上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

-119-

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

スライド 1

主論文 Role of zoledronic acid in oncolytic virotherapy : Promotion of antitumor effect and prevention of bone destruction ( 腫瘍融解アデノウイルス療法におけるゾレドロン酸の役割 :

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

ABSTRACT

1)表紙14年v0

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

学位論文の要約 免疫抑制機構の観点からの ペプチドワクチン療法の効果増強を目指した研究 Programmed death-1 blockade enhances the antitumor effects of peptide vaccine-induced peptide-specific cyt

う報告26)がみられるが Barrett 食道癌における FAK する必要がある 本研究における我々の目的は 1 の発 現 とそ の機能 に ついて の 報 告は み ら れ な い FAK の Barrett 食道癌における役割を検討すること Barrett 食道は胃食道逆流症により正常扁平上皮が

平成14年度研究報告

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結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

学位論文内容の要旨 Abstract Background This study was aimed to evaluate the expression of T-LAK cell originated protein kinase (TOPK) in the cultured glioma ce

表面から腫れがわかりにくいため 診断がつくまでに大きくなっていたり 麻痺が出るまで気付かれなかったりすることも少なくありません したがって 痛みがずっと続く場合には要注意です 2. 診断診断にはレントゲン撮影がもっとも役立ちます 骨肉腫では 膝や肩の関節に近い部分の骨が虫に食べられたように壊されてい

これまで, 北海道大学動物医療センターの高木哲准教授, 同大学院獣医学研究院の今内覚准教授及び賀川由美子客員教授らは, イヌの難治性の腫瘍においても PD-L1 が頻繁に発現していることを報告してきました そこで, イヌの腫瘍治療に応用できる免疫チェックポイント阻害薬としてラット -イヌキメラ抗 P

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

センシンレンのエタノール抽出液による白血病細胞株での抗腫瘍効果の検討

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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博士の学位論文審査結果の要旨

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

< 研究の背景 > 肉腫は骨や筋肉などの組織から発生するがんで 患者数が少ない稀少がんの代表格です その一方で 若い患者にしばしば発生すること 悪性度が高く難治性の症例が少なくないこと 早期発見が難しいことなど多くの問題を含んでいます ユーイング肉腫も小児や若年者に多く 発見が遅れると全身に転移する

医科_第20次(追加)審査情報提供(広報用)

ββ


酵素消化低分子化フコイダン抽出物の抗ガン作用増強法の開発

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がん登録実務について

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日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

学位論文の要約 Clinical Significance Of Platelet-Derived Growth Factor 5 Receptor-β Gene Expression In Stage II/III Gastric Cancer With S-1 Adjuvant Chemothe

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

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研究成果報告書

がん免疫療法モデルの概要 1. TGN1412 第 Ⅰ 相試験事件 2. がん免疫療法での動物モデルの有用性がんワクチン抗 CTLA-4 抗体抗 PD-1 抗体 2

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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転移を認めた 転移率は 13~80% であった 立細胞株をヌードマウス皮下で ~1l 増殖させ, その組

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 の相対生存率は 1998 年以降やや向上した 日本で

学位論文の要約

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

第6号-2/8)最前線(大矢)

名古屋教育記者会各社御中本リリースは文部科学記者会 科学記者会 宮城県政記者会 名古屋教育記者会各社に配布しております 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦

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グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

骨形成における LIPUS と HSP の関係性が明らかとなった さらに BMP シグナリングが阻害されたような症例にも効果的な LIPUS を用いた骨治癒法の提案に繋がる可能性が示唆された < 方法 > 10%FBS と 抗生剤を添加した α-mem 培地を作製し 新生児マウス頭蓋骨採取骨芽細胞を

研究成果報告書

を優先する場合もあります レントゲン検査や細胞診は 麻酔をかけずに実施でき 検査結果も当日わかりますので 初診時に実施しますが 組織生検は麻酔が必要なことと 検査結果が出るまで数日を要すること 骨腫瘍の場合には正確性に欠けることなどから 治療方針の決定に必要がない場合には省略されることも多い検査です

九州大学病院の遺伝子治療臨床研究実施計画(慢性重症虚血肢(閉塞

8 整形外科 骨肉腫 9 脳神経外科 8 0 皮膚科 皮膚腫瘍 初発中枢神経系原発悪性リンパ腫 神経膠腫 脳腫瘍 膠芽腫 頭蓋内原発胚細胞腫 膠芽腫 小児神経膠腫 /4 別紙 5( 臨床試験 治験 )

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

70% の患者は 20 歳未満で 30 歳以上の患者はまれです 症状は 病巣部位の間欠的な痛みや腫れが特徴です 間欠的な痛みの場合や 骨盤などに発症し かなり大きくならないと触れにくい場合は 診断が遅れることがあります 時に発熱を伴うこともあります 胸部に発症するとがん性胸水を伴う胸膜浸潤を合併する

の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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研究成果報告書

葉酸とビタミンQ&A_201607改訂_ indd

H26大腸がん

令和元年 10 月 18 日 がん免疫療法時の最適なステロイド剤投与により生存率アップへ! 名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞免疫学 ( 国立がん研究センター研究所腫瘍免疫研究分野分野長兼任 ) の西川博嘉教授 杉山大介特任助教らの研究グループは ステロイド剤が免疫関連有害事象 1 に関連するよう

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

密封小線源治療 子宮頸癌 体癌 膣癌 食道癌など 放射線治療科 放射免疫療法 ( ゼヴァリン ) 低悪性度 B 細胞リンパ腫マントル細胞リンパ腫 血液 腫瘍内科 放射線内用療法 ( ストロンチウム -89) 有痛性の転移性骨腫瘍放射線治療科 ( ヨード -131) 甲状腺がん 研究所 滋賀県立総合病

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ス化した さらに 正常から上皮性異形成 上皮性異形成から浸潤癌への変化に伴い有意に発現が変化する 15 遺伝子を同定し 報告した [Int J Cancer. 132(3) (2013)] 本研究では 上記データベースから 特に異形成から浸潤癌への移行で重要な役割を果たす可能性がある

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

Folia Pharmacol. Jpn mg/14 ml mg/ ml Genentech, Inc. Genentech HER human epidermal growth factor receptor type HER - HER HER HER HER

6 月 25 日胸腺腫 胸腺がん患者の情報交換会 & 勉強会質疑 応答 奥村教授にお聞きしたいこと 奥村教授の話 1 特徴 (1) 胸腺腫 胸腺がん カルチノイドの違いについて 胸腺腫はがんの種類か 病理学的には胸腺腫はがんではなくて正常と区別つかず機能を残したまま腫瘍化したもの 一部 転移するもの

(事務連絡)公知申請に係る前倒し保険適用通知

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

学位論文の要約 Immunological impact of neoadjuvant chemoradiotherapy in patients with borderline resectable pancreatic adenocarcinoma ( 膵癌に対する放射線化学療法による局所免疫能

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 神谷綾子 論文審査担当者 主査北川昌伸副査田中真二 石川俊平 論文題目 Prognostic value of tropomyosin-related kinases A, B, and C in gastric cancer ( 論文内容の要旨 ) < 要旨

新技術説明会 様式例

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上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017) 172. 骨肉腫の転移巣形成機序の解明と治療標的の探索 三輪真嗣 * 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科先進運動器医療創成講座 Key words: 骨肉腫, 新規治療,GSK-3β 緒言骨肉腫は 10~20 代に好発する悪性骨腫瘍であり その発生頻度は 1~2 人 /100 万人といわれている 化学療法の導入前は患肢切断術が基本であったが長期生存は 10% 程度であった 化学療法の導入により長期生存率が著しく改善され 近年では肺転移のない症例における 5 年生存率は 60~70% と報告されている 一方 初診時に肺転移を有する症例では 5 年生存率は 15~35% と報告されており 肺転移症例では依然として予後不良である したがって 骨肉腫の治療において全身治療による肺転移の制御が非常に重要といえる しかし 化学療法に用いる抗腫瘍薬はメソトレキセート シスプラチン ドキソルビシン イフォスファミドを中心としたものから発展がなく新しい薬剤の開発が望まれる 分子標的治療は がん増殖や生存に起因する特定の分子を標的とする治療薬で 正常組織へ与える影響も少なく近年注目を浴びている 他のがん種では分子標的治療が確立されてきており 治療薬の臨床での有用性も確認されている 近年 軟部肉腫に対する分子標的治療が開発され 臨床で用いることができるようになってきたが 骨肉腫に対する分子標的治療の研究はまだ十分ではなく 臨床で使用できる分子標的薬はない Glycogen Synthase Kinase 3β(GSK-3β) は糖代謝や細胞分化などの機能を制御する分子であるが 大腸癌など, 多くのがん種で細胞増殖に関わることが明らかにされている 本研究の目的は 骨肉腫における GSK-3β 阻害薬の有効性 有用性を検討することである 方法 1.In vitro 実験 1) 骨肉腫細胞における GSK-3β の発現ヒト骨肉腫細胞株 HOS MG63 143-B Saos-2 ヒト骨芽細胞株 hfob 1.19 における活性型 GSK-3β の発現を Western blotting で評価した 2) 骨肉腫細胞に対する GSK-3β 阻害薬の効果ヒト骨肉腫細胞株 ヒト骨芽細胞株 hfob 1.19 を GSK-3β 阻害薬 (AR-A014418,SB-216763) で処理し WST-8 assay BrdU ELISA TUNEL imaging assay で評価した 次に sirna により骨肉腫細胞における GSK-3β を特異的に阻害し 細胞増殖とアポトーシス誘導を WST-8 assay TUNEL imaging assay により評価した また GSK-3β 阻害薬による骨代謝への影響を評価するため GSK-3β 阻害薬投与後の β-catenin 発現を Western blotting analysis TOP/FOP flash Immunofluorescent staining により評価した 2.In vivo 実験 ヌードマウスの脛骨にヒト骨肉腫細胞株 143-B 細胞を移植することにより骨肉腫モデルを作製した GSK-3β 阻害 薬 (AR-A014418, SB-216763)2 mg/kg の腹腔内注射を週 3 回 5 週間行い コントロール群のマウスには DMSO を * 現所属 : 名古屋市立大学大学院医学研究科整形外科 1

腹腔内注射した 腫瘍体積は 0.5 短径 2 長径 で算出し 継時的な体積の変化を評価した また 8 週の時点 でマウスを屠殺して腫瘍を切除し 重量を測定し 切除した腫瘍組織については病理学的に評価した 結 果 1 In vitro 実験 1 骨肉腫細胞における GSK-3β の発現 骨肉腫細胞と骨芽細胞における GSK-3β の発現を比較したところ 骨肉腫細胞では活性化型である pgsk3βtyr216 の高い発現を示した 一方 骨芽細胞では不活性化型である pgsk3βser9 の高い発現を示した 2 骨肉腫細胞に対する GSK-3β 阻害薬の効果 骨肉腫細胞を GSK-3β 阻害薬 AR-A014418, SB-216763 で刺激したところ GSK-3β 阻害薬は用量依存的 時間依 存的に腫瘍細胞の viability を低下させた 図 1 GSK-3β 阻害薬と細胞増殖 AR-A014418 AR-A014418 処理後の細胞増殖 WST-8 で評価した 2

図 2 GSK-3β 阻害薬と細胞増殖 SB-216763 SB-216763 処理後の細胞増殖 WST-8 で評価した 一方 骨芽細胞 hfob1.19 への影響はわずかであった 96 時間の時点での AR-A014418 の IC50 は HOS 細胞で 12.4μmol/L 143-B 細胞で 11.7μmol/L MG-63 細胞で 16.0μmol/L SaOS2 細胞で 14.6μmol/L であった また SB-216763 の IC50 は HOS 細胞で 10.5μmol/L 143-B 細胞で 17.1μmol/L MG-63 細胞で 14.3μmol/L SaOS2 細胞で 21.9μmol/L であった 骨肉腫細胞において GSK-3β 阻害薬は BrdU 陽性の増殖細胞を有意に減少させた また 骨 肉腫細胞において GSK-3β 阻害薬は TUNEL 陽性の細胞を有意に増加させたが 骨芽細胞では有意な増加を認めなか った RNA 干渉により GSK-3β 発現を低下させたところ 骨肉腫細胞における細胞増殖は低下し アポトーシスは増加し たが 骨芽細胞における有意な変化は認めなかった これらの結果から GSK-3β の発現と活性は骨肉腫細胞におけ る細胞の増殖に関与しており 骨肉腫の治療標的となる可能性が示唆された また Wnt/β-catenin 経路への GSK-3β 阻害薬の作用を見るために骨肉腫細胞における β カテニンの発現を評価 し GSK-3β 阻害薬処理後の β カテニンの変化を観察したところ 骨肉腫細胞において β カテニンのリン酸化を認 め GSK-3β 阻害薬は GSK-3β のリン酸化を抑制した 3

図 3 骨肉腫細胞における Wnt/β-catenin pathway Western blotting analysis で評価した 2 In vivo 実験 143-B 細胞を同所性に移植したマウスにおいて GSK-3β 阻害薬 AR-A014418, SB-216763 の副作用 腫瘍抑制効 果を評価した 腫瘍体積の評価において GSK-3β 阻害薬は治療開始から 2 週以降で有意な腫瘍増殖抑制を示し 切 除した腫瘍重量においても有意な抑制効果を認めた 4

図 4 GSK-3β 阻害薬による腫瘍抑制効果 骨肉腫モデルマウスにおける GSK-3β 阻害薬処理後の腫瘍体積と腫瘍重量 また マウスの体重評価では GSK-3β 阻害薬 AR-A014418 SB-216763 による明らかな副作用は見られなかっ た 各群のマウスにおいて肺転移は見られなかった 考 察 骨肉腫に対する治療は シスプラチンやアドリアマイシンを代表とする抗がん剤治療と手術療法が標準的だが 抗が ん剤に抵抗性の症例や 抗がん剤の強い副作用により投与を中止しなければならない症例も多く 新規治療薬の開発が 望まれている 近年 様々ながん種において分子標的治療薬の開発が進み 一部の腫瘍においてその有用性を示してい るが 骨肉腫に対する分子標的治療は未だ確立されていない GSK-3β は前立腺癌 大腸癌 膵癌 胃癌 肝細胞癌 卵巣癌など様々な癌種の増殖に関与することが報告されて おり GSK-3β 阻害薬が神経膠芽腫 大腸癌において in vitro in vivo ともに抗腫瘍効果をもつと報告されている1,2 さらに 膵癌でも GSK-3β 阻害薬がゲムシタビンの作用を増強させることも報告されている3 これまでに GSK-3β 阻害薬による骨肉腫細胞のアポトーシスや in vivo での効果に関する報告はなく 本研究においてはじめて骨肉腫にお ける抗腫瘍効果をもつことを示し この結果は骨肉腫の新規治療薬としての可能性を示唆するものと考えられる GSK-3β は Wnt/β-catenin 経路に関与しており GSK-3β を阻害することで Wnt/β-catenin 経路が亢進し 骨新 生が促進されると報告されている 4 骨肉腫では腫瘍細胞により骨組織が破壊されるが GSK-3β 阻害薬により 破 壊された骨において骨新生が亢進すれば骨切除範囲を縮小でき 結果として手術後の良好な患肢機能が期待できると考 えられる 共同研究者 本研究の共同研究者は 金沢大学医学系研究科の土屋弘行および山本憲男である 最後に 本研究にご支援を賜りま した上原記念生命科学財団に深く申し上げます 5

文献 1) Miyashita K, Kawakami K, Nakada M, Mai W, Shakoori A, Fujisawa H, Hayashi Y, Hamada J, Minamoto T. Potential therapeutic effect of glycogen synthase kinase 3beta inhibition against human glioblastoma. Clin Cancer Res. 2009 Feb 1;15(3):887-97. doi: 10.1158/1078-0432.CCR-08-0760. 2) Shakoori A, Ougolkov A, Yu ZW, Zhang B, Modarressi MH, Billadeau DD, Mai M, Takahashi Y, Minamoto T. Deregulated GSK3beta activity in colorectal cancer: its association with tumor cell survival and proliferation. Biochem Biophys Res Commun. 2005 Sep 9;334(4):1365-73. 3) Shimasaki T, Ishigaki Y, Nakamura Y, Takata T, Nakaya N, Nakajima H, Sato I, Zhao X, Kitano A, Kawakami K, Tanaka T, Takegami T, Tomosugi N, Minamoto T, Motoo Y. Glycogen synthase kinase 3β inhibition sensitizes pancreatic cancer cells to gemcitabine. J Gastroenterol. 2012 Mar;47(3):321-33. doi: 10.1007/s00535-011-0484-9. 4) Maeda K, Takahashi N, Kobayashi Y. Roles of Wnt signals in bone resorption during physiological and pathological states. J Mol Med (Berl). 2013 Jan;91(1):15-23. doi: 10.1007/s00109-012-0974-0. 6