平成 24 年 ( 行ウ ) 第 2 号最上小国川ダム工事公金支出差止等請求住民訴訟事件 原告 高桑順一外 16 名 被告 山形県知事吉村美栄子 第 10 準備書面 平成 27 年 10 月 15 日 山形地方裁判所民事部合議係御中 原告ら訴訟代理人 弁護士高橋健 弁護士外塚功 弁護士 五十嵐幸弘 弁護士高橋敬一 弁護士長岡克典 弁護士脇山拓 1
目 次 最上小国川 赤倉地区の 2015 年 9 月洪水の実態から 被害防止には河道改 修が最も効果的であることが あらためて明らかになった 1,2015 年 9 月 10 日赤倉雨量は1/50 年確率に近い豪雨であったが 洪水流量は1/11 年確率流量だった 2, 赤倉地区では外水被害と内水被害が同時に発生した 3, 本件ダムが出来ても洪水被害は残る 河川管理と河道改修がなされていれば 今回の洪水被害は容易に防げた 4, 河道改修による赤倉地区の治水対策は 地域の活性化にも効果的である 原告らは 本件の主要な争点について 以下のとおり主張する 2
最上小国川 赤倉地区の 2015 年 9 月洪水の実態から 被害防止には河道 改修が最も効果的であることが あらためて明らかになった 1,2015 年 9 月 10 日赤倉雨量は1/50 年確率に近い豪雨であったが 洪水流量は1/11 年確率流量だった (1)2015 年 9 月 10 日から11 日にかけて 台風から変わった温帯低気圧が日本海中部を北東に進んだことと 日本の東の海上を北上した台風の影響による豪雨で 関東 東北地方の各地で洪水被害が発生し 山形県内でも内陸部全域が大雨となった この大雨による洪水で 最上町では住宅の床上浸水 13 棟 床下浸水 12 棟などの被害が出た 最上小国川右岸沿いの赤倉地区で飲食店を営む被災者の一人が もっと早く最上小国川ダムができていればこんな思いをしなくて済んだのに と語ったと 実名入りで報道 (9 月 12 日山形新聞 27 面 ) されている 図 1 赤倉観測所水位 雨量グラフ水位氾濫危険水位 (1.5m) 避難判断水位 (1.2m) 氾濫注意水位 (1.0m) 水防団待機水位 (0.6m) 3
他にも 被災者の同様な発言が テレビなどで紹介されている しかし 今回の洪水被害をリアルに検討すると ダムによる治水対策では洪水被害を完全に防げなかった実態が 以下のとおり明らかになる (2) 最上小国川 赤倉観測所で実測された 9 月 10 日午前 8 時から24 時間の 1 時間毎の河川水位および雨量は前頁の図 1と表 1のとおりである ( 山形県河川砂防情報による ) 表 1 最上小国川赤倉観測所観測データ 観測データ 月 / 日 9 月 10 日 時 : 分 9:00 10:00 11:00 12:00 13:00 14:00 15:00 16:00 17:00 18:00 19:00 20:00 時間雨量 2 3 3 0 2 13 25 4 4 14 1 1 累加雨量 21 24 27 27 29 42 67 71 75 89 90 91 水位 m 0.68 0.71 0.80 0.83 0.79 0.83 1.03 1.25 1.18 1.16 1.28 1.18 月 / 日 9 月 10 日 9 月 11 日 時 : 分 21:00 22:00 23:00 24:00 1:00 2:00 3:00 4:00 5:00 6:00 7:00 8:00 時間雨量 6 11 47 14 4 1 6 9 6 2 2 1 累加雨量 97 108 155 169 173 174 180 189 195 197 199 200 水位 m 1.09 1.10 1.50 2.23 2.05 1.61 1.48 1.41 1.33 1.23 1.12 1.06 (3)2015 年 9 月豪雨の雨量と本件ダム計画の基本高水流量算定の基礎と なった雨量の比較は表 2 のとおりである ( 最上小国川ダム建設計画書 ( 乙第 86 号証 )3-8~3-110 頁 ) 表 2 ダム計画雨量と 2015 年 9 月 10 日雨量 1976 年 8 月 5 日流域平均雨量 ダム計画雨量割増率 =1.518 2015 年 9 月 10 日赤倉実測雨量 24 時間雨量 116mm 176mm 179mm 1 時間最大 31mm 47mm 47mm 2 時間最大 49mm 74mm 61mm 4 時間最大 94mm 143mm 78mm 4
本件ダム計画の基本高水流量 =340m3 /sの算定基準となった雨量は 1976 年 8 月 5 日 ~6 日の赤倉上流域の平均雨量 ( 周辺観測所の実測値からの計算値 ) に 50 年確率雨量になるよう割増率 =1.518 を乗じて求めたものである ( 乙第 86 号証 3-30 頁 ~3-74 頁 )2015 年 9 月 10 日に赤倉観測所で観測された最大 1 時間雨量 =47mmは 1/50 年確率と同じ1 時間雨量であることが分かる なお 本件ダム計画の最大 1 時間雨量 =47mmは 山地雨量を割り増しして計算で求めた赤倉地点流域全体の平均雨量であるのに対し 2015 年 9 月 10 日雨量は赤倉観測所の実測雨量である 今回の豪雨の原因となった前線が流域の東側を通過して 宮城県で大きな洪水被害をもたらしていることから 赤倉地点の流域山地ではさらに大きな豪雨になっていたと考えられる (4) 赤倉観測所最高水位 =2.23mから このときの流量を推定した 赤倉観測所地点の流量計算から求めた 水位 (H) 流量 (Q) 回帰式 に 実測の最高水位 (10 日 24 時 )=2.23mを挿入して求めた結果を表 3に示す ( 最上小国川ダム建設事業計画書 ( 乙 86 号証 ) 4-18 頁 ) 表 3 赤倉観測所水位 流量計算 0 点標高 =242.30m 発生確率 24 時間雨量 水位 m 流量m3 /s 計算流量 1/2 88mm 1.20 70.0 68.7 1/5 116 1.69 120.0 121.7 1/10 135 2.19 180.0 183.5 1/20 153 2.62 250.0 243.0 1/30 163 2.95 290.0 292.6 1/50 176 3.25 340.0 340.6 1/200 211 4.14 500.0 500.0 実測値 181 2.23 188.8 回帰式 Q=15.782H 2 +62.412H-28.896 5
ダム計画では 1/10 確率流量 =180m3 /s 1/20 確率流量 =250 m3 /sであることから 今回のピーク流量 190m3 /sは 発生確率 1/11 年に相当すると考えられる 実測の最大 1 時間雨量 =47mmが1/50 年確率雨量と同じだったのに対し 最大洪水量 =190m3 /sは1/11 年確率洪水量となった この差が生じた原因は 1 時間毎の降雨パターンの違いの影響よりもむしろ 本件ダム計画の数値計算で求めた基本高水流量 =340m3 /sが 過大に算定されていることが疑われる 2, 赤倉地区では外水被害と内水被害が同時に発生した (1) 原告らが 洪水被害発生当日の2015 年 9 月 10 日深夜から9 月 15 にかけて 現地調査を行って確認した河岸からの越水箇所と 宅地への浸水箇所の概要を次頁の図 2に示す 最上小国川の赤倉温泉地内では 4 箇所で護岸を越水して宅地に浸水したが 同時に背後の農地や山地からから流入した排水を 水位の高くなった最上小国川に排水できなくなり内水となって 外水と一緒に湛水してこれが合わさって洪水被害となったことが確認された このことは 図 2の越水箇所 3の被災者の方が 山手からの大量の水が敷地内に流れ込み 水位が上がった小国川に排水できなくなって 湯船に泥水が入り込んだ と 越水箇所 4の方が 裏山とスキー場から流れ込んでくる水が増え さらに地下室では床の底から水の吹き上げが始まった そこに 午前 0 時を超える頃から 川の水が溢れて流れ込んできた 内水と外水の両方からの被害だった と それぞれ原告らの調査と状況聞き取りの際に話していることからも分かる 6
赤倉橋 虹の橋 越水箇所 2 ゆけむり橋 越水箇所 1 越水箇所 4 越水箇所 3 図 2 最上小国川 赤倉温泉地区 2015 年 9 月 10 11 日洪水越水箇所 (2)9 月 10 日の最大流量 =190m3 /sとして 最上小国川ダム全体計画書の現況流下能力算定表 ( 乙第 86 号証 4-18 頁 ) から求めた越水箇所と湛水区域付近のピーク水位と護岸標高の関係を表 4に示す 表 4 2015 年 9 月 10.11 日洪水最高水位と護岸標高の関係 右岸左岸最高水位河川測点 No 標高 m 護岸標高 m 越水深 cm 護岸標高 m 越水深備考 cm No56+54 245.97 246.30-33 245.87 10 越水箇所 13 No55+154 244.94 245.40-46 246.51-157 ゆけむり橋 No55+54 244.39 244.65-26 244.08 31 No55+40 244.53 244.34 19 244.00 53 越水箇所 24 護岸標高 水位は 最上小国川ダム全体計画書 ( 乙第 86 号証 )4-18 頁による 赤倉ピーク流量 =190 m3 /s とした 各地点のピーク水位は 現況流下能力表から算定した 越水深 (cm)=ピーク水位高- 護岸高 7
(3) 図 2の越水箇所 1は 乙第 127 号証添付平面図 No56+54 右岸 付近である ( 以下 河川 No 位置は同平面図による ) また 最上小国川ダム全体計画書 ( 乙第 86 号証 )4-18 頁 によれば この場所の現況最大流下能力 =260 m3 /sである 表 2に示したとおり 2015 年 9 月 10 日洪水の際の最大流量 190m3 /s の水位標高は245.97mであるのに対し 右岸河岸標高は246.30m である つまり右岸側河岸標高は最高水位標高より33cm 高かったのである この場所からの越水を洪水当日にも確認し 後日 写真 1のとおり越水した痕跡を確認した 写真 1 越水箇所 1 平面図 No56+54 右岸 (9 月 15 日原告撮影 ) (4) 越水箇所 1 は 最高水位が河岸より低く 流量も現況最大流下能力以下 8
でありながら越水している その理由は 次のとおりいくつか考えられる 1. 写真 2から この場所の左岸側には砂礫が堆積し 左右岸の川岸には葦などが密生していたことが分かる これが原因で洪水の流れが阻害され 計算水位よりも実際の水位標高が高くなり 河岸から越水した 2. この場所から約 100m 下流にある ゆけむり橋 ( 歩道橋 ) の歩道面にも越流跡が確認された ( 写真 3) ことから 一時的にせよ洪水流が ゆけむり橋 を越流したことは確実である 砂礫や河床の植生などで上昇した洪水位が 橋桁により堰上げされた影響によって上流側の水位がさらに上昇し 計算上は越水しないはずの地点 1から越水した 3. そもそも 本件ダム計画の基礎となっている 現況流下能力算定 が 現状の河川状況と合わなくなっている 写真 2 越水箇所 1 ( 平面図 No56+54) 付近の河川状況 (2015 年 9 月 15 日原告撮影 ) 9
写真 3 越水した痕跡の残る ゆけむり橋 歩道面 (2015 年 9 月 15 日原告撮影 ) (4) 越水箇所 1から溢れた最上小国川の水は 河岸沿いの宅地や道路を下流に流れ 最も低い越水箇所 2 付近に集まり 内水となって湛水被害を大きくしたと考えられる (5) 越水箇所 2 (No55+40 右岸 ) は 最大流量 190m3 /sのときの水位標高 =244.53m 護岸標高 =244.34mであり 最大 19cmの深さで越水したと考えられる この場所の現況最大流下能力 =170m3 /sである この場所は 右岸側では最も流下能力が小さいうえに宅地地盤標高も最も低くなっていることから 内水被害を最も受けやすい場所である さらに上流側で越水した外水も集まり 湛水被害がさらに大きくなる場所でもある 2015 年 9 月 10 日洪水の時には 何らかの理由で排水機による内水排水作業が十分行われなかったことから 翌日まで湛水した ( 写真 4,5) 10
写真 4 越水箇所 2 (No55+40 右岸 ) 付近の状況 9 月 11 日原告撮影 写真 5 越水箇所 2 (No55+40 右岸 ) 内水湛水状況 9 月 11 日原告撮影 11
(6) 越水箇所 3(No56+54 左岸 ) の最高水位標高 =245.97m 河岸標高 245.87mで 最大 10cmの深さで越水したと考えられる この位置の現況最大流下能力 =170 m3 /sとされているが 無堤箇所であることから敷地内に浸水している ( 写真 6) また被災者は 背後の山地から流れ込んだ水を川側に排水できなくなって 湯船などに浸水した と語っており ここでも内水被害が発生していたのである 写真 6 越水箇所 3(No56+54 左岸 ) の状況 (9 月 15 日原告撮影 ) 12
(7) 越水箇所 4(No55+40 左岸 ) の最高水位標高 =244.53m 護岸標高 =244.00mで 最大 53cm 越水したと見られる ( 写真 7) ここでも被災者が 川があふれる前に 排水路からの逆流と山側から流れ込んだ排水が宅地に浸水した と話しているとおり 川があふれる外水被害の前に内水被害が起こっていたのである 写真 7 越水箇所 4(No55+40 左岸 ) の状況 9 月 11 日原告撮影 3, 本件ダムが出来ても洪水被害は残る 河川管理と河道改修がなされていれば今回の洪水被害は容易に防げた (1) 越水箇所 3(No56+54 左岸 ) の場所は川幅が約 35m あり 十分に築堤可能な箇所である 写真 7に見られるように 河床に砂礫が堆積したうえに葦などが密生しており これが水位を上昇させ さらに下流にある ゆけむり橋 13
の橋桁による水位上昇もあって 浸水を助長したと考えられる とくに 本件ダム計画の水理計算では越水しないと考えられる右岸側からも越水していることは重大である この場所で河川内の草刈りや砂礫除去など 河川管理が適切に行われていれば 今回の洪水被害は起こらなかったのである (2) 越水箇所 4(No55+40 左岸 ) の場所の現況最大流下能力は 130 m3 /s である しかし 無害流下能力 ( 波立ち等による越水を防ぐために 政令で定められた 余裕高 =60cm を見込んだ安全な流下能力) は80m3 /sであり 本件ダム計画による流量調節後の計画高水流量 =120m3 /sが流れた場合 危険な場所なのである ( 乙第 86 号証 4-18 頁 ) 流下能力を増やすための対策が必要であるにも拘わらず 本件ダム計画は河道改修を行わない計画となっている 赤倉地区 最上小国川左岸側の内水対策計画がまだ確定していないことと 左岸の内水処理計画が出来たとしても 右岸の内水対策施設規模の例 ( 原告 第 9 準備書面 15 頁 ) のように きわめて不十分な対策となり 内水被害は残ることになってしまう 本件ダム計画では赤倉地区の河道改修を行わない計画であることから ダムを建設しても この場所では明らかに今回のような洪水被害は残るのである (3) 以上のように 今回の洪水被害は越水した箇所の堤防を1m 程度嵩上げすることや 河床に堆積した砂礫を1m 程度除去することで容易に防ぐことが出来た被害である 当然のことながら 内水対策を急ぐことも必要である ダム建設にこだわって 容易に出来る対策や通常の河川管理が不十分だったことが 今回の洪水被害の大きな要因となったのである 最上小国川赤倉温泉地内の河道整備は緊急の課題であり 老朽化した護岸の 14
改修 河床砂礫の除去 堤防や護岸の嵩上げなど 早急な実施が望まれる 4, 河道改修による赤倉地区の治水対策は 地域の活性化にも効果的である赤倉地区の 河道改修による治水対策 によって 護岸改修や橋の架け替えも必要になってくる 写真 8のような状況で 洪水のたびに写真 9のような状況がくり返されている 写真の場所 (No55+94) 付近では ダムによる洪水調節を行ったとしても 計画高水流量 =120m3 /sが流れたときの水位標高と護岸標高の差は わずか8cmしかないことから 写真 10のような状況に変わりはなく 地域住民や観光客にとって 不安感は解消され ないと考えられる ( 乙第 86 号証 4-18 頁 ) 写真 8 河川にせり出した温泉旅館と砂礫の堆積で 浅くなった最上小国川赤倉温泉地内 しかも原告 第 9 準備書面 15 頁で明らかにしたとおり 内水被害は残るのである 本件ダム計画の不適切さが分かる一例である 県や町がその気になれば 河道改修と同時に環境と景観に配慮した地域整備が進み 文字どおり清流を生かした街づくり 写真 9 同位置の平成 18 年 12 月洪水状況 15
のきっかけとなるのである 当然 内水被害もなくなり 多くの問題を抱える温泉街の再生も進むことが期待される 河道改修による治水対策は経済的にも有利であり 水害防止 内水被害防止 温泉街の改善 の1 石 3 鳥の効果があることは間違いない 以上 16