れぞれ長径 1 cm 弱の裂隙 (tear) が認められ その裂隙間において偽腔を形成する大動脈解離 ( スタンフォード B 型 ) を認めた 左鎖骨下動脈起始部から胸部大動脈にかけて血腫が著明であったが 破裂所見は肺内 縦隔内 腹腔内いずれにも認められなかった また偽腔内の血腫には器質化を認めなか

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2017 年 9 月 画像診断部 中央放射線科 造影剤投与マニュアル ver 2.0 本マニュアルは ESUR 造影剤ガイドライン version 9.0(ESUR: 欧州泌尿生殖器放射線学会 ) などを参照し 前マニュアルを改訂して作成した ( 前マニュアル作成 2014 年 3 月 今回の改訂

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3 病型別 初発再発別登録状況病型別の登録状況では 脳梗塞の診断が最も多く 2,524 件 (65.3%) 次いで脳内出血 868 件 (22.5%) くも膜下出血 275 件 (7.1%) であった 初発再発別の登録状況では 初発の診断が 2,476 件 (64.0%) 再発が 854 件 (22

死亡率(人口10 万対1950 '55 '60 '65 '70 '75 '80 '85 '90 ' 心血管系疾患 ( 動脈硬化による ) とがんが死亡の大 部分を占める 脳血管疾患 悪性新生物 結核 心疾患 )肺炎 50 不慮の事故自殺 0 肝疾患昭和

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Transcription:

事例 221 心臓カテーテル検査中に大動脈解離を合併して死亡した事例 キーワード : 心房中隔欠損症 心臓カテーテル検査 ガイドワイヤー 大動脈解離 肺うっ血水腫 インフォームドコンセント 1. 事例の概要 60 歳代女性心房中隔欠損症の患者 心臓カテーテル検査中 ( 左心系 ) に強い胸痛があり 造影 CT で下行大動脈以下の解離を確認したため 降圧治療へ移行 翌日 右胸部痛及び血圧低下し 降圧治療中止 2 日目 CT 上 上行大動脈への解離進展は認められないが 肺うっ血著明 血圧がさらに低下し 気管チューブから出血あり 同日心肺停止となった 2. 結論 1) 経過 (1) 外来受診から入院まで 35 歳頃心疾患を指摘されたが 症状なく経過観察となっていた 入院 2 カ月前に心房粗動を認め 近医受診した 心房粗動は薬物治療で洞調律に復帰したが 後日施行した心エコー検査で肺高血圧症を認め 精査のため当該病院へ紹介となった 当該病院で施行した心エコーでは右室拡大を伴う心房中隔欠損症を認め 治療適応と考え検査目的のため入院となった (2) 入院後入院 1 日目に経食道心エコー施行 最大径 26.3 mm の心房中隔欠損あり 高度の三尖弁閉鎖不全症あり 治療方法としてカテーテル治療より外科的治療が望ましいと判断し 術前の検査として心臓カテーテル検査を行うこととした 入院 2 日目 12:20 に心臓カテーテル検査室へ搬入 12:24 右橈骨動脈穿刺 右前腕での血管蛇行のためガイドワイヤーが進まず 右橈骨動脈穿刺を中止し右大腿動静脈穿刺へ変更 13:00 左心カテーテル検査開始 ガイドワイヤーが右総腸骨動脈から下行大動脈へ進まず この時点では 血管蛇行によるものと判断し検査を続行 13:04 ガイドワイヤーの向きを変えると ガイドワイヤーは第 10 胸椎付近の胸部下行大動脈まで進行し この段階で胸痛の訴えがあった ガイドワイヤーを進めた際に抵抗はなかったが 症状から大動脈解離の可能性を疑い ガイドワイヤーを抜去 造影 CT を行い 大動脈解離が生じていることを確認 夫に検査中に大動脈解離が生じたため検査を中止したことを状況説明した 入院 3 日目 降圧治療を継続し循環動態安定していたが 22:50 右胸痛出現し血圧低下が見られたため 鎮痛剤の投与と輸液を増量し血圧回復した 入院 4 日目 ( 死亡当日 ) 0:00 より収縮期血圧低下し 70 から 50 mmhg 心拍数も 40 回 / 分と徐脈が進行し輸液と昇圧剤使用するも 0:26 脈拍触知不能となり 心肺停止と判断し心肺蘇生開始 0:30 気管挿管し一旦は自己心拍再開し 人工呼吸器装着するも循環動態安定せず 2:12 に再度心肺停止となる 蘇生処置継続するが心拍は再開せず 4:08 に家族 ( 夫 長男 長女 ) の立会いのもとに死亡を確認 2) 解剖結果 (1) 病理学的診断 主病変 1 急性大動脈解離 ( スタンフォード B 型 : 左鎖骨下動脈起始部から右総腸骨動脈まで ) 2 両側びまん性肺うっ血水腫 ( びまん性肺胞内出血を伴う 肺重量 : 左 780 g 右 1000 g) 副病変 1 心房中隔欠損症 ( 二次孔欠損 ) 2 粥状硬化 ( 軽度 : 大動脈 左冠状動脈回旋枝 中等度 : 右総腸骨動脈 右冠状動脈 左冠状動脈前下行枝 ) 3 左内腸骨動脈瘤 4 右心室肥大 両心室拡張 ( 心重量 350 g) 5 尿細管混濁腫脹 6 腺腫様甲状腺腫 7 脂肪肝 ( 軽度 ) 8 諸臓器うっ血 ( 肝 脾 消化管 ) (2) 主要解剖所見 1 大動脈 : 右総腸骨動脈の内外分岐部に 1 カ所 胸部大動脈の左鎖骨下動脈起始部に 2 カ所 そ

れぞれ長径 1 cm 弱の裂隙 (tear) が認められ その裂隙間において偽腔を形成する大動脈解離 ( スタンフォード B 型 ) を認めた 左鎖骨下動脈起始部から胸部大動脈にかけて血腫が著明であったが 破裂所見は肺内 縦隔内 腹腔内いずれにも認められなかった また偽腔内の血腫には器質化を認めなかった 左鎖骨下動脈起始部と右総腸骨動脈の裂隙よりそれぞれの動脈の末梢への解離の波及は認めず 急性大動脈解離の状態としては安定していると考えられた 顕微鏡的に平滑筋の脱落や弾性線維の断裂や粘液貯留所見は認めず 嚢胞状中膜壊死など大動脈壁の脆弱性を示唆する所見は認められなかった 2 肺 : 両側肺はびまん性のうっ血水腫所見を呈し 肺胞内出血を伴っていた 肺 縦隔内に血腫形成は認められず 気管チューブからの血性液排出の原因は肺胞内出血を伴う うっ血水腫液の喀出であると考えられた 肺硝子膜形成は認められず びまん性肺胞障害を示唆する所見は得られなかった 肺動脈の内膜 中膜肥厚は認められず 肺高血圧症を示唆する所見も認められなかった 3 心臓 : 径 2 cm の心房中隔欠損症が認められ 左右心室は著明に拡大していた 心筋梗塞の所見は認めず 冠動脈の動脈硬化は軽度から中等度であった 刺激伝導系についても洞房結節 房室結節ともに同定可能で異常所見は認めなかった (3) 解剖学的考察顕著な両肺うっ血水腫をきたす循環不全が直接的な死因となったと推測されるが 形態学的検索においては循環不全と急性大動脈解離の因果関係は不明であった 3) 死因解剖結果から 本事例の直接死因に関与したと推測された著明な両肺うっ血水腫を生じた循環不全の発生機序について 特に大動脈解離発症との医学的関連性について 以下に考察する (1) 肺うっ血水腫の原因について後述するように 急性大動脈解離発症後の肺うっ血水腫の一般的な原因としては 急性大動脈弁閉鎖不全症によるものや 急性心筋梗塞の合併に伴う肺うっ血水腫が考えられるが 本事例では解剖の結果 いずれも認めなかった そこで 大動脈解離後に一般的に生じるとは考えにくい病態であっても 心房中隔欠損症を有する症例において肺うっ血水腫が生じうる病態の考察と それが本事例において生じた可能性を以下に検討した 1 右室梗塞が生じた可能性について入院 3 日目 23 時に記録された心電図について 記録時の判定では接合部調律で ST 変化はないとされているが 入院時に記録した心電図と比較すると V1 誘導単独で ST が上昇している このような心電図変化は 通常見られる冠動脈閉塞による心筋梗塞ではなく 右室圧が上昇することや右室枝が閉塞するなどのまれで特殊なかたちでの右室梗塞が生じた場合に生じる可能性がある また 入院 4 日目 ( 死亡当日 )0 時 43 分の血液検査で 心肺停止後ではあるが CK-MB や Troponin T が陽性になっていることから 比較的重篤な虚血性心筋障害が生じていた可能性がある 一方 解剖所見では右室梗塞を含め心筋梗塞を示唆する所見は認められなかったが このことは形態変化が表れない超早期の梗塞 あるいは可逆性の重篤な心筋虚血を否定するものではない 2 左室機能障害が生じた可能性について心収縮力を抑制する薬剤が複数種類投与されており そのために左室機能障害が生じた可能性を検討したが 薬剤の種類及び用法 用量は標準的であることから否定的である また 大動脈解離後に たこつぼ心筋症 ( ストレス心筋障害 ) を発症した可能性も検討したが 心電図所見より否定的である なお 入院前の心エコー検査では左室径が小さかったにも関わらず 解剖時には 右室のみならず左室拡大も認めた点については 心停止から死亡確認までに施行された輸液 輸血の影響による可能性が否定出来ない 3 急性呼吸促迫症候群が生じた可能性ついて心房中隔欠損症を有する事例で 左房圧が上昇しなくても肺うっ血水腫が生じる病態としては 急性呼吸促迫症候群が考えられる 急性呼吸促迫症候群では 低い肺静脈圧 ( 左房圧 ) でも肺出血を来す可能性があるが 肺の解剖所見では 急性呼吸促迫症候群を示唆する所見は認められなかった ただし まれではあるが 急速に病態が進行したため 解剖で観察できる所見が現れていない超早期の急性呼吸促迫症候群であった可能性は残る しかしながら 急性呼吸促迫症候群は 後述の全身炎症反応症候群 (SIRS) や播種性血管内凝固 (DIC) に合併して発生することが多い SIRS や DIC の合併を示唆する臨床ならびに解剖所見を認めない本事例では 急性呼吸促迫症候群の死因への関与は不明である

4 神経原性肺水腫が生じた可能性について神経原性肺水腫は 重症のくも膜下出血などの頭蓋内疾患に伴い 交感神経系の機能の著明な亢進により カテコラミンが大量に放出されて 血管透過性が亢進し 肺水腫を生じる病態である 本事例では 急変後に撮影した頭部 CT で 頭蓋内病変は認めておらず また急変を認める直前までカテコラミンが大量に放出されるような事象は生じておらず 更にはカテコラミンが放出されることによって現れる血圧や脈拍の上昇も認めていないことから 本事例で肺水腫が生じた病態として 神経原性肺水腫を考えることは否定的である 5 心房中隔欠損症存在下で輸液が肺うっ血水腫の原因となった可能性について本事例のように 出血を伴う肺うっ血水腫を生じるには 左房圧がおおよそ 20 mmhg を超える必要がある 心房中隔欠損症が存在する場合 左房圧と右房圧は等圧であり 中心静脈圧 ( 右房圧 ) も 20 mmhg 程になる必要がある 心房中隔欠損症では 通常欠損孔を閉鎖しない限り輸液の影響が直接左心系に影響することはない しかし右室拡張末期圧が上昇するような状態が生じた場合には右房圧が上昇するため 比較的大量の輸液によりさらに右房圧が そして左房圧が上昇して肺うっ血水腫の原因となった可能性は否定できない 以上 大動脈解離に一般的に生じうるとは考えにくい病態であっても 心房中隔欠損症を有する事例において肺うっ血水腫が生じうる複数の病態の可能性を検討したが 本事例では肺うっ血水腫を生じた病態を一元的に説明することは困難であった なお 心停止に至る直前迄 呼吸困難を示唆する症状はカルテに記載が無く, 経皮的酸素飽和度の明らかな低下も認められていないことから 肺うっ血水腫は心停止の直前に急速に発生したと考えられ 肺うっ血水腫を心停止発生前に診断することは極めて困難であったと考えられる しかし 急性大動脈解離の発症がない場合に 本事例において肺うっ血水腫が生じたとは考えにくいことから 急性大動脈解離と肺うっ血水腫との間には 推測が困難な何らかの一連の病態が存在したと考えられるが その詳細は不明である (2) 急性大動脈解離の発生機序と肺うっ血水腫との関係 1 大動脈解離が発生した機序について ( 図参照 ) 本事例で使用された 親水性のポリマーコーティングが施された J 型ガイドワイヤーが血管内から血管壁内に迷入することは稀である しかし本事例においては 解剖所見で大腿動脈の穿刺部位から約 16 cm のシース先端付近の血管壁には 他の部位の血管壁と比較してより高度な動脈硬化を認めていた シースの先端が 動脈硬化の部位に近接するか接触する様な状況で シースから出たガイドワイヤーの先端が 本来の J 型の形状になる前の シースの中で伸ばされた直線的な形状の段階で血管壁に接触し 血管壁内へ迷入し そのまま抵抗なくガイドワイヤーが進行し大動脈解離が発生した可能性が考えられる 2 急性大動脈解離と肺うっ血水腫を含めた死因との関係急性大動脈解離によって死亡にいたる病態は 広範な血管に病変が進展するために生じる そこで 広範な血管に生じる変化を (ⅰ) 拡張 (ⅱ) 破裂 (ⅲ) 狭窄または閉塞 に分け さらに 解離の生じている部位と (ⅰ)~(ⅲ) の組み合わせでとらえると理解しやすいことから そのような組み合わせが生じたか否か また そのことが死因となったか否かを検討した (ⅰ) の拡張については 上行大動脈に病変が存在するスタンフォード A 型大動脈解離の場合に 上行大動脈が拡張するとともに 大動脈弁閉鎖不全症を生じることから 急性左心不全を来し 死亡の原因となりうる 本事例は 大動脈解離による血管拡張は生じているが それが上行大動脈には及んでいないスタンフォード B 型大動脈解離であり また 解剖でも大動脈弁の異常は認めていない (ⅱ) の破裂については 大動脈解離による血管の破裂が生じると 心タンポナーデをきたしたり 胸腔内 腹腔内や他の部位への出血を生じたりして 出血性の循環不全を生じ 死因となりうる 本事例では 解剖の結果 大動脈解離による血管の破裂所見を認めていない (ⅲ) の狭窄または閉塞については 大動脈解離が広範な血管に進展することにより 分枝動脈の狭窄 閉塞が生じて循環障害をきたし そして心筋梗塞 脳虚血 腸管虚血 対麻痺 腎不全などをきたして 死因となりうる 本事例では 解剖の結果 それらの臓器障害を認めていない 次に 急性大動脈解離発症後には 頻度は低いが 解離の部位に関わらず DIC を発症する場合があり これは 破裂により大量出血を生じた場合や 偽腔内で大量の血栓が形成された場合に生じることが多い 本事例では DIC を発症した際に認められることが多い 腎臓の微小血栓を認めず その他 DIC を示唆する所見も認めていない さらに 同様に頻度は低いが 血管の炎症 凝固線溶系の活性化から全身の炎症 (SIRS) が引き起こされることもあり 死因となりうる その徴候の一つとして 発熱や肺における酸素化の低下を認める場合がある 本事例では 心肺停止に至るまで肺の酸素化を示す検査値には大きな異常はなかったことから 酸素化の機能は保たれていると考えられ SIRS を強く疑う臨床所見は認

めていない 以上より 本事例では 急性大動脈解離が肺うっ血水腫の直接の原因となったとは考えがたい 4) 医学的評価 (1) 心臓カテーテル検査の適応について本事例の診断は 心房粗動の既往がある心房中隔欠損症であった 心房中隔欠損症の診断や治療方法の決定に際しては 一般的に心臓カテーテル検査や経胸壁心エコー 経食道心エコー検査を行い 右室の拡大や肺体血流比 (Qp/Qs) が 1.5 以上であるなどの結果を認めれば 無症状であっても治療の適応となるとされている 本事例では 経胸壁心エコーで右室の拡大を認め 心臓カテーテル検査でも Qp/Qs=3.1 であり 治療適応を有する心房中隔欠損症であった 治療適応を有する心房中隔欠損症の全事例に対して心臓カテーテル検査を施行することは一般的であり 本事例のように 60 歳代という年齢は 冠動脈疾患を合併する可能性もあることから それを明らかにすることができる心臓カテーテル検査を実施したことは一般的であると考えられる (2) 検査前の説明 同意書について本事例では 心臓カテーテル検査の前日に検査の説明を行っている 同意書には 解離 という文言は記載されているが 大動脈解離が起こりうることを口頭で説明はしていなかったことは問題である また心臓カテーテル検査前日の説明では 患者 家族が説明書を読んだ上で 疑問点を質問するために必要な時間としては短かった可能性があることや 外来受診から入院までに一定の期間があったことを考えると 今後は 心臓カテーテル検査前の外来受診時などの機会に その時点でなしうる説明とともに説明 同意書を患者 家族に渡しておくことを検討する必要がある (3) 心臓カテーテル検査で使用した医療機器について本事例で使用した医療機器に関しては 通常の心臓カテーテル検査で使用されるものであることから 機器の選択は妥当であると考えられる 本事例で使用されたシースのサイズは 動脈に使用されたものが 4 Fr 16 cm 静脈に使用されたものが 10 Fr 25 cm である このうち静脈のシースに関しては 通常よりも大きなサイズである これは 心腔内超音波を使用して心房中隔欠損症の評価を行う目的があったことから それを行うために必要なサイズとして妥当と考えられる 大動脈解離が生じた際に使用していたガイドワイヤーは 親水性のポリマーコーティングが施されたものであり そのためガイドワイヤーが血液に濡れると血管壁を傷つけにくくなる性質を有している 但し いったん血管壁に迷入すると 滑りやすい特性のために抵抗無しに血管壁内を進んでしまうことがある また ガイドワイヤーには アングル型と J 型があり 今回は J 型のガイドワイヤーを使用している 先端が曲がっている J 型ガイドワイヤーは ガイドワイヤー単独で大動脈解離を生じる危険性は極めて少ないが いったん血管壁内に迷入すると 弱い力でもガイドワイヤーが進行してしまう特徴を有する (4) 心臓カテーテル検査の手技について心房中隔欠損症では心臓カテーテル検査の際に 動脈と静脈の双方にカテーテルを挿入して検査を行う必要があり 本事例においてもそのように行われている 動脈にカテーテルを挿入する際に 橈骨動脈からのカテーテル検査を試みたが 上腕動脈の蛇行のため ガイドワイヤーの進行に抵抗があり 橈骨動脈に挿入することを断念し 次に 穿刺する動脈を大腿動脈に変更したことは 一般的である 救急医療の分野では 穿刺の際にエコーガイド下で行うことがあるが 救急の場面ではなく 予定されていた心臓カテーテル検査の場合には 通常 透視による確認を行うため エコーガイド下での穿刺は施行しないことが一般的と考えられる また本事例では エコーガイド下で施行したか否を問わず 穿刺からシース挿入までの過程では 痛みの出現などもなく 問題なくシース挿入が行われていると考えられる (5) 大動脈解離の診断 治療について解離が生じた大腿動脈での操作の際には 大動脈解離に一般的にみられる症状である痛みの訴えはなかった そして いったん迷入したガイドワイヤーは 比較的容易に胸部下行大動脈まで進み その時点で初めて痛みの訴えがあったことから 大動脈解離が生じたことが疑われた 痛みの訴えがあった時点で 主治医は大動脈解離を疑い ガイドワイヤーを抜去した後 シースの先端で血圧が測定できることを確認し また 逆血があることも確認して シースから造影検査を行い そして大動脈解離が生じたことを診断している 次に大動脈解離の範囲を明らかにするために造影 CT 検査を行って確認している 大動脈解離の診断過程は 通常行われていることであり 妥当であったと考えられる

また 大動脈解離の治療としては 一般に血圧を低く保つこととされている したがって 本事例において薬剤による降圧治療が行われたことや 治療開始後の血圧の値に関しては特に問題はないと考えられた なお 大動脈解離に対する外科的治療の適応については 本事例の大動脈解離はスタンフォード B 型 つまり上行大動脈に解離が及んでいない型であるとともに 経過観察のために行われた 造影 CT 検査において解離の進行を認めなかったことから 内科的大動脈解離治療の経過において 外科的治療の適応はなかったと考えられる (6) 嘔気 嘔吐の原因について入院 3 日目に嘔気 嘔吐を認めたが その原因を主治医は塩酸モルヒネの副作用と考えていた しかし 嘔気 嘔吐に関しては塩酸モルヒネの影響とするには投与量が少なく 投与後の時間がある程度経過していることから 嘔気 嘔吐の原因を塩酸モルヒネの投与による影響とは考えにくい また 造影 CT 検査における造影剤の投与による影響も可能性としては考えられるが 塩酸モルヒネと同様に 検査中に投薬してから一定の時間が経過しているため 嘔気 嘔吐の原因としては考えにくい 嘔気 嘔吐は 大動脈解離が進展した場合も起こりうるが 造影 CT 検査ではそのような進展の所見を認めていない 解剖にて消化管の虚血等の異常所見を認めなかったことから この時点で生じた嘔気 嘔吐の原因は不明である (7) 便意に対する処置について入院 3 日目 22 時 30 分に便意を認めている 大動脈解離の治療過程において 排便する場合は 血圧の上昇をきたさないようにする必要がある点で 注意を要する 本事例では 血圧上昇をきたさないように 臥位のまま差し込み便器での排便介助が行われており 一般的な対応と考えられる 便意が生じた原因としては 虚血性腸炎や消化管潰瘍等の可能性も考えうるが 解剖所見ではそれを示唆する所見は認められなかった (8) 胸痛及び血圧や脈拍の低下に対する対応について入院 3 日目 22 時 50 分に 今までと違った形で胸痛が出現し その後 血圧が低下し 徐脈となるといった状態の変化を認めている 血圧低下に対して まず輸液で対応していることは妥当と考えられる しかし この際の心電図記録 (V1 誘導での ST 上昇 房室接合部調律 徐脈 ) は 一回の記録とその結果判定で済ませるだけではなく 入院時心電図との比較や経時的に経過を観察して結果を判定することが望まれた 更に 輸液治療に対する血圧上昇反応が悪かったことに対して標準的な対応がなされているが その原因や状態を把握するために 動脈血ガス分析や 血液検査 胸部 X 線検査 心エコー検査等を並行して実施することが望ましかったと考えられる また 血圧低下と徐脈に対して 輸液 降圧薬の減量 アトロピン投与による対応を行っているが カテコラミン投与や一時的ペーシングも選択肢の一つであったと考えられる さらに 血圧が低い状態で塩酸モルヒネを使用したことに関しては 血圧低下 脈拍低下が迷走神経反射によるものと考えて投与したのであれば 必ずしも不適切とは言えないと考えられる 3. 再発防止への提言本事例は 心臓カテーテル検査中に大動脈解離が生じたあと 大動脈解離に直接的に起因しない肺うっ血水腫に陥り 死に至ったものである 肺うっ血水腫の原因について種々検討したが 心房中隔欠損症に肺うっ血水腫が発症するのは稀な病態であり 原因を特定するには至らなかった そのため 本事例に直接関連する具体的な再発防止策を提言することは困難であるが より安全な心臓カテーテル検査の実施に向けて考慮すべき事項について以下に述べる 1) 心臓カテーテル検査時の合併症と検査中の画像記録について心臓カテーテル検査は 血管内にカテーテルという異物を挿入して行う侵襲的な検査であることを念頭に手技を進めていく必要があり 慎重かつ丁寧に行なわれなければならない 本事例では 解剖結果から カテーテル操作の初期の段階であるシース留置後のカテーテル挿入時に ガイドワイヤーが右総腸骨動脈壁内に迷入したと思われる 本事例で使用されていた J 型の親水性ガイドワイヤーは ワイヤー先端が血管の真腔内に止まっていれば 通常 血管壁に迷入しにくいタイプのワイヤーである しかし本事例では ワイヤー先端が血管壁内に迷入していた為に そのまま抵抗なくワイヤーの血管壁内迷入が進行した可能性がある 総腸骨動脈領域の操作であれば これらの操作は全て X 線透視下に行われていたと考えられ 予定した手技が円滑に進まない際には シネ画像を記録することも出来たと思われる ワイヤーが抵抗無く円滑に進まない時には シースから造影剤を注入し ワイヤーが進まない理由を検討することも可能である 人為的操作には ある一定の割合での合併症の発生は不可避である その際には 検証可能な記録がなければ 後方視的に原因を分析し 再発防止に向けた有効な考察を行なうことが不可能になってしまうこ

とを再考しておく必要がある 2) 診療体制についてチーム医療は高度医療の実践に不可欠であるが チーム医療が円滑で有効に機能する為には関与している多職種の医療従事者が臨床データや病状の把握 治療方針等の患者情報を十分に共有しておくことが大切である 本事例の診療も循環器内科と CCU が連携して行なわれている さらに大動脈解離は病状的には安定していたにも関わらず深夜帯の当直体制のもとで患者の容態が急変していることをふまえると 当直医も含めた関係医師の連携のあり方について 今後 更なる検討が望まれる 加えて このような予期せぬ事態が発生した際のバックアップ体制の一つとして 当該病院では予期せぬバイタルサインの変化に対応し 心停止に至ることを未然に防ぐことをめざす急変時対応システム (RRS:Rapid Response System) が整備されている 急変時にはマンパワーとしてだけでなく違った視点からの原因や治療方針の検討などに役立つ場面も多いと思われることから RRS の活用を周知徹底することが望まれる 3) 検査前の説明と同意について心臓カテーテル検査の説明文書は その侵襲性のため 合併症の記載は多岐にわたる 入院前日に主治医が説明文書中の合併症を全て説明し 患者 家族に限られた時間の中で全てを理解していただいた上で同意を得ることは極めて困難と考えられる 心臓カテーテル検査を含む侵襲的検査を入院中に施行する場合は あらかじめ外来主治医が入院時に必要な侵襲的検査の適応について一通り説明し 説明文書を患者 家族に渡し 入院までの間に熟読してもらい 理解できなかった点を改めて主治医が入院時に説明するなど 患者 家族が十分理解した上で同意することができるよう 更なる配慮が望まれる 4) 事故後の患者 家族への説明とインフォームドコンセントについて本事例において 事故後患者 家族には直ちに説明が行われているが 家族からは後に あれほど長い説明になるのであれば別室でおこなっていただきたかった 患者も居たほうが とのことで本人同席の上で説明されたが 長時間の説明を聞いて理解できる状態ではなかったように思える といった意見が寄せられている また検査後の内科的治療は標準的なものであったが 外科的治療と内科的治療についての選択を訊ねられなかった との意見も寄せられている 事故後の説明のあり方 また事故後の新たな状況におけるインフォームドコンセントについては 今後 更なる配慮が望まれる

( 参考 ) 地域評価委員会委員 (10 名 ) 総合調整医 / 解剖立会医評価委員長臨床評価医臨床評価医臨床評価医臨床評価医臨床評価医医療安全担当者有識者有識者 日本病理学会日本循環器学会日本循環器学会日本集中治療医学会日本胸部外科学会日本循環器学会日本救急医学会日本麻酔科学会弁護士医療の質 安全学会 評価の経緯地域評価委員会を 2 回開催し その後適宜 電子媒体にて意見交換を行った