上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

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生物時計の安定性の秘密を解明

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

3. 研究発表等 雑誌論文 計 10 件 ( 掲載済み- 査読有り ) 計 6 件 1. Kojima, R., Okumura, M., Masui, S., Kanemura, S., Inoue, M., Saiki, M., Yamaguchi, H., Hikima, T., Suzuki

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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KASEAA 52(1) (2014)

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

フェロセンは酸化還元メディエータとして広く知られている物質であり ビニルフェロセン (VFc) はビニル基を持ち付加重合によりポリマーを得られるフェロセン誘導体である 共重合体としてハイドロゲルかつ水不溶性ポリマーを形成する2-ヒドロキシエチルメタクリレート (HEMA) を用いた 序論で述べたよう

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平成14年度研究報告

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新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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Dr, Fujita

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

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著者 : 黒木喜美子 1, 三尾和弘 2, 高橋愛実 1, 松原永季 1, 笠井宣征 1, 間中幸絵 2, 吉川雅英 3, 浜田大三 4, 佐藤主税 5 1, 前仲勝実 ( 1 北海道大学大学院薬学研究院, 2 産総研 - 東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ, 3 東京大学大


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細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

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Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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報道発表資料 2006 年 2 月 14 日 独立行政法人理化学研究所 発見から 50 年 酸素添加酵素 ジオキシゲナーゼ の反応機構が明らかに - 日本人が発見した ジオキシゲナーゼ の構造は牛頭型 - ポイント 酵素の触媒反応は トリプトファンと酸素との直接反応 酵素が水素原子を引抜く初期反応は

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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背景 脊椎動物は, 体内に侵入したウイルスなどの異物に由来するペプチド断片を, 抗原ペプチドとして T 細胞に提示し, 免疫を活性化するシステムを持っています 抗原提示と称されるこの免疫機能の鍵となっているのは, 主要組織適合遺伝子複合体クラス I(MHC-I) という膜タンパク質です MHC-I

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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第6回 糖新生とグリコーゲン分解

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

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ごく少量のアレルゲンによるアレルギー性気道炎症の発症機序を解明

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

を確認しました 本装置を用いて 血栓形成には血液中のどのような成分 ( 白血球 赤血球 血小板など ) が関与しているかを調べ 血液の凝固を引き起こす トリガー が何であるかをレオロジー ( 流れと変形に関わるサイエンス ) 的および生化学的に明らかにすることとしました 2. 研究手法と成果 1)

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

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第6号-2/8)最前線(大矢)

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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2017 年度茨城キリスト教大学入学試験問題 生物基礎 (A 日程 ) ( 解答は解答用紙に記入すること ) Ⅰ ヒトの肝臓とその働きに関する記述である 以下の設問に答えなさい 肝臓は ( ア ) という構造単位が集まってできている器官である 肝臓に入る血管には, 酸素を 運ぶ肝動脈と栄養素を運ぶ

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

タンパク質の合成と 構造 機能 7 章 +24 頁 転写と翻訳リボソーム遺伝子の調節タンパク質の構造弱い結合とタンパク質の機能

B. モル濃度 速度定数と化学反応の速さ 1.1 段階反応 ( 単純反応 ): + I HI を例に H ヨウ化水素 HI が生成する速さ は,H と I のモル濃度をそれぞれ [ ], [ I ] [ H ] [ I ] に比例することが, 実験により, わかっている したがって, 比例定数を k

分泌された後 その水溶性の向上や 糖タンパク質の凝集の防止 血中寿命 抗原性が制御され る 2 Figure 2. 糖タンパク質合成法. 糖ペプチドチオエステルと N 末端にシステインをもつペプチドを緩衝溶液中で反応させることでチオエステル交換 分子内転移をへてペプチド結合が形成される この反応を順

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

33 MD-SAXS 法 [ 技術の概要 ] マルチドメインタンパク質や天然変性タンパク質など フレキシブルで結晶化しにくく X 線結晶構造解析が難しいタンパク質は数多く存在する また 結晶構造と溶液構造が異なると想定される場合もある そのような場合 低解像度ながら 溶液構造情報を X 線小角散乱

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理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ生産情報研究チームチームリーダー 研究代表者 : 持田恵一 筑波大学生命環境系准教授 研究代表者 : 大津厳生 株式会社ユーグレナと理化学研究所による共同研究は 理化学研究所が推進する産業界のニーズを重要視した連携活動 バトンゾーン研究推進プログラム の一環

New Color Chemosensors for Monosaccharides Based on Azo Dyes

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上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017) 112. 酸素を起点としたジスルフィド形成ネットワークの解明 奥村正樹 * 東北大学多元物質科学研究所生体分子構造研究分野 Key words: タンパク質品質管理, ジスルフィド結合, 酸化的フォールディング, 酸素, 過酸化水素 緒言ジスルフィド結合を有するタンパク質には 免疫システムの根幹を担う免疫グロブリン ディフェンシンやインスリン 成長因子などのホルモンが存在し ジスルフィド結合の形成は生物学や医学的に重要な研究課題である そこで 本計画課題の意義は 酸素 過酸化水素 と フォールディング というタンパク質科学の3つの重要な問題を対象とし 分子レベルで細胞が備えるフォールディング補助システムを明らかにしようとする独創的かつ生物学的に意義深い研究課題である 哺乳動物細胞におけるジスルフィド結合の形成システムは小胞体において非常に複雑な経路を構築していると想定されるが未だその一端を解明したにすぎない 特にここ数年で新規酸化酵素が相次いで発見されている一方で 各酸化経路を構成する因子同士がどのような認識機構のもと特異的なカスケードを形成し フォールディング途上の基質タンパク質に選択的にはたらきかけるのか 重要な問題として残されている またこれら酵素群がどのように酸素や過酸化水素を利用し最終的に基質にジスルフィド結合を導入しているのか酸素を起点とした酸化経路はほとんど解明されていない そこで 本研究では 小胞体内で唯一酸素を消費する Ero1 の新たな活性制御機構を明らかにしたので報告する また 基質の一例としてインスリンのフォールディングにおけるジスルフィド結合の形成機構に関する新たな知見を報告する 方法 結果および考察 1. 酸素や過酸化水素量を調節する Ero1 の新たな活性制御機構の解明哺乳動物細胞の小胞体には 酸素を起点としたジスルフィド結合形成ネットワークが存在する Ero1 は酸素を消費し過酸化水素を産出する その際酸化された Ero1 は Protein Disulfide Isomerase(PDI) を再酸化し 酸化された PDI は免疫グロブリンやインスリンなど医学的 生物学的に重要な様々な基質に対してジスルフィド結合を導入する したがって 我々生体におけるジスルフィド結合導入の起点となる Ero1 は 小胞体内の酸化還元環境に応じて 4 つのシステイン間でジスルフィド結合の架橋様式を変えることで自身の活性を厳密に制御する必要がある 1) 近年我々は PDI 酸化酵素 Ero1 の Cys208-Cys241 ジスルフィド結合を開裂させた変異体が野生型よりも高い PDI 酸化活性を示すことを明らかにしたが 2) その作用機序は不明であった 実際 Cys208 と Cys241 をセリンに置換した Ero1 変異体の PDI 酸化の際 酸素の消費速度が増大し 副生成物として過酸化水素の産出量が増大した ( 図 1) * 現所属 : 東北大学学際科学フロンティア研究所 1

図 1 Ero1 が消費する酸素量と産出する過酸化水素量 Ero1 と Ero1-Cys208Ser/Cys241Ser による酸素消費量 A と過酸化水素放出量 B Ero1 は酸素を消費して 過酸化水素を副生成物として産出する Ero1 に比べ Ero1Cys208Ser/Cys241Ser の方が酸素をより多く消費し 過酸化水素を多く放出する つまり Ero1-Cys208Ser/Cys241Ser は Ero1 よりも高い活性を示す これら高活性型変異体を細胞に発現させた場合 野生型と比べ多くの過酸化水素を産出することによって生存率が低 下することを見出した 次に 構造情報取得のため Ero1 と Ero1-Cys208Ser/Cys241Ser の X 線小角散乱測定を SPring8 BL45XU において行った結果 両者のゼロ濃度外挿後の散乱プロファイル 慣性半径 最大分子長はほぼ一致 しており ほぼ同じ溶液構造であることがわかった 図 2 つまり Ero1 の Cys208-Cys241 ジスルフィド結合は 構 造安定でなく機能調節に関与するジスルフィド結合であると結論付けた 図 2 Ero1 と Ero1Cys208Ser/Cys241Ser の X 線小角散乱プロファイル A Ero1 と Ero1Cys208Ser/Cys241Ser のゼロ濃度外挿後の X 線小角散乱プロファイル X 線小角散乱測定から得られた各濃度系列の散乱プロファイルを濃度ゼロへの外挿を行う ことにより タンパク質干渉効果を排除した散乱プロファイルを示す B A より求めた距離分布関数 P r 散乱プロファイルと P r 関数はほぼ一致して おり この結果は溶液中でほぼ同じ構造をとることを意味する 2

さらに詳細な構造情報を得るために X 線小角散乱データと結晶構造を用いて Ensemble Optimization Method (EOM) 解析を行ったところ Ero1 が有する二つのループ領域は非常にフレキシブルであることがわかった 生化学的データと合わせ このループ領域のフレキシビリティは Ero1 が特異的に酸化する PDI との相互作用に重要であることを明らかにした したがって 小胞体内の酸素 過酸化水素量を調節し インスリンなどの多くの基質にジスルフィド結合を導入する Ero1 の新たな活性制御機構を提唱し Redox Biology 誌と J. Biol Chem 誌に採択された 3,4) 2. インスリンにおけるジスルフィド結合形成経路とインスリン分解酵素によるインスリン誘導体の耐性インスリンは二本のポリペプチド鎖 A 鎖および B 鎖が 2 本のジスルフィド結合によって安定化されている しかしながら インスリンのジスルフィド結合の形成機構は未だ不明である そこで 我々は硫黄原子よりもさらに反応性に富んだセレン原子に着目し 選択的に鎖間でジセレニド結合を形成させることで 鎖間の会合反応を効率的に行えるのではないかと仮説を立てた さらに ジセレニド結合はジスルフィド結合よりも安定しており インスリン分子に対して立体構造の硬さと それに起因するインスリン分解酵素 (IDE) による分解耐性を同時に付与できるものと予想した 実際に セレノシステイン含有のインスリン A 鎖および B 鎖のペプチド合成に成功し 各ペプチド鎖を最適な条件下で混合し反応させることで 目的の セレノインスリン を最大 27% の単離収率で得ることに成功した ( 図 3) 図 3. セレノインスリンの 1 次配列とジスルフィド結合もしくはジセレニド結合の架橋様式 A 鎖および B 鎖の Cys7SeCys 変異体は高い収率 (27%) で生理活性構造を形成する 次に X 線結晶構造解析によって セレノインスリン の三次元立体構造を解析した結果 人工の セレノインス リン は天然インスリンと同様の立体構造を有していることを明らかにした これは セレノインスリン が天然イン スリンと同等の生理活性をもつことを示唆する ( 図 4) 3

図 4. セレノインスリンの結晶構造 (A) インスリンの天然構造とセレノインスリンの構造の重ね合わせ 主鎖は殆ど一致する (B)IDE による認識領域の構造変化 左がインスリンを示し 右がセレノインスリンを示す B 鎖の Phe1 の側鎖が構造変化している そこで セレノインスリン による細胞刺激応答を観測し その生理活性を評価した結果 セレノインスリン はインスリンとしての生理機能を保持した さらにインスリン分解酵素 (IDE) を用い 天然インスリンおよび セレノインスリン の分解実験を行った結果 セレノインスリン は天然インスリンよりも分解速度が著しく遅いことがわかった ( 図 5) 4

図 5 インスリン分解酵素 IDE によるインスリン分解 IDE によるインスリンとセレノインスリン分解の結果を示す セレノインスリンはインス リンに比べ分解速度が著しく遅く 分解耐性が高いことがわかる これは ジスルフィド結合に比べジセレニド結合自身の安定性が高いことに加え IDE が認識しているインスリン の局所構造が セレノインスリン ではごくわずかに変形していることに起因しているものと考察した 以上の成果 は Angew Chem Int Ed Engl.に採択された5 投与後に血流によって体内を循環したインスリンは 最終的に腎臓内で IDE によって分解され尿として排出される ことが知られる したがって この IDE に対して高い分解耐性を示すインスリンを人工的に作製することができれば 長時間体内を循環する新しいタイプの持効型インスリン製剤の開発に繋がる 本成果は 上述の結果から セレノイ ンスリン が体内での薬効が長時間持続すると考えられ 新規持効型インスリン製剤としての応用も期待できる 共同研究者 本研究の共同研究者は 東北大学多元物質科学研究所の稲葉謙次 金村進吾 渡部聡 東海大学 の岩岡道夫 荒井 堅太である 本稿を終えるにあたり 本研究をご支援いただいた上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます 文 献 1 Inaba K, Masui S, Iida H, Vavassori S, Sitia R, Suzuki M. Crystal structures of human Ero1α reveal the mechanisms of regulated and targeted oxidation of PDI. EMBO J. 2010 Oct 6;29(19):3330-43. PubMed PMID: 20834232 2 Ramming T, Okumura M, Kanemura S, Baday S, Birk J, Moes S, Spiess M, Jenö P, Bernèche S, Inaba K, Appenzeller-Herzog C. A PDI-catalyzed thiol-disulfide switch regulates the production of hydrogen peroxide by human Ero1. Free Radic Biol Med. 2015 Jun;83:361-72. PubMed PMID: 25697776 3 Ramming T, Kanemura S, Okumura M, Inaba K, Appenzeller-Herzog C. Cysteines 208 and 241 in Ero1α are required for maximal catalytic turnover. Redox Biology 2016;(7):14-20. PubMed PMID: 26609561 4 Kanemura S, Okumura M, Yutani K, Ramming T, Hikima T, Appenzeller-Herzog C, Akiyama S, Inaba K. Human Ero1α undergoes dual regulation through complementary redox interactions with PDI. J Biol Chem. 2016;291(46):23952-23964. PubMed PMID: 27703014 5 Arai K, Takei T, Okumura M, Watanabe S, Amagai Y, Asahina Y, Moroder L, Hojo H, Inaba K, Iwaoka M. Preparation of Selenoinsulin as a Long-Lasting Insulin Analogue. Angew Chem Int Ed Engl. 2017 May 8;56(20):5522-5526. doi: 10.1002/anie.201701654. Epub 2017 Apr 10. PubMed PMID: 28394477. 5