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リアルタイム PCR 法と High Resolution Melt 解析法を用いた結核菌の迅速薬剤耐性検査法と分子疫学解析法についての検討 日本赤十字社長崎原爆諫早病院内科 検査部 医師久保亨 ( 共同研究者 ) 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康日本赤十字社長崎原爆諫早病院内科部長松竹豊司日本赤十字社長崎原爆諫早病院医療技術部技師長相良俊則 はじめに結核は現在もなお我が国の公衆衛生上の大きな問題であり 長崎県の結核の人口 10 万人に対する年換算罹患率は 平成 24 年 5 月時点では大阪府に次いで全国で 2 番目に高かった その背景に地域の高齢化 過疎化 医療資源の枯渇化があり 高齢化に伴う免疫力の低下による過去の結核感染の再発例の増加と 早期発見の遅れによる結核の集団発生がみられる 日本赤十字社長崎原爆諫早病院 ( 諫早日赤 ) は長崎県諫早市にある 140 床の内科急性期病院で 結核病床 20 床を持ち 比較的結核患者数の多い長崎県央部ならびに県南部での結核診療の中心的役割を果たしている 諫早日赤では平成 24 年 4 月より遺伝子検査ラボを立ち上げ 現在までに主にLAMP 法とリアルタイムPCR 法を用いた結核の遺伝子検査を行っている 平成 25 年 10 月末までに計 403 人の患者 ( 平均年齢 73 ± 14.58) からの 544 検体に対し結核 LAMP 法による検査を行い 63 名の患者が陽性 ( 平均年齢 74±16.5) であった 過去に治療歴のある高齢者の再発例の場合 結核菌が治療薬に耐性となっている可能性があり 薬剤耐性の有無を治療早期に知ることが重要となるが 現行の結核菌培養による方法 ( 抗酸菌の培養 菌の同定 薬剤耐性試験 ) では確認までに2-3 ヶ月を要する 結核菌の薬剤耐性情報が培養結果を待たずに得られればその臨床的な意義は大きい また 結核菌の分子疫学的情報が迅速に得られれば 集団感染や院内感染のコントロールに寄与できると考えられる 今回我々はリアルタイムPCR 法とHigh Resolution Melt(HRM) 解析法を用いた結核菌の薬剤耐性変異の迅速スクリーニング検査法と分子疫学解析法の開発と臨床応用についての検討を行った HRM 解析法は 温度を徐々に上昇させて二本鎖 PCR 産物を解離させ そのパターンを解析することでわずか 1 塩基ペアの違いまで識別する方法であり 結核菌の薬剤耐性遺伝子変異の有無を約 2 時間でスクリーニングできると考えられる ( 文献 1) また 現在結核菌 ( 文献 2) の疫学解析に用いられているVNTR(Variable Number of Tandem Repeat) 法を リア 138

ルタイムPCR 法とMelt 解析法によって行う系の開発を目指した 結核菌遺伝子を VNTR 分析法用プライマーを用いてリアルタイムPCR 法で増幅しMelt 解析を行えば 結核菌の分子疫学解析の可能な情報が得られ 2 時間程で結核菌の感染経路を推定することが可能になると考えられる これら迅速 簡便な遺伝子診断技術を用いれば より迅速に低コストで結核菌の薬剤耐性の有無と感染経路の推定が可能となり医療の受ける恩恵は大きい 本研究の結果を 今後我が国の地方が直面していく高齢化 医療過疎化の中での結核対策のモデル作りに生かしていくことが期待される 結果 1. 結核菌の薬剤耐性関連遺伝子変異のシーケンシング法による検索諫早日赤病院で結核 LAMP 法陽性であった検体 ( 喀痰 気管支洗浄液等 ) のうち 39 検体と 検体から培養された結核菌株 11 株の抽出 DNAを用いて 結核菌の薬剤耐性遺伝子変異を nested PCR 法とダイレクトシーケンシング法により解析した 対象遺伝子として表 1に示してある6 種類の主要抗結核薬の耐性に関連している計 11 個の遺伝子の配列を調べ 薬剤耐性 PCR bp rpob 634 3 L511P 2 S531L 1 embb 754 1 M306V rpsl 401 0 rrs 730 0 ahpc 611 0 katg 624 2 S315T S315N inha promoter 291 1-4 T C kasa 712 1 G269S gyra 301 0 gyrb 474 0 pnca 651 0 表 1. 臨床検体 39 検体と結核菌 11 株の薬剤耐性遺伝子変異のダイレクトシーケンシング法による検索結果 4 名の患者検体 (2 名は多剤耐性結核 ) に計 8 個の薬剤耐性変異が認められた 139

結核菌のデーベースと照合した シーケンシング用 PCR 産物作成のためのnested PCRプライマー計 22 本は すべて今回新たにデザインした 本法は核酸抽出に10 分 nested PCRに 4 時間 PCR 産物の酵素処理とサイクルシーケンシングに2.5 時間 シーケンサーで1.5 時間 解析に 1 時間と 合計で約 9 時間の作業であり 今まで 2 か月以上かかっていた結核菌の薬剤耐性の判定を翌日には行うことができるようになった 現在諫早日赤病院では本法を用いて結核菌の薬剤耐性の判定をほぼリアルタイムの日常臨床の中に組み込んでいる 今回上記 50 検体のシーケンスを解析した結果 4 検体 (8%) に表 1に示した計 8 個の耐性遺伝子変異が認められた (4 検体中 2 検体は多剤耐性 ) 残りの46 検体には薬剤耐性遺伝子変異は認められなかった 2.HRM 解析による薬剤耐性遺伝子変異の検索 HRM 解析法を用いた薬剤耐性結核の検出法の検定は既に報告があるが ( 文献 1) 現在までに広く一般的に使われるには至っていない 今回我々は臨床の第一線病院でも使用可能な 結核菌の薬剤耐性遺伝子変異検出のためのHRM 解析システムの構築を行った 対象遺伝子としてrpoB katg inha gyraを選び 上記 1 で配列情報の得られた結核菌遺伝子とキアゲン社のType-it HRM PCR Kitを用い キアゲン社のRotor-Gene QリアルタイムPCR 機でリアルタイムPCRとHRM 解析を行った プライマーはrpoBについては文献 1 に記載のあるものを 511 Leu Pro 531 Ser Leu 図 1. rpob 遺伝子中の RRDR (81 bp) を含む 152 bp の領域をリアルタイム PCR 法で増幅した後に HRM 解析を行った結果 薬剤耐性変異をもつ株の HRM 曲線は変異のない株 ( 中心の曲線 ) とは異なる曲線として区別された 140

用い 他の 3 遺伝子に対するプライマーは新しくデザインした 結核菌量の多い検体や培養菌体由来のDNAはそのまま 結核菌量の少ない検体から直接抽出したDNAは上記のnested PCRの 1st PCRの反応産物をテンプレートとして用いた 図 1 にrpoB 遺伝子の解析結果を示すが 表 1 に示した遺伝子変異の存在を反応開始後 2 時間以内に確認することができた katg inha 遺伝子変異についても同様に確認することができ ( 結果示さず ) 結核菌の薬剤耐性 HRM 解析システムを構築することができた 現在対象遺伝子を増やし系の更なる充実を図っている 3. リアルタイムPCR 法とMelt 解析を用いたVNTR 法の開発 VNTR 法は結核菌のゲノム内の繰り返し配列のコピー数を調べて結核の型別を行う方法であり 我が国に多い北京型の型別に至適化された 12 組のプライマーを用いるJATA(12) -VNTR 分析法が結核研究所から発表されている ( 文献 2) 発表されているJATA(12)-VNTR 分析法は通常のPCR 法とアガロースゲル電気泳動を用いて判定を行うものであるが 今回我々はより迅速 簡便で 一般病院内でも試行可能なリアルタイムPCR 法とMelt 解析を用いた改良型 JATA(12)-VNTR 分析法の開発を試みた 今回 PCRプライマーは より繰り返し配列部分を特異的に増幅できるように新しくデザインした プライマー以外の試薬 機器は上記 2 JATA 1 2 3 4 5 JATA 2 1 2 3 5 図 2. リアルタイム PCR 法と Melt 解析法を用いた VNTR 法 (JATA(12)-VNTR 分析法 ) による諫早日赤で分離された結核菌 7 株の解析結果 (JATA 1 と JATA 2) Melt 曲線上の数字は各株のリピートのコピー数を表す 141

と同じものを用いた 対象となる結核菌株の繰り返し配列の数はダイレクトシーケンシングにより決定した リアルタイムPCR 法で繰り返し配列部を増幅した後 81 から 98 までの HRM 反応を行い そのMelt 曲線のTm 値により繰り返し配列のコピー数を推定し シーケンシングにより得られたコピー数と比較した 図 2に諫早日赤で分離された結核菌 7 株のJATA 1 とJATA 2 の解析結果を示す 各株のMelt 曲線のTm 値は繰り返し配列のコピー数と完全な相関が認められた 現在は対象となる菌株数を増やして更なる系の至適化を行っている 考察本研究により 1) 結核菌の薬剤耐性遺伝子のシーケンシング法 2) 結核菌の薬剤耐性遺伝子のHRM 解析法 そして 3) リアルタイムPCR 法とMelt 解析を用いたVNTR 法 の 3 つを確立することができた これら 3 つの迅速 簡便な遺伝子検査法は諫早日赤のような第一線の臨床病院においても行うことが可能であり 今後結核に対する臨床に大きく貢献することが期待される 1) のシーケンシング法では nested PCR 法を用いることにより 結核菌量のかなり少ない臨床検体からでも直接シーケンシングが行えるようになったため 診断から数日以内での薬剤耐性の判定が可能となった 現在さらに感度を高めるべく系の至適化を行っている シーケンシングと異なり2) のHRM 解析法では遺伝子配列の決定は困難なため 現時点ではあくまで補助的な薬剤耐性の予測手段という側面が強いが 多剤耐性結核の蔓延地 特にアフリカなどの途上国において治療方針の迅速な決定のためのスクリーニング目的には極めて適していると考えられる 今後は日本国内の結核蔓延地ならびに途上国との研究協力も進めていきたいと考えている リアルタイムPCR 法とMelt 解析を用いたVNTR 法ではJATA 2 に見られたようにコピー数と Tm 値がほぼ完全に一致するものと JATA 1のようにわずかなずれが認められるものもあり プライマーデザインや反応条件の至適化を行っているところである 要約結核は現在もなお我が国の重要な公衆衛生上の問題である 社会の高齢化に伴い高齢患者が増加している結核感染症のコントロールに資するため 従来法よりも迅速で低コストの リアルタイムPCR 法とHigh Resolution Melt 解析法を用いた結核菌の迅速薬剤耐性検査法と分子疫学解析法を確立し 臨床現場に応用することを目指した 本研究により 1) 結核菌の薬剤耐性遺伝子のシーケンシング法 2) 結核菌の薬剤耐性遺伝子のHRM 解析法 そして 3) リアルタイムPCR 法とMelt 解析を用いたVNTR 法 の 3 つを確立することができた この方法を用いれば 結核菌の薬剤耐性の有無と感染経路の推定を臨床検体採取後約 2 時間で行うことができ 正しい治療薬の選択や感染制御において医療の受ける恩恵は非常に大き 142

いと考えられる 迅速 低コストで比較的簡便な本法は 今後結核診療の現場に於いて検査法の主流となって行く可能性がある また 本研究から得られる結果を解析することにより 現在の結核の蔓延の背景のひとつである地域の高齢化 医療過疎化の中でのより効率的な結核コントロール対策モデルの提言を行っていけると考えられる 文献 1. Ramirez MV et al. Rapid detection of multidrug-resistant Mycobacterium tuberculosis by use of real-time PCR and high-resolution melt analysis. JCM. 48: 4003-4009. 2.. Kekkaku Vol. 83, No. 10: 673-678, 2008 143