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第 1 5章 力と物質の基本法則 身近にある力としては 重力 電磁気力があります また その他にも原子核の陽子や 中性子を結びつけている力 核力があることを学びました それではいったい力は何種類 あるのでしょうか また 私たちの知っている原子を構成している粒子は 陽子 中性子 そして電子です それらの粒子をバラバラにしてそれ以上細かくすることはできないので しょうか こうしたことを研究するのが素粒子物理学です 今回はこの素粒子物理学の織 りなす 物質と力の究極の構造を見ていきましょう 267

素粒子物理学とはどのような問いかけをするの? 人間は誰もが基本的な疑問を持っています 物質は何で構成されているのかどうかです たとえば 人間の書く文章もそうです 大きな書店や図書館に行くと 膨大な量の本があります それらの本には文章が連なっています この文章はどのような成り立ちをしているのでしょうか? まず 文章には単語があります この単語立ちを文法という法則を用いて表すことにより文章が成り立っています 極めて単純ですね しかし 単語は あいうえお かきくけこなどという語句のあつまりで構成されています これらを組み合わせて単語になっているのわけです また かはカ行のあ段などとして分類することができます このように 基本的な構成要素を見つけ それを分類する またはその文法という法則を理解することが文章を理解する上の基本となっているわけです 素粒子物理学の考え方も 上の考え方と同じです 文章に対してではなく 物質に対しての基本的要素を追求します 素粒子物理学の発する疑問は次のようなものです 1. 最小のレベルで物質がどのようなもので構成されているのかを探求する 2. 一番簡単な構成要素は何か? 3. 物質に働く力の基本法則は何か? 素粒子物理学の発想とは? 素粒子論の発想法は 還元論的な理解法です つまり 原子の考え方の延長上にあるのです サイエンスの還元論とはどのようなものでしょうか? たとえば 人間の心理について考えてみましょう 人間の行動は ほんのちょっとしてことで変化しがちです したがって 再現可能でないことがあり 人間の行動を知ることは現在では自然科学とは言えません しかし 脳の構造の理解を根本から知ることで将来には自然科学となるかもしれません また 生物学では 遺伝の現象を世代の調査によるものから DNA の解析に変わってきたのも 還元論的な考え方です 新薬の開発は 従来の経験的なものから薬の作用の解析と分子の構造の解析によるものに変わってきたのも 理由を基本法則から考えるという立場であり 還元論的考え方に基づくものです もちろん 還元論はいつでも有効なわけではありません たとえば モーツアルトの音楽を聴いてみましょう これらの音楽は還元論的には音符の集まりです したがって 還元論的には音楽は音符かと言うとそうではありませんね また 文学も同様です むしろ それ以外の要素が重要なこともあるわけです ただし 自然科学では 絶えずその理由を問いかけることによって思いがけない現象間のつながりがあることも多いのです 素粒子理論はこれらと同様に 還元論的な問いかけをするのです サイエンスとは知的なパズルであり 還元論的な問いかけは現在完全に解かれていません この章では 現在までに解かれているパズルについて主に扱います 268

素粒子物理を記述する 5 つの要素とは? 素粒子物理学の対象としているものを整理して起きましょう たとえば 電子には 電気的な力と重力が働きますね 素粒子物理では まず力にはどのような物質にどのような種類があるのか見ていきます また 力の法則はエネルギーを必ず保存させるようになっていますので 素粒子の衝突や生成 消滅などの過程でもエネルギーは保存されます また 電荷なども保存されます こうした 素粒子の生成消滅のときの基本的なルールを知ることが重要です したがって 素粒子では どのような保存量があるのかを知ることが求められます 次に 物質は何でできているのかです また 系として 空間と時間の理解も重要です たとえば アインシュタインの相対性理論と矛盾なく構成されなければなりません このように 素粒子物理では 力 保存量 物質 空間 時間の 5 つが対象となります 素粒子物理学が誕生したのは? 素粒子物理学とは 原子をもっと細かくした構造を探るのですが 通常の原子を構成し ていない新しい素粒子の発見もあります このため 通常の原子で見あたらない新しい素粒子の発見が 素粒子物理学の誕生のときと言ってもいいでしょう 1930 年代には 中性子 陽子 電子を素粒子とした考え方で事前回が説明されると思っていました しかし 1936 年に 宇宙から降り注いでくる放射線である宇宙線を 写真乾板に写して解析したところ 電子の約 200 倍に相当すると見られる粒子を発見しました これは 途中で電子に崩壊してしまうので 電子の仲間である粒子です こんな粒子が存在する必然性はありませんし 自然界の粒子は単純ではないということを示す発見でした 当時 有名な物理学者であったラビは それを聞いたとき レストランで意外なものがテーブルに運ばれてきたときのように 誰がそんなもの注文したんだい? と言ったそうです この粒子は ミュー粒子と呼ばれており この発見が宇原子核物理学から素粒子物理学への変遷を告げる出来事となりました 湯川理論では 核力を媒介する粒子としてπ 中間子を予言していました そして 実際に宇宙線の中にそれが発見され 理論的にも満足のいくものだと思われました 宇宙線から加速器へ宇宙線の解析には幾つかの欠点があります まず写真に写った映像では 静止画ですので速度を割り出すことは困難です そのため それがどのようなエネルギーを持っているのかを正確に知ることは困難です また その粒子が宇宙からやってきたのか 大気中で生成されたものかも判別できません そのため 実際に粒子を加速し ターゲットとなる物質に激しく衝突させることにより 新しい粒子を生み出す試みがなされてきました このように粒子を加速させる機器を素粒子加速器と言います 新粒子を作り出すのになぜエネルギーが必要なのでしょうか? それは アインシュタインの質量とエネルギーの等価性により ある質量の粒子を生成するのには それを生成させるだけのエネルギーが必要となるからです 質量に等価なエネルギーを得るには 非常にエネルギーが高い加速器が必要です そのため エネルギーの高い加速器を高エネルギー加速器と言います 現在では少なくなりましたが ブラウン管式のテレビにも加速器が入っていました テレビ後部で電子を加速して 画面表面に電子を衝突させ発光させていたのです 269

サイクロトロン 1929 年に世界で初めての本格的な加速器が アーネスト ローレンスによって作られました 図のように 電荷を持った粒子は磁場で曲げられますが 中間に来たときに電場による力で加速します スピードが速いと曲がるのに大回りします 中間に来たときに電場で加速するのを繰り返すことによって次第に粒子のスピードを上げていくことができるのです このように電場と磁場を用いた加速器をサイクロトロンと言います この加速器を用いて 門下の物理学者谷によって人口放射性元素が合成アーネスト ローレンス (1901- されていきました また 1929 年から第 2 次世界大 1958) 戦中には ウラン 235 の製造にも使われました 1939 年ノーベル物理学賞受賞このサイクロトロンは 現在多くの病院にあります それは 放射線治療や PET などの検査では 数日と いう寿命の短い放射線を使います しかし 必要なときに薬品メーカーから調達するにしても 配達されるまでに崩壊してしまいます したがって こう した寿命の短い放射線は 病院内で必要なときに作り出す方が効率がよいのです サイクロトロンでは 高エネルギーの粒子の衝突によって 放射性同位体を作り出すことができます 第 2 次世界大戦が終わると アメリカでは原子爆弾の製造の研究もあり 加速器の研究に大きな予算がつぎ込まれていきました そして 1945 年に加速した粒子のエネルギーが 湯川秀樹によって予想された パイ中間子のエネルギーを超えるように張り 実際にパイ中間子がその予言通り発見されたのです 放射線治療用サイクロトロン 270

次々と見つかる新粒子 その後 陽子の反粒子である反陽子が発見されるなど 理論から予想される範囲で実験的に発見されるということが続いていました しかし 事態は思いがけない方向に向かいます 1947 年に宇宙線で新しい中間子が発見されたのを皮切りに その後加速器により 1950 年代に次々に新しい粒子が発見されていったのです その数は100 個を超え 理論的な予想をはるかに超えています ある物理学者はこう言いました かつて新粒子を発見した人たちはノーベル賞が与えられた 今新粒子を発見した人たちには 1 万ドルの罰金が科せられるだろう と 1950 年代初頭には 素粒子理論は化学におけるメンデレーフの時代に逆戻りし それを分類する時代になったのです 粒子の分類 バリオンとレプトンまず 中性子や陽子などの原子核を構成している粒子の仲間をハドロンと呼びます また 電子と同じ仲間として ミュー粒子 電子ニュートリノ ミューニュートリノなど 軽いものをレプトンと呼びます 様々な原子の原子核は 陽子と中 間子の複合状態として説明されまし u u u た したがって 非常に数の多いハ ドロンも 何か新しい粒子の複合状 d d d 態として解釈されないかという試み がされました そして 様々なハドロンは クオークと呼ばれる基本素粒子の複合状態であると提唱されました 図のように 陽子や中性子は アップクオークやダウンクオークと呼ばれるクオーク3つの集合体です ベータ崩壊はダウンクオークがアップクオークになると同時に 電子とニュートリノを放出する過程として説明されます これらはのりのようなグルーオンと呼ばれる粒子の媒 介する力によって結びついているのです クオークはなぜ見えないのか? クオークは単体では観測されません この間をのり付けしているグルーオン ( 粘着子 ) と呼ばれる粒子がねっとりと張り付いているのです クオークを単体にするために これをのばしていくとどうなるのでしょうか? これを引き離していくと非常に大きなエネルギーが必要になります すると クオークの粒子 反粒子が生成されて ちょうど紐が切れたようになるのです グルーオンの紐の両端には やはりクオークがついていますので クオーク単体となることはできないのです このように グルーオンによる強い力によりクオークが単体で観測できないのクオークの閉じこめと言います 271

基本的な 4 つの力 現在までに知られている力はどのようなものがあるのでしょうか? 力はニュートンの作用反作用の法則から物体相互に働きますので相互作用と言いました 現在までに知られている力は 電磁気相互作用 強い相互作用 弱い相互作用 重力相互作用に4 種類です 1. 電磁気相互作用これは電荷を持つ粒子の間を光子が飛び交うことにより働きます 2. 強い相互作用クオークの間をのりのように結びつけている力です また 同じように陽子や中性子を結びつける核力の源です これは クオークの間をグルーオンがつないでいることによって起こります 3. 弱い相互作用ベータ崩壊などのニュートリノの吸収や放出を伴う現象です 本来力と言う言い方は日常的にそぐわないかもしれませんが 媒介する粒子があるということで力と見なします これは W ボソンや Z ボソンと呼ばれる物質が媒介して起こります 4. 重力相互作用すべてのエネルギー ( 質量を含む ) を持つ物質に対して働く力です 量子論的には 重力子が媒介すると思われていますが その完全な理論は現在までのところありません 自発的対称性の破れとは? 磁石は 各原子のスピンが同じ方向に向いた方が安定なことから磁気を持ちます しか し どの方向を向いても同じですので ある方向を向いたとたんに特別な方向を指定してしまうことになります このように 状態が特別な方向などを指定してしまうことを自発的対称性の破れと言います 南部陽一郎は この自発的対称性の破れの考え方を素粒子の理論に初めて持ち込みました その後 ヒッグス教授が 自発的対称性の破れにより力を媒介する粒子が行く手を遮られることにより質量を持つという ヒッグスメカニズムを提唱して素粒子標準模型の確率に大きく貢献しました 南部陽一郎 (1921- ) 2008 年ノーベル物理学賞受賞 272

粒子 反粒子の非対称性 素粒子理論では 粒子があればその反対の性質を持つ反粒子が必ず存在します たとえば 陽子があれば反陽子があります しかし 私たちの宇宙では陽子の数が反陽子の数よりも圧倒的に多いのです このような非対称性は 宇宙ができてまもなく何らかのメカニズムで発生したと考えられます 小林 益川理論では 粒子と反粒子の対称性の破れは クオークが6 種類あることによって起こることを示しました その後 小林誠 (1944- ) 益川敏英 (1940- ) 実際にクオークの種類は6 種類であることが 2008 年ノーベル物理 2008 年ノーベル物理確認されたのです 学賞学賞一方では 粒子反粒子の対称性の破れは 小林 益川理論だけでは現実を説明するためには十分ではありません この粒子反粒子の対称性の破れは今でも謎のままです 素粒子標準模型とは? 物質はクオークが 6 種類と電子やニュートリノなどのレプトンと呼ばれる 6 種類で構成 されています また力を媒介とする粒子は 光子と W ボソン Z ボソンとグルーオンです この他にも W ボソンと衝突して質量を与えるヒッグス粒子があります クオークとレプ トンが6 種類ずつあり 加えて力の媒介する粒子を基本的な粒子とする理論を素粒子標準 模型と言います ニュートリノは以前は光子と同じ ように質量はないものと思われてい u c t ましたが 太陽ニュートリノなどの 観測により質量があることが明らか d s b になりました また この理論では電磁気の相互 e n x 作用とベータ崩壊を引き起こす弱い 相互作用は実は同じ一つのものから o e o n o x 導出されています そのため 電磁弱理論とも呼ばれます 素粒子標準模型にあらわれる粒子 273

現在の素粒子実験 標準模型の中では まだヒッグス粒子が見つかっていません また 様々な理論が予測する他の粒子を見つける試みは今も続いています 現代の高エネルギー実験では そのエネルギーを得るための施設はとても大きく 国際間の協力によって行われるようになってきました 現在最も高エネルギーの粒子を作り出す個トンガできると期待されているのが大型ハドロン衝突型加速器 (Large Hadron Collider 略称 LHC) です 全長約 27キロメートルの円形リングがジュネーブの地下 LHC 加速器 100 メートルにあります 2010 年から本格的に稼働し 新粒子発見陽子同士を衝突させますが 光速に近い速が期待されるさで回る陽子を円形のリング内に閉じこめるためには 強力な電磁石が必要になります このための電流のロスをなくすために超伝導で抵抗をなくした電磁石を用います そのため 円形のリング全体を 1.9K まで冷却して実験を行います このように大がかりな LHC は 2009 年から稼働し 2010 年には 新粒子が発見されることが期待されています 衝突によって様々に飛び散る粒子たち 274

大統一理論重力の可能性 科学は異なる概念の統合の歴史でした たとえば 電気と磁気は電磁気として統合され さらには光学とも統合されましたね また 熱という概念は エネルギーと同等であることがわかりました 素粒子標準模型では 電磁気の力と弱い力が統合されています 素粒子の基本的な問題ほど単純で美しいという思想が生まれて当然でしょう 現在ではすべての力が実は一つのものでありエネルギーが低い反応においては異なって見えているものであると考えられています このように元はすべての力が一つのものであったとする理論を大統一理論と言います エネルギーの大きな状態というのは考えにくいので 宇宙の最初からの発展と考えてみます まず 宇宙誕生では時間とか空間という概念が生まれます このときには現在のエネルギーが非常に小さいところに集まっていますので エネルギーが高い状態です この状態では すべての力は一つのものであったと考えられています その後まず重力が他の力から分離し 非常に弱い力となっていきます 次に 核力 電磁気力 弱い力が力が分離して 核力が強 い力となっていき 中性子や陽子が作られます しかし 現在の統一理論では 統一したもの質量や力の強さなどのパラメーターに制限はありません そのため 自然界がそ んなにたくさんのパラメーターを本質的に 持っているのかどうかについては意見がわ かれています 統一理論に基づく力の進化の歴史 275

超弦理論とは? 素粒子は通常大きさを持たない点として表されます これらの物質や力を媒介とする粒子すべてが弦 ( ひも ) で出来ているとする理論が弦理論です この揺れの大きさは 10 のマイナス33cmと非常に小さく 振動そのものを観測することはできません しかし その揺れていることによる物理的な効果は観測できるのです たとえば 紐が揺れているとします 端にプラスとマイナスの電荷があり この揺れた状態 で進行しますと電場と磁場の波ができますね この粒子が光子です このように光子が偏光方向を持つことも 弦理論なら自然に説明できます それでは 進行方向に揺れる弦はあるのでしょうか? 光の速さに近づくと 進行方向の長さが短縮する ( 相対論的長さの短縮 ) ことを見ましたね 光の速さになると 進行方向の長さがゼロになり この方向に振動できなくなります このように 弦理論では 光 電磁波の弦理論的描像 に縦波がないことも自然に説明できるのです また重力も自然に説明できます この理論の利点は重力私たちの3 次元空間の他に空間があの量子化にあります 通常の素粒子理論には無限大の発散る 見えない方向に揺れる弦はクが出てくる問題がありましたが この理論にはないのです オークやレプトンとなり 物質と力弦理論のうち 特に 電子など排他原理に従う粒子と従の粒子は共に弦で記述される わない粒子の間の相互作用の仕方に対称性があるものを超対称性理論と言い そうした対称性のある弦理論を超弦理論と言います 一般に 超対称性のない弦理論は不安定であると思われています 超弦理論は 10 次元の理論です これは一見大変奇妙なことですね しかし もし4 次元での理論として登場したらそれは光子や重力子などの理論でしかなく 振動方向を持たない通常の物質は弦でなくてよいといった理論となります それでは 10 次元であるとして 4 次元以外の方向が何らかの理由で私たちには見えないとしましょう そして4 次元以外の方向に揺れていたらどう見えるでしょうか? これは ちょうど紙面に垂直な方向に移動していても 紙の上からは見えないのと同様に偏光方向がない粒子に見えますね このように私たちの世界では 弦は力を伝える光子などだけでなく他に偏光方向を持たない電子やヒッグス場などの素粒子が同時に含まれるわけです このため 弦理論は力を媒介する粒子と電子などの物質をなす粒子を統一する理論と言えます このように超弦理論は魅力的な理論ですが 現実に見つかっていない粒子も必要とするなどの問題もあり 完全な理論ではありません 究極の理論を手にするには人間はまだまだ未熟なのかもしれません また逆に 究極の理論がそんなに早く解ったらつまらないですね 自然界はこれからも私たちをもっと楽しませてくれるはずです 276

重力と相対性理論 特殊相対性理論によれば何者も光速を超えることができません それは 力そのものも同様です 一般に ある変化が起きたとき それは他の物体に変化をもたらします しかし 相対性理論ではこの変化の伝わりの速度は光速を超えません ところが ニュート ンの万有引力の法則は 力は距離とそれぞれの質量にしかよらないという法則だったのです すると 一つの星の間に距離や質量の変化があるとは 瞬時にして他の星に力の変化として伝わってしまうことになります また 離れた場所同士での作用反作用の法則は 同時性の破れのために相対性理論では成り立たせることはできません そのため 重力場を通して力が伝えられるとする 近接相互作用の考え方が必要になります したがって ニュートンの万有引力の法則も相対論的に変更が必要になるのです 等価原理とは? 重力による効果を予測するのに重要なのが次の原理です エレベーターで上に加速していると 自分が重くなったように感じます また 下に加速すると軽くなりますね あまり考えたくないことですが ロープが切れてしまうと 無重力の状態となるでしょう この無重力の状態では重力が働いていないのと同様なのでの慣性系です こんどは宇宙空間に行き 加速している場合を考えてみましょう すると 重力加速度で加速している人にとってみると 仮想的に重力が作り出さされます このように 加速されている人にとっては 重力が働いている場合と区別が付かなくなるのです したがって 重力が働いている場合の性質は 加速されている場合の性質と同じであることがわかります つまり 重力を受けている観測者がどのようになるのかを考えるには 加速している人を考えればいいわけです このように 重力が働いている系とと加速された系の状態とが区別できないことを等価原理といいます アインシュタインの重力理論はこの原理から出発します 277

一般相対性とは? 重力を受けた状態の観測者は 等価原理により加速された観測者と等価です この重力による加速のため この重力を受けた系の運動は 慣性系の運動と異なります 特殊相対性理論とは あくまで等速運動している系の人の見た運動を扱う特殊な理論でした それに対して 重力による運動など加速運動などを含めた人たちの運動まで考えるのが一般相対性理論です つまり 重力理論は等価原理により 一般相対性の元で考える必要があるわけです 今まで特殊相対性理論がなぜやっとなぜ特殊なのかが理解できたでしょうか? 重力による時間の遅れ宇宙世紀元年に 人類はスペースコロニーに移住し始めたというのは 私はよく知らない初代ガンダムの設定ですが 現実にそのようなときがいつかくるのでしょう このスペースコロニーは円筒状のコロニーを回転させ その内側に仮想的な重力を作り出します 外から見ると内部の人はまわっているわけですね 等価原理より この仮想的な重力でどのようなことが起こるかを知れば 実際の重力を受けている状態を知ることができます まず 内部の人は回転して速さがあります そのため 相対論的時間の遅れにより 外から見ると時間が遅れることになります 回転スピードが上がれば重力が強くなり 時間がより遅れます よって 重回転している系と重力がある場合に力が強ければ強いほど時間が遅れるということがわか起こることは等価原理により等しいります これを重力による時間の遅れと言います たとえば 地上での時間の進みは 宇宙空間での時間の進みよりもごくわずかながらも小さいことが観測されています 重力による長さの短縮次に 長さについて見てみましょう 回転していると回転方向の長さが短くなります これは 仮想的な重力の方向と垂直な方向です よって 本当の重力の場合でも 重力に垂直な方向の長さは短くなるということがわかります これを重力による長さの短縮といいます たとえば 地球一周したときの長さは 通常では地球の中心までの距離 2 円周率ですが 重力のおかげでこれよりわずかに小さくなります 地球上ではこの効果は非常に小さく 太陽表面でもこの円周の縮みは数ミリ程度です しかし 重力の強い星では大きな効果となっていきます 時空の曲がりこのように 重力があると 場所ごとに重力の大きさが違い このため時間の尺度や空間の尺度が方向こみで変わってきます つまり 直角 3 角形を描いても そこにはピタ ゴラスの定理などが成り立たなくなるのです このような時間と空間のメモリのゆがみは 278

光や物質はなぜ曲がるのか? ガラスなどに光を当てるとその方向を変えます これは後の章でも出てきますが 光の速度がガラスの中では遅くなるからです 重力でも同様であす 地表に近い方が重力が強く 時間が遅れて 光そのもの速さが遅くなるのです そのため地表側に光は曲がるわけです これは 光がガラスに引きつけられたようにみることができます 実は 光だけでなく 物質が地表の方に加速していくのも 時間が遅れた方に進もうとするからなんです このために物体を投げたときに放物運動をします 一般相対性理論によれば 重力は空間 や時間の進み方のひずみから起こる見かけ上の力です なにが重力を作るか? ニュートンの法則は質量により重力が生まれました 一般相対性理論では 質量とエネ ルギーは等価ですので エネルギーが時間の進み方を変え 屈折と同じ効果で重力を作り出します このエネルギーとそれにより時空の曲がりの関係はアインシュタイン方程式と呼ばれています これは ニュートンの万有引力の法則に相当するものです 実際に重力が弱く 運動の速度が光速に比べて小さいときには ニュートンの万有引力の法則を再現 できるのです アインシュタイン重力理論の実験的証拠は? アインシュタインの重力理論は 相対性理論と重力理論の融合の理論であり 速度が小 さい現象では ニュートンの法則が良い制度で成り 立つことが示されます しかし 金星など 太陽に近く重力が比較的強く しかもスピードが速く回っている場合には ニュートンの法則からのずれが観測されるはずです 実際アインシュタインの理論では 金星の運動は楕円運動しながらわずかにその楕円の磁区がずれる現象が確認されています こうした運動を歳差運動と言います 金星には 木星など他の比較的大きな天体からの重力も働きますので 水星の歳差運動は一般相対性理論に軸がずれる現象は予想されていたのですが ニューよって説明されたトンの法則からではそのずれの大きさが観測と食い違ってしまいました しかし アインシュタインの理論では この相対論的効果により実験とよく合う結果になったのです また 日食のときに背後の星が 曲がって伝わってくることも観測されています 銀河団のように重力の強いところを通過すると 一つの銀河からの光が 2 方向から届き そのため 二つの同じ像が見えることが確認されています これを重力レンズ効果と言います これもまた 重力レンズアインシュタインの相対性理論の予測するところ遠くの銀河が何重にも見える です この効果を利用すると 逆に途中の銀河団の質量を求めることができます 279

ブラックホール 仮想的な重力では 回転を速くすると人の速度が大きくなり また 重力が大きくなっていきます 回転をより速くして光速に近づくと 時間の進みが非常にゆっくりになるわけです 星でも重く小さな星になった場合には まわりに非常に大きな重力を作り この結果 時間が止まるくらい重力が強くなります これを事象の地平線と言います 事象の水平線では時間が止まってしまうため これより小さい半径からは光や物質は決して出てくることはできません このように事象の地平線のある天体をブラックホールと言います いくつかの天体や 銀河中心でこのブラックホールらしきものが観測されています これについては 後の章で詳しく見ていきます カールシュバルツシルトドイツの天文学者 シュバルツシルドは 球形の天体の外部についてやブラックホールの外部でのアインシュタイン方程式の解 通称シュバルツシルト解を見つけたことで有名です 彼は フランクフルトで生まれました 早熟で16 歳の時に最初の論文を発表しました 1901 年からゲッチンゲン大学に勤め 1909 年にはポツダム天文台長に就任します 1914 年に第一次世界大戦が勃発すると 彼は40 歳にもかかわらず従軍するのです そしてなんと 1915 年に将校としてロシアに従軍中 アインシュタイン方程式の解を発見したのです アインシュタイン方程式は 極めて非線形な方程式でアインシュタイン自身も解析的な解があるとは思っていませんでした しかもこの結果はブラックホールの存在を示唆し 一般相対性理論の発展に大きく寄与しました 残念なことに彼は従軍中に病死しました 現実的な厳密解が見つかることは非常に珍しく その後回転している天体の解 Kerr 解が見つかったのはそれから50 年近い後の 1963 年のことです 280

スティーヴン ホーキング (1942- ) ホーキングは イギリスの理論物理学者 ブラックホールの研究で有名です ケンブリッジ大学で ニュートンの座っていた椅子にいます オックスフォード大学で物理学を学び 天文学で修士学位を取得 その後ケンブリッジ大学に移りますが その頃から筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の症状が出始めます その後 2 年間は意識がはっきりしませんでしたががその後病状は安定し 結婚を機に研究が進み出します ブラックホールは古典的には外に光を放出しません しかし彼は 量子論的に光を放出することを予言しのです これをホーキング輻射と言います その解析は半古典的なものであり その厳密な導出は現在までも大きな問題となっています 最近では 超弦理論を用いたブラックホールの量子状態の数え上げによる導出も試みられていますが 現実的なブラックホールでは未だ成功していません 彼の研究は現実の実験を伴わないので現在のところサイエンスと呼ぶことができるのかは不明です しかし 予言を確かめるのに非常に長い年月がかかったことは 歴史的にはよくあることです 現在のサイエンスで未来のサイエンスを規定してはならないのが歴史の教訓です いつの日か人類の英知が 彼の予言を確かめることができることを期待しましょう 281

暗黒エネルギーと暗黒物質 最近の宇宙の観測によって これらの物質とは異質のエネルギーがあ ることがわかっています 実際に私たちが見 あるいは素粒子として解 明されている物質の持つエネルギー ( 静止エネルギー ) はわずか4パーセントにすぎません 残りのうち 23パーセントは 未知の素粒子であり 私たちの知っている物質とは 反応せず 全く見えないので暗黒物質 ( ダークマター ) と呼ばれています これは単に光を発していない物質ではなく 通常の原子核や電子な宇宙全体のエネルギー構成要素どから構成されていない未知の物質私たちの知っている物質は全体のわずか 4,5% 程度であることに注意しましょう 似すぎないまた 残り というより一番大きなエネルギーは 暗黒エネルギー ( ダークエネルギー ) と呼ばれます これが宇宙のエネルギーのおよそ4 分の3をしめる大変おおきなシェアをしめています つまり 私たちの宇宙のうち 解っているのはわずか 4 パーセントというわけです この暗黒エネルギーの候補として最も有望視されるのが次の解決法です 元々アインシュタイン方程式の中で あっても問題ないがアインシュタインが美しくないので捨てた 宇宙項と言う項がありました 現在のところこの宇宙項によるエネルギーがダークエネルギーという解釈が有力です ただし なぜこのような宇宙項が存在するかについては現在も謎のままです これについては また宇宙についての章でも見ていきましょう ダークマターの存在はまた 現在の素粒子の標準模型が完全でないことを表しています それは ダークマターを構成する粒子が標準模型には含まれていないからです 人類の冒険は続く素粒子理論は究極の還元主義かもしれません しかし それと共に サイエンスは思いがけない実験により 新しい発見があり それまでの理論を覆すことも少なくありません 現在の素粒子論では 暗黒物質や重力の量子論などまだ解決されていない問題も多く また 新しい実験も計画されています 近代的サイエンスが始まって まだ数百年しか経験してきていない人類にはまだ知らないことが多いのです これからも人類の冒険が続きます 宇宙の観測からダークマターという新粒子の発見が示されています そこで次回は 究極にミクロな世界から宇宙に飛び出しましょう 282

キーワード 素粒子加速器 サイクロトロン ハドロン レプトン クオーク グルーオン クオークの閉じこめ 電磁気相互作用 重力相互作用 強い相互作用 弱い相互作用 粒子 反粒子の非対称性 素粒子標準模型 LHC 大統一理論 超対称性理論 超弦理論 等価原理 一般相対性理論 重力による時間の遅れ 重力による長さの短縮 時空の曲がり アインシュタイン方程式 歳差運動 重力レンズ効果 ブラックホール 暗黒物質 暗黒エネルギー 283