がんと生殖に関するシンポジウム 2013 平成 25 年 4 月 21 日東京 妊孕性温存療法の指針 2 卵巣組織凍結保存 聖マリアンナ医科大学産婦人科学 高江正道 1
Contents 1 卵巣組織凍結の概要 2 実際の手技について 3 本邦における現状 4 指針作成にあたっての問題提起 2
1 卵巣組織凍結の概要 1 卵巣組織凍結の歴史 1997 年 ; ベルギーの Donnez J らは 悪性腫瘍患者の妊孕性温存のために 卵巣組織凍結保存 を開始した Donnez J, et al. Hum Reprod Update. 1998. 3
1 卵巣組織凍結の概要 1 卵巣組織凍結の歴史 1997 年 ; ベルギーの Donnez J らは 悪性腫瘍患者の妊孕性温存のために 卵巣組織凍結保存 を開始した Donnez J, et al. Hum Reprod Update. 1998. 症例疾患年齢結婚治療内容 1 直腸癌 22 歳 未婚 2 ホジキン病 25 歳 既婚 3 卵巣癌 ( 境界悪性 ) 28 歳 既婚 4 卵巣癌 ( 境界悪性 ) 19 歳 未婚 放射線治療 卵巣移動術 ( 片側凍結 ) 月経あり 化学療法 (MOPP ABV) 化学療法開始遅延を避けるため 卵巣組織凍結施行 ( 生検後 1mm 角サイズ ) 卵巣癌に対する妊孕性温存術後 自然妊娠 出産直後 対側卵巣に再発 対側卵巣摘出時に一部生検 凍結施行卵巣癌に対する妊孕性温存術後 対側卵巣に再発 対卵巣摘出時に一部生検 凍結施行 4
1 卵巣組織凍結の概要 1 卵巣組織凍結の歴史 2004 年にDonnez Jらは 25 歳のホジキン病患者 (IV 期 ) から 化学療法施行前に腹腔鏡下に左卵巣から皮質の一部を摘出し凍結保存 初回治療から 6 年経過した完全寛解後 卵巣組織を卵巣の 血管近傍の腹膜と右卵管采近傍の腹膜に自家移植した 移植後約半年で採血上排卵を有するホルモン動態を示し 移植から11ヶ月後に自然妊娠が成立しヒトで初めて生児獲得に成功した Donnez J, et al. Hum Reprod Update. 2006. その後 2013 年 1 月までに 22 例の出産例が報告されている 5
1 卵巣組織凍結の概要 2 妊孕性温存療法における卵巣組織凍結化学療法薬による性腺に対するリスク分類高リスク中リスク低リスク シクロフォスファミド シスプラチン メソトレキセート クロラムブシル アドリアマイシン 5-FU メルファラン ブスルファン ナイトロジェンマスタード ビンクリスチン ブレオマイシン アクチノマイシン D プロカルバジン タキサン系は unknown とされている 6
1 卵巣組織凍結の概要 2 妊孕性温存療法における卵巣組織凍結 Von Wolff M, et al. Deutshes Arzteblatt international. 2012. より改変 7
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 Dr. J Donnez Dr. MM Dolmans 8
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果悪性腫瘍における卵巣組織凍結に関する review 全年齢 ( 報告者 ) 症例数平均年齢 ( 歳 ) 血液腫瘍 (%) 乳癌 (%) その他の癌 (%) Donnez 391 23.17 39.9 21.7 38.4 Rosendahal 386 25.9 27 28 45 Oktay 59 26 46 22 32 Mayerhofer 78 27 50 25.6 24.4 Demeestere 133 データ無し 29 34 37 Sanchez-Serrano 200 28.2 20 55 25 Meirow 56 24 100 0 0 Total/mean 1303 25.7 (0.5-44) 44.6 26.6 28.8 小児思春期限定 症例数 平均年齢 ( 歳 ) 血液腫瘍 (%) 乳癌 (%) その他の癌 (%) Donnez 48 10.4 56 0 44 Borgstrom 57 14.4 0 0 100 Poirot 45 6.1 13 0 87 Michiaeli 20 11.5 25 0 75 Total/mean 170 10.6 (0.8-19.8) 23.5 0 76.5 MM Dolmans, et al. JARG. 2013. 9
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 BOT: Border line Ovarian Tumor MM Dolmans et al. JARG. 2013 悪性 :82.2%, n=391 1 血液腫瘍 (39.9%, n=156): ホジキン病 22% 白血病 11.5% 非ホジキンリンパ腫 6.5% 2 乳癌 (21.7%, n=85)3 卵巣癌 ( 境界悪性を含む )(14.3%, n=56) 良性 :17.8%, n=85 1 再発良性卵巣腫瘍 (43.5%, n=37)2 重症子宮内膜症 (16.5%, n=14) 3SLE(11.8%, n=10) 10
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 The International Coference on Preservation of Fertility for Cancer Patients 2013.2.1-3, Hong Kong Claus Yding Andersen (Denmark) 卵巣組織移植 (1999 年 2013 年 : デンマーク ) 39 症例 卵巣組織凍結 (1999 年 2013 年 : デンマーク ) 疾患 数 乳癌 170 ホジキン病 96 非ホジキン 17 白血病 52 ユーイング肉腫 56 卵巣がん+ 子宮頸癌 31 リンパ腫 17 その他の癌 49 内膜症 1 ターナー症候群 4 BRCA 遺伝子変異 2 再生不良性貧血 11 SLE 7 サラセミア 4 その他 55 計 572 11 30% 17%
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 対象患者 :18 症例 生児獲得 2 例 片側卵巣組織凍結 5 X 5 X 1 mm 片 緩慢凍結 移植 :20-60% の卵巣組織 (6 12 片 ) 全患者無月経で FSHの中央値 74IU/L(43-200) T Grave, C Y Andersen, et al. Fertil Steril. 2012. 12
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 Denmark のグループ 対象患者 : ホジキン病 5 例 乳癌 4 例 非ホジキンリンパ腫 2 例 自己免疫性血管炎 2 例 その他 5 例 ( ユーイング肉腫 子宮頸癌 再生不良性貧血 発作性夜間血色素尿症 溶血性尿毒症症候群 ) 年齢中央値 :28.5 歳 (9-38) 移植までの期間中央値:2 年 (1-5) 同所性 :24 箇所 異所性 :10 箇所 ( 前腹壁 7 骨盤壁 3) 13
1 卵巣組織凍結の概要 3 卵巣組織凍結のこれまでの成果 Denmark のグループ 対象患者 :12 症例 72 周期のART 治療 移植片が機能した期間中央値 :26ヶ月(0-88) 65 個の卵獲得 ( 同所 53 異所 12) 26 個 受精率 40% ( 同所 43% 異所 25%) 妊娠成立 5 例妊娠率 :6.9% (5/72) 2 例生児獲得生産率 :2.8% (2/72) 14
2 実際の手技について 1 卵巣組織凍結 例 ; Vitrification 法 ( ガラス化法 ) による凍結 髄質 皮質 髄質部分を除去し皮質のみにした卵巣 メスなどを用いて 1cm 1cm 1mm 程度にする 15
2 実際の手技について 1 卵巣組織凍結 例 ; Vitrification 法 ( ガラス化法 ) による凍結 皮質 10%EG 5 分 20%EG 5 分 EG35 15 分以内 ガーゼ LN2 卵巣細切時に回収した卵子は卵子凍結 または受精後に胚の凍結保存を行う ケーンにはめて液体窒素中に投入し 保存する 浮いてこないようにピンセットで抑えながら液体窒素に投入 16
2 実際の手技について 2 組織解凍 例 ; Vitrification 法 ( ガラス化法 ) による凍結 TS* ウォーターバスで 1 分加温 (( )) DS 3 分 WS 5 分 WS 5 分 37 液体窒素中にてクライオサポートの蓋を外し素早く TS に投入する TS 中で組織がはがれるよう軽くクライオサポートを振る 1 分後 TS から DS に素早く移す DS WS と順に胚の融解と同様の操作を行う 皮質 WS の 2 回目 5 分終了後 37 に加温した培養液に入れ使用する 17
2 実際の手技について 3 卵巣組織移植 腹腔鏡下に卵巣組織を卵管 卵巣表面 骨盤腹膜に移植する 18
3 本邦における現状 他岡山大学 施設 聖路加 聖マリ 順天堂 札幌医 岐阜 滋賀医 開始年度 2008 2010 2010 2012 2012 2013 年齢制限 移植 50 凍結 41 移植 46 なしなし凍結 40 症例ごと 除外疾患なし子宮頸部腺癌 白血病卵巣癌 移植部位未同所卵管腹膜 なしなし症例ごとに症例ごと 同所 1 未未未 凍結方法 Slow Vit. Vit. Vit. Vit. Vit. 症例数 10 20 (POI 45) 8 1 検討 2 2 乳癌 3 16 2 0 0 0 血液癌 5 0 2 1(MDS) 0 0 19
3 本邦における現状 I Kikuchi, Y Takehara, et al. Surg Innov. 2012. 20
4 指針作成にあたっての問題提起 1 下限年齢 小児に対する卵巣組織凍結保存は積極的に行われてきており 最近の卵巣凍結に関する報告の 18% が 14 歳以下である Rosendahl M, et al. Reproductive biomedicine online. 2011. 10 歳の鎌状赤血球症患者の片側卵巣を摘出し 造血幹細胞移植後の 13 歳時に卵巣自家移植を行った その結果 移植より 8 ヶ月後に初潮を認めた Poirot C, et al. Lancet. 2012. イスラエルの Michaeli らが作成した小児がん患者の卵巣凍結に関する新しいガイドラインでは その適応をこれまで提言されていた 3 歳ではなく 1 歳以上とし 場合によってはそれ以下でも可能としている Michaeli J, et al. Obstetrics and gynecology international. 2012. 1 説明と同意の方法 2 心理的フォロー 3 長期保存における安全性の検証 4 保管体制の構築 21
4 指針作成にあたっての問題提起 1 下限年齢 Oncofertility Consortium HP より抜粋 アニメーションなどを駆使した 小児患者の理解を深められるような資料づくりが急務 22
4 指針作成にあたっての問題提起 2 上限年齢 凍結の上限年齢について ISFP は 37 歳まで Donnez らは ( 当初 )40 歳までとしている 移植の上限年齢に関しては 高齢出産の予後について慎重に検討し 母体の安全性を確保できる年齢の範囲内において卵巣組織移植を行うべきではないか? 周産期分野との連携は行うべきであり 少なくとも癌治療後患者の高齢出産 超高齢出産についての安全性を検証する必要性がある 23
4 指針作成にあたっての問題提起 3 除外疾患移植を前提とした場合 移植を行わないで 未熟な卵胞からの培養を行う場合は別と考えられる ( 未確立 ) 凍結卵巣を移植する際には卵巣組織内の微小残存癌病巣 (MRD: Minimal residual disease) が問題となることから 適応疾患を慎重に選択すべき である 白血病では 組織所見および免疫組織化学染色てにて MRD が認められなかった症例の 75% に PCR 法によって遺伝子異常が検出されたとの報告もあり 最近では血液腫瘍疾患に関しては推奨されない傾向にある Curaba M, et al. Fertil Steril. 2011. Ajala T, et al. Obstetrics and gynecology international. 2010. しかし現在 血液疾患は卵巣凍結適応疾患の重要な部分を占めていることも事実である 更に正確な MRD の評価方法の開発が求められる 24
4 指針作成にあたっての問題提起 4 凍結方法や移植部位など Slow Freezing 法 ( 緩慢凍結法 ) 20ºC 0ºC -20ºC -40ºC 0.3 degree/min Program freezer 生児が獲得されたのはすべてslow にfreezing 法によるもの 大がかりな機械が必要 時間がかかる Vitrification 法 ( ガラス化法 ) 比較的短い時間ででき 簡便 大がかりな機械が不要 LN2 25
4 指針作成にあたっての問題提起 4 凍結方法や移植部位など 緩慢凍結法とガラス化法の比較 Keros and Hovatta. Hum reprod. 2009. 26
4 指針作成にあたっての問題提起 4 凍結方法や移植部位など ヒト卵巣組織 ( 帝王切開時に提供 :n=20 対照 緩慢凍結 ガラス化法 5 分 10 分 ガラス化法 EG + DMSO + PrOH 卵子 顆粒膜細胞 間質細胞の形態学的変化を光学 電子顕微鏡を用いて評価 ガラス化法と緩慢凍結法の比較では卵胞への影響に差が認められなかった ガラス化法で間質の形態が有意に良好であった 27
4 指針作成にあたっての問題提起 4 凍結方法や移植部位など 同所性移植 採卵が容易で自然妊娠が期待できる Andersen らは 卵子獲得数および受精率の点で同所性移植が優れていると報告している 異所性移植 これまで受精卵は得られていたものの 妊娠例の報告はなかった 2012 年に初めて妊娠例の報告があった ( 骨盤内腹膜移植例 ) 腹腔外では前腕 皮下組織 腹直筋鞘が挙げられるが 組織圧が問題視されている 28
4 指針作成にあたっての問題提起 小児患者に対するインフォームドコンセントの方法および長期フォローアップ体制の確立 本邦においても卵巣組織凍結技術は選択肢として提供すべき医療行為である 上限年齢の設定は必要か? 少なくとも周産期医療の立場からの検証は行うべき 除外疾患を明確にするべきか? 微小残存病変の検索するための更なる技術開発 29
謝辞 この度 がんと生殖に関するシンポジウムにおいて発表の機会を賜りました 東京慈恵会医科大学落合和徳先生 聖マリアンナ医科大学福田護先生に深謝申し上げます また座長の労をおとり頂きました IVF なんばクリニック橋本周先生に深甚なる謝意を表します 順天堂大学菊地盤先生岐阜大学古井辰郎先生札幌医科大学馬場剛先生聖路加国際病院塩田恭子先生 秋谷文先生滋賀医科大学木村文則先生 JSFP 卵巣組織凍結班 ( 敬称略 ) 鈴木直 菊地盤 馬場剛 橋本周 青野文仁 河村和弘 高江正道 30