がある. 傾向を空間座標上の確率分布として示す手法を構築した. 具体的な手法を以下に記す. 周辺視野 中心視 ( 注視点 ) 有効視野 図 1 視野のイメージ 2. 2 視認行動の指標ドライバの視認行動を表す指標としては, 注視位置 ( 注視時間 ) や光点検出反応 ( ドライバの周囲に点灯した光点

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技術資料 JARI Research Journal 20130801 実車環境での視覚的注意の評価手法に関する検討 Visual Analysis Techinique of Drivers' Attention Area in Actual Vehicle Driving Conditions 菊地一範 佐藤健治 本間亮平 田川 傑 Kazunori KIKUCHI Kenji SATO Ryohei HOMMA Takashi TAGAWA 1. はじめに事故相手の車両や歩行者などの発見遅れに起因した事故が多いといわれている 1). これらドライバの認知ミスに起因した事故の原因を解明するにあたっては, ドライバが周囲環境に適切に注意を払えていたのか, すなわち危険因子に気付くことができたのかを知ることが重要である. また認知ミスの事故を予防すべく, 衝突警報などのドライバを支援する警報や情報提供装置が実用化されている 2),3). 今後, 新たな支援システムが実用化され, 導入される際には, 支援を受けたドライバが適切に注意を払えるようになるのか否かの効果を確認すると同時に, 支援対象に必要以上の注意を払うようになってはいないかといった負の作用について, 支援があったことによる行動変容を評価しておく必要がある. 過去の事故原因解明や行動変容評価においては, 視認行動 ( 注視位置解析 ) を指標とした注意の検討もみられるものの, ドライバの運転行動 ( ブレーキ操作など ) から, 間接的にドライバの注意に言及している例が多い. そこで著者らは, 今後の事故原因の解明および対策の提案や, 行動変容評価に貢献することを目的として, ドライバの注意を評価するための手法を提案した 4). この手法により, 運転中のドライバがどこに気付きやすいのか, その気付き範囲の傾向を評価することができる. これまでには, ドライビングシミュレータ ( 以下 DS と記す) を用いて, 一時停止交差点での見通しの違いと気付き範囲との関係 5), さらに交差車両の情報提供を行った場合にどのように気付き範囲に影響が現れるのか 6) 等を検討しており, 事故原因解明や運転支援による行動変容評価に手法が活用され始めて 一般財団法人日本自動車研究所安全研究部 いる. ただし, ドライバの注意は危険感と密接な関係にあることから, 危険感が過小評価される傾向があるといわれているDS 実験では, 評価する場面によっては, 気付きに関しての定量的な議論はできず, 定性的な議論にとどまる可能性が懸念された. そこで, より危険感の高い実車環境で評価を行うため,( 一財 ) 日本自動車研究所 ( 以下 JARI と記す ) で新たに開発された JARI-ARV( 拡張現実実験車 ) で気付き範囲評価に必要となるデータが取得できるように改修し, テストコースにおいて実際にデータを取得した. なお,JARI-ARV は, 仮想空間上に設定したオブジェクト ( 歩行者や車両などの他の交通参加者や建造物など ) を HDカメラ映像で収録している車両前方映像に合成してドライバ前方のモニタに表示する運転装置である. 本報では, 気付き範囲の評価手法およびデータの取得方法を紹介する. また,JARI-ARVでの気付き範囲評価が可能であるのかを, 実験データを用いて検討した結果を報告する. 2. ドライバの注意とその指標 2. 1 ドライバの注意と視野車の運転に必要な情報の多くは目から得られるため, ドライバの注意は視認行動と密接に関係しているといわれている 7). 視認行動の根幹をなす視野のイメージを図 1に示す. 注視点の周辺で認知に寄与する部分は有効視野, さらにその周辺でなんらかの動きを感じ得る部分は周辺視野と呼ばれる. 注視点は注目対象を示すが, 認知という問題を議論するためには, 有効視野を抜きに考えることはできないとされている. つまり, 何かに気付く ( 注意が向く ) という観点においては, 有効視野や周辺視野を考慮する必要 - 1 -

がある. 傾向を空間座標上の確率分布として示す手法を構築した. 具体的な手法を以下に記す. 周辺視野 中心視 ( 注視点 ) 有効視野 図 1 視野のイメージ 2. 2 視認行動の指標ドライバの視認行動を表す指標としては, 注視位置 ( 注視時間 ) や光点検出反応 ( ドライバの周囲に点灯した光点への気付き ) を用いた研究が多い 7)-12). 注視位置に関するデータは, アイマークレコーダ ( アイカメラ ) を用いて取得される. しかしながら, ある方向を注視していた ( 視線が向いていた ) としても, 認知していた ( 気付いていた ) かどうかを判定することは困難とされている 7). 例えば漫然状態のドライバは, 前方の狭い範囲に注視点が集中すると報告されているが, その狭い範囲を通常状態以上に認識できているわけではない. このように, アイカメラのデータをそのままドライバの認知状態として扱うことは難しい. 光点検出反応は, ドライバがある点にある視対象をどのくらいの時間で認知することができる ( 気付くことができる ) のかを測定するため有効な指標である. しかし, 広範囲にある多くの点それぞれに対して気付くことができるか, その傾向を検討するためには, 膨大なデータ数を必要とする. 三浦らは, 光点検出反応時間と, 光点呈示時の注視位置と光点との角度を用いて, ある基準時間内において眼球運動 ( 注視点の移動や有効視野の変化 ) を伴い, ある対象や手がかりに気付くことができる範囲 ( 動的利用可能視野 ) を提案している 7). 2. 3 気付き傾向の分析手法本研究では, 注視位置と光点検出反応とを同時に加味した動的利用可能視野の考え方に着目した. これを数式化することで運転中のドライバの気付きの範囲を推定し, それらの重なりから気付きの tc(sec) で光点に気付くことができると推定される範囲 θ tr tc tr : 反応時間 注視点 ( 光点呈示時 ) θ 光点 図 2 気付き範囲推定方法のイメージ (1) 気付き範囲の推定方法注視位置と光点検出反応時間を用いて, 任意の時間で光点を検出することができる範囲 ( 気付きの範囲 ) を推定するために (1) 式を定義する. 注視位置と光点とのみかけの距離 ( 視角 :θ) を, 光点検出反応時間 (tr) で除した値は, 光点を検出できる範囲が広がっていく速度ということができる. すなわち,θ/ trに一定の時間 (tc) を乗じた値は, 時間 tcの間にどの程度離れた位置にある光点までを検出できるかの大きさを表す. 厳密には, 大きさの指向性 ( 鉛直 水平 奥行 ) や視野の楕円性などを考慮する必要があるが, 検出範囲は全方向に広がる可能性があると考えることとし, 時間 tcで光点を検出できる範囲は, ドライバの前方に対して, 光点呈示時の注視点位置を中心とした円で表現できるものと仮定した ( 図 2). 一定時間で光点検出可能な範囲 = θ/tr tc (1) (2) 気付き範囲の推定結果を用いた傾向分析方法複数の実験データより, それぞれの気付き範囲を推定した結果から, 全体の傾向を一般化して考えることは有用である. 傾向を分析する方法のイメージを図 3に示す. 例えば, ある基準時間 tc1で気付きの範囲を推定した結果を用い, 全データ数の半数以上が重なり合う領域を考えれば,tc1 以内に50% 以上の確率で - 2 -

光点に気付くことができる傾向にある範囲を求めたことになる. これを30% の確率にある範囲と重ね合わせれば, 重なりの程度をパラメータとした気付きの等傾向線を求めたことになる. 目的に応じた基準時間と円の重なり割合を設定することで, ある条件における光点検出可能範囲の傾向を検討することが可能となる. tc 1 の場合に 3 割以上の円が重なる領域 tc 1 の場合に 5 割以上の円が重なる領域 図 3 気付き範囲の傾向分析方法のイメージ 3. DS での気付き範囲評価例 JARIが所有する全方位型 DSを用いた模擬運転走行により取得したドライバの視認行動データを用いて, 気付き範囲を評価した例を以下に示す. 3. 1 実験参加ドライバ普通免許を有し, 通勤等の理由で日常的に運転機会のある25 歳 ~46 歳の男性 21 名 ( 平均年齢 : 32.5±6.2 歳 ) に, 実験への参加 協力を求めた. 各参加者には,DSコースの走行方法等の教示(3.4 節 ) するとともに, DSを運転することによる酔いなどの本実験で考えられるリスクや着帽式のアイマークレコーダの装着を説明し, あらかじめ実験への参加同意を得た. 3. 2 走行コース DSに設定した見通しの悪い一時停止交差点の前方画像を図 4に示す. 自車が走行する道路の幅は5mとした.1 回の走行で約 10 分程度運転を行うが, その間に一時停止交差点を10 回通過した. = 点との視角をデータとして取得した. 光点は,DSのスクリーン上の5 点 ( 左 60 度, 左 30 度, 正面, 右 30 度, 右 60 度, いずれも高さは水平 0 度とし, ピラー等で隠れることがない位置 ) に任意のタイミングで呈示されるようにした. 実験ではドライバのアイポイントが一時停止線の手前 10mの地点に到達した時点で, いずれか1つの光点を呈示した. 光点呈示時の光点と注視位置との視角は, アイマークレコーダ (EMR-8B) の画像を30Hzで収録し, 画像解析により, 光点が呈示されたタイミングにおける DSスクリーン上での注視位置を測定することにより取得した. 3. 4 教示内容実験中の走行について, ドライバには以下の2 点を教示した. 普段と同様に, 安全や交通ルールを意識しながら, 細街路を運転する. スクリーン上に呈示される光点に気付き次第, できるだけ早くハンドル上のボタンを押す. ( 光点に気付いた際, 必ずしも光点を直視する必要はない ) 3. 5 気付き範囲傾向の分析結果交差点前 10mの地点における気付き範囲の傾向を分析した結果を図 5に示す. 図の等傾向線は, それぞれの場面において,1 秒以内に,2 割未満 ( 青 ),2 割以上 ~4 割未満 ( 赤 ),4 割以上 ~6 割未満 ( 緑 ),6 割以上 ( 紫 ) の確率で気付く傾向にある範囲を示している. 自車前方 ( 左右 10 程度 ) に対しての気付く確率が6 割以上と高く, 気付きやすいといえる. 反対に, 左右 30 よりも外側については, 気付く確率が2 割以下と低く, 気付きづらい傾向がある. 0.80-1.00 0.60-0.80 0.40-0.60 0.20-0.40 0.00-0.20 図 4 DS 実験での走行場面 3. 3 測定指標運転中のドライバの気付き範囲の傾向を分析するため, ドライバの周囲に呈示される光点の検出反応時間と, アイポイント位置における光点と注視 図 5 気付きの範囲の傾向分析結果 - 3 -

4. JARI-ARV でのデータ取得方法の検討 4. 1 JARI-ARV での光点呈示方法ドライバの気づき範囲を解析するための光点の検出反応時間と注視位置と光点との視角を, JARI-ARVにて取得する方法を検討した. JARI-ARVの概観を図 6に, また車内からの運転の様子を図 7に示す.JARI-ARVは, 仮想空間上に設定したオブジェクト ( 歩行者や車両などの他の交通参加者や建造物など ) をHDカメラ映像で収録している車両前方映像に合成してドライバ前方のモニタに表示する運転装置である. そこでまず, 気付き範囲を解析するための光点は, モニタ上の任意の位置にオーバーレイできるよう, システムソフトウェアを改修した. なお, このオーバーレイはこれまでのオブジェクト表示と並列で実行できるようになっており, オブジェクトを表示しつつ, 光点呈示が可能である. 注視位置と光点との視角との計測イメージを図 8 に示す. アイカメラ画像 図 8 注視点 画像生成用 PC 光点 ビデオレコーダ 注視点と光点との角度 θ ドライバアイポイント V-BOX ADレコーダ 光点 スイッチを押す反応時間 tr (sec) ハンドル JARI-ARV での気付き範囲データ計測系 光点検出反応時間は,JARI-ARVのステアリングに設置したスイッチが押された信号を, 画像生成用 PCと同期されたADレコーダにより計測できるようにした. また, ドライバのアイポイントにおける注視点と光点と視角の算出は, アイカメラの画像をビデオレコーダにて30Hzで収録し, オフラインの画像解析により, 光点が呈示されたタイミングにおける前方モニタ上での注視位置と光点の位置を求めることにより行うこととした. 図 6 JARI-ARV の概観 5. JARI-ARV での光点検出反応と注視位置データ取得の試行 4 章で検討した機材 方法の課題を整理するため,JARI 模擬市街路東コースにて実際にデータを取得した. 図 7 JARI-ARV での運転風景 5. 1 実験への参加者実験には, 日頃から通勤等の目的で普通乗用車を運転する機会がある25 歳 ~40 歳の男性 10 名がドライバとして参加した. 各参加者には, 実験前に, 実験の目的および走行方法とともに, 着帽式のアイカメラを装着すること, 本実験で考えられるリスク等を確認し, あらかじめ実験への参加同意を得た. 4. 2 光点検出反応時間と注視位置の同期計測 JARI-ARVのドライバ前方モニタに呈示された光点に対しての光点検出反応時間と光点呈示時の 5. 2 走行コース実験での走行コースを図 9に示す. コース上の対向車線には駐車車両 ( 普通乗用車 ) を2 台配置 - 4 -

した. どちらの車両とも, 自車が走行する対向車線の路肩に路側に沿って駐車している. 各参加ドライバは,JARI-ARVの運転に慣れるための練習でコースを数周走行した後, データを取得するためのコース4 周の試行 ( 約 6 分程度 ) を3 回行った. 応がなされていたケースに着目すると, 正面 0 の光点検出反応時間が最も頻度が高く, 右 15 と左 15 は同程度であった. 光点を呈示したタイミングにおいて, 右 15 は駐車車両の後端付近に位置する. 駐車車両陰からの飛び出しなどに注意している場合, 右 15 の光点検出反応時間が早くなることが予想されたが, 本実験の結果では, その傾向がみられなかった. ドライバが駐車車両の後部に注意を払うタイミングやその程度については, より詳細な検証が必要である. 図 9 走行コース 5. 3 光点の呈示光点検出反応時間を計測するための視対象となる光点は,JARI-ARV 前方モニタの6 点 ( ドライバアイポイントから見て, 左 45 度, 左 30 度, 左 15 度, 正面 0 度, 右 15 度, 右 45 度, いずれも高さは水平 0 度 ) に任意のタイミングで呈示できるように設定した. 実験ではドライバのアイポイントが駐車車両の後端より22.7m 手前に到達した時点で, いずれかの1つの光点を5 秒間呈示した. 参加ドライバは,1 回の試行の間で, 各呈示角度の光点をそれぞれ各 1 回ずつ ( 呈示順は試行ごとにランダム ) 経験できるように設定した. 5. 4 取得データの解析結果取得した全ドライバの光点検出反応時間について, 各光点呈示角度について0.5sごとの反応時間の頻度を整理した結果を図 10に示す. 右 45 の方向に呈示した光点に対しては, 光点呈示が終了する (5.0s) までに反応が無く, 見落とされたケースが多くみられた. 右 45 の方向は JARI-ARVのディスプレイの右端に近いため, 外光によってディスプレイへの車体の写りこみ等が発生し, 他の光点と比較して, ドライバに与える光点の刺激強度が低くなってしまっていることが, 反応率が低下した原因の一つとして考えられる. 他の光点への検出反応について,1.0s 以下で反 頻度 (%) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 左 45 左 30 左 15 正面 0 右 15 右 45 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 over 検出反応時間 (sec) 図 10 光点検出反応時間の頻度分布 6. まとめ気付き範囲の傾向評価をより危険感の高い実車環境で評価を行うことを目指し, 新たに開発された JARI-ARV で気付き範囲評価に必要となるデータが取得できるように改修した. テストコース ( 模擬市街路 ) において実際にデータを取得することで,JARI-ARVを利用して気付き範囲を評価可能であるのかを検討した. JARI-ARVを用いて光点を呈示する方法や光点検出反応時間を計測する方法, およびそれらと同期して注視位置や気付き範囲解析のベース画像を取得する方法を検討し,JARI-ARVのモニタ上の任意の位置に光点をオーバーレイできるよう, システムソフトウェアを改修した. 次に, 実際にJARI-ARVを用い, 模擬市街路で停止車両の脇を通過する際の光点検出反応時間および注視位置を解析するためのデータを取得した. その結果, 外光の影響により, 光点の見落が顕著に発生することが判明したが, 外光への対策を講じることにより,JARI-ARVにおいて気付き範囲評価に必要なデータを取得することが可能と考えられる. 今後, さらなるJARI-ARVでのデータ取得を試みるとともに, 気付き傾向の確率分布による評価 - 5 -

を行う予定である. また,JARI-ARVの運転は実車であるが故, ドライバはDSでの運転よりも危険感を強く感じることが予想される. DS と JARI-ARVでの気付き範囲の評価結果を比較検討して, それぞれの実験方式の適所を整理するとともに, 事故原因解明や運転支援の受容性評価に活用していく. 文献 1) 池田朋広 : 路車協調を活用して交通事故削減をめざす取り組みとその進捗状況,JAMAGAZINE,2009 年 3 月号,( 社 ) 日本自動車工業会 (2009) 2) 国土交通省ホームページ : 先進安全自動車 (ASV) について, 自動車総合安全情報, http://www.mlit.go.jp(2013.6) 3 ) 国土交通省ホームページ :AHS の技術, http://www.ahsra.or.jp/(2012.12) 4) 菊地一範 : ドライバの視覚的注意の定量的評価手法の提案, 可視化情報,vol.30,No.118 (2010) 5) 菊地一範ほか : 広い視野角を有するドライビングシミュレータでの視覚的注意の定量化手法の応用検討, 自動車研究,vol.32,No.4,pp.201-205 (2010) 6) 菊地一範ほか : 一時停止交差点において受容性の高い運転支援方策の検討 ( 第 2 報 ), JARI Research Jurnal, 20121102(2012) 7) 三浦利章 : 行動と視覚的注意, 風間書房 (1996) 8) Mourant R.R. et al.: Strategies of visual search by novice and experimenced drivers, Human Factors, 14, 325-335 (1972) 9) Shinar D. et al.: Rockwell T.H., Eye movement in curve negotiation, Human Factors, 19, 63-71 (1977) 10) Mourant R.R. et al.: Strategies of visual search by novice and experimenced drivers, Human Factors, 14, 325-335 (1972) 11) 浅野陽一ほか : 対話による運転行動への影響とその量的測定手法に関する研究, 自動車研究, 第 28 巻, 第 11 号, 603-606 (2006) 12) 篠原一光ほか : 車載情報機器からの情報取得後の視覚探索における持続的注意転導効果, 国際交通学会誌, Vol.30, No.3,pp.42-50(2005) - 6 -