平成 28 年度地域包括診療加算 地域包括診療料に係るかかりつけ医研修会 1. 脂質異常症 江草玄士クリニック 院長 江草玄士
はじめに 脂質異常症は高 LDL-コレステロール (C) 血症 高トリグリセライド血症 低 HDL-C 血症など血中脂質の異常をきたす生活習慣病であり 動脈硬化の重要な危険因子である 本講義では 脂質異常症診療の進め方について 最近の話題も交えながら概説する 図表 1
動脈硬化の発症 進展経過 脂肪線条粥状プラーク不安定プラークプラーク破綻 血栓 心筋梗塞脳梗塞図表 2
動脈硬化イベントに関与する多数の危険因子 危険因子 プラーク形成 プラーク破綻 血栓形成 加齢高 LDL-C 血症喫煙高血圧糖尿病 ( 炎症 ) 高血圧 炎症 喫煙糖尿病肥満高 TG 血症 図表 3
危険因子が多いほど冠動脈疾患の発症率は増加する 冠動脈疾患発症の危険率 (10 年間 ) (%) 60 55 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 : 男性 (55 歳 ) : 女性 (55 歳 ) 臨床上制圧すべきは : 高 LDL-C 血症 高血圧症 糖尿病 喫煙 * 加えて内臓脂肪型肥満 (Framingham Study) 危険因子の包括的管理 コレステロール 0 + + + + + 血圧 0 0 + + + + 喫煙 0 0 0 + + + 糖尿病 0 0 0 0 + + 左室肥大 (ECG) 0 0 0 0 0 + コレステロール 0: 血清総コレステロール 180mg/dl, HDL-C 男性 ;45mg/dl, 女性 ;55mg/dl, +: 血清総コレステロール 250mg/dl, HDL-C 35mg/dl 血圧 0: 収縮期血圧 120mmHg, +: 収縮期血圧 150mmHg, 喫煙 0: 非喫煙者, +: 喫煙者または過去 1 年以内の喫煙者 糖尿病 0: 耐糖能正常, +: インスリンまたは経口糖尿病薬で治療を受けている患者 または空腹時血糖 140mg/dl 以上 左室肥大 (ECG) 0: 心電図所見で左室肥大なし, +: 心電図所見で左室肥大あり (Anderson KM et al., Am Heart J,121. 1991 より改変 ) 図表 4
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012 血清脂質と冠動脈疾患の発症リスク a) 総コレステロール値と冠動脈疾患死亡の相対危険度 ( 男女 )NIPPON DATA80 相対危険4 3 度2 1 0 159 200<:1.0 200-219 :1.4 220-239: 1.6 240-259: 2.0 160 ~180 ~200 ~220 ~240 ~260 (%) 5 CAD リスク 4 冠動脈疾3 患合併2 率1 0 ~179 199 219 239 259(mg/dL) b)hdl コレステロール値と冠動脈疾患合併率 4 相対3 危険度2 35~40 ~45~50~55~60~65~70 ~75~80~34 39 44 49 54 59 64 69 74 79 (mg/dl) c)tg( 随時 ) と冠動脈疾患発症の相対危険度 ( 男女 ) 1 0 84 ~85~115 116 165 164(mg/dL) (Okamura T et al: Atherosclerosis,190:216-223,2007) (Kitamura A et al :Circulation,89: 2533-2539,1994 のデータをもとに再解析 ) (Iso H et al:am J Epidemiol,153:490-499,2001) 図表 5
LDL-C はアテローム血栓性脳梗塞の発症リスク (LDL-C4 分位レベル別脳梗塞発症リスク : 久山町研究 ) 心原性脳塞栓 P=0.02 ラクナ梗塞 アテローム血栓性脳梗塞 <103 103-125 126-150 >150mg/dl P: 傾向性 p 値 (Imamura T: Stroke 40.2009より改変引用 ) 図表 6
高コレステロール血症の頻度および 受療率の経年変化 都市部住民の高 C 血症の頻度 ( 年齢調整 ) 高脂血症受療率の年次変化 60 40 女性 男性 20 0 64-66 76-79 84-87 92-95 00-03 ( 年 ) (Kitamura A:JACC52.2008 より改変 ) 図表 7
心筋梗塞の年齢調整発生率 120 (Takashima AMI registry, 人口 10 万人当り ) 年齢調整発生率 ( 人口 10 万人当り ) 100 80 60 40 20 0 男性 女性 90~ 92 93~ 95 96~ 98 99~ 01 Year (Rumana N: Am J Epidemiol,167.2008 より改変引用 ) 図表 8
脂質異常症 : スクリーニングのための診断基準 ( 空腹時採血 ) LDL コレステロール 140mg/dL 以上 120-139mg/dL 高 LDL コレステロール血症 境界域高 LDL コレステロール血症 HDL コレステロール 40mg/dL 未満 トリグリセライド 150mg/dL 以上 低 HDL コレステロール血症 高トリグリセライド血症 LDLコレステロールはFriedewald(TC-HDL-C-TG/5) の式で計算する TGが400mg/dL 以上や食後採血の場合にはnon HDL-C(TC-HDL-C) を使用し その基準はLDL-C+30mg/dL(?) とする 図表 9 ( 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012)
non HDL コレステロールとは? non HDL- コレステロール (TC-HDL C) Friedewald 推定式 (TC-HDL-C-TG/5) (VLDL) 1.006 (IDL) 1.009 (LDL) 1.063 (HDL) TG リッチリポ蛋白 Lp(a), sdldl, LDL 食後採血でも評価可能高 TG 血症の時有用およそ LDL-C+30mg/dl 動脈硬化惹起性リポ蛋白を包括 図表 10
心筋梗塞予測能 :JAS 基準を閾値として ( 男性 非空腹 ) ( LDL-C:140mg/dl, NHDL-C:170mg/dl, TC 220mg/dl ) 95% 信頼区間 Hazard ratio and 95% Cl CIRCSsLDL SuitaLDL IwateLDL ND90LDL LDL summary CIRCSsNHDL SuitaNHDL IwateNHDL ND90NHDL NHDL summary CIRCSsTC SuitaTC IwateTC ND90RC TC summary ハザード比 1.55 2.15 2.16 1.98 2.01 1.78 1.78 2.12 1.80 1.87 2.22 1.52 1.68 1.43 1.62 下限 0.60 1.11 1.11 1.06 1.42 0.70 0.91 1.05 0.94 1.31 0.87 0.77 0.81 0.74 1.12 上限 3.98 4.18 4.20 3.71 2.85 4.56 3.50 4.27 3.47 2.68 5.63 3.00 3.48 2.75 2.33 P 値 0.37 0.02 0.02 0.03 0.00 0.23 0.09 0.04 0.08 0.00 0.09 0.23 0.17 0.29 0.01 ( 寺本民生 : 厚生労働省科学研究費補助金循環器疾患 糖尿病等生活習慣病対策研究事業. non-hdl 等血中脂質評価指針及び脂質標準化システムの構築と基盤整備に関する研究. 平成 25 年度 ~27 年度総合研究報告書より改変引用 ) 0.2 0.5 1 2 5 risk low risk high 図表 11
non-hdlc 値と心筋梗塞発症ハザード比 3.00 ( 吹田研究の解析 ) 2.50 ハザード比 2.00 1.50 1.42 1.60 1.77 1.63 1.17 1.25 1.17 1.22 1.00 0.50 Non-HDLC(mg/dl) 160 165 170 175 180 185 190 195 * 解析対象人数 : 男女 n=3822 ( 寺本民生 : 厚生労働省科学研究費補助金循環器疾患 糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業. Non-HDL 等血中脂質評価指針及び脂質標準化システムの構築と基盤整備に関する研究. 平成 25 年度 ~27 年度総合研究報告書より改変引用 ) 図表 12
non HDL-C 1.Non HDLはCAD 発症予測のスクリーニングとしてLDL-Cに勝るとも劣らない ( 特に男性 ) 2.CAD 発症スクリーニング基準 : 185~195mg/dl 3.Non HDLもTG 600mg/dlでは不正確 4. 特定健診 :LDL-Cのかわりにnon HDL-Cの採用が検討されている ( スクリーニング基準 : 190mg/dl) 図表 13
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012 リスク区分別脂質管理目標値 治療方針の原則 一次予防まず生活習慣の改善を行った後 薬物療法の適用を考慮する 管理区分 カテゴリー Ⅰ (0.5%<) カテゴリー Ⅱ (0.5-2.0%) カテゴリー Ⅲ (2.0% ) 脂質管理目標値 (mg/dl) LDL-C HDL-C TG non HDL-C <160 <190 <140 <170 <120 40 <150 <150 二次予防生活習慣の是正とともに薬物治療を考慮する 冠動脈疾患の既往 <100 <130 ( 糖尿病 CKD PAD 非心原性脳梗塞は CAD のリスクが高いのでカテゴリー Ⅲ) 図表 14
生活習慣の改善が危険因子治療の基本 1. 禁煙 受動喫煙の回避 2. 適正な Cal 摂取 標準体重維持 3. 脂身 乳脂肪 卵黄の摂取を抑え 魚類 大豆製品の摂取増加 4. 野菜 未精製穀類 海藻の摂取増加 5. 減塩 6. アルコール摂取制限 7. 1 日 30 分以上の有酸素運動励行 図表 15
脂質異常症食事療法の混乱 健常者では食事中 CH 摂取量と血中 CH 値の関連 を示す十分な根拠がない :CH 摂取制限の必要 はない ( 厚生労働省 : 日本人の食事摂取基準 2015) 高 LDL-C 血症患者 : 伝統的日本食の推奨 飽和脂肪酸摂取制限 (4.5-7.0%) トランス脂肪酸摂取制限 コレステロール摂取制限 (200mg/dl 以下 ) ( 食事療法の反応性は個人差が大きい ) 図表 16
トランス脂肪酸 ( 天然油脂を水素添加で固形化する時産生される ) 冠動脈疾患リスク増大 LDL 上昇 HDL 低下作用 インスリン抵抗性増大 内臓脂肪蓄積 高感度 CRP 上昇 ( 炎症 ) 認知症リスク増大 不妊症のリスクが高まる 米国 :2018 年以降トランス脂肪酸の発生源となる油の全面禁止日本 : 日本人の摂取量は全カロリー中 0.3% 程度で WHO 基準 1% を超えておらず規制はない 図表 17
イカ タコ エビは食べてよいか? 100gあたりのCH 含有量 : 卵 :420mg, イカ ( 生 ):270mg, いくら :480mg, 焼たらこ :410mg, シュークリーム :250mg, マヨネーズ :375mg, バター :284mg イカ タコ カニ エビなどはタウリンを豊富に含有 タウリン: リパーゼなどの消化酵素の作用を高め 胆汁酸合成を促進してCH 排泄に関与 * 日常の食事でとる程度の甲殻類 頭足類は制限しなくてよい * 高 C 血症で食事療法中の患者では過剰摂取は避ける 図表 18
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012 高脂血症治療薬の薬効による分類 分類 LDL-C TG HDL-C non HDL-C 主な一般名 スタチン 陰イオン交換樹脂 - プラバスタチン シンバスタチン フルバスタチン アトルバスタチン ピタバスタチン ロスバスタチン コレスチラミン コレスチミド プロブコール - プロブコール ニコチン酸誘導体 フィブラート系 ニコチン酸トコフェノール ニコモール ニセリトロール クロフィブラート クリノフィブラート ベザフィブラート フェノフィブラート EPA - - - イコサペント酸エチル エゼチミブ エゼチミブ 図表 19
脂質異常症治療薬の主な副作用 スタチン陰イオン交換樹脂エゼチミブフィブラート系プロブコール多価不飽和脂肪酸 横紋筋融解症 ミオパチー症状耐糖能低下胃腸障害胃腸障害 肝障害 CPK 上昇横紋筋融解症 肝障害 腎機能障害 (Cre>2.0,CKDG4: 禁 ) QT 延長 多形性心室頻拍胃腸障害 出血傾向 図表 20
LDL-C 低下によるイベント抑制効果 スタチンによるLDL-C 39mg/dl 低下ごとのリスク低下 (26 研究 170000 人 ) 冠動脈イベント 0.76(0.73-0.79) 脳梗塞 0.80(0.7-0.88) 脳出血 1.10(0.86-1.42) (CTT Collaboration.Lancet 376,2010. より改変 ) 図表 21
スタチンによるLDL-C 低下療法 : 癌との関連 癌発症率 スタチン群コントロール群相対危険度 5221(87087) 5210(87062) 1.00(0.96-1.04) 癌死亡率 スタチン群コントロール群相対危険度 1812(86411) 1839(86387) 0.98(0.92-1.05) 27 研究 17 万 5000 人のメタ解析 (CTT Collaboration. PLoS ONE 7,2012 より改変 ) 図表 22
スタチンによる LDL-C 低下療法の長期予後 (WOSCOPS の 20 年にわたる経過 :5 年間服用の遺産効果 ) 総死亡 (p=0.0007) 心血管疾患死 (p=0.0004) 研究 (5 年間 ) 終了 5 年後のスタチン服用率 : スタチン群 (38.7%) プラセボ群 (35.2%) 冠動脈疾患死 (p=0.0002) 非心血管疾患死 (p=0.12) 脳卒中 (p=0.35), 癌 (p=0.49) (Ford I: Circulation,133.2016 より改変 ) 図表 23
高 TG 血症への対応 * 高 TG 血症に随伴する病態 : 糖尿病 メタボ インスリン抵抗性増強 HDL-C 低下 レムナント増加 sdldl 増加 血栓形成傾向が複雑に関与 * 摂取エネルギー制限 + 運動療法が治療の基本 * 高 TG 血症に対するフィブラートのイベント抑制効果 : 冠動脈疾患の二次予防効果あり ( メタ解析 ) * 治療の進め方 : まず nonhdl-c 管理をスタチンで 行い その後フィブラート n-3 系製剤の併用を考慮 * 治療抵抗性の異常高値例 : 専門医療機関へ紹介 図表 24
HDL-C の考え方 *CAD 発症率 :HDL-Cが高いほど低く HDL-Cが低いほど高い *HDL-C<40mg/dlでCAD 合併率が高くなる *HDL-C 低値の原因 : 肥満 喫煙 運動不足 糖尿病 高糖質食など ( 高 TG 血症に随伴 ) * 高 HDL-C 血症 : 大部分はCETP 欠損症であり 動脈硬化抑制作用がない機能不全型 HDLが増加 アルコール過剰摂取によるHDL 増加もCETP 抑制が関与 * 低 HDL-C 血症 : 生活習慣改善が治療の主役 *LDL-C 低値でもHDL-C 低値はCADのリスク : LDL/HDL 比が注目 図表 25
3.0 LDL-C/HDL-C 比と 急性心筋梗塞発症リスク 男性 8714 名 63.7 グラフ歳 2.7 タイトル年追跡 LDL/HDL 比 >2.5はAMIのリスク上昇 LDL/HDL 比 <1.5はプラーク退縮顕著 * P:0.03 3.50 2.0 1.0 P=0.98 1.0 0.99 P=0.53 1.51 0 *Nicholls SJ:JAMA,297.2007 <1.6 1.6~2.1 2.1~2.6 2.6 LDL-C100mg/dlでも HDL-C40mg/dl 未満なら リスク増大 (Yokokawa H: J Atheroscler Thromb,18. 2011 より改変 ) 図表 26
一次予防例の薬物療法の進め方 * 生活習慣管理を十分行ったにもかかわらず LDL-C 管理目標が達成できない場合に薬物療法を考慮 * 低リスクのカテゴリー Ⅰにおいても LDL-C 180mg/dl が持続する時は薬物療法考慮 * 高 LDL-C 血症にはスタチンが第一選択 * リスクの高い高 LDL-C 血症では スタチンに加えエゼチミブ あるいはEPA 投与を考慮 * 低 HDL-C 血症を伴う高 TG 血症に対しては リスクの重みに応じフィブラート系やニコチン酸誘導体などの併用を考慮 図表 27
脂質異常症治療ガイド 2013 年版 症例 49 歳男性 [ 受診目的 ] 高コレステロール血症に関する精査加療目的 [ 現病歴 ] これまで定期的な受診や採血検査は受けておらず 10 年前頃に採血された時に高コレステロール血症を指摘されたが 食事に注意するようにいわれたまま放置していた 長男が会社の健診で高コレステロール血症を指摘され 勧められて来院 [ 生活歴 ] 喫煙は20 本 27 年 アルコールは缶ビール350mL/ 日 [ 家族歴 ] 父が53 歳で突然死 弟が高コレステロール血症で治療中 [ 既往歴 ] 特記すべきことなし 図表 28
脂質異常症治療ガイド 2013 年版 検査所見 T-Cho 286mg/dL,TG 132mg/dL,HDL-C 43mg/dL LDL-C 217mg/dL (Friedewald 式 ) FBS 84mg/dL,HbA1c (NGSP) 5.6% Cre 0.74mg/dL,eGFR 88.3mL/min/1.73m 2 尿蛋白 (-) 尿潜血(-) 安静時心電図 胸部 X 線異常なし 図表 29
理学的所見 脂質異常症治療ガイド 2013 年版 身長 164cm, 体重 60kg,BMI 22.3kg/m 2 血圧 104/62mmHg, 脈拍 54/ 分, 整眼瞼黄色腫なし 角膜輪あり アキレス腱肥厚あり 甲状腺腫なし 両側頸動脈雑音聴取なし 図表 30
脂質異常症治療ガイド 2013 年版 角膜輪 アキレス腱肥厚 図表 31
成人 (15 歳以上 )FH ヘテロ接合体診断基準 1. 高 LDL-C 血症 ( 未治療時の LDL-C 180mg/dL 以上 ) 2. 腱黄色腫 ( 手背 肘 膝などの腱黄色腫あるいはアキレス腱肥厚 ) あるいは皮膚結節性黄色腫 3. FH あるいは早発性冠動脈疾患の家族歴 (2 親等以内の血族 ) 2 項目が当てはまる場合 FH と診断する 皮膚結節性黄色腫に眼瞼黄色腫は含まない 早発性冠動脈疾患は男性 55 歳未満 女性 65 歳未満と定義する *500 人 (250 人?) に一人の割合 : 患者数は多いので注意! * 男性では 30 代 女性では 50 代後半より MI が増加 *FH の死因の 60% は冠動脈疾患による ( 馬淵宏 : 医学のあゆみ 245.2013) 図表 32
脂質異常症治療ガイド 2013 年版 治療の基本方針 ( 治療ガイド 2013) FH の治療の基本は LDL-C の厳格な管理による早発性の冠動脈疾患など動脈硬化性疾患の発症予防であり 早期診断と厳格な治療が必要である FH は冠動脈疾患のリスクが高いため 運動療法を始める前に冠動脈疾患のスクリーニングが必須である 生活習慣の改善のみでは LDL-C の治療目標値への低下は極めて困難であり ヘテロ接合体では強力な薬物療法 ホモ接合体では LDL アフェレシスなどを必要とする 成人ヘテロ接合体の LDL-C の管理目標値は 100mg/dL 未満とする この目標値に到達できない場合でも 治療前値の 50% 未満を目指す ヘテロ接合体の薬物療法は スタチンが第一選択となるが エゼチミブ 陰イオン交換樹脂 プロブコール (PCSK9) などの併用も考慮する 家族性高コレステロール血症 (FH) については管理目標設定のためのフローチャートを適用しない 図表 33
日本人 FH はスタチン反応性が良い TC (mg/dl) 300 316 60 歳 女性 :FH ヘテロ ( アキレス腱肥厚 (+)) プラバスタチン (10mg) アトロバスタチン (20mg) 250 200 0 2001 2002 10 12 1 3 5 2003 1 166 2004 8 12 5 9 12 2005 2006 2007 3 7 10 3 7 10 4 FH はスタチンの有効性が低いとの誤解が 診断率低下の一因か? 図表 34
日本の家族性高コレステロール血症の診断率は低い スタチンでコントロールできている患者でも : 1 治療前の C 値の再確認 2 家族歴の再確認 3 アキレス腱の触診など行い FH の発見に努める 日本 (Nordestgaard BG: Eur Heart J, 34.2013) 図表 35
LDL 受容体分解促進蛋白 :PCSK9 FHの遺伝子変異 : LDL 受容体 (80%) アポB(10%) に次ぐ第 3の因子 ただし頻度は 6% 程度と低い LDLR PCSK9 が細胞内で LDLR に結合 LDLR を分解してリソゾームに取り込む PCSK9 が細胞外で LDLR に結合 LDL 肝細胞 LDLR PCSK9 リソゾームで消化 細胞外 PCSK9 細胞外に分泌 プロ蛋白質転換酵素ファミリー 9 番目の因子肝臓 小腸 腎で高発現 PCSK9 mrna 核 PCSK9 機能獲得型変異は FH の原因となる 図表 36
PCSK9 遺伝子異常による機能喪失型変異保有数では LDL-C が低く 冠動脈疾患のリスクが低い 30 A No PCSK9 46L Allele (N=9223) 50 th Percentile B : 15 年間の冠動脈疾患発症率 (%) 12 P=0.003 遺伝子異常頻度 (%) 20 10 0 30 20 10 0 50 100 150 200 平均 LDL-C 137mg/dl 250 300 PCSK9 46L Allele 遺伝子異常による (N=301) PCSK9の機能喪失群 LDL-R 分解低下で LDL-R 活性増強 平均 LDL-C 116mg/dl 8 4 0 なし あり PCSK9 機能喪失型遺伝子変異 0 0 50 100 150 200 250 300 機能喪失型変異保有者では LDL-R の分解が低下し LDL-R 活性増強 PCSK を分子標的とした創薬 : 抗体医薬 (Cohen JC : N Engl J Med, 354. 2006 より改変 ) 図表 37
PCSK9 阻害抗体 evolocumab の LDL-C 低下効果 140 (OSLER) LDL コレステロール (mg/dl) 120 100 80 60 40 20 0 LDL-C 60mg/dl, 60% 低下 : 従来治療 : evolocumab No. at Risk Baseline 4 12 24 36 43 (Weeks) Standard therapy 1489 394 1388 1376 402 1219 evolocumab 2976 864 2871 2828 841 2508 Absolute reduction (mg/dl) 60.4 73.4 70.4 72.7 70.5 Percentage reduction (%) 45.3 60.9 58.8 54.0 58.4 P value <0.001 <0.001 <0.001 <0.001 <0.001 (Sabatine MC : N Engl J Med, 2015 より改変 ) 図表 38
心血管イベントに対する evolocumab 追加投与の効果 100 (OSLER) 90 80 3 Hazard ratio: 0.47(95% Cl, 0.28-0.78) P=0.003 累積発症率 (%) 70 60 50 40 30 20 2 1 0 : 従来治療 : Evolocumab 0 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 365 10 0 0 30 60 90 120 150 180 210 240 270 300 330 No. at Risk ( 日 ) Standard therapy 1489 1486 1481 1473 1467 1463 1458 1454 1447 1438 1428 1361 407 Evolocumab 2976 2970 2962 2949 2938 2930 2920 2910 2901 2885 2871 2778 843 365 心血管イベント : 死亡 MI 入院不安定狭心症 冠再灌流療法 脳卒中 TIA 心不全入院頻度 :0.95 vs 2.18% (Sabatine MC : N Engl J Med, 2015より改変引用 ) 図表 39
コレステロール西暦 2000 年日本人の血清脂質調査における年齢別 男女別総コレステロール値 (mg/dl) 男性 220 200 180 160 30~ 39 40~ 49 50~ 59 総60~ 69 年齢 70~ 79 80~ 89 ( 歳 ) 女性 (Arai H et al. J Atheroscler Thromb,12.2005. より改変引用 ) 図表 40
急性心筋梗塞および脳梗塞の発症率 ( 年間人口 10 万人当り, 性 年齢別 ) (Takashima Registry/1991~2001 調査 ) ( 人 ) 急性心筋梗塞 1200 1000 : 男性 : 女性 ( 人 ) 脳梗塞 1200 1000 : 男性 : 女性 800 800 600 600 400 400 200 200 0 0 35-44 45-54 55-64 65-74 75-84 85( 歳 ) 35-44 45-54 55-64 65-74 75-84 85( 歳 ) 図表 41 (Rumana N et al. Am J Epidemiol 167, 2008 及びKita Y et al. Int J Stroke 4, 2009より改変引用 )
血管合併症有無別に見たスタチンの LDL-C 低下 (39mg/dl ごと ) による 心血管イベント抑制効果 (27 試験メタ解析 ) 男性 女性 血管合併症 (-) 0.72 (0.66-0.80) 0.85 (0.72-1.00) 血管合併症 (+) 0.79 (0.76-0.82) 0.84 (0.77-0.91) (CTT collaboration: Lancet 385. 2015 より改変 ) 図表 42
冠動脈疾患 60yrs 55yrs 50yrs ALL 女性に対するスタチンの動脈硬化予防効果 (MEGA) 食事 TX 食事 +スタチン No (1000 person-years) 30/1425 (4.68) 16/1380 (2.57) 35/2126 (3.63) 22/2039 (2.40) 36/2602 (3.05) 25/2493 (2.24) 36/2718 (2.91) 26/2638 (2.20) 食事 + スタチン有効 食事有効 HR (95%CI) 0.55 (0.30-1.02) 0.65 (0.38-1.10) 0.72 (0.43-1.20) 0.74 (0.45-1.23) P- value 0.06 0.11 0.20 0.27 冠動脈疾患 + 脳梗塞 60yrs 47/1425 (7.38) 23/1380 (3.70) 0 0.5 1 1.5 HR 0.51 (0.31-0.83) 0.007 55yrs 54/2126 (5.63) 33/2039 (3.60) 0.63 (0.41-0.97) 0.04 50yrs 56/2602 (4.76) 38/2493 (3.41) 0.70 (0.46-1.06) 0.09 ALL 56/2718 (4.55) 40/2638 (3.39) 0.73 (0.49-1.10) 0.15 0 0.5 1 1.5 HR (Mizuno K et al. Circulation,117. 2008 より改変 ) 図表 43
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012 女性への対応 1. 閉経前の女性における脂質異常症に対しては 生活習慣改善による非薬物療法が中心となる 2. 閉経前であっても家族性高コレステロ - ル血症や 冠動脈疾患二次予防 ならびに一次予防のリスクの高い患者には 薬物療法も考慮する 3. 閉経後の女性の脂質異常症においては 生活習慣の改善が優先されるが 危険因子を十分勘案して 薬物療法も考慮する 図表 44
スタチンによる LDL コレステロール低下療法の主要心血管イベントに及ぼす影響 ( 年齢別 ): (26 研究 17 万人のメタ解析 ) 年齢層 スタチン群 イベント数 ( 年間発症率 ) コントロール群 イベント数 ( 年間発症率 ) 相対リスク (LDL-C 39mg/dl 低下ごと ) 65 歳未満 6,050 (2.9%) 7,455 (3.6%) 65 歳 ~75 歳未満 4,032 (3.7%) 4,908 (4.6%) 75 歳以上 885 (4.8%) 989 (5.4%) 0.78 (0.75-0.8) 0.78 (0.74-0.83) 0.84 (0.73-0.97) (CTT Collaboration, Lancet 13, 2010 より改変 ) 図表 45
高齢者に対するスタチンの心血管疾患予防効果 (PROSPER:70-82 歳 ) 二次予防 冠動脈疾患死 非致死性心筋梗塞 致死性および非致死性脳卒中 冠動脈疾患死 非致死性心筋梗塞 致死性および非致死性脳卒中 一過性脳虚血 スタチン群 (n=1,306) 227 166 74 47 プラセボ群 (n=1,259) 273 211 69 64 J-STARS アテローム血栓性脳梗塞 65 歳以上で有意なリスク低下 一次予防 冠動脈疾患死 非致死性心筋梗塞 致死性および非致死性脳卒中 冠動脈疾患死 非致死性心筋梗塞 致死性および非致死性脳卒中 一過性脳虚血 (n=1,585) 181 126 61 30 (n=1,654) 200 145 62 38 0 0.25 0.5 0.75 1 1.25 1.5 1.75 2 スタチン群良好 プラセボ群良好 n=2,804 年齢:70~82 歳 血管疾患またはその危険因子を有する高齢者を平均 3.2 年向きに調査図表 46 (Shepherd J et al., Lancet 360, 2002より改変 )
85 歳以上の高齢者における各疾患死亡率とコレステロール値との関係 ( AWE Weverling-Rijnsburger et al. Lancet,350.1997 より改変 ) 1.0 0.8 0.6 心血管疾患 0.5 0.4 0.3 感染症 : 総 C 250mg/dl : 総 C 190-249mg/dl : 総 C<189mg/dl 0.4 0.2 0.2 0.1 推計死亡率 0 1.0 0.8 0 2 4 6 8 10 癌 Plop-rank=0.30 0 1.0 0.8 0 2 4 6 8 10 総死亡 Plop-rank=0.03 0.6 0.6 0.4 0.4 0.2 0.2 0 0 2 Plop-rank=0.002 4 6 8 10 0 0 Plop-rank=0.0001 2 4 6 8 10 図表 47
高齢者の高 LDL-C 血症に対する対応 1. 前期高齢者 : 高 LDL-C 血症に対するスタチン治療で 冠動脈疾患 脳梗塞の一次予防および二次予防効果が期待できる 2. 後期高齢者 : 高 LDL-C 血症に対するスタチン治療で 冠動脈疾患の二次予防効果が期待できるが 一次予防効果の意義は明らかでなく 主治医の判断 で個々の患者に対応する 図表 48
高齢者の脂質異常症 : 治療の留意点 1. 生活習慣改善 : 栄養状態 整形外科的疾患の有無を勘案し 厳しすぎないよう配慮する 2. 薬物療法 : 1 少量から開始 副作用に注意しながら徐々に増量 2 定期的血液検査 : 開始 3か月は毎月行い副作用 効果をチェック 3 飲み忘れがないよう服薬状況確認 一包化など服薬コンプライアンス向上の工夫 図表 49
動脈硬化の評価 検査法 1. 動脈硬化初期病変 : 血管内皮機能障害評価 (FMD) 2. 動脈の機能的変化 :PWV CAVI 3. 動脈の器質的変化 : 超音波検査 ( 頸動脈エコー ) 4. 器質的変化 狭窄病変検出 :CT MRI MRA 図表 50
62 歳 男性 糖尿病歴 15 年 ASO 合併 薬剤選択の指標 : スタチン 抗血小板剤治療方針 : 脳神経外科へ紹介図表 51
スタチン治療によるIMTの改善 60歳女性 FHヘテロ 左総頚動脈 2001年10月 2.0mm 2007年5月 1.7mm (TC: 316mg/dl) (TC: 200mg/dl) 図表52
44 歳男性 糖尿病加療目的で紹介 BMI 29, A1c6.8%, TC 149, TG 107, HDL-C 49, LDL-C 78 喫煙 (-) アルコール (-), MAX-IMT 1.1mm 頸動脈エコー実施時は必ず甲状腺も観察する 図表 53
甲状腺左葉に小石灰化 ( 砂粒小体 ) を伴う低エコー結節 (+) 細胞診 :ClassⅤ 乳頭状腺癌 図表 54
まとめ 1. 動脈硬化性疾患 (ASCVD) 予防には危険因子の包括的管理が重要 2.non-HDL-Cの重要性 3. 治療の基本は生活習慣管理 4. 高 LDL-C 血症の第一選択薬はスタチンであり リスクに応じて他剤を併用 5.FHヘテロは頻度の高い遺伝性高脂血症であり CADリスクが高いので注意が必要 6. 女性 高齢者の脂質異常症治療の留意点 7. 頸動脈エコーの活用を 図表 55