経済学第 4 章資源配分と所得分配の決定 (2) 4.2 所得分配の決定 中村学園大学吉川卓也 1 所得を決定する要因 資源配分が変化する過程で 賃金などの生産要素価格が変化する 生産要素価格は ( 賃金を想定すればわかるように ) 人々の所得と密接な関係がある 人々の所得がどのように決まるかを考えるために 会社で働いている人を例にとる 2 (1) 賃金 会社で働いている人は 給与を得ている これは 労働サービスを提供して その対価として 給与 ( 賃金 ) を得ていることを意味する (2) 地代 この人が土地を保有していて 土地の一部を人に貸しているとする 土地を貸すことから得られる収入を地代という (3) 資本 この人が預金と株式を保有しているとする 預金や株式の購入代金は 資金として企業に供給される 企業は この資金で原材料や ( 機械 ) 設備などの耐久生産物を購入する 原材料や ( 機械 ) 設備などの耐久生産物は 資本と呼ばれ 生産要素の一種である したがって 預金したり株式を購入することを通じて この人は資本という生産要素を供給している 3 4 (4) 供給する生産要素の対価 = 生産要素所得 (1)(2)(3) より 会社で働いている人は 労働 土地 資本などの生産要素を供給して 賃金 地代 利子 配当などの所得を得ていることになる これらの所得の合計がこの人の総所得となる 生産要素所得とは 市場経済において 人々が自分が供給する生産要素の対価として得ている所得のことである 生産要素所得のほかにも 地価や株価の上昇により 保有している土地や株式から得られる値上がり益 ( キャピタル ゲイン ) という所得もある 5 (5) 総所得 賃金率 1 年年間の総所得 = 賃金所得 + 地代所得 + 利子 配当所得 =1 年間の労働サービスの供給量 賃金率 +1 年間の土地サービスの供給量 地代 +1 年間の資本サービスの供給量 利子率 (4.1) ここで 賃金率とは 労働時間当たり (1 時間当たり ) の賃金 また 利子率については 預金などの利子率と株式 1 単位当たりの配当である配当率を区別せずに 利子率としている 6 1
2 生産要素の供給 (1) 総所得は供給する生産要素の価格で決まる 人々の総所得を決める大きな要因は その人が供給するサービスの量と生産要素の価格である ((4.1) 式 ) (2) 生産要素の価格はどのようにして決まるのか 生産要素の価格は その生産要素に対する需要と供給が等しくなるように決まる 労働サービスを例にとって説明する 実際にはさまざまな種類の労働サービスがあるが 簡単のため すべての労働サービスは同じであると仮定する (3) 労働時間 労働市場の需給は 横軸に労働サービスの量 ( 労働時間で測ったもの ) 縦軸に名目賃金率( 労働サービス時間当たり名目賃金 ) をとった図で示される ( 図 4.8) (4) 名目賃金率 名目賃金率とは 貨幣で表した賃金率のこと 給与表に示された賃金率である 図 4.8では 消費者物価や個々の財の価格は一定と仮定している 7 8 (5) 消費者物価 家計の労働サービス供給曲線は 右上がりの曲線 S で表される ここでは 家計の労働サービスは 消費者物価を一定として 名目賃金率が上がれば増加すると仮定している 消費者物価とは 標準的な家計の生計費のこと 消費者物価が一定 生計費一定 名目賃金が上がれば家計消費は増加 このように 家計は労働サービスの供給によってより多くの消費財を買えるようになるなら 労働時間を増やすと仮定する この仮定により 家計の労働サービス供給曲線は右上がりとなる 9 3 生産要素の需要 企業の労働サービス需要曲線は 右下がりの曲線 Dで表される これは 企業の労働サービス需要は ( 企業が供給する財の価格を一定として ) 名目賃金率が下がれば増加することを意味する (1) 固定的生産要素 簡単のため 企業が投入量を変えられる生産要素は 労働サービスだけであるとする すなわち 労働サービス以外の生産要素の投入量は 財の生産量が変化しても変わらない このような 財の生産量が変化しても投入量が変化しない生産要素を固定的生産要素という 10 (2) 固定費用 これらの固定的生産要素に対して 企業が財の生産量にかかわらず一定額を支払わなければならない費用を固定費用という 個々の企業が供給する財の価格は一定であると仮定している この企業が供給している財の価格をP 0 その供給量をQ とする 名目賃金率をw 労働サービス投入量をLとする 労働者一人当たりの労働時間は固定されており 労働サービス投入量は 雇用する労働者数で調整されるとする 11 企業の利益 = P 0 Q-w L- 固定費用 (4.2) P 0 Q は売上高 w L は賃金費用 ( 可変費用 ) である (4.2) から P 0 Q L を一定として w が低下すれば 企業の利益は増加する そこで 名目賃金率が低下すれば 企業は雇用者数 ( 労働サービス投入量 )L を増やし 財の供給量 Q を増やし 得られる利益を増やそうとする 以上から 企業が供給 販売する財の価格を一定とすると 名目賃金率が低下すると 企業の労働サービス需要は増加することになる したがって 企業の労働サービス需要曲線は図 4.8 の曲線 D のように右下がりになる 12 2
図 4.8 名目賃金率の決定図 S w 0 E 0 D 4 生産要素の価格の決定 (1) 労働市場の均衡 名目賃金率は図 4.8 の労働サービス供給曲線 S と労働サービス需要曲線 D の交点に対応する w 0 に決定される このとき 労働サービスの供給量と需要量は一致して L 0 になり 労働市場は均衡する (2) 賃金所得の決定 個々の家計の 1 年間の賃金所得は この名目賃金率に 個々の家計の中で 1 年間企業で働いた人の延べ労働時間数をかけたものになる 0 L 0 労働サービスの需給量 L 13 14 (3) 利子率 地代の決定 資本サービスの供給の対価である利子率や 土地サービスの供給の対価である地代も 名目賃金率と同じように それらの生産要素の供給曲線と需要曲線との交点で決まる 練習問題 4.2.1 (1) 資本市場の均衡を図で示しなさい (2) 土地市場の均衡を図で示しなさい 15 16 5 製造業人口の増加ー農村から都市への人口移動 (1) (1) 農業と製造業の労働の生産性の違い 今までの説明では 労働の生産性の違いを考慮せずに名目賃金率がどのように決まるかを説明した しかし 労働生産性は 産業ごと 企業ごとに異なるのが現実である 日本における戦後の高度経済成長期の農村から都市への人口の大移動を 農業と製造業の労働生産性の違いにより説明する 17 (2) 製造業における技術進歩 労働生産性の上昇 一般に 製造業の技術進歩は農業より急速に進む 製造業で技術進歩が急速に進むと 製造業の労働生産性は急速に上昇する 労働生産性とは 一人の労働者が一定時間で生産する財の生産量のことである (4.2) 式によれば 労働生産性が上昇すると 雇用者数 L が同じでも生産される財 Q は増加する したがって 費用項目 ( マイナス項目 ) である雇用者数 L が同じで 収入項目 ( プラス項目 ) である生産量 Q が増えれば 企業の利益は増加する そこで 利益を増加させるため 企業はより多くの労働サービスを投入しようとする 18 3
(3) 労働サービス需要の増加 以上のことから 製造業で技術進歩により労働生産性が上昇すると ( 同じ賃金率の下で ) 労働サービス需要が増加する 図 4.9 に示されているように これは労働サービス需要曲線を右へシフトさせる このシフトにより 製造業では名目賃金率が上昇し 雇用者数が増加する (4) 農村から都市への人口移動 この製造業で増えた雇用者が 農村から都市へ移動した人々と考えられる 労働生産性が大きく上昇するとともに 雇用者数の増えた製造業では 財の生産量が増加する 19 図 4.9 高度経済成長期の製造業の雇用者数と名目賃金率の変化 S w 1 w 0 E 0 D 1 0 L 0 L 1 雇用者数 L 20 6 農業人口の減少ー農村から都市への人口移動 (2) (1) 農業における技術進歩 農業では 製造業と逆の現象が起きた 農業での技術進歩による労働生産性の上昇は 製造業と比べて大きくない そのため 農業における労働サービス需要曲線の右シフトは小さい ( 図 4.10) 図 4.10 高度経済成長期の農業従業者の変化 S 1 S 0 w 2 w 0 E 0 D 1 21 0 L 1 L 0 雇用者数 L 22 一方 農業における労働サービス供給曲線は 以下の理由から大きく左にシフトする 製造業で名目賃金率が 農業に比べて相対的に上昇しているので 製造業で働く方が有利になる そのため 農業で働いていた人のうち 農村から都市へ移動し より高い賃金が得られる製造業で働らこうとする人が増加する この人口移動により 同じ賃金率で 農業における労働者数は減少する これは 農業における労働サービス供給曲線のS 0 から S 1 への左シフトになる その結果 農業に従事する労働者数は減少する 23 (2) 農業における名目賃金の上昇 農業従事者の減少と農業における労働生産性の上昇は 農業の名目賃金率を引き上げる これにより 製造業と農業の名目賃金の格差は縮小する 24 4
7 労働サービスの希少性と賃金格差 (1) 労働サービスの供給量による産業ごとの賃金格差 製造業の労働生産性が農業の労働生産性より高いために 製造業の賃金は農業の賃金より高くなる 産業ごとの賃金格差は 労働サービスの供給量の違いによっても生じる A 産業とB 産業を考える 両者は 労働生産性など労働サービス需要曲線の位置と形状を決める条件はまったく同じとする したがって 労働サービス需要曲線は 図 4.11のDとして示された共通のものになる 図 4.11 労働サービスの供給の差と賃金格差 S A S B w 1 w 2 E 2 25 0 L 1 L 2 労働者数 L 26 (2) 供給曲線の違いによる賃金格差 A 産業の労働サービス供給曲線は S A 産業 B の労働サービス供給曲線は S B とする 労働サービス需給の均衡において A 産業の名目賃金率は w 1 B 産業では w 2 に決まる w 1 >w 2 である 2 つの産業でこのような賃金格差が生じた理由は 労働サービス供給曲線が異なり どの名目賃金率でも A 産業の方が B 産業よりも労働サービスの供給量が少ないからである つまり 名目賃金率は 労働サービス供給量の少ない産業 (A) の方が 多い産業 (B) より高くなる 27 (3) 労働サービスの希少性の問題 A 産業における労働サービス供給量が B 産業における労働サービス供給量よりも少ないことは A 産業の求める労働サービスは B 産業が求める労働サービスより希少性が高いことを意味する よって 希少性の高いサービスを供給できる人ほど 高い賃金を獲得できる 取得が難しい資格をもっている人は 希少性の高いサービスを供給できるので 一般に高い賃金を獲得できる 28 5