 ③ スペインがフランスの誤り ④ 時期が誤り ロシアがアラスカを領有するのは 18世紀になってから バルト海貿易 造船業発展し 15世紀よりバルト海直航ルートを拓きハンザ同盟の繁栄奪う 東欧の穀物 グーツヘルシャフトで生産 や木材を輸入 アジア貿易 東インド会社設立 1602 し ポルトガルの利益を奪う 最初の本格的株式会社 ジャワ島のバタヴィアに拠点 1619 ポルトガルよりマラッカ スリランカを奪取 アンボイナ事件 1623 でモルッカ諸島 丁字の産地 よりイギリスを排除 イギリスはインド進出へ ケープ植民地 オランダ東インド会社が 1652年に補給基地を建設 後のケープタウン 台湾占領 日中中継貿易に参入 江戸幕府の鎖国政策で対日貿易独占 長崎の出島に拠点 台湾は1661年鄭成功に奪われる 反清反抗の拠点に 1683年清朝支配 新大陸貿易 西インド会社設立 新大陸への黒人奴隷輸出もおこなう ニューネザーランド ニューネーデルラント 植民地 中心都市はニューアムステルダム 後にイギリスに奪われ ニューヨークと改名 七年戦争 2010 01センター本試験B 3C 09 七年戦争について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① この戦争の結果 カナダはデンマーク領となった ② オーストリアは フランスと同盟した ③ パリ条約によって スイスは永世中立国となった ④ アウステルリッツの戦いで ロシアが敗れた 正解は② オーストリアとフランスの同盟を 外交革命と呼ぶ ①フランス領のカナダは イギリスへ割譲された ③スイスが永世中立国となったのは ウィーン議定書 ④アウステルリッツの戦いは ナポレオン戦争中の出来事 七年戦争 1756-1763) シュレジエンの奪還を目指すマリア=テレジアの対普復讐戦争 オーストリアはロシアと同盟 従来の宿敵フランスとも 外交革命で同盟 イギリスのみプロイセン支援 新大陸でフレンチ=インディアン戦争,インドでプラッシーの戦い 戦争の終盤にロシアがプロイセン側に転換し 終戦 フベルトゥスブルク条約 七年戦争の講和条約でプロイセンのシュレジエン領有を確認 パリ条約 1763 フレンチ=インディアン戦争のイギリス フランス スペインの講和条約 イギリスがケベックを含むカナダ ミシシッピ以東ルイジアナをフランスより獲得 フランスはスペインにミシシッピ以西ルイジアナを割譲し新大陸の植民地消滅 アフリカではフランスはセネガルをイギリスに割譲 プラッシーの戦い 1757 東インド会社のクライブがフランスとベンガル太守連合軍に勝利 ベンガル地方の一部の徴税権を獲得し インド支配の一歩 111

コーヒーの世界史 2006 01センター本試験B 4C 07 18世紀のロンドンのコーヒーハウスについて述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 参政権を得た女性たちが集い 議論する場となった ② カルヴァンら思想家が意見を交わし イギリス世論を形成する場となった ③ 新聞が備えられ 情報交換の場となった ④ 農奴解放を求める農民が集まり ワット=タイラーの乱に発展した 正解は③ ① イギリスの女性の参政権は 第一次世界大戦中の1918年から ② カルヴァンは フランス出身でジュネーヴで宗教改革を行った16世紀の人物 ④ ワット=タイラーの乱は 百年戦争中の14世紀の出来事 原産地はエチオピアでアラビア半島でスーフィーが修行用に使用 オスマン帝国に普及 カフェの誕生 ヨーロッパに伝播 アラビア半島のモカが積み出し港 フランスはフランス領サンドマング ハイチ でサトウキビとともに栽培 フランスのカフェは 社交場となり フランス革命の言論の場となる ハイチでは革命の影響を受け トゥサン=ルーヴェルチュールの黒人独立運動 イギリスでは17世紀前半にコーヒーハウスがロンドンに出現 新聞雑誌が置かれ 言論と文化の中心となって文芸やジャーナリズム発展 18世紀にかけて繁栄し イギリスの中上流階級の社交場 世論形成の場となる オランダは17世紀末にジャワ島でコーヒー栽培に成功 1830年のジャワ島でファン デン ボス総督実施の強制栽培制度でも重要な商品作物 ロシアの君主 2008 01センター本試験B 1C 07 次の文章中の空欄 ⑦ に入れる人の名として正しいものを 下の① ④のうちから一つ選べ ロシアは 15世紀に ⑦ の治世下でモンゴルの支配から脱すると 急速に領土を拡大した 特に目立つのが東方への 拡大であった 16世紀にシベリアに進出したロシアは 17世紀前半にはユーラシアの東端に達した ① ② ③ ④ ニコライ2世 イヴァン3世 イヴァン4世 ミハイル=ロマノフ 正解は② イヴァン3世は キプチャク=ハンの支配から1480年に自立 ツァーリを自称した ①ニコライ2世は ロシアの最後の皇帝 ③イヴァン4世は ツァーリを公称とした皇帝 皇帝権力を強化し 雷帝と称された ④ミハイル=ロマノフは 17世紀の前半にロマノフ朝の開祖となった皇帝 イヴァン3世 モスクワ大公 1480年モンゴルより自立 ビザンツ帝国皇帝の姪と結婚しツァーリ自称 イヴァン4世 ツァーリを公式称号 位1533 84 貴族勢力を抑圧し雷帝 イェルマークによるシベリア進出の開始 ヴォルガ流域にも進出 ミハイル=ロマノフ ロマノフ朝の開祖 位1613 45 農奴制の強化 ステンカ=ラージンの乱 1670 71 コサックの首領による大農民反乱 ピョートル1世 位1682 1725 康煕帝の清朝とネルチンスク条約で国境 西欧化政策 スウェーデンとの北方戦争で勝利し バルト海進出 新都ペテルスブルク建設 ベーリングをカムチャッカ探検に派遣 ピョートル死後 アラスカの発見 エカチェリーナ2世 位1762 1796 啓蒙専制君主もプガチョフの反乱で反動化 ポーランド分割の中心 ラクスマンの根室派遣 オスマン帝国圧迫し黒海進出 112

各国の農奴解放 2001 01センター本試験B 4B 04 中 東欧の農民について述べた文として下線部の正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① オーストリアでは フリードリヒ2世の下で農民解放が目指された ② プロイセンの農民解放は 三十年戦争が続くなかで行われた ③ 14世紀に合同して王国を形成していたポーランドとリトアニアでは 農民の土地への緊縛が進んだ ④ ポーランド分割に反対したグスタフ=アドルフは 農民の解放を宣言した 正解は③ リトアニア大公ヤゲウォとポーランド女王の婚姻により ヤゲウォ朝が成立した ①フリードリヒ2世ではなくヨーゼフ2世 フリードリヒ2世はプロイセンの啓蒙専制君主 ②三十年戦争ではなくナポレオン戦争 ④グスタフ=アドルフではなく コシューシコ グスタフ=アドルフは三十年戦争に新教側で参戦したスウェーデンの国王 仏 国民議会の封建的特権廃止で身分解放 国民公会の封建地代の無償廃止で土地所有 墺 啓蒙専制君主のヨーゼフ2世が農奴解放の試み 領主層の反対で不完全に終わる 普 ナポレオン戦争 シュタイン ハルデンベルク改革で農奴解放 露 クリミア戦争敗北 アレクサンドル2世の農奴解放令 1861 ミール 農村共同体 の土地管理 ミール基盤の社会主義目標にナロードニキ運動 17 18世紀の文学 2010 01センター本試験B 1C 07 デフォーの事蹟について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 夜警 で市民の姿を描いた ② 失楽園を著した ③ 万有引力の法則を発見した ④ ロビンソン=クルーソー を著した 正解は④ デフォーは17世紀後半から18世紀初期に活躍したイギリスの作家 ジャーナリスト ① 夜警 は17世紀オランダの画家レンブラントの作品 ② 失楽園 は17世紀イギリスのミルトンによるピューリタン文学 ③万有引力の発見は 17世紀イギリスのニュートン フランス古典主義文学 ギリシア ローマの詩劇を範 ルイ14世時代 コルネイユ ル シッド 悲劇作家 ラシーヌ フェードル 悲劇作家 モリエール タルチェフ 守銭奴 人間ぎらい 喜劇作家で社会風刺 イギリス市民文学 市民革命と市民階級の成立背景 ミルトン 失楽園 17世紀ピューリタン文学 共和国書記で革命擁護 王政復古後執筆 バンヤン 天路歴程 17世紀ピューリタン文学 革命軍兵士から復古後聖職者 デフォー ロビンソン クルーソー 18世紀 市民階級の価値観肯定 スウィフト ガリバー旅行記 18世紀 徹底的な社会批判 人間批判 113

ヨーロッパの医学 2004 01センター本試験B 3A 04 ヨーロッパの医学や治療について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① イスラム世界のイブン=サウードの医学書は 中世ヨーロッパでも重用された ② 中世イタリアのサレルノ大学は 医学で有名となった ③ ラヴォワジエは種痘法を発明し 予防接種という方法を開発した ④ リンネは血液の循環を立証し 生理学の発展に貢献した 正解は② ①イブン=サウードがイブン=シーナーの誤り ③ラヴォワジエがジェンナーの誤り ラヴォワジエは18世紀フランスで質量保存の法則 ④リンネがハーヴェーの誤り リンネは18世紀スウェーデンで植物分類学 古代の医学 ヒッポクラテス 前5 4C ギリシア 病因を追求し 医学の父 ガレノス(2C) ギリシア人医師 解剖学 マルクス=アウレリウス アントニヌス帝の侍医 中世の医学 イブン=シーナー アヴィケンナ 11C イランの哲学者 医学者 医学典範 が西欧に紹介 サレルノ大学 12Cイスラムの影響を受け南イタリアに成立 医学有名 近世の医学 ハーヴェー 17C英 血液の循環を立証し ガレノスの体液説を否定 全ての生命は卵から ジェンナー 18C英 種痘法を発明し 予防接種を開発 近代の医学 コッホ 19C英独 細菌学に貢献 結核菌 コレラ菌の発見 パストゥール 19C仏 低温殺菌法 ワイン 乳製品の長期保存を可能に 狂犬病予防 現代の医学 ペニシリンの発見と抽出 抗生物質による治療普及し 流行病を激減 イギリス経験論 2001 01センター本試験B 3A 02 カントの思想的系譜に関連して述べた文ア エのうちで正しいものの組合せを 下の① ⑥のうちから一つ選べ ア フランシス=ベーコンは 事実の観察から一般法則を導く経験論 帰納法 を説いた イ デカルトは 数学的に真理を探究する合理論 演繹法 を確立した ウ スピノザは 大陸合理論を否定した エ イギリス経験論は ヒュームに始まり ロックによって大成された ①ァ イ ②ア ウ ③ア エ ④イ ウ ⑤イ エ ⑥ウ エ 正解は① ウ スピノザは大陸合理論で汎神論を説いた人物 エ イギリス経験論はフランシス=ベーコンに始まり 懐疑論を説いたヒュームに至る 13世紀のロジャー ベーコン以来の実験 経験重視の伝統を持つイギリスで発展 帰納法を重視 フランシス ベーコン 新オルガヌム で帰納法の重要性を主張 ホッブス 社会契約説の提唱者 哲学では唯物論を主張 ロック ホッブスの社会契約説と唯物論を発展 認識の源泉を感覚と経験とする経験論哲学 ヒューム 人性論 で懐疑論を展開 精神の実在を疑い 心を感覚の束とする 114

世界の哲学者 2001 01センター本試験B 3A 04 a孔子 bカント cソクラテス dブッダの4人の人物とその思想について述べた文ア エの組合せとして正しいものを 下の ① ④のうちから一つ選べ ア 普遍的真理の存在を説き 知徳合一を市民としての生き方と考えた イ 正しい道を行えば 生病老死の苦しみから解脱することができると考えた ウ 家族道徳の実践を重視して 社会秩序の基礎に据えた エ 人間の認識能力に根本的な反省を加え 批判哲学を確立した ①a イ b ア c エ d ウ ②a イ b エ c ア d ウ ③a ウ b エ c ア d イ ④a ウ b ア c エ d イ 正解は③ 115

12 西欧諸国の海外進出と環大西洋革 15-17世紀の東南アジア 2010 01センター本試験B 3A 02 15 17世紀の東南アジアの状況について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① モルッカ マルク 諸島では アンボイナ アンボン 事件が起こった ② マラッカは フランスによって占領された ③ スマトラ島で交流したアチェ王国は 仏教国であった ④ トゥングー タウングー 朝が ヴェトナムを統一した 正解は① オランダ商館員がイギリス商館員を虐殺するアンボイナ事件が1623年に起こった ②1511年にマラッカを占領したのはフランスではなくポルトガル ③アチェ王国は 仏教国ではなくイスラーム教国 この時期諸島部のイスラーム化が進んだ ④ヴェトナムではなく ビルマ ビルマ地域 16世紀にトゥングー朝が統一を回復 タイのアユタヤ朝と抗争 タイ地域 14世紀に成立したアユタヤ朝が 15世紀にスコータイも併合 交易に進出し繁栄 ヴェトナム地域 15世紀に黎朝が明より独立回復 16世紀にチャンパーを統合 17世紀臣下によって南北分裂 南に阮氏の広南国 鄭氏 1592 1786 16世紀黎朝に一時代わった莫朝を打倒し 黎朝を復興 実権を掌握 阮氏 1555 1777 中南部を支配し 鄭氏と抗争 広南国として日本やオランダと交易 中心地はフエ フェイホ ホイアン に日本人町 南進策でメコン河流域の開発開始 マレー半島 14世紀末マラッカ王国成立 明に朝貢し鄭和に基地提供 イスラーム教に改宗し インド洋と南シナ海の結節点 1511年ポルトガルに滅 諸島部 16世紀ジャワ島でマジャパヒト王国衰退しイスラーム教が普及 ジャワ東部にマタラム 西部にバンテン スマトラ島北部にアチェ 大航海時代で香辛料を求め モルッカ諸島に西欧勢力進出 スペインはフィリピンを領有し 1571年マニラ建設 太平洋横断のガレオン貿易展開 オランダはジャワ島のバタヴィアに拠点 17世紀にはポルトガルからマラッカを奪う 1623年アンボイナ事件でオランダ商館員がイギリス商館員を襲い虐殺 イギリス東インド会社は東南アジアから一時撤退し インドに注力 116

探検家の歴史 2007 01センター本試験B 1A 02 旅行や航海について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① コロンブスは スペインのイサベル女王の後援を受け カリカットに到達した ② クックは ポルトガルのジョアン2世の後援を受け 太平洋の島々を探検した ③ カブラルがブラジルに漂着し そこをポルトガル領とした ④ リヴィングストンは アフリカ内陸部を探検し アクスム王国を訪れた 正解は③ カブラルは トルデシリャス条約に基づき ブラジルをボルトガル領とした ①カリカットが誤り カリカットは ヴァスコ=ダ=ガマが到達したインドの港市 ②クックは 18世紀のイギリスの探検家 ④アクスム王国は 前2世紀から7世紀に存在したエチオピアの最初の王国なので誤り 北西航路探査 北米北岸回りの最短距離でのアジア航路の模索 極地探検へ カボット父子 ジェノバ出身でイギリスのヘンリ7世 父 8世 子 下 北アメリカ探検 ベーリング デンマーク人のロシア海軍士官で ベーリング海峡発見 アラスカ探検 クック イギリスの大探検家 第三次航海で北西航路を探査もベーリング海の氷山に阻止 アムンゼン ノルウェーの探検家 1905年最初の北西航路通過 1911年最初の南極点到達 太平洋探査 18世紀に科学的探検の時代到来 ドレーク 16世紀後半 イギリス私拿捕船船長 二番目の世界周航 アルマダ海戦で活躍 タスマン オランダの探検家 17世紀にニュージーランド フィジー タスマニア発見 クック 18世紀イギリスの大探検家 ハワイ発見 オーストラリア ニュージーランド探検 オーストラリア ニュージーランドのイギリス領有のもと ハワイで先住民に殺害 内陸探査 19 20世紀にアフリカ内部や中央アジアなど空白地域の探検 列強の進出の背景に アフリカ 19世紀以前は砂金や黒人奴隷の取引所のみ知られる リヴィングストン イギリスの宣教師 探検家 ヴィクトリア瀑布発見 ナイル水源を探検 スタンレー アメリカのジャーナリスト リヴィングストン救援で名声 探検家に転向 ベルギー王レオポルト2世のためコンゴ探検 コンゴ自由国の形成 中央アジア 東トルキスタンとチベットへの地理学 仏教学などの関心 リヒトホーフェン ドイツの地理学者 シルク ロード命名 へディン スウェーデンの探検家 地理学者で楼蘭遺跡発見 117

近世の南アジアのヨーロッパ拠点都市 2004 01センター本試験B 4C 09 インドのカルカッタ コルカタ 近くにフランスが獲得した植民地の名として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選 べ ① マドラス ② デリー ③ パータリプトラ ④ シャンデルナゴル 正解は④ ①マドラスは インド東南部のイギリスの拠点 ②デリーは デリー=スルタン朝とムガル帝国期のインドの首都 ③パータリプトラは 古代のマガダ国 マウルヤ朝 グプタ朝 の首都 ボンベイ イギリスのインド三大拠点の一 インド西海岸に所在 ゴア ボンベイ南方のポルトガルのインド拠点 1510年に占領 カリカット インド西岸南部の交易都市で 1498年ヴァスコ=ダ=ガマが到来 マドラス イギリスのインド三大拠点の一 インド東岸南部でポンディシェリの北方 ポンディシェリ フランスのインド東岸南部の拠点都市 カーナティック戦争でイギリスと抗争 シャンデルナゴル ベンガル地方のフランスの拠点都市 カルカッタ北方 カルカッタ イギリスのインド三大拠点の一 ベンガル地方に所在 マラッカ マレー半島 1511年ポルトガル 1641年オランダ 1824年イギリス領 海峡植民地の一 バタヴィア ジャワ島西部 1619年オランダ東インド会社の拠点 現ジャカルタ マニラ ルソン島 1571年スペインがフィリピン支配の拠点 ガレオン貿易でメキシコ銀流入 118

近世の東南アジアとヨーロッパ勢力の進出 2001 01センター本試験B 4C 07 ヨーロッパ勢力は香辛料を求めて 16世紀の初めから東南アジアの交易に武力で参入した このことに関連して 16 17世 紀の東南アジアについて述べた文として正しいものを 次の① ⑥のうちから一つ選べ ① オランダは ヨーロッパ諸国の中では最も早く東南アジアに進出した ② フランスは アンボイナ事件でマルク モルッカ 諸島から締めだされた ③ イギリスは マラッカを占領した ④ スペインは マニラをアジア貿易の拠点とした 正解は④ マニラを拠点に新大陸のメキシコ銀と中国の絹 陶磁器等を交換するガレオン貿易実施 ①オランダが誤り ヨーロッパ諸国で最初に東南アジアに進出したのはポルトガル ②フランスが誤り アンボイナ事件でオランダに締めだされたのはイギリス ③イギリスが誤り 1511年にマラッカを占領下のはポルトガル ビルマ地域 トゥングー朝 1531-1752 イラワディ川流域を支配 ベンガル湾交易で繁栄 タイのアユタヤ朝と抗争 モン人の反乱で滅亡 タイ アユタヤ朝 1351-1767 アンコール朝の領土を奪い スコータイ朝を吸収 チャオプラヤー川を拠点に南シナ海とベンガル湾を結ぶ港市国家で 鹿皮や米を輸出 16 17Cの商業の時代に西欧諸国や日本と交易し 日本人町も建設 山田長政伝説 ヴェトナム地域 15世紀に黎朝が明より独立回復 16世紀にチャンパーを統合 鄭氏 1592 1786 16世紀黎朝に一時代わった莫朝を打倒し 黎朝を復興 実権を掌握 阮氏 1555 1777 中南部を支配し 鄭氏と抗争 広南国として日本やオランダと交易 中心地はフエ フェイホ ホイアン に日本人町 南進策でメコン河流域の開発開始 マレー半島 14世紀末マラッカ王国成立 明に朝貢し鄭和に基地提供 イスラーム教に改宗し インド洋と南シナ海の結節点 1511年ポルトガルに滅 諸島部 16世紀ジャワ島でマジャパヒト王国衰退しイスラーム教が普及 ジャワ東部にマタラム 西部にバンテン スマトラ島北部にアチェ 大航海時代で香辛料を求め マルク モルッカ 諸島に西欧勢力進出 スペインはフィリピンを領有し 1571年マニラ建設 太平洋横断のガレオン貿易展開 オランダはジャワ島のバタヴィアに拠点 17世紀にはポルトガルからマラッカを奪う 1623年アンボイナ事件でオランダ商館員がイギリス商館員を襲い虐殺 イギリス東インド会社は東南アジアから一時撤退し インドに注力 奴隷制 2001 01センター本試験B 4A 02 奴隷について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① ② ③ ④ デリーを首都とした最初のイスラム王朝は 奴隷王朝と呼ばれた 前1世紀のイタリアで起こった奴隷の大反乱を指導したのは スパルタクスであった 民主政が完成したアテネでは 奴隷制が廃止された 中南米のスペイン植民地では 黒人奴隷が導入された 正解は③ アテネの民主政を支えたアテネ市民の生活は 奴隷の労働力の上に成り立っていた 119

アメリカ独立革命 2007 01センター本試験B 3B 05 アメリカ独立革命について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① トマス=ペインが コモン=センス を発表した ② ジェファソンが13植民地の軍の総司令官に任命された ③ 武装中立同盟にイギリスが参加した ④ ヨークタウンの戦いでイギリス軍が勝利した 正解は① 独立に向けて世論を盛り上げた ②ジェファソンが誤り 総司令官はワシントン ジェファソンは独立宣言の起草の中心 ③武装中立同盟は イギリスと戦うアメリカ支援のため ロシアのエカチェリーナ2世が提唱 ④ヨークタウンの戦いで イギリス軍はフランスと植民地の連合軍に敗北した イギリス重商主義との対立 フレンチ=インディアン戦争後対立激化 1765 印紙法 植民地の出版物に印紙貼付を義務化 代表無くして課税無し の反対で撤廃 1773 茶法 東インド会社に免税茶の販売権 1773 ボストン茶会事件 茶法に反対しボストンの急進派市民が東インド会社の船を襲う 1774 第一回大陸会議 フィラデルフィア で開催 通商断絶同盟 不買運動 独立戦争 1775 レキシントンの戦い 独立戦争勃発 総司令官にワシントン 1776 コモンセンス発刊 トマス=ペイン著 独立へ世論を盛り上げ 1776 独立宣言発布 トマス=ジェファソン 起草 ロックの影響で抵抗権 駐仏大使フランクリン活躍し フランスの参戦を促す cf.啓蒙思想の影響でラファイエットやコシューシコが義勇兵として参加 1780 武装中立同盟 エカチェリーナ2世提唱し イギリスの海上封鎖に対抗 1781 ヨークタウンの戦い 米 仏連合軍勝利し戦況決定 1783 パリ条約 完全独立 ミシシッピ川以東ルイジアナを英より獲得 120

合衆国の領土拡大 2006 01センター本試験B 4B 06 18世紀後半の北アメリカ植民地およびアメリカ合衆国について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選 べ ① ホームステッド法によって 西部開拓が進展した ② イギリスはアメリカ合衆国の独立を認め ミシシッピ川以西の領地を割譲した ③ アメリカ合衆国憲法は 三権分立の考え方や連邦主義を採用した ④ アメリカ合衆国は 対仏大同盟を主導した 正解は③ ①ホームステッド法は 南北戦争中なので19世紀 18世紀ではない ②ミシシッピ川以西が誤り ミシシッピ川以東 ④アメリカ合衆国はフランス革命に対し中立政策を取った パリ条約(1763) フレンチ=インディアン戦争の条約でミシシッピ以東ルイジアナ獲得 国王の宣言(1763) イギリス王ジョージ3世が植民地人の西武進出を禁止 独立戦争の要因 平和的に購入 1783年のパリ条約で独立時の領土は13植民地とミシシッピ以東ルイジアナ ルイジアナ 1803年ジェファソン大統領時にフランスのナポレオン 統領政府 より買収 フロリダ 1819年モンロー大統領時にスペインより買収 インディアン強制移住法(1830) 土地を奪い ミシシッピ以西の居留地へ ジャクソン大統領 マニフェスト=デスティニー 明白な天命 ポーク大統領の拡大政策を正当化 テキサス 1836年アメリカ系移民がメキシコに反乱し 独立宣言 45年併合 カリフォルニア 1848年米墨戦争 46 48 の勝利でニューメキシコと共に獲得 金鉱発見されゴールドラッシュ オレゴン 1846年イギリスとのオレゴン協定で北緯49度をカナダとの国境とし 領土争い決着 アラスカ カナダ連邦形成に対抗し 1867年ロシアから買収 金鉱発見 憲法制定会議 2002 01センター本試験B 3B 04 次の文章の空欄 に入れる都市名として正しいものを 以下の① ④のうちから一つ選べ アメリカ合衆国憲法は 1787年に で開催された憲法制定会議で作成され 翌年に発効した ① ボストン ② ニューヨーク ③ フィラデルフィア ④ ヨークタウン 正解は③ フィラデルフィアは 独立戦争中の大陸会議の開催地でもあった 121

合衆国の建国 2005 01センター本試験B 1A 01 1890年代初めに開催されたアメリカ合衆国のシカゴ万博は ある歴史上の出来事の400周年を記念して計画されたもので ある その出来事について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① コロンブスが 西インド諸島に到達した ② イギリスが 北アメリカで最初の植民地を建設した ③ 北アメリカの13の植民地が イギリスからの独立を宣言した ④ アメリカ合衆国憲法が制定された 正解は① 1890年代初めの400年前なので 1490年代初めとなる コロンブスの到達は1492年 ②最初の植民地はヴァージニアで 16世紀末エリザベス女王の時に建設が試みられ 恒常的植民地としては17世紀初めジェームズ1 世の時となる ③④18世紀後半の出来事である 独立直後は連合会議の無力で政治的経済的に混乱する危機の時代 中央政府の必要から憲法制定 憲法制定会議 1787 フィラデルフィアで開催 議長はワシントン 連邦派 ハミルトン中心に草案賛成 vs反連邦派 ジェファソン中心 が対立 連邦派 党 フェデラリスト 中央政府の強化主張 親英的 商工業重視 反連邦派 州の権限主張 親仏的 自営農重視 1794年リパブリカン党に発展 合衆国憲法 連邦主義で中央政府と州の二重政体 三権分立で 行政大統領 立法連邦議会 司法最高裁判所 ワシントン初代大統領 1789年就任し フランス革命に中立を宣言cf.1800年ワシントン市首都 連邦派 党 フェデラリスト 中央政府の強化主張 親英的 商工業重視 反連邦派 州の権限主張 親仏的 自営農重視 1794年リパブリカン党に発展 ブルボン朝の君主 2004 01センター本試験B 3A 03 ブルボン朝の時代における出来事について述べた文として最も適当なものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① アンリ4世の治世下に ボシュエは王権神授説を提唱した ② ルイ15世の治世下では啓蒙思想が盛んとなり パスカルなどの思想家が活躍した ③ 三部会はルイ13世の治世下に召集されて以来開かれなかったが ルイ16世によって召集された ④ 国民議会で指導的役割を果たしたミラボーは 王政の廃止を主張した 正解は③ ①アンリ4世がルイ14世の誤り ②パスカルは17世紀に活躍した哲学者 数学者で 18世紀の啓蒙思想家ではない ④ミラボーは立憲王政派であり 王政の廃止は主張していない アンリ4世 ユグノー戦争中即位しブルボン朝創始 ユグノーからカトリックに改宗 1598年ナントの王令で個人の信仰の自由承認 東インド会社の創設 ケベック開発 ルイ13世 1615年三部会停止 宰相リシュリューが三十年戦争介入 絶対王政強化 ルイ14世 幼年時の宰相マザラン 1648年ウェストファリア条約 フロンドの乱を鎮圧 親政期の財務総監コルベール 王立マニュファクチュア 東インド会社再建 ルイジアナ建設 ヴェルサイユ宮殿建設し太陽王も1685年ナントの勅令廃止でユグノーの国外流出 ルイ15世 オーストリア継承戦争 七年戦争に参加 財政の悪化 122

フランス革命の改革 2002 01センター本試験B 4B 05 フランス革命の時期にフランスで行われた改革について述べた文として誤っているものを 次の① ④のうちから一つ選 べ ① 国民議会は 身分制を廃止して 人間の権利における平等を宣言した ② 1791年の憲法で 制限選挙制が定められた ③ 1795年の憲法で 制限選挙制が復活した ④ 総裁政府下で 共和暦 革命暦 が制定された 正解は④ 共和暦は 総裁政府ではなく 国民公会で制定された 国民議会 憲法制定議会 憲法制定を目的 封建的特権の有償廃止 身分解放 人権宣言の発布 教会財産の国有化 ギルド制度の廃止 職人結社を禁じるル=シャプリエ法 度量衡の統一 商品取引の自由化などブルジョワの経済活動の自由を保障 立法議会 国民議会制定の1791年憲法で成立の立憲君主制 財産制限選挙 革命戦争の開始 義勇軍の募集 ラ マルセイエーズ が歌われ 後に国歌 国民公会 1792年男子普通選挙で成立の第一共和政 徴兵制の開始 実施日にヴァンデー県で王党派煽動の農民反乱 封建的特権無償廃止 小土地保有農 ジャコバン憲法 1793年憲法 制定 男子普通選挙規定も 実施されず 理性の崇拝と革命暦 キリスト教とキリスト教に基づく西暦の拒否 革命暦は1805年末に廃止 メートル法の採用 国際的な標準度量衡制定の決定は国民議会 総裁政府 国民公会制定の1795年憲法 共和国3年憲法 で成立 財産制限選挙 統領政府 1799年ブリュメール18日のクーデタで成立 フランス銀行の設立やナポレオン法典の編纂 123

フランス革命の政体変化 2007 01センター本試験B 3C 07 フランス革命の時期の議会や政府について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① 国民議会 憲法制定国民議会 は オーストリアに宣戦を布告し 戦争を開始した ② 立法議会は ブリュメール18日のクーデタによって倒された ③ 国民公会は 革命暦 共和暦 を制定した ④ 総裁政府は 国王を処刑し 共和政を宣言した 正解は③ ①革命戦争の開始は 国民議会ではなく立法議会 ②ブリュメール18日のクーデタで倒れたのは総裁政府 ④国王の処刑と共和政の宣言は国民公会 アンシャンレジーム 旧体制 第一身分 聖職者 第二身分 貴族 が特権身分 啓蒙思想の流行 財政難 重農主義者テュルゴーや銀行家ネッケルの改革失敗 三部会 1789年開催 アベ=シェイエス 第三身分とは何か テニスコートの誓いで国民議会 憲法制定議会 国民議会 憲法制定議会 成立直後にバスティーユ襲撃事件 封建的特権の有償廃止 人権宣言の発布 ヴェルサイユ行進で国王をパリに連行 立憲君主制改革 ヴァレンヌ逃亡事件 ミラボーの死きっかけに国王一家逃亡事件 国民の信頼失墜 立法議会 1791年憲法で成立の立憲君主制 右派フイヤン 立憲王政 左派ジロンド 穏健共和 革命戦争の開始 義勇軍の募集 ラ マルセイエーズ が歌われ 後に国家 八月十日事件 義勇兵とサンキュロットが王宮占領し 王権停止 ヴァルミーの戦い 国民公会招集直前にフランス義勇軍がプロイセン軍撃破 ゲーテの従軍 国民公会 1792年男子普通選挙で成立の第一共和政 国王ルイ16世処刑 第一回対仏大同盟 ジャコバン派 急進共和 の恐怖政治 徴兵制の施行 ヴァンデーで農民反乱 公安委員会に軍事と行政の権限集中 ロベスピエールの独裁 封建的特権無償廃止 小土地保有農の増加 テルミドールの反動 1794年ロベスピエールの逮捕と処刑 総裁政府 1795年憲法 共和国3年憲法 で成立 財産制限選挙 商人の組合 2010 01センター本試験B 1B 06 18世紀の時期の商業や手工業について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを 下の① ④のうちから一 つ選べ a 中国では公行という商人組合に外国貿易を管理させた b フランス革命でギルドが廃止された ① a 正 b 正 ② a 正 b 誤 ③ a 誤 b 正 ④ a 誤 b 誤 正解は①でともに正しい a18世紀に清の乾隆帝は 広州を欧米外交の唯一の交易港とし 公行に貿易を管理させた bフランス革命の国民議会で ギルドの廃止が行われている 124

啓蒙思想家 2007 01センター本試験B 3C 08 啓蒙思想家について述べた文として正しいものを 次の① ④のうちから一つ選べ ① モンテスキューは 法の精神 を著し 三権分立を説いた ② ルソーは モリエールとともに 百科全書 を編纂した ③ ラファイエットは 第三身分とは何か を著した ④ ケネーは 経済表 を著し 重商主義を唱えた 正解は① ② 百科全書 はディドロとダランベール ルソーはジャコバン派に影響を与えた思想家 モリエールは 社会風刺の喜劇作家 ③ 第三身分とは何か を著したのは アベ=シェイエス ラファイエットは 人権宣言の起草の中心 ④ケネーが唱えたのは 重商主義を批判した重農主義である 人間や自然に対する合理的 科学的認識による理性の力で人類の普遍的進歩を図る 絶対王政の矛盾とカトリック教会による思想統制を批判し 18世紀のフランスで開花 モンテスキュー 三権分立の必要を説く 法の精神 イギリスの立憲政治を賞賛し 三権分立を主張 ヴォルテール 特権階級 カトリック教会を批判し フリードリヒ2世と交流 哲学書簡 イギリスだより イギリスの制度を紹介 中国の科挙 朱子学も賛美 ルソー フランス革命に最も影響 自然に帰れ をモットーにロマン主義の先駆 人間不平等起源論 自由平等と主権在民を説く 社会契約論 直接民主制を主張 ディドロ 百科全書 編集の中心の文学者 エカチェリーナ2世と交流 ダランベール 百科全書 編集協力の数学者 総序文を執筆 125