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1 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 33. 摂食機能が高齢者の口腔細菌叢の構成に及ぼす影響の解明 山下喜久 Key words: 寝たきり高齢者, 口腔細菌叢, 嚥下障害, 経管栄養, 口腔ケア 九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座口腔予防医学分野 緒言我々は高齢者の口腔細菌叢の構成が発熱や肺炎の発症に密接に関連することを近年報告している 1). 一方, 嚥下 咳反射の低下によって誤嚥を繰り返す高齢者では, 口からの摂食を止めて胃瘻等の経管栄養法を施行する例が近年急増している. 咀嚼 嚥下等の生理作用が失われた口腔では, 唾液や食物による物理的な自浄作用や唾液に含まれる抗菌物質の作用が低下することで, 口腔常在細菌種の構成が大きく変化すると考えられる. 口腔内には 700 種を超す細菌が生息し複雑な細菌叢を構成しており, 複雑な口腔細菌叢の構成の把握は困難を極め, 全身の健康に複雑な口腔細菌叢の構成がどのような影響を与えているかについてはこれまで明確な科学データは示されておらず, 経管栄養摂取が口腔フローラに及ぼす影響に着目した研究はこれまでのところ見あたらない. 本研究では経管栄養法を施行されている高齢者の口腔フローラの特徴を解明し, さらにその全身の健康状態に及ぼす影響の解明を目指した 2). 方法 1. 対象者 2 つの病院と 1 つの介護施設に入所中の 65 歳以上の寝たきりの高齢者を対象に, 経管栄養摂取者 44 名と経口栄養摂取者 54 名の口腔細菌叢を 16S rrna 遺伝子解析によって比較した. 対象者は男性 12 名, 女性 86 名で, 平均年齢は 86.4 歳 (± 6.9 歳 ) であった. 経管栄養摂取者の内訳は, 経皮的胃瘻造設術 (PEG) が 31 名であり, 経鼻胃管栄養摂取者 (NG) は 13 名であった. 経管栄養摂取群では男性が多く, 重度の認知症が多かったが, その他の条件に差はなかった. 口腔内の環境については, 経管栄養摂取者で舌苔がより厚く, 入れ歯の使用がないという特徴があった. 2. 細菌 DNA の抽出サンプル中の DNA の抽出は, 既報の方法 3) を一部改良して行った. 菌を採取したチューブの中に 0.3 g の zirconia-silica beads ( 直径 0.1 mm:biospec Products, USA) と 1 個の tungsten-carbide bead ( 直径 3 mm:qiagen, Germany) を加えて 90 で 10 分間加温した後,Disruptor Genie (Scientific Industries, Inc., USA) を用いて菌体を震盪, 破砕し, 200µl の 1% SDS 溶液を加えて,70 で 10 分間加温した. さらに, 蛋白質成分を除去するため, フェノール (v/v) による抽出を 1 回, フェノール クロロホルム イソアミルアルコール (25:24:1,v/v) 混合溶液による抽出を 1 回行った後, エタノール沈殿処理を行い, 生じた沈殿物を 50µl の TE 溶液 (1 m MEDTA を含む 10 mm トリス塩酸緩衝液 ;ph8.0) に溶解し,DNA 試料として分析時まで-30 で凍結保存した. 3.Terminal restriction fragment length pormorphism (T-RFLP) 法抽出 DNA 試料からの 16S rrna 遺伝子の増幅は, 既報の方法 4) に準じて PCR 法により行った. ほとんどの細菌に共通な塩基配列部位をプライマーとして用い,5' 末端を蛍光色素 6-carboxyfluorescein (6-FAM) によって標識した 8F (5'-AGA GTT TGA TYM TGG CTC AG-3') をフォワードプライマーとして, また,5' 末端を蛍光色素 hexachlorofluorescein (HEX) によって標識した 806R (5'-GGA CTA CCR GGG TAT CTA A-3') をリバースプライマーとして使用した.PCR 反応には KOD DNA ポリメラーゼ ( 東洋紡績株式会社 ) を用いた.1µl の鋳型 DNA ( ng/µl になるよう希釈したもの ) に 1

2 5µl の KOD DNA ポリメラーゼ 10 PCR buffer (60 mm 硫酸アンモニウム,100 mm 塩化カルシウム,1% Triton X-100,100µg ウシ血清アルブミンを含む 1.2 M トリス塩酸緩衝液 ;ph8.0),5µl の 2 mm dntps,2µl の 25 mm 塩化マグネシウム, 各 0.5µl の 1µM 両プライマー,1µl の KOD DNA ポリメラーゼ (2.5 U/µl) を加えた後, 滅菌蒸留水を加えて総量を 50µlとして PCR 反応を行った.PCR 反応には Biometra T3 thermocycler (Biometra, Germany) を用いた. 反応条件は 98 :15 秒,60 :20 秒,72 :30 秒で 30 サイクルの反応を行った.PCR 反応終了後に, 泳動用ゲル 2% (wt/vol) のアガロースを含む 1 TAE を用いて, アガロース電気泳動を行い, バンド出現部位を切り出した後,Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega, USA) を用いて未反応プライマー, プライマーダイマー, その他非特異的増幅断片の除去を行った. 精製した 16S rrna 遺伝子増幅断片を含む溶液 3µl を制限酵素 HaeIII 5 U を用いて総量を 10µl とし,37 で 3 時間消化した後, 既報の方法 4) に準じてキャピラリー電気泳動を行った. 切断した DNA 溶液 2µl に対して,9µl の脱イオン化ホルムアミド,1µl のサイズスタンダードを混合し,95 で 5 分間加熱し熱変性させた後, 急冷して電気泳動に用いた. 電気泳動は ABI3130 Genetic analyzer (Applied Biosystems, USA) を用い,60,15 kv の条件で 30 分泳動した. データの取り込みおよび解析は GeneMapper version 4.0 (Applied Biosystems, USA) を用いて行った. 得られたピークパターンについては, 主成分分析を用いて第 1, 第 2 主成分を x, y 軸とした平面上にプロットした. 4. パイロシーケンス解析および塩基配列デ-タ解析 T-RFLP 法を用いて解析した細菌構成をより詳細に分析するため,Barcoded pyrosequencing 法を用いて一部のサンプルの再解析を行った. 抽出 DNA 試料からの 16S rrna 遺伝子の増幅には,5 側にシ-ケンス用のアダプター配列 Life Sciences adaptor A と 6 塩基のタグ配列 (5 -CCA TCT CAT CCC TGC GTG TCT CCG ACT CAG NNN NNN-3 ) を付与した 8F (5'-AGA GTT TGA TYM TGG CTC AG-3') をフォワードプライマーとして, アダプター配列 Life Sciences adaptor B (5'-CCT ATC CCC TGT GTG CCT TGG CAG TCT CAG-3 ) を付与した 338R (5'-GGA CTA CCR GGG TAT CTA A-3') をリバースプライマーとして PCR 法により行った.8F については検体ごとに異なるタグ配列のものを使用した.PCR 反応には KOD DNA ポリメラーゼ ( 東洋紡績株式会社 ) を用いた.1µl の鋳型 DNA ( ng/µl になるよう希釈したもの ) に 5µl の KOD DNA ポリメラーゼ 10 PCR buffer,5µl の 2 mm dntps,2µl の 25 mm 塩化マグネシウム, 各 0.5µl の 1µM 両プライマー,1µl の KOD DNA ポリメラーゼ (2.5 U/µl) を加えた後, 滅菌蒸留水を加えて総量を 50µl として PCR 反応を行った.PCR 反応には Biometra T3 thermocycler (Biometra, Germany) を用いた. 反応条件は 98 :15 秒,60 :20 秒,72 :30 秒で 30 サイクルの反応を行った.PCR 反応終了後に, 泳動用ゲル 2% (wt/ vol) のアガロースを含む 1 TAE を用いて, アガロース電気泳動を行い, バンド出現部位を切り出した後,Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega, USA) を用いて未反応プライマー, プライマーダイマー, その他非特異的増幅断片の除去を行った. 精製した 16S rrna 遺伝子増幅断片を含む各溶液は NanoDrop spectrophotometer (NanoDrop Technologies Wilmington, DE) を用い DNA 濃度を測定し, 各検体について等濃度 (50 ng/µl) になるように調整した後混合した. 混合検体は北海道システム サイエンス株式会社に受託し,454 Life Sciences genome sequencer FLX instrument (Roche, Basel, Switzerland) による塩基配列の解読を行った. 得られた塩基配列デ-タは, まず PHP で記述したスクリプトにより断片長が 240 塩基以下のもの, 平均 Quality score が 25 を下回るものを取り除き, 次に R で記述したスクリプトにより 8F プライマーを含まないもの,6 塩基を超えるホモポリマーを含むもの,N を含むものを解析から除外した. 残りの配列については 6 塩基のタグ配列の情報をもとに各被験者に振り分けた. それぞれの配列については RDP pyrosequencing pipeline に公開されている complete-linkage clustering tool を用い,97% 以上の相同性を持つものを Operational taxonomic unit ( 操作的分類単位 :OTU) としてまとめた. さらに Dereplicate request function を用い各 OTU から代表配列を選出した. 代表配列は RDP classifier を用いて属レベルまでその由来を決定した. 結果まず, 末端標識制限酵素断片長多型 (T-RFLP) 解析のピークパターンデータを用いて細菌叢の特徴を比較した結果, 経管栄養者ではパターンが経口栄養摂取者と大きく異なっており, この違いは多変量分散分析 (MANOVA) において有意であった (P<0.001) が,PEG と NG の間に有意な違いは認められなかった. 主成分分析を用いて全被験者のピークパターンデータの解析においても, 経管栄養摂取群と経口栄養摂取群の細菌構成が異なっていることが示された ( 図 1A). 本解析における第 1 主成分で負の方向に因子負荷量の高い末端標識制限酵素断片 (TRF) には, そのフラグメントサイズからコリネバクテリウ 2

3 ム属あるいはプロピオニバクテリウム属が 逆に正の方向に負荷量の高い TRF にはプレボテラ属 ベイヨネラ属などが該当し た 一方 第 2 主成分では負の方向に負荷量の高い TRF にはストレプトコッカス属 バチリス属が 正の方向にはフゾバクテリ ウム属とペプトストレプトコッカシアエ科の菌が該当した 図 1B 図 1 T-RFLP パターンの主成分分析結果の 2 次元散布図. (A) T-RFLP パターンの主成分分析結果を食事形態で比較した結果を示す は経口摂食者 は経鼻経管摂食 者 は胃瘻による栄養摂取者を示す 横軸は第 1 主成分 縦軸は第 2 主成分を示す (B) 第 1 および第 2 主成分に主要な意味を示す 19 末端制限酵素断片の各成分に対する負荷量を示す 経管栄養摂取者は第 1 主成分が負の方向 第 2 主成分が正の方向に局在していたことから 口腔常在菌として一般的に優 勢なストレプトコッカス属やベイヨネラ属 プレボテラ属の割合が低く 逆にコリネバクテリウム属やフゾバクテリウム属の割合が異 常に高い可能性が示唆された さらに詳細な細菌構成を調べるため PEG 経管栄養摂取者 15 人と経口栄養摂取者 16 人について パイロシーケンスを用 いた解析を行い 10 万 3,391 のバクテリア 16S rrna 遺伝子シーケンスを同定した その構成は やはり経管栄養摂取者と 経口栄養摂取者で明らかに異なっていた 図 2 3

4 図 2. UniFrac 距離に基づく口腔細菌叢構成の類似度関係. パイロシーケンスの結果に基づく細菌叢構成の UniFrac 距離 ( 塩基配列に基づく細菌群集間の系統学的距離を示す指標 ) を主座標分析した結果を 2 次元散布図として示す. 横軸に第 1 主座標を, 縦軸に第 2 主座標を示し, 各主座標で全体の分散の 32.8% を説明している. は経口栄養摂取者, は経管栄養摂取者を示す. 細菌叢は, 両群ともに主にアクチノバクテリア門, バクテロイデス門, フゾバクテリア門, ファーミキューテス門, プロテオバク テリア門から構成されていた. 経管栄養摂取者は, ファーミキューテス門の割合が少なく, アクチノバクテリア門やシネルギステ ス門やテネリキューテス門,SR1 の割合が有意に多かった ( 図 3). 4

5 図 3. 口腔細菌叢を構成する各門の相対比率の比較. 各門の細菌が全体に占める比率を横軸に示す. は経管栄養摂取者, は経口栄養摂取者を示す.P 値は Wilcoxon の符号順位検定により算出した.* は P<0.05 を, ** は P<0.01 を, *** は P<0.001 を示す. また, 菌属レベルでは,T-RFLP 解析で予測された通り, 口腔常在菌として一般的なベイヨネラ属, ストレプトコッカス属が 少ない一方, マイナーなバクテリアであるコリネバクテリウム属, ペプトストレプトコッカス属, フゾバクテリウム属など 22 菌属が有 意に高率で検出された ( 図 4,5). 5

6 図 4 経口栄養摂取者と経管栄養摂取者の口腔細菌叢構成の属レベルでの比較. 経口栄養摂取者 左円 と経管栄養摂取者 右円 の口腔細菌叢に占める各菌属の平均%をそれぞれ円グラフに示 す 図 5 経管栄養摂取者の口腔細菌叢に有意に より優勢な菌属の分布図. 経口栄養摂取者に比較して経管栄養摂取者の口腔細菌叢に有意に (P<0.05), より優勢な 22 菌属の各個人の細菌叢 に占める割合を図に示す 経口栄養摂取者と経管栄養摂取者間の有意差は Wilcoxon の順位和検定によって検定し た 6

7 また, 経管栄養摂取者のみで, シュードモナス属 (1 人 ) やアシネトバクター属 (3 人 ) が認められた. さらに詳細に調べると, 通常ヒトの口腔では検出されることが少ない好気性グラム陽性桿菌であるコリネバクテリウム ストリアツムや B 群 β 溶血性連鎖球菌のストレプトコッカス アガラクチアに該当した. 考察今回の研究では一般的な呼吸器系の病原菌である緑膿菌は見つからなかったが, 脆弱な高齢者では今回見つかった日和見病原菌が命取りになる恐れもある. コリネバクテリウム属は院内感染し, 呼吸器へのコロナイゼーションを引き起こすとの報告があり, 嫌気性のフゾバクテリウム属やペプトストレプトコッカス属は肺炎, 肺膿瘍などの肺感染症と関連し, ストレプトコッカス アガラクチア,B 群ストレプトコッカスは侵襲的疾患の原因となるともいわれている. 実際, 経管栄養者の肺炎発症率と死亡率は同じ寝たきりの経口栄養摂取者に比較して有意に高いオッズ比を示した ( 表 1). 表 1. 細菌叢検体採取後 6 ヶ月間の健康状態 それぞれのイベントのオッズ比をロジスティック回帰分析で算出した. 95%CI は 95% 信頼区間を示す. a 期間内に死亡した場合は解析から除外した. ベースラインの健康状況を両群で完全にマッチングすることは不可能であり, この結果を口腔細菌叢の影響と単純に結論付け ることはできないが, 少なくとも経管栄養摂取によって肺炎や死亡の発症が抑えられたとは考えにくい. 本研究の結果から食事に 使わなくなった口腔内では唾液の流れの減少, 唾液の質の変化が起こり, 細菌バランスが崩れることで, 経管栄養法の使用が 高齢者の健康を障害するバクテリアの繁殖を引き起こすことが考えられる. 共同研究者 本研究の共同研究者は, 九州大学大学院歯学研究院口腔保健推進学講座口腔予防医学分野の竹下徹助教である. 文献 1) Takeshita, T., Tomioka, M., Shimazaki, Y., Matsuyama, M., Koyano, K., Matsuda, K. & Yamashita, Y. : Microfloral characterization of the tongue coating and associated risk for pneumonia-related health problems in institutionalized older adults. J. Am. Geriatr. Soc., 58 : , ) Takeshita, T., Yasui, M., Tomioka, M., Nakano, Y., Shimazaki, Y. & Yamashita, Y. : Enteral tube feeding alters the oral indigenous microbiota in elderly adults. Appl. Environ. Microbiol., 77 : , ) Takeshita, T., Nakano, Y. & Yamashita, Y. : Improved accuracy in terminal restriction fragment length polymorphism phylogenetic analysis using a novel internal size standard definition. Oral Microbiol. Immunol., 22 : , ) Takeshita, T., Nakano, Y., Kumagai, T., Yasui, M., Kamio, N., Shibata, Y., Shiota, S. & Yamashita, Y. : The ecological proportion of indigenous bacterial populations in saliva is correlated with oral health status. ISME J., 3 : 65-78,

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2 2 3 4 TTT TCT TAT TGT TTC TCC TAC TGC TTA TCA TAA TGA TTG TCG TAG TGG CTT CCT CAT CGT CTC CCC CAC CGC CTA CCA CAA CGA CTG CCG CAG CGG ATT ACT AAT AGT ATC ACC AAC AGC ATA ACA AAA AGA ATG ACG AAG AGG GTT

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