教育の復興と改革 学びを中心とする授業改革と学校づくり OECD 東北スクール復興プロジェクト講演 2012 年 8 月 2 日 佐藤学 ( 学習院大学教授 東京大学名誉教授 )
東日本大震災の復興の課題 昨年 3 月 11 日の東日本大震災による津波被害と福島第一原子力発電所事故による放射能被害の復興は遅々とした状況にある 復興 どころか 復旧 すら進展していない ( 特に福島は今なお災害直後の状況にある ) 復旧 復興 の特徴は < 広域性 >< 分散性 > < 複合性 >< 総合性 > にある 原発事故による放射能災害が 復旧 復興 の見通しを困難にしている 被災地の現場の声を 復旧 復興 推進の出発点にすることが大原則である
復旧 復興における学校と教師 東日本大震災において学校教育は < 最大の防波堤 > の役割をはたした ( 学齢児童の被災者を最小限にした ) 震災直後も学校は地域の復旧の拠点となり 教師たちは復旧のために献身的な貢献を行った 子どもたちへの最大の支援は 学校の再開 であった そして どの被災地の学校も驚くほど迅速に学校を再開した しかし 今なお 1 万人近くの子どもが被災地を離れて生活しており 数多くの校舎が再建されていない
未来志向の学校教育を粛々と実現 することこそが教育復興の鍵 戦後日本の復興において教育が中核的な推進力になったように 東日本大震災の復興においても 教育は中長期的な復興の中心的な推進力にならなければならない 経済 社会 政治 文化においては < 復旧 > が喫緊の課題であるが 教育においては < 復興 > が中心課題であり その要諦は < 復興すべき教育のヴィジョン > を明確にすることにある 被災地において < 復興すべき教育のヴィジョン > とは どのような教育なのだろうか
< 復興すべき教育のヴィジョン > 21 世紀の社会と教育 21 世紀の社会は次の対応を教育に要請している 1 知識基盤社会への対応 = 産業主義社会からポスト産業主義社会へ = 生涯学習社会 2 多文化共生社会への対応 3 格差リスク社会への対応 4 成熟した市民社会の建設 = 市民性 ( citizenship) の教育 = 公共モラルの確立
< 復興すべき学校のヴィジョン > 21 世紀の学校 * 質 (Quality) と 平等 (Equality) の同時追求 * プログラム型 ( 階段型 = 習得と定着 ) カリキュラム ( 目標 達成 評価 ) から プロジェクト型 ( 登山型 = 思考と探究 ) カリキュラム ( 主題 探究 表現 ) へ * 協同的な学び (collaborative learning) * 学びの共同体 (learning community) としての学校
OECD の PISA 型学力 が提起して いる コンピテンシー DeSeCo (OECD 生涯学習プロジェクト ) の提示した三つのコンピテンシー 1 相互作用的に道具 ( 言語 知識 技術 ) を用いる能力 2 異質な集団で交流する能力 = 多元的社会の多様性 3 自律的に活動する能力 = 複雑な社会にアイデンティティと責任
PISA 型学力 の リテラシー 1) リテラシーの概念 = 学校で教育すべき共通教養 = 市民的教養の基礎 ( 機能的リテラシー ) 2) リテラシー概念の再定義 (PISA) 数学的リテラシー = 数学が世界で果たす役割を見つけ 理解し 現在及び将来の個人の生活 職業生活 友人や家族や親族との社会生活 建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠にもとづき判断を行い 数学に携わる能力
変わる世界の学校 ( 北米 )
変わる世界の学校 ( ヨーロッパ )
変わる世界の教室 ( ヨーロッパ )
変わる世界の教室 ( アジア )
学びの共同体 の学校 : ハルピン市
学びの共同体 の学校 = 上海
学びの共同体 の起源 ( 日本 ) 1920 年代
学びの共同体 のヴィジョン * 定義 = 学びの共同体としての学校 = 子どもたちが学び合う学校 教師たちが専門家として学び合う学校 親や市民が参加し協力し学び合う学校 * 学校 ( 教師 ) の使命と責任は 一人残らず子どもの学びの権利を実現することと 質の高い学びを保障すること * 一人残らず教師の教育専門家としての成長を促進すること
学びの共同体 の三つの哲学 * 公共性の哲学 (public philosophy)= 開かれていることと協同すること = 私事化 部族化との闘い * 民主主義の哲学 = 子どもも教師も親も主人公 (protagonist) 民主主義は 他者と共に生きる生き方 (a way of associated living)= 個人の尊厳と多様性の尊重 * 卓越性 (excellence) の追求 = 最高のものへの挑戦 = 質 (quality) の追求 = ジャンプとしての学び
学びの共同体の原理と方略 < 原理 > 1 学びの共同体づくりは対話的コミュニケーションの実践によって構成される 2 対話的コミュニケーションは < 聴き合う関係 > によって実現する < 他者の声を聴く > ことが学び合う関係づくりの基礎となる 3 学びは < 対象 ( テクスト ) との対話 > であり < 他者との対話 > であり < 自己との対話 > である < 方略 > 教室 = 協同的な学びの実現 職員室 = 同僚性 (collegiality) の構築 地域 = 学習参加 ( 責任の共有と連帯の形成 ) の実現
改革の現在 爆発的普及の常態化 子ども一人ひとりの学ぶ権利と教師の尊厳を擁護する道は他にない ( 現在 3000 校が挑戦 公立学校の 1 割 300 校の拠点校 毎日 3 校以上が公開研究会 ) 市ぐるみの取り組み = 牛久市 中津市 熊野市 尾鷲市 紀宝町 紀单町 小牧市 富士市 茅ケ崎市 宇部市 奥州市 白河市 須賀川市 宮谷町 浜田市 益田市 相模原市 佐渡島 宮古島 沖縄国頭 名護市など 都道府県ごとの < 学びの会 > の発展と拡大 教師が育ち合う同僚性の発展 = 浜之郷小学校など 民主的共同体としての学校 = 睦中学校など 国際化 = 中国 ( 上海 ハルピン 西安 成都 ) 韓国 ( ソウル 京幾道 ) インドネシア ベトナム シンガポール 台湾 インド メキシコ アメリカ = 教育の民主化を背景として展開している
授業の基本技法 (1) 教師の仕事は < 聴く >< つなぐ >< もどす > の三つ 1 居方 ( ポジショニング ) について 態 ( わざ ) ( 世阿弥 風姿花伝書 ) 息づかい を共にすること ( 応答性 ) 引き受ける = 教育は < 引き受けること > からスタートする = < 入る > のではなく < 入れる >=< 軸 > をつくる 2 学びの < 場 > を生み出す教師の構え 聴く構え と まなざし - 身体が開かれていることテンションをさげる =< しなやかさ > と < 集中 > 言葉 = 無駄のない選ばれた言葉 丁重な言葉 触感のある言葉 (touchable と untachable)
教師の居方 ( ポジショニング )
学びの場と関係づくり
学びの場と関係づくり ( 低学年 )
学びの関係づくり ( 中高学年 )
授業の基本技法 (2) 授業のデザイン 1 プラン と デザイン の違い プラン は授業前に決定される デザイン は授業過程においても構成される ( 積み木遊び ) 2 デザインは卖純 (simple) に省察と関わりを繊細 (sensible) に = 細かなことに固執する人は肝心なところが抜けている 大ざっぱな人は細かなところが抜けている 授業のデザインにおいては 3 つのステップ以上のステップを準備しない ( ホップ ステップ ジャンプの授業構成 3 < 始まり > がすべて = 下手な教師はゴールに固執する 優れた教師は始まりにすべてをかける
授業の基本技法 (3) 協同的な学びを組織する 1 21 世紀の学校教育は < プロジェクト > 型のカリキュラムと < 協同的な学び > による授業によって構成される 2 協同的な学びは 小学校 1 2 年は < ペア学習 > 小学校 3 年以上 ( 中学校も高校も ) は 4 人を卖位とする < 小グループ学習 > によって組織される 3 < 小グループ学習 > は男女混合の偶発的グループによって編成する 4 < 小グループ学習 > は < 個人作業の協同化 > と < ジャンプのための協同 の二つの機能をもつ
協同的学びの風景 ( 小学校 )
協同的学びの風景 ( 中学校 )
協同的学びの風景 ( 高等学校 )
授業の基本技法 (4) < 教え合う > 関係ではなく < 学び合う > 関係を わかった人はわからない人に教えてあげて は禁句 わからなかったら隣の人にきくんだよ でなければならない できない子どもほど 自分ひとりで < まじめ < と < 努力 > と < 反省 > で学ぼうとする ねえ ここどうするの? が < 学び合う関係 > づくりの第一歩 低学力の子どもへの対応 = これまでの誤り
学び合う関係 ( ケアの関係 )
授業の基本技法 (5) ジャンプのある学びを組織する 日本の授業のほとんどは < わかりきったことをくどくどくどしく説明する > 授業になっている =< ジャンプ > のない学び < ジャンプのある学び > は 協同的な学びによって実現する < ジャンプのある学び > は < 基礎基本 > を確実なものとする ( 活用による理解 ) < ジャンプのある学び > は < 学び上手 > な子どもを育てる < ジャンプのある学び > は教師の専門家としての成長を促進する
互恵的な学び ( 中学校 )
互恵的な学び ( 中学校 )
教師の学びの共同体 (professional learning community) 専門家の学びは事例研究による理論と実践の統合にある ( 医師 = 臨床研究 弁護士 = 判例研究教師 = 授業の事例研究 ) 学校を教師の学びの共同体として再構成する 授業の事例研究による校内研修を学校経営の中心に設定する すべての教師が最低年に一回は授業を公開し 学年卖位で授業の事例研究を行う 授業の事例研究は 授業の観察あるいはビデオ記録を活用して行う
校内研修による同僚性 (collegiality) の形成授業の事例研究の目的は < 評価 > ではない < 助言 > でもない < 教室の事実 > から < 学び合う > ことにある 学びの事実を中心に話し合う ( どこで学びが成立したのか どこで学びがつまづいたのかを観察した事実をもとに話し合う ) 授業者に対して < 助言 > を行うのではなく 教室の事実を観察して何を学んだのかを話し合う 教師が協同で学び合い 授業の専門家として育ち合う同僚性を校内に築く
校内研修の風景 =(1)
校内研修の風景 =(2) 高校
学びを成立させる三つの要件 真正の学び ( 教科の本質に則した学び ) の課題 ) 学び合う関係 ジャンプのある学び ( 聴きあう関係 ) ( 高いレベル
結論 = 復興を担い 学校の改革を 推進するために 21 世紀の教育の中心は 質 (quality) と 平等 (equality) の同時追求 プロジェクト ( 探究 ) 中心のカリキュラムと協同的学びによる授業の改革 教師の学びの共同体 (professional learning community) としての学校づくり = 同僚性 (collegiality) の構築 これらをとおして 東北の未来を開き 地域を愛し社会を築く創造的な主体を育てる授業実践と学校づくりを推進しよう