漢方エキス製剤を使いこなす 6 二陳湯 ( 祛痰剤 ) 風間洋一風間医院 はじめに 前回は, 湿 ( 広義 )[ 湿 ( 狭義 ) 水 飲 痰 ] の りょうけいじゅつ 概念に触れ, 内湿治療の代表処方といわれる苓桂朮 かんとう甘湯を中心に 水湿 の治療の一部を解説しました 今回は, 痰 について理解し, その治療方法を学ぶ ことにしましょう 痰 は, 古くは 淡 の文字を用い, 水飲が揺れ ちょうちゅうけいの 動く様を形容したものといわれています 張仲景 時代は, まだ 痰 と 飲 が明確に区別されてい きんきようりゃくたわけではなく, 金匱要略 の 痰飲病 では, 主 に水飲について比較的詳しく述べられています 痰 証 の理論や治療法が発展したのは, 隋唐から金元 時代になってからといわれています しょびょうげんこうろん そうげんぽう 隋代の 諸病源候論 痰飲病諸候 ( 巣元方 ) にあ せんきんようほうそんる 痰 と 飲 の区別, 唐代の 千金要方 ( 孫 しばくせいさいそうろく思邈 ) の 痰飲論, 宋代の 聖済総録 痰飲門, さんいんきょくいつびょうしょうほうろんちんげん 三因極一病証方論 ( 南宋 陳言 ) にある 痰飲叙論, じゅもんじしんちょうじゅうせい金 元代の 儒門事親 ( 張従正 ) の 湿門 の治 り湿法 ( 汗吐下 ), 李 とうえん東 たんけいしんぽう 垣の昇陽除湿法, 丹渓心法 しゅたんけい ( 朱丹渓 ) の 中湿 の三焦分治湿熱法など, 重要な 発展がみられました 朱丹渓の上 中 下焦に分け ごた湿治療は, 後に呉 きくつう鞠 に影響を与えたといわれています 風間医院 ( 茨城県取手市 ) 通 ( 清代 ) の三焦弁証の開発 りんおくまた宋代 ( 北宋 ), 国家的事業として, 林億らによっ しょうかんろん て校正された 傷寒論 ( 宋板傷寒論 ) が, 痰飲理 論発展の影響をかなり受けたものという推断も, そ の是非はともかく存在します わ ( 和 にこの歴史背景 ( 湿治療の発展 ) のなかで, 二 ざいきょく 剤局方 ほううんたんとう ) や温 ちんとう陳湯 はん 胆湯 ( 三因極一病証方論 ), 半 げびゃくじゅつてんまとうひいろん夏白朮天麻湯 ( 脾胃論 ) などの名方が生まれました また明 清代に入ると, 湿痰 ( 脾 ) 燥痰 ( 肺 ) 寒 痰 ( 腎 ) 熱痰 ( 心 ) 風痰 ( 肝 ) や 食痰 酒 痰 など臓腑や病因による分類治療に発展し, さらに, 近代に入り, 痰熱 ( 湿熱が鬱して生じた ), 痰核 ( 頸部や乳房に生じる結節 ) などの疾病概念も生まれ ました 痰証 の代表的な分類 治療の概略を表 1 に示します 今回は, 燥湿化痰剤の代表処方である二陳湯の理 解を通して, 痰治療の一端を学びましょう 二陳湯を理解する 組成半夏 5g, 茯苓 5g, 陳皮 4g, 甘草 1g, 生姜 1g 効能燥湿化痰 理気和中 適応症 構成生薬の働き 湿痰咳嗽 痰多く白色で喀出しやすい 胸膈痞悶 悪心嘔吐 胃部不快感 肢体倦怠 頭眩 動悸 舌苔白潤 脈滑 はんげ半夏の性味は, 辛 温, 有毒 帰経は, 脾 胃 肺で, 192 伝統医学 Vol.11 No.4(2008.12) 22
表 1 証の代表的な分類と治療 分類 症状 治療 湿 証 湿化 剤 証 化 剤 証 化 剤 証 治 化 剤 主に,1 燥湿化痰,2 降逆止嘔,3 消痞散結,4 消腫 止痛, の働きがあります 半夏は, 旧暦 4 月中旬から 5 月初め ( 初夏と晩夏の間, 中夏 ) に採取したことか ら半夏と呼ばれましたが, 現在は, 根茎が最も大きく なった夏から秋にかけ収穫されています 半夏の辛 温による燥湿作用は, 蒼朮 そうじゅつびゃくじゅつ 白 朮より強力で, 脾の働 きを改善 ( 燥脾湿 ) し, 水分の動きがよくなり, 肺に 留まることがなくなります ( 化肺痰 ) この働きを 燥 湿化痰 と呼びます 脾は生痰の源, 肺は貯痰の器 の説は, この臨床経験からも実証されます また, 胃 気上逆の悪心嘔吐に対し, 降逆止嘔 の働きがあり ますが, 痰の有無にかかわらず止嘔作用があることか ら, 現在は中枢性の止嘔作用があると認識され, 胃寒 しょうきょうしょう ( 生姜を配伍, 例えば小 はん 半 とうおうれん湯 ), 胃熱 ( 黄 連を配伍, しょうかんきょうとうにんじんはくみつ例えば小陥胸湯 ), 胃気虚 ( 人参 白蜜を配伍, 例え だいはんば大 げとう半夏湯 ), 胃陰虚など全ての嘔吐に用いることが できます その他, 胸脘痞悶 ( 心下痞 結胸など, 例 はんえば半 しゃしんとう瀉 こうぼく ぶくりょう 心湯 小陥胸湯 ), 梅核気 ( 厚朴 茯苓 そようはん蘇葉を配伍, 例えば半 げ 夏 こうぼくとう厚 朴湯 ), 痰核 ( 頸部や乳房 腫瘤 ) などに対する 消痞散結 の効能や, 中枢性の 鎮咳祛痰作用を有します ちんぴ陳皮の性味は, 辛 苦 温 芳香 帰経は, 脾 肺で, 主に,1 理気健脾,2 燥湿化痰, の働きがあり, 理気 ( 順気 降気 ) 作用により痰の留滞を治療します 茯苓は, 前回の苓桂朮甘湯で述べたように, 利湿 ( 利 水滲湿 ) に働き, 化痰の半夏と共に用いると過剰な湿 痰を除きます また生姜は, 止嘔 化痰の働きがあり, 半夏 茯苓 しょうはんげかぶくりょうとう生姜 の3 味は, 小半夏加茯苓湯 ( 金匱要略 ) の組 成で, 張仲景の時代の痰飲治療の基礎処方の 1 つとい えます しかし, はじめに述べたように宋代になると, 小半 夏加茯苓湯に順気作用のある陳皮と益脾和中 ( 調和 ) かんぞうの甘草が配伍された二陳湯が提出され, その後の痰飲 治療の発展に繋がりました 二陳湯の理解と適応 たいへいけいみんわざいきょくほう二陳湯は, 太平恵民和剤局方 巻之四治痰飲に 治 痰飲為患, 或嘔吐悪心, 或頭眩心悸, 或中脘不快, 或 発為寒熱, 或因食生冷, 脾胃不和 ( 痰飲患を為し, 或は嘔吐悪心, 或は頭眩心悸, 或は中脘不快, 或は発 するに寒熱を為し, 或は生冷を食するに因り, 脾胃和 せざるを治す ) とあり, 脾虚痰湿阻滞により生じる痰 飲, 痞満の症候を治すことができます りんしょうし 臨証指 なん南 い医 あん案 巻五に 一切緒痰, 起初皆由湿而 生 ( 一切の諸々の痰は, 初めは皆湿より生じる ) と あるように, 脾虚生湿が痰証の主原因の 1 つである以 上, 祛痰薬 + 健脾薬 + 理気薬をバランスよく配伍され た処方が理想的であり, 二陳湯は, 祛痰利湿 ( 半夏 茯苓 ), 健脾 ( 茯苓 甘草 ), 理気 ( 陳皮 ) と, その目 的に適う基礎的な方剤といえます ただし, 原本では, 乾きすぎを防ぐために酸 渋の うばい烏梅 ( 生津 ) が加えられています この処方は, 化痰和胃 ( 燥湿化痰 理気和胃 ) の効 能を有し, さまざまな種類の湿痰病証に適応します 二陳湯の臨床応用 1 神経疾患 : 神経症 うつ症状 2 呼吸器疾患 : 慢性気管支炎 肺気腫 感冒 咽喉痛 3 胃腸疾患 : 食傷 慢性胃炎 慢性胃腸炎 胃潰瘍 十二指腸潰瘍 4 心血管 : 動脈硬化症 高脂血症 不整脈 5 その他 : メニエール症候群 甲状腺腫などの腫瘤 糖尿病 ( 痰湿型 ) 23 伝統医学 Vol.11 No.4(2008.12) 193
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半夏 湯 茯苓飲合半夏 湯 苓 姜 夏 湯 症例 1 吐き気 胃もたれ 消化不良症例 2 パニック障害 10 歳, 女子 数日前から, 吐き気と胃もたれが 出現 吐き気のため, あまり食べられない 食べる と軟便が排出し, 食べた物が消化しきれない形で混じ る 舌淡, 舌苔白膩 湿潤 腹部全体は軟らかい た だし心窩部がやや膨満 胃部振水を認める 二陳湯エ へいいさんキス2 包と平胃散エキス2 包を合方し, 食前 3 回,5 日分処方 服用後, 吐き気は消失し食欲も回復 しか し 1 カ月後, 同じ症状が出現し来院 前回と同じ処方 を 10 日分処方して, 生水や清涼飲料水の飲みすぎに 注意し, 普段から温かい飲食物を摂ること, お腹を冷 やさないように注意することなどをアドバイス その 後, 再発はみられない 35 歳, 女性 会社員 高速道路を運転中, 急に動悸 とめまいが起きた 断続的に起こり, 手も痺れ始めパ ニック様になった すぐ当院受診, 心電図検査など実 施したが, 器質的な障害は認められない これまで数 度, 過換気症候群を起こしたことがあり, 高速道路走 行中に, 過度に緊張したことが誘因のパニック障害と 推定 中肉中背, 顔色普通, 普段から, 動悸 めまい が起こりやすく, 緊張しやすい性格 常に咽喉部に何 か物があり, 塞がっている感じがする 脈細滑 舌淡 紅, 舌苔薄膩 腹力中等度, 臍上悸あり 半夏厚朴湯 けいしかりゅうこつぼエキス3 包合桂枝加竜骨牡 れいとう蛎 湯エキス 3 包を 2 週間分 処方 急なパニック発作出現に対して, 頓服使用とし 25 伝統医学 Vol.11 No.4(2008.12) 195
て抗不安剤 ( アルプラゾラム ) も処方したが, 幸いな ことに漢方薬のみ服用し症状が軽減 アルプラゾラム の使用は一度もない その後 2 カ月服用, 症状が安定 し, 休薬 1 年後, 同じ症状が出現したが早期来院と まだ症状が軽かったためか, 同じ合方エキス剤を約 1 カ月服用し安定, 休薬となった 症例 3 カゼ症候群 (1) 29 歳, 女性 やや痩せ型 数日前から頭重 薄い 鼻水があり, カゼを引いたなと自覚したが, 微熱程度 で症状も軽く, 我慢していた もともと胃腸虚弱で, 疲れたり過食したりすると吐き気が起こり, 小半夏加 茯苓湯エキスを, 当院から受け取り常備薬にしている また, いつもは鼻水が主のとき, 小青竜湯エキス剤を 早めに短期間服用し, 事なきを得ていた 今回は油断 して時を失い, カゼ症状が遷延し, 併せて胃もたれ 吐き気がひどくなった 脈浮滑軟 舌淡, 舌苔薄白 じんそいん腹軟 参蘇飲エキス3 包合小半夏加茯苓湯エキス3 包 を 5 日間服用にて軽快 症例 4 60 歳, 男性 中肉中背 数日前から頭痛 悪寒 咽痛 軽い咳 全身倦怠感出現, 次第に身体の痛 みが増してきた 四肢筋肉痛, 腰痛が辛くなり来院 脈浮滑 舌淡紅, 舌苔薄白 腹力中等度 参蘇飲 ごエキス剤 3 包合五 にて軽快 症例 5 カゼ症候群 (2) 一過性高血圧 目眩 しゃくさん積散エキス剤 3 包を4 日分服用 81 歳, 女性 早朝起床時, 立ち上がろうとすると, 目眩 ( めまい ) がして吐き気がする 血圧を自分で測 ると 150/100mmHg 前後と高く, 動悸もする 普段 は 110/80mmHg くらいで安定しているが, たまに 血圧が一時的に高くなることがある 降圧剤は服用し ていない 来院時血圧 152/100mmHg, 心電図で洞 性不整脈以外は, 特に問題なし 脈沈細弦 舌淡, 舌 苔薄膩 腹力軟 痩せ型 身体が疲れやすく, 胃腸 が弱く小食, 目が疲れる 半夏白朮天麻湯加減の煎じ てんま薬 [ 半夏 3g, 白朮 3g, 天麻 2g, 茯苓 3g, 陳皮 2g, く生姜 1g, 炙甘草 1g, 枸 こ杞 し子 3g]1 週間分処方 1 週間後, 血圧 130/90mmHg, まだめまい ふらつき があり, 頭がフラーッとすることがあるが, 程度は軽 くなり動悸 吐き気もない 目の疲れが取れない さ らに 2 週間分処方後, 症状はほぼ解消し服薬を停止し た その後, 年に 1 2 度めまいで来院するが, 血圧 が安定しているときには, 苓桂朮甘湯エキス剤の服用 のみで解決する 症例 6 27 歳, 女性 母乳で育児中 最近 1 カ月以上, 咳 が続いている 薄い鼻水が出て, 痰が絡みやすく, い つも咳をしたくなる 発熱はない 冷え症で疲れやす い 抗生物質など薬物の服用を避けていたが, 咳が止 りょうかん まらないため来院 中肉中背 脈沈細 腹力軟 苓甘 きょう姜 み味 しん辛 にんとう仁 ほちゅうえっきとう 湯エキス剤 3 包合補中益気湯エキス剤 3 包,5 日分服用でほぼ改善 症例 7 66 歳, 男性 半年ほど前から, ときどき咳をした くなった 次第に咳き込むようになり, やや息苦しく なる 薄い鼻水と水っぽい白痰が出る 他医で祛痰剤 をもらい服用しているが, 改善しない 若い頃から長 い間, 塵芥を多く排出する職場に勤めていた 胸部喘 鳴聴取 普段から軟便で胃腸虚弱体質 脈沈弦 腹力 軟 苓甘姜味辛夏仁湯エキス剤 3 包合補中益気湯エキ ス剤 3 包と吸入ステロイド併用開始 1 週間後, 咳の 回数が減少, 胸部喘鳴が軽減 さらに 2 週間継続服用 本人は 呼吸が楽になり, 咳をしたくなくなった と さいぼくとう言う しかし翌週には再度咳発作が出現 柴朴湯エキ りっくんス剤や六 咳をしたくなる (1) 咳をしたくなる (2) し 君子 とう湯 加減の煎じ薬などを試み, 一時的に改 善したかのようにみえるが, やがてすぐ元に戻る 他 医との併診だが, 念のため胸部レントゲン撮影したと ころ, 微妙に気になる陰影? があり, 専門医療機関に 紹介 その後連絡が取れない 漢方薬は, 症状の改善 に有効な分, 原疾患の存在がみえにくくなる場合があ り注意が必要である 196 伝統医学 Vol.11 No.4(2008.12) 26