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法政大学スポーツ研究センター紀要 35. 89-94(217) フィギュアスケートの回転ジャンプパフォーマンス評価のための身体測定部位と方法に関する検討 - 肩峰間と大転子間における陸上回転ジャンプ測定からの検討 - The Effective Body Measurements Points and Method to Evaluate Performance of Figure Skating Rotational Jumps - Based on Digitising positions of Greater Trochanters and Acromions While Rotational Jumps on the Floor - 竹内洋輔 ( 法政大学兼任講師 スポーツ研究センター客員所員 ) Yohsuke Takeuchi キーワード : フィギュアスケート 回転 トレーニング 評価方法 1. 研究の目的現在のフィギュアスケートの競技におけるジャンプ ( 以下 ジャンプという ) は 国際スケート連盟 (International Skating Union : ISU) により 跳躍時の姿勢 エッヂワークによって 6 種類のジャンプに区分されている この 6 種類のジャンプは 24 年より新たに導入された ISU ジャッジングシステムにおいて基礎点が規定され 多回転ジャンプの重要度が増している ( 竹内 27) さらに この ISU ジャッジングシステム導入により現在のフィギュアスケートにおけるジャンプの成否は 競技会時には技術認定役員により回転角度の達成度が厳格に判定され 規程の回転角に満たない場合は大幅に減点されるという変更がなされた このことから 氷上のジャンプにおいて 空中で十分な回転角を満たすことの重要性が増してきている フィギュアスケートの回転ジャンプは着地時の脚が片脚であり かつバックアウトサイドであるべきであると定められている (ISU Technical Handbook p16) バックアウトサイドで着地するためには反時計回りに回転した場合は右足で着地する必要があり 逆回転の場合 その反対となる 回転を起こすためには股関節 腰椎 胸椎といった体幹部分を矢状軸に対して水平に捻転をし それを反対方向に捻転し返すことにより 回転方向への運動エネルギーを発生させている これまでのジャンプに対する代表的なバイオメカニクス的な分析は D.King ら (D.King ら 1994 24) や 池上康男 (1991) 池上久子ら ( 池上久子ら 24 25 26) の研究がある ジャンプのパフォーマンス評価に用いられるパラメーターの1つとして 回転の角速度がある 先行研究では肩峰間または 大転子間を結ぶ線分を氷面に投影し 線分の回転角 ( 角速度 ) を用いて評価している しかしながら その部位間における測定値の特徴等については明らかになっていない これらの特徴を明らかにするためには 本来であれば 氷 上において同様の実験をし キャリブレーションされた映像から手動でデジタイズを行い そのパラメーターの差を測ることが望ましいが キャリブレーション設定や映像撮影位置等問題から氷上における実験環境の設定が難しい また反射マーカーを取り付け 氷上に三次元カメラを設置し自動追尾を行うことも スケートリンクの照明や その光量設定 氷面反射によるノイズの影響から 実験環境を設定すること難しい 以上のことから本研究では フィギュアスケート選手が日常的にトレーニングとして実施している陸上回転ジャンプを対象にその回転の特性を検討することとした この陸上回転ジャンプは 氷上の回転ジャンプ同様 跳び上がり前に回転方向と逆に体幹を捻り 跳び上がり時に捻り返しを行い 回転を発生させる 本研究は フィギュアスケートのジャンプを評価するパラメーターにおいて 先行研究にて実施されていた 肩峰間 と 大転子間 の角速度評価を 陸上における 2 回転ジャンプを対象に測定を実施する事により特徴を明らかにし フィギュアスケートの回転ジャンプのパフォーマンス評価における回転角評価により適した測定方法を検討する基礎資料とすることを目的とした 2. 方法 (1) 対象被験者は 大学体育会スケート部フィギュアスケート男子シングル競技を専門とする日本スケート連盟バッヂテスト 7 級以上を持った男子競技者 3 名 (H 大学体育会スケート部フィギュア部門学生 1 名 G 大学スケート部フィギュア部門学生 1 名 M 大学スケート部フィギュア部門学生 1 名 ) を対象とした 各競技者の身長 体重 競技歴は以下の表 1 の通りである また 全ての被験者の回転方向は反時計回りであった なお実験に先立ち 被験者に本研究の主旨 内容 手順に 89

法政大学スポーツ研究センター紀要 表 1: 被験者の条件 年齢 ( 歳 ) 身長 (cm) 体重 (kg) 競技歴 ( 年 ) 競技レベル 被験者 A 2 18. 7. 9 東西日本選手権出場 被験者 B 2 166. 54. 1 全日本選手権出場 被験者 C 19 16. 53. 15 全日本選手権出場 ついて十分に説明を行った (2) 撮影方法図 1 は 撮影時におけるカメラの位置を示したものである 撮影には 3 台の三次元計測カメラ (Flex3 ノビテック社) と 計測と同期して映像を取得するシーンカメラ (12hz 3 万画素カメラ ノビテック社 ) を用い 動作分析ソフト (VENUS3D ノビテック社 ) にて分析を行った 三次元計測カメラは正面および 左右 12 度の位置に設置し 毎秒 1 フレーム / 秒にて撮影を行った 併せてシーンカメラを背面に設置し 同期撮影を行った キャリブレーションにおける空間精度は.2mm あった 撮影にあたり 左右肩峰 大転子の他に 反射マーカーが動作によって追尾出来なかった際の補完用マーカーとして 左右肩峰に対して第 7 頸椎 大転子に対して左右上前腸骨棘と左右上後腸骨棘にマーカーと 計 8 カ所に反射マーカーを取り付けた また回転の成否を判断するため 右踵に 1cm 程度の板を取り付け 踵と板の先端の 2 カ所に反射マーカーを取り付けた (3) 回転ジャンプの実施方法被験者には試技方法を統一するため 試技開始時から跳躍まで身体の正面に対し 両脚の先端を撮影エリア中央にマーキングされた T 字ライン上に合わさるように指示をした 跳び上がる前の準備局面の予備動作において 試技開始から跳躍までの間に脚の位置を指示位置に固定できない選手は 最終の踏み切り姿勢時に T 字ラインに両脚の先端が合わさるように指示をした 着地動作に関しては 氷上と同様に片脚で着地するよう指示をした 試技は 1 人 1 回行い 連続して実施した 被験者は疲労を感じた場合 試技を中断し 回復するまで待つように指示した (4) 試技の失敗試技の失敗の判断は 対象者が意図して実施した回転数に対してマイナス 9 度までの着地を成功とする ISU の定義を使 映像確認用同期シーンカメラ 三次元計測カメラ撮影範囲シーンカメラ撮影範囲 三次元計測カメラ 4m 程度 試技指示用 T 字ライン X 軸 三次元計測カメラは正面および正面から左右 12 度の位置に設置 Z 軸 Y 軸 4m 程度 図 1: カメラの位置 9

第 35 号 着地局面空中局面準備局面 図 2: フィギュアスケートの回転トレーニングに用いられる陸上回転ジャンプの局面分類 右大転子 θ 左肩峰大転子肩峰左右肩峰 大転子の中点左大転子 回転方向 右肩峰 正面 体幹の捻転により 大転子間の線分より右肩峰が身体前面に越えた場合の角度をプラス 逆の場合をマイナスとする 図 3: 大転子間の線分に対する肩峰間の線分の角度に関する定義 用した そのため 本研究では三次元分析後 2 回転ジャンプの総回転数が 72 度マイナス 9 度に満たなかった回転を失敗と見なすこととした (5) 分析項目 1 試技の局面分けに関して図 2 は本研究における局面の定義を示している 局面は大きく準備局面 空中局面 着地局面の 3 つに分類される 準備局面は 回転を実施するために時計回りに体幹を捻転しきり 膝の屈曲が最大となったところを始まりとし の前までとした 空中局面はから接地まで 着地局面は着地後左脚を身体後部に引いたところまでとした 2 三次元座標データの補間三次元計測カメラによって撮影している反射マーカーの三次元座標データが 腕等の動きによって影となり得られなかった場合は スプライン補間を行うこととした スプライン補間ができなかった試技は 本研究のデータとして取り扱わな いこととした 3 肩峰間と大転子における回転角速度局面構造における準備局面と空中局面の左右肩峰と左右大転子について それぞれの左右を結ぶ線分を平面に投影し その線分の回転角について 撮影したポイントデータより算出した 4 大転子間に対する 肩峰の捻転角度図 3 は 大転子間の線分に対する肩峰間の線分の角度に関する定義を示したものである 大転子間の線分の中点と 肩峰間の線分の中点を重ね合わせ その角度の変位を求めた 体幹の捻転により 大転子間の線分を肩峰間の線分が回転方向に越えた場合をプラス 逆の場合をマイナスの角度として算出をした 91

法政大学スポーツ研究センター紀要 角度 (deg) 肩峰角度 ( 度 ) 4 3 2 1-1 -2-3 -4-5 -6..4.8.12.16.2.24.28.32.4.44.48.52.56.64.68.72.76 時間 (sec) 被験者 A 角度 (deg) 大転子 - 肩峰角度 ( 度 ) 5 4 3 2 1-1 -2-3 -4..4.8.12.16.2.24.28.32.4.44.48.52.56.64.68.72.76 時間 (sec) 被験者 B 大転子 - 肩峰角度 ( 度 ) 5 4 3 角度 (deg) 2 1-1 -2-3..3.6.9.12.15.18.21.24.27.3.33.39.42.45.48.51.54.57.63.66.69.72 時間 (sec) 被験者 C 図 4: 被験者 A,B,C の大転子を基準とした肩峰の角度変化 3. 結果 (1) 有効データ数被験者 3 名のデータに関して 総回転数とスプライン補完の観点から有効なデータを抽出した 結果 総回転数による失敗は無かったが スプライン補完が出来ない試技が多く 有効データは 各被験者 1 つずつ 計 3つとなった (2) 大転子間に対する 肩峰の捻転角度図 4 は被験者 A B C の大転子を基準とした肩峰の角度変化を示したものである 準備局面の開始を 秒として 空中局面の終わりである着地までをグラフで示している 各試技者共に 準備局面の最初は肩峰を回転方向と逆方向に捻転しており 空中局面の開始であるのタイミングに向け回転方向に肩峰を捻転し 大転子間の線分を肩峰間の線分が回転方向に越えていることが明らかになった その最大角は対象者 A が 33.1 度 対象者 B が 37.6 度 対象者 C が 4.1 度であった また回転方向に捻転された両肩峰は 空中局面において回転方向と逆方向に一度戻ることが明らかになった 着地に向け 回転速度を遅くするために回転方向と逆に肩峰を捻転させる動作等があることが考えられたが グラフからは認めら れなかった (3) 大転子間と肩峰間における準備局面から空中局面までの回転角速度の変位図 5 は被験者 A B C の大転子間と肩峰間における準備局面から空中局面までの回転角速度を示したもの 表 2 は各被験者の試技における準備局面と空中局面の平均角速度と最大角速度 および準備局面から空中局面への角速度の上昇率を示したものである 図 5 のグラフは準備局面の開始を 秒として 空中局面の終わりである着地までを示している 大転子を基準とした肩峰の角度変化や 肩峰 大転子の角速度の変化から 回転ジャンプは肩峰が回転方向へ捻転し 肩峰に追従する形で大転子間が回転していく動作であることがわかる 肩峰の平均速度に関しては 準備局面 空中局面において被験者間の差は殆ど無く 準備局面から空中局面への平均速度の上昇率もほぼ変わらなかった 一方 大転子の平均速度に関しては被験者間で差が大きかった 最大角速度は 各被験者共に準備局面より角速度が上がっていき 空中局面中にピークを迎えていることが明らかになった 92

第 35 号 肩峰角速度 大転子角速度 肩峰角速度 16 14 6 時間(sec) 時間(sec) 被験者A 被験者B 肩峰角速度 度.76.72.68.64.56.52.48.44.4.32.28.24.2..76.72.68.64.56.52.48.44.4.32.28.24.2.16.12.8.4 2.16 4 2.12 4 8.8 6 1.4 角速度(deg/sec) 8. 角速度(deg/sec) 12 1 14 14 12 16 大転子角速度 16 大転子角速度 度 角速度(deg/sec) 12 1 8 6 4 2..3.6.9.12.15.18.21.24.27.3.33.39.42.45.48.51.54.57.63.66.69.72 時間(sec) 被験者C 図 5 被験者 A B C の大転子間と肩峰間における準備局面から空中局面までの角速度 表 2 各試技の準備局面と空中局面の平均角速度と最大角速度および上昇率 被験者 部位 肩峰 大転子 肩峰 被験者B 大転子 肩峰 被験者C 大転子 被験者A 準備局面 (deg/sec) 461.43 121.43 436.79 91.21 466.77 146.67 平均速度 最大角速度 空中局面 上昇率 準備局面 空中局面 (deg/sec) (deg/sec) (deg/sec) 1145.24 248.19% 98.56 1372.25 114.81 939.48% 425.76 1436.35 197.15 251.18% 587.8 1423.34 172.64 1176.1% 16.1 1445.54 1183. 253.44% 695.1 14.94 1271.27 866.76% 546.42 1374.51 4 結論 これまでの選考研究では 2 台のカメラで実施がされてお 上昇率 151.4% 337.36% 242.44% 92.9% 21.57% 251.55% する点も多かったことから 今後はカメラの台数を増やす必 要性が示唆された り キャリブレーションによる空間精度は低かったことが考 また 今回の研究では 被験者それぞれにおいて 1 回の えられる これに対して今回はカメラ 3 台で実験を行ったこ 試技をデータとして集め 平均化等することにより データ とによって 空間精度を.2mm 程度まで上げることが出来た の個別性をできる限り排除する予定であったが 前述の理由 しかしながら 回転ジャンプ動作により反射マーカーが消失 により有効なデータが少なく 個別性の問題は排除できなかっ 93

法政大学スポーツ研究センター紀要 た 以上を踏まえた上で 今回の研究結果を以下に述べる 肩峰は上肢の関節の構造上 前後左右上下への関節の自由度が高い 回転の運動エネルギーの多くは この動作の自由度を利用して準備局面時に回転方向と逆に大きく捻転し 跳躍に合わせて回転方向へ捻転し返すことによりを得られていると考えられる またその際に 肩峰は大転子を越えるように回転方向へ捻転しているが その後逆方向に戻っている これは空中において上肢を屈曲 内転によって締める動作をすること 着地脚の規定から反時計回りの回転であれば右脚のアウトサイドで着地する必要があること さらには右半身で着地をコントロールできる姿勢に持っていく必要があることから 肩峰は回転と逆方向に戻っていることが考えられる そして これらの動きにより慣性モーメントを小さくすることになり 回転の速さを生み出していることが考えられる 回転ジャンプのパフォーマンス評価の為に回転の平均角速度を評価するためには 肩峰は運動の自由度が高すぎることから 安定して速度を測れない可能性がある よって回転の平均速度は回転ジャンプ時に肩峰に比べて動作の自由度が低い 大転子の方が望ましい可能性がある 一方で 平均角速度は被験者が指定された同じ回転数を回ろうとしている以上 跳躍時間に大きな差が出ない限り 平均角速度は変わらない よって 回転ジャンプの速さの能力を評価しようとした場合には 最大角速度を評価することが望ましいと考えられる 但し 最大角速度を評価するにあたり 肩峰と大転子どちらが望ましいかは 本研究の結果からは明らかにすることはできなかった 5. 研究の限界 今後への展望陸上回転ジャンプはフィギュアスケート競技者の中では一般的に行われているトレーニング方法であり 氷上ジャンプと動作は類似しているが 氷上ジャンプとの関連性については明らかになっていない そのため本研究は 回転ジャンプのパフォーマンス評価の方法の 1 つの検討に留まる また本実験において被験者間の動作は 跳び上がる前の準備局面において 被疑者間の予備動作の差が大きかった 準備局面の動作が 回転ジャンプのパフォーマンスに大きく作用するため 完全に試技を固定し普段実施していない方法にする事はできず 試技方法の統一は困難であった 今後は 予備動作のフォームを区分した上での実施が必要になる可能性がある 今回の手法は 映像からデジタイズすることが必要無かったことから リアルタイムに三次元座標データを得られた 今後回転ジャンプの指導において フォームの変更に対するパフォーマンス向上の有無などを即時に検討できる可能性が示唆された 今後 回転ジャンプのパフォーマンス評価の研究には以下の様なことも検討していかなければならないだろう 氷上回転ジャンプとのデータの関係性の検討 どのタイミングで肩峰を回転方向に捻りきることが 最 も効率よく回転角速度を得ることができるのかの検討 準備局面の角速度が空中局面の角速度に与える影響 空中での肩峰間の距離が回転速度に与える影響 大転子に身体部位が近い 上前腸骨棘 上後腸骨棘等 骨盤の傾きを評価出来る身体部位で測定した場合のデータの差違 6. 謝辞本研究を実施するにあたり 計測方法並びに解析方法を支援して頂きました株式会社ノビテックの高橋隆宜様 森一記様 また様々な助言を頂きました法政大学文学部心理学科林容市先生に感謝を申し上げます 参考文献 ISU Judging System Technical Handbook 216-217, p16, http:// www.isu.org 池上久子 池上康男 佐野伸也 水藤弘吏 吉岡信彦(26) フィギュアスケートにおける多回転ジャンプの運動学的研究 総合保健体育科学名古屋大学総合保健体育科学センター Vol29, No1, 27-33. 池上久子(25) フィギュアスケートのジャンプの回転技術 バイオメカニクス研究 JJBSE9(2) 25, p14-111. 池上久子 池上康男 佐野伸也 桜井伸二 吉岡信彦(25) フィギュアスケートジャンプのバイオメカニクス-クワッドサルコジャンプの運動学的研究 - 総合保健体育科学名古屋大学総合保健体育科学センター Vol28, No1, 15-22. 池上久子 池上康男 桜井伸二 岡本敦 吉岡信彦(24) フィギュアスケートジャンプのバイオメカニクス- 女子選手のトリプルアクセルジャンプの運動学的研究 - 総合保健体育科学名古屋大学総合保健体育科学センター Vol27, No1, 17-26. 池上康男(1991) フィギュアスケートのジャンプの三次元的分析 日本体育学会大会号 (42A) 414. Deborah L. King, Allison S. Arnold, Sarah L. Smith(1994), A Kinematic Comparison of Single. Double, and Triple Axels, JOURNAL OF APPLIED BIOMECHANICS, 1994, 1, 51-6. Deborah King, Sarah Smith, Brian Higginson, Barry Muncasy, Gary Scheirman(24), characteristics-of-triple-and- quadruple-toe-loops-performed-during-the-salt-lake-city- 22-winter-olympics, Sports Biomechanics, Volume 3, 24, 19-123. 94