本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

NIRS は安価かつ低侵襲に脳活動を測定することが可能な検査で 統合失調症の精神病症状との関連が示唆されてきました そこで NIRS で測定される脳活動が tdcs による統合失調症の症状変化を予測し得るという仮説を立てました そして治療介入の予測における NIRS の活用にもつながると考えられまし

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

論文の内容の要旨 日本人サンプルを用いた 15 番染色体長腕領域における 自閉症感性候補遺伝子の検討 指導教員 笠井清登教授 東京大学大学院医学系研究科 平成 13 年 4 月入学 医学博士課程 脳神経医学専攻 加藤千枝子 はじめに 自閉症は (1 ) 社会的な相互交渉の質的な障害 (2 ) コミュ

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子 THBS2 と MMP9 を発見 - 腰痛 坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 - 骨 関節の疾患の中で最も発症頻度が高く 生涯罹患率が 80% にも達する 椎間板ヘルニア

(1) ビフィズス菌および乳酸桿菌の菌数とうつ病リスク被験者の便を採取して ビフィズス菌と乳酸桿菌 ( ラクトバチルス ) の菌量を 16S rrna 遺伝子の逆転写定量的 PCR 法によって測定し比較しました 菌数の測定はそれぞれの検体が患者のものか健常者のものかについて測定者に知らされない状態で

論文の内容の要旨

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

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かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

す しかし 日本での検討はいまだに少なく 比較的小規模の参加者での検討や 個別の要因との関連を報告したものが殆どでした 本研究では うつ病患者と対照者を含む 1 万人以上の日本人を対象とした大規模ウェブ調査で うつ病と体格 メタボリック症候群 生活習慣の関連について総合的に検討しました 研究の内容

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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本研究は 日本医療研究開発機構 (AMED) 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト ( 平成 27 年度に文部科学省により移管 ) 臨床と基礎研究の連携強化による精神 神経疾患の克服 ( 融合脳 ) 科学研究費助成事業 新学術領域研究 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究

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統合失調症など精神障害者対象の認知機能リハビリテーションと個別型援助付き雇用プログラムの費用対効果が明らかに

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

SNPs( スニップス ) について 個人差に関係があると考えられている SNPs 遺伝子に保存されている情報は A( アデニン ) T( チミン ) C( シトシン ) G( グアニン ) という 4 つの物質の並びによってつくられています この並びは人類でほとんど同じですが 個人で異なる部分もあ

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報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

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サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

いることが推測されました そこで東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗特任研究員 三室仁美 准教授と千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋特任教授らの研究グループは 胃がんの発 症に深く関与しているピロリ菌の感染現象に着目し その過程で重要な役割を果たす mirna を同定し その機能を解明しました スナ

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研究の背景近年 睡眠 覚醒リズムの異常を訴える患者さんが増加しています 自分が望む時刻に寝つき 朝に起床することが困難であるため 学校や会社でも遅刻を繰り返し 欠席や休職などで引きこもりがちな生活になると さらに睡眠リズムが不規則になる悪循環に陥ります 不眠症とは異なり自分の寝やすい時間帯では良眠で

CiRA ニュースリリース News Release 2014 年 11 月 20 日京都大学 ips 細胞研究所 (CiRA) 京都大学細胞 物質システム統合拠点 (icems) 科学技術振興機構 (JST) ips 細胞を使った遺伝子修復に成功 デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復

発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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平成17年度研究報告

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2016 年 9 月 1 日 総務課広報係 TEL:042-341-2711 自閉症スペクトラムのリスク因子として アンチセンス RNA の発現調節が関わることを発見 国立研究開発法人国立精神 神経医療研究センター (NCNP 東京都小平市理事長 : 水澤英洋 ) 神経研究所 ( 所長 : 武田伸一 ) 疾病研究第六部井上 - 上野由紀子研究員 井上高良室長らの研究グループは 多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っているものの機能が不明であった DNA 配列を 独自の技術を用いて染色体に組込んだ遺伝子改変マウスを作製し その DNA 配列の中に脳神経系の発達に重要な遺伝子の調節活性があることを初めて明らかにしました これは 着目した DNA 配列の個人差が自閉症スペクトラムのリスク因子のひとつとなりうることを示す結果です この成果は 極めて複雑な自閉症スペクトラムの遺伝的原因の中でも特に 発症への影響が小さく 技術的にも検証が難しかったため研究が進んでいなかったリスク因子の機能を明らかにした点で非常に意義深いものです 2009 年に史上最多の自閉症スペクトラム患者を対象として行われた全ゲノム関連解析により 多くの患者が共通して持っている遺伝的多型 ( スニップ ) は遠く離れた二つの遺伝子の間にあることが見出され 2012 年にはそのゲノム領域からアンチセンス RNA が発現することが報告されていました 研究グループは 細菌人工染色体と呼ばれる遺伝子操作ツールをマウス受精卵へ注入する方法により この自閉症スペクトラムリスク領域をマウスの染色体へ組み込み RNA 発現の時期や場所を調節する活性 ( エンハンサー活性 ) を調べました それにより 脳の発生 発達に重要な時期に 患者で異常があることが度々報告されている脳部位 ( 大脳皮質 線条体 小脳 ) において そのリスク領域には RNA 発現をコントロールする活性があることを初めて見出しました エンハンサーの配列が変わってしまうと RNA 発現の時期や場所を正しくコントロール出来なくなるため 病気のリスクとなることが知られていますが 今回研究グループが着目した遺伝的多型もまさにその例の一つであり アンチセンス RNA の発現調節が自閉症スペクトラムのリスク因子となりうることが明らかになりました また スニップ情報は薬に対する反応性を予測するオーダーメイド医療において利用されるため この研究で着目した塩基配列の個人差がマーカースニップの一つとなることも期待されます この研究成果は 日本時間 2016 年 8 月 9 日に Nature Publishing の英国オンライン科学雑 誌 Scientific Reports( サイエンティフィック リポーツ誌 ) に掲載されました 1

www.nature.com/articles/srep31227 本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 24510280( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 24300130, 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-7 研究の背景自閉症スペクトラムは 社会的相互干渉の質的異常 コミュニケーションの質的異常 および興味の限局と反復行動を特徴とする発達障害のひとつです 研究グループでは この疾患に関わる遺伝子の発現調節について 細菌人工染色体を利用した独自の技術により解析を進めてきました 病気の原因となる遺伝子の異常は 大きく二つに分けられます ( 図 1-(1)) 一つの遺伝子の働きに異常が起こっただけで病気を発症する場合 ( 決定因子と呼ばれる ) と 複数の遺伝子の小さな異常が積み重なることによって病気を発症する場合 ( リスク因子と呼ばれる ) です 現在 自閉症スペクトラムの原因となる遺伝的変化を明らかにする研究が世界中で精力的に進められていますが これまでに見つかった原因遺伝子のほとんどが前者で 全患者のわずか 25% 程度しか説明することができず それ以外の多くの自閉症スペクトラム患者は複数の遺伝的リスク因子を持っていると考えられています 患者群と健常者群の塩基配列を比べることによって 病気の発症には小さな影響しか持たないが 多くの患者が共通して持っている塩基配列の違い ( スニップ : 図 1-(3)) をゲノム全体から見つけ出す方 2

法は 全ゲノム関連解析 と呼ばれています 2009 年に見つかった多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っているスニップは 遠く離れた二つの遺伝子の間に位置し 蛋白質のコード情報を持たない遺伝子砂漠のような場所にありました ( 図 2) 2012 年には このゲノム領域からアンチセンス RNA と呼ばれる長い RNA が発現していることが報告され 神経細胞の発達に影響を与える Moesin( モエシン ) という蛋白質の量を減らす可能性があることが示唆されていました しかしながら 脳の発生 発達に重要な時期にそのアンチセンス RNA が発現している証拠はつかめていませんでした 図 2 自閉症スペクトラム患者群が共通して持っているスニップを含むゲノム領域を対象とした研究方法と結果 研究の内容このゲノム領域の塩基配列の違いが自閉症スペクトラムのリスク因子となる理由をさらに詳しく調べるため 研究グループでは 細菌人工染色体と呼ばれる遺伝子操作ツールを使って マウスの染色体にヒトの自閉症スペクトラムリスク領域を組み込み RNA 発現に影響を与えている時期や場所を調べました ( 図 2) まず ヒトの自閉症スペクトラムのリスク領域をふくむ細菌人工染色体に RNA 発現をコントロールする活性があった場合にのみ組織を青色で可視化することができる標識を付け マウス受精卵へ注入して染色体に取り込ませました このマウスの脳を調べたところ 脳の発生 発達に重要な時期に 自閉症スペクトラムの患者で異常があることが度々報告されているような脳部位 ( 大脳皮質 線条体 小脳 ) において 青色標識が観察されました その一方で このリスク領域を含 3

まない隣接ゲノム領域に対応する細菌人工染色体で同様の実験を行っても 青色標識は全く観察されませんでした つまり 多くの自閉症スペクトラム患者が共通して持っている遺伝的多型を含むゲノム領域にのみ RNA 発現の時期と場所をコンロトールする活性があることがわかりました RNA を定量することによって それは神経細胞の発達に影響を与える Moesin という蛋白質の量を減らす可能性があることが報告されているアンチセンス RNA だという結果が得られました ( 図 3) さらに マウスやラットはヒトの自閉症スペクトラムのリスク因子となる塩基配列を持っておらず アンチセンス RNA はヒトを含む霊長類のみで発現していることも明らかにしました ( 図 3) この結果は 極めて複雑な自閉症スペクトラムの遺伝的原因の中でも特に 発症への影響が小さいため研究が進んでいないリスク因子の機能を明らかにした点で意義深いと言えます 図 3 アンチセンス RNA はヒトを含む霊長類のみで発現しており 神経細胞の発達に関与する Moesin 蛋白量に影響を与える可能性がある 研究の意義と今後の展開私たちのゲノム配列の中で 特定の働きを持つ蛋白質をコードする部分 ( 遺伝子 ) はわずか数 % だけで それ以外の配列のなかに遺伝子の発現をコントロールする配列 ( エンハンサー ) が含まれています ( 図 1-(2)) 遺伝子配列に変異が起こり 蛋白質の構造や機能が変わってしまうと病気の原因になりますが エンハンサーの配列が変わってしまう場合にも 蛋白質発現の時期や場所を正しくコントロール出来なくなり 病気の原因となることが知られています 今回 研究グループが着目した自閉症スペクトラムの遺伝的多型も まさにこの例のひとつであり この疾患の遺伝的原因が非常に複雑であることを再認識する結果となりました 現在 自閉症スペクトラム以外の疾患に関しても全ゲノム関連解析が盛んに行われ 数多くのリスク因子が見出されていますが それらのほとんどは蛋白質をコ 4

ードしないゲノム領域に含まれているため 今回のように細菌人工染色体を利用してヒトのゲノム配列をマウス染色体に組み込み 遺伝子発現への影響を調べる方法は今後も有用だと考えられます また 各人のスニップ情報を用いて予め薬の効きやすさや副作用を予測して投与量を決める方法はオーダーメイド医療と呼ばれており より効果的に安全な医療を提供するための研究が進められています 自閉症スペクトラムに関しても 現在オキシトシンなどの治療薬としての試験が進む中で 反応性を予測するスニップの研究が進められており この点から本研究で着目した塩基配列の個人差がマーカースニップとなる可能性も考えられます 用語解説 ゲノム生物にとって必要な遺伝情報の 1 セット 生殖細胞がもつ 1 組 ( ヒトでは 23 本 ) の染色体の DNA に含まれるすべての塩基配列情報 遺伝的多型同一種に属する生物であっても 個々のゲノムの塩基配列は多種多様であり 個体差がある 代表例として ひとつの塩基が別の塩基に置き換わっている 一塩基多型 (SNP; スニップ ) があり 病気にかかりやすさや薬の効きやすさと関連することがわかってきている ( 図 1-(3)) アンチセンス RNA 蛋白質に翻訳される RNA を mrna と呼び 特定の mrna 配列に相補的な配列を持つ RNA をアンチセンス RNA と呼んでいる アンチセンス RNA は mrna に直接結合して mrna を分解させたり逆に安定化したり あるいは間接的に mrna の転写量に影響を与えることによって その mrna から翻訳される蛋白質の量に影響を与えていると考えられている 全ゲノム関連解析ゲノム全体をほぼカバーするような 50 万個以上の一塩基多型 ( スニップ ) の遺伝子型を決定し 患者群と健常者群でスニップの頻度と疾患との関連を統計的に調べる方法 細菌人工染色体遺伝子操作に広く用いられるプラスミドベクターは およそ 10,000 塩基の DNA 配列しか運ぶことができないが 細菌人工染色体はその 10 20 倍もの長さの塩基配列を扱えるようにプラスミドベクターに工夫を施したものである 本研究では ヒトの塩基配列を持つ細菌人工染色体を利用して マウスの染色体にヒト配列を組み込み その活性を調べた エンハンサー遺伝子とは別の場所にあって ( 遺伝子から近い場合も遠い場合もある ) 遺伝子を発現させる時期や場所をコントロールしている塩基配列 その塩基配列に転写因子 ( 遺伝子発現を調節する蛋白質 ) が結合することによって 遺伝子発現がコントロールされる 原論文情報論文名 :Brain enhancer activities at the gene-poor 5p.14.1 Autism associated locus. Yukiko U. Inoue & Takayoshi Inoue 著者 :Yukiko U. Inoue & Takayoshi Inoue 5

掲載誌 :Scientific Reports, 6, 31227 DOI: 10.1038/srep31227 URL: www.nature.com/articles/srep31227 お問い合わせ先 研究に関するお問い合わせ 国立研究開発法人国立精神 神経医療研究センター神経研究所疾病研究第六部井上 - 上野由紀子 ( 研究員 ) 井上高良( 室長 ) TEL:042-341-2711 ( 代表 ) FAX: 042-342-7521 ( 代表 ) E-mail: 報道に関するお問い合わせ 国立研究開発法人国立精神 神経医療研究センター総務課広報係 TEL:042-341-2711( 代表 ) 本リリースは 厚生労働記者会 厚生日比谷クラブに配布しております 6