NIRA 日本経済の中期展望に関する研究会 家計に眠る過剰貯蓄国民生活の質の向上には 貯蓄から消費へ という発想が不可欠 エグゼクティブサマリー 貯蓄から消費へ これが本報告書のキーワードである 政府がこれまで主導してきた 貯蓄から投資へ と両立しうるコンセプトであるが 着眼点がやや異なる すなわち

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1 / 5 発表日 :2019 年 6 月 18 日 ( 火 ) テーマ : 貯蓄額から見たシニアの平均生活可能年数 ~ 平均値や中央値で見れば 今のシニアは人生 100 年時代に十分な貯蓄を保有 ~ 第一生命経済研究所調査研究本部経済調査部首席エコノミスト永濱利廣 ( : )

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タイトル

つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

税・社会保障等を通じた受益と負担について

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タイトル

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2 / 6 不安が生じたため 景気は腰折れをしてしまった 確かに 97 年度は消費増税以外の負担増もあったため 消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない しかし 前回 2014 年の消費税率 3% の引き上げは それだけで8 兆円以上の負担増になり 家計にも相当大きな負担がのしかかった

Contents

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経済成長論

(3) 可処分所得の計算 可処分所得とは 家計で自由に使える手取収入のことである 給与所得者 の可処分所得は 次の計算式から求められる 給与所得者の可処分所得は 年収 ( 勤務先の給料 賞与 ) から 社会保険料と所得税 住民税を差し引いた額である なお 生命保険や火災保険などの民間保険の保険料およ

個人消費活性化に対する長野県内企業の意識調査

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14 日本 ( 社人研推計 ) 日本 ( 国連推計 ) 韓国中国イタリアドイツ英国フランススウェーデン 米国 図 1. 1 主要国の高齢化率の推移と将来推計 ( 国立社会保障 人口問題研究所 資料による ) 高齢者を支える

このジニ係数は 所得等の格差を示すときに用いられる指標であり 所得等が完全に平等に分配されている場合に比べて どれだけ分配が偏っているかを数値で示す ジニ係数は 0~1の値をとり 0 に近づくほど格差が小さく 1に近づくほど格差が大きいことを表す したがって 年間収入のジニ係数が上昇しているというこ

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生活福祉研レポートの雛形

29 歳以下 3~39 歳 4~49 歳 5~59 歳 6~69 歳 7 歳以上 2 万円未満 2 万円以 22 年度 23 年度 24 年度 25 年度 26 年度 27 年度 28 年度 29 年度 21 年度 211 年度 212 年度 213 年度 214 年度 215 年度 216 年度

参考 平成 27 年 11 月 政府税制調査会 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理 において示された個人所得課税についての考え方 4 平成 28 年 11 月 14 日 政府税制調査会から 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告 が公表され 前記 1 の 配偶

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別紙2

財政政策の考え方 不況 = モノが売れない仕事がない ( 失業増加 ) が代わりにモノを買う! 仕事をつくる ( 発注する )! = 財政支出拡大 ( がお金を使う ) さらに乗数効果で効果増幅!! 3 近年の経済対策の財政規模 名 称 内閣 事業規模 公共投資 減税 財政規模 日本経

高齢者世帯の経済的余力を検証―社会保障と税の一体改革を進めるに当たって―

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問 2 次の文中のの部分を選択肢の中の適切な語句で埋め 完全な文章とせよ なお 本問は平成 28 年厚生労働白書を参照している A とは 地域の事情に応じて高齢者が 可能な限り 住み慣れた地域で B に応じ自立した日常生活を営むことができるよう 医療 介護 介護予防 C 及び自立した日常生活の支援が

スライド 1

ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

公 的 年金を補完して ゆとりあるセカンドライフを実 現するために は 計 画 的 な 資金準備 が必要です 老後の生活費って どれくらい 必要なんですか 60歳以上の夫婦で月額24万円 くらいかな? 収入は 公的年金を中心に 平均収入は月額22万円くらいだ 月額2万の マイナスか いやいやいや 税

冷え込む韓国のシニア消費

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平成の30年間、家計の税・社会保険料はどう変わってきたか

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本資料は 様々な世帯類型ごとに公的サービスによる受益と一定の負担の関係について その傾向を概括的に見るために 試行的に簡易に計算した結果である 例えば 下記の通り 負担 に含まれていない税等もある こうしたことから ここでの計算結果から得られる ネット受益 ( 受益 - 負担 ) の数値については

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2. 消費税率引き上げが個人消費に与える影響 (1)1997 年度の消費増税時のレビュー ~ 大きかった駆け込み需要の影響消費税は 89 年 4 月に税率 3% で導入され 97 年 4 月に 5% に引き上げられた 89 年度の導入時は従来の物品税廃止によって自動車など耐久財の多くが実質減税となっ

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(1987) (1990) (1991) (1996) (1998) (1999) (2000) (2001) (2002) 3 ( ) ( ) hkyo

課税の長期的な効果

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図表 II-39 都市別 世帯主年齢階級別 固定資産税等額 所得税 社会保険料等額 消 費支出額 居住コスト 年間貯蓄額 ( 住宅ローン無し世帯 ) 単位 :% 東京都特別区 (n=68) 30 代以下 (n=100) 40 代

握の問題 執行面での対応の可能性等を含め様々な角度から総合的に検討する 複数税率の導入について 財源の問題 対象範囲の限定 中小事業者の事務負担等を含め様々な角度から総合的に検討する 施策の実現までの間の暫定的及び臨時的な措置として 簡素な給付措置を実施する つまり 低所得者対策として 給付付き税額

金融政策決定会合における主な意見

(3) 消費支出は実質 5.3% の増加消費支出は1か月平均 3 万 1,276 円で前年に比べ名目 6.7% の増加 実質 5.3% の増加となった ( 統計表第 1 表 ) 最近の動きを実質でみると 平成 2 年は 16.2% の増加となった 25 年は 7.% の減少 26 年は 3.7% の

2009年9月●日

図 3 世界の GDP 成長率の実績と見通し ( 出所 ) Capital in the 21st century by Thomas Piketty ホームページ 図 4 世界の資本所得比率の実績と見通し ( 出所 ) Capital in the 21st century by Thomas P

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各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

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経済学でわかる金融・証券市場の話③

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経済学b 第1回

質問 1 企業 団体にお勤めの方への質問 あなたの職場では定年は何歳ですか?( 回答者数 :3,741 名 ) 定年は 60 歳 と回答した方が 63.9% と最も多かった 従業員数の少ない職場ほど 定年は 65 歳 70 歳 と回答した方の割合が多く シニア活用 が進んでいる 定年の年齢 < 従業

2019年度はマクロ経済スライド実施見込み

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歳入総額 区分 平成 年度の財政フレーム ( 単位 : 百万円 ) 30 年度 31 年度 合計 構成比 構成比 構成比 263, % 265, % 529, % 一般財源特別区税特別区交付金その他特定財源国 都支出金繰入金特別区債 167

シラバス-マクロ経済学-

3 世帯属性ごとのサンプルの分布 ( 両調査の比較 参考 3) 全国消費実態調査は 相対的に 40 歳未満の世帯や単身世帯が多いなどの特徴がある 国民生活基礎調査は 高齢者世帯や郡部 町村居住者が多いなどの特徴がある 4 相対的貧困世帯の特徴 ( 全世帯との比較 参考 4) 相対的貧困世帯の特徴とし

( 高齢層では単身世帯が増加 ) 高齢化が進む中で高齢者の単身世帯が急増している 65 歳以上の単身世帯は 2000 年の 407 万世帯から 2016 年には 821 万世帯へと倍増している そして単身無職世帯では消費支出が可処分所得を月 4 万円程度上回り 貯蓄の取り崩しにより 生計を立てている

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研究報告(田近、小林)

1. 復興基本法 復興の基本方針 B 型肝炎対策の基本方針における考え方 復旧 復興のための財源については 次の世代に負担を先送りすることなく 今を生きる世代全体で連帯し負担を分かち合うこととする B 型肝炎対策のための財源については 期間を限って国民全体で広く分かち合うこととする 復旧 復興のため

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Microsoft PowerPoint EU経済格差

消費税増税等の家計への影響試算(2017年10月版)<訂正版>

相対的貧困率等に関する調査分析結果について

Transcription:

2008.11

NIRA 日本経済の中期展望に関する研究会 家計に眠る過剰貯蓄国民生活の質の向上には 貯蓄から消費へ という発想が不可欠 エグゼクティブサマリー 貯蓄から消費へ これが本報告書のキーワードである 政府がこれまで主導してきた 貯蓄から投資へ と両立しうるコンセプトであるが 着眼点がやや異なる すなわち まず第一に 家計の貯蓄率が低下している 高齢化の進展で家計貯蓄が不足し 将来 経済成長の阻害要因になる との主張が 最近多くみられるが 実際には家計部門に過剰な貯蓄が存在している可能性がある 第二に こうした過剰貯蓄の存在は 日本経済における長期に亘る個人消費の低成長と表裏一体をなしている可能性が高い 日本経済の主たる問題を 投資 不足 ( 例えば リスク マネー供給不足など ) としてのみとらえるのではなく 家計に眠っている過剰貯蓄の結果としての 消費 不足としてもとらえる必要がある というのが 本研究会の基本的な問題意識である このため 本報告書では 個人消費の回復による安定的な経済成長の確保や雇用市場の拡大を通じて国民生活の質の向上を図っていくこと を重要な政策課題と位置づけている 本研究会では 家計部門に過剰な貯蓄が存在する しかも 偏在 していることを明らかにした上で その規模を推計した そして この過剰な貯蓄がもたらされた要因を考察し この過剰な貯蓄を消費にまわすための政策対応についての提言を試みた 得られた結論は次のようなものである 1 我が国の家計には 家計や個人の将来不安や公的年金制度に対する不信感などを背景として 高所得層を中心に 100 兆円を超える過剰な貯蓄額が存在する可能性がある 2 この高所得者の過剰貯蓄を消費に向かわせるためには 社会保障制度の維持向上という明確な目標の下 逆累進性を有する消費税の引き上げも政策オプションの一つとして考慮に値するのではないか 以下に報告書の内容を要約する 1. 家計の過剰貯蓄の推計 ( マクロ経済全体の家計貯蓄の過剰性 ) 1

家計は現役時に得た所得で消費を行い 所得の一部を貯蓄して資産形成し 退職後の消費をまかなう というライフサイクル モデルにしたがうと 過剰貯蓄は 一定の予算制約の下で 消費から得られる生涯の効用を最大化した場合の消費水準である 最適 消費水準と 実際 の消費水準の差としてとらえることができる このアプローチに基づく分析によると 退職時点の 実際 の貯蓄残高は ライフサイクル モデルが示唆する 最適 な貯蓄残高を大きく上回っており 実際の貯蓄残高は世帯平均では最適な貯蓄の 1.47 倍となっている すなわち 退職時点において 最適な貯蓄水準を上回る過剰貯蓄が存在する可能性が示される ( 高所得者層に偏在する家計貯蓄 ) 世帯における家計貯蓄の保有状況を 5 分位収入別にみると 最も収入の低い第 1 分位と 最も収入の高い第 5 分位の世帯との間には 貯蓄残高でみて約 3.6 倍と既に大きな格差が存在している 収入の格差が拡大傾向にあるため 将来的にも貯蓄残高格差はさらに拡大する可能性がある このことは家計の過剰な貯蓄が高所得層に偏在している可能性を示唆している ( 家計の過剰貯蓄額の推計 ~3 つの方法による推計 ~) 1 第 1 のアプローチ : 現役引退後の所得 消費パターンから 意図せざる遺産 として求めると 約 150 兆円現在 60 歳の世帯主の将来の可処分所得 消費のパターンを現実のデータから想定し 80 歳まで貯蓄形成を行った場合の 80 歳時点における純貯蓄残高 を推計した ( 図 ) その結果 全世帯での過剰貯蓄額は 150 兆円程度となった 図 80 歳時点の収入分位別貯蓄残高 ( 試算結果 ) ( 万円 ) 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 現在 (60 歳 ) 5 年後 10 年後 15 年後 20 年後 (65 歳 ) (70 歳 ) (75 歳 ) (80 歳 ) 第 5 分位 (6390 万円 ) 第 3 分位 (2495 万円 ) 第 1 分位 (872 万円 ) ( 注 ) 賞与や贈与 相続 株式等の時価評価は考慮していない 二人以上勤労世帯 カッコ内は 80 歳時点の貯蓄残高 ( 出所 ) 総務省 全国消費実態調査 2

この 150 兆円のうちの約 4 割である 62 兆円が もっとも収入の高い第 5 分位の高所得層に存在している こうした過剰貯蓄の高所得層への偏在については 60 歳代において純貯蓄が可能であるのは第 5 分位のみである ( 第 4 分位以下は全体として貯蓄取り崩しになっている ) 等の背景を指摘できる なお この推計方法では勤労者世帯 ( 二人以上 ) のデータを全世帯に拡張して適用しているなど 幾分過大推計されている可能性に留意する必要がある 2 第 2 のアプローチ :60 歳以上世帯の平均純貯蓄を基準に過大な貯蓄額を求めると 約 44 兆円 60 歳以上世帯について 所得階級ごとのそれぞれの所得 支出水準に応じ調整して算出される必要純貯蓄額を求め それと平均純貯蓄残高の格差から過剰貯蓄額を推計した この場合 所得階級の上位 2 分位 ( 第 4 分位 第 5 分位 ) にのみ過剰な貯蓄が存在する結果となり 家計部門全体における過剰貯蓄額は 44 兆円強と推計された なお この推計方法についても 60 歳未満の世帯の過剰貯蓄の存在を無視しているなどの点には注意が必要である 3 第 3 のアプローチ : ライフサイクル モデルに基づけば 退職時点の過剰貯蓄額は約 179 兆円退職時点の金融資産残高の水準が ライフサイクル モデルが示唆する最適な貯蓄水準の 1.47 倍であるとすれば 両者の差が過剰貯蓄となることから 65 歳以上世帯の貯蓄残高 ( 推計値 )558 兆円強のうちの 179 兆円弱が過剰貯蓄額となる これらの推計結果については いずれもある程度の幅を持って見なくてはならないが マクロ的にみれば 過剰な家計貯蓄額は少なくとも 100 兆円を超えている可能性があると考えられる 2. 家計の過剰貯蓄の背景と政策的インプリケーション ( 家計の過剰貯蓄の背景には 将来不安や公的年金制度に対する不信感がある ) 日本の家計の高い貯蓄性向をもたらしている要因は何か 第一に 病気や不時の災害への備え や 老後の生活資金 といった個人の将来不安 第二に 公的年金制度に対する国民の信頼感の低さ 第三に 政府の財政収支の持続的な悪化が続くなかで 将来の増税 社会保障給付の削減を予想した生活防衛的行動 などを指摘できる なお 公的年金制度に対する国民の信頼感の低さについては 社会保険庁の無駄遣い 等といったいわゆる年金不信だけでなく 公的年金制度の内容そのもの ( 物価スライド制や保険料水準固定方式など ) に対する国民 ( 特に若年層 ) の理解不足という問題もある 他方 遺産動機といった積極的な貯蓄動機については 日本の家計の貯蓄動機の中でどれ程の位置を占めているのかについて コンセンサスを得られにくいのが実情 3

である ( 貯蓄から消費へ を政策目標にすべき ) ある程度の幅を持って見なくてはならないが 日本の家計には 100 兆円を超える規模の過剰な貯蓄が存在している可能性が高いことがわかった こうしたなかで あるべき政策を考える上での重要な視点は二つある 一つは 家計貯蓄の過剰性を是正し 個人消費を本格的に回復させるとともに その結果として より高い経済成長を背景とした税収増を梃子に政府の財政収支を改善させられないか ということ もう一つは 家計にとっても 消費支出を増加させることで経済的な効用 ( 満足度 ) を高め より豊かさを感じることができるようになれば望ましいということ である 家計貯蓄を消費支出に向かわせる政策を重視すること すなわち 貯蓄から消費へ という政策コンセプトは 政府がこれまで主導してきた 貯蓄から投資へ とは着眼点がやや異なるものである 潤沢な家計貯蓄が消費支出に十分に回っていないという 有効需要不足 を日本経済が抱えている大きな問題の1つとしてとらえ 消費の活性化に知恵を絞ることも大切である という考え方である 本報告書では 貯蓄から消費へ と 貯蓄から投資へ という 2 つの政策コンセプトは両立するものであるとの理解の上に立って 貯蓄から消費 という政策目標を掲げたい ( 社会保障制度の維持可能性を向上させ 高所得者の消費支出を高めるための政策を ) 貯蓄から消費へ という政策目標を達成するに当たって具体的にどのような政策対応を行うべきか まず 減税や公共投資の拡大といったオーソドックスな財政刺激策がその対象とならないことは明らかであろう 財政赤字拡大による将来の増税懸念から むしろ家計貯蓄率が持続的に上昇するリスクがあるからにほかならない 税制面での対応として 貯蓄に対して相対的に重い税をかけ 消費支出に対して相対的に軽い税をかける 具体的には 利子 配当税 相続税 贈与税を増税し 消費税を減税するというアイデアはあり得る しかし 貯蓄への課税強化は基本的に高所得層に対する増税を意味し 保有する貯蓄 ( 金融資産 ) に対して増税された高額所得者が消費支出を増加させることは考えにくいことから これは採用できない政策対応である やはり 貯蓄から消費へ という政策課題では 家計や個人の将来不安を可能な限り軽減することに重点を置くべきである そのためには 医療 年金 介護といった公的社会保障制度の維持可能性 ( サステイナビリティ ) を高めることが不可欠である 多くの家計がそのサステイナビリティに強い自信を抱けば 目標貯蓄額の水準が低下すると考えられるからである なお 公的年金制度に関しては 若年層を中心とした知識不 4

足を解消するとともに ガバナンスの向上による制度への信頼回復を図ることも極めて重要である ここで 社会保障制度の維持可能性向上という明確な目標を掲げた上での消費税増税というオプションは考慮に値すると思われる 逆累進性のある消費税を増税することにより 社会保障制度のサステイナビリティ期待が向上すれば 高所得層の貯蓄性向が低下し 彼らの消費支出が増加する可能性があるためである さらに 潜在的な需要の拡大が見込める旅行 医療 介護 ケータリング 教養などのサービス関連市場の活性化を図ることは 高所得層の消費支出を促すという意味で重要な政策対応となりうるだろう 本件に関するご連絡先 : 財団法人総合研究開発機構研究調査部リサーチフェロー比嘉 Tel03-5448-1725 * 本報告書の全文は NIRA ホームページでご覧いただけます NIRA 研究報告書 家計に眠る 過剰貯蓄 国民生活の質の向上には 貯蓄から消費へ という発想が不可欠 - http://www.nira.or.jp/outgoing/report/entry/n081121_276.html 5

NIRA 日本経済の中期展望に関する研究会 研究体制 委員 白川浩道 クレディ スイス証券株式会社経済調査部長 ( 座長 ) 上村敏之 関西学院大学准教授 太田智之 みずほ総合研究所シニアエコノミスト 下井直毅 多摩大学准教授 NIRA 神田玲子 総合研究開発機構研究調査部長 井上裕行 同 前研究開発部長 林田雅秀 同 研究調査部次長 比嘉正茂 同 研究調査部リサーチフェロー 和仁屋浩次 同 研究調査部リサーチフェロー 榊麻衣子 同 研究調査部リサーチアシスタント [ 研究報告書 ] http://www.nira.or.jp/pdf/0804report.pdf 6