第 16 回日本臨床腫瘍学会学術集会 報告集 モーニングセミナー 12 日時 :2018 年 7 月 21 日 ( 土 ) 会場 : 神戸国際会議場 腫瘍崩壊症候群のリスクマネジメント 司会 演者 山形大学医学部内科学第三講座主任教授 石澤賢一 埼玉医科大学総合医療センター血液内科教授 2018 年 9 月作成
モーニングセミナー 12 腫瘍崩壊症候群のリスクマネジメント 司会 山形大学医学部内科学第三講座主任教授石澤賢一 演者 埼玉医科大学総合医療センター血液内科教授 腫瘍崩壊症候群 (TLS) とは 腫瘍崩壊症候群 (TLS) とは 腫瘍が壊れることで腫瘍細胞内から核酸やリン カリウム サイトカインなどが血中に大量に放出されることにより引き起こされる代謝異常の総称で 腎機能低下や突然死などをきたすことがある ( 図 1) 例として 高尿酸血症 低カルシウム血症といった電解質異常に起因する腎機能障害などが挙げられる TLSには Laboratory TLS(LTLS) とClinical TLS(CTLS) がある LTLSは 高尿酸血症 高カリウム血症 高リン血症のうち 2 項目以上が治療開始 3 日前 ~ 開始 7 日後に基準値上限を超えるいわゆる臨床検査値上のTLS CTLSは LTLSに加えて腎機能が正常上限の1.5 倍以上 不整脈 / 突然死 痙攣のいずれか1 つを伴った臨床症状を伴う TLSである TLS のリスクとその評価 我々にとって重要なのは目の前の患者が TLS を起こしやす いのか それとも起こしにくいのか そのリスクを知ることである TLSのリスクは はじめに LTLSの有無を確認し LTLS がある場合は更にCTLSの有無でそのリスクを評価する LTLSがなければ疾患別のリスク評価を行い 腎機能によるリスク調整を経てそのリスクを評価する TLSリスクを評価した後も常に経過を追いながら定期的にリスクを再評価することが推奨されている 1) 疾患別 TLS 発症リスク これまでの報告から血液腫瘍ではTLSを発症する頻度が高いことが知られている 例えば急性リンパ性白血病 (ALL) の場合 小児では63% 成人では19% 非ホジキンリンパ腫の場合 小児では18% 成人では28% に発症したとの報告がある ( 表 1) 2) 一方 多発性骨髄腫(MM) では全体で 1.4% 固形がんでは全体で3.6% と発症頻度は低い 2) TLSを起こしやすい腫瘍には 化学療法に対して感受性が高い 腫瘍量が多い 腫瘍の増殖速度が速いといった特徴 図 1 腫瘍崩壊症候群の病態 核 細胞質 膜 治療 デオキシリボ核酸 高リン血症 高カリウム血症 高サイトカイン血症 アデノシンイノシン 低カルシウム血症尿酸結晶形成 血圧低下 ヒポキサンチン リン酸カルシウム結晶形成 炎症 キサンチンオキシダーゼアラントイン キサンチン尿酸 腎機能低下不整脈または突然死痙攣 監修 : 埼玉医科大学総合医療センター血液内科教授
がある 近年 分子標的治療薬などが使用されるようになり 治療成績の向上に寄与している その一方で 従来 TLS が起きにくいとされてきた疾患において TLSの発症リスクが高まっている 固形がんは従来発症リスクが低いとされてきたが 2013 年までの報告をまとめてみると 各種固形がんでTLSが発症している 肝細胞がんでは14 日後に発症するなど 予期せぬタイミングで発症するケースもある また 死亡例が多く 化学療法や放射線治療だけでなく 突然 (spontaneous) 起きることもあるため ( 表 2) 1) 今後は固形がんにおいても TLSが起こる可能性を考慮して治療にあたる必要がある TLS の予防と治療 TLSは TLSを発症させない もしくは LTLSをCTLSへと移行させないことが大切である LTLSとCTLSの治療に違いは なく 各リスクに応じてモニタリング 輸液 ( カリウムフリー ) による予防 治療を行う 高尿酸血症の対応には 尿酸生成阻害薬やラスブリカーゼで尿酸をコントロールする 尿酸生成阻害薬は尿酸の合成に必要なキサンチンオキシダーゼを阻害するが 既に生成された尿酸には作用しない 一方 尿酸分解酵素薬であるラスブリカーゼは 尿酸を分解してアラントインへ変換する ( 図 1) 高カリウム血症 高リン血症 低カルシウム血症に対しては それぞれ適切に対処する ( 表 3) ラスブリカーゼの使用時の注意点 尿酸をコントロールするために ラスブリカーゼはいつからどれくらいの期間使えばよいのか ラスブリカーゼの場合 投与期間は最大 7 日間である しかし何日間投与すればよいのかを判断する明確な基準はない 個々の症例に応じて適切な期間を見極め そのデータや経験を蓄積していくこ 表 1 腫瘍崩壊症候群発症例の疾患別割合 小児 (n=682) 成人 (n=387) 合計 (n=1,069) 例数 % 例数 % 例数 % 急性リンパ性白血病 433 63 73 19 506 47 急性骨髄性白血病 74 11 104 27 178 17 慢性リンパ性白血病 0 0 37 10 37 3.5 慢性骨髄性白血病 6 0.9 36 9 42 4 非ホジキンリンパ腫 122 18 109 28 231 22 ホジキン病 8 1.2 6 1.6 14 1.3 多発性骨髄腫 0 0 15 3.9 15 1.4 その他の血液がん 5 0.7 3 0.7 8 0.7 固形がん 34 5 4 1 38 3.6 Reprinted with permission. 2008 American Society of Clinical Oncology. All rights reserved. Coiffier B et al:j Clin Oncol. 26(16), 2008:2767-2778. 表 2 固形がんにおける TLS の報告 疾患 n TLS 発現日 1 週死亡 生存 / 死亡化学療法新規薬剤放射線突然手術 肝細胞がん 15 4 (1-14 ) 2 8/7 4 2 1 8 乳がん 11 1.6 (1-4 ) 2 4/7 9 1 1 小細胞肺がん 10 3.4 (1-7 ) 3 4/6 9 1 胚細胞腫瘍 10 1.7 (1-3 ) 1 7/3 7 3 大腸がん 6 3 (1-7 ) 1/5 3 2 1 1 悪性黒色腫 7 1.6 (1-3 ) 1 4/3 4 1 2 非小細胞肺がん 6 5.5 (2-13 ) 3 2/4 2 1 2 1 前立腺がん 5 3.5 (1-6 ) 1 0/5 3 1 1 抗癌剤動注 PSL ゾレドロン酸 日本臨床腫瘍学会編. 腫瘍崩壊症候群 (TLS) 診療ガイダンス, 金原出版, 東京, 2013 より改変
とが大切である また ラスブリカーゼ投与中の尿酸値の測定には 注意が必要である ラスブリカーゼ投与中に採取した血液検体を室温に放置すると ラスブリカーゼによる尿酸の分解が進むため 見かけ上の尿酸値が低くなる ラスブリカーゼ投与中に採取した血液検体は必ず氷冷することが肝要である TLS を発症させないためには TLSは 誰にでも起こる可能性がある そのことを念頭に置き 我々は臨床経過を追いつつ リスクを評価して 予 防 治療にあたらなければならない また リスクは一定ではなく変化することを意識し 各薬剤の投与量や投与期間は柔軟に考えて対処していくことが大切である ( 図 2) がん治療においては チーム医療の重要性がますます高まってきている TLSの予防 治療においても 医師だけでなく 看護師 薬剤師によるダブルチェック トリプルチェックを行うなど 患者さんの状態を見ながら メンバー同士が話し合うような素地を作り チーム医療でTLSの臓器障害を防いでいくことが求められている 1) 日本臨床腫瘍学会編. 腫瘍崩壊症候群 (TLS) 診療ガイダンス, 金原出版, 2013 2)Coiffier B, et al. J Clin Oncol 26(16):2767-2778, 2008 表 3 腫瘍崩壊症候群の予防 治療 モニタリング 化学療法前より開始 4 24 時間毎のバイタル 輸液 カリウムフリー製剤 1,000mL 3,000mL/m( 2 状況で増減 ) フェブキソスタット 10 60mg/ 日の予防投与 高尿酸血症 ラスブリカーゼ 0.1 0.2mg/kg/ 回 ポリスチレンスルホン酸ナトリウム 30g/ 日 ( 経口 注腸 ) グルコン酸カルシウム 1 5g/ 日 ( 経口 ) 高カリウム血症 GI 療法 レギュラーインスリン (0.1U/kg)+25% ブドウ糖 (2mL/kg) 静注 重炭酸ナトリウム 1 2mEq/kg 静注 リン酸結合剤 水酸化アルミニウム 炭酸カルシウムなど 高リン血症 重炭酸ナトリウム 1 2mEq/kg 静注 腎機能代行療法 CAVH, CVVH, CAVHD, CVVHD 低カルシウム血症 グルコン酸カルシウム 50 100mg/kgを緩徐に静注 ( 心電図モニタリング ) フェブキソスタットの 用法 用量 1. 痛風 高尿酸血症通常 成人にはフェブキソスタットとして 1 日 10mg より開始し 1 日 1 回経口投与する その後は血中尿酸値を確認しながら必要に応じて徐々に増量する 維持量は通常 1 日 1 回 40mg で 患者の状態に応じて適宜増減するが 最大投与量は 1 日 1 回 60mg とする 2. がん化学療法に伴う高尿酸血症通常 成人にはフェブキソスタットとして 60mg を 1 日 1 回経口投与する ラスブリカーゼの 用法及び用量 通常 ラスブリカーゼとして 0.2mg/kg を 1 日 1 回 30 分以上かけて点滴静注する なお 投与期間は最大 7 日間とする 監修 : 埼玉医科大学総合医療センター血液内科教授 図 2 TLS 管理のポイント 経過 リスク分類を含め予測を行い 適切な治療方法にて 臓器障害を回避することが大切 尿酸による腎障害の予防 / 治療はフェブキソスタットおよびラスブリカーゼを投与 リスク分類を目安に 腎機能 尿酸値 リン酸値 カリウム値により随時リスク補正を行うことが重要 投与量 投与期間は状態によって柔軟に考える ラスブリカーゼの適正使用は リスク別を基本に細かな観察の上 個々の症例で判断することが重要 監修 : 埼玉医科大学総合医療センター血液内科教授
SAJP.RAS.18.08.2146