酸と塩基 代謝概要 平成 25 年 4 月 15 日 病態生化学分野 ( 生化学 2) 教授 山縣和也
本日の学習の目標 ヘンダーソン ハッセルバルヒの式を理解する アミノ酸の電荷について理解する 自由エネルギーについて理解する
1. 酸と塩基 2. 代謝概要 ( 反応速度について )
生体内の反応の多くに酸 塩基反応が関わっている またアミノ酸や核酸は酸や塩基の性質を示す 酸 Acid 塩基 Base 酸 塩基の定義 アレニウスの定義 Svante August Arrhenius( スウェーデン )1880 年頃 酸 :H + を与える塩基 :OH - を与える一般性に欠ける ( 弱酸 弱塩基を表わすのに難点 ) ブレンステッド, ローリーの定義 1920 年頃 Johannes Nicolaus Brønsted (1879-1947)( デンマーク ) Thomas Martin Lowry (1874-1936)( 英 ) 酸 :H + を与える塩基 :H + を受け取るより一般的, 生化学系 ( 弱酸 弱塩基 )
酸 塩基 酸 :H + を与える (AH または HA と表わす ) 塩基 :H + を受け取る (B と表わす ) AH + B A + BH + AH: 酸 Acid B: 塩基 Base A : 共役塩基 Conjugate base BH + : 共役酸 Conjugate acid 可逆反応, 平衡状態 : 正反応と逆反能の両者が等しく 外見上変化がない状態
水溶液中の酸 K AH + H2O A + H3O + K : 平衡定数 K = H3O + は水溶液中の H + の存在状態 [A ] [H3O + ] [ ] は濃度を示す [AH] [H2O] K HCl + H2O Cl + H3O + または単に HCl Cl + H + CH3COOH + H2O CH3COO + H3O + または単に CH3COOH CH3COO + H +
ph と pka Ka AH A + H + Ka = [A ] [H + ] [AH] 弱酸 HA のイオン化の平衡定数 ( 水を省略した式より導く ) を酸解離定数といい Ka とあらわす Ka: この平衡式の平衡定数酸解離定数, 単に K と表すこともある ph = log10 [H + ]( 定義 ) pka = log10 Ka ( 定義 ) 強酸の pka は低い値をとることに注意 Y=log[H] 1 10 [H] 10 [H] -1 Y=-log[H]
Ka AH A + H + Ka = [A ] [H + ] [AH] [A ] [H + ] pka = log10 [AH] = log [H + ] log [A ] = ph log [AH] [A ] [AH] pka = ph + log [AH] [A ] ph = pka + log [A ] [AH] ヘンダーソン ハッセルバルヒの式 Henderson-Hasselbalch equation
酸と塩基,pH と pka ph = pka + log [A ] [AH] ヘンダーソン ハッセルバルヒの式 Henderson-Hasselbalch equation 酸 塩基平衡のもっとも基本的な式 [AH] = [A ] ( 酸 HA が 50% 解離 ) のとき pka = ph pka: 酸が 50% 解離する ph の値 ph が pka に等しい時, 酸は 50% 解離する ph pka = log [A ] [AH] ph > pka の時 [AH] < [A-]( 解離型優先 ) ph = pka の時 [AH] = [A-](50% 解離 ) ph < pka の時 [AH] > [A-]( 非解離型優先 )
緩衝作用 緩衝作用とはある溶液に強酸か強アルカリを加 えたときに ph の変化に抵抗する能力をいう 弱酸とその共役塩基を含む溶液 または弱塩基 とその共役酸を含む溶液は緩衝作用を示す 生体の中で ph が著しく変化すると 分子の構造が破壊され 有害な反応が起きる可能性がある そこで生体系では ph の変化を緩和する機構が進化した このような ph 変化に抵抗する溶液を緩衝液という 動物の体液 血液はきわめて優秀な緩衝溶液である
ヘンダーソン ハッセルバルヒの臨床的意義 重炭酸イオン緩衝系の場合は ph = pka + log [A ] [AH] 生体内では重炭酸イオン緩衝系が働いている 37 度で pka=6.1 [H2CO3] は血中の二酸化炭素分圧 pco 2 に比例し ほぼ [H 2 CO 3 ]=0.3pCO2 の関係がある したがって ph = pka + log [HCO 3 ] [H 2 CO 3 ] [HCO 3 -] = 6.1 + log 0.3pCO2 患者の動脈血を採血し ph [HCO 3 -] pco 2 を測定することで どこの異常 ( 肺 腎臓の障害 糖尿によるケトアシドーシスなど ) がおこっているか推定する
例題 1 酢酸の pka は 4.8 である 0.1M 酢酸と 0.2M 酢酸イオンの ph はいくらか (log2=0.3) 例題 2 ph4, 5, 6, 7 において pk 値が 6 の酸の共役塩基と酸の比率はいくらか 例題 3 ph7 の 2 倍の水素イオン濃度の溶液の ph はいくらか (log2=0.3)
アミノ酸 Amino acid 両性電解質 Ampholyte, amphoteric electrolyte 水溶液中で酸, 塩基の両方の性質を示す カルボキシル基 ( 酸 ) Carboxyl group (acid) アミノ基 ( 塩基 ) Amino group (base) CO2 α 水素 α-hydrogen + H3N C H R α 炭素 α-carbon 側鎖 Side chain 生理的な ph (ph7.4) ではカルボキシル基は COO- として アミノ基は NH3+ として存在している
アミノ酸の電荷と ph 低 ph( 酸性 ph) 中性 ph アラニン 高 ph( 塩基性 ph) pka=2.4 pka=9.9 正味の電荷 +1 正味の電荷 0 正味の電荷 1 酸性の溶液ではカルボキシル基は COOH でアミノ基は NH3+ である アルカリの溶液ではカルボキシル基は COO- でアミノ基は NH2 である
アミノ酸の pka 値 アミノ酸 α-cooh α-nh3 + アラニン 2.3 9.9 - アルギニン 1.8 9.0 12.5 アスパラギン 2.1 8.8 - アスパラギン酸 2.0 9.9 3.9 システイン 1.9 10.8 8.3 グルタミン 2.2 9.1 - グルタミン酸 2.1 9.5 4.2 グリシン 2.3 9.8 - ヒスチジン 1.8 9.3 6.0 イソロイシン 2.3 9.8 - ほぼ 2 ほぼ 9
pk2 pk1 アミノ酸のイオン化状態 側鎖 R に解離基がない場合 等電点 (pi) Isoelectric point: 正味の電荷が 0 となる ph K1 K2 + H3N-CHR-COOH + H3N-CHR-COO - H2N-CHR-COO - 正味の電荷 +1 0-1 ph = pk1 + log [ + H3N-CHR-COO ] [ + H3N-CHR-COOH] (1) (1) + (2) ph = pk2 + log ph = pi [H2N-CHR-COO ] [ + H3N-CHR-COO ] (2) 2pI = pk1 + pk2 pi = (1/2) (pk1 + pk2) 正味の電荷 = 0 [ + H3N-CHR-COOH] = [H2N-CHR-COO ] 正味の電荷 +1-1 pi は等イオン形の両側の 2 つの pka 値の中間の ph である
側鎖の解離 ( 電離 ) アミノ酸側鎖 酸塩基 pka (pk) アスパラギン酸グルタミン酸 3.9/4.2 リシン 10.0 アルギニン 12.0
pk3 9.9 アスパラギン酸 pk1 2.0 アミノ酸のイオン化状態 側鎖 R に解離基がある場合 pk2 3.9 低 ph 中性 ph 高 ph H H H H +H3N C CH2 COOH +H3N C CH2 COO - +H3N C COO - K1 K2 K3 CH2 H2N C CH2 COO - COOH COOH COO - COO - 正味の電荷 +1 0-1 -2
アミノ酸の pka 値 アミノ酸 α-cooh α-nh3 + 側鎖 ロイシン 2.2 9.7 - リシン 2.2 9.2 10.8 メチオニン 2.1 9.3 - フェニルアラニン 2.2 9.2 - プロリン 2.9 10.6 - セリン 2.2 9.2 - トレオニン 2.1 9.1 - トリプトファン 2.4 9.4 - チロシン 2.2 9.1 10.1 バリン 2.3 9.7 -
中性領域でのアミノ酸の電荷 低 ph 中性 ph 高 ph リシン 正味の電荷 +2 +1-1
アミノ酸の電気泳動 Gly, Glu, Lys + - 電気泳動 ph 7.0 Glu Gly Lys pi 正味の電荷 グルタミン酸 Glu 3.2 ph > pi グリシン Gly 6.0 ph = pi 0 リシン Lys 9.6 ph < pi +
1. 酸と塩基 2. 代謝概要 ( 反応速度について )
反応の自由エネルギー変化と活性化自由エネルギー ギブス自由エネルギー Gibbs free energy:g 分子構造が固有のものとして持っている内部エネルギーに相当 2H 2 + O 2 H 2 O 水素がもえて水ができる 自由エネルギー 2H 2 + O 2 ΔG ΔG ΔG: 反応の自由エネルギー変化 ΔG : 活性化自由エネルギー 2H 2 O 反応軸 Reaction Coordinate ΔG < 0: 過程は自発的に進む ( 自然におきる反応は負の値 )
反応の自由エネルギー変化と活性化自由エネルギー ギブス自由エネルギー Gibbs free energy:g 分子構造が固有のものとして持っている内部エネルギーに相当 A + B C + D 遷移状態 ( 活性化状態 ) G A + B ΔG ΔG 遷移状態 ( 活性化状態 ) A B ΔG: 反応の自由エネルギー変化 ΔG : 活性化自由エネルギー C + D 反応の自発性をきめる 反応速度に関与する 反応軸 Reaction Coordinate ΔG < 0: 過程は自発的に進む ΔG = 0 : 系は平衡状態にある ( 過程は止まっている )
反応の自由エネルギー変化と活性化自由エネルギー G 遷移状態 ( 活性化状態 ) 酵素存在下 A + B ΔG ΔG ΔG: 反応の自由エネルギー変化 ΔG : 活性化自由エネルギー ΔG C + D 反応軸 Reaction Coordinate 酵素は ΔG を変えない,ΔG を変える. 反応速度は ΔG に依存しない,ΔG に依存する. ΔG が小さいほど ( 活性化エネルギーが低いほど ) 反応速度は速い.
ヘキソキナーゼ Hexokinase 解糖系の最初の反応 解糖系の一番最初のステップでグルコースはグルコース6リン酸になる H HO CH 2 OH H OH H O H グルコース Glucose H OH OH + Pi H HO CH 2 OPO 3 2- H OH H O H OH H OH グルコース 6- リン酸 Glucose 6-phosphate
反応の自由エネルギー変化と活性化自由エネルギー ギブス自由エネルギー Gibbs free energy:g Pi + グルコース グルコース 6- リン酸 + H2O G Pi + グルコース ΔG ΔG: 反応の自由エネルギー変化 ΔG : 活性化自由エネルギー グルコース 6- リン酸 + H2O ΔG +13.8 反応軸 Reaction Coordinate ΔG < 0: 過程は自発的に進む ΔG >0 : グルコースはグルコース 6 リン酸にはすすまない
アデノシン三リン酸 Adenosine triphosphate ATP NH 2 N N O -O P O - O O O P O O P - - O O CH 2 O N N HO OH 呼吸などの異化作用の過程で放出された遊離エネルギーを化学エネルギーとして蓄えた有機リン酸化合物 ATP は細胞のエネルギー通貨
反応の自由エネルギー変化 G > 0 の反応をおこさせるには : G < 0 の反応と組み合わせ 全体として ΔG < 0 となるようにする ( 共役 ) 例 G o ' (kj mol 1 ) Pi + グルコースグルコース 6- リン酸 + H2O +13.8 ATP + H2O ADP + Pi -30.5 ATP + グルコース ADP + グルコース 6- リン酸 -16.7 化学的に共役した一連の反応の全ギブスエネルギー反応は 個々の過程のギブスエネルギー変化の総和に等しい
反応の自由エネルギー変化と活性化自由エネルギー ギブス自由エネルギー Gibbs free energy:g ATP + Pi + グルコース グルコース 6- リン酸 + ADP ΔG: 反応の自由エネルギー変化 G Pi + ATP グルコース ΔG -16.7 グルコース 6- リン酸 + ADP 反応軸 Reaction Coordinate ΔG < 0: 過程は自発的に進む
本日のまとめ pka は酸や塩基の相対的な強さをしめす 強酸の pka は低く 弱酸の pka は高い ヘンダーソンハッセルバルヒの式を導き出す アミノ酸の電荷は ph により異なる ギブス自由エネルギーが負の値のときのみ その 反応は自発的に進行する
理解の確認のために 1. 塩基はH+ を受け取るものである 2. phがpkaに等しいとき酸は50% 解離する 3. pka=logkaである 4. 弱酸のpKaは低い 5. アミノ酸は水溶液中で酸としても塩基としても働く 6. カルボキシル基のpKaはおよそ9である 7. アスパラギン酸は中性で+1の電荷をもつ 8. ギブスの自由エネルギー変化が正の値の場合のみその反応は自発的にすすむ 9. 酵素は活性化自由エネルギーを増加させる働きをもつ 10. ATPを利用することで熱力学的に不利な反応も生体内でおこりえる