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レポート 長生きリスクの増大 心光勝典生活設計研究部主任研究員 要旨 長生きリスクとは 老後に備えた蓄えを使い果たしてしまうことをいう 長生きリスクが増大している背景には 公的年金のみでは老後の生活費を賄いにくいにもかかわらず 引退時 (60 代 ) の貯蓄額が不十分なこと 長寿化が進展していることが挙げられる 引退時 (60 代 ) の貯蓄額が不十分な要因として 晩婚化 退職金の減少 低金利の長期化 可処分所得の減少 生涯賃金の減少が挙げられる 長生きリスクの対策として 早期に積立を開始し引退時の貯蓄額を増やすこと 世帯内で働く人を増やすこと 高齢になっても働くこと 老後の収支計画を立てることが挙げられる Ⅰ 長生きが人生のリスクに わが国は 2007 年に超高齢社会 ( 高齢化率が 21% 超 ) に突入 2015 年 9 月には 100 歳以上の人口が6 万人を超えた 古稀 米寿などのさまざまな呼び方で長寿をお祝いし 高齢者に感謝の念を示す風習があるが 大半の人にとって聞き慣れない茶寿 (108 歳 ) 皇寿 (111 歳 ) を祝う高齢者も現れている ところが 本来喜ばしいはずの長生きが人生のリスクととらえられるようになり 長生きリスク という言葉が定着している 長生きリスク とはどのようなリスクだろうか 生命保険文化センターの 生活保障に関する調査 (2016 年度 ) では 生活上の不安として老後の生活の経済的困難が上位に挙げられている また 当研究所の セカンドライフの生活設計に関する調査 (2015 年 3 月 ) によると 40~60 代のセカンドライフに関する不安の第 1 位が医療費用 介護費用 第 4 位が老後の生活の経済的厳しさについてである このようにさまざまな調査結果で老後の経済的困難が老後の生活不安として挙げられている 本稿では 長生きリスク を老後に備えた蓄えを使い果たしてしまうリスクのこととする 現在 想定していた以上に長生きすることによる生活費の負担に加え 医療費用や介護費用などの負担により老後の蓄えを使い果たしてしまう 長生きリスク が増大している 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017 44

Ⅱ 長生きリスク増大の背景 1. 生活費に満たない公的年金金融広報中央委員会 ( 事務局日本銀行情報サービス局内 ) の 家計の金融行動に関する世論調査 (2 人以上世帯調査 ) (2016 年 ) によると 老後の生活について 非常に心配である と 多少心配である を合計した 心配である と回答した世帯の割合は 2007 年の 81.4% から 2016 年の 83.4% へと上昇している 老後の生活を心配している理由 ( 複数回答 ) を見ると 最も多いのが 年金や保険が十分ではないから (73.4%) 次いで 十分な金融資産がないから (69.9%) となっている 老後の収入源 (3つまで複数回答) の1 位は公的年金 (79.2%) 2 位は就業による収入 (43.2%) 3 位は企業年金 個人年金 保険金 (39.3%) 4 位は金融資産の取り崩し (26.8%) である 大部分の人が公的年金を老後の生活費の主な収入源としている しかし 高齢で無職の夫婦世帯 ( 夫 65 歳以上 妻 60 歳以上の夫婦のみの無職世帯 ) の生活費は月額 27.5 万円 ( 注 1) であるのに対し 公的年金のモデルケースは夫が会社員 妻が専業主婦の場合には 21.8 万円 ( 注 2) 夫婦ともに自営業の場合には 12.8 万円 ( 注 3) であり 公的年金だけでは生活費を賄うことはできない また 27.5 万円は生活費の平均値であり 平均を超えた多額の医療費用 教育費 住宅ローン ( もしくは家賃 ) などの支出があれば必要額はさらに増加する ( 注 1) 総務省 2015 年家計調査 ( 家計収支編 ) ( 注 2) 夫は厚生年金に 40 年 妻は国民年金に 40 年加入 夫の平均標準報酬額 42.8 万円 2015 年 11 月時点 ( 注 3) 夫婦ともに国民年金に 40 年加入 2015 年 11 月時点 2. 長寿化の進展 2015 年の平均寿命は男性が 80.79 歳 女性が 87.05 歳であり 20 年前の 1995 年と比べ男性が 4.41 歳 女性が 4.20 歳とそれぞれ4 歳以上も延びている また 0 歳児が 90 歳まで生存する割合は 男性は 25.0% で4 人に1 人 女性が 49.1% で2 人に1 人であり 人生 90 年時代 が到来している 長寿化が進むほど必要な生活費が増え介護費用や医療費用も増大することから 老後の蓄えを使い果たす長生きリスクが増大している 45 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017

Ⅲ 不十分な 60 代の貯蓄額 1. 安心だと思う貯蓄額に足りない公的年金のみで老後の生活費を賄うことができないとすると 不足分は高齢になっても働き続けることで収入を確保するか もしくは現役時代に老後に備えた貯蓄を行なう必要がある 高齢になって働き続けることは多くの人にとって収入を確保するうえで有効であるが 人生 90 年時代において生涯働き続けることは困難である したがって 長生きリスクを軽減するためには まず老後に備えた貯蓄を行なうことが欠かせない 老後の生活費の不足をカバーする貯蓄という観点では 多くの人の現役引退時期にあたる 60 代の貯蓄額が重要である 当研究所の セカンドライフの生活設計に関する調査 (2015 年 3 月 ) によると 老後生活が安心だと思う 65 歳時の貯蓄額は に対する回答は 60 代で 2,801 万円であるのに対して 現役引退時の貯蓄額 (60 代 ) は 2,568 万円である 総務省家計調査 ( 貯蓄 負債編 ) によると 60 代の貯蓄額は 2,200~2,400 万円台で推移している このように 60 代の平均貯蓄額は 安心だと思う金額にやや足りていない ただし 平均貯蓄額は一部の高額貯蓄者によって引き上げられている 2015 年の高齢者世帯 ( 世帯主 60 歳以上 2 人以上の世帯 ) の平均貯蓄額は 2,396 万円であるが 中央値 ( 注 4) は 1,592 万円となっている ( 総務省家計調査貯蓄 負債編 ) ( 注 4) 貯蓄現在高が 0 の世帯を除いた世帯を貯蓄現在高の低い方から順番に並べたときに ちょうど中央に位置する値 2. 貯蓄額が不十分である要因 (1)60 代の貯蓄額は減少の世帯が多い前掲の 家計の金融行動に関する世論調査 (2 人以上世帯調査 ) (2016 年 ) によって 60 代の世帯で金融資産残高が1 年前と比べ増えた世帯の割合から減った世帯の割合を差し引いた値 (% ポイント ) を見ると 2013 年は-10.1% ポイント 2014 年は-7.5% ポイント 2015 年は+1% ポイント 2016 年は-18.4% ポイントと 60 代の金融資産残高は 概ね増えた世帯よりも減った世帯の多い傾向が続いている また 金融資産残高の減少理由 (60 代 ) を見ると 定例的な収入が減ったので金融資産を取り崩したから が 47.0% で最も多く 次いで多いのが 株式 債券価格の低下により これらの評価額が減少したから (31.1%) である 5 番目に多いのが こどもの教育費用 結婚費用の支出があったから (13.2%) である 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017 46

(2) 晩婚化の影響 こどもの教育費用 結婚費用の支出があったから を挙げる 60 代の世帯が少なくない背景には 晩婚化と晩産化とがある 図表 1のように晩婚化が進み 夫の平均初婚年齢は 2000 年の 28.8 歳から 2014 年の 31.1 歳へ 妻の平均初婚年齢は 2000 年の 27.0 歳から 2014 年 29.4 歳へと それぞれ2 歳以上上昇している 同時に晩産化も進み 第 1 子出生時の母の平均年齢は 2000 年の 28.0 歳から 2014 年の 30.6 歳へと上昇している なかには親が定年を迎えたときに子どもが学生であることもある この場合 60 代になっても教育費用の負担が続く 図表 2のとおり 大学の授業料は上昇 高止まり傾向にある また 自宅から離れた学校へ進学すると 住居費などの生活費の仕送りも必要になり 親の家計にとって重い負担になる 挙式 披露宴 披露パーティの総額は 359.7 万円 親 親族からの援助があった人は 72.6% 援助総額は 166.9 万円である ( ゼクシィ結婚トレンド調査 2016 調べ ) 晩産化のなか 60 代以降に子どもの結婚費用を援助している親も多い 晩婚化 晩産化は進んでおり 60 代における子どもの教育費用 結婚費用の負担は 今後増大傾向で推移すると予想される 図表 1 平均初婚年齢 出産時の母の年齢の推移 ( 歳 ) 34 32 30 28 32.9 32.3 32.6 32.8 33.0 33.1 33.2 33.2 33.3 33.4 33.4 31.4 31.6 31.7 31.8 32.0 32.1 32.3 32.4 31.0 31.2 30.4 29.1 29.2 29.4 29.5 29.7 29.9 30.1 30.3 30.4 30.6 28.0 平均出産時年齢 平均初婚年齢 26 24 22 30.0 30.1 30.2 29.8 30.4 30.5 30.7 30.8 30.9 31.1 28.8 28.0 28.2 28.3 28.5 28.6 28.8 29.0 29.2 29.3 29.4 27.0 20 2000 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014( 年 ) 平均初婚年齢 ( 妻 ) 平均初婚年齢 ( 夫 ) 第 3 子出産時の母の平均年齢 第 2 子出産時の母の平均年齢 第 1 子出産時の母の平均年齢 出所 : 厚生労働省 人口動態統計 より作成 47 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017

図表 2 大学の授業料の推移 ( 円 ) 800,000 745,340 700,000 600,000 535,800 500,000 400,000 300,000 200,000 国立 私立 100,000 0 1970 1972 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 ( 年 ) ( 注 ) すべて東京都 昼間 法文経系の年間授業料出所 : 総務省 小売物価統計調査年報 より作成 (3) 退職金の減少管理 事務 技術労働者大学卒が 60 歳で定年退職した場合の退職金は 2002 年の 2,512 万円から 2014 年の 2,358 万円と 154 万円減少している ( 図表 3) 長期にわたる景気の低迷や企業の人件費抑制が影響していると考えられる 退職金は 60 代の現役引退時の貯蓄額にストレートに影響し その減少は老後に向けた貯蓄を困難にする 図表 3 退職金の推移 ( 万円 ) 2,600 2,500 2,512 2,490 2,492 2,400 2,435 2,417 2,443 2,358 2,300 2,200 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 ( 年 ) ( 注 ) 管理 事務 技術労働者大学卒が 60 歳で定年した場合出所 : 日本経済団体連合会 退職金 年金に関する実態調査結果 の概要 より作成 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017 48

4 低金利の長期化 1999 年に日本銀行は 低迷する日本経済を回復させるため 金利をほぼゼロにする ゼロ金利政策を導入した ゼロ金利政策は ゼロ金利下では銀行が低コストで資金を調 達できるため 企業への融資が活発化することで景気を刺激する効果を意図した政策で ある 一方 預貯金の金利も下がり 預貯金をしている人にとっては不利である ゼロ 金利政策は 景気回復局面で一時的に解除されることはあったが 長期にわたって継続 された 2016 年にはゼロ金利よりも強い効果を狙って 民間銀行の日本銀行の当座預 金にある準備預金の一部にマイナス金利が適用された この結果 2000 年代初頭には 1 台後半だった 10 年国債の利回りは 2016 年には一時マイナスになった 図表4 マイナス金利は 一般の人の預貯金に適用されていないが 金利が非常に低い状況が継 続している 日本銀行調査統計局 資金循環の日米欧比較 2016 年 12 月 によると 家計の金 融資産構成における現預金の割合はわが国では 52.3 と 米国 13.9 ユーロエリア 34.6 に比べて大きい 低金利の長期化により わが国の家計の金融資産の主力である 預貯金からの利子所得は低水準で推移し 老後に向けた貯蓄を困難にしている 図表4 10 年国債利回りの推移 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 0.5 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 年 出所 財務省 国債金利情報 より作成 5 可処分所得の減少 総務省の家計調査報告 家計収支編 によって 2人以上の世帯のうち会社員 公務 員などの勤労者世帯の実収入と非消費支出 税金 社会保険料など の推移を見る 図 表5 実収入は 2000 年の 562,754 円をピークに減少し 2005 年には底入れの気配が見 られたもののリーマンショック翌年の 2009 年には大きく減少 2011 年に 510,149 円の 49 生活福祉研究 通巻 93 号 February 2017

底値を付けた後は微増にとどまり 2015 年は 525,669 円となっている 2015 年の実収入を 2000 年と比較すると 金額で 37,085 円 6.6% 低下している 一方 可処分所得は 2000 年の 474,411 円から 2015 年の 427,270 円へと 47,141 円 10.0% 低下している 実収入よりも可処分所得が 3.4 ポイント大きく低下している理由は 非消費支出の実収入に占める割合の上昇である 2000 年の非消費支出の実収入に占める割合は 15.7% だったが 2015 年には 18.7% にまで上昇している この間 以下の税 社会保険料の上昇要因となる制度改正が相次いだ 2003 年の社会保険料の総報酬割ボーナスからも同率で徴収厚生年金保険料率は 2004 年 10 月以降 毎年 9 月に 0.354% ずつ引き上げ 2004 2005 年の配偶者特別控除の一部廃止 2006 2007 年の定率減税の廃止 2011 2012 年の子どもの扶養控除の廃止 縮小結果的に実収入が増加しても可処分所得はさほど増えない あるいは 実収入が横ばいでも可処分所得は減少するといった状況が生じている 国民生活基礎調査によると 生活意識の状況 が 苦しい との回答の割合が 2000 年の 50.7% から 2015 年 60.3% へと高まっているが 可処分所得の減少も影響していると思われる 可処分所得が減少すれば 老後に向けた貯蓄を行ないにくくなる 図表 5 2 人以上の勤労者世帯の可処分所得 非消費支出の推移 ( 円 ) 600,000 500,000 400,000 実収入 562,754 552,734 524,810 524,585 528,762 518,226 510,149 523,589 525,669 539,924 531,690 525,719 534,235 520,692 518,506 519,761 86,732 88,343 86,208 84,143 83,429 86,257 90,314 89,611 97,457 98,398 85,402 84,271 91,486 90,725 93,501 96,221 300,000 200,000 474,411 453,716 446,288 441,448 442,749 429,967 425,005 423,541 466,003 440,667 441,156 442,504 420,538 426,132 427,912 427,270 非消費支出 可処分所得 100,000 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 ( 年 ) 出所 : 総務省 家計調査報告 ( 家計収支編 ) より作成 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017 50

(6) 生涯賃金の減少図表 6は 従業員 1,000 人以上の企業に勤務する大学卒男性の 60 歳までの生涯賃金の推移である ( 退職金は含めていない ) 2001 年の3 億 3,650 万円から 2013 年の3 億 590 万円へと減少しており 特に 2009 年に急減してから回復していない これは 2008 年のリーマンショックによる景気の急激な悪化に対応し 企業が人件費削減の姿勢を強めたためと考えられる 生涯賃金の減少傾向は継続しており 老後に向けた貯蓄は困難になっている 図表 6 生涯賃金の推移 ( 退職金は含めない ) ( 百万円 ) 340 335 330 325 320 315 336.5 328.0 325.7 321.3 328.6 330.1 334.8 330.7 310 305 300 295 309.0 309.3 312.2 312.6 305.9 290 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 ( 年 ) ( 注 ) 企業規模 1,000 人以上 大学卒 男性 60 歳まで勤務 出所 : 労働政策研究 研修機構 ユースフル労働統計 より作成 Ⅳ 長生きリスクへの対応策 長生きリスクへの対応策として 引退時の貯蓄額 世帯収入の増加 老後の収支計画が挙げられる 1. 引退時の貯蓄額を増やす (1) 早期の積立開始引退時の貯蓄額を増やすためには 早期に貯蓄を開始する必要がある 財形貯蓄や個人年金などを活用し 長期に積み立てると着実に貯蓄額を増やすことができる その際 給与天引きや口座自動引き落としを活用し強制的に毎月定額が差し引かれるようにすると 自然と節約の習慣が身に付く また 一般的に引出しの際に一定の手続きが必要 51 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017

となるため継続しやすい 引退時にどの程度の貯蓄をするかという明確な目標を持つことは 貯蓄を継続する動機付けになる なお 生活費に余裕がなくなるほど積立額を多額に設定すると 生活資金不足で解約するなど途中で挫折することもあるため 無理のない金額で設定した方が長く続けることができる 将来に備えて なるべく若い時から始めれば時間を味方につけることができ 余裕をもった資金準備が可能になる 老後の資産形成のため活用されているのが 2001 年創設の確定拠出年金である 確定拠出年金は加入者自身が運用指図を行ない 給付額は運用成果に応じて個人ごとに異なるという特徴がある 掛金の所得控除 運用益の非課税など確定拠出年金は節税メリットが大きく 離転職の際には積立金の移換が可能で利便性も高い 2017 年以降 これまで加入対象外だった公務員 専業主婦 企業年金のある会社員も加入が可能となり ほぼ全国民が加入できるようになった (2) インフレリスクへの配慮わが国の家計の金融資産の半分以上を占める現預金は 元本割れのリスクがない反面 インフレになると実質的価値が目減りするリスクがある 通常 インフレになれば預貯金の金利も上昇するが 日銀の低金利政策は長期化する可能性があり 必ずしも金利上昇が物価上昇に追いつくとは限らない また 公的年金は 2004 年改正に盛り込まれたマクロ経済スライド制度によって 平均寿命の延びや現役世代の減少に合わせて一定の調整率を自動的に差し引くこととされた このため 物価や賃金の上昇ほどは給付額が増えないことになり インフレ時には年金の実質的価値が目減りする また 2016 年の年金法改正により賃金の変動に合わせて年金額を改定する仕組みが盛り込まれ 2021 年 4 月から物価が上昇しても賃金が下がる場合 支給額が低下することになった このように 家計の資産の中心である現預金と主な老後の収入である公的年金は いずれもインフレに脆弱である そこで 資産形成においてはインフレリスクにも配慮し 年齢が上がるにつれて安全性を重視するなどライフサイクルを意識することが必要と思われる 2. 世帯の収入増加 (1) 収入の複線化共働きなど世帯内での収入の複線化を図れば 世帯収入が増え貯蓄をしやすい また 特定の人の収入に依存するリスクを軽減することができるほか 各自が厚生年金の加入者となれば世帯の公的年金を増やすこともできる 当研究所の 第 9 回結婚 出産に関する調査 (2016 年 3 月 ) によると 女性の理想の働き方は 子どもの成長に合わせて勤務時間を長くしていずれ正社員になることである 子どもが小学生と中学生 高校生では8 割以上が働くのが理想と考えているが 実際はそれぞれ 35.7% 43.5% にとどまっている 妻の就業促進のためには 仕事と育児の両立支援できる環境整備のほか 子どもが小学生になる頃から復職を希望する女性の 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017 52

就労 就職支援のさらなる整備 拡充が期待される (2) 働く期間の長期化高齢になっても働き続ければ定期収入を確保できる 厚生年金保険の被保険者としての期間が長期化すれば 公的年金額を増やすこともできる また 高齢になっても働くことは 社会とのつながりを確保するうえでも有益と言われる 加えて 働き続けることで生活費を賄う収入を得ることができれば 公的年金を繰り下げ受給して公的年金額を増やすことができる 繰り下げ受給とは 65 歳から受け取れる老齢基礎年金および老齢厚生年金について 受給開始期間を 66~70 歳に遅らせることで年金額を増やすことができることを言う 1941 年 4 月 2 日以後に生まれた人の場合 1ヵ月繰り下げるごとに 0.7% 増額され 最大繰り下げ月数は 60 ヵ月 増額率は 42% である 2013 年施行の改正高年齢者雇用安定法により 企業には段階的に 2025 年度までに 60 歳の定年後も希望者全員の 65 歳までの雇用が義務づけられた これは 厚生年金の受給開始年齢の引き上げにともない 定年後に年金も給料も受け取れない人が増えるのを防ぐための措置である 内閣府 高齢者の日常生活に関する意識調査 (2014 年 ) によると 働けるうちはいつまでも を含めると半数以上が 65 歳以降も働きたいと考えている 一方 厚生労働省 2015 年高年齢者の雇用状況 によると 希望者全員が 65 歳以上まで働ける企業の割合は大企業が 52.7% 中小企業が 74.8% 70 歳以上まで働ける企業の割合は大企業が 12.7% 中小企業が 21.0% である 健康で働く意思と能力のある高齢者が働き続けることができる環境の整備が期待される 3. 老後の収支計画人生 90 年時代において引退後も経済的困難に陥ることなく暮らすには 老後の収支計画が必要である しかし 金融広報中央委員会 ( 事務局日本銀行情報サービス局内 ) の 金融リテラシー調査 (2016 年 ) によると 50 代でも老後の生活費に関する必要額の認識がある人は 54.4% 資金計画の策定をしている人は 38.0% 資金の確保ができている人は 28.0% にすぎない 50 代でも老後の収支計画を準備 実行できている人は少ない 元々 家計管理や生活設計などの金融教育を受けた人の割合は米国の3 分の1 金融知識について自信のある人は1 割と わが国では金融知識が不十分な人が多い 例えば 50 代の公的年金に関する理解について 受け取れる金額を知っている人は 40.3% 支給開始年齢を知っている人は 55.8% である ちなみに 当研究所の セカンドライフの生活設計に関する調査 (2015 年 3 月 ) によると 公的年金の受取額を知っている人は 50 代では 51.6% である 高齢化が進むなか 家計管理や生活設計の重要性は増しており なるべく早期にさまざまな機会をとらえて必要な知識を得たうえで 老後の収支計画を立て実行することが求められている 53 生活福祉研究通巻 93 号 February 2017