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森林遺伝育種 第 5 巻 2016 図 1 調査したコウヤマキの天然林 31 集団 緑色の丸 と植栽木のある寺院等 白色の三角 の位置 小さな丸 は既知のコウヤマキの分布を示す 集団の略号と植栽木 No. はそれぞれ表 1 と表 4 のものに対応している 図 2 核マイクロサテライト 8 遺伝子座の遺伝子型にもとに STRUCTURE 解析によってベイズ推定されたコウヤ マキ 31 集団の集団構造 クラスター数 K は 3 各集団の円グラフは 集団位置を事前情報として 10 回の ランで得られた 3 つの遺伝的クラスターの平均割合を示す 左上に 各クラスターと共通祖先集団間の Fst の値とともに遺伝的クラスターの近隣結合ネットワークを示す 209

集団 ( 略号 ) 表 1 調査したコウヤマキ天然林 31 集団の情報 地域緯度 (N) 経度 (E) サンプル数 SSR EST 配列 cpdna FUK 福島 37.575 139.592 36 12 12 ABZ 本州中央部 35.863 136.818 32 8 12 AKS 本州中央部 35.759 137.620 30 8 11 HGS 本州中央部 35.680 137.476 32 7 11 NGD 本州中央部 35.587 137.644 34 8 12 OGW 本州中央部 35.857 137.079 31 8 11 ORI 本州中央部 35.335 137.275 33 8 10 OTK 本州中央部 35.781 137.564 34 8 11 SRT 本州中央部 35.159 137.653 33 8 12 MtH 近畿 34.939 136.104 34 8 12 OOI 近畿 35.412 135.576 39 8 12 BND 紀伊半島 34.220 135.566 29 8 11 HSY 紀伊半島 33.738 135.679 34 8 12 KOU 紀伊半島 34.221 135.606 28 8 - MIE 紀伊半島 34.238 136.180 24 12 12 MRY 紀伊半島 33.663 135.658 22 8 11 YSK 紀伊半島 33.754 135.657 33 8 12 IMY 四国 33.738 133.338 34 8 12 ISH 四国 33.937 134.153 28 8 12 OMG 四国 33.728 133.102 34 8 11 SAS 四国 33.056 132.659 34 8 12 SBY 四国 33.662 134.098 34 8 12 YAS 四国 33.845 134.330 12 8 11 RKK 中国 34.389 132.106 9 7 9 SHI 中国 34.347 131.971 36 11 11 TJS 中国 34.525 132.280 32 8 12 FKY 九州 32.183 131.287 31 8 10 HRN 九州 32.369 131.171 13 8 12 OSZ 九州 32.289 131.412 15 8 10 OYB 九州 32.345 131.194 31 8 12 ZAK 九州 32.259 131.342 35 12 12 サンプル数は 核マイクロサテライト (SSR) EST 配列 葉緑体 DNA(cpDNA) の分析で用いられた個体数を示す 表 2 コウヤマキ 31 集団における核マイクロサテライト 8 遺伝子座の遺伝的多様性の推定値 遺伝子座 Num Eff_Num Ho He Fst Fis Sv01 3 1.10 0.090 0.094 0.084 0.047 Sv02 3 1.09 0.077 0.081 0.081 0.054 Sv04 7 1.31 0.225 0.241 0.145 0.066 Sv06 22 3.76 0.728 0.752 0.106 0.032 Sv03 5 2.08 0.521 0.528 0.112 0.014 Sv07 5 1.50 0.342 0.346 0.188 0.012 Sv08 2 1.38 0.274 0.28 0.095 0.019 Sv10 3 1.31 0.230 0.238 0.171 0.037 平均 6.25 1.691 0.311 0.320 0.127 0.029 Num: 対立遺伝子の観察数 Eff_Num: 対立遺伝子の有効数 Ho: ヘテロ接合度の観察値 He: ヘテロ接合度の期待値 Fst: 遺伝的分化の指数 Fis: 近交係数 210

森林遺伝育種 第 5 巻 2016 図 3 Nei の遺伝距離 DA を用いて作成された 31 集団 間の遺伝的関係を示す近隣ネット 遺伝距離 DA は核マイクロサテライト 8 遺伝子座の遺伝子型 をもとに計算された モンアリル数の値が高かった コモンアリル 集団内 の頻度が 5% 以上 25% 未満である対立遺伝子 図 4a, b, c 実際 アレリックリッチネスの最も高い 10 集団には 本州中央部や紀伊半島の集団以外に四国東部 徳島県 の集団 YAS が 1 つ含まれるだけであった 遺伝的多 様性は九州や中国で低い傾向にあり 特に島根県の集 団 SHI で低かった この傾向は 全体で検出された 50 対立遺伝子のうち 九州と中国ではそれぞれ 23 と 25 の対立遺伝子が検出されなかったのに対し 本州中央 部では 10 紀伊半島では 9 四国では 14 の対立遺伝子 だけが検出されなかったことからもわかる 四国西部 の集団 SAS と福井県の集団 OOI でプライベート アレリックリッチネスが顕著に高かったが 本州中央部 のいくつかの集団や徳島県の集団 YAS でも高かった プライベートアリル 単一の集団に固有の対立遺伝子 図 4d EST の 6 遺伝子座から合計 70 の一塩基多型 SNP: single nucleotide polymorphism が検出され 遺伝子座あ たり平均 11.7 その多型から 65 のハプロタイプに分け られた 表 3 全遺伝子座で求められた Fst の値は 0.156 図 4 コウヤマキ集団における a ヘテロ接合度の期待値 b アレリックリッチネス c 個体あたりのコモ ンアリル数 コモンアリル 集団内の頻度が 5% 以上 25% 未満である対立遺伝子 d プライベート アレリッ クリッチネスで示される遺伝的多様性の空間分布 31 集団における核マイクロサテライト 8 遺伝子座の遺 伝子型をもとに 4 つの統計量が計算され QGIS ver. 2.12 の IDW inverse distance weighted 補間法を用いて 地図化された 211

森林遺伝育種 第 5 巻 2016 表 3 コウヤマキ 31 集団における EST 6 遺伝子座の遺伝的多様性の推定値 配列の長さ ハプロ SNP 数 bp タイプ数 c121 454 10 9 c132 485 12 10 c186 414 13 14 c230 340 9 15 c54 460 10 9 rc35 414 16 8 全体 / 平均 2567 70 65 SNP 数 一塩基多型数 Fst 遺伝的分化の指数 遺伝子座 であり 遺伝的構造化の程度は SSR データで評価され たものと同様であった 全体の遺伝的分化のかなりの 部分は 九州集団が大きく分化していることによるも のであった 図 5 九州以外では 本州中央部の集団 塩基多様度 0.00163 0.00182 0.00508 0.00519 0.00454 0.00940 0.00461 ハプロ タイプ多様度 0.42 0.40 0.80 0.77 0.70 0.56 0.61 Fst 0.153 0.191 0.160 0.175 0.140 0.114 0.156 が遺伝的なクラスターを形成したが これは SSR デー タで示されたものと同様であり これらの集団が遺伝的 に近縁であることを示唆する それ以外の地域では遺 伝的構造化は不明瞭であった ハプロタイプの多様性は 本州中央部 紀伊半島 近畿で高いが 西日本で低下 していた 図 6a この傾向も SSR データから示され たものと同様であった 徳島県の集団 YAS と滋賀県 の集団 MtH は顕著にユニークなハプロタイプを保有 していた 図 6b 葉緑体 DNA の多様性 31 集団から集団あたり平均 11.4 個体 合計 365 個体 を対象にして 表 1 葉緑体 DNA の 6 領域 atpi rpoc2 trnd trnt rpl16 イントロン petn psbm ndha イントロン trnt trnl が増幅され 塩基配列が決定 された trnt trnl の遺伝子間領域には 非常に多型的 な 1 種類の一塩基繰り返し配列 MNR mononucleotide 図 5 遺伝的分化の指数 Fst を用いて作成された 31 集団間の遺伝的関係を示す近隣ネット Fst は EST の 6 配列データをもとに計算された 図 6 コウヤマキ集団における a ハプロタイプリッチネス b プライベート ハプロタイプリッチネスで 示される遺伝的多様性の空間分布 31 集団における EST の 6 配列データをもとに 2 つの統計量が計算され QGIS ver. 2.12 の IDW 補間法を用いて地図化された 212

repeat) がみられたため 他の 5 領域とは別に解析した trnt trnl を除いた 5 領域の配列データから合計 15 ハプロタイプが識別され 遺伝的分化の指数である Gst は 0.250 であった 最も強く分化している集団は本州中央部の集団であり それらはその地域に固有なハプロタイプを高い頻度で保有していた ( 図 7) 本州中央部以外では 祖先的なハプロタイプは共通して広く分布していた 九州集団 中国の集団 (SHI) 四国西部の集団 (SAS) にはまれでユニークな 5 つのハプロタイプがみられた 5 領域の SNP とインデル および trnt trnl の 1 つの MNR にもとづくハプロタイプリッチネスは本州中央部で高かったが 外れ値として最も南の九州集団 (FKY) でやや高かった ( 図 8 a, b) 本州中央部における葉緑体 DNA の高い多様性は 核の遺伝子座で示された多様性の傾向と一致し このことは最終氷期最盛期から現在にかけてこの地域の集団サイズが大きかったことを示唆する 一方 核と葉緑体の多様性における不一致 たとえば四国東部の YAS 集団にみられた不一致を説明することは困難であるが 葉緑体の多様性の調査が不十分であったこと および葉緑体が半数体 であるためにボトルネックの影響を強く受けたことのどちらか あるいは両方が原因でありうるだろう 寺院等の植栽木寺院等の植栽木 16 個体 ( 図 1 表 4) を対象に 天然林集団と同様に核 SSR の 8 遺伝子座と EST の 6 配列 cpdna の 6 領域の分析が行われた SSR のアレリックリッチネスは 2.7 プライベート アレリックリッチネスは 0.7 であり それらの値はそれぞれ 31 集団中 24 集団と 26 集団の値よりも高いことから遺伝的に多様であることが示された このことは 植栽木が天然分布の種苗に由来すると考えられることに矛盾しない 群馬県の泉龍寺の植栽木が保有していた核マイクロサテライト Sv03 遺伝子座の 1 つの対立遺伝子および京都府の峰定寺の植栽木が保有していた 1 つの EST ハプロタイプのみが 天然林集団にはみられなかった したがって 植栽木が保有するユニークな遺伝的変異量は少ない このことは 植栽木の遺伝的多様性は天然林集団のもの 図 7 葉緑体 DNA の atpi rpoc2 trnd trnt rpl16 イントロン petn psbm ndha イントロン (2213 bp) における一塩基多型とインデルにもとづくコウヤマキ 31 集団における 15 の葉緑体ハプロタイプの分布 円グラフは各集団のハプロタイプ頻度を表す 左上の図は中央値結合法によって作成されたハプロタイプネットワークであり 円の大きさは各ハプロタイプの頻度に比例する また ハプロタイプを結ぶ直線は 1 回の突然変異を表し ループ構造からホモプラシーが推定される 213

図 8 コウヤマキ集団における (a)atpi rpoc2 trnd trnt rpl16 イントロン petn psbm ndha イントロンにおける一塩基多型とインデルにもとづくハプロタイプリッチネス (b)trnt trnl における一塩基繰り返し配列にもとづくハプロタイプリッチネスで示される遺伝的多様性の空間分布 ハプロタイプリッチネスは 31 集団のデータをもとに計算され QGIS ver. 2.12 の IDW) 補間法を用いて地図化された 植栽木 No. 表 4 寺院名 寺院等に生育しているコウヤマキ 16 植栽木における胸高直径 推定樹齢等の情報 県名 胸高直径 (cm) A a 推定樹齢 B b EST ハプロ c タイプ数 対立遺伝 d 子数 葉緑体ハプロタイプ 1 甘泉寺愛知 201 600 836 0 0 H9 2 笠形寺兵庫 145 500 606 0 0 H1 3 玉桂寺滋賀 194 1200 809 0 0 H1 4 峰定寺京都 121-504 0 0 H1 5 長谷寺新潟 146 400 610 0 0 H1 6 光照寺埼玉 121 500 504 0 0 H1 7 泉龍寺群馬 204 800 849 1 0 H1 8 勝福寺埼玉 156-650 0 0 H1 9 大国寺岐阜 151-630 0 0 H1 10 真乗院埼玉 143 800 597 0 0 H11 11 如法寺福島 156 1180 650 0 0 H1 12 石雲寺宮城 159 800 662 0 0 H1 13 神宮寺京都 131 400 544 0 1 H1 14 e 15 16 明徳寺熊本 - - - 0 0 H1 小糸家のコウヤマキ 大平のコウヤマキ 熊本 99 300 411 0 0 H3 静岡 180-750 0 0 H1 a 現地で推定されている樹齢 b 胸高直径の成長率 (1.2mm/ 年 ) をもとに推定した樹齢 c 天然林集団では検出されなかった EST 配列のハプロタイプ数 d 天然林集団では検出されなかった核マイクロサテライトの対立遺伝子数 e 若齢木 214

森林遺伝育種 第 5 巻 2016 にほとんど含まれていることを意味する 図 9 植栽 木に固有な葉緑体ハプロタイプはみられず 16 個体の うち 13 個体は天然林集団で最も広域に分布するハプロ タイプを保有していた 核 SSR の変異では 福島と九 州の集団に地理的に近い植栽木はそれらの集団に遺伝 的にも類似していたが あまり分化していない地域では 植栽木が最寄りの集団と近縁であるかどうかは不明瞭 であった 図 9 図 9 Nei の遺伝距離 DA にもとづく主座標分析で示されるコウヤマキ 31 集団の 916 個体と寺院等の植栽木 16 個 体の遺伝的関係 遺伝距離 DA は核マイクロサテライト 8 遺伝子座の遺伝子型をもとに計算された 図中の 数字は表 4 の植栽木 No. に対応する おわりに これまでの研究から コウヤマキの分布域には有意 な遺伝的多様性の空間的構造化が起きていることが明 らかとなった 分布域の東側の集団 特に本州中央部の 集団が最も高い遺伝的多様性を保有していた 西日本の 九州や中国の孤立集団 そして福島の最も北の集団では 調査した全ての遺伝マーカーで遺伝的多様性が低下し ているとともに 他の地域の集団から遺伝的に強く分 化していることが示された この結果は 花粉が風で 散布されるにもかかわらず コウヤマキは遺伝的浮動 の効果に対して脆弱であることを示唆している 全体 としては これまでの研究成果は 日本だけでなく世 界的にも非常に重要なコウヤマキの将来の保全管理に 215 対して有用なガイドラインを示していると考えられる 最後に 本稿をまとめるにあたり有益なご助言をい ただいた京都大学の井鷺裕司教授と筑波大学の津村義 彦教授に心から深く感謝を申し上げる なお 本稿は 著者が執筆した英文原稿を森林遺伝育種編集委員会が 翻訳したものである 引用文献 Christophel DC 1973 Sciadopitophyllum canadense gen. et sp. nov.: A new conifer from western Alberta. American Journal of Botany 60: 61 66 Crisp MD, Cook LG 2011 Cenozoic extinctions account for the low diversity of extant gymnosperms compared with angiosperms. New Phytologist 192: 997 1009

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