トライアスロンは過酷なレースと言われ 実際に医療救護部が対応に苦慮する事例は少なくありません しかし選手の皆さんが医療情報に接する機会は多くないと想われます 過去 28 回の宮古島大会の医療情報を提示します レースやトレーニングに活用されますよう願っております 安全な大会の実現に向けて 理解と協力をお願いします
語句の説明 BP: 血圧 PR: 脈拍数 RR: 呼吸数 Sao2: 酸素飽和度 Pao2: 動脈血酸素分圧 気道内が液体成分で充たされると換気が障害され酸素不足に陥ります BT: 体温表面体温と深部体温 ( 直腸温 ) 熱中症では深部体温が上昇し危険です また臓器障害をきたし 細胞からの逸脱酵素が上昇します 肝臓では ALT(GOT) AST(GPT) 筋肉では CPK ミオグロビンです 腎機能低下では Cr( クレアチニン ) BUN が上昇します
溺水 : 錐体内出血による急性平衡失調 呼吸のタイミングを誤るなど何らかの原因で 鼻と中耳を結ぶ耳管という細い管の中に水が入ることによって 水の栓ができる それに引き続いて起こる水の嚥下運動などにより水の栓がピストン運動を起こし また外耳からの水圧などの影響も受けて 鼓室内圧の急変が生じる 鼓室と連続して腔をつくる錐体内の乳様蜂巣も 当然内圧急変の影響を受け 毛細血管が破綻して錐体内出血を起こすものと推定される そのため 錐体の内部にある三半規管は 急性循環不全を来たし 機能は低下し平衡失調 つまり 泳ぎが上手でも背の立つ浅瀬でも 平衡感覚が失われ 溺れてしまうものと考えられる
錐体内出血の予防と起こった場合の対策 1. 風邪気味の場合 ( 鼻腔 耳管 咽頭炎 気道の粘膜に炎症があると耳管から鼓室に水が入りやすい ) は中止する 2. 耳鼻咽喉科の疾患のある場合は中止する 3. 飲酒酩酊時 ( 酩酊時には神経系統の総合的反応鈍麻があり耳管から水が入りやすいし また急性循環不全を生じやすい ) は中止する 4. 水泳中は口から吸気し 鼻から呼気を出すように呼吸すること ( 鼻から水を吸い上げると耳管から鼓室に水が入りやすく 錐体内出血を起こす危険がある )
中等 ~ 重症症例 -BIPAP 症例 1(Grade3~4) 50 歳代男性 ICU 入院後 すぐに BIPAP 療法 (IPAP 9, EPAP 4,O2 15L/min) 開始 改善無ければ挿管し 人工呼吸管理予定を考える 動脈血ガス (BIPAP,IPAP 9,EPAP 4) PH 7.348 PCO2 44.7 PO2 95.8 と改善を示す 13 時 18 時
中等 ~ 重症症例 -BIPAP 症例 2(Grade3~4) 50 歳代男性ランの途中で呼吸困難にて棄権する 後で 水泳競技中の途中 海水を飲み込んだことを話してくる 聴診では両側肺野に湿性捻発音 (+) 動脈血ガス (O2 5L 吸入 ) PH 7.417 Pao2 68.8 来院時 退院時
半溺水で完走 30 代男性 水泳競技でかなりの量の海水をのんだ 走っている途中から辛かったが競技を続行した 16 時 30 分頃ランゴールし 肺の中に水が入っているみたいで息苦しい と独歩で体育館テント入所体育館テント入所時右肺 : ラ音 (+) Sao2:85% BP:90/50 P:84 T:36.6 O2 吸入 3.5リットル / 分 ソルラクト全開で1000mlを施行されている 20 分後の BPは依然として 80/50と低血圧であった ( 脈拍は69/ 分に改善 酸素吸入でSao2:95% に改善したが呼吸苦続くだめ病院搬送となった 病院受診時肺 : ラ音両肺野で (+) 検査所見 Sao:O2 吸入 3.5リットル / 分で95% pco2:37.4 po 2:58.8HCO3:25.1 NA:136 k:3.8 BUN:16.0 Cr:0.8GOT:75 CPK:1400 WBC:149 RBC:481 Ht:41.8 胸部 X 線は撮影されているが所見は不明 心電図ではⅠ 誘導 Ⅱ 誘導で軽いST 上昇とVIでの陰性 Tがみられた 入院後経過病棟にあがった時は呼吸苦は改善していた O2 吸入 5リットル / 分 ソルラクト100ml/hrで1000mlの輸液を行った 2 時間後には BP:130/90 P:68に安定し 4 時間後のルームエアでの血ガスでは SaO2:95 pco2:39.8
まとめ溺水により引きおこされる病態は Chemical Pneumonitis( 化学的肺炎 ) であり それにより低酸素血症をきたし呼吸困難 チアノーセ などの酸欠症状が出現している Chemical Pneumonitisは自然治癒するのに時間がかかる 治癒する間低酸素血症を防ぐことが治療のポイントである
バイク外傷 : 左血気胸 多発肋骨骨折 60 歳代男性 朝 8 時 45 分頃 トライアスロンのバイク競技中に転倒 左背部から側胸部にかけて強打 救急車で当院に搬送される 搬送中のバイタル :BP100/69,RR 32/min PR 117/min,SaO2 86% (10Lマスク) 意識は朦朧状態 到着時バイタルサイン BP 112/96 BT36.8 PR86/min RR32/min SaO2 88% (10L マスク ) 病院到着時所見 初期治療 左肩から側胸部にかけて打撲あり 胸壁の変形 腫脹を認める 触診上皮下気腫の所見あり 胸部レントケ ンで左肺野に気胸と肋骨骨折を認める 痛みが強くやや興奮状態 緊急で外科医により胸腔ト レ - ンチュ - フ ( チェストチュ - フ ) 挿入する 挿入直後に低酸素血症の改善をみた 挿入後 15 分後には SaO2 98% (4L リサ - フ マスク ) と改善された 胸部 CT では左肋骨 ( 第 2~6) 多発骨折が確認された 血胸 : 出血量 200ml( 挿入時 )
症例左血気胸 多発肋骨骨折 60 歳代男性胸部レントゲン供覧 入院時 胸腔ドレナージチューブ挿入後
熱中症 Ⅰ~Ⅲ 度の症状 Ⅰ 度 ( 軽症 ) : こむら返り, または立ちくらみのみ Ⅱ 度 ( 中等症 ): 強い疲労感, めまい, 頭痛 嘔気, 嘔吐, 下痢, 体温の上昇の組み合わせ注意 : こむら返り 立ちくらみ +Ⅱ 度の症状の症例は Ⅰ 度ではなく Ⅱ 度とする Ⅲ 度 ( 重症 ) : 1 脳機能障害 : 意識消失 せん妄状態 小脳症状 全身痙攣 2 肝 / 腎機能障害 :AST ALT BUN クレアチニン CPK/ ミオグロビンの上昇 尿中ミオグロビン 3 播種性血管内凝固 DIC
熱中症 Ⅲ 度 40 歳代男性 マラソン 20km の地点で眼前暗黒感があり 病院に運びこまれた それ以上の意識障害はなかった 競技中水分の補給は充分していたという バイタルサイン血圧 90/60mmHg 体温 36.0 度 脈拍 76/ 分酸素吸入 (3L マスク ) PH 7.396, PO2 103.1, PCO2 36.8, HCO3 22.6, BE 1.2, Sat97.7% 検査結果 BUN 40.7, Cr 2.5, Na 137, K 7.0, Cl 94, CPK 948, Glu 92 GOT 57, GPT 24, WBC 21100, Hb 17.0 尿比重 1.025 蛋白 (+/-) ケトン (-) RBC1-2/HPF WBC 3-4/HPF 硝子円柱 2-3/HPF 心電図では Ⅱ Ⅲ avf V1 V2 V5 V6 誘導で高い T 波が認められたがその後の検査の記録はない
熱中症 Ⅲ 度 20 歳代男性 マラソンゴール 300m 手前で走れなくなり座り込んだ 自力で立ち上がって 50m 歩いたところで意識を失って倒れた 全身痙攣あり 体温 42.8 呼吸困難あり ラクテック全開 ホリゾン 5mg 静注 2 回 その後 50%Glu 20ml の静注を施行し 全身クーリングとアンビューバックでの補助呼吸を行いつつ病院搬送された バイタルサイン 血圧 145/96 mmhg 深部体温 42.8 脈拍 121/ 分呼吸回数 54/ 回 血液ガス ( 酸素 5L/ 分 ) 受診時検査結果 PH 7.39, PCO2 25.5, HCO3 15.1, BE 7.9, Sat 98.6% BUN 28, Cr 3.0, Na 136, K 5.5, CPK 1164, GOT 77 WBC 15900, Plt 15.5 尿蛋白 (2+) 尿血色素 (3+) 翌朝検査結果 BUN 39, Cr 1.6, Na 138, K 4.0, CPK 21581, GOT 495 病院到着後経過 病院到着時の意識状態は GCS で E1V1M3 直ちにミオブロック 1A にて気管内挿管を行い人工呼吸を開始 全身のクーリングを続行 全身痙攣を押さえるためミオブロック 1A セルシン 5mg を追加 フォーリー挿入されているが 尿の色調については記載なし 救急室階段でラクテック 3 本 入院翌日神経症状全くなく 全身状態 尿流出 検査結果良好なので退院した
熱中症 Ⅲ 度 40 歳代男性マラソンゴール 2km 手前で走れなくなり道路縁石に座り込んだ その後意識を失って倒れた 痙攣様のヒ クツキあり 意識は朦朧状態にて病院搬送された 到着時バイタルサイン 血圧 105/97 mmhg 体温 39.8 41 脈拍 124/ 分呼吸回数 54/ 回ハ スルオキシメ - タ - Sat 90%(RA) 病院到着後経過病院到着時の意識状態朦朧 全身戦慄 ( ぴくつき ) 体温 39.8 不穏のため点滴確保などに手間取る 熱中症 Ⅲ 度として診断 直ちに下熱する治療を試みようとするも全身痙攣様戦慄が続くため 熱の発生を抑えるために挿管による治療を決断する ホリソ ン ト ルミカム マスキュラスにて挿管し ICU に入院となる
熱中症 Ⅲ 度 40 歳代男性 ICU での治療 1. 人工呼吸管理 2. 下熱目的 - 直腸温 ( 深部体温 ) で36 ~38 4 の輸液 (L/R N/S) ( 氷水による膀胱洗浄も考慮 ) 氷水での胃洗浄 扇風機による体表冷却冷えたタオル アイスノンによる体表冷却ケ イマ-( 冷却回路 ) による体表からの冷却 受診時検査結果 BUN 26.6, Cr 1.6, Na 142, K 3.9, CPK 2915, GOT 63 WBC 14000, Plt 23.2 PT 13.6 尿蛋白(±) 尿血色素 (3+) 経過 ICU 入室後 下熱目的による治療が功を奏し 30 分後から下熱傾向がみられ1 時間後には37 度台まで下熱できた DIC 多臓器不全などの後遺症もなく順調に経過し 翌日には抜管し 入院 2 日目に退院となった