心不全 : ポンプは壊れることがある? 国際医療センター心臓内科 村松俊裕 1. はじめに心不全は聞きなれた言葉かと思いますが 心不全とは心臓のポンプとしての働きが壊れたことを指すもので 病名ではありません 心不全の原因となるものとして虚血性心疾患 ( 狭心症 心筋梗塞 ) 弁膜症 心筋症 高血圧 不整脈など多くの疾患が挙げられます 高齢化社会を反映して また従来は亡くなったかもしれない心筋梗塞などの患者さんも 現在は医療の発達から心臓機能に大きな障害を残しても救命出来るといったことなどがあり心不全の患者さんは年々増加しています 日本における心不全患者数に関する正確な統計はありませんが およそ 120-150 万人と推定する報告 また 250 万人と推定する報告があります 2. この病気について心臓の働きは大きく分けて 2 種類あって 一つは血液 ( 動脈血 ) を全身に送り出す働き もう一つは全身から血液 ( 静脈血 ) を受け取る働きです この血液中には酸素と栄養が含まれていて 人間が生きていくためには 体の各臓器に十分な酸素と栄養が行きわたることが必要です 心臓のポンプの働きが落ちると 心臓から送り出される血液量が減るため体の各臓器に必要な血液の供給が出来なくなり 疲れやすい 手足の冷えなどの症状が出現します また肺に血液のうっ滞を
生じるために息切れ 息苦しさ 発作性夜間呼吸困難などが出現します 血液を受け取る働きが低下すると むくみ ( 特に下肢 ) が また肝臓や消化管に血液がうっ滞すると 食後におなかがはったり食思不振などが出現します 心不全の予後が不良である ( 死亡率が高い ) との認識は一般には乏しいかもしれませんが 乳がんや大腸がんの 5 年生存率と比較しても不良です このような心不全を防ぐためには ご自分の心臓病について正確な診断をして その治療を行うことが大切です 3. 診断について浮腫み 息切れ 倦怠感や呼吸困難を自覚したら病院で一度診ていただくことをお勧めします 病院では身体の診察のほか 採血 心電図 胸部レントゲン写真 心臓超音波検査 心臓 MRI 心臓 CT 心臓カテーテル検査などが行われます 1 採血 : 心不全による臓器への影響などを評価します 特に脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP) は心不全の診断に有用です 2 心電図 : 心筋梗塞 不整脈などの診断に有用です さらに 1 日記録を録って評価するホルター心電図があります 3 胸部レントゲン写真 : 心拡大 胸水 肺うっ血などを評価します 4 心臓超音波検査 : 非侵襲的な検査として大変有用な検査法で 心機能 ( 収縮能 拡張能 ) 心臓の大きさ 弁膜症 心筋性状( 壁厚など ) 心嚢液などを評価します
4 心臓 CT 検査 : 造影剤を使用して 冠動脈 ( 心臓を養う血管 ) の狭窄 閉塞を評価します 現在は まず外来で冠動脈を評価して 異常が見つかった場合にカテーテル治療をする傾向が多くなっています 5 心臓 MRI 検査 : 核磁気共鳴画像検査と呼ばれ 心機能 特に心筋性状 ( 心筋炎 心筋症の診断 ) を評価する上で有用です 磁場を発生させて検査をするためペースメーカーなど金属が体内に入った患者さんに検査は出来ません 造影剤 (MRI 用 ) を使用します 6 心臓核医学検査 : 短時間で体内から消失する安全な放射線物質 ( アイソトープ ) を注射して 心筋の血流状態 心筋性状 ( 壊死の評価 心筋が生きているか否か など ) 心機能 心筋の交感神経機能などを評価します 造影剤を使用しないため腎機能が悪い方でも施行できます 7 心臓カテーテル検査 : 心臓病の確定診断はこの検査でされます 造影検査では手首や鼠径部( 足の付け根 ) の動脈からカテーテルという細い管を心臓に向けて入れて 冠動脈 ( 心臓を養う血管 ) の狭窄や閉塞 弁膜症 心機能を評価します スワンガンツカテーテル検査は 静脈から挿入して心機能を正確に評価します 心筋生検: 内頸静脈 ( 頸の静脈 ) や大腿静脈 ( 足の付け根 ) から生検鉗子というカテーテルで右心室の心筋を採取します 動脈から生検鉗子を入れて 左心室から心筋を採取することもあります 心筋炎 心筋症の確定診断に必要な検査です
4. 治療について心不全には急激に心機能が悪化して生じる 急性心不全 と 慢性的な経過をたどる 慢性心不全 とがあり 治療法が異なります それぞれ治療に関するガイドラインが日本循環器学会から示されており これが標準的治療法となっています 本質的に異なる点としては 急性心不全では急激に低下した心機能を高めるために強心薬を使ったりしますが 慢性心不全では過度な刺激から心臓を保護する薬が使われます 同時に 心不全の原因となった疾患に対する治療が必要となります 心筋梗塞の場合には 閉塞した冠動脈をステントという金属の筒で広げるカテーテル治療 ( 冠動脈形成術 ) が 弁膜症では弁形成術や弁置換術が必要となります 1 再生医療自分の心臓が傷ついても 自身の心筋の一部を培養して増殖させてから傷ついた心筋に戻す このような再生医療は大変将来性のある治療法ですが まだまだ研究段階であり 一部臨床治験が始まったところです 2 心臓移植適応基準は厳密であり 全ての心不全に対象とはなりませんが 現時点での末期心不全の根本的治療法となっています ドナー心の供給数に問題があり 日本では年間 10 例程度で施行されています 3 心臓再同期療法 ;CRT ( ペースメーカー治療 ) 心臓の血液を体に送り出す左心室では 通常左右の壁が同時に収縮して効率よく血液を送り出すのですが 心不全が進行すると 左室に
伝わる電気信号に障害が出て左室内の収縮にズレを生じることがあります この収縮のタイミングのずれをペースメーカーで補正するのが心臓再同期療法です CRT 後に効果が現れない non-responder と呼ばれる割合が 30% 以上の頻度で存在することが知られており 治療の適応を的確に診断することが重要となります 4 薬物療法 ;( 慢性心不全 ) 薬物療法の目的は 心不全症状の改善に加えて 予後の改善 ( 寿命を延ばす ) が目標となります 数多くのエビデンスから予後の改善が証明されているのは以下のお薬です 1) アンジオテンシン変換酵素阻害薬 1987 年に CONSENSUS 試験という大規模臨床試験で初めて重症心不全に対するアンジオテンシン変換酵素阻害薬の効果が発表されて以来 その後も多くの臨床試験により長期の臨床症状の改善 総死亡率の減少などが証明されており 心不全治療の第一選択薬となっています 2) アンジオテンシンⅡ 受容体拮抗薬アンジオテンシン変換酵素阻害薬に遅れて出てきた薬剤ですが 同様に心不全に対する有用性が証明されている薬剤です 3)β 遮断薬 1996 年に US Carvedilol 試験という大規模臨床試験で慢性心不全に対する効果が証明されて以降 多くの臨床試験からこの効果は支持されています 今まで心臓病を患っている場合や既に心不全に陥ってしまった場合 を想定してのお話を進めてきましたが 一番よいのは心不全にならな
いことです 日本人のデータからは 心不全の原因として1 虚血性心疾患 2 高血圧が2 大原因となっていることが分かっています 虚血性心疾患の原因は 生活習慣病からといわれており 糖尿病 高血圧 脂質異常 肥満などがこれに当たります したがって 日常生活での減塩 減量 禁煙 アルコール制限や運動といったことが特に重要な予防策と考えられます 心臓を若返らすこととは つまりは生活習慣病に対する日頃からの準備が肝要と思われます 5. 日常生活での注意点など日本心臓財団が定めた 健康ハート 10 ヵ条 を示します 1 血圧とコレステロールを正常に ( 太りすぎ 糖尿病には注意して ) 2 脂肪の摂取は 植物性を中心に 3 食塩は調理の工夫で 無理なく減塩 (1 日 6g 未満を目標に ) 4 食品は 栄養バランスを考えて (1 日 30 食品を目標に ) 5 食事の量は 運動量とのバランスで 甘いものには要注意 6 つとめて歩き 適度な運動 7 ストレスは 工夫をこらして上手に発散 8 お酒の量は 自分のペースでほどほどに 9 タバコは吸わない 頑固に禁煙 10 定期検診を忘れずに ( 毎年一度は健康診断 ) 6. 参考図書 (DVD ほか ) 厚生労働省ホームページ ; 健康づくりのための運動指針 2006( エ クスサイズガイド 2006)
7. 診断 ( 相談 ) 窓口 埼玉医大国際医療センター心臓病センター 042-984-0474 ( 予約センター )